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穏やかな夜は突然の襲撃によって破られた。
火矢が打ち込まれ、村は炎に包まれ馬蹄の響きが村人を襲った。
逃げ惑う村人を馬上の騎士の刃が容赦なく追い立てる。
村は突然の殺戮の場と化した。
村を焼く火がその場の凄惨さを浮かび上がらせていた。
その中を一隊の整然とした騎馬隊が駆けていった。
それを出迎える騎士達の姿が現れると、騎馬隊は歩調を緩め先頭の男が地に降り立った。

騎士 「大隊長殿、こちらです。」

大隊長と呼ばれた男は、全身黒尽くめの鎧に身を固めた大柄な騎士である。
身の丈は2M程もあり、他の騎士達よりも頭二つ分ほど抜きん出ている。
装飾らしきものはフルフェイスの兜に付いている二枚の羽のみ。
部下に案内され、大隊長が向かった先には焼け落ちた建物の前に倒れている一人の女性がいた。
まだ若い女性である。年の頃は十代の後半であろう、まだ幼さの残るその顔は美しい。
身に着けている真っ白な衣装は彼女の清楚さを表しているかのようだった。
気を失っているため、その瞼は閉じられていた。

大隊長 「この女か・・・」

大隊長は女性の前で屈みこんだ。
傍らに立つ一人の騎士から水晶のような玉を受け取ると、その女性の額にかざした。
まるで月の明かりを集めるように、玉は輝きはじめ女性の額に紋様が浮かび上がると、 強い光を放った。
それも一瞬のことで光が弱くなっていった。

大隊長 「うむ、間違いない。」

傍らの騎士に玉を渡すと、大隊長は立ち上がり部下に命令を下した。

大隊長 「女を収容しろ!」

外套を翻し、その場から立ち去ろうとしながら一人ごちた。

大隊長「何もここまでせずとも・・・」

今回の襲撃に対する言葉であることは明白であった。
その言葉が終わらないうちに背後から若い男の声がかかった。

「ドウエル皇帝陛下の特命である。」

いつからそこにいたのか、フードを目深にかぶった男が大隊長のそばまで歩いてきた。
全身を覆う外套がその男の姿を不確かなものにしている。
身の丈は大隊長よりもわずかに低いばかりで相当の長身であることがわかる。
フードの下から見える口元からはその端整な容姿が窺い知れるが、およそ感情などは全くわからない。

フードの男 「『あの娘、必ずや拘束せよ。』とのこと。」
大隊長 「あの女、一体・・・」

男は大隊長をちらりと見やると、

フードの男 「貴公は知らずともよい・・・。」

何の感情も表さず、それが当たり前のことであるように男は歩き出した。
大隊長は黙して男の後姿を見送ると、自らも騎乗し村を後にした。
後には、凄惨な襲撃の現場が残されるのみであった・・・。

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山の中腹に一人の若い女性が立っていた。
年の頃は二十台の前半であろうと思われる。
白皙の美貌の女性で、漆黒の髪は長く腰に届く長さである。
一見すると若い美貌の女性であるが、何か底しえぬ雰囲気を身に纏った女性である。
彼女の身に着けているものが、闇の色をした一風変わった鎧であることがその原因かもしれない。
女性は山から下に広がる森を見つめていた。
山の木々がざわざわと音をたてると、その木々の中から一頭の巨大な獣が姿を現した。
木々よりもはるかに大きい獣であった。

女性 「緑牙竜フェルブランド・・・」

女性は一人つぶやくと、地を蹴り山を跳ぶように駆け下りていった。

同じ頃、森の中では一人の青年が旅の途中で手にした新聞の号外を見ていた。
まだ若く精悍な表情をしている。
栗色のクセのついた髪を赤いバンダナで顔にかからないようにし、体にはこれもまた赤い色の鎧を身に着けている。

青年 「『戦争の機運高まる。』・・・か。」

空を見上げ、嘆息した。

青年 「ただの噂ならいいが・・・。」

・・・と先から馬蹄の響きが聞こえてきた。
ひとつやふたつではない。

青年 「・・・?」

青年はその音を確かめようと森の道を走った。
森の三叉路で騎馬の一隊とすれ違った。
その騎馬隊を呆然と見ていると、後から来た騎馬二人の前に立ちふさがる形となった。
馬がいなないて棹立ち、青年の前で騎馬が止まった。

騎士 「何者だ!?」

騎乗している騎士は青年に誰何すると、もう一人の騎士も声を上げた。

騎士 「バージルの傭兵か?」
騎士 「答えろ!!」

居丈高に青年に槍を突き出し、青年を恫喝した。
青年は咄嗟に、腰の大剣を引き抜き、槍を払った。

青年 「何をするんだ!」
騎士 「貴様ぁ!刃向かうか!!」

騎士は再び青年に槍を向けた。
と、その時。
地面が揺れ、青年も騎士達もバランスを崩した。

騎士 「こ、これは!?」

地面が揺れ、馬が恐怖にいなないた。
地響きとともに、フェルブランドが現れた。
圧倒的な存在である。
騎士は馬首をめぐらし、一目散に逃げ去った。
フェルブランドは騎士には目もくれず、前に呆然と立つ青年に向き合った。

青年 「何だこいつは!?」

鋭い爪が青年を襲った。
青年は手にした大剣で防ぐが、身体ごとその圧倒的な力に振り回されてしまった。

青年 「くっ!!」

青年 「このままじゃ殺られる!!」

青年は後ろにいったん、跳び下がると走って逃げ出した。
しかし、フェルブランドは木々を薙ぎ倒しながら、青年に追いすがる。
青年は倒れてくる大木を避け、前に倒れこんだ大木を飛び越え懸命にフェルブランドの追撃から逃れようと懸命である。

青年 「なんて奴だ・・・」

もう少しで森から抜けられるところで、青年は一度一息ついた。
背後には咆哮をあげながらフェルブランドが迫ってきていた。
森の出口の岩壁に青年は追い詰められてしまった。

青年 「来る!」

青年は剣を構えた。
フェルブランドの爪が容赦なく青年に降りかった。
剣で払いのけようとするが、その力の前に青年は振り回され、吹き飛ばされそうになった。
その時、岩壁の上から闇色の鎧を身に着けた女性が飛び降りてくると、そのまま青年を抱え近くにあった岩の後ろへと身を躍らせた。
一瞬の出来事にフェルブランドは標的を見失うと、まるで怒りに任せるかのように岩壁に巨体を打ちつけていた。
巨石が辺りにバラバラと降り注いできたが、青年と女性の隠れた岩場まではそれも届かなかった。
青年は自分を救ってくれた女性を見ると、

青年 「君は!?」

咄嗟に疑問が声に出た。
女性はそれには答えず、青年の口に手を当てると、

女性 (黙って。)
女性 (死にたくないならね。)

小声で囁いた。
傍らでは未だ、フェルブランドが岩壁に身体を打ち付けていた。
二人はそのままの体勢でじっと身を固めていた。
しばらくしているとフェルブランドは標的を探すのをあきらめたのか、身体を反転させゆっくりと森の中へと戻っていった。
二人はフェルブランドの足音が遠くなったことがわかると、ゆっくりと立ち上がった。

青年 「君のおかげで助かった。」

青年は礼を言った。
女性は礼に答える気はないようで、フェルブランドの消えた森を見つめていた。

青年 「いったい、奴は何なんだ?」

青年にとっては初めてみる獣であった。
疑問が口をついて出たのは当然のことであった。
それに対する女性の答えは衝撃にあふれていた。

女性 「ドラゴンよ。」
青年 「ドラゴンだって!?」

青年は驚きを隠しきれなかった。
伝説上の生き物であり、それまでその姿を見たことはなかった。
ましてや青年の故郷である村の、これほど間近に存在していることが信じられなかった。
しかし、女性は青年の疑問に答える気はないようで、考え込んでいたと思うと、

女性 「でも変ね・・・。」
女性 「あの村はドラゴンなしで落とされたはずだけど・・・。」

独り言のようにつぶやいた。

青年 「村・・・?」

訝しげにたずね、はたと思いつくように叫んだ。

青年 「セレスの事か!!」
青年 「じゃぁ、あの連中は!!」

騎士達がなぜ、このような田舎にいたのか先程まで疑問だったが、その理由に愕然とした。 青年は村へと走り出した。

女性 「今行ったところで、何もないわよ。」

後ろから女性の冷静な声がかかった。
青年はいったん、立ち止まると、

青年 「セレスは俺の村なんだ!!」

そう叫び、そのまま走り去っていった。
女性はその後姿を、見ていると
女性の鎧の胸の部分が光りだした。
その部分には、一つの玉がはまっていた。 その玉が光りだしたのだった。

女性 (これは・・・!?)

それまでまったく感情を表さなかった女性に驚きがはしった。

女性 (あの男・・・いいえ・・・まさかね。)

女性はそう否定しながら、青年の走り去った方角を見つめていた。

青年は森を抜けると、村を一望できる丘へとさしかかった。
そこに見える景色は青年が見慣れた景色ではなかった。
焼け落ちた村が眼下に存在していた。

青年 「くっ!!何て事だ!!村のみんなは!?」

青年は丘を一気に駆け下っていった。 inserted by FC2 system