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地獄少女 朱蘰あけかづらのエンディング (涼子ルート その3)


「亜美ちゃん、いいなぁ。みんなのアイドルの御手洗先輩に、あんなに好かれてて」
「うるさい! 黙れッ!」
「私もね、亜美ちゃんの事、大好きだよ」
「うるさい、うるさいッ!」
「亜美ちゃんも先輩も涼子もやっぱりみんな、大好き。ねぇ、いつか商店街のクレープ屋さん一緒に行こうよ。甘くて、柔らかくて、美味しいんだぁ」
「……こんな時に、なに言ってんのよ!」
「だってさ こんなのヘンだもん。夜の学校で、ナイフなんて持っててさ。私達、中学生でしょ。明るい太陽の下、勉強して、遊んで、誰かに恋したりして。それだけでも忙しいのにこんな事してるのヘンだよ」
「それはッ……だって……しょうがないじゃない!」

亜美ちゃんが、その手に力を入れる。

「……そうだよね、涼子?」
「えっ?」

亜美ちゃんが、振り返る。
そこには割れた花瓶がある。
私を守ってくれた、涼子の花瓶。

──ばぁか、本当に空気読めないな、おまえ。でも、それでいいんだよ。お子様。

涼子がそこにいるとしたら、きっとそんな風に言うだろう。

「亜美ちゃん。私には、宿題を忘れたら当たり前の事みたいに助けてくれるような人をやっぱり憎めないよ」
「うるさいっ、死んじゃえ!」

いまにも泣き出しそうな顔をしている亜美ちゃんの、ナイフを持つ手が大きく震える。

「いつッ……!」

尖端が、チクリと胸に突き刺さった。

「好きだよ、亜美ちゃん。これからも、ずっと友達でいてね」

私の顔をまじまじと見つめて亜美ちゃんは、息をのんで身体を預けてくる……


「うぁッ! うあああああああああああああああああああ!」


亜美ちゃんが、強く抱きしめてくる。ナイフが床に落ちる。

「うあ……なんで……こんな私を信じてッ……!」

いままでこらえていた不安や悲しみを、全て吐き出すように溢れる涙と、背中を強く抱きしめる亜美ちゃんの手。

「ひっ……瑞穂……ちゃんみたいに……思えない。私……ずるくて、サイテーで。でも、涼子ちゃんの事 好きだった……」

私はそっと亜美ちゃんの頭に手を乗せる。涼子がいつもしてくれたみたいに、子供をあやすように。

「私も、大好きだったよ」
「ひぐっ、うっ……うあ……どうしてッ、私……」
「うん……うん……」
「好きだった……ひぐっ……」

鼻水たらして泣いている亜美ちゃんは、なんだか、かわいい……。

あれ……なんで私まで泣いてるんだろ……。


──私達には、たくさん、行動を選択するチャンスがある。だけど時々、取り返しのつかないアヤマチというものを犯してしまう。
──そのせいで、ぬぐいきれない悲しみ、というものをいろんな人の心の中に産み落とす。


「ねぇ、瑞穂ちゃん。……行くまでの間に涼子ちゃんの手帳、読んでもいい?」

あれから、御手洗先輩になぐさめられて泣きやんだ亜美ちゃんが、私に言う。

「いいよ」

私は、涼子の手帳を渡す。
いいよね、涼子?


──私達は、そのたびに悲しみから抜け出そうと、また別の悲しい出来事を起こしてしまったりする。
──まるで、坂道をゴロゴロと転げ落ちていくように。


外に出ると、柴田さんがいた。
つぐみちゃんが、またなにかを見て、それで駆けつけてくれたんだろうか。

「糸は、引かなかったのか?」
「うん」

私がうなずくと、ホッとした表情を見せる二人。

「お姉ちゃん……」
「頑張ったな、高橋さん。それでその子が……」

私はもう一度、うなずく。
涼子の手帳を読んでいた亜美ちゃんは、顔を上げて柴田さんを見る。
少し気まずそうだ。

「いまから、警察に……?」
「……」
「これから……色んな人に憎まれるかもしれない。見知らぬ人間にも攻撃される。だけど、いまの勇気を忘れず歩いていけば……」

これは多分、記者として様々なものを見てきた中で、柴田さんが導き出した答えなんだ。

「きっと、新しい未来が戻ってくる」
「……はい」

柴田さんが「ご両親に、会っていかないのか?」と聞いたら、亜美ちゃんはただ首を横に振った。


御手洗先輩と亜美ちゃん。柴田さんとつぐみちゃんと私。
五人で、警察署まで続くその道を歩いていく。

亜美ちゃんは、ずっと手帳を読んでいた。
あの手帳には、亜美ちゃんにとってヒドイ事が書き連ねてある。亜美ちゃんは、どんな気持ちで読んでいるんだろう。


警察署についた。
夜空には、星がちらほらと出ている。
澄んだ、きれいな空だな……。

「これ、ありがとう」

涼子の手帳を、亜美ちゃんから受け取る。

「私、すごい嫌われようだね。やだなぁ……」
「ごめん……」
「瑞穂ちゃんがあやまらないでよ。ふふっ、でも涼子ちゃん、本当に御手洗君の事が好きだったんだね」
「俺……」
「幸せ者だね、御手洗君」

御手洗先輩は目をつぶってなにかを思い出している。

「……ああ。あんな魅力的な子に好かれてさ、本当に……」

亜美ちゃんが優しく微笑む。

「瑞穂ちゃん、ずっと……いつまでも友達でいてね」
「うん、友達だよ。私、待ってる」

小指を立てた手を、ビッと差し出す。

「えっ……と、それは?」
「約束。指きり……」

ちょっと恥ずかしい。
なんでいつも、こういう子供っぽい事しか思いつかないんだろ。

「ふふっ。ありがとう」

亜美ちゃんが、私の指に小指を絡める。

「指きりげんまん、ウソついたらオヤツなし! 指きった!」

あれ…?
亜美ちゃんがポカンとしてる。

「……ハリセンボン、飲ますんじゃなかったっけ?」

えっ?

「……うちじゃオヤツだったけど」

困って横にいるつぐみちゃんに助けを求める。

「ハリセンボンだよ、お姉ちゃん」

すっごい恥ずかしい。
もう……こんな時に……。

「ははっ! やっぱり瑞穂ちゃんって面白いね。涼子ちゃんが言ってた通りだな」

ヒドイ……。

亜美ちゃんはひとしきり笑ってから、ふっと小指を天にかかげる。
ひとすじ涙が流れ落ちた。

多分、それは涼子との約束──なにを約束しているんだろう。


「じゃあ、またね」

まるで放課後、いつものお別れみたいに、亜美ちゃんはそう言って御手洗先輩と手を繋いで、警察署の中へと入っていく。


──坂道をゴロゴロと転がり落ちていく。広がった穴をふさごうとして、穴を広げてしまう。

涼子がいない。
涼子に会いたい。


「ねぇ、柴田さん……。なんでこう……私達、うまくいかないんですか」
「だけど……人間には、それを乗り越えていくだけの力がある。絆がある」
「……そうですね」

また正論。柴田さんって、いつもそうだよね。


絆、か……。

私は二人を繋ぐ、その手を見つめる。
しっかりと握られた手。
そうだね。
御手洗先輩はきっと、なにがあっても亜美ちゃんの手を離さない。

妬けちゃうね、涼子……。


二人は迷いのない歩みで、警察署の中へと消えていった。


終劇

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