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最終電車のエンディング (冥界封印編 封印の章)


【解説】
主人公・石岡哲也の乗った最終電車が、駅に停車せずに暴走を始めた。
車内で次々に起こる奇怪な超常現象。
石岡は乗客たちと協力し、古事記のイザナギとイザナミの神話をヒントに、怪物たちを倒した……。


終点・鐙台駅


ひやり、とした空気がほほに触れる。
ベッド・タウンの駅は、広く清潔ではあったが、閑散としていた。
駅員がひとり、僕らの横を足早に通りすぎて行く。
戻って来たんだ。
僕らに理解できたのは、ただ、それだけだった。
あの時……、「岩戸」と名付けたドアを閉じた瞬間、突然に静寂が訪れたのだ。

僕らが恐る恐る目を開けた時には、既に窓の外は駅だったのである。
何がどうなっているのか、ちゃんと理解している者は、一人もいなかった。
僕らはただ、誰言うともなく立ち上がり、列車を降りた。
そして今ここに……駅のホームに立っている。
いつ到着したのか、いつ停車したのか、わからない。

いや、ドアを閉じたその時間には、既に停止していたような気がする。
おそらく、そうなのだろう。
僕らの乗った列車は、どこか知らない別の空間を走っていたのだ。
列車には、怪異の痕跡すら、ない。
ただ、僕ら以外の乗客は、一人も降りては来なかった。
つまり、そういうこと。

「だからぁ! あたしのせいじゃないッてばあ!」
カン高い声に振り返ると、薫が駅のホームの公衆電話で言い訳をしていた。
時計を見ると、もう午前二時をまわっている。
やれやれ、だ。
僕と美由紀は、思わず苦笑を交わした。

「僕も、ちょっと言い訳して来ますね」
言いながら、智道も公衆電話へと駆けていく。

連絡を終えた薫が美由紀に嘆いていた。
「お父さん、むッちゃ怒ってる。車で迎えに来るって。ヤバヤバだよぉ」
「あ、僕の方も、父が迎えに来ます」
智道が、テレホン・カードをしまいながら戻って来る。
僕らは思わず、顔を見合わせて、笑った。
ともあれ、帰って来たんだ。

僕らが遭遇した奇怪なできごとの、その原因の謎のままだが。
けれど僕には、わかったような気がした。
ヒントは、三つ。
まず、何かの古墳を壊して通した路線、という噂。
それから、神話。
そして、最後に僕が見た、女の顔……

「ねえ……」
美由紀は僕のそばへ寄って来ると、声をひそめて、言った。
「古墳の話、覚えてる?」
どうやら、彼女も僕と同じ答えに行き当たったようだ。
美由紀は言った。
「イザナミって、実在したんじゃないかしら」

火の神を産んだ為に死んだイザナミは、死の世界で醜く変わり果てた姿を、愛する夫イザナギに見られてしまった。
イザナギは亡者に追われ、命からがら生者の世界へ逃げ延びた。
そして生者と死者の間に、契約が交わされたのだ。
それまで自由だったこの世と黄泉との行き来を、遮断する事。
契約は成立した。

だから今、僕らの生と死は、別の世界に分けられているのだ。
けれども、これが単なる神話でなかったとしたら。
イザナミが実在し、それを祭る墳墓があったとしたら。
そしてそれを壊してしまったとしたら……。
それは契約を破った事にはなるまいか?

もしもそうなら、破られた者は、破った者を、どうするだろうか?
全ては仮説だ。
しかも、こうやって元の世界に戻って来た今となっては、現実感に乏しい絵空事としか思えないのも事実だった。
僕は、美由紀に肩をすくめて見せた。

「さあ、ね。僕にはもう、わからないよ。今となっては、全ての真相は闇の中だ。ただ、確かなコトが、一つだけある。こいつは謎を解くよりも大問題だぜ」
僕は、彼女に片目をつむって見せた。
気取ったウィンクに見えれば、おなぐさみだ。
「なに?」

「僕ら、帰るアシが、ない」
「あ……」
そう。
これこそが、今、最大の問題だ。
つまり、今はそれ以上の問題がない、という意味でだが。
とりあえず僕らは駅を出て、それから自動販売機で飲み物を買う事にした。
もちろん、生還を祝って乾杯をする為だ。

その後の事は、それが済んでから考えるとしよう。
とにかく僕らは帰って来た。
今はそれだけで充分だ。


冥界封印編 封印の章
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