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第12話 寺子屋が潰れる?の巻

霊山での戦いの後輝たちは一時的な休息を行なっていた。
神谷道場でいつもどうりの生活を過ごす輝たち、蒼紫の姿はないがその内合流するだろうということで
あまり気にもとめなかった。
いつものように佐之助が神谷道場にやってきたが、今回は何か訳ありのようである。
「ちょっと嬢ちゃん、話があるんだが、聞いてくれねえか?」
「食費の話とかはなしよ!」
「……つれねえなあ。そうじゃねえんだ、先生のことで話があるんだ。」
「平八郎さんのことで?」
「そ、この前元気がねーんで話しかけたんだけど…なんでも、学問塾が閉鎖されちまうそうなんだ。」
「なんですって!?」
「もちろん俺も嬢ちゃんと同じ反応しちまった。……で、何故かっつうと、学問塾を開いている寺子屋をもうすぐ壊すっつう
 バチあたりな話が決まっちまってなっちまって、立ち退きを要求されちまったんだ。」
「ところで、なんであの寺子屋でやってるの?」
「輝は知らねえんだったな、その寺の住職の好意で開いてんだ。」
「そうなんですか……では寺が壊されるとなると……。」
「もちろんその話を聞いた後先生を励ましてやったさ。なにせ子供達を不安にさせたくねえからな。
 ……で、寺の代わりに学問塾を開ける所はねえかって考えたらここ(神谷道場)が思いついたってわけだ。
 それで、嬢ちゃんにお願いがあるんだけど……。」
「それならいいわよ。もちろんずっとって訳にはいかないけど、しばらくなら大丈夫よ。」
「さっすが嬢ちゃん!話が早くていいぜ!それじゃ、早速先生に知らせてくるぜ。」
佐之助はひとっ走りでゴロツキ長屋へ向かおうとすると
「それなら、俺にやらせてくれないか?」
入り口の方から声がした。輝たちが声のするほうを向くと入り口に隼人がいた。
「桧ノ山さん。」
「いつのまにここに?」
「ひょっとして、輝の顔を見に来たのか?」
「えっと……その……。」
「そうならそうと素直に言えよ!なに顔を赤くしてんだよ!」
「……ともかく、俺が代わりに平八郎の旦那に伝えてくるぜ。」
照れ隠しに隼人は全力疾走で駆け出して行った。
「先生に遠慮はいらねえって伝えとけよ!
 ……惚れてるな。」
「ああ。」
弥彦と佐之助はうなづいた。
「何に、ですか?」
輝には何のことか分からない。
「オマエ(輝)にだよ。」
「……………………。」
キッパリとした弥彦の答えに輝はただ沈黙している。反応といえば「う〜〜ん」とうなづくぐらいである。
「それにしても……、いったい誰でェ!?寺を壊すなんて決めた奴ァ……!」
「多分、明治政府だろう。」
「!?、蒼紫!?」
突然声がしたので声のする方を振り向くと何故か入り口に蒼紫の姿があった。
「いつの間にいたんですか!?」
「……てことはさっきの話、聞いてたってわけか……。」
「ねえ、それって、お役所が決めたことだっていうのっ!?」
「おそらく……廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の余波だろう。」
「廃仏毀釈?」
廃仏毀釈とは、明治初年の仏教排撃運動ことである。それは1868年(慶応4年)に神仏分離令が出されたのをきっかけに
神道家などを中心に各地で寺院・仏像の破壊や僧侶の還俗(げんぞく)強制などがおきたのである。(広辞苑より抜粋)
「……もっとも、それだけではなさそうだが……な。」
「なんか含みのあるいい方だな……。」
「……まあいい。」
「……そうですね。でも、どうするんですか?」
「役所にはツテはねーが、警察にはちょいと顔がきくんだ。」
「そうなんですか!?」
「ああ、寺の取り壊しの件、ヒゲメガネの署長にきいてみようと思うんだ。」
「大丈夫なんですか?」
「平気だって、いろんなことで世話んとかになってるんだからよ。」
「…………薫さんたちって、結構顔が広いんですね。」
輝は、驚いた。まさか薫達が表では露ではない者から警察まで顔がきくなんてことをまったく知らなかったのである。
無論それは、ここにいた食客が原因(要因?)だからである。
「まあね。」
「……それじゃ、行きましょう。平八郎さんと子供の未来の為だからね。」
さっそく3人は支度を整える。
「お前も来い。」
「…………無論だ。」
こうして再び5人となった一行は警察署へ向かうのであった。

…………………が途中で蒼紫はなぜかいなくなっていた。
そんなことをよそに輝たちは警察署へと着いた。
「まったく、蒼紫の奴何処行きやがったんだ?」
「多分、武田邸での騒動の件があったから顔を会わせられないんじゃないでしょうか?」
「……まあいい、ともかく話をしにいこう。」
とばかりに中へ入ろうとすると
「おっ!」
「おや?あなたがたは確か緋村さんの……。」
いつも薫達がお世話になっている署長さん(原作やアニメを参照)とバッタリ会った。
「ちょうどよかった。ちょっくら、あんたに聞きてーコトがあるんだけよ。いいか?」
「……わかりました。話は部屋で聞きましょう。」
輝たちは署長に案内されて部屋へと入っていた。

部屋にて、寺の壊しの件を話す前に薫達は署長に輝のことを聞かれそして答えた。(輝とは初対面のため)
そしてその後本題である寺の取り壊しの件について話した。
「…………なるほど。それであなたがたは、その学問塾を開いている寺の取り壊しをやめさせるために、
 今日、ここへ来たというのですね。」
「ええ、そうなんです。」
「なんとかできませんでしょうか?」
「困りましたなァ……。」
署長は困った顔をした。
「なあ、あんた、偉いんだろ?なんとかならねーのか?」
弥彦も後押しで頼むが、署長からは意外な答えが出てきた。
「そういわれても……。
 あの寺を壊す予定など、どこにもないのですから……。」
「ええっ!?」
「嘘じゃねえぇだろーな、オイッ!」
「そんな予定は、本当にありませんよ。われわれ警察は、神風隊の一件で、佐々木平八郎さんにはお世話になっていて
 いるんです。そんな平八郎さんを追い出すなんて……恩をアダで返すような真似はできません。」
「でもさ、警察がそういってても、他に役所はいっぱいあるわけだろ?
 その中のどこかが……なんてことはねェのか?」
「いいえ。今のところ、そのような情報は入っておりませんが……。」
「……やっぱり、こういうことって警察の担当じゃなかったのね。廃仏毀釈って、明治政府が決めた
 方針なんだもの。」
「ムダ足だった……ってコトか。」
「はぁ……。」
輝は思わずため息をこぼした。すると署長は語り出した。
「それにしても、妙ですな。廃仏毀釈運動による、寺や仏具の排斥(はいせき)が盛んに行なわれたのは、
 神仏分離令の出された明治元年から数年の間…………。最近では、ウワサも聞かなくなっておりましたのに……。」
「そういえばそうね……。」
薫は署長の言葉に同感した。
「なんか引っ掛かるな。もうちっと調べてみるか。」
「そうね……。」
「私も、できる限り調べておきましょう。」
「お願いします。署長さん。」
そして4人は警察署を後にする。
警察署を出た途端入り口の辺りから蒼紫が現れた。
「あっ……」
「てめえ、姿が見えないと思ったら、どこへ行ってやがった!」
「別に……キサマに答える必要はない。」
「……んだとォ!」
「待って!」
薫が突っかかってきそうな佐之助を制止する。そして蒼紫に問う。
「あなた……何か情報をつかんだのね。そうでしょう?」
「…………………………。」
「何だよ、もったいぶらずに教えろよ。」
「……ウワサを聞いただけだ。」
「ウワサ……?」
「なんの…ですか?」
「最近、あの寺の周辺の土地を買い占めている奴がいるそうだ。」
「あんな町外れの土地なんか買い占めてどーするんだ?」
「埋蔵金でも発掘するのかしら?……それにしても、いったい誰なんですか?その土地を買い占めているという人は?」
「そいつは確か……、名は、比留間伍兵衛(ひるまごへえ)といったな。」
「何ですって!!」
「……比留間伍兵衛っ!?」
「誰なんですか!?知ってるみたいなんですけど……。」
「私の道場を無理矢理買い占めようとした意地汚いヤツよ!」
比留間伍兵衛は、その兄喜兵衛(きへい)と共に神谷活心流の名を名乗り、偽抜刀斎騒ぎを起こし
神谷道場を乗っ取ろうとした悪党である。(原作1・2巻参照)
後に本物の抜刀斎(剣心)により成敗されたが、いまだに悪事を働いているようである。
「あいつが黒幕だったのか!こーしちゃいられねェ、先生が心配だ!」
「早く、戻りましょう。」
「ええ!蒼紫さん!」
「…………わかっている。」
「おーーーーい!!」
寺子屋へ向かおうとしたとき隼人が向こう側から駆け足でやってきた。隼人は少々息を切らしていた。
「桧ノ山さん。」
「どうしたんだ?そんなに慌てて……。」
「大変なんだ、寺子屋へ向かう途中、愚連隊のヤツらが、それを占領しちまったんだ!」
「「「「なんだ(です)って!?」」」」
「なんとかしようにも、数が多いから、俺1人じゃどうにもならねえ……だから、輝たちを探してたんだ!」
「そうだったのか、ありがとよ!隼人!
 ……比留間のヤロー!!愚連隊をけしかけやがって……!!」
「急ぎましょう!」
輝たちは急いで町外れの寺子屋へと向かった。

そのころ寺子屋近くの道では
「ねえ、通してよぉ。」
「ダメだ!許可がねえことにゃあ通さねえよ。」
子供達が愚連隊に道を阻まれていた。
「じゃあ、そのキョカちょうだい。」
「ほしいのかぁ?あぁん?」
愚連隊の1人は子供を睨んだ後男の子を蹴り飛ばした。
「うわあ!」
「てめえのようなガキにはやれねぇよ!!」
「あっ!!」
ちょうど輝たちがそこにやってきた。
「大丈夫!?」
「う、うん。」
「どうしたんだ?菊松。」
「佐之助にいちゃん!塾に行きたいんだけど、あの人たちが道を通してくれないんだ。」
「それで、先生は!?」
「わかんない……けど、きっとお寺の中だよ。外にはいなかったもん。
 お願い、先生を助けて!!」」
「わかってらァ。この俺に任せとけって。」
「みんなは安全な所に行ってて!」
「うん!お姉ちゃんも気をつけて!」
菊松達はその場を後にした。
「さーて……ケガしたくなかったら、道を開けな!」
佐之助は指をポキポキ鳴らして愚連隊に忠告する。
「うるせえ、このヤロウ!」
愚連隊の1人が佐之助に襲い掛かってきた。
……しかし、ものの一秒も経たずに蹴り一発で倒された。
「弱い奴が、いきがってんじゃねーよ。
 さ、道を開けてもらおうか。嫌だっつっても、無理矢理にでも通してもらうぜ。」
「そうはいかねーな!」
向こう側から声がした。愚連隊の頭らしきものが現れた。
「た、隊長……!」
「くけけけけっ!俺らにケンカ売るたァ、いい度胸だ!」
「何いってんだ!子供相手じゃなきゃ、虚勢も張れない弱虫の集団じゃねェか!」
「う、うるせぇっ。かかれっ!」
「あなた達なんかに、構ってる暇はない!!」
輝はいきなり目にも止まらぬ速さで愚連隊の持っている武器をバラバラに切り刻んだ。
「!?……。」
愚連隊はなにが起こったのかまったくわからず戸惑っていた。
「道を開けなさい!でないとこうはいかないわよ!」
「……チッ!覚えてやがれ!!」
形勢不利と見て一時撤退をした。
「ああ、覚えてやるよ!いつでもかかって来い!!……ってんだ。」
「…………………………。」
「蒼紫さん?」
「どうかしたのか?」
「…………まだ奥に敵がいる。」
「上等じゃねーか、行くぞ!」
「うん!」
5人は寺子屋へと向かう…………しかしその途中で背丈が195cmくらいの男とはち合った。
薫、弥彦、佐之助が存じている比留間伍兵衛である。
「!!、比留間伍兵衛!」
「ぬう!キサマら…………!!」
「ちょーどいい場所で出会ったなァ。おめえさんに、ちと用があったんだ。」
またしても佐之助は指をポキポキと鳴らす。
「……むむっ!こっちには用なんかない!どいてくれ、わしは帰るんだ!」
「おっと、そうはいかないぜ。」
弥彦は逃げようとする比留間の行く手をさえぎった
「ぬっ!」
比留間は寺子屋の方へと逃げていく。
「あっ!!」
「コラ、待てっ!!」
輝たちも比留間を追って寺子屋へと向かう。

寺子屋は比留間が率いている愚連隊に占領された後であったが、そんなことはお構いなく輝たちは攻め入る。
「もう逃げられないわよ、比留間伍兵衛!」
「ええい、うるさい!かかれっ!!」
比留間の掛け声と共に中にいる愚連隊襲い掛かってきた。
「蒼紫さん、あいつらは警察に届け出すので殺さないでください!」
「……わかっている。」
「せい!」
「ふん……。」
蒼紫は愚連隊1の攻撃をすんなりかわし、急所を避けて切りつけてあっというまに倒した。
「こんなの、稽古の相手にもならないわ!」
薫も攻撃をかわしていき、鋭い面を決めて愚連隊2をやっつけた。
「俺を相手にするなんざ、百年早ェぜ!!」
愚連隊3は何もさせてもらえず佐之助の正拳をくらって倒れた。
「せい!…くっ!このガキ!」
愚連隊4の攻撃はまったく弥彦には当たらない。
「でえい!」
弥彦の面がさく裂し愚連隊4は倒された。
一方輝は愚連隊5の攻撃を蒼紫・薫同様すんなりとかわし、そして武器を目にも止まらぬ速さで切り刻んだ。
「いっ!?」
愚連隊5は信じられない出来事に驚いた。
そして考えさせる暇も与えずかかと落しで倒した。
(な……なんてヤツらだ……。小娘や小僧はともかく、斬左とあのコートの男は強すぎる……。
 それにあの白い上着の小娘はなんなんだ!?抜刀斎と同じくらいに強すぎて俺じゃ話にならん……。)
比留間は怯えた。特に輝の強さに驚いたのである、初めて見る顔で上玉のワリには結構強かったのである。
「だ……ダメだ、こいつら強すぎる…………。いくら金をもらったってこんな奴の為に死にたくねえ。」
輝たちの戦いを見ていた愚連隊の残りは恐れをなして逃げていった。
「あわわわわ……。まっ待ってくれーっ!!」
比留間も恐れをなしてスタコラサッサと逃げだした。
「そうは問屋が……。」
「待って、輝さん。……追い討ちをかける必要はないわ。」
輝が鞘を思い切り投げようとしたが、薫に止められた。
輝は仕方なく刀を鞘に収めた後腰に収めた。
「……すごい悪党ヅラのわりには結構弱いわね、比留間伍兵衛って。」
「やれやれ……ホントずる賢いワリに小心者なんだよな。」
「卑怯者なのは、相変わらずだけどね。」
3人が比留間のことを語っているそんな中佐之助が平八郎の所に寄ってきた。
「大丈夫か、先生。」
「ああ……すまんな佐之さん。また助けられたようですな。」
平八郎は佐之助に礼を言った。実際に助けられたのはこれで二度目である。
「いいってことよ。その様子だと、約束は守ってくれたみてーだしな。」
「ああ。約束通り、剣は握っておらぬよ。」
「さ、もう大丈夫ですから……。」
薫はこの寺の住職にも声をかけた。
「ありがとうございます。平八郎先生や、あなたがたがいなかったら、この寺は今ごろ……。」
「!!」
蒼紫はなにか感じ取った。
「…………礼をいうのは、まだ早い……。」
蒼紫は一足先に寺子屋を出た。
「何だ……?」
弥彦は不思議に思った。
「まさか……!!」
薫と輝も嫌な予感を感じた。
「先生は、その爺さんのそばにいてくれっ!」
薫達も平八郎と住職を残して寺子屋を出て行った。

寺子屋の外では、薫達の予感通りさっき撤退していた愚連隊が戻ってきていた。
「くけけけけっ!約束通り来たぜ。」
蒼紫は平然とした表情で愚連隊を睨む。
「……弱い奴ほど、数に頼ろうとする……。」
すると蒼紫は輝たちのほうを向いた。
「輝、ここは俺に任せてもらう……いいな?」
「はい、任せます!」
「くそっ!ぶっ倒してやる!!」
そして蒼紫は再び愚連隊の方を向く。
「……かかって来い。」
蒼紫は小太刀を抜いた。
「キサマ!!」
愚連隊の隊長は武器をブンブン振り回すが言うまでもなく空を切るだけでまったく当たらない。
「くっ!この!でやぁ!」
なんとか小太刀にぶつけたものの蒼紫はその小太刀にもう1本の小太刀をぶつけた。
「小太刀二刀流、陰陽交叉(おんみょうこうさ)!」
その衝撃で隊長の武器は真っ二つに切られた。
「うっ……、うわ!!」
蒼紫はさらに追い討ちをかけるべく小太刀の柄で隊長を殴りつけた。隊長は倒れた。
「…………………………。」
「つ……強すぎる…………。」
「俺たちじゃ、束になったってかなわねー。」
愚連隊は恐れをなして逃げ出していく。
「ううっ……。」
「うせろ………………。」
蒼紫は隊長をすごい形相で睨んだ。
「くっ…………。」
隊長は恐れているのかすぐさま逃げ出した。
「さすがだな……。」
「…………世辞などいらん。」
「あいつら……もう二度と、来ねェだろーな。」
「……そうね。平八郎さんたちが心配してるといけないわ。寺子屋へ戻りましょう。」
「うん。」

寺子屋に戻った一行は、後に署長さんから聞きだした検索結果を平八郎さんに伝えるのである。
「…………というわけで、このお寺を出ていく必要なんて、どこにもなかったの。」
「あの比留間という男……。もっともらしい理由をつけて立ち退きを要求していたが、ここの土地が目当てだったのか。」
「ああ。ぜーんぶ、比留間伍兵衛の策略だったんだ。」
「いやはや、本当に助かりました。我々……僧侶は、神仏分離令と廃仏毀釈を掲げられては、たちうちできませんからな。」
「ま……この先、この寺を壊そうなんて奴はいねェだろーよ。」
「なんてってってこの寺には、俺たちっていう用心棒がついているんだからな。」
「そうね。それに、警察署の署長さんだって、いざって時には頼りにしていいんじゃないかしら?
 署長さん、平八郎先生への恩をアダで返すような真似はできない……って、いってたもの。」
「恩などと……そんな…………。」
「本当にあなたがたや平八郎先生がいなかったら、この寺は今ごろ……。」
「よかったですね。」
「ところで薫さん。申し遅れましたが、そちらの方は?」
平八郎は輝のことを聞き出した。平八郎にとっては初対面だからである。
「輝さんっていうんです。ワケあって、ウチに居候してるんです。」
「そうですか……いやいや、それにしても……先程はすばらしい動きをしてましたな。」
「ええ、まあ……。」
「くわしいことは聞きませんが、またいつの日か私のもとにきてくれますか?」
「え?」
突然の平八郎の要望に輝は戸惑った。
「ハハ……、私はいつでも待ちますぞ。そういえば、もう一人のかたは……?姿が見えないようだが…………。」
平八郎が言っているのは蒼紫のことである。ここには、蒼紫の姿はなかった。
「その辺にいるんじゃねーのか?」
「きっと、こういう場が苦手なのよ。」
「どうだか……。あのヤローの考えていることなんざ、わからねーよ。」
「とにかく、あいつを見つけて出発しよーぜ。」
「うん。」
「もう行ってしまうのか?」
「ああ、ちとワケありな旅をしてるんでな……。」
「といっても、これから再び薫さんちに戻りますけどね。」
「そうですか……その旅が、うまくいくといいですね。」
「旅のご無事をお祈りいたします。」
「ありがとうございます。」
一行は平八郎と住職に別れを告げた。
ちょうど寺小屋を出るとき、蒼紫と合流した。
「…………話は済んだか。」
「はい。」
「……そうか。」
そして一行は寺子屋を後にした。


神谷道場 夕食時
今日も佐之助が飯を食いにここいるのだが、今回ばかりは少し違っていた。
いつもいるはずの輝の姿が食卓にはいなかった。
「あれ?輝は?」
「蒼紫の所じゃねーのか?」
「どうしてだ?」
「食事を運んでいったの。なんでも部屋にいるみたいだから……って。」
「ま、あいつのことだからこういうのはダメなんだろうからよ。
 さっさと喰おうぜ。」
「ダメよ。輝さんが来てからにしましょう。」
「いーや、腹が減ってるから待てねェ!」
「俺も!」
「佐之助!弥彦まで……!」

一方蒼紫がいる客間にて、食事を運んできた輝が部屋に入ってきた。
「……なんの用だ?」
「蒼紫さんの分の食事を持ってきたんです。」
「……いらぬお世話だ。」
蒼紫は輝に背を向けている。
「でも、なにも食べないでいるのは体に毒ですよ。」
「…………………………。」
「……ところで、前から聞こうと思ってたんですけど、抜刀斎ってなんなんですか?
 薫さんとどういう関係なんですか?」
輝の質問に蒼紫はしばらくだんまりすると、重い口を開いて質問に答えた。
「……オマエは抜刀斎を知らないのだな。」
「はい。」
「…………抜刀斎とは、幕末を轟かせた人斬りだ。」
「!!」
「……だが、今は名を変え、流浪人としてこの明治の世で暮らしてるそうだ。
 …………あの女達とは、そんな今の抜刀斎を慕っているんだ。何故なら、今の抜刀斎は人斬りではないのだからな……。」
「…………………………。」
輝は思わぬ回答にただただ沈黙していた。
「…………どうした?抜刀斎のことで恐れをなしたのか?」
「いえ…………、言葉にならないほど驚いてしまいました。」
「……そうか。」
「だってその人、なんだか平八郎さんに似てたんです。ひょっとしたら平八郎さんは、その今の抜刀斎を見て
 生き方を変えたんじゃないかって、いま考えました。だから……。」
「……だから?」
「その人が、薫さんが慕うほどすごいのなら、その人を見習ってみたいと思いました。
 もちろんそれは人斬りの方ではなく、流浪人としてのその人をです……。」
「…………………………。」
蒼紫は輝の言葉になぜか考えるように沈黙した。
「……オマエも、抜刀斎に惹かれてるようだな。」
「えっ?」
「会ってみればわかる。」
「……そうですか。
 それより食事、ちゃんととってくださいね。私が作ったんですから、安心して食べて下さい。
 口に合うかどうか……わかりませんけど……。」
「…………………………。」
蒼紫はまったく返答しない。
「余談ですけど、薫さんが作ったのってメチャクチャ不味いんです……。(汗)
 では私、薫さんのところに戻ります。」
そんな蒼紫を見てか輝は部屋を後にすることにした…………が蒼紫が声をかけた。
「……ところで、下妻町へはいつ行くんだ?」
「明日向かうことにしてます。」
「そうか。」
あっけない蒼紫の回答に輝は何もいわず部屋を後にした。
輝がいなくなってからしばらくすると蒼紫は輝が持ってきた料理に箸をつけた。
そしてそれを口に入れた。
「…………うまい。」

一方食卓の方では、佐之助と弥彦が輝を待ちくたびれたあまり先に飯を食っていた。
「遅ェぞ輝!先にいただいちまってるぜ!」
佐之助は相変わらず飯を一心不乱にバクバク食べている。
「ごめんね輝さん、2人ともせっかちなモンで……。」
薫は輝に申し訳なさそうに言った。
「別にいいですよ。それではわたしも、いただきまーす。」
「おかわり!」
輝が食事に入ろうとしたとき弥彦と佐之助が同時に茶碗を差し出してきた。
「「む、」」
弥彦と佐之助はお互いを睨む。
「俺が先だぞ!」
「いーや、オレだ!」
「ケンカしないで下さい!!」
「「!!」」
輝の一喝で2人は思わず黙り込んだ。
「薫さん、弥彦の分をよそって下さい。私は佐之助のをやりますから。」
「いいわよ。」
と、2人の分を輝と薫がやることですぐに収まった。
(なあ佐之、輝って怒ると怖いな……。)
(ああ……なにせ蒼紫に対してダイタン発言するぐれぇだからな……。)
2人は輝のことでヒソヒソ話をした。
「何話してるの?2人とも。」
「いや、なんでもない……。」
「ああ、なんでもねえぜ。ハハハ……。」
2人は笑ってごまかす。
「?…………まあいいわ。」
そして何事もなく夕食を続けるのであった。

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