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マリア2 受胎告知の謎 (逃亡編) グッドエンディング


第9話 日本民族優性化計画



その後、二階堂が言った通り、ヒール財団のあった建物は完全に崩れ落ちた。
私たちは、緑川さんの遺体を運ぶ間もなく、命からがらヒール財団から逃げた。
ヒール財団が崩れ落ちた日に、私たちにとっては大きな出来事が、もうひとつあった。

警察庁のホームページの投書コーナーに、匿名で映像が送られてきた。
それは、二階堂が亜門博士の部屋で、博士を殺害した映像だった。
そしてその後、博士のもとに駆け寄った景山純の姿もはっきり映っていた。
この映像が証拠となり、景山純の亜門博士殺害容疑は解け、彼は無罪放免となった。

警察からの帰り、私たちは壊れたヒール財団の前に立ち、この事件を振り返っていた。


景山「信じられないことばかりだよ。あのビデオは誰が撮って、誰が送ってきたんだろう?」
真里亜「うん……誰なんだろう……? あんな証拠があるって、知ってたら、景山さんも逃げ回ったりしなくて、すんだのにね。」
景山「その代わり、この事件が教えてくれたこともたくさんあったから、プラスマイナス、ゼロってところかな。」
比奈子「ふーん、ゼロなんだ?」
景山「やっぱり、プラス……でも博士は死んで戻ってこないから……やっぱり、プラスとはいえないな……。」
真里亜「乱さん…… これから、大変だな……。」
景山「そうだね。警察の事情徴収…… けっこう、しつこそうだよね。」
比奈子「大丈夫だよ! 身を隠していた理由が証明できればいいんだから。」
景山「どっちみち警察は、あの駐車場での炎上は事故ってみてるんだから、乱さんに変な容疑はかからないさ。」
真里亜「そうなんだけどね……。あの炎上で亡くなったのは、誰なのかしら?」
比奈子「本当よね……。」
真里亜「警察は博士殺しの真犯人が、警察の人間だったってことで大騒ぎ。」
景山「僕たちは、何も知らずにヒール財団に呼ばれて、突然建物が崩れてきたの一点張り。」
比奈子「警察も私たちの話を信じるしかないってわけね……。」
真里亜「ヒトクローンのことを証明するデータは、何も残っていないから、誰も想像しようがないしね……。信じられない、がれきの山……。」
比奈子「ここに本当は何が眠っているのか、知っているのは私たち3人だけね……」
景山「うん。誰も信じないような話だけどね。」
真里亜「そうだね……。」
比奈子「あの事件って、一体、何だったんだろう。現実だったのかな……。」
景山「あんなに逃げ回って、はらはらして、今にして思うと、ウソみたいなとこあるよね。」
真里亜「ウソっぽい……。」
比奈子「真里亜もそう思う?」
真里亜「ううん。淡々と流れる、今のあたしたちの毎日がウソっぽいの……。」

景山「僕はあれから、毎日、あの事件の意味ばかり考えている……。」
比奈子「あの事件の意味?」
景山「僕たちはどうして生き残ったのかな……って、毎日、そればかり考えてる。」
真里亜「答えなんて出るのかな?」
比奈子「出ないかな?」
真里亜「だって、その答えが出ちゃったら、亡くなった方々にも意味があることになる……。」
比奈子「死んでしまった意味?」
景山「生き残れなかった意味?」
真里亜「そんな答え出ないでしょ? あたしたち、自分たちの手で全部、埋めちゃったの。」
比奈子「埋めたって、何を?」
真里亜「あのがれきと一緒に、人魚の涙を埋めたのよ。もう掘り起こせないの。
景山「掘り起こしちゃいけないのか……。」
真里亜「自分たちの手で人魚の証拠を埋めたの。誰にもその涙を見られないために。掘り起こしちゃいけないのよ。あたしたち。」

景山「そうか……。でも最後に一つだけ言っていいかな?」
真里亜「何?」
景山「あの男、二階堂はさ、M計画の目的は、日本民族優性化計画って言ったよな?」
真里亜「うん。」
景山「でも、だったら、あの男のメリットは何だったんだい?」
真里亜「実は、あたしも同じこと考えてたの……。」
比奈子「私も実はひっかかってたの……。」
真里亜「それにあの男、最後に『マリア、一緒に死のう』って言ったよね。憶えてる?」
景山「うん。忘れたくても忘れられない。」
真里亜「あれ、どういう意味?」
比奈子「最後におかしくなっちゃったのかしらね?」
景山「そうかな……。」
真里亜「何かひっかかってるのね。あの言葉に……。」
景山「ねえ、こんな言葉知ってる?」
真里亜「何?」
景山「『心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする』って言葉……。」
真里亜「聞いたことないな。」
景山「漱石の『吾輩は猫である』の一節だったと思う。正確には『のん気と見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しいことがする』って一節なんだけどね。」
比奈子「でも、その一節がどうかした……?」
景山「二人とも、財団ががらがらと崩れ落ちてきたときの緊迫感を覚えてるよね?」
真里亜「もちろん、忘れたくても忘れられないわ。」
景山「でも、二階堂はがらがらと崩れる建物の中にいても、何も恐れている様子がなかったような気がするんだ。」
真里亜「そう言われれば……。」
比奈子「あの時は、必死だったから。うん、でもたしかに、二階堂だけは冷静っていうか……むしろ淡々としてたような気がする。」
景山「要するに、いつも平常心でいる余裕みたいな、自信みたいなの……あった気がする。」
真里亜「うん。」
景山「でも鷲崎マリアちゃんに向かって『一緒に死のう』と言った時だけは、何となく違った気がするんだよ。あれは何だったんだろうってずっと考えてたんだ。そしたら、あの一節を思い出したんだ。」
真里亜「『心の底をたたいてみると悲しい音がする』か……。」
比奈子「二階堂の心の悲しい音……。」
景山「うん、平然と何人もの人を殺した怪物が最後に見せた本音っていうのかな……。」
真里亜「あたし、景山さんの言ってること何となくわかる気がする。私も二階堂が最後に見せた態度に一つひっかかるものを感じてたんだ。」
比奈子「何?」
真里亜「あの男、最後に薄笑いを浮かべて自分で引っかかった裾を撃ち落したよね。どうしてかな……?」
比奈子「私も見た……。あの男の最後の薄笑い……。」
真里亜「これで死ぬっていう時に、何であんな風に笑っていられたのかな……? まるで、何かに解放されたみたいな笑い方だった気がするの……。」
比奈子「そうかな……。」
景山「そういわれればそうだね。『日本民族優性化計画』が、どうして、あの男にとって命を賭けるほど大切だったんだろう……? やっぱり、あの男のことは何度考えてみても、不可思議なことが多いんだよ……。」
比奈子「考えても答えは出ないけど……。」
真里亜「やっぱり、つい考えちゃう……よね。」
景山「今日限り、忘れなければいけないんだろうな。そのことも……。」
真里亜「そうだね……。全部埋めないと、ここを壊した意味がないもんね……。」

比奈子「ねえ、みんなで希望の丘教会へ行かない?」
景山「希望の丘教会?」
比奈子「大丈夫だって! もう誰かに襲われることはないから!」
真里亜「行ってみよっか? 3人で明るい時間の希望の丘教会に行ったことないもん。」
景山「行くのはいいんだけど……」
真里亜「どうしたの?」
景山「比奈ちゃん、言いづらいんだけど、安全運転でお願いできる?」
比奈子「なーに言ってんのよ〜。私はいつでも安全運転じゃな〜い!」
真里亜「いつでも?」
景山「それはちょっと異議ありだな。」
真里亜「気が合ったわね!」
比奈子「2人とも恐がりなんだから。さあ、行くわよ!」
景山「あ──、比奈ちゃん!! う、うしろ!!!」
比奈子「ぎゃ──!!! たーすーけーてー!」
真理子 (恐がりはどっちなの……?)


《希望の丘教会の墓地》

比奈子「ふぅー、いい風が吹いてる。」
真里亜「本当!」
景山「こんなふうに3人で、この丘に来ることができて本当に良かったな。」
真里亜「そうだね。やっぱり逃亡生活はつらかったもんね。」
景山「まあね。」
真里亜「ねえ、みんなで真子ちゃんのお墓にお祈りして行こうよ。」
比奈子「そうだね。」

《緑川真子の墓前に3人がやって来る》

真里亜「あ……緑川さんがお供えしたユリの花だ。」
比奈子「本当だ……。」
景山「緑川さんの墓石、真子ちゃんの隣りに置いてあげたいね。」
比奈子「緑川さん……命を賭けて私たちを助けてくれたのね。」
真里亜「うん。」
景山「でも……最後に鷲崎代議士が緑川さんのことをあんなに必死になって探してくれて……。」
真里亜「財団が崩れた時は、鷲崎代議士、もうダメかと思ったけど。」
比奈子「あのサクセス政治家には、強運がついてるのかもね。」
真里亜「そうだよね。かれきが盾になって鷲崎さんを守ったんだもの。本当に強運だよね。」
比奈子「でもちょっと見直したな。あの崩れかけた地下研究所で緑川さんを捜しに行ったんだもの。」
真里亜「そうだよね。やっぱり今でもすきだったのかな……緑川さんのこと。
比奈子「さあ……。」
景山「緑川さんの墓石が建ったら、きっと鷲崎代議士、ここにお参りに来てくれるよ。」
真里亜「そうだね……。」
景山「まずは事件の解決を真子ちゃんに報告しよう……。」
真里亜「そうしよっか……。」

祈りながら私は考えた。
緑川さんが白いユリの花を真子ちゃんの墓前に、いつも沢山お供えしてた、その意味。
緑川さんが真子ちゃんのクローンを作ることで、真子ちゃんの新たな誕生を報告していたのだ。
それは、緑川冴子流の受胎告知の花だったのかもしれない。

真里亜「このお花、取り替えようか?」
比奈子「でも、このユリ、まだきれいだよ。」
真里亜「うん。でも、替えたいの。」
景山「わかった……。この花は僕たちが持って帰ろう。」
比奈子「わかったわ。そうしましょう。」
真里亜「今度は、真っ赤なバラの花を持ってここに来ましょう。」
比奈子「どうして、赤なわけ? 今度は?」
真里亜「それはね…… あっ……」

《教会の鐘の音が響く》

真里亜「希望の鐘!」
比奈子「本当だ。」
景山「でも、まだ昼間だよ。6時33分にはほど遠い時間だけど……。」
真里亜「きっと神父さまからのプレゼントよ! いただいちゃいましょう!!」

一同「異議なーし!!」


真子ちゃん……緑川さん……亜門博士……そして、ここに眠るみんな…… 神父さまの希望の鐘です。聞こえますか?


《雨が降り出す》


雨だ。

大地と風と水……3つの要素の調和。

私たちには、希望の丘の静かなハミングが聞こえるような気がした。


(終)
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