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第9話 優しい剣聖と優しい魔術師

夜が明け、太陽が大地から浮かび上がった。
地獄の様な出来事から覚めた人々は今までと変わらぬ生活を送っていた。怪我をした者や家を失った者を除いて。
復旧は進んではいるもののやはり傷ついた人々の心はまだ復旧していなかった。
この様子を見たレオンも心を痛めていた。しかし不安になっていたのは彼だけではなかった。
それはセリスであった。何故なら昨夜にてセリスが魔術師であることの事実があっという間に街に広まったからである。
そんな街中にエルリック兄弟とレオンとマスタング、そしてホークアイとセリスが歩いていた。
「復旧は進んでいるようだな。」
「ああ。……だが心の復旧は進んでいない。」
レオンは不安げな顔をして言った。
「元気だしなよ剣聖の大佐!要はダハーカを倒せば全て終わって万々歳なんだからさ!」
「それはそうだが、その前にもう一つの問題をなんとかしなければ……。」
と、レオンは腕を組んでセリスを見る。そんな本人は落ち込んでいる。
「分かってますよ大佐。セリスのことでしょ?」
「魔術師って国家錬金術師並みに嫌われてるって噂だから仕方ないわよ。」
ホークアイが平然とした顔で言った。
「けど、話せば分かってくれるさ!セリスは街の人達を……いや、世界中の人達を守ろうとして戦ってるんだ。
 災いを呼ぶ為に戦ってるんじゃない!!」
「それはそうだけど……。」
「中尉。この街の人はレオンの事を信用している。きっとセリスの事だって理解してくれるさ。」
「ですが、ロイ大佐……」
ホークアイがマスタングに反論しようとしたその時
「おっ、焔と剣聖の両大佐に中尉と鋼の大将!」
建物の復旧作業を手伝っていたハボックに声を掛けられた。ハボックは6人の所へ向かっていく。
「やあ、ハボック少尉。」
「ハボック、単刀直入に聞いて良いか?」
軽く挨拶するマスタングに対してレオンは改まった態度を取った。
「いきなりどうしたんスか?レオン大佐。」
「セリスのこと、どう思っている?」
ハボックに対していきなり質問を投げかけた。すると彼は煙草をくわえて話す。
「そうッスね…………最初驚きましたよ。こんな美人で優しい子がかつて世界の脅威だった魔術師だなんて
 とてもじゃないけど信じられないッスよ。」
「そうか……。」
「でも、嫌いじゃないッスよ!」
ハボックはニヤリとほくそえむ。
「えっ!?」
セリスは思わずハッとした。
「だって、聞いた話だと街の人達を守る為に懸命に戦ったんでしょ?」
「えっ……ええ。」
「街の人が言ってたッスよ!『魔術師だということには驚いたけど、セリスさんには感謝してる』って
 良かったスね!嫌われなくて!」
ハボックはセリスの肩を強く叩いた。 
「う……うん。」
セリスの返事に元気がなかった。
「???、元気ないッスね?」
「ハボック、話の続きは後にして今は復旧作業に専念するんだ。」
レオンがハボックに命令をした。
「了解っス……。」
当の本人は不満そうな顔をして仕方なく復旧作業に戻った。


事はさかのぼる事数分前。
エドはベッドで寝ているセリスを散歩に誘う為に声をかけた。
しかし、自分を非難する声を聞きたくないという理由で最初は断られた。
その後レオンとマスタングとホークアイに説得を頼みその後「3時間だけなら」という条件でようやく受け入れ
今に至るというわけだ。

ハボックと別れた後再び歩き出すが、セリスの表情は暗い。
(視線は感じないけど、やっぱり私のこと嫌ってるのかしら?)
なんとかセリスを慰めようと考える5人であったがなかなか思いつかないで困っている。
その時……。
「わん!わん!」
「待って〜!プリシス〜!」
犬の鳴き声と女の子の声がした。
「なんだ?」
声のしたほうを見ると見ると愛きょうある顔をしたゴールデンレトリバーに引っ張られている女の子が
エド達のほうへと向かってきた。
「犬?」
「わんわんわん!」
犬は突然セリスの足元をぐるぐる回るようにじゃれついてきた。
「あっ、あの時のお姉ちゃん!」
女の子はセリスに気がつくと彼女に声をかけてきた。
「あなたは確か……。」
セリスは女の子を見てハッとした。
「知り合いか?」
「うん、襲われていたところを助けたの。」
エドの問いにセリスが頷いて答えたら
「コニー!」
母親らしきロングヘアーの女性が女の子のもとへと来た。
「あっ、これはレオン大佐。こんにちは。」
母親はレオンを見るとすぐペコリとお辞儀をした。
「こんにちは、どうしたんですか?一体。」
「いきなりプリシスが走り出して、そうしたらコニーが……ってあら?この人は……。」
母親はセリスを見てハッとした。
「どうかいたしました?」
「この人、娘が昨日危ない目にあっていたところを助けてくれたんですよ。」
「そうだったんですか。」
「まさか魔術師だなんて聞いたときは最初驚きましたけど、良い人もいるもんですね。
 だって、家族と大佐以外になつかないはずのプリシスがなつくんですもの。」
「当たり前だよ!このお姉ちゃんは悪い人なんかじゃないよ!!」
女の子がセリスに指を指して母親に向かって弁解した。
「はいはい。分かってますよ。」
母親は女の子をなだめた。
「プリシスってこの子?」
アルが犬を指差した。
「はい、この子もコニーと一緒に危ない所をその人が助けてくれたんです。」
母親は犬の頭に手を置きセリスを見つめた。
「うーーーわんわんわん!」
一方プリシスはセリスが元気がない為か彼女に向かって大きく吠え出した。
しかしセリスは無反応で顔をうつ伏せたままである。
そんな彼女を見たプリシスは
「うをん!」
なんとセリスに思い切り飛び掛った。
「!?」
突然の出来事の為セリスはプリシスの下敷きとなった。
そしてセリスの顔を思い切りなめる。
「ちょ、ちょっと、何するのいきなり!?」
セリスはプリシスをどけようとするがビクともしない。一方プリシスはセリスの顔をなめていた。
「『元気出して』……だって。」
「?」
「プリシスはね。落ち込んでる人を見ると放って置けなくて、元気付ける為に吼えたり
 飛び掛ったりするの。」
「どうして……」
「お姉ちゃんのことが好きだからだよ。」
「私が!?」
「だって、お姉ちゃん悪い人じゃないし。怖いものやっつけてくれたんでしょ?」
コニーの言葉にセリスはプリシスを見つめる。するとプリシスはセリスの顔をなめるのをやめた。
「しょうがないわね…………ありがとう。プリシス。」
プリシスの頭を撫でた。
そしてようやくプリシスがセリスからどくと早速セリスは
「わしゃわしゃしゃしゃ。」
プリシスの首に腕を回し首輪の下を掻いてやる。
「おんっ♪」
プリシスは嬉しそうな顔をした。
「ようやく笑いやがったな。」
犬とじゃれあっているセリスは思わず笑顔になり、そんな彼女をエドが突っ込む。
「えっ?」
思わずセリスはハッとして動きを止める。その途端プリシスがセリスにじゃれ付いてくる。
「きゃっ。」
「ははは、相当セリスのことを気に入ってるようだな。」
「それはそうですよ。動物は純粋ですから良い人を本能的に嗅ぎ分けるんです。」
「って、なんで中尉がそんなこと知ってるんだ?」
レオンがホークアイを指差す。
「私も犬を飼ってますから、それくらい分かりますよ。」
「へぇ、中尉も……」
「もとはフュリー曹長が拾ったのを私が貰ったんですけどね。」
「そうなんだ……。」
「まあ、動物好きに悪い奴はいないと思うよ。」
「そうだな。街の人もセリスの事をきっと理解している。私はそう信じている。」


プリシスとじゃれ合った後少しだけではあるがセリスの表情に笑顔が戻ってきた。
コニーとその母親、プリシスと分かれた後再び歩き出すと良い匂いが漂ってきた。
「これは…………」
「ディアナが経営する酒場兼食堂『センチネル』の名物、クリームシチューの匂いだ。
 地元の人はもちろん旅行者も絶賛している。」
「って大佐、なんでそんなの知ってるんだ!?」
レオンの解答に思わずエドは驚いて彼のほうを向いた。
「階級が低かった頃に世話になったし、よく食べてた……」
「なにせ『安くて旨いから。』……だろ?」
「ああ。」
マスタングの呟きに対してレオンは平然とした顔をして答えた。
「しかし、センチネルとは全く違う方向から匂いがしてくるな。」
「この方角には確か、避難所があるわね。」
「行ってみようぜ。」
エドの一言の後一行は避難所へと向かった。

一行が避難所につくとそこではディアナが大きな鍋で作ったシチューを避難所の人たちに提供していた。
鍋の前ではもの凄い人の数で行列が連なっていた。
「すごい人だなぁ。」
エドは行列を見て驚いた。
「はい、もうすぐあげますから待っててね。」
シチューをかき混ぜ、器に盛り付ける動作を行なう途中でエド達に気づいたのか動作を止めその方へと向く。
「あら、レオン。」
「ディアナ、お店の方は大丈夫なのか?」
「お店よりこの人達の方が心配よ。何せこういう状況だからね。」
ディアナは笑顔で答えた。
「すごい量だなぁ……何人分あるんだ?」
エドは鍋を覗き込んだ。
「兄さん……。」
行儀が悪いよとアルが止めに入ろうとするが
「よかったら食べてく?沢山あるから大丈夫よ。」
ディアナの一言に遮られた。それを聞いたエドは顔がパアっと明るくなる。

その後、エドがみんなの視線を尻目にシチューをがっつき、謝るアルの姿があった。
「すみません。」
「いいっていいって、そんなに気負わなくてもいいのよ。」
ディアナは笑顔で対応する。
「それよりも、セリスさんの事聞いたよ。」
ディアナはセリスの方を向いていった。
「あなた、魔術師なんですってね?」
「だから何?私のこと嫌うんでしょ?」
セリスはディアナから顔を背いた。
「いきなり何言ってるの?どうしてそう悲観的になるわけ?」
「だって、魔術師は国家錬金術師並みかそれ以上に嫌われている存在なのよ?
 本来なら根絶やしになってなければならないのに、私だけ残っちゃってるし……。」
「別にあなたのこと嫌ってないわよ。
 だって、みんなを助ける為に懸命に戦ったんでしょ?」
「どうしてそう思うの?だって全ては私達魔術師が……」
「じゃあ聞くけど、魔術師がいなければ魔族もいなかった。そう思ってるの?」
「当たり前よ!」
「それはどうかな?」
二人の口論を聞いてかエドがスプーンを止めて話しかけてきた。
「エド!?」
「兄さん!?」
セリスとアルは思わず驚きだす。
「セリス、魔族の力ってどんなものか知ってるか?」
「何を言い出すのいきなり!?」
「質問してるのはこっちだぜ。あんたは俺の質問に答えなくちゃいけねえ。
 どうなんだ?」
セリスはエドに睨まれて思わず反論を挙げることが出来ずにいる。そして、静かに口を開けた。
「…………魔族は、想像を絶するとてつもない力を持ってるわ。
 でもその力は、人間が扱うことはおろか、その力に干渉することはできないの。」
「ぶっちゃけて言っちまうと、魔族の力は禁忌だらけってことだ。
 そいつに干渉しちまったら、二度と人間には戻れねえってワケだ。そうだろ?セリス?」
「ええ。向こうも同じようにこっちには干渉できないわ。」
「だが奴らは一方的にこっちに干渉してきた。」
「それは私達の祖先が……。」
「セリス、スキラの村長の言葉を覚えているか?」
「本を読みながら聞いてたけど、覚えてるわ。」
「悪魔に魂を売った魔術師がいたと言ってたが、悪いのはそいつじゃなく、悪の誘惑に負けたそいつの心さ。
 オレ思うんだ。もしそいつの心がオレやアルみたいに強かったらこんなことはなかったんじゃないかって。
 そんな奴が現れたとしても、それを止める為にセリスの様な善人がいる。違うか?」
「それは……」
「確かこんな言葉があったなよな。『悪は人の弱い心につけ込み、そいつを悪に染める』
 オレが出会ってきた奴らに欲望や信念が弱いが為に悪一色なのがいたなぁ……。」
「確かにネムダやクロウリーなんかは、欲があったが為に周りの目を気にせず色んな事してたよね。
 でも、その欲の為に多くの人が苦しんだ……。」
「皮肉なもんだな。造られた物が人を傷つけることになるなんてさ。
 ダイナマイトだってその一例さ。鉱山で発掘の為に使われる筈だったのに、いつしか人殺しの道具にもなった。
 だがそれは今でも存在している。使い方を間違えぬよう人が管理しているからな。
 魔術だって、管理がなっていればあんなような惨事は起きなかったってことだ。」
「それは分かっているわ。」
「じゃあ、どうして僕達を避けてるんだ?」
「みんなに迷惑がかかるから、だから私一人で……」
「全てのことを解決する……と言うことだな。」
「!」
レオンの言葉に思わずセリスは彼のほうを向く。
「君の考えてることは今の私には手に取るように分かる。
 だが、私達は既に後戻り出来ない所に来てしまったのだからな。
 『はい、そうですか』といって放っておくことはできない。そうだろ?みんな……」
レオンが5人の方に顔を向けるとそれに合わせて全員頷いた。
「でも…………」
「一人で全てを抱えるのはやめてくれ!!」
セリスの静かな反感に我慢できなかったのかレオンは思わず彼女に向かって怒鳴りだした。
これには他の5人も驚いた。……しかし驚いたのは彼らだけではなく避難している人々もそうであった。
人々は怒鳴り声が出た方に注目する。
「セリス、君は言っただろ?『一人で全てのことを解決できるほど世の中は出来ていない』って!
 確かに私達人間は魔術師に比べて力がないかもしれない。……だけど、平和な世界を望む気持ちは皆同じはずだ!
 君一人の力で世界を平和にできるのか!?魔族を一人で倒すことが出来るのか!?」
「それとこれとは……」
「同じだ!!それとも君は、魔族を倒す為に生まれた兵器だと言うのか!?」
「!!」
レオンの言葉がセリスの心にグサッと突き刺さった。
「わ……私は…………」
先程の言葉に対して反論出来ないのか思わずセリスは俯いた。
「人間だろ!?錬金術師も魔術師も人間なんだ!人間が人間の力になってはいけないのか!?」
「レオン大佐。」
力説している所にホークアイがレオンを肘でつついた。
それに反応してレオンが辺りを見回すと、先程の人たちがレオンとセリスを中心に集まっていた。
「みんな……これは…………」
何とか打開しようと説明するレオンであったが、人たちからは
「彼女は悪くない!私達の為に戦ってくれたんです!」
「そうですよ!あなたは悪くない!」
「レオン大佐、彼女をあまり責めないで下さい!」
責めてるわけではないのに……とレオンは思った。
「確かに彼女は魔術師だけど、私たちのことを守ってくれた。
 だから、私たちが彼女を責める理由が何処にあると言うんですか!?」
意外にも出て来た言葉はセリスを励ます言葉であった。
思わぬ言葉にレオン達は驚いた。それからというものセリスを励ます言葉は続いていく。
「てっきり罵詈雑言が来るかと思っていたのだが…………。」
「意外でしたね……。」
「この街の人柄じゃねぇのか?」
「あれ?……おかしいわね……」
「ん?どうしたセリス……!」
エドがセリスの方を振り向くと、彼女の瞳から涙があふれ出ていた。
「嫌われるのを承知の上で……来たのに…………なんでだろう……?
 涙が…………でもこの涙……今までに感じたことがない……」
「嬉しい……ってヤツじゃねぇか?もしかして。」
「嬉しい?」
「セリスは今まで悲しい場面にあってばかりで、そんなこと一度も感じたことないんでしょ?」
「多分そうかも…………今まで両親の死や、魔術師であることを隠すことばかり考えていたから
 悲しいことばかりを考えてて……そんなこと考えたこともなかった……」
セリスは涙を指で拭おうとするとレオンがセリスの涙を指で拭った。
「レオン?」
思わずセリスはレオンを呼び捨てした。
「君は一人じゃない。君一人で戦っていない。
 戦っているのは、私達も、この街のみんなも戦っているんだ。
 それにこの戦いは、全世界の存続をかけた大きな戦いなんだ。
 だから世界中の人たちの為にもこの戦いに勝たなくてはならない……そうだろ?」
「うん。」
「ほら、行って来たらどう?みんな君の事を称えてるし。」
「う、うん。」
セリスは目を擦った後、人たちのいる方へと足を運んだ。
その後人だかりからはセリスを励ましたり、応援したりと活気溢れる声が避難所一帯に響き出した。
そしてセリスにようやく笑顔が戻った。
「この町の人達は、魔術師に対して嫌悪していないようだな。」
「セリスの人柄があってじゃねぇのか?」
「そうね。魔術師にもああいう良い人がいるから優しくなれるのよ。」
「国家錬金術師も、いつの日か彼女の様に優しく接してくれると有り難いんだけどね。」
「それは難しい問題だな。」
「幻滅すること言うなよ焔の大佐。」
「ロイの言う通りだが、人が変われば、国も変わる。
 そして君達への態度も良い方向へと向かう。私は、そんな日が来るのを信じている。」
「……そうだなレオン。」
レオンの意見にマスタングは頷いた。


街の人や避難してきたスキラ村の人達との安らかな一時を過ごした後
一行は軍部レザニア支部へと戻った。これからのことについて会議する為である。
そして会議室には、先程の戦いの影響か緊迫した空気が漂っている。
会議室にいるのはエド、アル、セリス、ホークアイ、マスタング、アームストロングの6人。
しかし、レオンの姿がない為会議は行なわれていない。
「大事な会議だというのに、なーにやってんだろ?斬鉄の大佐は……」
「探しものがあるそうよ。それを見つけたら来ると言ってたわ。」
「しかし、なんなのでしょうか?この会議において重要なこととは……。」
各々は雑談や疑問が飛び交い、さらに空気は重くなっていく。
15分後…………ようやくレオンが会議室へ姿を現した。
「みんな、待たせてすまない。私が持ってる古文書に、魔界について書かれていたものがあったのを思い出して
 書物室でそれを探してたんだ。」
「魔界について(ですと)!?」
6人は一斉に驚きだした。まさか魔界について記述されてるものが本当にあったとは思いもしなかったのである。
レオンは本をテーブルに置くと話し始める。
「それを読みながらでいいから聞いて欲しい。
 今からおよそ510年前、これの著者が魔界に迷い込み、そこから無事に生還した後に記述された物だ。
 世間は当初、存在を信じなかった。……だがそれから1年後、不可解な事件が起こった。」
「不可解な事件?」
「動物の死体が街中で発見されたんだ。しかもその死体には、食いちぎられたかのような後があった。
 最初は野生動物によるものだと思われていた。しかしそれから3日後、犬や兎だけでなく熊の死体までもが
 世界中で発見された。……そしてその2日後、ついに人間に犠牲者が出てしまったのだ。」
「!!」
6人は思わず言葉を失った。そしてレオンは話を続ける。
「国は、その犯人を見つけるため捜査を始めた。しかしそれから4時間後、一人の兵士が
 片腕がない状態で当時のこの国の王に報告に来たのだ。」
「片腕がない!?もしかして…………」
「中尉が思っている通り、その犯人は人や動物ではなく、どちらとも呼べない異形だったんだ。
 兵士は辛うじて片腕を失いつつも命からがら助かったんだ。」
「つまり、その異形によって動物やら人間やらが喰われちまったってことか。」
「その通り。その後王は魔界からの生還者に対しお詫びをし魔術師などの戦士達を集め
 魔族に対して戦争を仕掛けたんだ。だがこの戦争は、今では緩和化されおとぎ話として語られている。」
「子供の頃に母さんに読んでもらったおとぎ話が、本当にあったなんて……」
アルは驚いて言葉を失った。そして他の5人も唖然とするだけであった。
「そしてその本の著者の名はメルディア・ニコラウス。」
「ニコラウスって……まさか!」
「私の…………ご先祖様…………」
「私も正直言って驚いている。セリスの先祖が魔界に入り無事生還したたった一人の人間なんだ。
 あそこに迷い込んだものや意気揚々と入って行った者達は、誰一人として帰って来なかったからな。」
それからレオンは本をテーブルの上に開いた状態で置き、中身を公開した。
そこには魔界という世界の秩序について、そこに住む生命について、環境についてなどが描かれていた。
その内容に5人は思わず言葉を失った。ただ一人セリスだけは興味深く本の内容を見ている。
何せ内容は常識では考えられないことばかりが書かれているからである。
とても人間が住めるような環境ではないこと、精神を脅かされ人としての心が失われること
そして、ある者は死に、ある者は魔物となることなど全てにおいて魔界の恐ろしさが描かれていた。
「……とても危険な所ですね。」
ホークアイが言葉を漏らした。
「普通の人間では突破するどころか、入ることすら危ういですな。」
「だが、我々が以前呪縛を解き放ったのと同じように気をしっかりと保てば突破できる。
 最深部には、この事件の首謀者であるダハーカがいるからな。」
「うむ。……そして最後のページに書かれている言葉の意味が分かれば、奴らをなんとか出来るかもしれん。」
レオンはページに手を出すと本の最後のページを開いた。そのページにはこう書かれていた
「深き闇の中に光を見た……ねぇ。」
エドが腕を組んでページに書かれていた字を読んで呟いた。
「でも、魔界って太陽の光が届かない、もの凄く暗い所なんでしょ?そんな所に光なんて……」
「恐らくこれは、太陽の光のことではなく聖なる魔力の光だと思うんだ。」
「魔力の光ねぇ…………恐ろしい世界だってのに光ってなんかおかしくねぇ?」
「そこが問題なんだ、考えても答えは出ない。あくまで推測だが、その光は希望の光としか考えられない。
 だが、それにあったリスクもあるだろう。それが何なのかは直接魔界へ行って、見るしかない。」
「だが、一度入れば出られなくなる可能性がある。」
「まさに『虎穴に入らずんば虎児を得ず』ってヤツだな。」
「そして、その古書に描かれている魔界はまるで『パンドラの箱』ね。」
「数々の災害を中に閉じ込めたものの、その中に希望も入っちまってるっていうアレか……
 確かにそうだな……。」
エドは腕を組んで頷いた。しかしホークアイは
「でも、おかしいと思いませんか?」
疑問の顔を浮かべレオンに質問した。
「何がだ?」
「その希望が魔界をなんとかする何かであれば、どうしてそれをセリスさんのご先祖様は
 それを手にしなかったんでしょう?」
「確かにおかしいですな。」
ホークアイの質問にはアームストロング頷いた。
「魔界を何とかするのに力が足りないのか、力が大きすぎて扱えないか
 どちらか片方のケースが考えられる。」
「そして人類は魔界の封印を行い、それに成功した……ってことか。」
「だが魔族は再びやってくる!そうなる前にその力とやらを得てダハーカを倒すしか方法はない!」
レオンは拳を作って力説した。
「しかし、我々人間が扱える者なのでしょうか?それは……」
「それでもやるしかない!それしか方法がないのなら、それにすがるしかない!
 それとも、他にも方法があるとでも言うのか!?」
レオンの質問に場のみんなは黙り込んだ。しばらくすると……エドが挙手した。
「エド?」
「やろうぜ大佐。それしか方法がねぇんなら。」
「だがリスクもある。それでもいいのか?」
「リスクならとっくに、背負ってるぜ。」
「…………そうだな。聞いた私が愚かだった。
 ともかく明日は、私とエドとアル、そしてセリスの4人で魔界へ向かう。
 みんなは留守を頼む。」
「ヴァルスト、それなら私達も加えてくれないか?」
マスタングが挙手をして言った。
「過酷な戦いになるぞ?」
「構わない。」
マスタングは既に覚悟は出来ていると言ってるかのように答えた。
「…………分かった。その代わり無理はするな。
 ところで“私達”と言ったが他に誰行くのか?」
「アームストロング少佐とホークアイ中尉だ。」
「覚悟の方は既に出来ています。ヴァルスト大佐。」
「我輩も出来る限り力になりますぞ。」
「よし、これで人数は7人となった。マスタング大佐、アームストロング少佐、そしてホークアイ中尉、人類存亡をかけた
 戦いに励んでくれ。」
レオンの言葉の後にアームストロングとホークアイは敬礼し、マスタングは頷いた。
「う〜ん、まあ大佐たちは強いから問題はないな。俺も異論ないぜ。」
その一言を聞いたレオンは席から立ち上がり
「よし!明日私達は魔界へ突入する!他の者達には街の警固を頼んでもらう。
 みんな、意を決して頑張ってくれ。」
レオンの力強い言葉に場にいるエド達全員首を縦に振った。


その夜セリスは中庭にて一人佇んでいた。今日の出来事を振り返るように佇んでいた。
(魔術師って嫌われてるものだってのはお父さんから聞いた。……だけどこの街の人達は
 私のことをよくしてくれてた。なんだか信じられないわ。罵声を浴びられるかと思ってたのに……)
街の人たちのセリスへの対応に思い出し彼女は穏やかな顔で夜空を見上げた。すると……
「どうしたんだ?眠れないのか?」
声がした。セリスは声のしたほうを振り向く。
「レオン。」
声の正体はレオンであった。彼はセリスの所へ近づいていく。
「違うわよ。街の人達の私への対応が想像より違ってたから……」
「確かにそうだな。私もセリスに対し罵声が来るかと思っていたが、まさか感謝の言葉が出てくるとは
 思ってなかった。……もっとも罵声が来ても私がフォローする筈だったのだが……」
「それって、職権濫用してまで私のこと守ろうとするの!?駄目よ!それは!」
「そこまでするわけないよ。そんなことしたら街の人の反感を買ってしまう。
 私はご先祖のと同じ様に……いや、それ以上のことをやって、君の事を守ってやりたいんだ。君の全てを……」
「レオン……」
お互いに良い雰囲気になってはいるが、ただ隣同士でじっとしているだけである。
そんな雰囲気がいつまでも続くかと思っていたその時、レオンは気配を感じて声を出す。
「そんな所で何コソコソしているんだ?ロイ。」
感づかれた為かしかし驚く様子もなくマスタングはそのまま二人の方へ近づいてきた。
「相変わらず警戒心が強いな、レオンは。」
「敏感だと言って貰いたいな。」
「それはそうとして、こういう雰囲気だと背中から抱きつくものじゃないかね?」
「だ……抱きつくって…………」
レオンは顔を赤くして黙り込んだ。
「まったく、これだから純な男は……」
マスタングはあきれ返って頭に手をやった。
「純で悪いか!純で!」
「照れた顔して怒っても説得力ないぞ。」
「マスタング大佐、あまりレオン大佐をからかわないで下さい。」
セリスが二人の真ん中に割り込んだ。
「おや?以前はレオン≠ニ呼び捨てしてたんじゃなかったのかね?」
「それは……」
「ごほん。聞き間違いと思って欲しいな。」
レオンは咳き込んで言った。
「……まあ、そうすることにしよう。」
マスタングは納得したかのように頷いた。
「ところでマスタング大佐はどうしたんですか?」
「まさか私とセリスの事が気がかりで後を追ったんじゃないだろうな。」
レオンの一言に思わずマスタングはギクッとした。
「そ……それは……」
「やっぱり焔の大佐も、セリスのことが気がかりだったんだな。」
マスタングが声のしたほうを振り向くと、そこにはエルリック兄弟がいた。
「鋼の……!」
「エド。」
2人は3人の近くに歩み寄ってきた。
「どうしてここに?」
「焔の大佐を見かけたモンだからコッソリついてきたらこうなったんだ。」
「まったく尾行とは感心しないぞ鋼の。」
マスタングは腕を組んでため息をついた。そしてエドはニヤリとほくそ笑む。
「気になるのは分かるぜ。何せたった一人の魔術師だからな。
 それに剣聖の大佐とはまんざらでもなさそうだしな。」
「な、何言ってるのよもう!前者はともかく後者は関係ないでしょ!
 レオン大佐も何か言ってやってよ!」
怒ってるのか照れてるのか複雑な顔をしてセリスはレオンを見る。
「……確かにまんざらでもない。」
「!」
「だけど、恋愛としては関係ない。誰も死なせたくないしセリスにも生きてて欲しい。
 彼女は人間なんだ。魔術が使えるだけの人間なんだ。それ以外は何もない。」
そんなレオンの答えにセリスは一時驚いたがすぐ落ち着いた。
一方3人は驚きもせず普通の表情でレオンを見た。そして……。
「やっぱり大佐は良い人ですね。」
アルが言葉を漏らした。
「アルフォンス。」
「そうじゃなかったら誰もやさしくしてくれないし、一人ぼっちになってますよ。
 それにセリスだって、行動で示してくれなかったら街の人にも嫌われてたからね。
 大佐も優しいし、セリスも優しいから好きになってくれたんだと僕は思います。」
「アル……」
アルの言葉に胸を打たれたレオンとセリスは言葉を失った。
「そう言われると明日の決戦、絶対に勝って生きて戻れるようにならないといけなくなるな!」
「うん!」
「そうね。」
「そうだな。」
5人は決意を固めた。

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