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渋川町を後にした剣心組は割符に描かれている日光を目指して歩いていた。
輝は何故か刀を抜いて刃を見つめていた。ジッと見つめていては頷いていた。
「どうしたんだ輝?」
「うん……。私の刀、大分古くなったなぁ……って。」
輝が言うように持っている刀は砥げばまだ使えるものの古臭さを感じる。
「手入れは欠かさずおこなっているけど……そろそろ寿命かなって。
 何せ私が神爪の里にいた頃からずっと使ってたみたいだから。」
「壊れちまったら元も子もねえからな……。でもよう、刀を扱ってる所あるか?」
弥彦が言うように今は明治。廃刀令の為刀を扱ってくれる所はないといってもいい。
たとえあったとしても警察官でもない輝に刀を鍛えてくれる鍛冶屋はないであろう。
「もしそうなっちゃったら、敵から無理矢理にでも奪えばいいわ。
 剣心と違って逆刃刀でなくても戦えるからね。」
そういって輝は刀を鞘に納めた。

第22話 魂が宿りし剣

日光に到着した剣心組であったが、その途端輝が鍛冶屋らしき男の姿を発見した。
「あっ!孝幸……さん!?」
「おや?あんた達は……うっ。」
輝たちに近づこうとした途端突然孝幸はバタリと倒れ出した。慌しい様子に輝達は彼のもとに駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「!、ひどい熱だわ!」
薫が孝幸の額に手を置くとすごい熱が彼女の手に伝わり当の本人は苦痛の顔を浮かべている。
「なんとかしなくちゃ!……そうだ!これ、飲んでください!」
輝は持っていた人丹を孝幸に飲ませた。
しばらくすると容態が安定したのか彼の表情が和らいだ。
「うっ……。
 ありがとう、少し楽になったよ。」
「でも、無理はいけませんよ。」
輝は心配そうな顔をして彼を見る。
「心配するな。自分の体のことは、自分がよく分かっている。……おっ?
 お前さんのそれ、ちょっと見せてくれないか?」
孝幸の目に輝の刀が映ったので彼は声をかけた。
「いいですけど……ここではちょっと……。」
町の中で刀を出すのは目立つ為どころか廃刀令違反に問われる為町の外に出ることにした。


町の外で輝は刀を出すと孝幸は渋い顔をしてそれをジッと見つめた。
「ふ〜〜む……結構使い込んでるな。
 だが、このまま使い込めば刃こぼれし折れるな。」
「分かるんですか!?」
「ああ。俺はこう見えても鍛冶師をやってたんでな。」
「本当に鍛冶師だったんだ……。」
弥彦は感心している。
「そうだ!何かの縁だし、人丹のお礼をしたいんだが……。」
「お礼……でござるか?」
「いいですよそんなの。」
「いや、そうはいかないさ。礼は返さないと気が済まないんでね……。」
孝幸はまっすぐな態度に輝は困った顔をしている。すると孝幸は
「でないと……この刀、このまま折って処分するよ。」
「ああ!それは困ります!!」
輝は孝幸から刀を取り返そうとするがすんなりとかわされる。
岩の様に硬いものを突いたら簡単に折れそうだからである。
何せ今までの修羅場を潜り抜けてきた愛刀を失ってはこれからの旅に支障をきたしてしまうからである。
「何か訳がありそうだな。」
「だって……」
輝はその訳をすべて孝幸に洗いざらいに話した。しかし彼は刀を返す気は起こさない。
(お礼というより、脅迫に近いな……。)
佐之助はボソッと呟き出した。
「分かりました!分かりましたから、刀ちゃんと返してください。」
しばらくして輝は観念したのか渋めの顔をしてそう言い出した。
「そうそう。人が良いにも程があるからな。
 お礼の前なんだが…………俺に付いて来てくれないか?」
「何処に行くんですか?」
「ハスミの里って所さ。」
「ハスミの里!?(……でござるか?)」
5人は思わず声を出した。しかも台詞がハモッた。
「どうしたんだ?」
「どうしたも何も……」
「拙者達、そこへ行ったことがあるでござるよ。」

剣心組は孝幸と共に刃澄の里へと足を向けた。
途中で孝幸が倒れそうになるものの剣心と佐之助が交代で肩を抱えて歩き出し途中で休憩を入れながらも
ようやく里の前の関所へとたどり着いた。
関所が見えるとそこに初めて訪れたのと同じように関守が入り口の前に立っていた。
関守の姿が見えると突然それはこちらに向かって走り出してきた。
「孝幸さん!孝幸さんか!?」
関守は孝幸に向かって声をかけた。
「おっ、あんた達は……、見ねえ顔もいるがあん時の……。」
「そちらの方も元気そうで何よりです。」
輝は関守に対して笑顔で迎えた。
「もう大丈夫だ。あとは一人で歩ける。」
孝幸は佐之助から借りていた肩を外した。
「火焔の書は?」
「大丈夫。工房にしっかりと保管してある。」
「そうか、そいつを聞いて安心したよ。」
孝幸はその後輝が持っていた刀を持ったまま里へと足を運んだ。
輝達が付いていくと彼は里の中にある一つだけ残された壊れていない建物すなわち工房へと入っていった。

工房の中で孝幸は箱の中に入っている火焔の書を取り出すとすぐに開いて読み出した。
「火焔の書……読めるんですか?」
「俺は、この里の出身だから火焔の書に記されていることなら、ほとんど覚えてるさ。」
「でも、どうして今頃ここに戻ったんですか?」
「その前に聞いて欲しい事がある。いいかな?」
「ええ。」
輝は頷いた。
「かつて……この里に宗孝という刀匠がいた。
 宗孝の刀は、美術品の様な上品な姿と鋭い切れ味を持ち、多くの武将を魅了したという……。」
「おぬしは、これからの時代に刀が必要だと考えているでござるか?」
「ははは……そんなこと、真面目に考えたことないな。
 俺がここに戻ってきたのは、やり残した仕事を思い出したからさ。」
孝幸は剣心の質問に対してまんざらでもない顔で答えた。
「やり残した仕事?」
「俺は、ある刀を探して各地を回った。
 ……だがそれは既に朽ち果て、刀としての原型をとどめちゃいなかった。
 だが、輝さんが持っている刀を見てせめてということでその仕事を行なうのさ。」
「ある刀って?」
「俺が昔、作ったナマクラさ。駄作ながらまあまあの出来だと他人は褒めてたけどな……。
 さてと、そろそろ始めるか……。」
孝幸は辺りに散らばっていた道具をそれぞれの定位置に置きだした。
(やっぱり、刀を打つつもりみてぇだな……。)
佐之助は4人に囁き出した。
(そうね……。)
「…………。」
輝は頷くのに対し剣心は何故か真剣な顔で孝幸を見つめていた。
そしてしばらくすると孝幸は独り言を始める。
「数々の名刀を、世に送り出した宗孝だが、彼は、最後の一振りを完成させることなくこの世を去った。
 火焔の書とは、その宗孝が書き記しておいたもの。
 鉄の鍛え方、刃の形……。鬼才と呼ばれた彼が、完成させることの出来なかった
 幻の名刀のすべてが記されている。」
「そんなすごいのが…………。」
「さ、そこにいると仕事の邪魔だぜ。出ていきな。」
孝幸は輝達の方を向いて注意を促がす。そして5人は仕方なく工房を出ることにした。

「一体、孝幸さんってなんだったのかしら?」
輝が疑問に思っていたその時。
「孝幸さんは、里でも指折りの刀匠だ。」
関守が現れて孝幸に対して語り出した。
「そうだったんですか。」
「ああ。
 火焔の書を正確に読み取り、そこに記された通りの刀を打てるのは今では孝幸さんだけだろう。」
「確かにな……。
 他のモンは何処にいるのかわからねえし、いたとしても出来るかどうかわかんねえからな。」
「でも……なぜ今頃になって、急に刀を打つ気になったのかしら?」
「……さあな。今じゃなくちゃならない理由でもあるんだろ。」
薫の疑問に対して弥彦がのん気に答えた。
そしてしばらくすると、里中に鎚を叩く音が響き出した。
この里にとって何十年ぶりか分からないくらい久しぶりに響く鎚の音は力強く鉄を叩いている。
それは時の流れによって消えかけていた歴史あるもの。他の刃物を打つ時に聞くことはあれど
刀は廃刀令が出されたため聞くことがほとんど出来ない由緒あるものである。
すると輝は何か思い老け込んでいた。
「どうしたんだ輝?」
佐之助は輝に問い出した。
「私ねこの里の人達が、ここを去った理由が分かる気がするの。」
「理由?」
「廃刀令が出されて、刀を打つことだけが生きがいだったのに、それによって奪われてしまい
 ある者は新しい生き甲斐を見つけるために、ある者は刀を打つのをやめなくても
 それが人を殺す為に使われるのを嫌がっているからだと思うの……。」
「確かにそうね。自分の作った剣が、人の命を奪うために振るわれたら悪いように思われちゃうから、悲しくなっちゃうわね。
 私は剣術をやってるけど、それに似たことがあったからその気持ちは何となく分かるわ。」
薫は輝の意見に対して同情した。
「だからこそ、孝幸さんは私を信頼して刀を打っているんだと思うの。」
「そうでござろうな。輝殿は命を守る為に刀を振るうからこそ、彼はやっているでござるよ。」
鉄を叩く鎚の音は絶え間なく里中に響き渡っている。


鎚の叩く音が響いてからおよそ3時間くらいが経過した。
すると、響いていた鎚の音が止みだした。
「音が……止んだ。」
「刀ができたのか?」
「でも、孝之さんが出て来てないわ。」
「とりあえず工房に入ってみましょう。」
「わしは入ることができんから外で待ってる。」
関守が言う通り彼は体格が大きい為工房の入り口には入りきらない。
その為剣心組だけが工房へと入っていった。中では孝幸が最後の仕上げをやっていた。
「来たか。
 見てくれ、ついに完成した……。」
孝幸が刀を差し出すと形状は変わらないものの前までとは見違えるほどの美しさと強さを兼ね揃えた物となっていた。
「!、す……すごい……。」
輝は思わず刀の美しさに目を奪われてしまった。
「本当に綺麗ね……恐ろしいくらいだわ。」
「まさに最強の芸術品ってヤツだな。」
「……うむ。」
剣心組の面々も刀の出来に目を奪われていた。
「これこそ宗孝の幻の名刀、“凍雲(いてぐも)”だ!
 輝さんに合わせて小柄のまま作ってあるが、普通の刀よりも完成度は高い。
 受け取ってくれ。」
輝は孝幸から凍雲として生まれ変わった愛刀を受けとった。
「…………。」
輝は刀を見つめたまま黙り込んだ。
「いつかの礼だ。大切にしてくれよ……。」
「……はい。」
「ところで……あんた達に一つ頼みがあるんだけど、聞いてくれるか?」
「頼み……でござるか?」
孝幸は火焔の書を丸め輝達に差し出した。
「なーに、簡単なことさ。
 俺の変わりにコイツを燃やしてくれ。」
「えっ?火焔の書を……?」
「大切な物だろ、燃やすなんて言うなよ!」
「……動乱の終わりと共に、刀の時代は終わった。
 これからは、戦い方そのものが、変わってしまうだろう。」
孝幸は輝達に背を向け語り出した。
「確かに銃がポルトガルから伝来し、織田信長がそれを用いて武田の騎馬隊を蹴散らしたことから
 戦いの仕方が変わるかもしれませんが……まだ刀を必要とするときがあるかもしれせんよ?」
「輝さん、慰めは止してくれ。もうこれからの世に、この書は必要ないんだ。」
輝の制止も気にせず孝幸は火焔の書を投げ出した。それを空かさず輝はキャッチした。
「孝幸さん……。」
「自分のことくらい、ちゃんと分かってるさ。」
孝幸が輝たちのほうを向いた途端、輝は彼の表情が冴えないのを確認した。
すると輝は顔色を変えて問い出した。
「!、孝幸さん、あなた……」
「ははは……どうやら俺の状態を察したようだ……な……。
 最後の仕事を終えたんだからもう、悔いはねえ。
 輝さ……ん、……火焔の書のこと、頼んだ……ぜ……」
言葉を言い切った後孝幸は突然バタリと倒れ出した。
「孝幸さん!!」
「孝幸殿……!!」
輝は彼に駆け寄り身体をゆすり出す。
「孝幸さん!孝幸さん!」
懸命に声をかけるも孝幸は返事をしない。すると輝は彼の顔を見て思わず涙ぐむ。
「輝、どうしたんだ?」
「佐之助……孝之さんが……孝之さんが……!」

輝達は町から桶樽を持ってきてそれに孝幸を収めると佐之助と剣心が掘った穴に埋めその上に墓石を沿えた。
「孝幸さんは、自分の命が永くないことを知っていた。
 知っていたからこそ、あんた達の為にこの里に戻ることにしたんだ……。」
「自分の命を懸けた一振りを作り上げる為に……。」
「それで、最後の仕事か……。」
「名刀と呼ばれるものには、その刃に刀匠の魂が宿っている。……ということでござる。
 ならば、輝殿に託した孝幸殿の最後の作品、凍雲こそ、名刀と呼ぶに相応しい一振り。そうではござらんか?」
「うん。」
輝は剣心に対して頷いた。
一方関守は孝幸の墓の前で悲しげな顔をしてたたずんでいる。
「今は、そっとしておいた方がいいんじゃねーか?」
「……そうでござるな。」
剣心組が感傷に浸る中、輝は突然歩き出し工房へと入っていった。それに気づいた剣心は彼女を追うように工房に入った。

工房の中で輝は火焔の書を握り締めている。
「火焔の書を、燃やすのでござるな……。」
「うん。でないと、孝之さんが浮かばれないから。」
輝は消えていた炉に再び火をともした。炎は静かに燃え出し次第に大きくなっていく。
「輝殿、火焔の書を……。」
輝はコクンと頷くと火焔の書を炎の中に投げ込んだ。
炎は書を容赦なく燃やしつくし、最後には灰となって跡形もなく消えてた。
「これが孝幸殿の願い。よくやったでござるな、輝殿……。」
輝は俯いて鞘に収めていた刀を抜き出し見つめる。
(私なんかの為にこの一振りを……。
 孝幸さん、命を守る為に名刀凍雲、使わせてもらいます。)
輝は決心を固め刀を鞘に収めた。
「輝殿?」
「大丈夫よ剣心。
 さ、あの人に火焔の書のことを伝えましょう。」
「……うむ。」
剣心は頷くと輝と共に工房を後にした。

関守が悲しみに浸っている最中に輝は彼に声をかける。
「孝幸さんの遺言に従って、火焔の書は燃やしたわ。
 もう、あなたがここに縛られる理由はなくなったわ。」
「火焔の書が……?そうか……。」
「これからは、自分自身の為に生きていくのでござるよ。」
剣心の言葉を聞いて関守は孝幸の墓をしばらくじっと見つめる。
そして…………
「……決めたぞ!ワシも旅に出る!」
「ええっ!?本気かよ!」
意を決した関守の言葉に弥彦は思わず驚きだす。
「ああ。里の者達が帰ってくる日を待ち続けるのはもうやめだ。
 今度は、ワシがみんなを探しに行く!
 おっと、こうしちゃいられん。さっそく旅支度だ!」
そういって関守は住処へと足を運んでいった。
「ようやく、元気が出てきたみたいね。」
「ちと、心配でござるが……。」
「ま、じーっと待ってるよりはいいんじゃねェか?前向きな考えでよ。」
「そーだな。」
4人が談笑する中輝は墓石に文字を彫り始めた。
「輝?」
「せめて、墓に名前を彫ろうと思って……。」
「名前は?」
「刀に刻まれていましたから大丈夫です。」
そして墓石に『高島孝幸之墓』の文字が刻まれ、さらにその隣に文字が刻まれた。
『その魂を剣に宿し、ここに眠る。』と。
「これで、孝幸さんの名をこの里に残すことが出来たと思います。」
「うむ。行こう、輝殿。」
「うん。……あっ、そうだ!」
そう言って輝はすぐに走り出して里を後にする。しばらくすると今度は花を持って戻ってきた。
「輝殿?」
「お花……添えてあげようと思って……。」
「ホンットやさしいな、お前って。」
佐之助の呆れ様も尻目に輝は孝幸の墓に花を添えた後、手を合わせて黙とうした。

剣心達が関守の住処に着いたとき当の関守は旅支度の最中であった。
「あんた達も、旅を続けるんだろ?」
「ええ。」
「どこかの町で会えるといいな。」
「はい。では、元気で。」
「達者でな。」
輝は関守に別れの言葉を告げた後本当の意味で里を後にした。

そして、里に一筋の静かな風が吹き……墓に添えられた花は静かに揺れた。

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