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ToHeart・エンディング(来栖川芹香)
*主人公の名前はデフォルトの「藤田浩之」にしてあります。

「………」
教室から出るなりの廊下で、来栖川先輩に会った。
「いよう、先輩。なにやってんの?えっ、オレに用?」
どうやらまた教室の前で、オレが出てくるまでずっと待ってたらしい。だったら声かけて呼んでくれりゃいいのに、相変わらずだな。
けっこう積極的なくせに、変に要領の悪いとこがある。まあ、その辺がじつに先輩なのだが。
「で、用ってのは?」
オレが聞くと、
「………」
先輩はうつむいて、なにやら恥ずかしそうに言った。
「えっ?薬が完成したって?」
こくん、とうなずく。
「へえ。で、薬ってなに?」
笑顔でそうたずねると、
「………」
「え、なに?この前、廊下でオレが作ってくれって言ったって?ホレ薬!?」
そんなこと言ったっけ?いや、まてよ。たしか――。
(ちょっとだけ回想)
「あ、そうだ。やっぱ魔法の薬ってんなら、アレがいいや。そう、ホレ薬!」
「………」
「えっ?それをどう使うかって?へへ、決まってんだろ?目の前の先輩に飲ませるんだよ。そんで、オレのこと、好きになってもらうんだ」
「………」
へへへっ、照れてうつむいてしまった。ちょっとした冗談なのに。
「というのは、まあ、冗談として――って、ええっ!?頑張って作ってみますって!?ホレ薬を!?マ、マジかよ!?」
こくん。
 (回想終わり)
「あっ、言った、たしかに言った!えっ?じゃあ、それが完成したのか?」
こくん。うなずく先輩。
「え?いまから効果を試すから、部室まで来てください…って?」
効果を試すって…。
それってつまり、その薬を飲んで、オレを好きになるかどうかを試すってことだよな。
でもよく考えれば、その薬を飲むってこと自体が、すでに好意的な証拠だから、どっちに転んだとこで…。
おいおい、マジかよ。自然と顔がにやついてしまう。これはもう、部室に行くか行かないかで、答えを出せってことだよな。
オレは、そんな先輩の気持ちに…
 (選択肢「こたえるぜ!」を選択)
もちろん、こたえるぜ!人づき合いが苦手な先輩の、不器用な愛の表現だ。当然、こたえてやらなきゃな。
「わかった。んじゃあ、行こうぜ。その魔法のホレ薬とやらが本当に効くのか、さっそく試してみようぜ?」
オレが言うと、先輩は恥ずかしそうに、
「………」
こくん、とうなずいた。か、可愛すぎるっ!
 (部室棟の廊下へ)
オレと先輩は、オカルト研究会の部室前へとやってきた。中に入る。
 (オカルト研究会部室の中)
オカルト研究会部室。中は…相変わらずだな。不思議な香り。ろうそくの炎。
ぼんやり中を観察していると、いつの間に着たのやら、先輩が、例の魔法使いの格好で現れた。手には怪しい白色の小瓶を持っている。
「………」
「え?それがホレ薬?ちょっと見せて」
瓶の中には液体が入っていた。ろうそくの炎に透かして見る。
いちおう、ヘビやトカゲは入っていない。もっとも、煮込んでとけちまったっていう可能性もないわけではない。その辺は…聞かないでおこう。
「これを飲みゃあいいのか?え?飲んで最初に見た人を好きになるって?うーん、ちょっとマユツバだな」
「………」
「あ、べ、べつに疑ってるわけじゃないぜ。ただちょっと、そんなのが本当に作れるのかなーって思っちゃったりして」
結局は疑ってるか。
「………」
「えっ?私が飲んでみますって?オレのこと好きになったら成功だって?」
こくん。うなずくと、先輩はオレから小瓶を受け取り、ふたを開け、コクッとひとくち飲んだ。
「…の、飲んだ」
「………」
飲み終えた後、先輩は、まるでアルコールでも飲んだみたいに顔をほてらせ、ぽーっとした表情になった。
その色っぽさに、オレは思わず、ゴクッとつばを飲み込んだ。
先輩は、ゆっくりと、その顔を上げた。
「………」
オレの顔をじーっ…と見つめる。かすかにうるんだ瞳に、オレの顔が映っていた。
ど、どうしよう。見ちまったよ。オレのこと。
「…せ、先輩。惚れた?」
オレがぎこちなく笑って聞くと、先輩は、
「はい…」
こくん、とうなずいた。
「な、なんだか、嘘くせ〜な〜」
オレは苦笑して言った。
「だってさ、それって先輩が作った薬だろ?そんなの先輩がうなずいてりゃ、絶対にわかんねーじゃんか」
「………」
先輩は困った顔をした。
「あ、いや、なんていうか、その…」
「………」
「え?オレも飲んでみますかって?胸がドキドキしますからって?そ、それって、オレに好きになって欲しいってこと?」
「………」
先輩は恥ずかしそうにうつむいた。
「もちろん、オレも飲むけどさ」
オレは小瓶に口を当てると、残った液体をコクッと口の中へと運んだ。やたっ、間接キス!それだけでも得した気分だぜ。
コクッ、コクッ。オレはのどを鳴らして、小瓶の中身を全部飲み干した。
「………」
そのとき、先輩がなにやら「…あっ」とつぶやいたが、はて、なんのことだろう?
飲んでみて、まず思ったことは。――ま、まずい。そのひと言に尽きた。
だが仕方あるまい。良薬、口に苦しだ。味から原材料を想像する…と、気持ち悪くなるからやめよう。
ふと見ると、先輩はさっきから、なにやら不安げな表情で、オレを見守っている。
あっ、もう顔を見ちまった。これでオレはもう、先輩が好きになるってわけか。しかし、これまた結果はあいまいだ。薬が効く効かないに問わず、オレは先輩のことが好きなのだから。
「………」
なんだか顔が熱い。火照る。
「…はぁ」
オレは息を吐いた。さっきの薬、マジでアルコールが入ってたんじゃねーのか?
「………」
あー…、効くー…。
そういえば、たしかに、なんとなく、胸がドキドキして、先輩への想いが膨らんできたような気がする。
…ああ、先輩。…相変わらず、なんてキレイなんだ。
…そのつややかな長い黒髪、うるんだ瞳、白い肌。…奥ゆかしい性格。
…せりか。…そんなに、オレを見つめないでくれ。…なんだか、急に胸が切なくなって――。
そのとき、
「………」
先輩がオレの名前を呼んだ。
「…えっ?」
その瞬間、はっとなった。夢から覚めたような気分だった。
「え、効いてきましたかって?さ、さあ、オレはよくわかんねーけど。先輩は?」
「………」
「え?効いてますって?」
こくん。
「じゃ、じゃあ、いま、オレのことを好きな真っ最中なのか?」
こくん。
「ホ、ホントか?」
こくん。うなずく先輩。
うっ、ううっ、かっ、可愛いっ。オレのことが好きだってよお。
不器用なお嬢様からの、ちょっとおかしな愛の告白。
く、くう〜っ。もう、辛抱たまらんっ!
「先輩!」
オレが手を広げて言うと、
「………」
先輩は近寄って、オレの腕の中にその体をあずけてきた。
 (抱きしめあう2人)
オレは先輩を抱きしめ、そのつややかな髪をなでた。いい匂いがする。
「………」
先輩はうっとりと目を細めて、オレに身を任せている。
全身の力を抜いている。オレのことを、心から信頼しきってるって感じだ。
先輩。なんて可愛いんだ。いとおしさがあふれてくる。
オレのことを好きだと言う先輩。オレだって好きだ。大好きだ。
こんな薬なんか飲まなくたって、気持ちは変わらない。
オレ、なんでこんなに、先輩のことを好きなんだろう。少し考えてみた。
綺麗だから?もちろんそれもある。
ちょっと変な女の子だから?最初はそれで興味を持ったのもたしかだ。でも、それだけじゃない。
あこがれと親しさが混同したような気持ちがあって、それに守ってあげたくなるような愛しさがあって、そして、つい甘えたくなるようなところもある。
好きになるところがいっぱいありすぎて、はっきりここだとは答えられない。それほど好きだ。
「………」
だから、こうしているのも当然うれしいに決まっている。決まってるけど…。けど…。
「なあ、先輩」
オレはささやくように言った。
「オレ、うれしいけど、すんげーうれしんだけどさ。でも、でもこれは、なんか違う気がするな」
「…?」
先輩はちょっとわからない顔をした。
「だって、いま先輩が感じている『好き』って気持ち、それって薬のせいなんだろ?」
「………」
「だったら、薬の効果が消えたらその瞬間、酔いが覚めるみたいに、オレのこと好きでもなんでもなくなっちゃうのか?」
「………」
「それって、なんか、悲しいぜ」
「………」
「そんなんじゃないんだ。オレが聞きたいのはそういう『好き』じゃないんだ」
「………」
「オレは好きだぜ」
「………」
「こんな薬がなくても、先輩のこと、ずっと前から大好きだった」
「………」
「だから、できれば『薬を飲んでない先輩』とこうしていたかったよ」
「………」
すると、先輩は、
「………」
しばらく考えてから、ぽそぽそと耳元でささやいた。
「………」
「なに?えっ、先輩もオレのこと、前から好きだったって?ほ、ほんとか?」
こくん。胸の中で先輩は小さく、でもはっきりとうなずいた。
「先輩…」
じーんと感動がこみ上げてきた。だが、それも束の間、先輩は『――大切なお友だちですから…』と続けた。高まった感情が、へな…っとなえる。
「…な、なんだ。…は、ははは。先輩の言う好きって、そういう好きか。…そ、そうか。そうだよな。勘違いしちまったぜ」
乾いた笑いの後、がくっとうなだれたオレを見て、先輩は聞いてきた。
「………」
「…えっ?オレの言ってる好きはどういう意味かって?…そうだな、先輩が言ってるみたいな『友だち』って意味じゃないんだ。なにが違うかっていうと、えーと、こうして抱き合ったりしたくなる関係っつーか」
「………」
「…えっ?いまも抱き合ってます…って?そ、そうだよな。…じゃあ、あと、キスとかしたりさ。――えっ!?せ、先輩もオレとしたいって!?」
こくん。うなずく。
「オ、オレとキス…したいのか?」
こくん。
「…オ、オレの言ってるキスって、お嬢様があいさつで交わすようなキスじゃないんだぜ?もっと深い関係の…男と女のキスのことだぜ?ちゃんとわかってる?」
こくん。先輩は、ほんのり顔を赤く染めて、うなずいた。わかってる…ようだ。
「…ホントにいいのか?」
こくん…。
「…し、して、いいんだな?」
こくん…。
「…じゃ、じゃあ」
俺は先輩の両頬に手を当てた。柔らかく、すべすべしたほっぺただ。
「芹香…」
オレはささやく。
「………」
うるんだ瞳が、オレを見つめている。オレは顔を近づけ、そっと手で先輩の顔をすくうと、優しく唇を重ねた。
「………」
「………」
軽く触れ合うだけのキス。だが、しびれるようなキスだった。
先輩との、初めてのキスだ。
妖しい部室での奇妙な口づけだったけど、そんなことは全然気にならなかった。
――先輩とキスしてる。それだけで、オレの頭の中は、どんどん真っ白になっていく。
白く…白く…どんどん…真っ白に…。
 (ホワイトアウトする視界)
「………………………………」
――っておい!これは、ちょっと行き過ぎなんじゃないのか!?
あらっ。せ、世界が…世界がぐるぐると、ぐるぐるぐると…。
次の瞬間。オレは床にぶっ倒れた。
・・・・・
 (気づくとオカルト研究会の部室)
「…う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
目を開けたオレは、うなる頭を持ち上げた。目の前には、少し困った顔の先輩。
「………」
心配そうにオレを見ている。
「…え?大丈夫ですか…って?いや、まあ、いちおう大丈夫らしいけど、いったいなにがどうなったのやら…」
すると先輩が申し訳なさげな顔で言った。
「………」
「えっ?さっきの薬?じつは、ひとくち飲むだけで十分効果があるって?」
こくん。
「…た、たのむから、今後、そういうことは早めに言ってくれよな。オレ、ひと瓶丸ごと飲んじまったぜ」
先輩は、約10回分いっき飲みです…、と言った。
「勘弁してくれ…」
薬の効果が切れたのは、それからだいたい1時間ほど経ってからのことだった。
「ふう、ようやく切れたって感じだなー…」
オレは天井を見上げて、ひと息ついた。
「………」
「え?あ、もう平気。…先輩のほうは?」
私のほうも切れました…、と先輩。
「そっか…」
「………」
「………」
「………」
薬が切れたか。
「………」
「………」
「………」
「………」
「――いまでも、好き?」
ぽそ…っ、とオレが聞くと、先輩は、
「はい…」
恥ずかしそうにそう言った。
く、くうっっ!辛抱たまらん、パート2!オレは近寄って、先輩を抱きしめた。
 (再び抱きしめあう2人)
「もう一回聞くぜ?先輩はオレが好き?」
「はい…。好きです…」
先輩の甘いささやき。さっきの薬以上にオレをくらくらさせる。
「オレもだぜ。先輩のこと、世界中の誰よりも好きだ」
「………」
「えっ?先輩も?そーか、そーか!」
オレは強く先輩を抱きしめた。先輩も顔をオレの胸に埋める。
たしかな愛を感じる。オレのなかの先輩。先輩のなかのオレ。おたがいに一番大切な者同士。……だけど。わずかに不安な気持ちもあった。
それはふたりを取り巻く世界の違い。先輩は世界に名だたる来栖川グループの御令嬢。片や一方のオレは、しがないサラリーマン家庭のひとり息子。
生まれも違えば育ちも違う。住んでる世界そのものが違うのだ。
ただの友だちならいざ知らず、それが男女の恋愛になった場合…。いずれふたりの前には想像もつかないほど大きな障害が、立ちはだかるような気がしてならない。
「………」
そんなことを考えていると…。
なでなでなでなでなで…。
いきなり先輩がオレの頭をなでてきた。
「…先輩?」
「………」
「えっ?どうしたんですか…って?あ、いや、べつに…」
どうやら、つい深刻な顔をしてしまったらしい。そんなオレを気づかって、先輩が頭をなでてくれた。
なでなでなでなで…。
「………」
「えっ?なにかお悩みなら、ぜひ相談してくださいって?」
こくん。
「いや、だから…」
「………」
「オレは…」
「………」
「なにも…」
「………」
なでなでなでなでなで…。
「………」
「………」
「…へ、へへ、まいったな。先輩にはどうも隠し事ができねーよな」
しょうがない。オレは正直に打ち明けることにした。
「いや、つまんないことだけどさ」
「…?」
「ちょっと、オレと先輩、ふたりの住んでる世界の違いって奴が気になっちまってな」
「…?」
「先輩は来栖川のご令嬢、一方オレはしがないサラリーマン家庭のひとり息子。…ふたりがつき合うのって、やっぱり現実には少し無理があんのかなーとか思ってさ」
「…?」
「だって、ふつうに考えりゃそうだろ。身分の違いをわきまえろって所だもんな」
オレが言うと、先輩は、
「………」
悲しい顔をした。
うっ。それを見た途端、はっとなった。らしくもない、なに弱気になってんだ。そんなつまんねーことで、しりごみしててどうする。
先輩を好きになった以上、当然それくらいの覚悟は――。
「浩之さん…」
そのとき、先輩がオレを呼んだ。いつもどおりの細い声だったけど、そのときばかりは、強く、はっきりと耳に届いた。
「先輩…?」
そのとき、
「………」
先輩はオレのそばに近寄ると、耳元でぽそぽそとささやいた。
「え?儀式をしてもいいですか…って?」
こくん。うなづく。
「儀式…って?」
「………」
「えっ?ふたりの愛がまわりに祝福される魔法の儀式?」
こくん。
そんな都合のいい…。思わず苦笑しようとしたが、
「………」
じっとオレを見つめる先輩を見て、やめた。そのまっすぐな瞳には、強くはっきりと、信じる力が宿っていた。
先輩の魔法。本当にあるかないかじゃない。オレが、信じるかどうか。それが大切なんだ。
「うん。やろうぜ、儀式」
オレは言った。ふたりの愛がまわりに祝福される儀式。それを先輩とふたりで。
ゆらめく炎。そのほのかな明かりを映して輝く、金属の魔法陣。ふたりはその中央に立ち、手を取り合い、同じ言葉を唱える。
 (お互いの指をなめあう2人)
そして、言葉を唱え終わると同時に、針で指先に小さな傷を作り、おたがいの血を口にする。いかにも魔女って感じのダークな儀式だが、不思議と嫌な気はしなかった。
甘く、とろけるような気分。お互いの指をくわえて、血をなめ合う。その、何となくタブーを犯してるような感覚がなんとも官能的だった。
儀式の最中だからか、先輩はいつもよりさらにとろんとした目をしてる。
先輩の舌先がオレの指に触れている。
オレの舌が、先輩の指先に触れている。
キスとはまた違った不思議な感覚の興奮に酔いしれる。先輩への、熱くとろけるようないとおしさが、オレのなかの不安を埋めていく。
愛する気持ちは理屈じゃない。本能なんだ。それを強く感じた。
たとえまわりがどう言おうと、どんな物が待ちかまえていようとも、この熱いものがあれば乗り越えられる。そんな気がした。
ろうそくのの炎に照らされた、オレンジ色の部屋の中。
先輩は魔法で、オレに勇気をくれた。
 (暗転)
春、夏、秋…。季節は過ぎ去り、そして、冬――。
 (再び部室棟の廊下)
「いよっ、せーんぱいっ」
「………」
「なあ、なあ、今日はたしか、先輩の誕生日だろ?」
こくん。
「じゃあさ、今夜は、オレとふたりっきりで、その、パーティ…しないか?じつはオレ、ずっと前から準備してたんだ」
オレが言うと、先輩は、
「………」
なんだか申し訳ない顔をした。
「………」
「えっ?駄目?どうして?」
「………」
「お屋敷で…パーティ?」
こくん。うなずく。
「あっ、そ、そうか、そりゃそうだよな」
オレはぎこちなく笑った。
「先輩は来栖川グループの御令嬢だもんな。お誕生日なんか、そりゃ盛大なパーティするに決まってるよな」
「………」
「あっ、ゴメン!やっぱし、いまのなし!忘れてくれ」
「………」
「今日の用はそれだけ。んじゃ!」
オレは笑顔で手を振って、もと来た廊下を戻っていく。
「…あ」
二、三歩進んで、ふと、立ち止まる。
「そうそう、肝心なこと忘れてたぜ」
振り返って言った。
「?」
「パッピーバースデー、せんぱい!18歳の誕生日、おめでとさん!」
オレが、ぱちっとウインクすると、先輩は小さく、
「浩之さん…」
オレの名をつぶやいた。
 (浩之の部屋にて)
あ〜あ、退屈。せっかく、先輩とパーティのためにって、バイトして、せっせこと金貯めてたんだけどなあ。
しゃーね。今度この金で、先輩になにかプレゼントを買ってってやろう。まっ、オレがバイトして稼いだ程度じゃ、変えるものもたかが知れてるけどな。
「………」
あ〜あ、なんでオレは、中流家庭に生まれちまったのかねえ。来栖川家と対等なくらいの金持ちの家に生まれたかったぜ。
来栖川家以上の金持ちか。そのうち、自分でなりゃいいか。
大学で経済でも学んで、この日本を影から支配するくらいに。
おーし。
いつになることやら…。オレがベットにうつ伏したとき。
プルルルルルルルル…。プルルルルルルルル…。
玄関で電話が鳴った。
階段を降りて、玄関へ。
プルルルルルルルル…。プルルルルルルルル…。
カチャ。受話器を取る。
「はい、藤田です。…もしもし?」
「浩之…さん?」
電話から聞こえてきたのは、細い、まるでいまにも消え入りそうな女の子の声。
名乗らなくてもわかる。オレは思わず目を見開いた。
「どうした?パーティは盛り上がってる?」
「………」
次の言葉を聞いた途端、
「――えっ!?」
オレは思わず大声で叫んでしまった。
「え!?近所の公園!?もう来てる!?わ、わかった。すぐ迎えに行くから!」
ガチャッ。
オレは叩きつけるように受話器を置くと、あわてて靴を履き、着のみ着のまま、玄関を飛び出した。
うおっ、寒っ!だ、だめだ。やっぱり上着を着てこよう。
 (夜の公園にて)
夜の公園。あたりはひっそりと静まり返っていた。遠くには街の明かりが見え、時折前の道路を車が走っていく。
公園の中は、誰もいない…ように思えた。
でも、ここには…
「先輩!せんぱーい!芹香せんぱーい!」
大声でオレが呼ぶと、
「………」
薄暗がりの中、先輩が姿を見せた。
「せ、先輩、その格好は?」
現れた先輩を見て、オレはびっくりした。だ、だって、先輩は…。
 (ドレス姿の芹香が現れる)
「………」
「な、なんで、ドレスなんて…」
「………」
「――えっ、ええっ!?パーティを途中で抜け出してきたってぇ!?い、いいのかよっ、だって、今日の主役だろ?」
だが、先輩はなにも言わず、ただ、オレに近寄ると、とまどうオレの耳元で、
「………」
優しくささやいた。
「えっ?…盛大なパーティよりも、オレとふたりっきりでいれたほうがいいって?」
こくん。うなずいて、そのまま、そっとオレに体をあずけてきた。
「せ、先輩…」
「………」
オレはその肩を抱いた。
「…ば、馬鹿だな。こんな寒い格好で、肩がすっかり冷たくなっちまってるぜ」
オレはうるんだ目をぬぐい、先輩に自分の上着を羽織らせると、背中からその細い肩を抱きしめた。
 (ドレス姿の芹香を抱きしめる)
誰もいない、静かな夜の公園。
やわらかな水銀灯の光が、オレたちふたりを照らしている。
抱きしめたオレの腕に、そっと自分の手を重ねる先輩。きれいにとかれた黒髪から、いつものあのいい匂いがした。
先輩の息づかい。開いた胸もとがゆったりと上下していた。
多分、しかられるのを覚悟で、このオレに会いに来てくれたんだろう。一途さを感じずにはいられなかった。
「先輩…」
オレは頬を寄せ、ささやいた。
言葉もなく抱き締め、冷えた体にぬくもりを伝える。オレのぬくもりを…
ひとつ年上の先輩。綺麗なお嬢様。ちょっと不思議な魔法使い。そして、かけがえのない、オレの恋人。
これからふたりに、はたしてどんな困難が待ち受けているのか。それはまだ想像すらつかない。
だけど、それでも強く心に思う。どんなに厳しい現実が待ちうけようとも、先輩とふたりなら必ず乗り越えて見せると。抱き締めたこの肩を、決して手放したりはしないと。
先輩はいつもオレに魔法をくれる。それが先輩の不思議な魔法。オレにだけくれる、愛の魔法だ。
「芹香…」
耳元でささやくオレの呼びかけに、先輩は、
「浩之さん…」
ゆったりとした微笑みでこたえた。

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