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最終電車のエンディング (後日談)


【解説】
すべてのシナリオをクリアした後に見られる後日談です。
「冥界封印編 封印の章」の後のエピソードと思われます。


8号車


アタシの時計が、常に秒単位まで正確に合わせられている事はわりと知られているけど、けれどその理由を知るトモダチは、意外と少ない。
得意になってしゃべるようなコトでもないしさ。
その理由ってのがつまり、今、アタシが肩で息をしている理由と同じ。
ほんの数分前、アタシは、既にシャッターの下りた商店街を、全力疾走してた。

自動改札機に定期券を滑り込ませ、既にホームに入って来ていた列車に飛び込む。
その背後で音をたててドアが閉じる。
そして今、閉じたドアに背をあずけて、ようやく息を整えているってわけ。
やれやれだ、とアタシは思った。
今夜も、何とか最終電車に間に合った。
つまりこれが、アタシの時計が正確な理由。

父親がいないせいかな、うちのお母さんすごい心配性だから、終電に遅れてタクシーで帰宅、なんてコトだけは避けたいしね。
で、終電には、しょっちゅう世話になってるってワケ。
家までたったの一駅なんだから、確かに歩いて帰れない距離じゃないけどさ。

でも、学校終わってから遊び回った後で数キロの道のりを歩くなんて考えると、終電の時間を気にしながら歩く方がマシだもんね。
ともあれ、今夜は間に合った。
この次はどーだか、わかんないけどね。

閉じたドアに背をあずけたまま、飛び込んだ最後尾の車内を見回した。
ガラガラ、だ。
少し離れた席に、オトコの人が一人、座っているだけ。
この時間、この電車に飛び込むと、必ず座っている人。
何の仕事してんだろ?

黒い革ジャン着て、ちょいロンゲ気味、顔は童顔入ってるけど、ハッキシ言って、アタシのタイプなんだな、これが。
手袋はめた手をひざに置いて、すっごく姿勢よく座ってる。
歳はアタシより、五つか六つ、上かなってとこ。
アタシは手近のシートに腰を下ろし、彼を真似て、正面の窓を見た。

すっかり明かりの少なくなった町並みの上にアタシ自身の顔が映っている。
走ったせいで髪が乱れていたが、手を上げるのもおっくうで、アタシはただ、疲れ果てた自分の顔を眺めていた。

「ふう」
背をあずけた時のクッションのきしみと同時に、アタシは自分自身がもらした溜め息に苦笑する。
それが、あのヒトへ向けた言い訳のように思えたから。
カレはきっと、毎晩のように顔を合わせるアタシが、たった一駅で降りていく事を知っているはず。

その、わずか数分の乗車をシートに座って過ごしてしまう自分を、無意識に正当化しようとしているような気になっちゃったのだ。
アタシは、こんなに疲れているんです。
ほら、ね、溜め息が出ちゃうくらい疲れてるんですよ。
だから座ってるんですよ。
わかってくださいね、オニーサン。

やれやれ。
自意識過剰もイイとこだわ。
ウンザリしながら天井を見上げたアタシの耳に、聞きなれた音が飛び込んでくる。
空気の鳴る音。
アタシが降りる駅の、その手前で、電車は地下トンネルへと潜っていく。
気圧と気流の変化が起こすその音が、アタシへの合図だ。

もうすぐ駅だぞとその音は告げていた。
でも、妙ね。
いつもより座っている時間が短いような気がするけど……。
高校進学以来、もう二年以上、毎日この路線に乗るんだし、終電だって週に何回も利用してる。
シートに腰を下ろしている時間は、体が覚えてる。

となると、どーゆーコト?
いつもより早い速度で電車が走ってるっての?
ダイヤでも変わった?

ともあれ、アタシは重い腰を上げ、ドアの前に立った。
……やっぱ、変。
あの音が聞こえるころには、いつもなら速度がかなり落ちている。
なのに、窓の外を流れていく地下トンネルの壁は、速度を落としてない。
……っていうか、いつもより速くない? これ。
そう思った瞬間だった。

「やだ! マジ?」
気圧の乱れに窓ガラスを揺らし、列車がアタシの降りるべき駅を通過しちゃったじゃないの!
見慣れたベンチが、広告のポスターが、そして、いつもアタシが重い足をひきずって昇る階段が、目の前を猛スピードで横へと滑っていく!
アタシは思わずドアのガラスに顔を押しつけ、遠ざかる駅を見送った。

「うっそぉ! やだ! どーなってんのよ!」
アタシの住む町が、家が、一日の疲れを癒してくれるべきお風呂とオヤスミ前のミルクティを道連れに、みるみる遠ざかっていく。
アタシはうめいた。
じょーだんじゃないわよっ!
せっかく終電に間に合ったと思ったら、駅を通過しちゃうなんて。

息を切らして走ったアタシの努力は、どーしてくれんの!
まだ乾いていない背中の汗を、どーしてくれんの!
ゆうべ必死で書き上げて、明日提出予定のレポートを、どーしてくれんのよぉ!
それともナニ?
終電だと思ったのは間違いで、これはその前の快速か何か?

だとしたら、次に止まる駅は、どこよ。
そこから歩いて帰れるの?
それとも、やっぱタクシーなワケ?
どっちにしろ、もう一度呟くしかない。
「マジィ?」
「どうかしましたか?」

背後からの声に振り返ったアタシの目に、真っ黒が飛び込んできた。
カレだった。
初めて間近に見るカレは、思っていたよりも、ずっとイイオトコだった。
歳はハタチを少し過ぎたくらい。
長く豊かな黒髪に縁取られた顔は、目元もすずしく上品な感じさえする。
しまったなあ、とアタシは思った。
カッコ悪いところを見られちゃったよ。

アタシは努めて平静に応えた。
「いえ、駅を通過しちゃったんで……、ちょっと驚いちゃって」
まさか、と言うと、カレの大きな瞳が、さらに大きくなった。
断言しちゃうぞ。
カレは、マジでイイオトコだった。

「ついに来たか……」
カレの言葉に、思わずアタシは、へ?と間抜けに聞き返しちゃった。
来たって……ナニが?
でも彼は、あたしの顔を見もしないで、じっと窓の外に目を向けたままだ。
「あの……来たって……ナニがですか?」
「もう10年ほどにもなるかな……」
ぼそり、とカレが言う。

「前にも一度ね、あったんですよ。同じ、この路線。同じ、最終電車で」
「……はあ」
「キミ、名前は?」
「あ……はい、中村千佳……です」
「オーケイ。千佳ちゃん、キミは超自然現象の存在を、信じるかい?」
ナニ言ってんだ? このヒト。

超自然現象って……
「幽霊とか、UFOとか、ネッシーとか……?」
「そう。騒霊現象。幽姿現出。物体消失、物体出現。瞬間移動……いろいろ、ね」
「はあ……まあ……。あるかも知んない……って程度になら……」
「そうか」
言って、カレは、くるり、と向き直る。

前の車両とをつなぐ、連結器んとこのドアに向かって。
「なら、話は早いな!」

《隣りの車両へのドアが激しい音を立て、見えない力が加わったかのように、ドアが歪み出す》

カレはアタシを、手で後ろに下がらせると、言った。
「僕は10年前、この路線の、これと同じ最終電車に乗っていた」
その時、アタシは、ちらり、と見ちゃったのだ。
カレの手袋の内側……手のひらんところに、何だか見慣れない図形が描かれているのを。

「その時、信じられないような事態に巻き込まれたんだけど、奇跡的に助かった。本当に奇跡的に、ね。でもすべて終わったわけじゃない」
図形の描かれた手袋が、スルリと動く。
前方へ。
みるみるゆがんでいくドアに向かって。
彼は言った。

「あの方法では充分じゃなかったんだ。きっとこの日が来ると思ってた。……今度こそちゃんと封印しないと。危ないから後ろに下がっていたほうがいい」
カレの手袋が……ぼんやりと光を放ち始めた。

なに?
なんなのこれ?
なんなの? この人……!
「僕の名は、白石智道」
カレは、ちらり、とアタシを振り返ると微笑んだ。
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