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水の二人


 どこにいるの?
 お父さんの葬儀や何やらが完了した後、不意に訪れた一人の時間。わたくしは、つい、家中を探し回ってしまった。いないと判ると、今度は村中を。わたくしのことを不審そうに見ている人もいれば、不憫そうに見ている人もいた。でも、わたくしは構わなかった。ただ、ひたすら、探しました。
 ――アレクス。あなたは、どこにいるの?
 ――……どこに、行ってしまったの?

「…………」
 身を切るような寒さに、自然と目が覚めました。
(夢……)
 わたくしは、ふうっと大きく溜息をつきました。
 そう、あれは夢。でも、現実にあったこと。過去のこと。
 お父さんが亡くなった日、アレクスもいなくなった。アレクスというのは、お父さんの弟子で、わたくしの師匠。イミルの外で倒れていたのを、お父さんがつれて帰って看病し、それからうちに居候していました。
 そんな彼が不意にいなくなって、わたくしは夢の中のように、がむしゃらに探しました。
 もう二年ほど前のこと。15の誕生日より、二日ほど経った後の日のこと。
 わたくしは起き出しました。あれから彼は行方知れずのままだけれど、少なくともわたくしはこうしてイミルで暮らしています。マーキュリー一族の末裔として、水のマーキュリー灯台を守りながら。
 手早く身支度をし、朝食を済ませてから、わたくしは外に出ました。
「おはよう、メアリィ」
「今日も治療かい?ご苦労さん」
 村の人たちにいちいち挨拶を返しながら、わたくしは村の入り口に近い家に向かいます。
 中には、具合の悪そうなおじいさんと、そんなおじいさんを心配げに見守るおばあさんがいました。ゲホゲホと、おじいさんは嫌な咳をしています。
 イミルに原因不明の病が広まったのは、もう一週間ほど前のこと。薬草とかでは全然効果がなくて、結果、癒しの力を使えるわたくしの出番となったのです。
「今、楽にして差し上げますわ」
 おじいさんの枕元で、わたくしはそう囁きました。
 目を閉じ、水の流れをイメージします。水の力は癒しの力。それを手の平に持ってくるだけで、もう力は宿ります。あとは、力を解放する言葉を紡ぐだけ。
「プライ」
 手から溢れた蒼の光がおじいさんを包み込みます。と、その光が消えるや否や、おじいさんの咳が収まりました。
「楽になったわい……」
「よかった……」
 癒しの力はそう難しいものではないけれど、でも、わたくしはまだまだ未熟者。いつ失敗するかなんて、わからない。だから、わたくしは本当にほっとします。お父さんやアレクスなら、何の疑いもなく治療をやってのけるのでしょうけれど。
 振り向くと、見慣れない人たちが立っていました。
 金髪の青年が二人、一人は奇妙な杖を持っています。そして茶髪の青年もいました。
「あなたは、どなた?わたくしに御用ですか?」
 リーダー格なのでしょう、黄色のマフラーを巻いた青年が口を開こうとしました。まさに、その瞬間です。
「…………!?」
 わたくしは目を疑いました。何か、今、強烈な光が部屋を満たしたのです。それは、紛うことなき蒼の――水の光。絶えて久しい水の灯台の灯火。
 慌てて窓の外を見ます。でも、まだ、灯台には何の変化もない。さっきの光はでは、何だったのでしょう。
 それに、灯台に何か異変が起きたなんて……あそこはわたくししか入れないはずです……。
 ……まさか。
「アレクス!」
 帰ってきたというの?
 わたくしは居ても立ってもいられず、青年たちを置き去りにしたまま灯台に向かいました。
                *
 マーキュリー灯台入り口の封印など、私にとっては大して役に立たないものです。私が手を触れただけで、呆気なく封印は解けました。まあ、もともと私が施した封印ですからね。
 封印を解くとき走った強烈な蒼の光に、メナーディはどうやら気分を害したよう。
「いけすかない光だな」
「そりゃあ、今ほとばしったのは水の力ですからね」
「だからアレクスは嬉しそうなのね」
とジャスミンが口を挟みました。
 二年前、師匠の死を境にイミルを去った私は、黄金の太陽現象とやらを発生させるために、錬金術の封印を解くつもりです。サテュロスとメナーディは、その目的の上での協力者です。ジャスミンとその兄ガルシア、学者のスクレータは、ただの人質ですが、少なくともガルシアの力は我々の役に立ってくれています。
 私は、入り口の横の像を見つけました。
「ガルシア、あの像をムーブで動かして、入り口を物理的に塞いでくれませんか?」
 怪訝そうな顔をしたものの、サテュロスにやれ、と目で促され、ガルシアは私の指示に従いました。
 先ほど迸った光は、きっとイミルから彼女を呼ぶでしょう。でも、私は彼女とだけは会いたくないのです。だから、こうして邪魔させていただく。
 同じような妨害工作を、私は行く途中何度かガルシアにやらせました。重いものを動かす彼のムーブというエナジーには、本当に助けられます。私にはあんな重いものを動かす力はありませんから。粉砕する力は持っていても。
 灯台の仕掛けは、私にはよく知っているものです。かつてイミルに居候していたとき、何度も何度も足を運びましたから。水の力の封じられたこの灯台は、私を何度も魅了してやまなかったのです。
 女神像にプライのエナジーで祈りを捧げ、落ちる滝を逆流させて昇っていくと、そこは頂上でした。
「少しきついな」
とはメナーディの言です。サテュロスは平気そうでした。それだけ、濃い炎の力を、メナーディは宿しているのでしょう。封印されてもなお染み出す水の力に反応するぐらいの。
 私はメナーディからマーキュリースターを受け取ると、無造作に火口へ放り投げました。それだけで、実に呆気なく封印は解けます。膨大な水の力が溢れ、蒼の灯火が宿りました。
 それは、息を呑むほどの美しさでした。
 しかし、その感慨に浸るより先に、私は水のエナジストの気配を感じました。それは、メナーディやサテュロスも同じだったよう。私は傍らのサテュロスを見ました。サテュロスは不敵に笑います。
「どうやら、奴らのようだ」
「正確には彼らプラスアルファ、でしょうけどね」
 私は幾分自嘲的に呟きました。どうやら、私が会いたくない彼女もまた、来ているようなのです。取り敢えず、私は灯火の裏にいることにしました。
「遅かった!灯台の火は灯されちゃったみたいだ」
「そんな馬鹿なこと……。マーキュリースターなくして灯台に火が灯ることは……」
「……エレメンタルスターは、アルファ山のソル神殿から奪い去られたそうですよ」
 二人目の声。私のよく知る人のもの。
 ……メアリィ。
 私が置き去りにした、捨て置いた、師匠の娘……私の唯一の弟子。一番会いたくない人が向こうから近づいてくるなんて、まったくもって私もついてない。
 もっとも、向こうはまだ、私に気付いていない。
 放っておけば、サテュロスたちが彼らを倒してくれるでしょう。私の読みは当たり、彼らとサテュロスは戦いになりました。メアリィもまとめて倒されるでしょうが、そこは却って好都合というもの。あとでこっそり回復して彼女の家まで送り届ければよいのです。私にはテレポートという便利なエナジーもありますし。そうすれば彼らとメアリィが二度と出会うことはないでしょうし、メアリィが私の前に立ちはだかる日も二度と来ないでしょう。
 私は、サテュロスの戦いが終わるまで手持ち無沙汰になりました。ですから、思う存分、灯火に心奪われていることができました。
 ここまで濃い、水の力。蒼の光。この上もなく素晴らしいもの。私はそっと手を伸ばす。指先が、灯火に触れる。
「っ……」
 瞬間、想像以上に強く濃い水の力に襲われ、私は思わずその場に膝を付きました。くらくらと、眩暈がします。それが収まるまで待って、立ち上がったとき、私は自分の手の爪が蒼に染まっているのを見ました。それだけではない。体中に濃い水の力が満ちている。
 思わず笑い出しそうになりました。これは、あるいはサテュロスでさえ、瞬時にひねる潰せるほどの水の力です。メアリィの存在がなければ、私は実際高らかに哄笑していたでしょう。
 これほどの濃い力を得られるとは……私は灯火を見つめました。
 それでいて、灯台の秘める力は危険なものであることも、はっきりと判りました。ほとばしり、私を襲った水の力。それは、水のエナジストとして優れた資質を持っていた私だからこそ、耐えられたもの。相反するサテュロスやメナーディなら、ひとたまりもなかったでしょう。あるいは、消滅していたかもしれない。
 つまり、私に、他の灯台のエナジーをそのまま頂くことはできない。
 ……ただ、一つの方法を除いては。
「黄金の太陽現象」
 乙女が恋人の名を呟くように、私はその言葉を唇に乗せました。
 黄金の太陽現象で、莫大な力を得たならば、他の灯台のエナジーも、私のものにできるのではないか。
 閃いた考えは、そう外れていないように思えました。私は、実に久しぶりに、心が浮き足立っている感覚を味わいました。

 ことは、しかしながら、そう簡単には運ばないものです。
 なんと、サテュロスが負けてしまったのです。
「私が教えましょう」
 私は、姿を出しました。
 メアリィが、雷に打たれたかのように私を凝視しています。
 私は、そっとサテュロスに触れました。無論、彼を癒すために。もう解放の言葉は要りません。プライと唱える必要はありません。
                 *
 どうして。
 それがわたくしの最初に思った言葉でした。
 どうして、ここにアレクスがいるの?
 灯台でわたくしを助けてくれたロビン、ジェラルド、イワンの三人。彼らを助けるために、わたくしは彼らの敵サテュロスと戦いました。そして、からくも勝利したのです。
 ほっとした矢先でした。アレクスが灯火の後ろから姿を現したのは。
「アレクス、あなた……自分が何をしたのか判ってるのですか?」
 わたくしは思わずそう問いかけていました。
 だって、わたくしもアレクスも、マーキュリー灯台を守る一族の末裔です。いいえ、アレクスは、お父さんに言わせると、生粋のマーキュリー一族なのです。
 そんな彼が、なぜ。
 わたくしの戸惑いなど、どこ吹く風。アレクスはにやりと笑みを見せました。
「ふふ、勿論ですとも……封印されし偉大な力を、この世に解放したのです。水の灯台マーキュリー……何と偉大な力でしょう」
 彼は、まるで酔っているかのような口ぶりでした。
 そんな彼を見るのは……いや。
「アレクス。あなた……どうかしてしまったのね」
 それからアレクスは色々話していました。わたくしがサテュロスとの戦いで、灯台から尽きることのないエナジーを受けていたことや、相反する炎の力を弱めてしまうことなどを。
 そのうち、倒したはずのサテュロスが立ち上がりました。びっくりするわたくしたちの前で、アレクスはにっこり微笑みます。
「サテュロスが回復するまで、話をさせてもらいました♪」
「時間稼ぎだったのですね……?」
 わたくしはカッとしました。
「卑劣ですわ!アレクス」
 何が彼をここまで変えてしまったというの?
 どうかしてしまったのだわ、アレクス。
 あなたが……あなたが、わたくしの敵に回るなんて。
 わたくしは、どうしたらいいの?
 しかし驚きも戸惑いも、それだけではなかったのです。
 アレクスは、瞬間移動という、見たこともないエナジーを発動させました。そして、私を、まるで他人を見下すかのように見、微笑むのです。
「私はいつまでも、あなたの知っているアレクスではありませんよ?」
 雨に濡れたら風邪を引くとか、雪下ろしをしないと家が潰れるとか……当たり前の事を幼い子供に教えるかのように、アレクスは言いました。
 わたくしは、更に深い混乱の渦に溺れていく感覚を味わいました。
               *
 まさかイミルの宿屋に泊まるわけにもいかなくて、私はサテュロスに肩を貸したまま、クープアップ村までテレポートしました。そしてそこの宿屋に泊まりました。
 戦いで負った傷そのものは、私の力であっさり癒すことができました。
 と、サテュロスはこんなことを訊いてきました。
「あの女……メアリィとかいったな。お前の知り合いか?」
「私の師匠の娘さんですよ」
「そうか」
 それ以上、何を訊くでもなく、サテュロスは黙っていたが、ややあって、思い出したかのように付け加えた。
「我々を、裏切るな」
 そのあまりにも真摯な瞳に、私は思わず吹き出しました。
 笑われて不機嫌なサテュロスに向かい、私は言い放ちました。
「私は錬金術の封印が解けさえすればいいのです。彼女につく必要はありませんよ、一切」
 そう、これで、私とメアリィは敵同士になった。
 簡単なことです。

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