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おおかみかくし黄泉比良坂編オープニング

……………
…………
……
どこかでなにかが鳴っている。
単調で硬い音だった。
それが止むことなく聞こえてくるが、
私にはそんなものに耳を傾けている余裕なんてない。

目の前には、カチカチと歯を鳴らしながら私を見上げる

女の子の姿……

そこで初めて、私は呼吸が乱れているのに気づいた。

監督 竜騎士07




「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

吐く息が、耳の奥で焦げついたような警鐘を鳴らす。

喉が渇く……
焼けるように喉が渇く……

渇く渇く渇く……
渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く
渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く
渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く
渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く渇く……

……………
…………
……
……だったら、この渇きを潤せばいいんじゃないかな?

そうだ、そうしよう!
幸いにも目の前には、こんな美味しそうな匂いが溢れているじゃない
こんな匂いを漂わせて、まるで食べてほしいって誘っているみたい…
ご馳走が目の前に転がっているんですもの
食べないなんて、ありえないわ。

あぁ……きっと、口中にいっぱい広がる香りは、私を幸せな気分にさせてくれる。
この渇きも十分に潤せる……
いえ、きっとこれだけじゃ足りないわ。
私はまた、ご馳走を求めてフラフラとこの町を彷徨う……

でも安心ね。
ここには、たくさんのいい匂いが漂っているんだから、
当分、困ることなんてないわ。
さて、まずはこの素敵なご馳走を味わうのが先ね。
この甘美なご馳走をー

キャラクターデザイン PEACH-PIT



ーご馳走?
ご馳走なんて、どこにあるの?
目の前には、私と同じニンゲン……それが、ご馳走??

混乱する頭を抱えながら、ゆっくりと目の前のソレに目を向ける。


「ア、アハハ……はぁ……………」

自分の意思に反して、頬肉がニタリと歪んでいたのが、自分でもよくわかる。

目の前の女の子は、恐怖に引きつった顔を向けていた。

女の子
「あ……あぁ……………」

『ち、違う!私はそうしたいんじゃない。
お願いだから、そんなに脅えないで!
そんな目で見ないでッ!!』

アハハハハハっ!

可愛い
こんなに脅えきった目をしちゃって。

でも、そんな顔したってだ〜〜〜め!
ご馳走はご馳走。
美味しく食べてあげるんだから、もっと喜びなさい。

『待って!食べるって何?
まさか人間を食べるって言うの?』

『冗談じゃない。そんなの食べれるわけないじゃない!
人間が人間を食べるだなんて、聞いたことがないっ!!』

何を今更のように言っているの?

さっきだって、若い男を『食べた』ばかりじゃない。
ニンゲン一人を……

あのニンゲン、ちょっと色目を使ったら、
ほいほい暗がりまで付いてきたわね。
アハハ、バッカみたい。

この期に及んでそんなことを言っても、もう引き返せないって言うのに。

『人間を……食べた?』

……そうだ。
私は確かにニンゲンを『食べた』

それは、抗えない甘美な魅惑だった。
あたり一面に溢れる魅惑的な匂い……
おまけに、私はカラカラに喉が渇いている。
抑えつけても抑えつけても、内から沸き起こる衝動は、
とても抗いきれるものじゃなかった。
そして、ついに私はー

音楽 伊藤 賢治



『ああ……私は……………』

美味しい…とても美味しい……
美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味
美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味
美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味
美味美味美味美味美味美味美味美味美味美味……

おおかみかくし



……………………………………
本能のままに口を吸い続けると、女の子(えさ)は
ピクリとも抵抗を示さなくなっていた。
そこで、ようやく口唇を離す。


「……」

目の前に横たわるは、『女の子』の姿だった。

なぜか彼女から先ほどまで漂わせていた甘い香りは、微塵も感じることができない。
もはや、餌ではなくニンゲンだった。
そう気づいた時、私は身体中から、フッと力が抜けていくのを感じた。

それと共に、またさっきまで感じていた喉の渇き……
まるで呪いでもかけられたかのように、身体には衝動が刻み込まれていた。

いや、実際に私は呪いにかけられたのかもしれない。
いったい、私はどうなってしまったんだろう?

(チリン…)


「ッ!?」

未だ現状を整理できないまま立ち尽くしていると、
どこからか鈴を鳴らすような音色が聞こえてきた。

凛として、心の奥に響く音色……
私はその音色になぜか戦慄を覚えた。
全身から嫌な汗が、滝のように流れてくる。

身体中で感じる恐怖……
正体はわからないけど、私は知っている。
それはまぎれもなく、『死』を運んでくるものだ。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

さっきから耳の奥で、自分の呼吸が耳鳴りのように聞こえてくる。

地鳴りのような騒がしさに、ああ、そうかと思った。

今夜は、年に一度の楽しいお祭りの夜……
うるさくて当たり前だ。

けれど、その騒がしさとは裏腹に、辺りには人っ子一人通らない。
軽快に響いていた祭囃子に聴き入る見物人もいない。

……それはそうだ。
今、私がいる『ここ』は、華やかな祭りとは無縁の『場所』なんだから。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

駆け抜けるは、先も見通せない程の闇の中。

それでも、後ろを振り返ることなく必死になって足を動かす。
身体の感覚なんてとっくになくなっているけれど、止まるわけにはいかない。

この闇さえ抜ければ私……
ここさえ逃げ出せれば、なんとかなる。

そう…
私は必死になって『逃げて』いた。
何から『逃げて』いるのかさえわからない。
辺りに響くのは、私の足音と荒い呼吸の音……
他には何も聞こえず、何も見あたらない。
けれど、私は『追われて』いたー

今まで私が過ごしていた、平凡な、何の刺激もない
人生からは、到底考えもつかない出来事。
それは、何の前触れもなしに唐突に起こった。

どう動くべきか、何が最善なのかは分からない。
ただ私は、震える膝を押さえつけて、闇雲に走った。

暗闇を走る

どうしてこうなってしまったのか……
どこからこうなってしまったのか……
そんなことは、当の私自身が知りたい。

…………………………………………

そう、確か私は課題を仕上げるために、
研究の一環としてこの町を訪れたのだ。

ーその後の記憶は曖昧だった。
確かそんなことを考えてて、それからどうしたのか……
気がつけば、私はこうしていた。

ここ数日間の記憶が曖昧なまま、私は町中にいた。
町ではいつの間にか、昔から続く祭りが始まっていた。
随分と気分が悪い日々が続いたような気がしたけれど、
気がつけば、妙に清清しい気分だった。
世の中には、とても良い匂いが溢れかえっている。

それは、今までに嗅いだことのない魅惑的な香りで、
いつまでもその香りの中に包まれていたいと思った。

そして……
そして、私は……


「……」

どこをどう来てここに辿り着いたのか……
私はこの場所にいた。
暗闇の中、姿なんかぜんぜん見えない……

けれど、私はすっかり取り囲まれてしまっているのに気がついた。

どうしてそんなことがわかるのか……
理由はさっぱりわからなかったけれど、とにかく私は
それがわかるようになっていた。

(チリン…)

ぼんやり立ち尽くしていると、私を取り囲んでいたものが目の前に姿を現す。
どうやら向こうには、さらさら姿を隠す気なんてないようだ。

同時に私は、それが逃げられない『死』というものなんだなということを悟っていた。

空を見上げる。

空には真っ赤な月。

あたり一面の赤……
赤い海……
私が最期に思い浮かべたのは、どうにも頼りないあいつの
仏頂面だった……


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