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ToHeart(PS)・オープニング
*主人公の名前はデフォルトの「藤田浩之」にしてあります。

ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…。
カチッ。
布団の中から手を伸ばし、目覚まし時計のスイッチをオフにする。
 (薄暗い浩之の部屋の中)
…う〜っ。
なんだよ、もう朝か。
ふとんの中に入ってから、まだほんの少ししか経っていないような気がする。
半分眠ったままの腕をのろのろと動かし、カーテンを開ける。
 (陽の光が部屋に射し込んでくる)
眩しい朝の光が射し込んで、部屋を明るく染める。
よく晴れた気持ちのいい朝だった。
ふとんごしに陽射しのぬくもりが伝わってくる。
頭を傾けて、時計を見た。
いつもと同じ7時30分。
まだ少し、時間には余裕がある。
だから、もうしばらくはこのままで、体が完全に目を覚ますのを待とう。
「………」
まどろみの中を、うつらうつらと漂うこの数分間。
ああ〜、一分一秒のありがたみをこれほどしみじみと感じる事はないぜ。
はぁ…。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
…う〜ん。
「浩之ちゃ〜ん」
窓の外から聞き慣れた声が聞こえてきた。
あれは… あかりの声だ。
ピンポーン、ピンポーン。
ピンポンピンポン、うるせ〜な。
「浩之ちゃん、起きてるぅ〜?」
起きてるよぉ。
ピンポーン。
「浩之ちゃ〜ん、ねえ、浩之ちゃんってば〜」
…ったく、あかりのヤツめ。
恥ずかしいからその呼び方はやめろって、何度言っても、ちっとも聞きやしねえ。
いつまでもガキじゃねーんだぞ。
ピンポーン、ピンポーン。
「浩之ちゃ〜ん、遅刻しちゃうよぉ〜〜〜っ」
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。
「浩之ちゃんってばぁ〜〜〜っ」
「――だーかーらっ、『ちゃん付け』で呼ぶなっつってんだろーがっ!」
がばっ!
ふとんから起きあがった瞬間、時計をみてギョッとなった。
げっ!
8時01分!?
うわっ、やべっ!
いつもだったらそろそろ家を出てる時間じゃねーか!
オレは慌ててベッドから跳ね起きた。
「ねえ、浩之ちゃ〜ん、起きてってば〜〜っ」
窓の外でしつこくあかりが繰り返す。
ええいっ、何度も何度も、でけー声で人の名前呼びやがって!
近所に丸聞こえだろーがっ!
「浩之ちゃぁ〜〜ん」
「もう起きたっ!」
窓の外に向かって叫びながら、パジャマ代わりのTシャツを脱ぎ捨てた。
ハンガーに掛けられたシャツを引きはがし、そでを通す。
ズボンと靴下をはき、制服の上着とカバンを小脇に抱え、部屋から飛び出した。
だんっ、だんっ、だんっ、だんっ、だんっ。
シャツのボタンを止めながら、二段抜かしで階段を降りていく。
カバンと上着を下駄箱の上に放り投げて、玄関の鍵を開けた。
ひと呼吸おいてドアが開く。
 (浩之の幼なじみ、神岸あかり登場)
「おはよう、浩之ちゃん」
そう言ってにっこり笑顔で入ってきたのは、当然あかりのヤツだった。
「…もう、いくら呼んでも返事してくんないんだもん、どうしようかと思っちゃったぁ。だめだよ、ちゃんと時間どおりに起きないと」
「…あのな、あかり」
オレは低い声で言った。
「なに?」
「…わざわざ家まで起こしに来てくれるのはありがたい。助かる。けどな…」
「うん?」
「でけー声で起きろ起きろ言うんじゃねえっ!恥ずかしいんだよっ!」
「…で、でも、まだ寝てるみたいだったし、早く起こさなきゃ遅刻しちゃうと思って」
「ったく、オレを近所の笑い者にする気か?」
「…うっ、ごめん」
こいつ、神岸(かみぎし)あかりは、近所に住んでる同い年の幼なじみ。
オレとはお互い物心がつく前からのつき合いだ。
通っている高校もたまたま同じところで、朝はなんとなく、いつも一緒に学校へ行く。
普段は前の通りで合流するのだが、今日はオレが遅いので呼びに来たんだろう。
「それとな、あかり」
「うん?」
「何度も言うけど、その『浩之ちゃん』って呼び方、いい加減なんとかなんねーのか」
「なんとかって…」
「藤田くんとか、浩之くんとか、…なんなら呼び捨てにしても構わねーっつってんだろ。高校にもなって『ちゃん付け』はねーぞ」
「でも、浩之ちゃんは、小さい頃からずっと浩之ちゃんだつたし、これからも私にとってはやっぱり浩之ちゃんだから、できればいつまでも浩之ちゃんのままがいいかなって――」
「なんども言うなっ!」
「ごめんっ」
反射的に謝ると、あかりはごまかすように微笑んだ。
「そ、それよりも、ほら、早く準備しないと遅刻しちゃうよ」
おっと、そうだった。
こんなことやってる場合じゃない。
「あかり、お前は先に行っていいぜ」
「え?」
「オレはまだ顔とか洗わねーといけねーし、待ってるといっしょに走るはめになるぞ」
「…うーん。いいよ、待ってるから」
「あっそ。んじゃ、あと1分ほど待ってろ」
「うん」
オレは駆け足で、洗面所へと向かった。
両親が仕事の都合で家を空けてから、もうかれこれ4ヶ月になる。
最近ようやくひとりの生活にも慣れてきたところだが、やっぱりひとりということで、ときどきこんなヘマをやらかしたりする。
おかげでここんとこ、なにかとあかりの世話になりっぱなしだ。
自分のだらしなさを棚に上げるのは承知で、ここはあえて、親に文句を言いたい。
職場の移転とか、通勤時間がどうだとか、いろいろ理由はわかるけど、まだ高校一年の息子をほったらかしにするとは何事だ。
ぐれるぞ。
せめて生活費をもっとよこせってんだ。
なんの関係もないが。
蛇口から出る冷たい水で、クイック歯磨き、アンド、クイック洗顔。
髪を濡らして寝癖を取って、ドライヤーを当てながら、サッと軽くブラッシング。
所要時間ジャスト1分。
「よっしゃ、いくぞ」
言って、オレは靴に足を突っ込んだ。
「浩之ちゃん、朝ごはんは?」
「んなもん、食ってる暇あっかよ。ホラ、鍵閉めるから、先出ろ」
「えっ、あ、うん」
オレは、あかりの背中を押して家を出た。

家から公園まで駆け足でやってきた。
「ほらぁ〜、早くしろよぉ〜」
「…ふぅ、ふぅ。ま、待って、浩之ちゃん。もうちょっとだけゆっくり――」
苦しそうに息を切らすあかりを見て、オレはやれやれと息を漏らした。
「ったく、だから先に行けっていったんだ。オレひとりなら学校まで15分で行けんだぜ」
「わ、私、ムリ…」
「しょーがねーなぁ。じゃあ、少し歩くか。公園出たら、また走るぞ」
「うん」
ふたりは公園へと入っていく。
ここをななめに抜けると、駅前までの道を大きくショートカットできるのだ。
便利がいいので、この辺に住んでる連中はみんな道がわりに使っている。
パステルカラーのタイルが敷き詰められた歩道を歩く。
暖かい日だまりの中、道端にはいつものように鳩たちが群がっていた。
見慣れた景色、いつもの朝。
ただ、ゆるやかに吹く風に、少しずつ春の訪れを感じさせるものがあった。
 (浩之の横で歩くあかり)
「また、少し暖かくなったね」
オレの顔を覗き込んで、あかりが言った。
前髪がちらちらと風に揺れていた。
「もう春だもんね」
「そーだな」
無感動なオレの反応に、なにがおかしいのか、あかりはくすっと笑った。
「ところで、浩之ちゃん」
さっきまでとは少し口調を変えて、あかりが言った。
「あん?」
「朝ごはん、ちゃんと食べなきゃダメだよ」
「なんだよ、突然」
「だって、今日も食べてないでしょ」
「仕方ねーだろ、今日は。食ってる暇なんてなかったんだから」
「そういうときは、お菓子とかでもいいから口にするの。なにも食べないのはダメ」
ちょっと厳しい口調で言う。
普段はいつも下手(したて)なあかりだが、ときどきこんなふうにお姉さんぶった口調になることがある。
だいたいは、オレの生活に関してなにか注意するときだ。
「それに今日だけじゃないよ。ここしばらくずっと食べてないんだから」
「まあ」
「朝なにも食べないと、血糖値が下がるから、午前中はずっと頭がぼーっとして、ウトウト眠くなっちゃうんだって」
「へえ、そうなのか。なるほどな。どおりで最近、居眠りが多いわけだ。なんだ、朝メシのせいだったのか」
「………」
「お前いま『それだけが原因じゃない』って思っただろ?」
「えっ!?そ、そんなこと思ってないよ、ちっとも!うん、うん」
根が正直なあかりは、昔から、嘘をついてもすぐ顔に出る。
「…と、とにかく、朝寝坊なんかしないで、ちゃんと朝ごはんを食べるようにね」
「そりゃま、そーなんだろうけど…」
「なに?」
「食うのはいいとして、自分で用意すんのが面倒くせーんだよ。朝っぱらからさ」
ひとり暮らしのオレには、当然朝メシを作ってくれる人間もいない。
だから自分で作るしかないのだが、これがヒジョーに面倒くさい。
だいたい朝は食欲よりも眠気が勝っていて、寝るほうを優先してしまうもんだ。
「モノが出来てりゃ、そりゃ食うけどさ」
「もう、面倒くさがりなんだから…」
あかりは目を細め、くすっと笑った。
「いいよ。それだったら明日から私が作りにいってあげようか?」
「お前が?朝メシを?」
「うん」
あかりが朝メシを…か。
ふむ、悪くない提案だ。
なにを隠そうあかりは、それだけが取り柄だっていうくらいに料理が得意なのだ。
付き合いが長いおかげで、オレの好みとかもバッチリ理解しているしな。
これを断る理由はない。
よし。
「おう、じゃあ、そうしてくれ。頼むぜ」
「うん、わかった!」
嬉しそうにうなずく、あかり。
「じゃあ明日、材料持って家に行くね」
「おう」
「どんなもの作ろうかな、え〜とぉ…」
上を向いて、なにやら計画を練り始める。
「朝はやっぱり和食がいい?それとも洋食がいい?」
「どっちかっつーと、和食系」
「ふんふん。何か具体的な要望とかある?」
「とくに」
「じゃ、内容とかは私にお任せってことで。とにかく明日、7時ごろにそっちに行くね」
それを聞いて『なにっ!?』となる。
「7時って、おい、そんな早くかよ!?」
「うん。だっていつも8時には家を出るから、そのくらいかと思って…」
「待った待った! やっぱ今の話はナシだ」
「ええ〜っ?」
「そんな早く起きられるか。だったら自分でパンか何かテキトーに食うって。とにかく早く朝メシ食えば文句ねーんだろ?」
「そうだけど…」
「まあ、作りに来てくれるっていうその気持ちは、ありがたく受け取っておくぜ」
「…そう?」
いちおうは納得するものの、やっぱり少し不満そうな顔だった。
相変わらずだな、こいつは。
世話好きなところといい、お節介なところといい、昔からちっとも変わらない。
小さい頃から、ずっとこうだ。
名前の呼び方にしたってそうだしな。
「ホント、変わんねーよな、お前は」
「えっ? なにが?」
「なにもかもだ」
「どういうこと?」
キョトンとした顔でたずねる、あかり。
「いま言ったとおりさ」
からかい口調で言う。
「それよりもホラ、走るぞ。今度は比較的ゆっくりペースで行ってやっから遅れんじゃねーぞ」
「えっ、あ、ちょっ、ちょっと待って――」
あかりの呼び止めにこたえず、オレは駆け出した。
木陰から飛び出した途端、まぶしい陽射しがオレを貫いた。
目を細め、空を見上げる。
限りなく澄んだクリアブルーの空が、遠く遠く、どこまでも広がっていた。
両手を伸ばせば体ごとその青に溶け込んでしまいそうな、そんな吸い込まれそうな青空だった。
二度目に迎える高校の春。
なぜだろう。
最近、わけもなく胸の高鳴りを感じることがある。
春の陽気のせいだろうか。
それとも、なにか新しい予感めいたものを感じているんだろうか。
ま、いいか。
とにかく、また、春がやってきた。

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