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最終電車のエンディング (列車強盗編)


【解説】
主人公・石岡哲也の乗った最終電車がトレインジャックに遭遇。
彼は仲間たちと協力して強盗たちを倒した。
しかし、列車には時限爆弾が仕掛けられていた。
解除するには赤と青のどちらのコードを切るか。石岡が選択を迫られる……


終点・鐙台駅


ひやり、とした空気が頬に触れる。
地下の駅構内は、大勢の人々でごった返していた。
警官。救急隊員。報道関係者。野次馬……。
駅の中も外も、うんざりする程の人数が、右へ、左へと走り回る。
僕と美由紀は、並んでホームのベンチに腰を下ろした。

戻ると、列車はホームの最前、車止めに鼻面を触れさせる寸前で、停車している。
まさに危機一髪だったのだ。

青いコードを切った瞬間、爆弾にとりつけられたデジタル表示が、消えた。
爆発は、起きなかった。
思わず床にへたり込んでしまいそうになったが、まだ終わってはいない。
電車は相変らず暴走を続けているのだ。
僕は受話器に向かって叫んだ。
「やったぞ!」
応えたのは、御堂の叫びだった。

「解除完了! 列車を止めろ!」
一瞬遅れて、進行方向の全ての振動が、一斉に赤……そう、真っ赤に変わり、列車は急ブレーキのけたたましい音をたて始めた。
僕はただ彼女を……美由紀を抱きしめていた。
彼女を守ろうとしたのか、それとも僕自身が誰かにすがりつきたかったのか、それはわからない。

けれどとにかく、僕は彼女の桜色のスーツを力いっぱい抱きしめていた。
床から伝わる振動が、車両を震わせる。
耳から飛び込んで奥歯をきしませる音が、いつ終わるともなく響く。
止まれ……!
僕は、心の中で、そう叫び続けていた。
止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれ!
止まれ! 止まれ! 止まれ! 止まれぇっ!
「約束……覚えてる?」

耳ざわりのいい美由紀の声に、僕は現実へと引き戻された。
そうだ……。もう、終わったのだ。
「うん」
忘れるもんか。
生きるという事は、次々と現れる選択肢を、選びえらんでいく事だ、と誰かが言っていた。
あの時、僕の前には二つの選択肢があった。

あの時、僕の前には二本の道があった。
そのうちの一つは、死へと続く道。
僕は、もう一本の道を選んで、今、ここに、いる。
そして彼女との約束は、その別れ道の前で交わした、大切なものなのだ。
「覚えてるよ」
僕は隣に座る彼女を振り返った。

美しい瞳が、真っ直ぐに僕を見つめていた。
「行く?」
「ええ」
僕らは、ベンチを背に歩き出した。

ホームでは、同じ列車に乗り合わせた乗客達の姿が、いくつも見える。
ある者は緊急停車で受けた傷を救急隊員に手当てされていた。
ある者は、警官に誘導されて行き、ある者は報道のマイクに応えて事件の様子を語っている。
僕らは、そんな騒然とした雰囲気の中を、すり抜けて行った。

そんな中、僕はある人物が、担架で運ばれていくのを見かけた。
車掌である。
ずいぶん血を失ったためか、真っ青な顔をして運ばれていく彼を見ていて僕は思った。

この事件を解決したのは、誰でもないんだ。
たしかに、爆弾の息の根を止めたのは、僕だ。
だがそれも、あの御堂という男の指示がなければ不可能だったに違いない。

それに、僕が犯人をやっつけられたのは、美由紀と車掌が僕を隠してくれたからだ。
僕の事を告げ口した男だって、彼がそう言い出さなければ、僕が犯人を一人ずつやっつける事なんて、できなかったかも知れない。
ヒーローなんて、いないんだ。
みんな、それぞれの役割を、それぞれの立場でこなしただけだ。

僕も、彼も、美由紀も、そして乗客達も。
あだ、それだけのコトなんだ。
そして僕は今、この事件で知り合った素敵な女性と、食事に行く。
ヒーロー・インタビューも、拍手喝采も、ない。
それを受けるべき人物など、ここにはいない。

この事件に関わった全ての人々が、それぞれの選択を行い、そして今、事件が終わったというだけの事なのだ。
だから僕は、もう、行く。
次の選択が、待っているのだ。
「おう! いたいた!」
僕らが呼び止められたのは、駅の階段を上がろうとした時だった。

見ると、身長2メートルはあろうかという巨漢が、手を振りながら人込みをかきわけて走って来るところだった。
それが誰であるのか、僕らにはすぐにわかった。
「御堂さん……?」
「おう! あんたが……ええと、石岡さんだな? それと、勇ましいお嬢さん」
「畠山美由紀です」

「おうおうおう! 二人とも、声から想像してたとおりだなあ!」
言いながら、ごつい掌で、ばしん、と僕らの肩を叩く。
「それにしても大したモンだぜ。あんたらが始末したのは、国際的テロ・グループの日本支部の連中なんだって、知ってたか?」
「……え?」

テロ……グループだって?
しかも国際的な……?
その時、僕の顎は30センチぐらい落ち込んでいたかも知れない。
そして、美由紀も。
そんな僕らに、御堂は、がっはっは、とばかりに笑った。
「なんだ、知らなかったのか。連中、そのボスがこないだベルギーで逮捕されちまったもんだから、そいつの解放を要求してやがったンだよ。実はついさっき、別のメンバーがロスで起こしたバス・ジャック事件が、解決したとこなんだぜ。あと、スイスの銀行でも同じグループのメンバーが人質をとって立てこもってたのが、1時間ほど前に全員逮捕されてるしな」

うわあ……
なんてこった。
僕らは、国際的同時多発テロの、その内の一つに巻き込まれてたんだ!
あっけに取られた僕らに、けれど御堂は、ぱちん、と不器用なウィンクを投げて、言った。

「ま、でもそれも全部解決ってワケだ。ところで、どうだい、いっちょ、おごらせてくれや。聞きたいコトもあるし、よ」
僕は美由紀と顔を見合わせた。
彼女は、黙って微笑む。
そうさ。
僕らの「選択」は、同じだ。
僕は首を横に振って見せた。

「遠慮しときますよ。これから、約束があるから」
「ああ?」
きょとん、となった御堂だったが、僕らの顔を交互に見てから、ワハハハと笑った。
「おうおう! そうかそうか、いや、邪魔した。後の事は俺にまかせな。じゃあな!」

それだけ言うと、彼は僕らに背を向けて、人込みの中へと消えていった。
彼に用意された役割の為に。

「さて……、と」
美由紀の指が、するり、と僕の手を包む。
振り返った僕に、彼女は微笑んで、言った。
「どこに行きましょう?」
そう。
とりあえず、それが第一の選択だ。


列車強盗編
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