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地獄少女 朱蘰あけかづらのエンディング (奈々ルート その1)


主人公の女子中学生・高橋瑞穂は、5年前に事故死したと聞かされていた姉・奈々が、実は他殺の可能性があると知る。目撃者の証言によれば、当時奈々と同じ大学に通っていた瑞穂の担任教師・中田良輔が、奈々をマンションの階段から突き落としたという。
瑞穂は中田を問い詰めるが、中田は逃げ出す。怒りのあまり瑞穂は地獄通信にアクセスして藁人形を受け取る。瑞穂に呼び出された中田は、瑞穂が藁人形を持っていると知るや、急にそれを取り上げようとする。奪われまいとする瑞穂の指が藁人形の糸に触れる。


《地獄少女・閻魔あいの言葉が瑞穂の脳裏をよぎる》

「この糸を解けば…… 怨みの相手は、すみやかに地獄に流されるわ。人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたも地獄に落ちる」

「お姉ちゃんのカタキが討てるなら……かまわないっ……!」

私は決意した。
力の限り、糸を──

──引いた!


赤い糸が、はらりと床の上に落ちた。

次の瞬間、突然、強風が吹きぬけていった。

「あっ……」

先生の手に握られていた藁人形。
風に舞うようにして、手から離れていく。
そして、風の中に消えて……。

──怨み聞き届けたり──

老人の低い声が耳に響いた。

「引いてしまったか……」

呆然と、藁人形が消えた先を見上げていた、先生はつぶやいた。

「……これも運命、か」

全てを諦めたような声。
先生はこちらを振り返る。
その時の顔は、私は一生忘れられないと思う。
哀しみも喜びも苦しみも。全てを受け入れたような、穏やかな顔。
いままで見た中で、一番、キレイな先生の顔だった。

「中田先生……」

私は思わず、問いかけていた。
運命ってなんの事?
なんで、そんな顔が出来るの?
これから、地獄に流されるって言うのに……!

「それは……」


鈴の音が聞こえた。
魂にまで響くような、厳かな鈴の音。

「……」

振り返った先には、黒の和服に身を包んだ、一人の少女が立っていた。

「地獄少女……」
「地獄少女……」

同時につぶやいていた。

「……」

地獄少女はなにも語らない。
ただ、憂いを帯びた瞳でこちらを見て、そして……。

突然、現れた黒い霧。
それは、あっという間に広がっていって、先生を飲み込んでいった。
そして……。

黒い霧は消えてなくなり……そして、中田先生もいなくなった。


これで……全部、終わったの?
先生は地獄に流されたの?

振り返ってみるけど、そこには地獄少女の姿もなくて……。


《三途の川》

水の音が聞こえる。
ゆらりゆらり。
右へ左へ、かすかに揺れる。
地面が揺れてるみたいだ。地震だろうか?
いや、違う。きっとこれは……。

目を覚ますと、そこは大きな川の上だった。
そこを行く舟の上に、良輔は寝そべっていた。

見上げると、地獄少女が無表情で舟を漕いでいた。

「また、会ったな」
「……」

良輔の問いかけに、地獄少女は答えない。

「この舟はどこに向かっているんだ?」
「……」

やはり答えない。だけど、良輔もそれは期待していなかった。

「きっと地獄だろうな。人が死んだら……みんな、そっちに行くのかい?」
「……」
「あの人も……そこにいるんだろうか?」
「……」
「それとも、天国にいるんだろうか?」

「……そうかもしれないわね」

初めて、地獄少女が口を開いた。
良輔は驚いた顔で、彼女を見た。

「……」

だが、閻魔あいは無表情のまま、櫓を操っていた。


「……この怨み、地獄へ流します」


《翌朝の教室》

「ねえねえ。知ってる? 中田先生って駆け落ちしたんだって」
「えー? 私は夜逃げって聞いてるけど?」
「違う違う。実はね……」

行方不明になった中田先生の事を、みんな好き勝手に噂してる。
その輪の中には、先生を追っかけてた子もいた。
本当、呆れるよ……。

でも、私も他人の事を言えないか。あこがれてた……大好きだった先生。
私はこの手で……。


《放課後。瑞穂が親友の涼子と別れる》

「それじゃ、また明日な」
「うん、また明日」

「ふぅ……」

思わず、ため息をついてしまう。
胸の辺りがモヤモヤする。
なにかが引っかかってる。
イライラしてる。
涼子と遊んだり、ショッピングしたりしても……全然、スッキリしない。

中田先生の最後の姿が、目に焼き付いて離れない。
あの時、先生は言ってた。
「これも運命だ」って。あれはどういう意味なの?
それを聞き出す事は、もう出来ない……。


「ただいま……」

いつもと同じ。家には誰もいない。
部屋に戻る間に、ポストを確認する。
一枚、手紙が入ってた。

「あ、私にだ」

誰からだろ?

「え……!? こ、これ……」

宛先の所に書いてあった名前は「中田良輔」
死者からの手紙だった。
消印を確認してみる。
あの日……先生が地獄に流された、あの日だった。
先生は私に会う前に手紙を出したって事……?

封を切るのも、もどかしかった。
私は封筒を破って、手紙を取り出した。
手紙には見覚えのある字が書かれてる。中田先生の字……。


僕はこれから、君に会いに行く。
行って、全てを話すつもりだ。
でも、僕は口下手だから。もしかしたら上手く説明出来ないかも知れない。
だから、手紙を送る事にした。
願わくば、この手紙が無駄になっていて欲しい。

多分、君が知りたいのは、ただ一つだけだろう。
5年前になにがあったのか?
それだけだと思う。
それをいまから、記したいと思う。

《5年前の回想》

「きょ、今日こそは、これを渡して……彼女に僕の想いを……」

「あら、中田君? どうしたの、こんな所で?」
「え、あの、その……ぼ、僕は、その、高橋さんに……」
「私に……? なんの用?」
「いや、だから、その……」
「ごめんなさい。私、ちょっと急いでて。また今度でもいいかしら?」
「う、うん……こっちこそ邪魔して、ごめんね」
「それじゃ……」

「はぁ……また、ダメだったか」

相沢君に会ったのなら、ほとんど聞いてると思う。
だから、言ってしまおう。
僕は高橋さんのことが好きだった。
だけど、告白も出来ず、プレゼントも渡せないままで……。

《ある日。奈々に恋人のタカヤが詰め寄る》

「なあ、頼むよ。あと5万、あと5万あれば、今度こそ……」
「で、でも……この前だって、3万円も渡して……」
「あぁ!? なんだよ! オレの頼みが聞けないって言うわけ?」
「そ、そんな事は……」
「だったら、ツベコベ言ってねえでよ、出す物を早く出しやがれ!」
「……」
「なんだよ、その目は? また殴られてぇのか?」
「わ、分かったわ。だから、ぶたないで……」
「ククッ、サンキュ。愛してるぜ、奈々」
「……」
「さあて。この金で一発……」

「……」
「高橋さん……」
「な、中田君? いまの……見てたの?」
「ご、ごめん。覗く気はなかったんだけど……」
「ううん。こっちこそ、恥ずかしい所を見せちゃって」
「……彼とは上手くいってないみたいだね」
「ううん……そんな事ないよ」
「そうかな。そんな風には見えなかったんだけど……」
「……」
「まあ……なにかあったら、なんでも言ってよ。相談になるからね」
「……ありがとう。中田君って優しいのね」
「い、いやあ。僕はただ……君の事が……」

高橋さんのためなら、僕はなんだって出来た。
心の底から、彼女が好きだった。
だからこそ、僕はアイツが許せなかった。

「なんで分からないんだ!」
「……」
「あの男は、絶対に君を不幸にする……いや、現に不幸にしてるじゃないか!」
「……」
「あんな最低の男、君には合わない。別れたほうがいい!」
「彼の事、悪く言わないで! なにも知らないのに!」
「……!」
「私は彼を愛してるの! 別れるなんて出来ないわ!」

高橋さんは本気だった。本当にアイツを愛していた。
どんな仕打ちを受けても、アイツの事を思い続けていた。
正直、嫉妬しなかったと言ったら、嘘になる。
それでも、彼女が幸せならば、僕は身を引いてもよかった。

だけど、誰の目から見ても、彼女は苦しんでいた。
アイツのためにバイトを増やして、学校にも来なくなってしまった。
あんなに教師になる夢を、熱く語っていた彼女が……。

そんな彼女を僕は見ていられなかった。
だから、僕はアイツに彼女と別れるように頼みに向かった。
もし、別れないならば、せめてもっと彼女を大事にするようにって。だけど……。

《繁華街で中田がタカヤを探す。タカヤは別の女と酒を飲んでいた》

「おい、いつまで待たせる気だよ? 酒、早く持って来いよ」
「ねえ、いいの? お金、大丈夫?」
「心配すんなって。オレには金ヅルがいるんだからさ」
「金ヅル? ああ、あの美人のカノジョね」
「カノジョとか言うなよ。オレが好きなのは、お前なんだからさ」
「フフ、嬉しいわ」
「それにしても、奈々のヤツ。最近、金を出すのを渋りやがる」
「あなたが、お金を取りすぎなんじゃない?」
「ハン。金がないんじゃ、アイツも用なしだな」
「ひどーい」
「いっそ、保険金でもかけて始末しちまうか……?」

もうそれ以上、聞いていられなかった。
怒りに任せて、僕はアイツ……タカヤに殴りかかった。

数分後、僕はボロボロにされていた。
なにも出来なかった。タカヤの顔を一発、殴る事でさえも……。
悔しくて涙が流れた。

だけど、泣き寝入りしてる場合じゃない。
このままじゃ彼女が危ない。
僕は、さっき聞いた事を伝えに、彼女の元に急いだ……。
でも……。

「あまり、タカヤの事を悪く言わないで……」
「だ、だけど、アイツは君に保険金をかけて……」
「どうしてそんな嘘を言うの? どうして、彼を貶めようとするの?」
「う、嘘なんか……」
「もう帰って! 帰ってよ! 私の前からいなくなってよ!」

取り付く島がなかった。
僕の言う事なんて、全然聞いてくれなかった。
彼女は、僕よりもアイツを信頼していた。

もう、僕にはどうする事も出来なかった。
このままじゃ、タカヤに食い物にされ続けて、その上……。

あなたの怨み、晴らします。



送信

僕には、もうこれしか残されていなかった。
噂を頼りに、地獄通信にアクセスした。
そして……。

僕は地獄少女と契約を交わした。
彼女を救うためなら、地獄行きだって耐えられた。
タカヤは地獄に流された。

僕は喜び勇んで、彼女の元に急いだ。
一刻も早く言ってやりたかった。
君を傷つけるヤツは、もういないよ。
君を泣かせるヤツは、もういないよ。

でも……。

《マンションの階段。中田と奈々が言い争う》

「か、返してっ! 私の彼を返してよっ!」
「た、高橋さん……」
「は、離してっ! 彼の……タカヤの所に行かせて……!」
「だ、ダメだ! こんな場所で暴れたら……!」

「きゃあああぁぁぁ!!」

《口論の末に奈々が誤って階段から転げ落ち、動かなくなる》

「う……あぁ……」
「た、高橋さん……。ぼ、僕は……僕は……。こんなつもりじゃ…… うわぁぁぁぁぁ!!」

結局、僕がした事って、なんだったんだろう?
僕は、彼女の事を想って、地獄少女に依頼をしたのに……。
それが、彼女の命を奪う事になるなんて……。

そして……僕は教師になった。
でも、生きる目標を失っていた。
だけど……赴任したその先で、僕は運命的な出会いをしたんだ。

《中田の赴任当時の回想》

「うーん、まいったな……。あ、そこの君」
「はい、なんでしょうか?」
「え、えーと……職員室ってどこだったかな?」
「ぷっ。先生ったら、迷子ですかぁ?」
「し、仕方ないじゃないか。僕は赴任してきたばかりなんだから……」
「だからって……あはは」
「わ、笑うなよ。君……」
「先生! いい加減、自分のクラスの子の名前くらい覚えてくださいよ!」
「えっ! 君、そうなのか?」
「もう……高橋です。高橋瑞穂。ちゃんと覚えてくださいよ」
「……努力します」

初めはこんな感じだったね。
大勢の生徒の中の一人に過ぎなかったんだ。
だけど、書類をチェックしていて気付いたんだ。

驚いたよ。君があの高橋さんの妹だったなんて……。
運命のイタズラだ。
いや、むしろ天の配剤なのかもしれない。

この子を守ってやる事が、彼女への、せめてもの罪滅ぼしになるんじゃないか?

僕は決意した。
これからの人生は、君のために使おう、と。
君の笑顔を守る事が、僕の使命だ、と。

だが、君は高橋さんの死に疑問を抱き始めた。
そして、次第に傷ついていった。
何度も真相を伝えようとしたが、果たせなかった。
言い出せなかった。

あの時、自分が余計な事をしなければ……
「地獄通信」なんかにアクセスしなければ……。
もしかしたら、彼女は死なずにすんだかもしれない。

だけど、その事をどうしても伝える事が出来なかった。
勇気が足りなかったんだ。
君を守るって決意しておきながら、この体たらくだ。

だけど、君は違ったね。
自分の力で、高橋さんの死の真相を突き止めてしまった。
傷つきながらも、自分の元までやってきた。真実に正面から向かい合っていた。
それに引き換え、この僕は……。

君から逃げ出してしまっていた。
情けない……なんて情けないんだ。
僕は君の100分の1の勇気も持ち合わせていないのか!
自分自身に絶望した。

いや、いまからでも遅くない。
僕はようやく決意した。
真実を打ち明けよう。そして、彼女の裁きを受けよう。
罵られようが、殴られようが、全てを受け入れよう。
ありったけの勇気を振り絞って、君と向かい合おう。

もし君が赦してくれるなら、一生をかけて償おう……。


手紙はここで終わっていた。

手紙の上に涙がこぼれる。
気付くと、頬に涙が伝っていた。

「先生……」

先生も苦しんでいたんだね。それなのに私は……。
取り返しのつかない事をしてしまった。

いくら後悔しても、先生は返って来ない。
私が……私が殺してしまったんだから……。
胸が締め付けられるように、激しく痛んだ。


翌日──

《奈々の眠る墓地》

「お姉ちゃん……」

また来てしまった。今日は話したい事があったから……。

お姉ちゃんのお墓は、きれいに清められていた。
誰だろう? もしかして舞さんかな。
……舞さんには、全てを話さないといけない。
それが礼儀だと思う。

「あれ……これ……?」

お姉ちゃんのお墓に、なにか箱みたいな物が供えてあった。

「なんだろ、これ? オルゴール?」

手に取って、ふたを開けてみる。

「あ……」

オルゴールからメロディがあふれ出す。穏やかな雰囲気の曲。

「この曲は……」

お姉ちゃんが大好きだった。
そして、中田先生も好きだったあの曲だった……。

そういえば……以前、先生が持っていたオルゴール……。
すぐ隠しちゃったけど、間違いなくこのオルゴールだった。
それに……。
手紙に書いてあった、先生がお姉ちゃんにプレゼントしようとしてた物って……。
もしかして……?

「中田先生……」

いつの間にか流れていた涙。
次から次へと溢れ出して止まらない。

「中田先生……」

先生の想い……。
お姉ちゃんの想い……。
そして、私の想い……。

みんな、悪くない。
お互いに、ちょっとすれ違ってただけなんだ。
それなのに……。


どこまでも続く青い空。

オルゴールの音だけが、いつまでも響いていた。


終劇

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