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第16話 蘇る記憶

「ここに、神爪の里があるのか?人が住んでたようには、見えないぜ。」
「おかしいでござるな。」
葉隠山に到着した剣心組であったがそこは人が来るようには見えない自然の山である。
とりあえず一行は山を歩き始めたが、ただ山を登るだけで神爪の里らしきのもをみつけることはできなかった。
「…………ねぇなあ。」
一行があきらめかけたその時、剣心が輝の様子がおかしいのに気がついた。
「輝殿、どうしたでござるか?」
「…………………………。」
輝はボーッとしているようでまるで何もかもがうわのそらであった。
すると輝は何も言わずにそのまま歩き出した。
「輝殿!?」
剣心は輝の後を早歩きで追い始めた。
「剣心、どうしたのよ一体!?輝さんがどうかしたの!?」
「様子がおかしいでござる!薫殿も弥彦も佐之も早く行くでござるよ!」
剣心の言葉につられて薫も輝の後を追った。
「……。」
「うん!」
無言の会話で弥彦は佐之助の顔を見て頷き剣心と薫の後についた。

するといつの間にか一行は広く、草花が咲き乱れ大きな岩がある場所へとたどり着いた。
「何なんだここ?何にもねえじゃねえかよ。」
弥彦が嘆いてくとその時
「うっ!!」
輝がいつもにまして激しい頭痛を起こし頭を抱えた。
「きゃあっ!?」
突然の出来事に薫は驚いてしまった。
「どうしたでござるか!」
「う……ううっ……。」
「頭が痛いのか!?」
「そんな!どうして……。」
みんなが輝を心配する中輝はしばらくすると頭を抱えるのをやめ岩に近づいた。
「輝!」
「………………。」
佐之助の言葉に輝はまったく答えようとしない。
「様子がおかしいでござるな。」
すると輝は岩をありったけの力を込めて押し始めた。するとなんと岩がスライドして動き出し岩の下から階段が現れた。
「な……なんだこりゃあ!?」
「変哲もない……岩の下に……、こんなものがあるなんて……。」
佐之助と薫はあまりのことに言葉を失うほど驚いてしまった。
「……………………うっ!」
輝は階段を見て後ずさりをした途端再び頭痛により頭を抱えた。
「しっかりして!」
薫は輝を心配する。
「どういうことなんだよ!?なんで、輝が、こんなカラクリを知ってるんだ!?」
弥彦の疑問に輝は一生懸命考えるもまだ思い出せないのか無言で首を横に振った。
「……まだ、思い出せないのでござるな。」
「……うん。」
「……でもよ、今のが偶然のわけねえ。どうやら、こいつは本当に神爪の里に関係あるヤツらしいな。」
佐之助の言うとおりこれが偶然にしてはできすぎていることである。何故なら輝の行動はまるで意図的であったからである。
「でも、神爪の里なんて、実在するのかしら。」
「この階段の先に、答えがあるのでござろうな。」
そして一行は階段を降り、地下通路を通って行った。輝はそこで擬似感を感じていたが、今はそれどころではなかった。
地下通路を抜けると、そこには刃澄の里のようにひどく荒れ果てた村があった。
「こ、こんな村が!?」
薫はこんな山に村が隠されていたことに驚いた。
「これが、神爪の里……。」
「輝は、ここのヤツなのか……。」
「………………………。」
剣心は何故か険しい表情をしていた。そして辺りの様子を見る。
「とにかく、様子を見てみましょうよ。」
「……うん。」
輝の返事は何故か元気がなかった。
5人は村の辺りを調べてみるものの、人っ子一人の気配もなく、壊れた家屋と焼け焦げた後の木々があるだけであった。
「剣心、何か見つかった?」
「……いいや。」
「…………。」
剣心と薫のやりとりの最中に輝がやってきた。
「輝さん、何か分かった?」
「………………。」
薫の言葉に輝は何故か返事をしなかった。そこに薫と剣心はヒソヒソ話を始めた。
(剣心、なんだか輝さんの様子が変ね。)
(うむ、この山に着いてからずっと……一体何があったのでござろうな……。」
2人が会話をしてる最中に足元に何かあるのに気がついた。
「おろ……鉢巻きでござるな。」
「ずいぶん汚れてるわね。」
2人が見つけたのは汚れて結び目があるだけでちぎれた鉢巻きであった。
「!!」
輝は突然鉢巻きを拾い出した。
「あら、拾ったの?」
「……………………!」
輝はまたしても突然近くの木にあるブランコの方へと走り出して、そこに着いた途端ブランコを見つめたまま黙り込んで俯いてしまった。
「あっ、輝さん!」
薫は輝を追おうとしたが、剣心に止められた。
「薫殿……。」
「何よ、剣心?」
「気づかなかったでござるか。あの汚れは血でござる。」
「血!?ひ、人の!?」
薫は驚いた。まさか鉢巻きの汚れが血であることに気づかなかったのであった。
「まず、間違いなく……。」
剣心と薫は、輝のほうをただ見つめ輝を哀れんだ。
「ここで、何があったのかはわからぬが……輝殿には、辛いことだったでござろうな。」
「…………………………。」
薫はただ輝を黙って見つめることしか今できなかった。

一方輝は、鉢巻きとブランコを見つめて小さく「……兄さん。」と涙を流してつぶやいた。
それから輝はうつむいたまま涙を流したまま沈黙していた。
そこに輝のつぶやきをきいたのか弥彦がやって来た。
「なあ、今自分のアニキの事を言ってなかったか?ひょっとして記憶が……。」
「弥彦!」
輝の記憶のことを聞きだそうとした弥彦に薫が止めに入った。
「あっ、ごめん!」
しかし輝は気にすることなく薫の方を向いて首を横に振った。
「いいの薫さん。……みんなを、ここに集めてください。」
「えっ!?まさか、輝さん……。」
「全部じゃないですけど……ほとんどのことを思い出しました……。」

剣心達は輝を中心に集まってきた。当の本人はブランコに座っていた。
そして鉢巻きを抱えて語り出した。
「ここは……間違いなく神爪の里なんです。そして、私はここで生まれ、育ちました……。」
「!」
ここが本当に神爪の里であることに4人は驚いて言葉を失った。
「驚くのも無理もないです。なにせああいった技は全てどこの流派にはない、神爪流体術の技ですし、
 戦国時代から世間に知られず暗躍してましたし……。」
「まさか時川さんが言ってたことが、本当だったなんて……。」
「ええ……。私の家族は、両親は私がまだ4歳だった頃にこの世を去ってしまって……家族と言えるのは、この里の長老と
 兄の龍也(りゅうや)、幼なじみの忍(しのぶ)に、そして……同じく幼なじみで私の恋人だった英二(えいじ)がいたの。
 私は、幼少の頃から戦闘訓練などに明け暮れる日々でしたが、兄などに励まされたりして、たくましく生きてきました。
 ……兄は、神爪の民の中で優れている実力を持ち、“龍神の子”という異名を持っていました。一方私は、
 実力は兄には及ばないものの、その華麗な戦い方から“吉祥天の化身”という異名を授かったんです。」
「吉祥天?」
「仏教の昆沙門天の妃のことでござる。なんでも、容姿端麗の天女だと言われてるでござる。」
弥彦の問いに剣心はすぐさま答えた。
ちなみに吉祥天とは広辞苑にはインド神話で、ヴィシュヌ神の妃。仏教に入って昆沙門天の妃とされる。
衆生に福徳を与えるという。その像は容姿端麗、天衣・宝冠を着け、手に如意棒を捧げる。吉祥悔過の本尊。功徳天。吉祥天女。
と書かれている。(詳しいことは誰か教えてください。^^;)
「ちなみに、あの時結城に向かって放った技もここで習ったんです。……名は梵天の型(ぼんてんのかた)といって
 強烈なかまいたちを放つ技なんです。」
「使い方によっては、霊山の時みてえに火を消したりできるってワケか。」
「はい。……話を戻して、私のここでの生活はそれなりに過ごしていました。……そんな生活を過ごしてきた里が、
 こんな……ことになっていたなんて…………。」
輝はうつむいて身体を振るわせた。
「この鉢巻きを見ると、何があったかわからないけど……、長老、兄、忍、英二、みんな……、
 みんな死んでしまったってことだけはわかっているの…………。」
「輝さん……。」
「ただ思い出せるのは……ここであった、楽しかった思い出だけ。……どうしてみんな死んだのか、何故里が滅んだのかまでは、
 思い出せない……。思い出したら、自分が自分でなくなってしまいそうなの……だから……!」
「輝さん、わかってるから……、無理しないで。」
辺りが重苦しい空気に包まれ、きまづい雰囲気なっていて輝をどう慰めていいのか4人は分からなかった。
「ごめん……みんな……。しばらく……一人にして欲しいの……。」
輝は身体を振るわせた。その目は今にも大泣きしそうな目であった。
「……………………………。」
「……みんな、ここはしばらく、輝殿が落ち着くまでそっとしておいた方が良いでござるな。」
「うん。」
4人は仕方なく輝が落ち着くまでそこから離れていった。

「…………………。」
鉢巻きを抱えたまま泣く輝。どうやらその鉢巻きは輝の兄である龍也の物であることは確かである。
泣いているときに閉じた目から、輝の懐かしくも楽しかったあの日々の思い出が走馬灯の様に映し出された……。

最初は輝がまだ幼少の頃に龍也によくブランコをこいで貰ったあの日。
その時輝と同じくらいの年の忍と英二に『早く乗せて!』と言って待つ。
輝は『もう少し待ってよ!』と言ってブランコを楽しんでいた。
兄に『そろそろ変わってあげないと、ふたりがスネちゃうぞ!』と言われてようやく交代する。
そんなごく当たり前のような事が、輝にとっては大切な思い出……。

次は輝が10歳のとき、初めて料理を作ってみんなに食べてもらったあの日。
あの頃はまだまだ常人並とは言わないが、これからの進歩に期待するとみんなに言われた。
そして、ようやくみんなに『おいしい』と言ってくれたのはそれから三ヶ月後、それまで毎日毎日練習しては作っていった。
ようやく料理を完璧に作れるようになった思い出。血がにじむ程つらかったけど、努力が報われ嬉しかった思い出……。
今では料理はバッチリだけど、あの頃はまだ上手とは言えなかったあの頃……。

戦闘訓練では、長くも厳しい鍛錬の日々を過ごし、時にはくじけそうにもなったけど、励まし励まされ、今では
里でかなりの実力を持ち、“吉祥天の化身”という異名を持つ者。兄には及ばないが、必ず兄を越える!
そんな目標を抱え、つらくも一生懸命に頑張ってきた輝かしい思い出……。
「はぁ……はぁ……。」
「もうやめにしたらどうだ?随分息が切れてるぞ。」
「は……はは……やっぱり兄さんには敵わないわ……。」
「無理をするな、後がもたないぞ!……今日はここまでにしてメシにしよう……な?」
「う……うん。」

そして、英二のことを意識するようになった13歳のとき。この年になると、人は初めて異性を意識するようになる歳でもある。
峠の頂上で英二に呼び出された輝は、そこで将来のことを話し合った。
「俺達、いつになったら結婚できるんだろう?……。」
「なんでも、あと4年はかかるみたい……結婚できるのって17歳からだから。(旧民法では。ちなみに女子は15から)」
「そっか。……でも、それまでに輝が何処かに行っちゃわなきゃいいんだけど……。」
「何言ってるのよ!私は、英二以外に好きな人なんていないわよ。それに、今でも子供の頃のからずっと覚えてるわよ
 『輝をお嫁さんにする』っていう英二の言葉。絶対に忘れるわけないわよ。英二ったら心配症。」
そういって輝は英二の眉間をツンと押す。
「それは、そうだけど…………なら、証明して欲しいんだ。」
「何の?」
「本当に俺のこと好きだっていう証明。」
「それなら、これよ。」
そういって輝はダイタンにも英二の唇に口づけをする。20秒くらいの長い口づけ。
「……ひ、輝!?」
「これで……わかったでしょ?」
「う……うん。」
お互い顔を赤くして恥ずかしがって俯く。
結婚の約束を改めてするために行った初めての接吻(キス)をした。恥ずかしかった思い出だが。
それも輝にとってはそれも大切な思い出である。

忍とは、よく一緒に遊んだこともあった。
とても仲が良くまるで姉妹の様にお互い親しみあっていた。
「楽しかった子供の頃の時間って、あっというまに終わっちゃうのね。」
「そうね。」
「大人になったら、離れ離れになっちゃうのかな?」
「…………。」
これからのことに不安を感じていた。
「ねえ輝、もし私たちが大人になって、離れ離れになったとしても、これからも仲良くしてくれるよね?」
「もちろんよ!だって、忍はこの世にふたつとない私の大切な友達だもの。」

これ以外にもいろいろあるけど、挙げるとキリがない。それほどにもいろいろな思い出がこの里にはあった。
もちろん忍達だけではない、神爪の里の全ての思い出である……。
それが今その面影しか残っておらず……ただ、廃墟がたたずんでいるのみである。
兄に勝つことも、忍とまた遊ぶことも、そして英二と接吻をすることはもうできない。
そんな現実が、輝に重くのしかかった。

一方入り口の辺りで輝が落ち着くまで待っている剣心達は相変わらず輝のことを心配していた。
「相当ショックだったみてえだな。」
「うむ。なにせ家族はもういないという現実を突きつけられてしまったでござるからな……。」
剣心と佐之助は真剣な眼差しで輝のいる方を見つめて言い出した。
それからしばらくすると、輝が剣心達の方へとやってきた。右手には何故か巻物を持って。
「もう、いいの?」
薫は輝を案じて聞いてきた。
「ええ……。」
帰ってきたのは暗い返事であった。
「?……それ、なんだ?」
弥彦が輝が持っている巻物に気づいた。
「これは、炎魔の型(えんまのかた)っていう炸裂弾を使った技が表記されている巻物なの……
 もう既に覚えたから必要ないかもしれないけど……一応持ってることにしたの。」
「そうか。」
剣心は平然と返事をした。
「もう帰りましょう、もうすぐ暗くなるから……。」
「うん……。」
こうして一行は神爪の里を後にし東京へと戻って行ったが、輝は寂しげな顔のままであった。


神谷道場に戻っても輝は相変わらず沈んだ表情のままであった。
今は食事時、今回は剣心にも輝の料理を食べてもらいたくて輝に頼んで作ってもらった。
おかげで剣心は飯作りは楽できた。しかし食卓には輝の姿はなかった。
「今日のメシもうめぇけど、輝……元気がねえんだよな……。」
「いつまで気にしてんだあいつは……、これじゃせっかくのメシが台無しだぜ。」
「仕方ないわよ、家族と故郷を失った現実を見せつけられてしまったから……。」
「…………………。」
弥彦は険しい顔して考え込んだ末突然立ち上がった。
「弥彦?」
「ちょっと輝の部屋にいってくる!」
「えっ!?ちょっと弥彦!?」
薫の制止もなり構わず弥彦は部屋を出て行った。
「なんなのかしら一体?」
「多分慰めにいったのでござろうな……由太郎殿の時みたいに。」
剣心は平然とした顔をして言った。
「どうだか、……あの坊主の様に輝が立ち直るモンか?」
佐之助は疑問な顔をして剣心に向かって言った。

その頃輝は、真っ暗な部屋の中でただただ縮こまっていた。
記憶なんて戻らなければ良かったかもしれない……そんな思いを抱えつつ輝は沈んでいた。
とそこに入り口のふすまが開いた。
「メンッ!!」
弥彦の掛け声と共に竹刀が輝の頭に直撃した。
「痛ッ!何するのよ!……って弥彦!?」
輝は頭を抱えて弥彦の方を向いた。
「明かりも点けないで何いつまで落ち込んでんだよ!」
「だって、私は帰る所を失ったのよ!これが落ち込んでいられないわけないじゃない!?」
「誰だって悲しいさ!いつまでも過去のことクヨクヨしてんじゃねえ!
 それに大切な人を失った過去を持ってるのはお前だけじゃねえ!薫も、佐之も、俺だってそうさ!
 なのにどうして前向きにいけると思うんだ!?過去を背負いつつ今を懸命に生きてるからだ!」
「でも、私にはそんなこと……」
「できるさ!誰だって1人じゃ立ち直れねえ!俺や佐之だって、剣心や薫がいなかったら今の俺達はなかった!
 お前だってそうじゃないか!そうじゃなかったら蒼紫にあんなこと言わなかっただろ!違うか!?」
弥彦の言葉に輝はうつむきこれまでの自分の行動を振り返ってみた。
確かに蒼紫に対して激励(?)言葉を発した。それは薫や佐之助の慰めがあってのこと。
記憶を失い自分の事で落ち込んでいた所を慰めてくれたのは彼女達であった。
彼女達がいるから今の自分がいる。そう思いつつ輝は過ごしてきた。
「だったら、今お前が生きている理由を考えた上でできる限りのことをやって生きていけばいいんじゃねえのか?」
「…………そうね。考えてみたらそうかもしれない……。薫さん達がいなかったら今の私もいなかった。
 だったらなおさらここにいる理由を基に生きていけばいいんでしょ?」
「そうだ。」
「私がここにいる理由……、それは私なりにできることをして剣心達と一緒に過ごすこと。
 それが私が存在する理由だと思うの。」
「そうだな……。
 早く食卓に行こうぜ。メシがなくなっちまうぜ。」
「うん。元気出てきたらなんだかお腹すいちゃった。」
「そうそう。早く行こうぜ、剣心達がまってるぜ。」
輝の表情に明るさが戻った。
帰るべき場所はもうないが、今の輝には剣心達がいる。そんな思いを胸に輝は生きていくことを改めて決心したのである。

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