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第25話 葛藤

脅迫状に書かれていた通り伊香保の森についた一行であったが、先に進めずにいた。
「どうなっているんだ?この森は。」
佐之助はキョロキョロと辺りを見回している。
森についてから数分道を曲がったりして進んでいたが全く進めず、戻ると何故か町に戻っていたりと
迷っていたのである。しばらくすると輝が何かを見つけた。石で作られた道しるべである。
「どうした輝?」
「これに書いてあること分かりますか?」
佐之助は輝が指差した道しるべを読み出した。
「なになに、『心の迷いは、森の迷い…信念を貫き通せば、おのずと出口は見えてくる。』……なんだこりゃ?」
「おそらく拙者達が右や左へ行ったり来たりしてるからこの森を抜け出すことは
 出来ぬ……ということでござろう。」
「要はまっすぐ突き進み続けろってことか、なるほどな。
 なんでこんなことに気づかなかったんだ?」
弥彦が腕を組んで頷いた。
「だって高瀬さんが焦っているからこうなっちゃったんですよ。」
6人は高瀬に視線を集中させた。当の本人はなんともいえない表情をした。そして咳き込んだ。
「咳でごまかすなよ……。」
佐之助は呆れた顔して言った。

一行はまっすぐただひたすらに進んだ。すると森の顔が一変した。
その先には脅迫状に書かれていた廃屋の屋根が見えてきた。
「見えた。あそこね。犯人が潜んでいる廃屋っていうのは。」
「風魔ら3人が『由利』って言ってたから犯人は当然その人よ。」
「あの時(竹林にあった根津のアジト)の女か。」
「行こう。なんとしても沙織さんを助け出さないと……。」
決意を胸に秘め一行は廃屋へと向かっていく。
途中ご存知の通り操られている者や獣などを蹴散らしながら一行は廃屋の中へと入っていった。


そして中でもやはり操られている者や獣を蹴散らしつつ先に進めた。
廃屋2階の広い部屋に大猿と由利と気を失っている沙織を見つけた。
「キキーーッ!」
大猿は輝達を見てかなわないと思ったのか一目散に逃げ出した。
「沙織お嬢様を返せ!!」
沙織の姿を見た高瀬はなりふり構わず刀を抜き由利に飛び掛る。しかし一振りの鉄鞭により弾かれてしまう。
「ぐわっ!」
しかも高瀬は腕も痛めつけられてしまった。そして由利からもう一撃放たれた。
だが咄嗟に輝が前に出て鞭を切り払った。
「高瀬さん、闇雲に向かうのは無謀です。ここは私達に任せてください!」
「……分かった。」
高瀬は悔みながらも剣心達の後ろへと下がった。
「松風と千鳥をやったのはお前らだね!」
由利は鉄鞭を輝のほうへと向けた。
「彼らは自害した。拙者達は……」
「問答無用!二人の仇、とらせてもらう!!」
由利は鉄鞭を振り襲い掛かってきた。前にいた輝はそれを弾いた。
「こっちの話を聞いてくれそうにもないわね。」
輝は構えを取った。

輝が構えると同時に由利も構え、ジリジリと足音を立てながらお互いの様子を伺っている。
(相手の武器はあの鉄鞭ね。一振りすれば再び攻撃するのに手間がかかる。
 そこをつけば……)
先手を打ってきたのは輝であった。由利に向かっていく。
由利は鉄鞭を振り輝に襲い掛かってきた。輝は咄嗟にかわし攻撃を仕掛ける。
しかし由利はそれに対して蹴りを放った。輝は刀で攻撃を受け流し由利から距離を置いた。
再び由利に飛び掛り刀を振るも鉄鞭に遮られてしまう。
「!」
着地の隙を縫って由利が蹴りを放った。輝は咄嗟に腕で受け止め再び距離を置いた。
「……今までの奴らとは違うわ。強い。」
「あたしを筧や海野と一緒にしないで欲しいわね!」
由利が鉄鞭を振るい輝に攻撃を仕掛けてきた。輝はかわしていくが反撃の隙が掴めずにいた。
輝はなんとかして接近したいのだが全て由利の攻撃に遮られてしまう。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」
由利の鉄鞭による乱撃が放たれ輝は追い詰められていく。
「吉祥の型!」
しかし輝も回転連激の吉祥の型で対抗していく。互いの連激が剣戟と共に弾かれていった。
「結構やるじゃないの。だがあたしは負けないよ!」
「私にだって負けられない理由があるわ!」
鍔迫り合いにて2人はお互いをにらみ合った。
そんな戦いの状況を見て高瀬は思わず黙り込みもはやグゥの根すら出ない心境になった。
「なんて実力だ。達也さんと同じくらいかそれ以上だ。これでは、私が適うはずがない。」
「潜り抜けてきたものが違うからね。用心棒としてただ護衛に当たってたものと
 いつ殺されるか分からない修羅場を潜り抜けてきたものの差だ。
 輝さんはどんな修羅場を潜り抜けてきたのか分からないけど、緋村さんと同じかそれ以上の激しいものを
 潜り抜けてきたのだろうと私は思う。」
「ああ。」
剣心達の会話についていけず高瀬はキョトンとした顔をした。
その時、再び剣戟の激しい音が響き出した。距離をとった後、互い武器を強く握り締め再びにらみ合う。
「なかなかやるわね!なら、これならどう!?」
由利は突然接近し輝に掌底や蹴りを放った。当然輝は回避し反撃を試みるが攻撃は全て空を切った。
(くっ!何?鞭を持っているのにどうして肉弾戦をするの!?)
輝は不審に思いながら由利の攻撃をかわしていく。
(ならば、ここで一気に決着をつける!)
意を決して輝は技の体制に入った。
「吉祥の……」
「貰った!!」
「!?」
技を放とうとした瞬間由利が突然輝から距離をとり、鉄鞭を振った。鞭は輝の身体を囲い込み縛り上げた。
「!!、しまった!」
輝は巻きついた鉄鞭を解こうともがくが鞭は微動だにしない。解けるどころかますます身体に食い込んでいく。
「引っかかったわね!あんたにあえて不利な肉弾戦を挑んだのは鉄鞭の注意を逸らす為だったのよ。
 さあこれで、思い切りいたぶってあげるわ。」
「ううっ!!」
由利が鞭を引っ張ると戒めが締まり輝の身体を締め付ける。
「輝!!」
「近寄るんじゃないよ!こいつがどうなってもいいのか?」
「くっ!」
輝を助けに佐之助が駆け込もうとするが由利の脅迫に思わず退いた。
「さあて、このままなぶり殺しにするのもいいわね。その前に松風と千鳥が味わった痛みを
 倍に返してからね!」
由利はさらに鉄鞭を強く引き輝をさらに締め付ける。
「ううっ……うっ!……うあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
輝からはとても想像もつかない悲鳴が浮かび上がる。
「輝!」
「輝さん!」
「輝殿!」
「くそっ!これじゃうかつに動けない!かといってこのままだと輝さんが……。」
剣心と達也の2人は状況を見つつ歯を食いしばる。
そしてその痛みに耐えながら輝は鋭く由利を睨みつける。
「うっ、……くっ!」
「あら、あんたのその目つき、神爪の里で殺したハチマキの男そっくりね。」
「!!」
輝は由利の言葉に苦痛の表情を出しがら驚愕した。
「あら?そういえばあんた神爪の民よね。もしかしたら知り合いか何かだったかしら?」
「…………だから……なんだっていうの?」
「バカな男だったわ。いい男だったのに、大人しくあたし達の仲間になっていれば、死なずに済んだわ。
 でも拒んだからにはそれに合う代償を取ってもらったの。
 あんたの場合はこのまま死んでもらうよ。そうすれば、仲間に会えるんだからね。」
由利はさらに鉄鞭を引っ張りさらに締め上げていく。
「うぐ…………あっ……ああ!」
きつく締められるのと同時にもがき出す輝。しかし鞭は彼女の身体をさらに強く引き締めていく。
(こ……このままだと…………………………死……ぬ?!)
自分の末路が頭に思い浮かんだ瞬間輝の辺りが真っ暗になった。
(ハチマキの……男…………龍也…………兄さん)
そして輝の脳裏に由利が言ったハチマキの男の顔が浮かび上がった。そう、兄の龍也である。
さらに輝の脳裏に由利の顔が浮かび上がった。
(こいつが兄さんを……龍也兄さんを殺した……)
そして輝の脳裏にある光景が浮かび上がった。それは今自分が同じ目に合っていた龍也が
由利に殺されるという見たことも筈ないのに何故か知っている光景であった。
(こいつが……兄さんを殺し、こいつの仲間が里を焼き払った………………………………………)
その光景が脳裏をよぎった途端輝は今までなかった感情が浮かび上がった。
家族と故郷を奪われた怒りは記憶と共に消えていたが、由利の一言により蘇り
いつしかそれは由利に……いや今十勇士に対する憎しみへと変わっていく。
(……許せない……許せない…………許せない!!!!)
輝の目つきが研ぎ澄まされた刃の如く鋭い目つきへと変貌した。
「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
輝はその身体からは想像できない力で鉄鞭の戒めをほどいた。
「何っ!?」
その様子に由利は思わず驚きだした。しかし……
「!!」
強烈な蹴りが由利の顔面に直撃し由利はよろけた。
「よくも私の顔にキズを……!」
「悪党にかける情けなど微塵の欠片もない!
 龍也兄さんが受けた苦しみを、あたいが倍にして返してやる!!」
いつもの輝からは考えられない口調が出てきた。いつもなら自分の事を『私』と言っていたが
先程は『あたい』と言った。
「龍也?」
「あんたが殺したハチマキの男のことよ!そして、あたいの兄でもあった人だ!!」
「……なあ、輝、いつもと感じが違わねぇか?」
佐之助が恐る恐る輝を指差していった。彼が言うようにいつもの輝とは口調も表情も180度別人である。
「ああ、まるで人斬り抜刀斎になった剣心を見てるみたいだ。!!、まさか!」
弥彦はハッとして顔を青ざめた。
「阿修羅姫!!」
薫は驚いた顔をして言った。
「阿修羅姫?」
達也はその言葉を聞いて疑問を浮かべた。
「拙者が人斬り抜刀斎になると口調が変わり、相手を容赦なく斬りつけるのはご存知でござるな?」
「ええ。以前聞いたことあります。」
「それと同じで輝殿にも、あのようなことがあるのでござる。」
「でも、聞いた話だと記憶を失ってからは今までそんなことなかった。
 それが何で今頃……」
「恐らく由利のさっきの一言が、輝殿の怒りと記憶を蘇えらせたでござろう。
 そしてそれが憎しみへと変わりああなったのでござる。」
「以前に比べて攻撃力が増してやがる。だけど、このままだと輝は……」
「恐らく、二度と人に戻れなくなるかもしれん。」
「輝さん……。」
由利は憤り鉄鞭を振り輝に襲い掛かるが次々と出される攻撃を輝はかわしていく。
そして峰打ちではあるものの強烈な一撃が由利の脇腹に命中した。
「ぐぅっ!!」
「そう簡単に死なせはしないわ。まだほんの1割しか味あわせてないから。」
「ふざけないで!あたしだって松風と千鳥が味わった苦しみを一部しかあんたに味合わせてない!!
 艶舞・朽葉流(えんぶくちはながれ)!!」
由利の技が輝に炸裂し輝体制を崩すが、それからすんなりと立ち上がった。
「何!?効いてないの!?」
「技と言うのは、こうやるのよ!斉天の型!!」
輝の技が由利に炸裂し由利の体制を崩した。さらに輝は由利の懐へと飛び込んだ。
「迦陵の型!迦楼羅の型!千手の型!!」
次々と技が炸裂した。千手の型は龍巣閃を思わせる乱れ切りである。
「くっ!」
「本来千手の型は、乱れ切りの後に炸裂弾を投げつける技だが、そんな物は必要ない。
 あたいにはこの方が慣れてるからな。」
由利は身体をふらつかせている。鉄鞭はしっかり握られているが、もはや体力の限界のようである。
「『何故?』って顔してるわね。それはあんたが苦しむ所を見る為さ。
 そう簡単に死んでは困るのよ。」
「お、おい剣心!」
「ああ、まさか……」
佐之助と剣心が冷や汗を掻きながら輝を見つめる。このとき2人に嫌な予感がはしった。
「まだ終わってない!吉祥の型!!」
「ああっ!」
吉祥の型を喰らい由利は吹き飛び倒れこんだ。そして輝は由利の元へと近寄った。
「あたいは、今十勇士を滅ぼす為に生き残った神爪の民。
 あんた達を滅ぼし、みんなの敵を討つ為ならば、あたいは阿修羅になってでもその使命を果たす!」
輝は刃を由利に向け刃を大きく振り上げた。そして振り下ろしたその時。
「やめろ!!」
キンッ!という金属音が鳴り響いた。達也が輝の前に立ちはだかり刃を刀で受け止めたのである。
剣心も輝を止めようと逆刃刀に手をかけたものの達也が誰よりも早く輝の前に向かったので思わず立ち止まった。
「なんで邪魔をする!!」
「こいつを殺せば、お前の家族が生き返るとでも言うのかよ!!」
達也が普段からは考えられない剣幕で輝に向かって言い放った。
「そして、お前の使命は命を懸けてでもすることなのかよ!こんなことをして仲間が喜ぶのかよ!?」
「仲間なんてもう何処にもいない!」
「それはお前が良く見てないからだ!」
「!?」
達也の言葉に輝は思わず驚きだした。
「目を開いてよく見るんだ。輝さんには、仲間がいる。
 そしてその人達は、君の敵討ちを手伝う為に行動しているのかよ!?」
「…………………………!」
「緋村さんは元々人斬りだったが、今は人を守る為に戦い、二度と人を殺めたり、殺められたりしなように
 戦っている。薫さんは活人剣を貫き通す為に頑張っている。弥彦君は子供だが人を守りたい気持ちは大人以上だ。
 佐之助は喧嘩屋だが無闇に人を殴る真似はしない。そして私も、誰かが苦しまないようにする為に剣を振るっているんだ。
 例え悪人でも、命を奪うために振るっているんじゃないんだ!なのに君は、その人達を悲しませようとしているんだ!」
「だけどこいつは、あたいの家族を……里を…………」
「君の気持ちはよく分かる。だけどこんなことをしたら、君は人であることどころか、仲間や空で見ている家族、そして
 いたかどうか分からないが、君の恋人の笑顔も永遠に失ってしまうんだ!そんなことになってもいいのかよ!!」
「!!!」
輝は驚愕の表情を浮かべ脳裏にこれまで剣心達と過ごした日々がよぎった。
共に笑い、時には怒り、時には泣いた。その日々は決して掛け替えのない輝にとっては大切な思い出である。
それには輝のことを想う剣心達の笑顔があった。それを思い出した輝は刀を押し出す力を抜いた。そして……
「…………………………私……一体……どうすればいいの?」
刃の様な鋭い目つきが消え、口調も元に戻り、いつもの輝に戻った。
「罪を憎んでも人を憎んではいけない。苦しいんだったら一緒に悩ませてくれ、悲しいんだったら
 一緒に泣かせてくれ、私達は仲間。そうだろ?」
達也もいつもの穏やかな表情に戻っていった。輝は悲しみのあまりに刀を落とした。
「うっ……ううっ…………達也……さん……。」
今にも輝は泣き出しそうな顔をしている。
「耐えられそうか?」
「……駄目……こんなの耐えられない…………。」
「私でよかったら胸貸すよ。さあ……。」
達也は刀を鞘に収めた後両手を大きく広げた。それに答えるかのように輝は達也の胸に飛び込み顔を埋めた。
そして彼女の両肩に手を置いた。
「う……うう………………わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
輝は胸の中で泣きじゃくる。
(あんなに笑顔を見せていたのに、ホントはもの凄く辛かったんだな。
 記憶が戻らなければ、もしかしたら幸せだったのかもしれない。)
「クッ!まだまだ!二人の仇をとるまでは!」
輝が泣きじゃくっている最中にもかかわらず由利は立ち上がり、再び鉄鞭を手にし構えを取る。
「まったく、空気が読めない人だな。
 輝さん、悪いけどこの続きは用事が済んでからにしてくれませんか?」
「……うん。」
輝は達也から離れ構えを取ろうとした。その時、達也の左腕が輝を遮った。
「ここは私にやらせてくれないか?」
そう言うと輝はしばらく黙り込んだ後刀を拾い剣心達のほうへさがっていった。
「今度は私が相手だ。由利、誘拐及び殺人未遂の罪により貴様を逮捕する!」
達也は構えを取った。
「出来るものなら、やってみなさい!」
由利はいきなり鉄鞭を振るい攻撃を仕掛けてきた。達也はそれをすんなりとかわした。
「これならどう!」
さらに鉄鞭を連続で繰り出すが達也には一発も当たらず空を切るばかりである。
その時一発が達也めがけて振るわれたが、彼はそれを刀で弾き返した。
「政府の狗のクセになかなかやるじゃないの。」
由利の鉄鞭は空を切っていた。そして一発ではあるが達也の胴に攻撃が当たった。しかし達也は倒れない。
「当てられたのに平気なのねあんた。」
「私をそこいらの警官と一緒にしないで欲しいね。
 何せ藤田警部補……いや、元新撰組三番隊隊長、斉藤一と対等に戦えるからね。」
「戯言を!!」
由利は思い切り鉄鞭を振った。しかし達也はすんなりとかわした。
「なっ!?」
「感情に任せて攻撃しては、当たりはしない。」
「ならばこれならどう!?艶舞・朽葉流!」
由利は鉄鞭を連続で振り回しそれを蛇の様に達也へ向かっていく。
達也は攻撃を避けながら後退する。
「さすがにこれには対処できないようね。」
「そうかな?」
「!?」
達也は駆け出し由利に向かって思い切り飛びついてきた。
「獅子爪襲撃(ししそうしゅうげき)!」
横一文字に振られた刀が由利の脇腹に命中した。
「獅子激襲撃(ししげきしゅうげき)!」
今度は対空迎撃にも使われる獅子激襲撃が炸裂し由利は大きく吹き飛んだ。
流石にこれには立ち上がれないだろうと思った達也であったが由利は立ち上がった。
「まだ立つのか。しつこいと言うべきか、意外とタフと言うべきか……」
「うるさい!!」
由利は鉄鞭を振るい今度は達也の身体を縛り上げた。
「!」
「これならあんたでも耐えられないわよ。」
そう言って由利は鉄鞭を締め上げる。しかし達也はうめき声を上げない。
さらに由利は鉄鞭をきつく締め上げていく。それでも達也はうめき声を上げない。
「いつまで痩せ我慢してるの?もうそろそろ苦痛で悲鳴を上げる所なのに……」
「…………こんなので、私を仕留めたと思うな!!ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
なんと達也は渾身の力で鉄鞭の戒めをあっという間に解いた。
「何っ!?」
これには由利は驚くしかなかった。そして達也は大きく飛び上がり
「獅子猛襲撃(ししもうしゅうげき)!!」
落下と同時に刀を袈裟に振り由利の左肩に直撃した。流石に効いたのか由利は床に膝をついた。
「くっ!」
両腕を垂らし由利は床にうずくまる。
「手加減はした。骨折には及ばないが、しばらくは左腕を使用することは出来ない。
 私は自分が使っている技がすべて刃のある方で行なわれたらということを知っているからこうしている。
 警官の仕事は、処刑ではなく確保だからな。今度こそお縄を頂戴してもらう!」
達也は手錠を取り出しそれを由利にかけようとするが、鉄鞭の一振りが飛んでくる。
「!?」
達也は咄嗟に交わすと由利は左肩を怪我しているにも関わらず立ち上がった。
「お前たちだけは、絶対に許さない!道連れにしてやる!」
「こいつ!左肩を痛めてるのに、なんて執念だ!」
達也は慌てて手錠をしまい両手で刀を持ち構えた。
「何故そこまでして敵討ちにこだわる!?自分の命はどうでもいいのか!?」
しかし由利は達也の言葉に耳を貸さずそのまま襲い掛かってきた。
達也は攻撃をかわし、その後に来た連撃を刀で弾いていく。
由利はもはや修羅と化したのか目つきは刃の様に鋭くなりふり構わず鉄鞭を振るい達也に襲い掛かってくる。
(このままだとこっちの体力が持たない。なのに何なんだこいつの執念は……とてもあの二人の敵討ちとは思えない。
 何かあるのか……いや、今はこの状況を打開するしかない!ならばやるしかない!)
達也は鉄鞭を弾きそのまま由利の方へと飛び込んでいった。
「獅子爪連撃(ししそうれんげき)!!」
達也と由利が交差した瞬間、一瞬光り出した。そして…………由利は床に膝をついてそのまま倒れた。
「な……一体何があったの?」
薫と弥彦には何が起こったのか分からず混乱している。
「なんという技術だ……」
「どういうこと剣心!?」
「達也は、前に飛び出すと同時に由利が鉄鞭を振る速度の倍の速度で刀を振り、一発与えたんだ。」
「いや、一発ではござらん。最低でも10発は当てている。あの連撃は龍巣閃に似てたが、まるで
 獅子が二つの爪で襲い掛かってるようでござった。」
「剣心でないと見えねぇことか、斉藤と互角以上ってのはまさに伊達じゃねぇな。」
剣心と佐之助のやりとりに薫と弥彦は唖然とするだけであった。しかし
「……っと、忘れてた。輝は見えたのか?」
佐之助は輝のほうを向いて問い出した。しかし輝は前を向いているだけであった。
「輝?」
「あっ……うん…………見えたけど、それがどうかしたの?」
輝はハッとして佐之助のほうを向き答えた。
「いや、見えたんならそれでいい。」
(……どちらにせよ輝殿は、それよりも阿修羅姫になってしまったことを悔んでいる。どうしたものやら……)
輝の方をチラリと見て剣心は思った。
「ううっ……松風……千鳥……このままじゃ、お前達に合わせる顔がない……よ。」
身体をふらつかせながらゆっくりと由利は立ち上がる。
「今度こそ、お縄につくんだな。」
再び手錠を取り出し由利にかけようとするが一振りの鉄鞭により遮られた。
達也が咄嗟に交わすと由利は後ろに下がりそこに置かれていた袋から何かを取り出した。
それは先端に紐らしきものがついた筒状の物であった。達也はそれを見て驚愕する。
「貴様!それは……!」
そして由利は紐に火を灯した。紐はシュルシュルという音を立てて燃え尽きていく。
「この爆薬で、あんたらもろともすべて吹き飛ばしてやるのさ……アッハハ……アハハハハハハハハハ!」
「そうはさせない!!」
2つの声と同時に二つの影が高笑いする由利に飛び掛った。
影の正体は達也と……剣心であった。達也が刀で導火線を切り、剣心は逆刃刀で由利の右手を打ち爆薬を弾かせたのである。
切られた導火線は音を立てた後空中で燃え尽きた。
「そう簡単に死なせてなるものか!貴様を逮捕するまで、死なせてなるものか!」
「拙者の目が黒いうちは、誰一人とて死なせん。もっとも他人を巻き込ませるのは迷惑でござる。」
「……邪魔をするな!!!」
由利は鉄鞭を激しく振り達也と剣心を退かせる。そして爆薬を拾おうとするが
「水遁の術!」
老いた男性の声がした途端突如水が現れそれが爆薬にかかる。全ての爆薬はそれによって使い物にならなくなった。
「!?」
「なっ!?」
「その声は……幸吉(こうきち)だね!余計なことを、おしでないよ!」
剣心達が振り向くとそこには老いた男と赤い鉢巻をしている小柄で若い男がそこにいた。
そして若い男の足元には先程逃げた大猿がいた。
「お前さんは、いつでも勢いだけで突っ走るからのう。お目付けというワケじゃ。」
先程の声の主もとい幸吉が由利に向かって言った。
「ふざけんじゃないよ!あたしは、こいつらを殺すまではここを動かないよ!」
「雷太(らいた)よ。」
「アイ。」
幸吉は雷太と呼ばれる小柄の男に命令すると彼は一瞬にして由利の前に現れた。
「!?」
この出来事に達也と剣心は思わず驚いた。そして雷太は由利の鳩尾を思い切り殴った。
「う……」
由利はそのまま気絶した。
「先に言っておれ。」
「アイ。」
幸吉の言葉に反応し大猿が雷太の側に近寄る。そして煙が突然立ちこめ、晴れると由利と雷太と大猿が消えた。
「高瀬さん、沙織さんを……」
「あ……ああ。お嬢様!」
高瀬は急いで気を失っている沙織のもとへとよる。
「おい、じじい。てめえも十勇士だとでも、言うつもりかよ。」
「そうじゃとも。それがどうかしたか、バカ者どもが。」
「バカだと!?貴様……」
バカと言われて頭にきた達也は刀を握っている手に力を入れる。そこに剣心が右手で達也を遮った。
それを見て達也は震えを押さえた。
「そなた達が、主義主張を持ち、行動するのは勝手。だが、無関係な者を傷つけるのは許さぬ。」
「なんの、無関係なものか。おぬしら、自分達だけが正義だと思うてか。」
「!!」
「えっ?」
幸吉のこの一言に輝と薫は唖然とする。
「この廃屋に、元は誰が住んでいたかも知らぬじゃろう。
 こわっぱ共が、偉そうな口を叩くでないわ。」
「どういう意味だよ!」
弥彦が幸吉に飛び掛ろうとするがそれを剣心が押さえた。
「知りたくば、南里家の過去を調べてみよ。
 得心がいったなら、残された小屋に行くがよい。」
「残された小屋って……。」
薫が疑問の顔を浮かべたその時、幸吉は煙に包まれそのまま消えた。
「き、消えちまったぞ。」
「南里家の過去……。」
「それと由利、一体どういう関係があるのかしら?」
輝は腕を組んで考えたが何も思いつかなかった。


屋敷へと戻った一行は沙織を彼女の部屋のベッドへと寝かせた。
沙織の無事に執事は大変喜んだ。よほど怖い目に遭ったのか彼女は未だに眠っている。
部屋から高瀬が出てくると、剣心達に話しかけてきた。
「あんた達、南里家の過去について知りたいんだろ?」
「うん。」
輝は頷いて答えた。
「裏庭に土蔵がある。その中なら、きっと探してる物が見つかるぜ。
 なーに、ほんの礼さ。……旦那様には内緒だけどな。」
そう言って高瀬は去っていった。

土蔵へと入った6人は南里家の過去に関するものを探してそこの二階へと向かった。
一階にはそれに関するものがないからである。
「南里家の過去の手がかりって……なんなのかしら?」
「これじゃないかしら?」
薫が棚に指を指した。その中の一冊の本らしきものを取ると表紙には「南里家備忘録」と書かれてた。
備忘録とは現在で言うメモ帳のことである。
「南里家備忘録か、要は日記みたいなものかこれなら書かれてあるかもしれない。」
達也は備忘録を開き読み出す。
「卯月(四月の陰暦)十日、伊香保の森には貴重な鉱物が埋まっているという。
 是非とも手に入れ、更なる資産とすべし。
 ……水無月(六月)六日、土地の持ち主が売る気がないよし。
 幸い、かの人物に微細なる借金があることを発見。うまく利用できぬものか……。」
「……なんだか、あんまりいい人じゃないみたい。」
「ああ。恐らくその伊香保の森の土地、あの廃墟に住んでたのが由利の親か何かだろう。」
輝の不安を抱えだした。それでも達也はページをめくった。
「……文月(七月)十四日、かの人物の借金の証文を買い受ける。
 あとはこれを楯に例の土地の明け渡しを迫ればよい。
 ……長月(9月)三日、せっかく手に入れた土地なるも、鉱物が埋まってるというのは
 真っ赤な嘘であった。このような土地、もはや使い道はない。」
「おう、見つけたようだな。何か分かったのかい?」
一文を読み終えたところで高瀬が現れて剣心達によってきた。
「それが……」
「どうやら由利の親が、ここの旦那に借金を楯に地位と財産を奪われちまったらしいんだ。」
達也は備忘録をページをめくる。
「まだ書いてある。……神無月(十月)八日、かの人物が自殺したよし。
 二束三文の土地を押し付けられ迷惑なのは我が方である……。
 ……つまり由利は、親御さんを自殺に追いやった南里さんを怨んでいる……ということだな。」
「……ひどいわ。そんなことがあったなんて。」
「ここんちの旦那は、そうやって成り上がってきたのさ。
 何人もの人を泣かしてる。けど、沙織お嬢さんは、何も知らないんだ。
 俺とじいやで、そういうことを秘密にしてきたからな。お嬢さんには、何の罪はないんだ。」
「沙織殿が本当に大切なのでござるな。」
「……ああ。」
剣心の問いに高瀬は俯いて答えた。
「それでも酷いわよ!ここのご主人のせいで沙織さんは殺されかけたのよ!!
 すべてはその人のせいじゃない!!でなければ、沙織さんは怖い目に遭わずに済んだのよ!!」
俯いていた輝は怒りを露にし怒鳴りだした。
「輝さん、由利のことをかばうのか?」
「かばう気なんて微塵のかけらもないわ!だってあいつは里を……兄を……
 私から記憶以外の全てを奪っていったのよ!!」
身体を振るわせ、瞳から涙を流した。彼女からはもの凄い憤りを物語っている。
「輝殿、たとえ由利を……いや、今十勇士を全て殺したとしてもそなたの家族は戻ってこない。
 達也が言ったように神爪の里の者達は、そなたが一族の敵を取ることを望んでいるのでござるのか?」
「分からない……分からないわよそんなの!だけど……だけど……」
輝は大粒の涙を流した。彼女の身体は振るえ、そこから彼女の感情が辺りに伝わっていく。
「輝……。」
どう慰めて良いか分からず沈黙が続いていたその時、達也は備忘録から妙な違和感を感じた。
「ん?何か挟まっている。」
達也は備忘録をめくるとそこから木の板がポロっと床に落ちてきた。
「おろ?」
達也はそれを拾って見ると森やら山やらが描かれていた。
「これは割符だ!」
そして一行は割符を合わせると、渋川町から東の地形と一致した。
「これは美浦(みうら)の渓谷と麻生(あそう)の山がある方だね。」
「でもなんでこんな所に割符が?」
「ここに来いって言ってるのかしら?」
「それにしても、どうして幸吉っておじいさん、どうして私達にこんなことを知らせようと?」
「分からない、だが会いに行かなければならないな。彼らの意図を知るまでは。」
「そうね。真実を知らないままでいるのは嫌だわ。行きましょう。」
「…………………………。」
いざ目的が決まったものの輝は表情が暗いため5人がそれを察した瞬間、気が滅入ってしまった。
「いつまで気にしてんだよお前は。」
「だって、また阿修羅姫になってしまいそうで私……」
「剣心だって抜刀斎になってしまったことがあるのよ。だけどそれでも元に戻れた。
 輝さんだって……」
「次はもしかしたら、戻れなくなってしまうのかもしれないのよ。
 ……教えてよ…………私……どうしたらいいのよ…………龍也兄さん……」
「……しばらくそっとしておこう。先へ行くのはそれからでも遅くはなかろう。」
「そうだな。だが、輝がいつ元気になるのかわからねぇからな。……どうしたもんか。」
落ち込み、泣いている輝を見て5人は仕方なく日光に留まることにした。
由利との戦いで目覚めてしまった『阿修羅姫』という輝のもう一つの顔。
南里家の過去を知り自分達がやっているのが正しいかどうか分からず彼女は葛藤している。
阿修羅姫になるべきか、それとも吉祥天であるべきか、輝は今……悩んでいる。

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