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第5話 涙の理由

朝……レオンの屋敷の廊下を歩くエルリック兄弟は朝食を取るべく食堂へと向かっていた。
そこに、向かい側からセリスがやって来た。
「あっ、おはようセリス。」
「おはよう……ふわぁぁぁぁ……。」
セリスは思わず大きなあくびをした。セリスはハッとして慌てて口を閉じた。
「ごめん……思わずあくびが……。」
「どうしたのセリス?寝不足だなんて……。」
「うん、ちょっとね……。」
セリスは顔を赤くして言った。昨日はレオンのことが気になって眠れなかったなんて口が裂けても言えなかった。
エドはセリスの顔が赤いのに気づいて声をかけた。
「?、顔が赤いぞ?どうしたんだ?」
「なんでもないってば!!」
セリスは思い切り否定した。エドはそんなセリスの態度を見て不審に思ったがどうってことないだろうということで
気に求めず聞き込むことをしなかった。
通り行くメイドなどに挨拶を交わしながら食堂へと到着した。テーブルの向こう側にレオンが座っていた。
右手にはジョッキ一杯分の牛乳をこれから飲もうとしたのか持っていた。
「おはよう。」
食堂に入ってきた3人にレオンは清々しく挨拶した。
「おはようございます大佐。」
「よく眠れたかな?」
「おかげ様で……。」
「セリスさんは眠れなかったのかな?目の下にクマができてるよ。」
「あっ……これは……その……。」
レオンの言葉に反応して2人はセリスに目をやると、確かにセリスの目の下にはクマができていた。
「ハハハ……、もう少し気を楽にしたらどうなんだ?無理にとは言わないが……。」
「楽にしてますけど……。」
「う〜む…………ともかく食事にしよう。まずはそれからだ。」
「あ、はい。」
レオンに言われるまま3人は席に着いた。

しばらくしてレオンはエド達の旅ついて聞き出してきた。
エドとアルは旅先での出来事について色々話した。
「へぇ、いろんな事があったのね。」
「そ、不完全とはいえ賢者の石を使ったペテン教祖に、エラソーな軍人なんていたしな!」
「教祖の方はともかく、私が気がかりだったのはユースウェルのヨキに、ノイエヒースガルドのネムダだ。」
「確かに、大佐の性格からしてムカつくのが分かるよ。」
会話の中で挙がった2人の軍人は、どちらも私腹を肥やし民などを苦しめたエド曰く“ろくでなしの人間”である。
特にネムダは軍を私物化しキメラの製造を伴っていたのである。
「ヨキにネムダ、まったくあいつら人を、軍をなんだと思っているんだ!ってくらいムカついたよ。
 それだけじゃない、ガンツのバカもそうだ、あの目の上のタンコブがいなくなってせいせいしてるよ。
 なにせこっちは伺うきっかけがつかめないからな。ありがとうエドワード君。」
「別に大佐のためにやったんじゃねーぜ。」
エドはムスッとして答えた。しかしレオンは笑顔のままである。
「ハハ…分かっている。……しかし問題はこちらも相変わらず山積みだよ。やれ傷の男(スカー)だの、やれ列車事故だの……
 まったくキリがないったらありゃしないよ。」
「大佐も大変ですね。僕達の方は、兄さんがいつもトラブルに突っ込んでくるからいつも大変なんですよ。」
「俺がいつも悪いのかよ!?」
エドがアルに向かって怒鳴りだした。
「はいはい……朝から怒鳴らないでよ……寝不足の私にはこたえるんだから……。」
セリスは頭を抱えたがエドは構わず怒鳴り続ける。
「それに、今回は俺からトラブルに突っ込んだんじゃねぇんだぞ!トラブル自体がこっちに突っ掛かってきたんだ!」
「はいはい……。」
「……朝からハイテンションだな、マスタングが呆れるのも良く分かる……。」
レオンもジョッキを片手に頭を抱えた。
「それはおいといてだな、食べながらでもいいから聞いて欲しい。列車が復旧するまであとおよそ9日間だが、それまでの間
 自由に行動しても構わない。ただし大きな騒ぎを起こすのは勘弁して欲しい。」
「それは分かってますけど……。」
セリスとアルはエドをちらりと見た。
「俺かよ!?」
「ハハハ!その点については大丈夫だ、この町はこの国の中では治安は一番良い。だからそんなトラブルは起こらないだろう。」
「確かにそうですね。」
レオンの言うとおりこの町は常に平穏で大きなトラブルに見舞われることは滅多にない。
その証拠として、例え犯罪が起こったとしても彼の統治のもと兵たちが力をあわせ事件を速攻で解決していくのであるからだ。
その治安の良さを表す町の明るさをエド達は先日の聞き込みの途中町の様子を見て確信した。
「そもそもこんな町なんかを襲って何になるって言う一理もあるけどね。……でも、さすがに昨日のアレを聞いた時は驚いたな。
 これからのことについて考えなければな……。」
「でも、魔族のことなんて町の人は信じてくれないと思いますよ。」
「確かにそうだな。……そのことに関しては、賊なんかの不穏な動きが見られるので気をつけるように…と市民に注意を
 促すことにする。それなら何とかなるだろ?」
「妥当な答えだな。」
「それとこの屋敷には書物室がある。そこには私が趣味で集めている古書が沢山ある。それを読みながら暇を潰しておいてくれ。
 それでもダメな場合はこの町の西のはずれに湖がある。そこで身体を動かすなり、景色を眺めるのもいいだろう。」

朝食を食べ終えてしばらくした後エド達はレオンの案内で書物室へと向かった。
中には大量の書物が大きな本棚にびっしりと収容されていた。
「うわー!すごい量の書物ですねぇ……。」
アルは思わず驚いた。
「ああ、くだらない物では絵本から、優れた物では錬金術の研究書まであるんだ。まあ、古本屋はやる気ないけどね。」
レオンは苦笑いをした。確かにこの大量の古書があれば古本屋を開くことは可能だが、これはあくまでレオンの趣味である為
決してそれをやることはない。俗に言うコレクションのような物である。
「ちなみに一番古いのではどれぐらいになるんですか?」
「一番古いのでは、およそ500年くらい前になるね。」
「「「500年!!」」」
3人は思わず声を挙げた。
「…………500年前の本が読めるなんて……。」
「すげぇよ!こりゃすごい体験だぜ!!」
エルリック兄弟はあまりの凄さにはしゃぐ。
「気に入ってもらえたかな?ちなみに普段は普通の人等には絶対に見せたり読ませたりはしないのだが、
 いろんな事の参考になるだろうと思って、君達には特別に見せてあげる。
 昔の研究書なんかに興味を持ちそうだからね。」
「もちろん!魔術のことをいろいろ勉強してきた私だけど、昔のことなんてあまり知らないから興味あるわ。」
セリスははつらつとした声で答えた。それ続けてエルリック兄弟も立て続けた。
「ああ。これなら退屈しないですみそうだぜ。」
「ホントに何もかもすみません。」
「気にすることはない。……だけど、大切に扱ってくれよ。なにせ貴重な物だからな。」
「わかりました。」
「では、私はこれから仕事があるので失礼する。」
そしてレオンは書物室を後にする。その後ドアの前で何故か少し考え込んだ。そして歩き出す。
「これだけの本を読むだけで9日間過ごせるわね。」
「確かにそうだけど、西のはずれの湖で身体を動かさないとな……。」
「とりあえずどうしよう?」
「とりあえずここにある研究書なんかを読みふけてよう、なんか面白そうだしな。」
そしてエド達は本を読みふけることにした。

……しばらくして。
「なあセリス。」
「?」
エドがセリスの声をかけた。
「さっきから気になってたんだけどよ。大佐のこと興味あんのか?」
「な…何言い出すのよいきなり!」
セリスは顔を赤くした。
「だって、食事の時ずっと大佐のこと見てたじゃねえか。」
「あれは…その……すごい量の牛乳飲んでるなぁ……って。」
「そうは見えねえなぁ……ずーっと大佐の方をちらちら見ててジョッキには目がいってなかったぜ。」
エドはニヤニヤしてセリスを見る。
「兄さん、セリスにちょっかい出さないでよ。」
アルがエドを制止するもまったく気にせずセリスを問い詰める。
「もしかして惚れたのか?……確かに焔の大佐と比べればまじめだし人が良いもんなぁー。」
「惚れてなんてないってば!!」
「照れながら否定しても意味ないんだけどなぁー。」
「いい加減にしてよ!!そんなこと言ってる暇があったら、研究書を読んだらどうなの!?
 もしかしたら、人体錬成のヒントが見つかるかもしれないよ?」
そう言ってセリスは持っていた本をブツブツ言いながら読みふけ始める。
(明らかに惚れてるな……。)
エドは本を読みふけるセリスを見て思った。一方アルはエドのにやけている顔を見て呆れていた。

数時間後。机の上にはそれぞれの側に置いてある本が合わせて20冊くらいあった。
「う〜〜ん……いろいろ興味深い内容だったけど、人体錬成の参考にはできねぇな。」
「まだ5・6冊読んだだけでしょ?そんな簡単に見つからないわよ。」
「でも、この(500年前の)研究書を読んだけど……人体錬成の内容に対しては失敗例が多すぎるよ。」
「どれどれ。」
セリスはアルが持っている本としてまとめられている研究所受け取って読む。
「…………成功の確率10000分の1以下…ね……。つまり最低でも一万人目で成功してるってわけね。」
「そうなんだ。」
「確かに人体錬成の参考にはできないわね。一万人も犠牲にしないと人間を一人作れないなんて…冗談じゃないわよ。」
本を閉じてそれを机に置いた後セリスは椅子に寄りかかってぼやく。
「まったく、ホント神様って禁忌を犯した人間に対して冷たいんだな。」
エドも椅子に寄りかかって天井を見据えてぼやき出した。とそのときドアがガチャリと音を立てて開き出した。
「ここにいらしてたのですね。」
「?」
エド達がドアの方を振り向いた。そこにはメイドがいた。
「なんですか?」
「昼食の時間ですので食堂に来るようにと大佐からの伝言を伝えに来ました。」
「もうそんな時間なんですか。」
「長い間本を読みふけてたからね。時間の経過なんて忘れちゃってたね。」
「“光陰矢のごとし”ってトコかしら?
 とりあえず後片付けをしてから向かいましょう。」
「うん。伝えてくれてありがとう。大佐にこれから向かいますって伝えてください。」
「かしこまりました。」
メイドはお辞儀した後部屋を後にした。そしてエド達は読み出した本を元の位置に戻す作業をした。

昼食を食べ終えた後3人は早速レオンが言っていた西の外れの湖へと向かった。
その湖は大きさはかなりのもので数十キロにも及んでいる。
「うわ〜、すっごい良い眺め!」
「ホントだね。ノイエヒースガルドの湖と引けをとらないね。」
アルとセリスの言う通りその湖は言葉に表せないほどの絶景である。
しかも辺りは緑の芝が広がっていてかなり広い為身体を動かすには最適の場でもある。
「ここに来て正解だぜ。ここでも一日の大半を過ごせるな。」
「うん、ここで組み手をやるのもいいね。」
「組み手?」
「師匠に言われたんだ『精神を鍛えるにはまず肉体を鍛えよ』って。
 だから俺達は暇さえあれば組み手をやってるんだ。」
「(機械鎧が壊れなきゃいいわね……。)…………ん?」
呆れて冷や汗を掻いていたセリスはエドのいる方向から何かを見た。
「どうしたのセリス?」
「?」
セリスが向いている方向に指を指しその方向にエドとアルが振り向くとそこには小さく写っているがレオンの姿があった。
「レオン大佐だ。」
「こんな所になんでいるんだ?」
エド達が疑問に思っているその時レオンが腰に提げている剣を鞘から抜き出した。そして大きく深呼吸をした後。
「「「?」」」
「はああああ!チェストォォォォォォォォォ!!」
大きな掛け声と共に剣を真っ直ぐに素早く振り下ろした。するとなんと振り下ろした衝撃で芝が揺れ、湖が大きく水しぶきを揚げた。
その衝撃波はおそよ1キロに及び浅い所は底が露になっていた。
「「「!!!!!」」」
3人はそのできごとに驚き唖然としていた。
「……す……すげぇ……。」
「たった一振りで湖があんな風になるなんて……。」
「焔の大佐と互角以上というのも納得。」
湖が元の様子になったあと、ふと3人の気配に気付いてかレオンがエド達のほうを向く。
「あ……見たのか……今の。」
エド達に向かって声をかけた。3人レオンのもとへ向かった。
「ええ、でもどうして大佐がこんな所に?」
「ああ、さっきのをやっておかないと感覚が鈍ってしまうんでここでやっているんだ。素振りとかでは補えないし、ここじゃないと
 物なんかを壊しかねないからな。」
そうしてレオンは苦笑いをする。
「確かにあの剣圧は強烈だな。あれをまともにくらったら恐らくあの大佐もひとたまりもねえな。」
「ハハ……確かに……。あの剣圧でこの前の実戦査定にてアームストロングを気絶させてしまったことがあったからな……。」
レオンは相変わらず苦笑いであるが話を聞いたエドとアルは冷や汗を掻いていた。
(……アームストロング少佐を気絶……。)
(想像できん……。)
アームストロングは“豪腕の錬金術師”と呼ばれ凄まじい肉体から放たれる技の威力はもちろんのこと
その肉体の頑丈さはとてつもなく凄まじいことを2人は知っている。
あの少佐ですらああなると思えば冷や汗を掻かずにいられなかった。
「それはともかく、君達こそどうしてここに?」
「ボクたち、ここに視察に来たんです。」
「そうか。どうかなここは?」
「はい、とても気に入りました。……?」
ふとここで何かに触れられたのを感じたアルは見渡すと自分の側でエドがアルのわき腹をつついていた。
(アル。)
「?」
小声でささやくエドにアルは不思議に思った。それにセリスとレオンは気付いていない。
レオンは「そうか、それはよかった。ここには私もよく来るんだ。」などとか言っており、セリスはそれを真剣に聞いていた。
(アル、2人を置いて行こうぜ。)
「ええっ!?」
(シーッ!声が大きい!!)
「ん?」
アルの大きな声に反応して2人はエド達のほうを向くとエドは慌てふためく。
「#$%*##$%&!!……アル!!」
訳も分からぬ言葉を発した後アルをきつくエドは睨んだ。アルはその怖さのあまり黙り込む。
「どうしたのよ、いきなり?」
「いや……なんでもない。」
エドは冷や汗を掻いて答えた。
「……そうだ!大佐の屋敷でまだ気になる本があった!戻ろうぜアル!」
「う……うん……。」
アルは渋々と返事をする。
「えっ?もういいの?」
「いいの!いいの!行くぞアル!」
「ちょっと兄さん!待ってよ!」
さっさと走るエドをアルは懸命追いかけていった。そして湖にはセリスとレオンの2人だけとなった。
「なんなんだ?あの2人。」
「さあ?」
ポカンとして去っていく二人を見る2人。湖は静かにたたずんでいた。
「……ところで、大佐の剣って誰から学んだの?」
「私の剣は我流だ。技なんかもすべて私のオリジナルなんだ。」
「そうなんだ……。それにしても強いんですね。」
「ああ、軍は私のことを“斬鉄の剣聖”と呼んでいる。名の由来は“鉄”をも“斬る”から来てる。
 国家錬金術師でもないのに二つ名があるなんて……皮肉なものだな。」
「そんなことないですよ!すごく決まってますよ!」
「そうか、お世辞でもありがとう。」
「(お世辞なんかじゃないのに……)ところで、どうして国家錬金術師の資格は持ってないの?」
セリスの言うとおり国家錬金術師並みの知識を持っているレオンなら資格を持っていてもおかしくないのだが
話を聞く限りでは、彼はその資格を持っていないようだ。だからセリスは質問をした。
するとレオンは静かに湖の方を向いて語り出した。
「父の様になりたくからだ。……当時の部下の話によると昔、父は母を内乱で失った後思い悩んでいたそうだ。」
(……私の父と同じだわ。私の父も病気で母を失ったことに悩んでた……。)
「原因はそれだけでなく、査定もそうだったんだ。」
「査定?」
「国家錬金術師には1年に1回研究の成果を報告する査定があるんだ。それで良い結果を出せなかったり
 報告が未提出だと資格を取り上げられるんだ。
 それで父は、今まで良い結果を出せなかったことに思い悩み人体についての研究を行った。
 しかしそれは医学であり、科学とは何のつながりもない。そこで父は人体錬成を試みたそうだ。
 成功すれば資格を維持できるだけでなく、かなりの功績を認められ出世できると思ったからだろうと
当時父の部下だった者はそう思っていたんだ。」
「……でも、結果は失敗した。」
「ああ……。」
レオンは首を下に掲げた。
「……大佐?」
「それは私がまだ軍に入隊したての頃の話だ。父のアトリエで見てしまったんだ…………人とは思えぬ異形のものを……。
 そして残っていた軍服の階級章から…私の父であることが判明したんだ……。
 さらに、そこから日記を見つけた。内容には、私の……母親の名前とそのことについて書かれていた…………。
 それでわかったんだ……父は、母を生き返らせるために人体錬成を行なったんだって…………。」
レオンは話を進めているうちに震え出したそのことにセリスの表情は哀れみになる。
「そして私はその異形を仕方なく持っていた剣で突き刺した……。」
「大佐……。」
「ごめん……あの時のことを思い出しただけで涙が…………。」
レオンの震えはさらに大きくなり目の下には涙がたまっていた。するとセリスがレオンに後ろから抱きよってきた。
「泣きたかったら…泣いてもいいわ。私で良かったら胸貸してあげるから。」
レオンの背中になにか柔らかい感触が伝わり思わずレオンは顔を赤くする。その感触はセリスから来ていた。
「あ……い…いや……だ…大丈夫だ……。だから……その………………離れてくれないか?」
「あっ、ごめん。あまりにも辛そうだったからつい……。」
セリスはレオンがかなりの“純”であることを思い出し咄嗟にレオンから離れた。
レオンはホッとするが内心はドキドキしている。
(や……柔らかいなにかが背中に……。)
レオンはドキドキする鼓動を必死に抑える為自分の胸に手を当てた。
「…………………………………。」
彼の息はものすごく荒くなっていた。
「と……ともかく、もうすぐ仕事なので私は職場に戻ることにする。」
レオンは早歩きで湖を立ち去った。そのとき彼の表情はまだ真っ赤であった。
セリスはただそれを後ろから無表情で見つめていた。
(…………純なのはともかくとして、あれはどう考えても痩せ我慢してるわね。
 本当は…誰かに寄りかかりたいんでしょうね。なにせぬくもりを感じたことがないから……。)

セリスがレオンを見つめていた時。彼女の視界から見えない所に2つの人影があった。エルリック兄弟である。
「やっぱりセリスは大佐のことが気がかりじゃねえか。」
どうやら今までの様子をすべて見ていたようであった。
「でも、大佐なんだか可哀想だね。」
「ああ。でも……そんなことよりも、2人がどのように進展していくか気にならねえか?アル。」
「別に気にならないよ。セリスさんはセリスさんだし、大佐だって大佐なんだからさ。」
「いーや気になる!いっその事認めちまえばいいのにまったくセリスは……。」
「何を認めるの?」
「「!!!!!!!!!」」
2人が声のする方向を恐る恐る振り向くとそこには笑顔のセリスがいた。いや、それは外見だけで内面は怒っているようだ。
「2人ともこんな所でコソコソして冷やかしでもしてたの?」
「い……いや……その……。」
笑顔で語るセリスにエドの表情は強張る。
「ボ……ボクは関係ないよ!だって兄さんが2人だけにして様子を見ようって言ってたから……。」
「ズリいぞアル!!お前だって興味深く見てたくせに!!」
「兄さんだって!!」
2人は口喧嘩を始めるがセリスはそんなことお構いなしに語り出した。
「2人とも喧嘩しないで!!」
「「!!」」
エドとアルはセリスの怒鳴り声にビビって口喧嘩を止めた。
「まったく2人してどうしようもないんだから…またファイヤーボールくらいたいの?」
「「いえ、結構です……。」
2人は冷や汗を掻いて答えた。
以前2人はセリスと出会ってから間もない頃、当時魔術を知らないエドが力づくで聞こうとしたことがきっかけで
口喧嘩になり、一旦怒鳴っても静まらない為セリスからファイヤーボールをくらったのである。
あの時の痛さときたらたまったものじゃないと覚えているので今ではセリスが怒鳴るだけで静まるのである。
「……それにしても大佐って、いろんな意味で痩せ我慢してると思うんだけど…どう思う?」
「ああ、“甘える”って行為ができないんだとオレは思う。」
「兄さんも?」
「アルもそう思うのか?」
「うん。“甘えたい”けどどうしていいかわからないって感じがした。……確信はないけど。」
3人は湖を背にただ町の方向を見つめていた。

その夜……。
「ふう……。さっぱりした。やっぱりお風呂はいいわね。」
セリスはバスローブ姿で廊下を歩いていた。この屋敷には大浴場が2つと各客室にシャワールームがある。
セリスは大のお風呂好きの為大浴場で入浴をしているのである。
(エドはあの時、弁護しようにもしなかった……ううん、できなかった。なにせ大佐のあの顔を見ただけでどんな嘘をついても
 すぐに見抜かれてしまいそうな感じだったわね…大佐自身も嘘をつけないって感じもしたし……。)
セリスは昨日のことを歩きながら振り返ってみた。
エドが昨日嘘の解釈をしようにもあの時できなかったことはレオンの顔にあった。それは恐れから来るものではなく
優しさからくるもの、一言で言えば『この人には絶対に嘘をつけない』そういう感じの人柄だったからである。
セリスはそれを感じていたが、疑心暗鬼(?)のエドにしては当初はそう思えなかった。
そんなレオンのことを色々考えている最中にセリスは何かにぶつかった。
「きゃ!」
「うわっ!」
ぶつかった勢いでセリスは尻餅をついてしまった。
「いたたた…なんなのよ一体……って大佐?」
セリスが見上げるとそこにはレオンがいた。
「あっ……すまない!ボーッとしてて……!!」
レオンがセリスに謝っている最中に突然顔を赤くしてセリスから目をそらした。
どうやらバスローブからちらりと見える彼女の胸の谷間が彼の目に写ったからである。
「ううん、私こそ考え事をしてて……ってどうしたの?」
セリスから目を逸らすレオンの顔を彼女はジッと見る。
「い……いや……なんでもない。……それより、なんで胸元少し開けてるんだ?」
レオンは照れながらセリスに聞く。
「風呂あがりなので熱いからに決まってるでしょ?それに、なんで私から目を逸らすの?」
「だから……その…………谷間…………。」
レオンの何故か最後の言葉だけは小さかった。
「なに?きこえなかったわよ?」
「だから………………………………谷間!」
今度ははっきりとした声で言った。
「谷間?」
セリスは自分の胸元と見る。バスローブから自分の胸の谷間が露になっているがセリスはあまり気にしないのかクスッと笑い
ゆっくりと立ち上がった。しかし服装はそのままで立ち上がってもそれははっきり見えている。
「ホント大佐って、ヘレン少尉が言ったとおりものすごい純なのね。」
「それはだな……その…………健全な男としての正当な反応だ……。
 そうでなければこうしてるわけないだろ。」
「……要するに目のやり場に困ってるってわけね。」
「まあ……そういうことだ……。」
レオンは相変わらず顔を赤くしてセリスから目を逸らしている。
するとセリスは再びクスッと笑い出す。
「確かに…軟派な男なら迷わず嫌らしい目で胸元を見るから私はイヤなんだけど、
 大佐みたいな人なら見られてもいいかも…………なんて。」
セリスは顔を赤くして両手を頬に当てた。レオンは思わず冷や汗を掻いて彼女を見る。
「見られても……って。」
「ふふふ……。ところで大佐はこれからお時間ありますか?」
「……あるにはあるが、それがどうかしたのか?」
「お話したいことがあるの、あとで私の部屋に来てもらえないかしら?それも一人で。」
「???」
レオンは訳もわからず首を傾げる。
「別に怪しい誘いなんかじゃないから安心して。」
「あ……ああ…………。」
「それじゃ。」
セリスはそう言って部屋へと戻っていった。
「う〜〜む……。とりあえず行ってみるとするか。」

しばらくして、一仕事を終えたレオンはセリスの部屋へと何か考えながら向かっていた。
その頃エルリック兄弟はどうやら書物室で本を読んだ後なのか廊下を歩いていた。
どうやら部屋に戻るようである。
「いつもなら徹夜をするのに……どうしたの一体?」
「大佐とセリスのことが気になって、集中できねえんだよ。アルだって書物読むのうわのそらだったじゃねえか。」
「……うん。でも僕が気になるのは、なんでセリスは大佐のことを好きになったのかな?ってことなんだ。」
「人柄に惚れたからじゃねえのか?」
「……そうじゃない気がするんだ。」
「じゃあ何なんだ?」
「それは………………あっ!大佐だ。」
アルが理由を言おうとしたとき向こう側から歩いてくるレオンが目線に入った。
エドも反応して向こう側を向きレオンに声をかける。
「どうしたんだ大佐?そんな顔なんかして、何か考え事か?」
エドの声に気付きレオンは反応する。
「あ…ああ……、ちょっとセリスさんに呼ばれて……。」
「セリスに?」
「ああ、一人で部屋に来るようにって言われたんだ。」
「一人で?」
「詳細は来れば分かるみたいだ、それじゃあ……。」
レオンはそのままエド達に軽く挨拶をした後ツカツカと歩き出した。
普通ではなさそうな彼の様子にエドは何か思いついたのかニヤニヤしてアルの脇腹をコンコンと叩く。
「なあアル、ちょっと見にいこうぜ。」
「…………見にいくって、まさか……。」
エドの顔を見てアルは青ざめる。
「そのまさかだ、大佐とセリスのあ・い・び・きだよ。」
「ええっ?やめようよ!もし見つかったら何されるか分かんないよ!?」
「それでも行く、気になる物はトコトン見ないと気が済まないのが好奇心ってヤツだ。」
「ダメだよ兄さん!好奇心が思わぬ事故や事件を起こすかも知れないんだよ……って、いない。」
アルがエドを止めるため抗議をするもののエドはいつのまにかレオンが向かった方向の向こう側にいた。
「止めても無駄だぜアル!俺は行ってくるぜ〜!」
エドは陽気に歩き出していく。
「待ってよ兄さ〜ん!」
アルも懸命にエドを追いかける。

セリスの部屋の前に着いたレオンはドアをノックする。
「私だ、セリスさん…入って大丈夫か?」
「いいわよ。」
ドアの向こう側からセリスの声がした。
「……失礼する。」
レオンは必死に胸の鼓動を抑えながらなおかつ不安を抱えながらドアを開け部屋へと入る。
レオンが部屋へと入ったのを見計らってかエドがドアによりそれに耳を当てる。
アルはエドの後ろにて小声で「やめようよ」と訴えるもエドはまったく聞いていなかった。
部屋の中ではセリスとレオンがこれから話し合うところである。
セリスはいつも着ているシャツとズボンのパジャマ姿の為かレオンはホッとしている。
「(よかった。これなら平然と話をすることができる。)あの……セリスさん。」
「セリスでいいわよ。エドとアルに対して呼び捨てしてるときあるのに、私だけ“さん”づけで呼ばれるのは
 ちょっと不公平に感じるわ。」
「……わかったよセリス……それで、話って?」
セリスは静かに頷いて話し始める。
「大佐は、人に寄りかかりたいって思ったことはないの?」
「………………。」
質問にレオンはだんまりする。
「話すのつらそうだけど、喋った方がスッキリするわ。」
「………………わかった。」
「それに教えて欲しいの、湖でのあの時なんで泣きそうだったのか……。親のことなの?」
「……泣きそうになったのは、親のことだけじゃない。それは、イシュヴァール殲滅戦の時だ……。」
「多くの国家錬金術師が投与されたというあの戦争ね。」
「ああ。……兵のほとんどが国家錬金術である中私もそれに参戦した。
 ひどいものだった。イシュヴァール人とはいえ軍は誰彼構わず殺していった……。
 私は誰一人殺さず、ただ相手の戦意を奪うだけだった。
 ……だが、当時私の上官が相手は戦う意思を失ったにも構わず私が戦っていた相手を殺した。
 『なんで殺す必要があるんですか!?相手は戦意を喪失してるんですよ!?』と私がいうと上官は
 『イシュヴァール人は全て殺せという命令だ!』と言い返された。
 命令とはいえ、酷いものだった……老若男女構わず、イシュヴァール人のほとんどは殺された。
 私は嘆き悲しんだ。『こんな子供でもイシュヴァール人なら殺していいのかよ!?』って。
 泣いたけど気分は晴れなかった。軍人としての心得である『頼れるのは己だけ』という教えが邪魔してて
 人に寄りかかりたくてもできないんだ……。誰も……私のことをかまってくれないから……。
 だから私は……。」
「『人に頼るのは恥だから一人で全てをなんとかしようとした』……でしょ?」
セリスはレオンの言葉をさえぎった。
「えっ?」
「あなた……バカ正直すぎるわ。一人で全てのことを解決できるほど世の中は出来ていないわ。」
「しかし……。」
「それに人に頼るのは恥なんかじゃないわ。このレザニアの町だって大佐一人では支えきれないわよ。
 一人一人の力が1つになって町を支えている。それと同じようにすれば
 解決できなかった問題なんて解決できるわ。だから、いつまでもつまらない意地なんか張らないで
 素直に打ち明けたらどう?そうすれば……胸のつっかえが取れるわ。
 ……………?」
話の最中にレオンがうつむいて震えているのに気付きセリスはレオンの顔をのぞいた。
するとレオンは涙目になっていて今にも大泣きしそうであった。
「大佐?」
「……そうだよな…………なのに私は……つまらない意地を張って……強がっていた……。
 本当は誰かに寄りかかりたかった……誰か私にかまって欲しかった。なのに『仕方ない』で済まされた……。
 それが……悔しくて……せつなくて…………。」
レオンの瞳から大粒の涙が流れた。それを見てセリスは
「……わかっているわ……思い切り泣いて良いわ。胸貸してあげるから。」
両腕を広げた。レオンは思い出した悲しみのあまり自我を忘れてセリスの胸にうずくまった。
「ううっ……っ……うわあぁぁぁ…………!!」
セリスは泣きわめくレオンに対してそのまま抱き寄せた。彼の震えが振動となって伝わる。
その震えを押さえるべく彼女はレオンをギュッと抱きしめた。
「う……うっ……。(ありがとうセリス。君のおかげで気分が晴れそうだ。ホントに……ありがとう……。
 そして……温かい……これが、ぬくもりというものか……。)」
(やっぱり、本当は誰かに甘えたかったのね……。こんな私でよかったら……かまってくれてもいいのよ……
 レオン大佐……。)

ドアの向こうで話を聞いていたエルリック兄弟。エドはそのままドアから耳を離した。
「行くぞアル。」
「どこへ?」
「部屋だよ部屋。」
何を思っているのかエドはそのままアルに詳細も告げず部屋へと戻っていく。
アルは慌てて追いエドに問い詰めるが、エドはなにも答えなかった。
(泣かせる話じゃねえかよこの野郎……!)
心の中でエドはそうつぶやいた。

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