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鋼の錬金術師 外伝

盲 目 の 錬 金 術 師
BLIND ALCHEMIST



「ジュドウ!今日ね、学校で身体測定があったの!
クラスの女の子の中で、一番大きかったよ!」
「それはそれは…
大きくなりましたね、ロザリーお嬢様。」
「ロザリーったら、スクールに通い始めてから、
いたずらばかり覚えて困るわ。
誰に似たのかしら。」
「ははは、奥様に似たのなら、
さぞかし美しくなられるでしょう。」
「ジュドウ様、面会を求める方が来ていますが、通しますか?」
「おねがいします、マイスナーさん。
しかし、私に面会とはめずらしい。」
「旅の錬金術師だそうですよ。」
「錬金術師!」
杖をついた老紳士…ジュドウ。
この家に長いこと仕えている彼。
目の周りにひどい火傷跡がある…
彼は、盲目だった。
「ぜひ会って話をしてみたいですね。
その方のお名前は?」
「エドワード・エルリック氏と
アルフォンス・エルリック氏です。」


屋敷の前に立つエドワードとアルフォンス。
「うわー、立派な家だね、兄さん。」
「錬金術師の二、三十人囲ってても平気そうだな。」
…と、2人の横で、
驚いた顔をして、アルフォンスをじっと見ている女の子がいる。
長い髪の、かわいらしい女の子だ。
「あの…」
「全身鎧だわ!変人だわ!」
「変…」
ちょっとショックを受けたアルフォンスの周りを、
興味津々…はしゃいでぐるぐる回る女の子。
「ロザリー!」
そこへ、この家の奥様と、
ヒゲの執事に手を引かれたジュドウが、
エドワードとアルフォンスを出迎えにやって来た。
「お客様に、失礼な事をしてはだめよ!」
女の子は、ロザリーというこの家の娘だった。
「エドワードさんとアルフォンスさんですね。
私がジュドウです。
この通り目が不自由で外に出ないものですから、
他の錬金術師と話をする機会がなかなか得られません。
わざわざ訪ねて来てくれて、感謝します。」
ジュドウは丁寧に挨拶し、エドワードに右手を差し出した。
「こちらこそ。」
その手を握るエドワード。
ジュドウは、エドワードの手の硬さに少し驚いたようだった。
エドワードの右手が鋼の義手だということを、
無論、彼が知っているはずもない。
「オレも、ジュドウさんのうわさを聞いて、
一度じっくり錬金術の話をしたいと思った。」
「うわさ?」
「長年、このハンベルガング家に仕えて、
尽くしてきたって聞いたよ。
実力は、国家錬金術師に匹敵するとか、
ハンベルガング家存続の危機に、
その力をもって救ったとか、
人体練成に成功した……とか。」
エドワードのその言葉を聞いたジュドウと奥様の顔が、
サッと青ざめてこわばる…。
「…根も葉もないうわさですよ。」
ジュドウは、静かに否定した。
「そのうわさの中に、たまたま真実があったりするんでね。」
そうですかとあきらめて帰りそうもないことを察したジュドウは、
「…ロザリーお嬢様は、席を外していただけますか。」
と、ロザリーを遠ざけてくれるよう頼んだ。
「あ…そうね、さぁ、ロザリー。」
しかし、母の言葉にも、
ロザリーはアルフォンスの兜に付いている飾りを、
ギュッと握ったまま、放そうとしない。
「や!!鎧と遊ぶ!!」
「いけません、お嬢様!!お客様は大事なお話が…」
ヒゲの執事は、そう言ってロザリーを抱きかかえたが…
「やーーーーーーっ!!」
それでも手を放さないロザリー。
アルフォンスは、兜をおさえてオタオタ。
「…アルも一緒に行ってやれ。」
仕方なくエドワードが言うと、ロザリーは大喜びで、
「お屋敷の中、案内してあげる!」
「はいはい…」
さっそくアルフォンスを引っぱって行ってしまった。
「ここではなんですので、離れへ…」


エドワードが通されたのは、屋敷の敷地内にある大きな池の、
その真ん中に浮島のように造られた、
屋外客間とでも言おうか、そういうところだった。
「まどろっこしいのは嫌いでね、単刀直入にいこう。
やったのか、やらなかったのか…だ。」
着席早々、エドワードが話を切り出した。
「…聞いてどうします?」
「参考にするだけさ。」
「…両の目を持っていかれましたよ。」
ジュドウの目の周りの火傷跡は、そういう理由で付いたものだった。
そして、目は…持っていかれたのだ。
「こっちは、左足と弟。」
あっさりそう言うエドワードに、ジュドウは少し驚いた様子だった。
「お仲間ですね。」
「いやな仲間だけどね。」
「は…、安心しました。」
ホッと息と吐くジュドウ。
「ジュドウ…」
心配そうに声をかける奥様。
「奥様、大丈夫です。彼は私をどうこうしに来たのではありません。
さて、そうとわかれば、腹を割って話せるというものです。
何を訊きたいですか?」
「人体練成に成功したってのは本当かい?」
ズバリ尋ねるエドワード。
すると、ジュドウと奥様は、一瞬驚いた後、
2人でクスクス笑い出した。
「エドワードさん、あなたはもう、その結果を見ていますのよ。」
「へ?」
「ロザリー、あの子が、練成の結果です。」


一方、その頃ロザリーは…
アルフォンスの兜の飾りを引っぱりすぎて、
鎧から外れてしまった兜をぶら下げて、カタマっていた。
なぜなら…、鎧の中に、誰も入っていなかったからだ。
「…………………空っぽ。」
「(う…うかつ!!頭、取られた!!)
怖がらないでロザリー!!これには深いわけが…」
慌てまくるアルフォンス。
しかし…
「すごーい!鎧だけで動いてるー!
わーーっ!わっ!わっ!わっ!」
怖がるどころか、アルフォンスの上に乗ってきて大喜びのロザリー。
「ちょっと!!」
「人格もあるのね。」
「………驚かないの?」
「ちょっとびっくりしたけど、もっとすごいの見てるし。」
もっとすごいの…??なんだろうか…。
アルフォンスは、事の成り行きを全部ロザリーに話してやった。
「そっかぁ、それでジュドウの所へ…なるほどー。」
アルフォンスは、話を聞いてもちっとも驚かず、
むしろ納得した様子のロザリーを、ちょっと不思議に思った。
「ね!ちょっと来て!」
「え…?」
「あなたになら見せてもいいわ、ロザリーのひみつ。」


ジュドウは、静かに語った。
「私が人体練成を行って、もう三年になりますかな。
見ての通り、元気に育っていますよ。」
「可能なんだ…!!」
希望いっぱいの顔つきになるエドワード。
「エドワードさんは、失敗してしまったのですか?」
「あ…うん、母親を取り戻そうとして…
連れの鎧…あいつ、オレの弟なんだ。
あいつだけでも元に戻したいんだ!!
だから、人体練成の方法を教えて欲しい!!」
懇願するエドワードに、ジュドウより早く、奥様が答えた。
「それはできない相談です。」
「どうして!!」
「ジュドウは、当家のお抱えの錬金術師。
よって彼の力は、この家の為だけに使われるものです。
外部の者に、秘術を教えるわけにはいきません。」
奥様は、先ほどまでのやさしい物静かな態度とはうって変わって、
厳しい顔つきで、エドワードをキッと睨むように見た。
ジュドウも、聞いた事もないほど激しい口調の奥様に、
ちょっと驚いたようだったが、やがて微笑み、こう言った。
「主の意向ですから、こればかりは…。
力になれなくて申し訳ない。
君達が、元の身体に戻れるよう祈っています。」
がっくり肩を落とすエドワード…。

ジュドウを一人浮島に残し、門へ向かうエドワードと奥様。
「あのさ…」
「ダメです。」
(まだ何も言ってねーよ…)
エドワードはブツブツ…。
「エドワードさん、人体練成なんておやめなさい。」
「弟を、元の身体に戻すって決めたんだ!
だから、ジュドウさんにもう一度…」
「訊いても無駄です。」
「無駄なんて事無い!!現に、成功してるじゃ…」
「無駄なのです!」
エドワードに背を向けたまま奥様は、エドワードの言葉を
キッパリとさえぎった。
そして…振り向き、決心したようにこう言った。
「あなたに、見てもらいたいものがあります。」


屋敷の一室に、
ロザリーに手を引いて連れて来られたアルフォンス。
「ねぇ、ロザリー、ボクに見せたい物って何?」
「見たらおどろくわよ。」
ロザリーは、その部屋の奥に掛かっているカーテンを開いた、
こう言いながら…
「ロザリー!お客様よ。」
そのカーテンのむこうを見て、あ然とするアルフォンス。
そこには、たくさんのぬいぐるみやオモチャに囲まれて、
椅子に腰掛ける女の子が!!
…しかし、年格好はロザリーと同じくらいだが、
顔は…まるで骸骨のよう。
かわいらしいワンピースから出ている手も、
老婆のようだった。
ただ、じっと椅子に腰掛け…動く様子もない。
「なっ……」
言葉を失うアルフォンス。
「これが、ジュドウの人体練成で戻ってきたロザリーよ。」
「…こわくないの?」
「慣れた。…私はね、孤児院からもらわれてきた
偽物のロザリー。
本物のロザリーに似てるからって連れて来られて、
ずっと彼女のふりをしてるわ。
本当の名前は、エミって言うの。」
「フクザツだね。」
「でも、お芝居をしていれば、温かいごはんと、
きれいな服と、やさしい家族が約束されいてるもの、
ここは天国よ。」
偽ロザリーのエミは、ブラシを持ってロザリーに近寄った。
そして、丁寧にロザリーの長い髪を梳いてやる。
「ロザリーは、いつも髪がきれいでいいわね、
絹みたい…」
すると、ロザリーの口元が、もぞっと…!
「うっ…うごうご、動いたよ!?」
アルフォンスは、重い鎧が宙に浮くほど驚いた。
「…自分だって、似たようなものなのに、
何を驚いているのよ。」
さりげなくツッコむエミ。
「生きてる………?」
「『生きてる』と言えるのかどうかわからない。
もうずっとロザリーはこのままよ。
でも、身体の中に居るのが本当に本物のロザリーかどうか、
誰にもわからない。
もしかすると、彼女ではない、何かが居るのかもしれない。」
「本物…だよ、きっと。」
「うん。だから…ここにいるのが本物のロザリーだから、
私は、この家の本当の子供にはなれない。」
「エミ…」
その一部始終を、ドアの外から、奥様とエドワードが見ていた。


〜 3年前… 〜
「ああああ、あああああ!!!
目が…目が焼ける!!」
練成陣にうずくまり、目を押さえるジュドウ。
その横で、震えて抱き合うハンベルガング夫妻。
「奥様!旦那様!ロザリーお嬢様は…
何も見えない!教えてください!!
お嬢様は…、私の理論は完璧だと証明されたのですか!?
お嬢様は!!!」
痛みにもだえながら、絶叫するジュドウ。
「ジュドウ!!安心しなさい。君の練成は完璧だよ。
娘は、我々の元へ帰って来た…
元の姿のまま…!!」
旦那様は、そう言ったが…
練成陣の上には、骸骨のようなロザリーらしきモノが、
横たわっていた…。


「ジュドウ様は、先代から当家に仕える錬金術師です。
研究者と出資者…
最初はそれだけの関係だったのですが、
いつしか当家の家族のようになりました。
それ故に、一人娘のロザリー様がお亡くなりになった時の、
奥様の落胆ぶりは見ていられなかったのでしょうな。
奥様もロザリー様も、彼にとっては家族なのですから。」
エドワードとアルフォンスを門まで送りながら、
ヒゲの執事が言った。
「執事さん、あなたも…?」
アルフォンスの問いに、執事はにっこり微笑む…。
「我ら使用人全員、彼を騙しているのですよ。
そしてこれからも、騙し続けるでしょう。
それでみんなが、いつも通りならそれでいいのです。
さぁ、お部屋に戻りましょう、
ロザリーお嬢様。」
「うん。…バイバイ。」
アルフォンスに手を振る偽ロザリーのエミ。
「バイバイ、ロザリー。」
アルフォンスもそっと手を振り返す…ロザリーに。
両側から、大きな門がゆっくりと閉められていく。
「みんないい人だね。」
「ああ。」
閉まり行く門の隙間から、
だんだん小さくなってゆく執事とロザリーの後姿を、
エドワードはじっと見ていた。

「だけど、みんな救われねぇ。」

ゴオン



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