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最終電車のエンディング (恋の始発駅編)


【解説】
主人公・石岡哲也の乗った最終電車。
彼は密かに、いつも乗り合わせる女性に想いを寄せていた。
そしてその夜、ついに初めて言葉を交わす……。


「私ね、夢を見たの」
「夢?」
「そう。ちょうどこの辺りで私寝ちゃって」
「ああ」
「ほんのわずかな時間だったはずなのに、すごく長い夢に思えた」
「へえ、どんな?」

「うん……電車がね、私を乗せた電車が脱線事故にあうの。電車の中は血の海で、たくさんの人が死んでいたわ。私はかろうじて息があるんだけど、全身から血がどんどん流れていくのがハッキリわかるの。助けを呼ぼうとするんだけどダメなの。なんて叫んだらいいのかわからないのよ……」
「誰かー!!って叫べばいいんだよ」
「うん、そうなんだけどね。夢の中で私はその人の名前を呼ぼうとするのよ。でも、名前がわからない。そのうちに意識がもうろうとしてきて、あ、私死ぬんだなって思うの。そしたら私、すごく寂しい気分になっちゃって……もう、あの人に会えないんだなって。こんなことならお話ししとけばよかったって、すごく後悔して、私っ……」

美由紀はそこまでしゃべると、感きわまったといった感じで口を閉ざした。
電車がけたたましいブレーキ音をあげる。
僕は四方の駅に戻ってきた。

電車はみるみるスピードを落としていく。
それに反比例して僕の勇気と決意は高まっていく。
そして電車が完全に止まって息を吐いたとき、僕は言った。
「でも、今日からはその人の名前が呼べるだろう?」
美由紀は僕の顔を見つめたまま一瞬、沈黙する。

僕は、ただの勘違い野郎だったのかな。
扉が開き、僕は美由紀に背を向ける。
その背中に向けて、美由紀が言った。

「石岡さん、待って!!」
呼んで駆け寄る美由紀を、振り返った僕は両腕で受け止める。
後ろで電車の扉が閉じたが、そんなことはどうでもよかった。
美由紀は僕の顔を見上げて言う。
「私なんかでいいの? 私のこと、何も知らないのにいいの?」
僕は返事をする代わりに、美由紀を抱きしめる腕に力を入れた。

これ以上、望むものなど何もない。
美由紀のことを知るのも、僕のことを知ってもらうのも、これからゆっくりすればいいことだ。
僕らは毎日逢えるのだから。
この、最終電車で。


恋の始発駅編
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