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幻想のアルテミスのオープニング


(○月×日午後9時ごろ、生駒アクトレス・スクールの2回生 高原かおる(17)、同学園校舎の屋上から飛び降り 全身を強く打って死亡……)
(遺書などはなかったが、現場の状況から警察では自殺と見ている……)
(……か。ふうん…… でもそういえば、この生駒アクトレススクールって……)
(女子専門の芸能学校で、確かトップクラスの女性アイドルをいっぱい送り出してるんだよな……)
(このかおるって娘も、写真で見る限り抜群の美人だよなあ。もったいない……)
(……まあ、オレには一生関係ない話だけどね。死んだ親父ならともかく……)


さびれた探偵事務所の一室。

(ここはオレの探偵事務所。そしてオレは所長の日下部恭一──。)
(……なんちゃって、な。実際にはオレは一介の大学生で、ここは死んだ親父の探偵事務所だった場所だ。)

(いまオレは、このカビ臭い事務所をどうしたモノか、思案に暮れている……)
(親父の最期は、ごく普通に病床で迎えた。探偵なんてヤクザな商売のクセに畳の上での大往生だった。)
(この事務所を残してくれたのはいいとして……オレにどうしろってんだ。探偵稼業を継げとでもいう気か?)

(いまの日本では、探偵という仕事に免許はいらない。看板さえ上げれば誰でも探偵を名乗れる。)
(といって、オレ自身が探偵になるのは別問題だが……まあ、正直言って、親父の仕事に興味がないワケじゃなかった。)
(ハードボイルドなんていまどき流行るかどうかわからんが、小説や映画によくあるシチュエーションにワクワクするのも事実だ。)
(絶体絶命の美女、間一髪でそれを助ける敏腕探偵……男としては憧れないハズもない。)
(もっとも、そんなシチュエーションがゴロゴロしてたら苦労はない。現実は地道で過酷な商売だ……)
(小遣い稼ぎで親父の仕事を手伝ったこともあるからな。どんな仕事か、オレも良く知っている。)
(あんなハードワークがオレに勤まるかね……やっぱり、この事務所は閉めるしかないかも……)


事務所のドアを誰かがノックする。

(ん? 誰だろう……もしかして仕事の依頼とか?)
(そんなまさか……うん、きっと電気か何かの集金人だ。いないフリいないフリっと……)

再びノックが。

(……ああもう、しつっこいなあ。早く帰ってほしいんだけど……)

「あのー、すみませーん、誰かいませんかぁー?」

(ん……いたいけな女の子の声! まさか、もしかして!?)

恭一「……は、はーいっ、ただいま!」

ドアを開けて現れたのは、キャリアウーマン風の女性。

(……あ、あれ?)

「ほーら、言ったとおりでしょ、江里子おばさん。」

傍らにいる眼鏡をかけた女子校生風の少女が、その女性に笑いながら話す。
いかにも活発そうな風貌。2人して「いたいけな女の子」とは程遠い容貌だ。

少女「どうせ集金人か何かだと思っちゃうだろうから、『いたいけな女の子』が呼びかけてみないと……ね?」

(……み、見抜かれてる……)

少女「ふーん……でも、あなた……」
(……な、なんだ?)
少女「ズバリ、新米の助手ってトコでしょ。……どう? 見たカンジ、ちょっと頼りなさそうだもんねぇ。」
女性「いきなり失礼よ、良子さん。あの……こちら、日下部探偵事務所ですわよね?」
恭一「えっ? は、はい、そうですけど。」
女性「すみません、私、生駒江里子と申します、それから、こちら……」
少女「生駒良子。江里子おばさんの遠縁にあたります。」
恭一「……生駒?……」
江里子「ああ、失礼。実は私、生駒アクトレススクールという学園の理事長を務めている者でして……」
恭一「えっ!? ま、まさか生駒アクトレススクールって、あの……?」
良子「あっ、知ってた。エライエライ。ちなみにぃ、あたしもそこの生徒。」
恭一「え、というと、キミもタレントのタマゴ……?」
良子「ん〜……ちょっとちがうんだ。まあワケありでね……ヘヘッ。」

江里子「あの……それで、失礼ですけど所長さんはどちらに?」
恭一「所長……あ、親父ですか?」
江里子「あら、あなた息子さんでしたの?」
恭一「あ〜……その……父は先日病気で亡くなりまして……」
江里子「何ですって? まあ……!」
良子「あら〜っ……ホントに? お悔やみ申し上げます〜。」
恭一「ど、どうも……そんなワケで、いまはとりあえずオレが所長なんですが……」
良子「そうなの? なーんだ、ガッカリ……せっかくだけどムダ足みたいね、江里子おばさん。」
江里子「…… 良子さん……いいわ、決めました。この方にお願いしましょう。」
良子「えーっ、それってムチャよ! だってこの人、どう見たって探偵らしくないじゃない。」
(……否定はしないけど……本人を目の前に、そんなハッキリ……)
江里子「いいの。考えてみれば、その方がかえって好都合かもしれないわ。あの……すみません。よろしければ、私達の依頼をきいていただけませんでしょうか。」
恭一「は、はあ……え〜と……あの、何ぶん急な話なので…… (だいたいオレは事務所を継ぐかどうか決めてないんだぞ。そんな俺に仕事を依頼しようなんて……)」
江里子「すぐにとは申しませんけど……よければ、これから私どもと一緒に学園まできていただけます? 詳しい話は、そちらでさせていただきましょう。いかがですか?」
恭一「学園……つ〜と、生駒アクトレススクール……ですか?」
江里子「ええ。」

(……アクトレススクール……アイドルタレント養成所……女の子がいっぱい……)
(お、おい、バカなこと考えるなって!……いや……しかし……)
(……)
(話をきくだけだ。話を……そうだろ、恭一? よし!)

恭一「わかりました。ごいっしょさせていただきます!」


舞台上で芝居の練習をする、活発そうな少女。
音楽室でピアノを弾く、内気そうな少女。
レオタード姿でダンスレッスンに励む、勝気そうな少女。
ベッドの中でまどろむ幼い風貌の少女。目を開けて窓の外を見ると、彼方から1台の車がやってくる。


(生駒アクトレススクールは、予想とちがい、市外から数時間も離れた場所にあった。)
(リゾート施設として予定されていた建築物群を、何かの事情で校舎として活用しているらしい。)
(まわりは森、交通は車だけ……おいそれと帰ることはできない。まさに陸の孤島だった。)


スクールの理事長室。

江里子「……すみません。いきなりこんな遠い場所まできていただいて。びっくりしましたでしょ。」
恭一「……ええ、まあ……」
江里子「ここの環境は、余計なことにわずらわされることなく、一流タレントを養成するのに最適なんです。講師陣も一流をそろえています。まあ、少々不便ですがね…… ところで、さっそくですが依頼の件についてお話します。高原かおるの一軒はご存知ですか?」

恭一「(やっぱりアレか……そんなことじゃないかと思ってたんだ。) ……ええ、新聞で読みました。あれって確か、自殺だと……」
江里子「も、もちろんそうです。そうに決まっていますわ!」
恭一「?」
江里子「……ただ……彼女はこの学園でも人気・実力共にトップクラスでした。おまけに遺書もありませんでしたから、自殺の動機がまったくわかりません…… そのため、生徒たちの間に動揺が生じていて、学園生活にも支障をきたすようになっているんです。」
恭一「なるほど、つまり彼女の自殺の動機を調べてほしいというワケですね。」
江里子「ええ……それがはっきりすれば、生徒たちもきっと落ち着くと思いますわ……」

(……という単純な話じゃはさそうだな、いまの彼女の反応からすると。ひょっとして、自殺じゃなく他殺だったなんてコトも……)
(とはいえ、ここで退いたら男がすたる。こんなとこまできて怖気づいててもしょうがない。事務所再興のためでもあるし……)

恭一「わかりました。オレでよければお引き受けしましょう!」
江里子「よかったわ、日下部さん……何とぞよろしくお願いします。」
恭一「はいっ!」
江里子「では、すみませんが私はこれで。あとは良子さんに頼んでありますから……」
恭一「え?」

良子「ハーイ、新人探偵さん! お話はおわった?」
恭一「(こ、この娘か……) いちおう、話はうかがったけど。」
良子「ヘヘッ、おばさんからあなたの助手をするように言いつけられたの。ま、ヨロシクね、恭一さん!」
恭一「よ、よろしく……え〜と……」
良子「ああ、良子でいいわ良子で。」
江里子「それじゃあ良子さん、さっそく案内してあげて。」
良子「了解! それでは探偵さまおひとりごアンナーイ、っと。」

2人は学園の寮へとやって来る。

良子「ここがあたしたちの女子寮よ。いわば女の園ね。」
恭一「……は、はあ。」
良子「や〜、ここに足を踏み入れられるなんてまさに探偵の特権ね! どう、うれしいでしょ?」
恭一「そ、そうだね……いや、そんなコトないよ!」
良子「はいはい、ムリしないの。じゃ、どうぞ中の方へ。」

良子「ああ、そっちじゃないの。こっちこっち!」
(……建物のハズレの方へ……?)

やってきた一室は、質素な机と椅子とパイプベッドがあるだけで、コンクリートの壁やパイプが剥き出しの殺風景極まりない部屋。

恭一「あの……良子さん、この部屋はいったい……?」
良子「だからぁ、あたしは『良子』でいいってば。あまり水クサいのキラいなの。」
恭一「そ、そう? じゃ、良子……それで、この部屋は?」
良子「あら、おばさんから聞いてない? あの人も意外とそそっかしいのね…… ほら、ここって街から遠いでしょ? 毎日通えるってロケーションじゃないわよね。だから、恭一さんには捜査の間、ここで寝泊りしてもらうってコトにしたの。」
恭一「え゛ーっ!」
良子「まあ確かにこの部屋は、ちょっと『え゛ーっ!』だわよねえ。お金がなくなって内装までできなかったっていう、イワクつきの部屋だけど……」
恭一「……そ、そうじゃなくてさ、だってここ、女子寮の中じゃあ……」
良子「……うーん、それがね、他にいい空き部屋がなくって。けど、女の子達とひとつ屋根の下よ? こーんなおいしいシチュエーション、滅多にないんだからいいじゃない。」
恭一「そ、そういう問題じゃ……」
良子「あ、じゃあ江里子おばさん、あのことも伝えてないかな?」
恭一「あのこと?」
良子「そう。ここは女の子だけの学校だから 男性の部外者がウロウロするとまずいでしょ。まして探偵なんて、ねぇ…… そこで、恭一さんには臨時講師という肩書きで動いてもらうことにしよう、って。あなたが探偵だって知ってるのは江里子おばさんとあたしだけ。ウフ、ちょっとスリリング?」
恭一「ちょ、ちょっと待って! オレが講師? 芸能学校なんかで何を教えろっての?」
良子「大丈夫よぉ、講師ヅラしてほっつき歩いてりゃいいの。要は怪しまれなきゃそれでいいのよ。いくらなんでも、あなたにレッスン持たせるなんてムチャはしないわ……アハハハ!」

(……ダメだ、このままだと彼女のペースに飲まれてしまう……)

良子「じゃ、とりあえず捜査に出てみる? いちおう、新任の講師がきてるって話は学園に伝えてあるわ。」
恭一「そ、そうだね……わかった。」
良子「あたしも学園内にいるけど……まぁ、たいていはここにもどってくれば会えるわ。聞きたいこととか調べてほしいことがあったら、この部屋にもどってきて。」
恭一「ああ……じゃあ、ボチボチ行きますか。」
良子「はい、行ってらっしゃ〜い!」

(さて、親父から教わった探偵の基本は? そう、『情報は人にあり』だ……)
(人には何度でも話を聞くこと。同じ話でも、2度も3度も聞きこむとちがうことを話してくれたりするもんだ。)
(現場を調べるのも同じだ。何もありそうになくとも、丹念に調べていれば何か見つかるかもしれない。)
(いずれにしろ、足を使って調べることが大切だ。行ける場所は丹念にまわらなきゃな……)
(それと、集めた情報を整理する『証拠検証』も重要だ。推理を展開し、真相を見極める大切な作業だよな。)
(とりあえず、良子の用意してくれた部屋が事務所がわりになる……証拠の検証作業はあそこでやろう。)

(用意はいいかい、恭一さんよ? それじゃ、行くとしようか。)


学園を舞台に、恭一の捜査が始まる── inserted by FC2 system