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いつも喧嘩ばかりの俺の従妹である茉理は
附属の頃あこがれだった食堂運営委員会(いわばカフェテリアでのバイト)の所属になった。
放課後のカフェテリアは学食から一風変わって、ファミレスの様になる。
その頃に食堂運営委員会の活動が始まるのだ。
ウェイトレスの制服が着れるからってそこに入るとは……
お陰で「ウェイトレスランキング」……なんてことができなくなっているのだ(やったら問答無用でタバスコティーにされるからな)

けどまあ、たまには手伝いなんかもやってるからなんだかんだでうまくやっている。

でも、ちひろちゃんと茉理と関わってたせいか3人の関係はぎくしゃくしていた。
ある日俺はちひろちゃんを蓮華寮に送った後ちひろちゃんに「好きだ」と告白された。
けど、俺はそれに答えようと言いたい事があったのに、よりによって本人に言わせてもらえなかった。
それでようやく気がついた。俺がこんなことでぐずぐずしてたせいで関係がぎくしゃくしてしまったことだ。
だから俺は、茉理に想いを打ち明けた。すると、茉理も同じ答えだった。
なにせちひろちゃのことがあったらかな……。それから俺達の関係は元以上になった。

それから一週間後、なんと茉理の両親である源三さんと英理さんが仕事の都合で中東へ転勤することになった。
ちなみに茉理の両親は共働きの為家にいる時間はあまり無いそうだ。
俺と茉理は、学園へ通わなきゃならないし、あと家の事もあってしばらく留守番することになった。
その日から、俺と茉理の二人きりの生活が始まった……。

以前より親しい関係にはなっていたものの、俺に対する態度は相変わらずだ。
「バカ直樹!」と呼んだり、朝寝起きの悪い俺を叩き起こすわでふんだりけったり(?)だ。

でも、時には女の子らしいところも見せるんだ。(少女漫画が好きだしな)
キスなんかもしちゃったりして……。(まるで恋人同士だなオイ!)
俺は茉理と共に日々を過ごしている。
これからも楽しい日々が待っていると思っていた……。

しかし、暗雲は突飛もなしに訪れた。
茉理が……突然へたばってしまい体調を崩してしまったのだ。保健室に運んだもののさらに追い討ちをかけるように
悲痛な知らせを恭子先生から聞かされた。
茉理は…………非常に危険なウィルスに感染してしまったのだ。
さらには恭子先生から話を聞いたが、自体を飲み込むことは当初できなかった。
内容はこうだった。とても危険なウィルスが発見され、しかもそれには治療法が無いとのこと。
恭子先生は、実はウィルスの専門家でウィルスに効果的なワクチンを開発する為、乙種感染者を一人預かっていたのだが
原因はなんでも、俺に似た奴がいてそれに接触したそうだ。
病を引き起こしたウィルスの名は「マルバス」。
感染するとすぐ死に至る甲種とある程度生きさせられる乙種がありどちらに感染しても死であることに変わりなかった。
それが俺に非常に似てる為恭子先生は驚いたそうだ。
その感染者が逃げ出してしまい、今に至るということだ……。
そこで茉理は、時計塔の地下にあるという病室に運ばれた。
そこには窓は無く、見たこともない機械が並んでいた。
まさか時計塔の地下にこんなのがあるとは思ってもいなかった。
何で茉理がこんな目に遭わなければいけないのか、他の人なら良かったいうわけでもない。
恭子先生を恨んでもどうにかなるわけでもない。俺には全く理解できなかった……。

今まであんなに元気だったのに……、これからもずっと一緒に楽しく過ごすはずだったのに……。
ハロウィンも、クリスマスも、正月も、そしてバレンタインも……なのに……なのに……。
俺にできることは茉理を慰めることだけだ。ちひろちゃんもお見舞いに来てるけど
もちろん、出張中だった茉理の両親もお見舞いに来てるが、やはり茉理の気分は一向に冴えなかった。
そして俺は、自分の無力さをもどかしく感じた。
きっと治療法は見つかる。そう信じていた…………。


(ここからゲームの文章です)
2月14日(月)
茉理は、こっそりちひろちゃんにチョコレートを頼んでいたらしい。
俺が病室に行くと、茉理は少しふらつきながらも立ち上がり、俺にチョコレートを渡してくれた。
茉理「はい、直樹。もちろん本命チョコだよ」
直樹「おー、嬉しいなぁ」
茉理「あたし以外から、本命チョコもらったりは?」
直樹「保奈美と美琴、それとちひろちゃんから義理3つで終わり
   全く嬉しいハプニングも何もなし」
茉理「なーんだ、波乱無いね」
直樹「無くていいだろーが」
茉理「えへへ。ちょっと言ってみただけ……」
疲れたのか、ベッドに横になる茉理。
……。
茉理「本当は、下手でも手作りにしたかったんだけど……
   もう無理かもしれないから、渡すだけでもって思って」
直樹「弱気なこと言うなよ」
俺は、そっと茉理の頭を撫で、頭にかかっていた前髪を持ち上げる。
直樹「来年も、再来年も、ずっとずっと茉理からチョコ欲しいんだ。俺は」
茉理「そうだね……」
……。
茉理「ねえ直樹
   ……今のチョコ、帰ってから食べてね」
直樹「ん?ああ、いいよ」
俺はそのままずっと、茉理の頭を撫でていた。
茉理も、日向の縁側にいる猫の様に、目を細めて撫でられ続けていた。
……。
…………。

(自宅 直樹の部屋)
帰ってから自分の部屋で、チョコレートの包みを開く。
しゃれた感じの放送と、装飾の少ない味重視のシンプルなチョコレート。
一つ口に入れる。
と、ちょっとそこらで売ってるのよりも格上の味がした。
ちひろちゃんと茉理、どっちのチョイスなのか分からないけど、いいセンスしてると思った。
……。
ひらっ
直樹「?」
包み紙の間から、目立たないように挟んであったカードが落ちた。
緑色のカードに赤い文字。
拾い上げてみると『Vaentine’Card』と書いてある。
茉理が「帰ってから食べてね」って言ってたのは、多分これのせいだろう。
……。
二つ折りになっているカードを開くと、手書きの細い文字が並んでいた。
茉理「『ハッピーバレンタイン、直樹!
    カフェテリアのアイドル、こんなカワイイ子からチョコもらえるなんて、幸せ者だね
    ……って書きたかったんだけど、そうもいかなくなっちゃった。ごめんね
    本当は、直樹と二人でやりたいことが、たくさんあった
    もっともっと、いろんなことがしたかったんだよ
    でも、短い間だったけど、とても楽しかった
    本当に、ありがとう
    そして、これからどれくらい一緒にいられるか分からないけれど
    ……よろしくね
                              茉理』」

3月3日(水)
珍しく、放課後にちひろちゃんに声を掛けられた。
ここ最近は、ずっと根を詰めて温室にこもっていることが多かったよう気がする。
今も疲労が見えるけど……目には、確固たる意思の光を感じた。
ちひろ「久住先輩
    お願いがあるんです」
直樹「どうした?」
ちひろ「ずっと、温室で育てるのに失敗してた花が……やっと、やっと咲きました
    それを、茉理のところに持って生きたいんです……」
直樹「おめでとう、良かったね
   ……で、俺も運ぶのを手伝えばいいのかな?」
ちひろ「はい、お願いしてもいいですか?」
直樹「もちろん」
俺とちひろちゃんは、鉢に植えかえられた青い花を持って、病室に向かった。

茉理の病状は、一日ごとに、穏やかだけど確実に悪化していた。
2月も後半になると、ちひろちゃんが持ってきてくれていたノートのコピーも見なくなった。
それでもちひろちゃんは、毎日ノートのコピーを持ってきた。
それは、いつか茉理が元気になった時のために、大切にファイルに綴じられて、病室にならんでいる。
2月の末からは、ずっと微熱と咳が続き、体力がどんどん奪われていた。
俺は英理さんと交代しながら、茉理の苦しそうな汗を拭いた。
茉理は最初、とても済まなそうにしていたが、俺も英理さんも取り合わずに茉理の世話をし続けた。
3月になってから、食事も固体のものはほとんど取らなくなってしまった。
食べなきゃ元気が出ない、と俺は無理矢理にでも食べるように勧めた。
しかし、茉理は食べたものも戻してしまうことが多くなり、これ以上頑張らせる方が辛くなった。
(病室)
直樹「茉理、調子は……」
ベッドの中にいる茉理は、静かに寝息を立てていた。
茉理「……すう……すう……」
ここ最近は、何事も無く眠れる時の方が珍しいくらいだったので、俺はそっとしておくことにした。
ちひろ「茉理、静かに寝てますね」
直樹「ああ、そっとしておこう」
俺とちひろちゃんは、茉理の枕に近い壁際に、青い花の鉢を置いた。
ほんのりと、不思議な香りがする。
甘いような酸っぱいような。
直樹「じゃあ、起こさないうちに出ようか」
ちひろ「はい」

(時計塔前)
直樹「ちひろちゃん、あの花……ずいぶん前に、温室で教えてもらったよね
   ……なんであの花を?」
ちひろ「あれは……私の故郷の花なんです
    私がここに持ってこれたのは、花だけだったから……」
少し寂しそうに微笑むちひろちゃん。
俺は、それ以上詳しくは聞かないことにした。
……。
…………。

3月13日(日)
(商店街)
明日のホワイトデーに向けて、今日は、茉理へのお返しのプレゼントを探すことにした。
もう茉理はあまり物を食べられなくなっているので、食べ物は避けた方がよさそうだ。
……駅前を、明確に行き先を決めずにうろうろする。
(画面暗転し、再び商店街)
街の雑踏を歩きながら、茉理からのバレンタインデーにもらったカードの文句を思い出す。
『これからも……よろしくね』
俺も、茉理に「よろしく」の気持ちを送りたい。
……しばらく迷った後、俺は茉理にシルバーリングを送ることにした。
宝石がついていない、シンプルなデザインのものを見て回る。
……。
何とか財布の中のお金で買えそうだ。
指のサイズが分からなかったけど、自分の薬指と小指の間のサイズのものに決めることにする。
(画面暗転し、再び商店街)
指輪なんて買ったのは初めてだけど、茉理の驚きと喜びがごちゃ混ぜになった顔を想像して、わくわくしながら店を出た。
そうだ。
茉理からのチョコのメッセージカードがついてたんだから、俺もカードをつけた方がいいかな。
ちょっとセンスがよさそうな文具店に入り、レジの横のカードを1枚買う。
……さて、何を書こうか。

(自宅(渋垣家)前)
カードのネタを考えながら歩くと、すれ違う人とぶつかりそうになったり、気づくとにやけてたりする。
さっさと部屋で書くことにするか。

(直樹の部屋)
『ハッピーバレンタイン』に対応する言葉からまず詰まった。
ハッピーホワイト!……は違うような気がする。
調べるか。一行目からこれじゃ、先が思いやられるな。
……。
どうやらハッピーホワイトデイ、で良さそ……
(携帯の着メロがなる)
久しぶりに携帯がなる。
なんだ一体。
相手も登録されてない番号だ。
俺の今盛り上がったラヴ・パゥワーをどうしてくれる。
(電話に出る)
直樹「はい」
恭子「あ、久住?」
直樹「恭子先生ですか?」
恭子「今すぐ学園に来て
   渋垣の意識が……戻らなくなったの」
(画面暗転)
階段を転げ落ち、靴も適当に引っ掛けたまま、俺は世界タービン号(直樹愛用の自転車)にまたがった。

(渋垣家から蓮美坂へ、蓮美坂から校門、校門から時計塔へと場面移動)
自転車を時計塔の脇に転がしたまま、俺は病室へと走る。
階段を駆け上がり、駆け下り……

(画面暗転)
ばたんっ(ドアを閉める音)
(病室)
恭子「久住?」
直樹「先生、茉理はっ!?」

……ベッドの上の茉理は、一見、安らかに眠っているだけのように見える。
俺は、ゆっくりと茉理の枕もとに近づく。
特に変な寝汗もかいていない。呼吸も乱れていないようだ。
上半身を屈めて、茉理の耳元で呼びかける。
直樹「茉理?」
……。
直樹「茉理」
……。
直樹「茉理っ
   茉理っ!茉理っっ!」
俺は、痩せて薄くなった茉理の両肩をつかみ、がくがくと揺さぶる。
恭子「久住っ」
直樹「茉理っ、起きろよ!起きろってばっ!」
俺の腕に、恭子先生の手が乗る。
そして、恭子先生はゆっくりと頭を振った。
恭子「やめなさい」
……。
…………。
俺は、茉理をまたそっと寝かせた。
恭子「何種類かの検査の結果が、全て陽性に変わったわ」
直樹「それってどういうことなんですかっ!?」
恭子「この反応を示した患者は、ほとんどが……
   ……
   もう、意識が戻らないままの状態ということ」
直樹「!」
恭子「このウィルスに感染した患者に特有の反応で……」
もう恭子先生の言葉は耳に入らなかった。
……。
…………。
俺は、茉理の手を握り、じっと茉理の顔を見ていた。
そうして茉理の顔を見ていると……
その顔が俺に笑いかけていたこと、怒って「むっかー」なんて言ったこと、
カフェテリアで楽しそうにしていたこと、初めてキスした時に、真っ赤になっていたこと、
……くるくると表情が変わり、それを見ているのがとても好きだったことを思い出す。
……。
でも。今はもう……何をしても、何を言っても、その表情が変わることは無かった。
……。
恭子先生は、あちこちに連絡したり検査機器を揃えたり、何だか忙しく動き回っている。
じきに英理さんも来るだろう。
だけど、俺はその場を動けなかった。
ずっと、茉理のそばにいたかった。
手からは体温を感じることができる。
息だってしている。
今にもふと、目を開けて、何だか喋り出しそうで。
……。
…………。


どれぐらい時間が経ったのだろう。病室には、俺と茉理しかいない。
でも、良く耳を澄ますと、ほんの少し空いたドアの向こうから声が聞こえてきた。
英理さんと、恭子先生と理事長だ。
しばらくすると、英理さんが病室に入ってくる。
英理「遅れてごめんなさいね」
直樹「あ、いえ」
英理「……」
直樹「……」
お互いに、この日が来るのを考えてなかったわけじゃない。
でも、実際にその場にいると、何も考えられなくなってしまうものらしかった。
……。
英理「直樹くん
   茉理とね、約束してたことがあるの」
英理さんは立ち上がると、サイドキャビネットの茉理の私物が入っている引き出しを開けた。
少しその中を探すと、小さな鍵を持って来た。
英理「これはね、茉理の日記の鍵」
直樹「えっ……」
英理「茉理がね、こんなことがあったら……直樹くんに渡してくれって言ってたの」
直樹「いや、俺、そんなこと全然聞いてない……」
英理「そういうこと、本人には言わないでしょう?
   ……受け取って下さい。茉理と、私の……約束なんですから」
俺は、英理さんからその鍵を受け取る。
俺に鍵を渡すと、英理さんは「顔を洗ってくる」と言って病室から出て行った。
……英理さんが、俺に気を利かせてくれたのか、泣きに行ったのかは分からない。
とにかく、俺は茉理が英理さんに託したという日記を読んでみることにした。
……。
豪華なハードカバーの日記。小さな鍵穴に、今、渡されたばかりの鍵を差し込む。
ぴん
あっけないほど簡単に外れた鍵。
俺は、その重い表紙をゆっくりと開いた。
……。
…………。

ぺらっ(ページをめくる音がする)
ぺらららららっ……
最初の記述があるのは10月1日。
この日記を、源三さんが茉理に買ってあげた日だ。


10月1日
部屋にカレンダーが貼られた。お母さんは下着を買ってくれた。お父さんはこの日記をくれた。

今日の直樹
せっかくお父さんが鍵つきの日記買ってくれたので、今日から、大好きな直樹のことを観察して書くことにします。
今日は、直樹とちひろが冬服に変わってるのを見てうるさかったあたしをなだめてくれた。
こんなんじゃだめだ。
直樹に心配掛けないようにがんばろう。

ぺららっ

10月7日
中間試験が始まった。ちひろが持ってきてくれた問題を解いてみる。意外とできたよ?
 やるじゃんあたし!

今日の直樹
直樹は、ちゃんと勉強したみたい。テストも手ごたえあるって言っていた。
あたしのせいで、直樹の成績が落ちたりするのは絶対イヤ。直樹を、あたしのせいで
犠牲にするわけにはいかないよねっ!
無理にでも、直樹には勉強してもらわないとね。

ぺららららっ
この日からちひろちゃんがプレゼントした万年筆で書かれている。

12月24日
クリスマスイブ。部屋には小さなツリー。直樹とちひろと3人でケーキを食べる。
ちょっと生クリームを食べるのがつらいかも。おかしいなぁ、ケーキ大好きなのに。
冷蔵庫に残りを取っておいたので、少しずつ食べるつもり!
ちひろのプレゼントは万年筆。というわけで、今日からそれで日記を書くことにしました。

今日の直樹
直樹からのプレゼントはなんと「口紅」だよー☆
でも、ちょっとあたしには大人っぽいかな。
顔色が悪いってことなのかも。不安だよー。
勝負口紅ってことにしようかな。ふふふ。
いざって時に使うのさ。待っててね直樹。

ぺららっ

2月14日
バレンタインデー。ちひろに買ってきてもらったチョコを直樹に渡す。
カード、読んでくれたかな。

だんだん、茉理の体調が悪くなるに従って、書いている文字数が減ってきている。
それに、万年筆で書いた文字が、何箇所も、何行も黒く塗りつぶされていた。
そしてその後は、極端に字数が減っていた。

ぺららっ

3月3日
部屋に花。ちひろかな。

3月4日
起きてるのがつらくなってきた

3月5日
直樹ごめん もうダメかも

このページには、何を書こうとして消した跡があった。
そして、「ごめん」の文字が滲んでいる。

ぺららっ

そのあとは、ずっと何も書かれていなかった。
そして。

3月12日
なおき すきだよ


ページの全体に、口紅で書かれた文字。
このたった7文字を書くのが、とても大変だったのが伝わってくる。
「いざって時に使う」
どんな気持ちで、茉理はこれを書いたんだろう。
震えている文字。それでも、茉理が俺に伝えたかったことが、痛いほど分かる。
俺は、茉理に何をしてやれたんだろう。
俺は、茉理の想いに応えられていたのだろうか。
俺は……
茉理……
……。

ポケットの中に突っ込んだままだった、指輪。
俺は、それをそっと茉理の指にはめた。
俺にできることは、もう、祈ることと、茉理の手を握ってやることだけだった。
だから……俺は、茉理の手を握りながら、祈った。
どうか、茉理が目を醒ましますように。
どうか、茉理の病気が治りますように。
どうか、茉理とまた、二人で一緒に歩けますように。
……。
もう、俺が手を握っていることも分かっていないかもしれない茉理。
それでもしっかりと、その手を握って。……目を閉じると、思い出すのは、いつも元気だった茉理。
俺を叩き起こす茉理。
「バカ直樹っ」と笑いながら俺を呼ぶ茉理。
カフェテリアでくるくるとテーブルの間を駆け回る茉理。
俺のために弁当を作ってくれた茉理。
体育祭で、水泳大会で、張り切っていた茉理。
あの家で二人きりになって、少し緊張していた茉理。
律儀に、しっかりと家計簿をつけていた茉理。
フォークダンスを一緒に踊れなかったのを、残念がっていた茉理。
……。
俺のことが好きだった茉理。
俺が、大好きだった茉理。
……。
…………。
二人で手を繋いで歩いた、失敗だらけの初デート。
二人で食べ過ぎて大変だった夏祭り。
二人で応援した、ちひろちゃんの自転車特訓。
二人で借りてきて、並んでみたレンタルビデオ。
二人で歩いた夕方の海。
二人の思い出が、次から次へと溢れてきて。
……。
最初は、病室でテスト勉強までやってた茉理。
二人の初めてのクリスマスを迎える頃には、もう、ケーキも食べ切れなかった。
二人の初めてのバレンタインにはもう、立ってるのがやっとだった。
二人で過ごした季節は、本当に短くて。まだまだ二人でやりたいことはたくさんあったのに。
まだまだ二人はこれからだったはずなのに。
……。
今でも俺がしっかり育てているサボテンが並ぶ病室。
何度も読み返した、茉理のいろんな、本当にいろんな想いが込められた日記。
そして……静かに寝ている茉理。
茉理……。
茉理…………。
……。
気づくと、両方の目からは、とめどなく涙が溢れていた。
……。
…………。

スタッフロール(暗い背景で 英文でスタッフ名を明細)

















































ぴくっ
茉理の指が……動いたような気がする。
……。
ここ最近、ずっとそんなことばかり考えていたから。きっと、気のせいだ。
……。


きゅっ
手が握られる。
……。気のせいなんかじゃ……
直樹「……茉理?」
俺は茉理を刺激しないように、そっと顔を覗き込む。
……。
…………。
………………。

茉理「なお……き」
……。
直樹「ま……
   ……茉理っ!?」
茉理「直樹……なんで泣いてるの?」
直樹「ま……茉理?」
茉理「うん
   直樹、泣かないで」
直樹「茉理……茉理っっ!!」

茉理が……目を、覚ました。
源三さんと英理さんは泣いて喜び、恭子先生は驚き、俺は、茉理を抱き締めた。
……。
茉理「何だか、夢を見てたような気がする」
直樹「どんな?」
茉理「直樹がね、私の枕元で泣いてるの。ずっと……」
直樹「茉理が治って、嬉し泣きでもしてたんだろ」
恭子先生の検査では、ウィルスは急速に減っているという。
食べる量も回復し、体力、体重ともに、どんどん元の茉理に戻っていった。
恭子「しっかりリハビリすれば、すぐ歩けるようになるわ」
茉理「はいっ、頑張りまーすっ」
……。
原因は分かっていない。恭子先生も、何が起きたのか現在調査中だ。
茉理「直樹、肩貸してっ」
直樹「はいはい」
日に日に、元気になっていく茉理。そのことが、とても嬉しそうな茉理。
俺も、そんな茉理を見ているだけで元気になりそうなくらいだ。
……。


そして、春休みになった。


(カフェテリア)
茉理は、元気になるとまず、食堂運営委員会での活動に復帰した。
茉理「いらっしゃいませーっ」
カフェテリアから茉理が病気で離れたと思っていた多くの学生も、天文部の面々も、そして俺も、その姿を待っていた。
茉理「ご注文はお決まりですか?」
直樹「コーヒー」
茉理「直樹、ぜんぜん変わってないんだねー」
……。
理事長の計らいで、茉理には再々々々追試験が行なわれた。
病室で勉強したことも、それにちひろちゃんのノートのおかげもあって、何とか進級もできることになったらしい。
ちひろ「良かったねー」
茉理「また来年も同じクラスになれるといいなぁ」
直樹「ノートとってくれるしな」
茉理「そうそう
   ……じゃないでしょっ、直樹!」
……。

(渋垣家・リビング)
源三さんも、プロジェクトが無事に立ち上がり、日本に帰ってきた。
源三「母さんがいない分、大変だったんだぞ」
英理「それでも、無事に現地スタッフに引き継げたなら良かったじゃないですか」
源三「茉理もよくなったみたいだし、これで安心して元の生活、だな」
英理「それが、そうでもないらしいんですよ……」
……俺と茉理の関係が、どうやら英理さんにはバレてしまっていたらしい。
何でも、微妙な話し方や、素振りなんかから分かったそうだ。
源三「鬼の居ぬ間に、か」
英理「……まあ、それならそれでいいかしら、とも思うんですけどね」
源三「しかしなぁ……」
英理「そうそう、心配といえばあなたたち、いきなり私がお婆ちゃん、なんてことはないでしょうね?」
茉理「えっ、あっ、……な、何を聞いてくるのよっ」
直樹「いやその、一応、いろいろと考えてるつもりです」
英理「あら、やっぱりもうそんなに深い関係に……」
源三「分かりやすく引っかかったなぁ……」
茉理「もうっ、何バラしてるのよっ!バカ直樹っっ!!」
俺はいっそ開き直ることにした。
直樹「でもまあ、いつまでも隠し続けてるわけには行かないし」
茉理「それでも、もっと、何ていうか……」
腕をぶんぶん振り、足もじたばたさせている茉理。
俺はまだいいけど、茉理にとってみれば実の両親の前でいきなり関係がバラされたわけだ。
照れまくり、恥ずかしがりまくりだ。
茉理「うぅーっ、もう知らないっっ!!」
だだだっ
英理「あーあ、茉理ったら照れちゃってもう」
なぜか楽しそうな英理さん。
源三「ほら、こういう時は追いかけるもんだ、バカ息子」
俺は源三さんに促され、自分の部屋に戻っている茉理を追った。

(2階・廊下)
直樹「おーい、茉理〜」
こんこん
直樹「茉理ってば〜」
こんこん
直樹「へそ曲げてないで、出て来いよー」
返事が無いので、俺はノブに手を伸ばした。
かちゃ
……いない。
(茉理の部屋)
直樹「茉理?」
部屋の中に足を踏み入れる。
茉理「わっ!!」
後ろから全体重をかけて乗っかってくる茉理。……俺達は、茉理のベッドに重なるように倒れこむ。
直樹「お前なぁ」
茉理「やっと病気も治って、また直樹と1から始めようと思ってたのに……
   いきなりお父さんとお母さんにバレちゃうんだもん」
直樹「仕方ないだろ。ああいうのはタイミングが……」
茉理「あたしだって分かってるわよう」
直樹「しょうがないやつだなぁ」
茉理「直樹……」
コンコン
直樹・茉理「!」
ぴくっ、として振り返ると……
開いたままの扉の前に、二人が立っていた。
源三「お前らなぁ……」
英理「仲がいいといっても、親の前ではほどほどにね」

スタッフロール(日本語表記でのスタッフロール&茉理の名場面紹介)







































……。
…………。
春。
俺と茉理は一つずつ学年が上がり、新たな生活が始まる。
……。
(直樹と茉理が腕を組んでいる)
茉理「直樹ー、お待たせっ」
直樹「よし、んじゃ行くか
   ……っつってもなぁ、まだ浴衣は売ってないだろう?」
茉理「そうかもね」
直樹「確かに買ってやる約束はしたけど……」
茉理「いいの、直樹と出かけられればっ」
……。
茉理はまた、朝は俺を叩き起こし、放課後は元気にカフェテリアでウェイトレスをするだろう。
そんな何気無い日々も、しっかり目に焼き付けておこうと思う。
そして、精一杯楽しく、茉理と過ごして行きたい。後から後悔しないように。
……。
茉理「あ、もう桜が咲いてる」
直樹「早い……ってことはないか。4月も近いし」
茉理「でも、あの枝だけみたい
   日当たりがいいのかなぁ」
直樹「だろうな。川の水面に日が反射してるし」
茉理「本当だ。きらきらしてる……
   もう、すっかり春だねっ」
……。
俺はこんな一瞬一瞬が、どんなに大切なものかを……
茉理と一緒に、この時間を過ごすことのかけがえの無い価値を……
もう、知っているから。

fin.

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