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地獄少女 朱蘰あけかづらのエンディング (涼子ルート その1)


主人公の女子中学生・高橋瑞穂の所属しているミステリー研究部が活動不振から廃部の危機に陥り、瑞穂は部の存亡をかけて文化祭での発表準備を開始する。しかしその最中、瑞穂の親友・水瀬涼子が変死体で発見される。涼子は地獄通信にアクセスして犯人の地獄流しを依頼するが、閻魔あいに見せられた過去のビジョンにより全てを知る。
涼子はサッカー部のエース・御手洗健吾に恋をしていた。だが御手洗は瑞穂の級友・小早川亜美と交際していた。苦悩の末、涼子は神社に亜美を呼び出して殺害しようとしたが、その場を御手洗に目撃され、揉み合いのあまり亜美を刺そうとしたナイフが逆に涼子の胸に……
瑞穂は放課後の教室で、亜美に真相を問いただす。


「あのさ……亜美ちゃん、涼子がいなくなった日、神社にいなかった?」
「えっ、私はあの時、御手洗君と学校に……」
「ウソ」

きっぱりと言う。

「ウソじゃないよ! 瑞穂ちゃんは私を見たの?」
「ううん、直接は見てない。だけど全部、この目で見たんだ」
「直接って……なにを見たの?」

私は、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「亜美ちゃんが、涼子を殺した所」
「そ……そんな事するわけない……」
「私、全部、知ってるよ。涼子は御手洗先輩の事、好きだったんだよね」
「なにそれ……知らない」
「亜美ちゃんは、御手洗先輩と付き合ってた。涼子は、そんな亜美ちゃんが邪魔だったんだ」
「……」

亜美ちゃんが、うつむいてしまう。
きっと亜美ちゃんも涼子のイヤガラセに苦しんだんだ。
だけど……言わなきゃいけない。

「あの日、亜美ちゃんは神社に呼ばれた。それで涼子に襲われて……逆に涼子を……」

亜美ちゃんの手が、小刻みに震えだす。顔もひきつっている。

「ごめんね。私、友達のくせになにひとつ気付いてあげられなくて……」

がっくりとヒザをつく亜美ちゃん。

「……なんでそんな事を全部……」
「私ね、地獄少女に見せてもらったんだ。この事件の全てを」
「えっ……地獄少女?」
「私、犯人が憎くて、地獄少女にお願いしたの……そしたら本当に現れて、この事件の事、教えてくれた……」
「……」
「私、亜美ちゃんを許せない。涼子と、同じ苦しみを味合わせてやりたい」

私は、拳を握り締める。

「……」
「だけど、悔しいけど……亜美ちゃんの事も大好きなんだ」
「私の……事を……」
「……お願い亜美ちゃん、自首して。亜美ちゃんだって、涼子をあんな目にあわせたくなかったんでしょ?」

これが、私の出した結論だった。
許せないけど、友達を地獄に送るなんてできないよ。
ゆらりと亜美ちゃんは立ち上がる。

「ねぇ……」

そして、そっと口を開く。

「証拠は?」
「えっ……」
「地獄少女なんて言っても、警察は信じちゃくれないよね。文化祭の発表じゃないんだから」

亜美ちゃんが、近寄ってくる。

「ねぇ、証拠は?」
「証拠って……」

言葉につまる。
そんなの、ないよ……。
だけど私は、確かに見たんだ。
確かに、あの痛みを感じたんだ……。

「ははっ! ないんだ!」
「だけど、亜美ちゃんは涼子を……」
「見たの? なにが地獄少女よ。夢でも見たんじゃないの?」

そんな……!

「夢じゃ……ないもん。亜美ちゃん、ひどいよ……」
「なにがひどいのよ! ひどいのはアイツじゃない。くっだらないイヤガラセしてさ。気持ち悪い!」
「そんな……風に言わないで」
「私はなんにも悪くないのよ! 私は、被害者なの。分かる?」

そうともいえるかもしれない……だけど……

「だからって、人を……涼子を……」
「だから証拠は? 第一、あんなやつ、生きてたってみんなに迷惑かけていくだけなのよ!」
「そんなことない! 本当は凄い良い子なの……」

高らか笑う亜美ちゃん。

「瑞穂ちゃん。あなただまされてたのよ。あの乱暴なブタみたいなウソツキ女に!」
「やめて!」

こんな……人だったなんて……。
気が付くと、私の右手には地獄少女がくれた藁人形が握られていた。

「ははっ、あんなやつ、御手洗君が好きになるわけないじゃない!」

藁人形の首には、赤い糸が巻かれている。

「この糸を解けば……私と正式に、契約を交わした事になる。怨みの相手は、すみやかに地獄に流されるわ」
「地獄……」
「ただし、怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を払ってもらう。人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたも地獄に落ちる」

あの時の地獄少女の言葉。
この糸を引けば、涼子の怨みを……。

「私も、地獄少女を見たわ!」
「えっ…?」
「あいつは、きっと地獄少女が消してくれたのよ! 天罰を与えてくれたんだ!」

私の手は、赤い糸へと伸びる。
亜美ちゃんは自分の話に夢中で、それに気付きもしない。

「私は悪くない。私は……これから御手洗君と楽しく生きていくんだ! あっはははっ!」

そんなのは……許しちゃいけない。
私は、その赤い糸を思い切り……引いた。

突然、教室に突風が吹く。
藁人形が私の手を離れ、空へ飛ばされていく。

「怨み聞き届けたり」

静かな放課後の教室に、老人のかすれた低い声が響き渡る。
そのまま空を見上げると、そこには茜色に染まった美しい夕焼けがどこまでも広がっていた。

「……いまの、なに?」

亜美ちゃんもポカンと窓から空を見上げている。

「お願いしたんだ。亜美ちゃんが、ちゃんと罰を受けますようにって……」

私は、亜美ちゃんをキッと見つめる。

「それって……」
「うん、そうだよ。地獄少女……」
「じゃあ、そこにいる女の子が……」

私の事を指差す。
ゆっくりと振り返る。するとそこに……

地獄少女が……いた。
亜美ちゃんのほうへ、ゆっくりと歩いていく。

「あははっ……はははっ!」

なにがおかしいのか亜美ちゃんは突然、笑い出す。

「瑞穂ッ! 結局、あんたも同じじゃない」
「えっ、同じ…?」
「私、元々、涼子の事が嫌いだった。御手洗君の周りをハエみたいにブンブン飛び回ってさ」

狂ったように笑いながら続ける。

「あの事が起きる前から、最初から私達、憎みあってた」

地獄少女が、私の横を通りすぎて亜美ちゃんのほうへと歩いていく。

ふわっ、と一筋の風が通り過ぎたような感じだった。

「結局、あんたも同じだった。みんな誰かのカゲグチ言って、憎みあって生きてるんだッ! 瑞穂、あんたは私の事が嫌いなんでしょ? 殺したいくらいに」
「違う!」

でも涼子を……だから私は……。
……右手には、ほどけた赤い糸がからまっている。

「あははっ! 私もあんたの事が嫌いだよ、ばぁか!」

はらりと、赤い糸が私の右指から落ちていった。

亜美ちゃんの身体が、黒い霧に包まれていく……。

「あははっ! ははっ! やっぱりあんたも同類だ! 地獄で待ってるよ! 早くこっちに来なっ! あははははははははっ この、人殺しっ!!」

そして、亜美ちゃんの笑い声が、だんだん遠くなっていって……。


気がついたら自分の部屋にいた。
ベッドに横になったまま天井を見つめる。身体に力が入らない。
私、学校で亜美ちゃんを呼び出して……。

「えっと……」

電話が鳴っている。
お母さん、いないのかな?
……取らなきゃ……。

「もしもし、高橋です……」
「あの、夜分遅く申し訳ありません。2年B組の小早川の母ですが……すいません、うちの亜美はそちらに行ってないでしょうか?」

亜美ちゃんのお母さんからの電話だ。胸がキュッとしめつけられる。

そう、私は……。

「いや、知らないです……どうしたんですか?」
「こんな時間なのにまだ帰ってこなくて……遅くにごめんなさい。おやすみなさい……」

電話が切れる。

私……ウソついた。
涼子や、亜美ちゃんと同じように、ついてはいけないウソをついた……。

胸に刻まれた契約の証……。
そう、私が亜美ちゃんを地獄へ送ったんだよね……。


「また地獄少女が現れたって」
「これで五人目かよ……」
「ふふっ、次はあんたかもよ」

口々に、みんなが噂をしている。
あの日から数日が過ぎた。
今朝のホームルームで、亜美ちゃんがいなくなってしまった事を中田先生が言ったんだ。

教室の喧騒の中、一人、自分の席で手紙を書いていた彩ちゃんと目が合う。

「彩ちゃん、外に行かない?」

涼子も亜美ちゃんもいなくなって、私は彩ちゃんとよく話すようになった。

「うん。いいよ」


冬の訪れを感じさせる、冷たい風が廊下を流れていく。
もう文化祭も終わってしまってミステリー研究部は結局、なくなってしまった。

……あんなに手伝ってくれたのに、ごめんね……。

「どうしたの?」

彩ちゃんが覗き込むように話しかける。
なんだか彩ちゃんはあれから明るくなったね。

「ごめん、ボーっとしちゃって……」
「ううん、気にしないで。それで、どうしたの…?」
「ねぇ彩ちゃん……地獄少女に依頼して、怨みを晴らしてもらって……どんな気持ち?」
「えっ……」

困惑する彩ちゃんに、私はそっと胸元を開いてみせる。

「あっ……」

そのアザを見て、全てを理解したかのように、私の目をしっかりと見る。

「私は……」

しばらく考えて、彩ちゃんは迷いのない顔で言う。

「私は……幸せだよ」

それだけ言うと、彩ちゃんは私の手を握った……。

幸せ……。
涼子、これで良かったのかな?
天国にいる涼子への私の問いかけは、その薄いブルーに吸い込まれていく。


話し相手がいない、一人きりの帰り道は前よりだいぶ長く感じる。


「よっ!」

涼子……。

「相変わらず、瑞穂はお子様だなぁ」

「おはよう、瑞穂ちゃん」

亜美ちゃん……。

「瑞穂ちゃん、宿題忘れちゃだめだよ」


私は、こみあげてくる不安を振り切るかのように、早足で校門へと向かう。

「あっ……」

校門の前に、柴田さんとつぐみちゃんがいた……。

「なぜ……糸を引いた」

柴田さんは、なにも聞かずに、そう問いかける。

「涼子の怨み……晴らす方法はあれしかなかったから……」
「違う……きっと別の方法が……あったはずだ!」

柴田さんはいつも正論を言う。
だけど正論に、なんの意味があるというのだろう。

「あったとしても……もう遅いです。私、地獄で亜美ちゃんに……謝ります」
「お姉ちゃん……」

こんな私に、つぐみちゃんは心配そうに声をかけてくれる。

「行きます……」


私は、歩いていく……。

胸の刻印の重さをかみ締めながら、この命が終わってしまうその時まで、歩いていくんだ。


終劇

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