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     <蝶々>デジモンアドベンチャー02


 デジタルワールドに平和が訪れて幾年の年月が過ぎ去ったであろうか。
 すっかりこの世界の認知もされ、誰にでも、パートナーデジモンが居る時代。
 そして、及川ユキオを知る子供達が、大人へと変貌を遂げてしまった年月。

 広く美しいデジタルワールドには子供があふれる。
 決してこの世界を壊さないように。
 この世界で大人になる為の冒険ができるように。

 泣く子供、笑う子供、その表情は様々で。

 ちょっとしたいさかいもあれば、イジメっこだっている。

「…どうしたの?」
 太陽の下で元気に遊んでいる子の後ろ。
 大きな木の影で泣いている男の子がいる。
「…ううん…何でも…」
 その少年は何度もしゃくり上げながら、それでいて何もないのだと
言い張る。
「本宮ー! 早くこっち来いよー!」
「あー、今行くからさー!」
 遠くでサッカーをして泥だらけになっている子達に呼ばれても、彼
はその泣いている少年を放っておけなかった。適当に返事を返すと、
少年の横に腰を下ろす。
「…呼ばれてるなら…行きなよ…」
「何で泣いてんのか教えてくれたら行く。…なあ、どうしたんだ?」
 泣きはらしたのだろう、真っ赤になってしまった瞳を見つめながら、
本宮と呼ばれた男の子の真っ直ぐな視線は彼に注がれる。
「…と…友達が…」
 その真っ直ぐな視線に根負けしたのか、彼は呟くような声でその訳
のさわりを口にした。
「…友達が?」
 まるで太陽の恵みを一身に受けたような少年の視線は、それる事も
なく。
「…友達が…できないから…」
「何だ、そんな事かよー」
「…そんな…事…って…」
 懸命に告白した言葉を、そんな事、でくくられる。それが更に彼の
悲しさを増幅させて、再びその愛らしい瞳に涙があふれようとした、
その時。
「もうできたじゃん」
 太陽のような笑顔が、彼の目の前に咲いた。
「え…?」
「ホラ、オレが友達」
 そう言って、その少年は手を差し出した。
 涙が今にも零れそうな彼の顔にも、ほんのりと、小さな花のような
笑顔が蕾を開き始めた。
「…友達…」
 小さな声ではあったが、彼の声には喜びの色が満ちている。
 それを感じ取ったのか、少年は無理矢理にでも手を掴むと、握手を
した。
「ホラ、これで友達! …名前は?」
「ボクは…一乗寺…」
 その名前の響きを耳にしたかしないかの刹那、金色の美しい蝶々が
ひらりと花のような少年の、その指にとまった。
「あっ! スゲー…! 金色の蝶々だっ!」
「…ホントだ…!」
 名前を告げていた事までもすっかり忘れて、二人はその蝶々に目を
奪われる。

 蜜柑の滴が零れ落ちるような、金色。
 羽ばたく度に音の聞こえてきそうな、美しい鈴のような羽根。
「…オレさー…父ちゃんに金色の蝶々のハナシ聞いた事あるんだー」
「…あ…ボクも…パパから…」
 不思議な共通点に、お互いに顔を見合わせる。
 そしてどちらからともなく、微笑み合い会話は続く。
「デジタルワールドを守ってくれてるんだ、って」
「…同じだ…。ボクもそう聞いたよ…?」
 また顔を見合わせ、そして互いに不思議そうな顔をする。
 でも確かに二人には不思議だった。
「誰も知らねーんだと思ってた…!」
「ボクも…!」
 二人の周りに居た子供達は、デジタルワールドを守る金色の蝶々の
話しなど知らなかったのだ。
 蝶々はその話しにじっと耳をすませているかのように、飛び立とう
とする気配はない。
「…そっか…。じゃあ、オレ達だけのヒミツだな」
「…ヒミツ…?」
「そーだよ! ヒミツ! だって、誰も知らねーんだからさ!」
「…うん…」
 初めての、甘くくすぐったい「ヒミツ」という言葉に、彼は嬉しそ
うに微笑みながら頷いた。
 途端、蝶々はゆっくりと空へと舞い上がる。
 まるで二人を誘うように、ゆっくりと。
「一緒に追いかけよーぜ!」
「…あ、でも…サッカー…」
「大丈夫だって! 行こ!」
「…うん…!」
 握手をしたままの手で頷いた彼を引き起こす。
 そして手を改めて握り直すと、二人はそのまま蝶々を追いかけて走
り始める。

 蝶々の飛び立った行く先は、大きな岩山。
 爆発するかと思われた、その昔は居城だった岩山。
 そして今では美しいツタの絡まる、花の咲き誇る岩山。

 少年達の心が一つになった、あの場所へと。

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