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第21話 阿修羅姫と抜刀斎

筧の策略により人質となってしまった子供を救うべく、輝達は皇海山へとやってきた。
霊山と構造は違うものの雰囲気はまるで人がここにいることを拒むようである為か霊山と似ていた。
「ここが、筧のヤロウが言ってた皇海山ってトコだな。」
「ここに、さらわれた子と、筧がいるのね。」
「そうね。この怒りを絶対に筧に倍にして返してやるって誓ったんだからね。
 大怪我じゃ済ませないわよ、筧!!」
輝は険しい表情で握りこぶしで手を叩いた。
それを見ていた佐之助は
「なぁ剣心、輝のヤツ、かなり苛立ってねえか?」
剣心に小声で話しかけた。
「ああ、なにせあの筧の行為、決して許せるものではござらんから当然といえば当然でござる。
 今の輝殿は、筧を殺すつもりでござろう。」
「なんだって!?」
佐之助は輝の顔を一瞬見るとすぐに背けた。
「だが、そんなことは拙者が止める。拙者の目の前で、人を殺させはせぬ
 罪を憎んで人を憎まずだからな。」
「ああ……。」
佐之助は相槌を打った。
(だが、もしもの時は……)
剣心は何を考えたのか心で呟いた。

再び一行が歩き出しているとやはり途中で獣やら十勇士に操られてるらしき者に襲われるがそれらを難なく一行は蹴散らしていく。
輝も獣を除くが敵を全て峰打ちで仕留める。その様子を見た剣心はとりあえず輝は怒りを抑えているようであることを確認する。
しかし、筧と会ったときの事を考えるとなると険しい表情を変えることはなかった。

そして山の中腹辺りにたどり着くと一行をあざ笑うかのような笑い声が辺りに響き渡った。筧の声である。
「ようやく来ましたね、みなさん……。」
「筧!!」
「てめぇ、さらった子供は何処にやりやがった!?」
輝と佐之助はいきりたって構えを取る。
「そう簡単には教えられませんよ。なにせあの子は大事な切り札ですからねぇ。」
筧は質問に答えようとせず輝たちに背中を向ける。すると輝がいきなり前に出て刀に手をかけた。
「あんたの無駄口を聞いている時間はない!子供を返せば見逃してあげるわ……。」
「返さなかったらどうするんですか?」
「………………あんたを殺してまで取り返す!!」
輝は怒りを露にして刀を抜いた。
「おお、怖い顔ですね。そんな風に怒ると、せっかくの美貌が台無しですよ?」
「あんたに言われる筋合いは無い!!」
「弟子の若彦から聞かなかったんですか?我々は今十勇士。伊達や酔狂で、こんな面倒なことを
 しているわけではない……と。
 私を止めたいのなら、息の根を止めるつもりでどうぞ。」
と筧は両手を広げる。
「もとからそのつもりよ!!」
輝は咄嗟に筧に向かって目にも止まらぬ速さで走り出した。
(速い!?)
筧は思わず咄嗟に小柄を取り出し輝の刀を受け止めた。
しかし、受け止めたものの衝撃が激しく筧の腕に強烈な痺れがきた。
「うっ!?」
「たあ!!」
空かさず輝は蹴りを筧の脇腹に命中させた。これには筧も思わず仰け反る。
「うおっ!?」
このまま倒れると思われていたその時、輝は咄嗟に筧の後ろに回り背中にまたしても蹴りを放つ。
当たった衝撃で筧は今度は前のめりに倒れていく。そして輝は目にも止まらぬ速さで筧に休ませる暇を与えず
拳や蹴りを乱れ打ちに決めていく。
「…………。」
一方輝の戦いを見てる4人はあまりの光景に固唾を飲んだ。
「なんなの?あんな輝さん、見たことないわ……。」
「まるで、人斬り抜刀斎が戦ってるみてぇだ。」
「輝殿……。」

阿修羅の如く鋭い乱撃を終え筧がふらついたところで輝は再び筧の前に出て。
「迦陵の型!!」
刀を迦陵の型で筧の顎にぶつけた。筧は思い切り後ろへと吹き飛んだ。
「梵天の型!!」
さらに輝は落ちてきた所でかまいたちを筧にぶつけた。筧はさらに後ろへと吹き飛んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
筧が倒れたまま起き上がれないの察してか輝は一旦攻撃の手を止めて息を整えている。
「……何故すぐ殺さないのですか?」
筧は倒れたまま輝に問い詰めた。
「何故って、あなたが殺してきた人達の痛みや苦しみを思い知らせる為よ。」
輝は即答した。
「痛みや苦しみを思い知らせる為……ね。
 ……ふっふっふっふっふ。」
筧は不適に笑い出した。
「何がおかしいの!?」
「甘いですね。そんなじれったいことをしないで、すぐに私の息の根を止めればよかったのに……。」
「これからあんたの息の根を止める!覚悟しなさい!!」
輝は刀を振りかぶる
「覚悟……?覚悟とは、打つ手が無くなって、初めてするものですよ。……ねえ、若彦。」
「何を言ってるの?若彦なら今……」
「警察の牢屋の中、とでも言うんですか?」
「!!??」
若彦の声がしたと思ってその方向を振り向くとそこには牢屋の中にいるはずの若彦がいた。
しかも脇には薫を抱えていた。
「薫さん!!」
「薫殿!!」
「チィ、輝の戦いに気を取られていて周りのことに気が回らなかったぜ!」
薫は気を失っているのかピクリとも動かず抵抗する素振りも無い。
「でも、どうして若彦がここに?」
「ふっふっふ、私は独楽の芸だけでなく脱出も得意なんですよ。」
「この!薫さんを放せ!!」
輝は若彦に飛び掛ろうとするが、若彦は空かさず薫に小柄の切っ先を突きつけた。
「おっと、下手に動くとこの方の命はありませんよ。」
「…………!!」
輝は歯軋りをした。
「でかしましたよ若彦、結果として人質が増えましたからね。」
「くっ……!」
「そうそう、言っておきますよ。この人は私たちが安全な場所まで行ったら解放してあげます。
 では、御機嫌よう。」
そう言って筧は薫を抱えた若彦と共にこの場を去った。
「薫ぅ!」
「なんてこった!」
「…………畜生ーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
輝はらしくない怒鳴り声を挙げ地面に思い切り拳を叩きつけた。
その輝の行動に弥彦と佐之助は思わず驚いた。
「甘かった。こんなことならもっと早く筧の息の根を止めれてば良かった……!!」
俯く輝。そこに剣心が輝の肩に手を置いた。
「輝殿、もし筧を殺したとしても捕らわれたあの子の居場所は分からぬままになっていたでござるよ。」
「…………………………。」
「奴らは、山頂の方へ向かったでござる。
 そこに薫殿と子供が捕らえられているであろう。」
「…………そうね。薫さんとあの子を助けて、若彦と筧を倒せば事は終わるのよね。」
輝は立ち上がり拳をグッと握り締めた。
「ああ。」
「それにしても筧のヤロウ……どこまで、汚ねえ手を使いやがるんだ。」
「今十勇士だか、何だか知らねえが……このオトシマエは、キッチリつけさせてもらうからな!」
「焦っては向こうの思うつぼでござる。
 薫殿なら、きっと大丈夫でござるよ。」
剣心の言葉に輝は疑問を抱き剣心のほうを見る。
「何の根拠があって?」
「今は山頂へ向かおう。それから話す。」
剣心はスタスタと歩き出した。
「ちょっと、剣心!」
輝は剣心の後を追う。それに沿って弥彦と佐之助もついていった。


山頂へ向かう途中もちろん獣に襲われることがあったが、4人は問題なく蹴散らしていった。
そして、山頂が近くなった時
「ねえ剣心、何の根拠があって薫さんが大丈夫だというの?」
輝が剣心に声を掛けた。
「薫殿は、一派を担う剣客でもあるから、奴らには決して屈することは無い。
 そう信じているでござるから。」
剣心の言葉に輝は腕を組んで考え出す。
薫についてこれまでのことを思い出すと……思い浮かぶのは、芯がしっかりしててどんなことであろうと決して負けない
凛々しい薫の姿。それを思い出した輝は
「……そうね。私も薫さんを信じるわ。」
表情を明るくして答えた。
「……でもよ、やっぱり……心配だよな、輝?」
弥彦の不安に対して輝は
「大丈夫よ。前に剣心が言った通り、薫さんはあんな奴らに屈するほど弱くないわ。」
「だけど……」
「輝殿の言うとおりでござる。それに以前にも似たようなことがあったでござるから
 きっと何か考えがあったでござろう。でなければ薫殿が、なんの手だてもなくさらわれることはないでござるから。」
剣心は知ったような顔で言った。
ホントかな?と疑問に思う佐之助と弥彦を尻目に輝は薫を信じつつ山頂へと足を向けた。

そして山頂に到着した4人は一軒の小屋を見つけた。
「ここに薫さんが捕らえられてるのね。」
「ああ、待ってろよ!嬢ちゃん!」
いざ4人が小屋に突入しようとしたその時、いきなり小屋の扉が開き出し中から男の子が飛び出してきた。
「助けてぇ!」
「輝、この子は!」
「筧に連れ去られた子だわ!」
輝は男の子に近寄り膝を降ろして身を屈めた。
「もう大丈夫よ。お姉ちゃん達が来たから……!!」
声を掛けた瞬間突然キンッ!という金属音が鳴り響いた。
「輝殿!!」
「大丈夫!……だけどこの子は……!」
輝は刀を手にしていてその刃には小柄の切っ先が当たっていてしかも小柄は男の子が持っていた。
輝は小柄を払った後すぐに後退し構えを取った。
男の子の目はどす黒く曇っていた。
「まだ、操られてやがんのか!?」
佐之助は鋭い目つきで男の子を見た。
「どうやら、そうらしいでござるな。
 薫殿は……。」
4人が緊迫した表情で男の子を見てるとき、その後ろから薫が現れた。
「薫!」
「待って!様子が変よ!!」
輝の言うとおり、薫の様子はいつもと違う雰囲気を漂わせ右手には小柄を持っていた。
尋常じゃない薫の様子に輝は顔を青ざめた。
「そんな……薫さんまで……。」
そして力尽きてその場に膝をついた。
「薫殿……。」
「嬢……ちゃん……。」
「かお……る……。」
それに気づいた3人は剣心を除いて唖然としてしまう。
そんな4人にお構いもなしに小屋から筧と若彦が現れた。
「ようこそ、ここまで。
 さあ、二人を返しますよ。もっとも……素直に変えるとは限りませんけれど。」
「てめえ、薫にまで術をかけやがったな!」
「さて、無事に帰れるといいですねえ。」
あざ笑う筧の言葉を聞いて輝は身体を振るわせる。
「貴様……薫さんとその子を元に戻せ!!」
輝は鋭い眼光で2人を睨んだ。しかし筧はなおもあざ笑う。
「それはできない相談ですよ。」
「なら、貴様ら殺してまで取り戻す!!」
輝は筧に飛び掛ろうとするが途中で動きを止める。
「!!」
筧の目の前に男の子と薫が立ち塞がったのである。
(!!、これじゃあ攻撃できない……)
輝は冷や汗を掻いた。
「おや、さっきの勢いはどうしました?」
「!!!」
「私達を殺すんじゃなかったんですか?」
「…………!!」
「でもその前に、この2人を倒さないと私を殺せませんよ?」
「……………くっ!!」
輝は耐え切れず大きく後退した。
「せっかく人質を返してやると言っているのに。」
「ウルセエ!汚ねえマネしやがって!
 輝が退いちまったじゃねえか!!」
「そういってるあなた達も退いてますよ?」
小柄を向けて剣心達に向かっている2人に対して4人は筧の言う通り退いている。
攻撃できないうえ2人にやられては元も子もない為である。
「フウ……。これではおもしろくありません。
 しょうがない……。」
退いてく剣心組の様子を見て筧はため息をつき印を結び始めた。
すると薫と男の子が小柄の切っ先を互いに向き出した。
「!!、何をする気!?」
「あなた達が相手をしないというのなら、彼ら同士で楽しませてもらおうと思います……。
 さあ、目の前の相手を倒しなさい。」
再び筧が印を結ぶと薫と男の子が構え出した。
「なんだと!?」
「やめろっ!!」
「無駄です。今の彼らにはあなた達の声など聞こえない。さあ、やれ!!」
2人は筧の命令に従い小柄を振りだした。
次の瞬間、一つの影が2人の間に割り入った。
「!?」
なんと輝が2人の小柄を素手で掴み取り、下ろし切らないよう押さえ出していた。
「輝!!」
「輝殿!!」
「みんな!ここは私が食い止めるから筧と若彦を!!」
「おや、頑張りますね……。しかしこれならどうです?」
筧が印を結び出すと突然輝が苦痛の表情を浮かべた。
小柄に込められている力が今よりも強くなっていたのである。
「さあ、頑張って踏ん張りなさい。でないとあなたが死にますよ。
 ハッハッハッハッハッハ!」
筧は輝をあざ笑った。
一方3人は輝の安否を気遣っている為動けずにいた。
(くっ!このままじゃ…………?)
輝は違和感を感じた。それは押さえ具合である。両手で押さえているのにも関わらず右手が楽に感じたのである。
よく確認すると、男の子のは力一杯押しているのに対して薫はほとんど押してなかったのである。
(どうしてなの?2人とも筧に操られているはずなのに、なんで……)
輝が疑問に思ったその瞬間
「梵天の型をあの子に小さく放って。」
と小さな声が輝の耳に入った。
(!?、薫さん?……いや、もしかしたら……ううん、ここは賭けてみる!)
一瞬驚いた輝は小柄から右手を放し
「おや?お嬢ちゃんに殺される気ですか?」
筧の言葉に目もくれず刀を抜き
「梵天の型!」
男の子に向けて梵天の型を放った。手加減してある為男の子は小さく後退するに留まった。
そして、薫から小柄が輝に向かって振り……落とされなかった。
「……っ!」
そして薫は小柄を地面に投げ捨てた。
「!?」
「薫?」
「薫殿!?」
「何っ!?何故殺さん!!?」
意に反した薫の行動に筧は驚いた。
男の子はもう1本の小柄を取り出し輝に向かって投げ出すがもちろん切り払われた。
「薫さん、もしかして術を……」
輝は薫のほうを向いた。良く見ると薫の目はいつもと変わらぬ輝かしい目となっていた。
「うん、ごめんね輝さん。」
薫はまんざらでもない顔をして答えた。これには筧と若彦は驚くばかりである。
「なっ、筧様の術が……!!」
「私の術が効かなかったと!?」
「これでも鵜堂刃衛(うどうじんえ)の“心の一方”を破った女よ……。
 神谷活心流を、なめないでよね。(原作単行本2巻参照)」
鋭い目つきで薫は2人を睨んだ。
「おおっ!」
「やったぜ、薫!」
思わぬ良い展開に佐之助と弥彦は喜び出した。剣心も満面の笑みを浮かべている。
「むむ……。ならば、子供の方だけでも!」
筧は小柄を取り出し男の子に飛び掛ろうとした。その時
「そうはさせない!」
輝が咄嗟に飛び出し筧を蹴りで吹き飛ばした。
「輝さん、この子は私に任せて!」
「分かったわ!」
輝は筧の前に仁王立ちになり、薫は男の子の腕をしっかりを押さえた。
「きみ、しっかりして!こんなやつらに、勝手に身体を操られてたまるですか。
 さあ、心をしっかり持つのよ!」
薫は男の子に呼びかける。
「うう……。」
男の子は動揺した。
「そんな言葉、役に立つものか!
 早く、その女を殺すんだ!」
「うるさい!あんたは黙ってろ!!」
輝は怒鳴り声を上げ筧に刀を振った。筧は思わず避けた。
「くっ、邪魔をしないでください!」
「あんたが邪魔なんだ!」
輝と筧がもみ合っている間男の子は唸り声を上げている。
「ううっ!」
男の子は薫を払いのけた後小柄を投げ出した。
「くっ!」
薫は辛うじて小柄をかわした。
「嬢ちゃん!」
「しっかりして、きみ!」
薫はめげずに男の子に声をかける。
「指先に神経を集中させるの!大丈夫、こんな術敗れるわ。」
「う…………。」
「何をしている!モタモタするな!」
「黙れ!!」
輝は再び筧にしつこく切りかかる。当然筧は避けていく。
「う…………。」
「君の身体は、君の物よ!ヤツらに負けないで!」
「う…………。」
「殺せ!!……くっ」
輝は何も言わずにしつこく筧を切りかかる。
「う…………。」
「負けないで!!」
「ううっ!」
大きな唸り声を上げた途端男の子は薫を払いのけた。
「きゃあっ。」
「薫さん!!」
「薫っ!」
「そうだ、それでいい!!」
意に適った動きをしてくれたと思い喜ぶ筧。しかし
「うう……
 うわああーーーーーーっ!!」
男の子が突然激しく動き回り出した。
そして筧に向かって小柄を突き出そうとしたその瞬間グサッという鈍い音が響き出した。
若彦が小柄で男の子の腹を刺したのであった。
「ああっ。」
男の子はその場に力尽きて倒れ出した。
「!!」
「きみ!」
輝と薫が男の子に駆け寄り出した。そして薫は男の子を抱き寄せた。
「…………お、ねえちゃん……。」
「しっかりして!」
「ごめんね……お姉ちゃんの声、聞こえてたのに……身体がいうことをきかなくて……。」
「ううん!君は自分の力で、筧の術を解いたのよ!すごいわ……。」
「……えへへ…………。」
男の子は満面の笑みを浮かべた後そのまま目を閉じてぐったりとした。
「……き、気を失ったわ……。」
「バカな!あんな子供にまで……術を破られるとは!?」
「いうことは、それだけなの!?」
薫が2人に向かってその言葉を言おうとしたがそれは輝が先に言い放った。
一方剣心は今までとは比べられないほどのもの凄い剣幕をしている。
輝は身体を振るわせ刀を強く握った。
「“罪を憎んで人を憎まず”っていう言葉があるけれど、あんたらの場合その何もかもが憎い!!」
「!!」
輝の剣幕に筧と若彦は思わず驚きだした。
「もう、あんたらを生かす価値なんて微塵の欠片もない!!」
輝は筧達に向かって歩き出した。しかし、その前に剣心が輝の前に立った。
「剣心どいて!止めてった無駄なんだから!!」
剣心に向かって啖呵を切ると剣心はゆっくりと輝のほうを向くと
「その子を頼む。」
もの凄い剣幕で言い放った。
「け、剣心……?」
輝は思わずその剣幕に圧倒され、思わず退いた。
「……人をもてあそび、身勝手な野望のために使い捨てる……。
 貴様らだけは許しておけんな。」
いつもの“ござる”調がない剣心に輝は身の毛も立つ寒気を感じた。
一方薫は男の子を安全な所へ運んでいった。
「…………上等です。
 これ以上は術は使えないようだ。ここで決着をつけましょうか。優男さん。」
「筧様、ここは若彦にお任せを。」
「うむ……。」
若彦が筧の前に立ちはだかってきた。しかし剣心は
「時間がもったいない。2人同時に相手をしてやる…………来い!」
もの凄い剣幕でその言葉を言い放った。
2人は思わず後ずさりをする。
「う……うっ?」
「何?なんなの?あんな剣心、見たことない……。
 まるで、剣心じゃない……他の誰かを見てるようだわ……。」
「ヤツら、剣心を本気で怒らせちまったようだぜ。」
「どういうこと?」
「輝は初めて見るんだったな。あれが抜刀斎…………。
 緋村剣心の、普段は見せねえ、もう一つの顔だ。」
「!!、抜刀……斎……。」
抜刀斎の言葉を聞いた途端輝は蒼紫の言葉を思い出した。
幕末を轟かせた伝説の人斬り。もちろん剣心が人斬りだったことは知っていたが、まさかここまで凄まじいものとは
思いせずそれは輝の予想を遥かに超えていたのであった。
この時輝はあることを思い出した。それは長老から伝えられた言葉である。
(お前は吉祥天の化身だが、怒りが頂点に達すると阿修羅の如く強く、敵を容赦なく打ちのめし、仕舞いには斬る。
 仲間が言っておった、『あれはまるで阿修羅姫だ』と……。)
頭痛は起きなかったもののそのことを思い出した輝は今までそのことを自覚してなかったのである。
それは記憶を失う前からずっとあった。
しかし抜刀斎と化した剣心を見て、長老の言葉を思い出し、自分が怒ったときが今の剣心、即ち抜刀斎を見て
阿修羅姫と化した自分を想像し、それが重なり合ったのである。
輝は剣心を見て武者震いをしている。
(阿修羅姫…………私は、ああいうのになっていたの……!?
 あの優しい剣心が……あんな風になるなんて……。)
「どうした?今さら、ビビッたのか……。」
「ほざくな、浪人風情が!」
若彦が独楽を一つ飛ばす。しかし剣心は簡単に逆刃刀で切り払う。
さらに沢山飛ばすがそれも空しく全て切り払われてしまった。
仕舞いにはやけになって小柄を片手に飛びかかろうとするもその前に逆刃刀で腹を打たれる。
「うおっ!?」
「は、速い!?神爪の民のあの娘と同じかそれ以上に速い……!?」
打たれた瞬間若彦からボキッという鈍い音がなった。あばらの骨が折れる音である。
その音を聞いた輝は思わず顔を背けてしまう。そして若彦は腹を抱えて跪く。
「!!」
剣心……いや抜刀斎と化した彼は鬼も逃げ出すもの凄い剣幕で若彦を睨む。
「ま、まだまだっ!」
「飛天御剣流、双龍閃・雷!!」
「ウグッ!」
再び若彦は剣心に飛び掛るも刀と鞘の二段抜刀術により脇腹と脳天を打たれ倒れる。
「……どうした?
 貴様が相手できるのは、女、子供だけなのか……。」
「くうっ。」
必死に起き上がる若彦であったが、もはや瀕死に近い状態であった。
「こんな……こんなに実力の差があるとは。
 あ、相手になるはずがない……。」
圧倒的に不利と感じた筧はその場をジリジリと後にしようとするが
「逃げようたってそうはいかないわ!!」
その様子を見て気を取り直した輝が筧の行く手を遮る。
「くっ……化け物相手に、まともに戦えるはずがない!
 まずは優男の方からだ、これでも食らえ!!」
「!」
「か、筧様!?」
と筧は右目に手を伸ばし、なんとそれをえぐり出し剣心と若彦の方に向けて投げ出した。
すると眼球は大きく爆発し剣心と若彦は爆発に巻き込まれた。
「!!」
「剣心!!」
爆発が晴れると火傷を負った状態で剣心と若彦が跪いていた。
「そ……そんな……筧様……。」
しかし若彦は先程受けたダメージが大きい為そのまま息を引き取ってしまった。
「義眼に仕込んだ爆弾の威力はどうだ!
 いくら化け物じみたヤツでも、これなら……。」
さすがにひとたまりもないと思っていた筧であったが、
「……部下を巻き添えにして、生きながらえようとする…………それが、貴様の大儀か!」
剣心はそのまますんなりと立ち上がり、再び鬼をも逃げ出す凄まじい剣幕で筧を見る。
「ゲゲッ!
 た、立ち上がるとは……本物の化け物か!?」
平然としている剣心を見て筧は恐怖に怯え逃げ出そうとするが
「そうは問屋が許さない!!」
輝が筧にものすごい勢いで蹴りを放ち筧をあさっての方に吹き飛ばす。
「ぐわっ!」
「迦楼羅の型!!吉祥の型!!」
駄目押しに飛び上がっての上段切りと回転乱撃を峰打ちではあるが決め、筧を瀕死に追い込んだ。
「ひ、ひぃ……!」
筧は藁をも掴む思いでほふく前進で逃げようとするがその途中で右手が何かに当たった。
見上げるとそこには神谷道場にて現れた装束を着て覆面をしている忍びらしき男……の影がいた。
「うおっ!?お、お前は……。」
「…………我らの大儀を汚す者……。」
影は小柄を取り出すと筧の背中にそれを思い切り刺しこんだ。
「ぎゃあっ!!」
筧が断末魔を挙げると影はすぅっと消えていった。
「な、なぜ私が…………。」
急所に刺さった為筧はそのまま息を引き取った。
何が何だか分からない5人を尻目に筧からカランという音が鳴り響いた。
そこに目をやると筧から割符が落ちていた。
「割り符だぜ!」
輝が割り符を拾いそれを今まで持っているのと繋ぎ合わせてみると渋川町の西と地形が一致した。
「この地形って、日光じゃねえのか!?」
「今度は日光かぁ……。」
輝は割り符を懐にしまった。
「今のは……筧の仲間か?」
「そうね、きっと……。」
「でも、とにかくこれで、操られてた子供達も、正気を取り戻すはずだぜ。」
先程消えていった影のことを考える佐之助と薫。事件解決の歓喜に弥彦を尻目に
一方剣心は相変わらず引きつった顔をしている。剣心の様子を見た輝は彼に恐る恐る声をかける。
「…………剣……心?」
剣心は俯いている為表情をうかがうことが出来ず輝は不安になっている。
「…………輝殿。」
事が済んだ為か剣心はいつもの顔になっていた。彼は目を輝に向ける。
「……あれが、拙者のもう一つの姿……緋村抜刀斎でござる。
 怖がらせてしまったでござるかな?」
「……ううん。」
輝は首を横に振って答えた。
「そうか…………よかった。
 輝殿に怖がられるのは、困るでござるからな。」
剣心は満面の笑みで答えた。輝も思わず笑顔になる。
「おお、いつもの剣心に戻りやがったな。」
“ござる”調を聞いて佐之助も笑みを浮かべて剣心のほうを向いて言った。
「薫さん大丈夫ですか?」
輝は薫のほうを向いて伺った。
「ええ、大丈夫。
 あんな小さな子供にまで、利用するなんて……。今十勇士、絶対に許せないわ!」
「それにしても、これほどまでの執念……。いったい、何故……?」
「今はともかく、早くこの子を治療しておじいさんのもとへ届けましょう!
 全てはそれからです。」
輝は男の子を抱えてチンキなどで処置をしながら言った。
「ええ!」



男の子の怪我も大事には至らず、完全とはいかないが無事に回復しおじいさんと再会することが出来た。
他の子供達はまるで狐につままれた様な顔をしていつもと変わらぬ日々を過ごしている。
ようやく町に日常が戻ったのである。
「お姉ちゃん達……、助けてくれてありがとう。」
「孫が無事に戻って来たのも、すべてあなた達のおかげ……。
 本当にありがとうございました。」
「いやいや、礼には及ばぬでござるよ。」
「自分の力で、筧の術に勝ったんですものね。」
「うん!」
「筧に操られていた、他の子供達もみんな正気に戻ったっていうし……。
 メデタシ、メデタシ……だな。」
「本当にありがとうございました。」
「では私達はこれで、失礼致します。」
輝達はおじいさんと男の子に挨拶を済ませた後、家を後にした。

「それにしても……、まさか嬢ちゃんがあんなことできるとはなぁ……驚いたぜ。」
佐之助が薫を見て言い出した。
「あの時は偶然だったのよ。だけど、筧に術をかけられたときに感じたの。
 “心の一方”と同じ要領だって……」
「そして、自分の力で術を解かせれば筧はどうすることもできなくなる。……ということでござるな?」
「ええ。」
薫は頷いて答えた。そして今度佐之助は輝のほうを向いた。
「あと、今思ったんだが……怒ったときの輝って……まるで抜刀斎みたいだったんだが、心当たりねえか?」
すると輝は俯き出した。
「今まで自覚してなかったんです。私は……剣心の抜刀斎と同じように“阿修羅姫”っていうもう一つの顔があるの。」
「阿修羅姫か……確かにそんな感じがするな。」
佐之助と弥彦は輝を見てうんうんと頷いた。
「?、驚かないの?」
「だって、普段は穏やかで優しく、それでいてやり繰り上手な輝なんだから
 そんな一面がないほうがおかしいぜ。それに最初驚いたけど抜刀斎に似てたんだからな。
 神爪の民だって人を斬ることはあったんだろ?」
「う〜〜ん……。」
「あるでござるよ。」
考え出した輝に剣心のフォローが入った。
「神爪の民はいわば忍び、使命の為に人を斬らないなんてありえないでござるよ。」
「そうかもしれない……思い出せないけど、剣心の言う通りなのかもしれない……。」
輝は俯いた状態のまま語った。
「そっか、あそこで過ごした楽しかった頃しか思い出してなかったんだよな。悪い、うっかりしてた。」
「それより輝さん、頭痛は起きなかったの?」
「大丈夫。あれくらいならどうってことないわ。」


日光に向かおうとした剣心組であったが、日も暮れてきたので仕方なく渋川町で宿を取ることにした。
そして食事、風呂を済ませた後眠りについた。
「阿修羅姫……か……」
布団に横たわっている輝はそう呟き出すとすぐ寝息を掻いた。

そして輝が気がつくと何故かそこは森の中であった。
(ここは一体……?)
辺りを見回し疑問に思っていたその時、激しい剣戟の音が響き出した。
(剣戟?あそこかしら!?)
輝は音がしたほうへと駆け足で向かった。
音は段々大きくなっていき気がつくと戦っている人らしき二人の影が見えてきた。
そこでは満月が綺麗に輝き出していた。
「!」
影の姿形がはっきり見えてくると輝は思わず驚愕の顔を浮かべた。
ひとつは黒い鉢巻きをした不気味な顔をしている男、もとい鵜堂刃衛。
もうひとつは剣心であったが、皇海山で見せた凄まじい剣幕をしている。
刃衛は刀を構え、剣心は抜刀術の構えを取り対峙している。
「来い。抜刀斎の名の由来、得と味わわせてやる。」
「いざ勝負!!緋村抜刀斎!!」
刃衛が剣心に向かって飛び掛る。一方剣心は抜刀術で迎え撃つ、しかし刃衛はそれ見切りかわした。
「俺の勝ちだ、抜刀斎!!」
再び剣心に切りかかろうとした。その時
「!?」
鞘が刃衛の肘に命中し刃衛はそのまま崩れ落ちた。
「なっ……!!剣と鞘の、二段抜刀術……!?」
「飛天御剣流抜刀術、双龍閃。
 逆刃刀が抜刀術に向かないのは百も承知。
 抜刀術の全てを知り極めた……。それが抜刀斎の由来だ。」
輝は場の空気に息を呑むばかりであった。そして剣心は刃衛の側に近づく。
「肘の関節を砕いて筋を断った。お前の剣の命は終わった。」
すると剣心はなんと逆刃を刃衛に向け振り構え出した。
(!、何をするの剣心!?)
「そしてこれで、人生の終わりだ。俺は人斬りに戻る……。」
「!!、剣心やめて!!人斬りに何か戻っちゃダメ!!」
輝は思わず声を出したが剣心には聞こえてなかった。
そして今にも逆刃をかざした刀が振り下ろされようとしたその時
「ダメェェェェェ!!!」
薫の叫び声が辺りに響き渡った。
「!」
薫の声に我を取り戻した剣心はすぐさま薫のもとに駆け寄った。薫は手を縛られている。
「薫殿!!」
「はぁ……はぁ……。」
心の一方が解いたばかりなのか薫は息を荒くしていた。
「大丈夫……。」
「薫殿…………。」
そしてすぐに薫の手の縄を解くと倒れている刃衛を見る。
「刃衛……。」
「そんな目をするな。俺を殺そうとした時のお前の目は……もっといい目をしていた……。
 お前の本性は、人斬りだよ。同じ人斬りが言うんだから、間違いない。
 人斬りは所詮、死ぬまで人斬り。他のものには、決してなれはしない……。」
剣心と薫は固唾を飲んで刃衛をジッと見る。輝も側でその様子を見ているが、彼女の姿は3人には見えていない。
「お前が、いつまで流浪人などといってられるか……。地獄の淵で見ていてやるよ…………。」
そして刃衛はふらつきながら起き上がり、なんと自分の腹に自分の刀を刺しこんだ。
ズブッという鈍い音を立てて刀は差し込まれていく。
「!!!」
「……この感覚が…………いいねぇ…………」
刃衛はそのままバタリと倒れ息を引き取った。


朝、井戸の前で輝はたらいに水を入れ顔を洗っているがその顔はすっきりとしていなかった。
やはり昨夜見た夢が原因であっただろうか。
そこに剣心がやってくる。
「おはよう、輝殿。」
「あっ、剣心……。」
「?、どうしたのでござるか?ゆうべはあまり眠れなかったようでござるな。」
「うん、怖い……というか、もの凄い夢を見たの。」
「どんな?」
「剣心が刃衛っていう人と戦って、人斬りに戻ろうとした夢なの……。」
「お主もでござるか?」
「……って、剣心も!?」
「うむ……拙者もあまり目覚めがよくない夢でござったよ。」
「…………。」
輝は思わず俯き出した。
「それにしても輝殿の目は、不思議な輝きを持っているでござるな。
 そうやって見つめられると、拙者の持つ、もう一つの顔……人斬り抜刀斎の顔まで、見透かされてしまいそうな
 気がするでござるよ。」
「えっ!?」
剣心の言葉にドキッとして思わず輝は顔を上げる。
「…………剣心。
 お願いだから、抜刀斎なんかに戻っちゃダメ!
 そんなことしたら、薫さんや恵さん、妙さんや燕ちゃんらが悲しむし、佐之助や弥彦が嘆くわ!」
「輝殿……。」
「私も……決して阿修羅姫なんかにならないから…………!!」
輝は思わず涙目になり再び俯き出した。
そんな彼女を見て剣心は近づき輝の頭に右手を置く。
「大丈夫でござるよ。
 拙者はただ流浪人……。もう、人斬りではござらんし人斬りには戻らん。」
「剣心…………。」
輝が顔を上げた次の瞬間
「おーい剣心!輝!早く朝飯食おうぜ!」
弥彦の元気な声が響き渡り、剣心は輝の頭に置いていた右手を元に戻す。
「わかった、すぐ行くでござる。」
「早く来いよ!」
弥彦の声がしなってからしばらくすると今度は輝の肩に手を置いた。
「それに、拙者にはおぬしも含めて心強い仲間がいるから大丈夫でござるよ。
 拙者も、輝殿が阿修羅姫になるのを望んではおらぬ。もちろん、薫殿だけでなく弥彦も佐之も
 吉祥天の化身のままの輝殿を望んでおられるのだからな。」
剣心は満面の笑みで言った。
「……うん!ありがとう剣心。」
輝も満面の笑みで答えた。











あとがき
“阿修羅姫”という吉祥天の化身である輝のもう一つの顔。それは剣心の抜刀斎と同じものと考えてください。
輝にも剣心の抜刀斎と同じようにもうひとつの顔があっても良いじゃないかということで書きました。
名前の由来はALI
PROJECT(アリプロジェクト)の曲『阿修羅姫』(ゲーム『舞ーHiME
運命の系統樹』主題歌)から取りました。
単に題名から取っただけと思いますが毒々しい感じのこの歌が抜刀斎風の輝のイメージに合うのでは?と思ってます。
一度聴いてみてはどうでしょうか?(合わなかったらごめんなさいm_ _m)

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