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マリア2 受胎告知の謎 (究明編) エピローグその1


第7話 永遠の眠り



真里亜「ううっ……。」
比奈子「真里亜! 聞こえる。」
真里亜「ああ……」
景山「真里亜ちゃん、わかるか? 僕だよ!」

《目を開ける真里亜の目に、景山と比奈子の姿が飛び込む》
《いつの間にか、真里亜は病院のベッドに横たわっていた》

真里亜「景山……さん…… それに比奈子……。」
比奈子「よかった。意識が戻ったのね……。」
真里亜「あたし……?」
比奈子「ヒール財団の玄関で、安藤さんと倒れてたのを私と景山さんが見つけたのよ。」
景山「帰りが遅すぎるから心配になって、二人でヒール財団に行ってみたんだ。」
比奈子「そしたら、真里亜と安藤さんが倒れてて……もう、びっくりしたよ。」
真里亜「そっか……。乱さんは?」
景山「心配しなくても大丈夫だよ。安藤さんは別の階に入院してる。」
真里亜「よかった! あ、いてて……。」
景山「ダメだよ。まだ、傷口がついていないのに、そんな大きな声を出しちゃ。」
真里亜「つい、クセでね……。ところで安藤さんの容態は?」
景山「弾は急所をはずれていたから、心配いらないそうだよ。安藤さんと真里亜ちゃんとどっちが先に退院できるかなって、ところだろうね。」
比奈子「でも、本当に驚いたよ。安藤さんが生きてるって、わかった時は。」
真里亜「あの駐車場で亡くなったのは、誰だったの?」
比奈子「荒井正治さんって、人だったの。」
真里亜「荒井正治さんって……?」
景山「あの駐車場の事故があってから、ずっと、行方不明で、捜索願が出されてた方だったんだけどね……。」
真里亜「どうして、その荒井さんが、乱さんの車に……。」
比奈子「そこのところは、警察が今でも調査中なの。でも……亡くなる前の荒井さん、事業に失敗して多額の借金があったらしいの。でも……亡くなる前の荒井さん、事業に失敗して多額の借金があったらしいの。」
真里亜「その借金と今回の事件との関係は何……?」
比奈子「この事件とのつながりはないわ。だけど、新井さん、乱さんの車に乗る前にも、さくらテレビの駐車場から車を盗んで売却していたことがわかったのよ。」
真里亜「荒井正治は、乱さんの車を盗もうとしてた……ってこと?」
比奈子「本人死亡じゃ、何の証言も得られないけど、それしか考えられないって警察の方が言ってたわ。」
景山「今となっては、あの車のガソリンが漏れていたことも、事故なのか何者かが細工をしたのかも、断定できないって……。」
比奈子「はっきりしてるのは、乱さんは、偶然にも車が盗まれたおかげで命びろいしたってこと。」
真里亜「どうして、乱さんは、名乗り出なかったの……?」
景山「そのことは、直接、安藤さんに聞くといいよ。」
比奈子「乱さんは、いざとなったら二階堂と取引をしようと考えてたらしいの。」
真里亜「どういうこと?」
比奈子「あわてない、あわてない。こんなケガまで負って真里亜だって真相は直接本人に聞きたいでしょ?」
真里亜「わかった。そうするよ。」
比奈子「それから、これ……。」

《比奈子が差し出したのは、真里亜が地下研究所で見つけた二階堂の日記帳》

真里亜「あ、これ。たしか……二階堂の日記……。」
比奈子「警察には提出しなかったの。発見した時の真里亜、しっかりこの日記を握りしめてたから……。」
真里亜「大丈夫……? そんなことして?」
景山「何とかなるさっ!」
比奈子「何とかなるわよ。」
真里亜「二人とも変わったね……。」
比奈子「そういう真里亜こそ、一番変わったのかもよ?」
真里亜「そうかもしれないね。で、中には何て……? 何かこの事件の真相にふれること……書いてあった?」
景山「これは、君が命を賭けて持ち帰ったものだから、3人で読もうと思うんだ。」
真里亜「じゃあ、まだ読んでないんだ?」
比奈子「読んでないよ。早く読みたいから元気になってね。」
真里亜「ありがとう。で、二階堂はその後どうしてるの?」
比奈子「二階堂は現在、乱さんと真里亜を撃った容疑と博士を殺害した容疑で全国に指名手配よ。」
景山「今度は本当に二階堂が逃亡者さ。」
真里亜「ってことは……景山さんの容疑は晴れたわけね?」
景山「おかげさまで! 研究所の警備員の水谷君が、例のビデオを警察に届けてくれたんだ。」
真里亜「あの男、ビデオのことを金のなる木って言ってたのに……。」
景山「君が撃たれたことが報道されて恐くなったらしいんだ。」
真里亜「やっぱり、あの男、本当にビデオを持ってんだ。」
景山「そういうこと!」
真里亜「で、水谷は、今、どうしてるの?」
比奈子「彼は、証拠隠匿の容疑がかかってる。でも自分から警察に持ってきた点は、酌量の余地があるらしいわ。」
景山「彼は前科もないそうだし、これからコツコツまじめにやっていくって言ってたよ。」
真里亜「そう。彼ならまだ若いし、これからいくらでもやり直しがきくわね。」
景山「そうだね。いい勉強になったって言ってたよ。」
真里亜「ってことは、一件落着って感じ?」
景山「最後の仕事が残ってるだろ……。二階堂の日記と博士の告白『禁断の実にふれた人間たち』の検証さ。」
比奈子「博士が復讐劇と言った今回の事件、二階堂の言い分にも興味があるね。」
真里亜「そうだね。一体……どんなことが書いてあるんだろう。」
景山「おっと、今はケガを治すことだけを考えてくれよ。」
真里亜「そうだね。冷静な状態で読んだ方がいいものね。」
比奈子「そういうこと!」
真里亜「二人とも……本当にありがとう。」
景山「何、言ってんのさ。お互いさまだろ?」
比奈子「そう! お互いさま!」
真里亜「わかった……。」
景山「じゃあ、僕たち、そろそろ帰るよ。」
比奈子「無理しちゃ、ダメだよ。」
真里亜「はいはい、わかってます。早く治して、日記読みたいからね。」


1ヵ月後


《さくらテレビ社会部》

真里亜「ふー、久しぶりの仕事! う〜ん、勘が戻るのに時間がかかりそうだな。」
海人「真里亜ちゃん! 復帰おめでとう! 大変だったね。」
真里亜「あ、海人さん。いろいろ、ご迷惑おかけしました。これから、ばりばりがんばります。」
海人「そうか、ばりばりがんばるか。期待してるよ! そういえば、僕の車、帰ってきたんだよ。知ってた?」
真里亜「はい。そのことは聞きました。」
海人「僕の大事なJT-R、帰ってきてくれてうれしいよ!」
真里亜「そうですね。でも……。」
海人「どうしたの?」
真里亜「海人さんの車を盗難車だと知らずに買った方は、お気の毒ですね。」
海人「そんなこと、僕の知ったことじゃないさ。調べもしないで、盗難車なんて買う方が悪いんだよ!」
真里亜「そ、そうですか。 (自分のことしか考えてないの……?)」
海人「どうしたの?」
真里亜「い、いえ、何でもありません。」
海人「退院祝いに、今度、僕のJT-Rでドライブにでも行かない?」
真里亜「ドライブですか? (海人さんに誘われてるのに、ちっとも嬉しくない……)」
海人「来週の日曜なんか、どう?」
真里亜「すいません、ちょっと予定が入ってて……。」
海人「えっ、じゃ、じゃあ再来週の日曜日は? (まさか僕の誘いを断らないだろう)」
真里亜「再来週もダメですね。 (あたし……やっぱり変わったかも?)」
海人「えっ、だったら、いつならいいの?」
真里亜「ごめんなさい、海人さん。しばらく、ドライブはいいです。 (とうとう言っちゃったぁ……さよなら、海人さん)」
海人「えっ、あっ、そう。そういうこと。わかった。じゃ、じゃあ。」

真里亜「さてさて、仕事、しごと。ふーっ、何からかたづけようかな。」
安藤「おい、真里亜。」
真里亜「あっ、乱さん。おはようございます。」
安藤「どうだ、久しぶりの局は?」
真里亜「なんだか、もう何年も来てないみたいな感じがします。でも、また心機一転してがんばります。乱さんこそ、どうなんですか? もう勘は戻りましたか?」
安藤「実は、そのことなんだが……。」
真里亜「どうかしましたか?」
安藤「さくらテレビ、辞めようと思うんだ。」
真里亜「……辞めてどうするんですか?」
安藤「郷里に帰ろうと思う。」
真里亜「長野ですか?」
安藤「ああ、そこの『長野新報』って地方紙の社会欄を担当させてもらうことになってな。」
真里亜「そうだったんですか……。」
安藤「すまんな。」
真里亜「とんでもない。乱さんが迷って悩んで出した結論ですよね? 誰にも遠慮することありませんよ。」
安藤「地方紙に戻って、また足元見つめて一からやり直すつもりだ。」
真里亜「乱さん、よく言ってた言葉……『人生に手遅れなんかない』って。私、この言葉すきだったんですよ!」
安藤「そんなこと、まだ覚えてたのか。忘れちまえ!」
真里亜「いいえ! 45歳の新たな挑戦、応援させてください!」
安藤「お前もがんばれよ。」
真里亜「はい!」
安藤「そんなにでかい声で返事しなくったって聞こえてる! まったくお前の声は傷口にしみるぞ!」
真里亜「この私の声を、なつかしく思う時が来るかと思って、今日はたっぷり、お聞かせいたしました!」
安藤「ちっ! 勝手にしろ!」
真里亜「はい、勝手にしまーす!」

安藤「ところで、話って何だ?」
真里亜「なんだか、話を蒸し返すようなんですが、今回の事件で聞きたいことがあって。」
安藤「ああ、何でも聞いてくれ。」
真里亜「乱さん、駐車場の炎上事故の後、どうして身を隠していたんですか?」
安藤「あの日は車に乗ったとたんに財布がないことを思い出して、車にキーをつけたまま出たんだ。」
真里亜「それで荒井さんが乱さんの車に乗り込んで、爆発炎上したんですね。」
安藤「ああ、あの炎を見た時、これは事故じゃないなって直感したんだ。俺が生きてるってわかったら、俺の命を狙った奴がまた俺を狙ってくる。俺だけが狙われるならまだしも、巻き添えになる方が出たんじゃ、申し訳ないから身を隠すことにしたんだよ。」
真里亜「そうだったんですか。で、乱さん、身を隠している間はどうしていたんですか?」
安藤「希望の丘教会にかくまってもらっていた。」
真里亜「希望の丘教会?」
安藤「ああ、最近はデートスポットとしてもけっこう有名らしい。そこの神父さんとは古い知り合いでね、亜門博士とも教会で知り合ったんだ。」
真里亜「そうだったんですか。」
安藤「お前、15年前に亡くなった俺の娘のこと覚えてるか?」
真里亜「はい、お話だけは乱さんから何度もお聞きしてますから。」
安藤「実はな、ヒール財団で二階堂に見つかった時は、この娘のことで取引をするつもりだったんだ。」
真里亜「取引って?」
安藤「M計画の最終目的が体細胞クローンであることは、博士から聞いて知っていた。娘の髪の毛から、クローンを作ってくれないかと頼んだんだよ。その代わり、博士から聞いたことはすべて水に流すことを条件にね。」
真里亜「乱さんまで、クローンを……?」
安藤「バカ者! 俺が本気でそんなこと考えてると思うか?」
真里亜「じゃあ、取引をするフリをしたってことですか?」
安藤「もちろん。だけど、ダメだった。」
真里亜「どういうことですか?」
安藤「二階堂はすべて見抜いていたよ。俺がそんな気はないってこと。」
真里亜「で、どうなったんですか?」
安藤「殺されるのかと思ったら、俺は例の部屋に監禁された。頼むから7月7日までは、M計画の邪魔はしないでくれって。」
真里亜「そうですか。どうして、そんなにM計画が彼にとって大切だったのか……」
安藤「うむ、民族優性化計画ということだけでは、説明できない執念みたいなものがあの二階堂にはあった。結局、真相は闇に消えた、って感じだな。」
真里亜「はい……。」
安藤「俺は二階堂が最後に言った言葉が、今でも忘れられないんだ。」
真里亜「Mホルモンを床に落とした時に『今の行動を、きっと後悔する日が来るだろう』ってあの言葉ですね。」
安藤「ああ……。」
真里亜「実は、私もずっと気になっていたんです。一見、事件は解決の方向に向かっているようで、何かが地下でじわじわと始っているような胸騒ぎを感じるんです。」
安藤「お前もか……。」
真里亜「乱さんもですか……。」
安藤「結局、俺はこの事件の何を見ていたんだろうな。」
真里亜「乱さん、もう、それ以上自分を責めないでください。」
安藤「わかってる。何かわかったら、俺に知らせてくれるか?」
真里亜「ええ、もちろん。長野に飛んでいきますよ。」
安藤「いや、電話で充分だぞ。」
真里亜「もう、乱さんったら!! 人が真剣に話してるのに。」
安藤「ハハハ。真里亜、頼んだぞ!」
真里亜「はい。」


《比奈子の家》

真里亜「ただいま!」
比奈子「おかえり!」
景山「おかえり!」
真里亜「何だか変な感じだな。景山さんにまでこんな風に出迎えられると。」
比奈子「仕方がないよ! マスコミの騒ぎが収まるまでは、しばらくここに居候させてあげましょう。」
真里亜「はいはい。」
比奈子「ところで真里亜、心の準備はいい?」
真里亜「はい、もう覚悟はできています。何が書いてあっても驚きません。」
景山「じゃあ、日記を開くよ。」

ヒール財団地下研究所で見つけた二階堂の日記には、二階堂が命を賭けたM計画の目的と、彼の長年の苦悩が、淡々と綴られていた。

真里亜「博士の手記に残されていた内容と、この二階堂の日記の内容…… あまりにも食い違ってる。」
比奈子「どっちを信じるの…… 景山さんなら?」
景山「正直言って、もうわからない……。何が本当で誰が真実を知っているのか……。」
真里亜「わかる方法が一つだけあるの。」
比奈子「えっ……どうやって?」
真里亜「これ、見て。」

比奈子「真里亜、これ……。」
真里亜「うん、博士と二階堂のDNAサンプルよ。」
景山「これをどうやって?」
真里亜「地下研究所へ行った時に見つけて、Gジャンのポケットに入れてたんだけど誰も気づかなかったのね。」
比奈子「灯台下暗しってやつね。ポケットの中までは気づかなかったな……。」
真里亜「でも、本当は鷲崎マリアちゃんのDNAも見つけたの……。」
比奈子「マリアちゃんの?」
真里亜「うん。だけど……多分、病院に運ばれるときにポケットから落ちたのかもしれない。」
比奈子「二人のDNAがあれば充分だよ。」
真里亜「うん。こんなところで役に立つなんて。この2人のDNAを調べれば、どちらがウソをついているか、はっきりする。」
景山「そうだね。分析結果を待とう。」
比奈子「うん。」


2週間後


《比奈子の家》

真里亜「分析結果が届いたわ。」
景山「この封筒の中だね。」
比奈子「誰が開けるの?」
真里亜「私、開けるよ。」
景山「いや、僕に封を開けさせてくれ。」
真里亜「わかった。」

景山「ああ……。」
真里亜「見せて。あ……。」
比奈子「そういうことか……。」
真里亜「えっと……『DNA鑑定の結果、亜門京介殿、二階堂巌殿は99%の確率で親子と分析されました』って。親子だったんだ、あの二人。二階堂の言ってたことが真実なのね。」
景山「うん。博士の手記は、二階堂を陥れることを意図的に狙ったものだったんだ。」
比奈子「博士が手記に書いていた『二階堂の積もり積もった復讐劇』っていうくだりもウソってこと……。」
真里亜「まさか……Mホルモンを用いた第一号の遺伝子組み換えベビーが二階堂だったなんて。博士、驚いたでしょうね。自分の研究に協力し、政府の特別研究員だと思っていた青年が、実は何十年も前に自分が作り出した天才だと知った時は。」
比奈子「初めてに人体実験をしたのは博士…… 全部、博士の意志だったのね。」
真里亜「それがバレるのを恐れた博士が乱さんに話を持ちかけ、安藤さんもそれを信じてしまった。」
景山「博士が亡くなる直前に『間違っていた』って言った意味が、やっとわかった気がする。」
真里亜「結局、みんな間違ってたんだよ。」
比奈子「そうだね。」
真里亜「いつも平等な視線で物事を見られると思っていた社会部の名物記者『安藤乱』も簡単に亜門博士の話を信じてしまった。そして、その乱さんのいうことをあたしも、うのみにしていた。」
景山「僕もそれは同じだ。博士の秘密を疑ってみようとは考えもしなかった。」
比奈子「私も、初めから二階堂が悪いんだって決めてた気がする。」

景山「Mホルモンの威力を発見した博士は、たまたま、その時慈愛堂病院に外来として来ていた二階堂の母親と博士自身の人工授精を試みた。」
真里亜「そしてMホルモンを使って遺伝子操作を行った……。研究員としての好奇心を押さえられずに……。」
景山「その受精卵を子宮に戻すように、共同研究と言って神田医師に話を持ちかけた。」
比奈子「純粋なMホルモンを用いて作られた遺伝子操作ベビーは、二階堂雅子さんのお腹の中ですくすく育っていった。」
真里亜「どうして、神田医師は『流産した』なんてウソを博士についたのかしら。」
景山「二階堂の日記には、神田医師の嫉妬、ねたみ、あせり、そういったものだったって書いてあった。博士の実験が成功すれば、脚光を浴びるのは、亜門博士であって、神田じゃない。」
比奈子「そうよね。Mホルモンの威力を発見したのは博士だし、それを抽出したのも博士だものね。」
景山「そう、神田医師は、たんに技術者としての栄誉をもらうにすぎないだろう。長年、学会で注目されてきた神田医師には、それが耐えられなかったんだろうな。」
比奈子「亜門博士は、もし、二階堂の母親が流産してないって、知ってたらどうしたのかしら。」
景山「おそらく動物実験をして学会に発表したと思うよ。」
真里亜「普通は逆でしょ。動物実験をしてから人間じゃないの?」
景山「動物実験を何度も繰り返すほど、純粋なMホルモンが残っていなかったんだよ。」
真里亜「だからって、いきなり人間?!」
比奈子「この世界にもこんな裏があるわけね。」
景山「うん。」

比奈子「亜門博士と二階堂は、親子でありながら憎みあっていたのね……。亜門博士に研究費を与えて、Mホルモンを作らせたのは、二階堂自身がMホルモンを投与する必要があったからなのね。」
景山「うん……。第一号の遺伝子組み換えベビーの二階堂には、純粋なMホルモンが受精卵の時に投与されている。だから、臓器の老化が始まったのは幸い20歳以降だった。」
真里亜「博士は、1/2やそれより純度の高い祖ジュゴンを作るたびに、その未完成Mホルモンを緑川さんに提出することを義務づけられていた。」
景山「二階堂は、老化が始まった臓器にそれを直接投与していたんだ。」
真里亜「そして7月7日には、鷲崎マリアちゃんにMホルモンを投与しようとしてたんだ。」
比奈子「生き延びたクローンを助けたかったのね……。」
景山「うん、幸いマリアちゃんは今のところ元気だけど、マーメイドの運命を一番知っていたのは二階堂だからね。」
真里亜「マリアちゃん、来年14歳ね。」
比奈子「うん、7の倍数だね。」
景山「マリアちゃんは大丈夫なのかな?」
比奈子「多分、大丈夫じゃないかな。二階堂の日記によると、かなり純度の高いMホルモンが鷲崎マリアちゃんには何度も投与されているから。」
真里亜「でも、100%のMホルモンじゃないでしょう?」
比奈子「それを言ったら、二階堂だって、これまで生き延びれなかったと思うんだ。」
真里亜「それもそうだね。」
比奈子「とにかく、最後の部分が抜け落ちていて読めない……から。」
真里亜「研究所から逃げ出す時に、どこかに落としたのかもしれない。」
比奈子「でも、大丈夫だよ。あんなに元気なんだから。」
真里亜「そうだよね。」
比奈子「どうしてマーメイドの子どもたちは、7の倍数の年齢で突然、臓器老化が始まるんだろう?」
景山「遺伝子の意地悪さ。Mホルモンには、7年に1回のサイクルで死の遺伝子が運ばれてくるらしいんだ。それによって、これまで、勢いよく分裂していた細胞が急激に切断され死を迎えるんだ。」

まるでコンピューターにウィルスをセットしたように、ヒトの体の中で悪魔の遺伝子が動き出す。
それが、ヒトの全能性を復活させる魔法の液体、Mホルモンの正体なのだ。

景山「所詮、祖ジュゴンは滅びてしまった生物さ。Mホルモンは元々、1万年前に存在すべきものだったんだよ。驚異的なパワーをもっている反面、その副作用は通常のヒトの寿命よりはるかに短い7年というサイクルで成長した細胞に死をもたらすんだ。」

でも……二階堂の日記を読んだ私たちは知っていた。M計画のもうひとつの悲しい目的を。
切実に綴られた彼の言葉の中に、日本民族優性化計画の真相が隠されていたのだ。

比奈子「でも、M計画の目的はMホルモンの投与だけではないよね。」
真里亜「うん。わかってる……。」

そして、とうとう景山さんが口火を切って、二階堂のもう一つの目的を語り始めた。

景山「超天才として生まれた二階堂は、平凡な人間の集団であるこの実社会に適合することができなかったんだ。」
真里亜「どんな本も、彼の論理を打破できるものではなかったし、どんな文学作品も、彼の孤独を癒してはくれなかったのね。」
比奈子「そんな彼に似合う人間は、同じ方法で作られたクローンでしか、ありえなかった……ってわけね。」

有り余る才能の対処の方法を知らなかった二階堂は、必死になって自分と同じ能力を持つ人間を探し続けた。
それは、自分が誰なのかを発見することでもあったのかもしれない。
非凡な知能を持つがゆえに、彼が抱え続けた悩み……それは、孤独だった。

真里亜「二階堂は価値観を分かち合える人間を幼い頃から探していた。」
比奈子「でも……彼に見合った人間は見つけられなかった。」
景山「探していなければ作ればいい…… それが彼が行き着いた結論だったんだ。」
比奈子「要するに、二階堂は友達が欲しかった……ってこと?」
真里亜「一言で言うと、そういうことになるね……」
景山「博士の才能と研究心が怪物を生み、その怪物がM計画を生んだ。」
比奈子「すべてをパーフェクトにこなせる怪物が生涯、解決できなかった悩みが孤独だったなんて。」

二階堂の日記に綴られた一言一言が、まるで彼の魂の叫びのように、私たちの頭にこだましていた。

真里亜「ねえ、唯一の生き残りになった鷲崎マリアちゃんも、いずれは二階堂と同じ悩みを持つようになるのかしら。」
比奈子「私、鷲崎マリアちゃんのことで、一つわからないことがあるの。」
景山「何?」
比奈子「どこかに潜んでいた死の遺伝子は7年に一回、突然活動を起こし、細胞の急激な老化をもたらすのよね。」
景山「うん。」
比奈子「どうしてマリアちゃんだけ、3歳で突然臓器の老化が始まりだしたのかしら?」
景山「そのことは、僕もずっと引っかかってて考えたんだ。」
真里亜「で、答は出たの?」
景山「これはあくまで推測の域を出ない僕の考えなんだけど……。」
真里亜「何? 景山さんの考えって?」
景山「要するにさ、科学では説明のできない何かが、遺伝子の思惑に勝った……って気がするんだ。」
比奈子「どういうこと?」
景山「つまりさ、真子ちゃんとマリアちゃんは全く同じ遺伝子を持つ、いわば歳の違う一卵性双生児みたいなものだよね。」
真里亜「うん。双子みたいなものよね。」
景山「双子ってさ、よく言うじゃない? 双子の一人が頭が痛いともう一人も痛くなるみたいな、説明できない不思議を……。」
真里亜「うん。よく聞く話だよね。そういう双子のテレパシーみたいなの。」
景山「真子ちゃんとマリアちゃんもそれに似たようなものだったのかなって。」
真里亜「死期を間近に迎えた真子ちゃんが、マリアちゃんにテレパシーで伝えたって言いたいの?」
景山「それがテレパシーだかなんだかよくわからないけど……。真子ちゃんは、妹のマリアちゃんに自分の分まで生きて欲しかったんじゃないかな? だから真子ちゃんは、腎臓の一つは、老化する前のきれいなまま死期を迎えた。」
真里亜「そしてそれは、ぎりぎりのところでマリアちゃんに移植された……。一つの死が生をつないだ……のね。」
景山「強引すぎるかな……?」
比奈子「何だか、わかるような気がする……」
真里亜「遺伝子の思惑に、双子の見えない糸が勝った……か。」
景山「うまく言えないけどそんな感じかな。」
真里亜「私、わかる気がする。」
比奈子「マリアちゃんの中で、真子ちゃんが永遠に生きつづけるみたいな感じ……」
景山「他のクローンたちも同じように、双子みたいなものなんだけど、その子たちの晴らせない思いが、一心に『マリア』ちゃんに注がれた……。」
真里亜「たしかに……あり得るかもしれないね。」
景山「科学的根拠は何もないんだけど、マリアちゃんにだけ起きた奇跡…… そんなことでしか、説明できない気がする。」
比奈子「そっか……。」
景山「Mホルモンで生まれた子供たちの見えない反撃……それがマリアちゃんの生命力になった、なんてね。」
真里亜「そうやって考えれば考えるほど、これからのマリアちゃんのこと気になるね。」
比奈子「そうだね。」
景山「彼女の孤独を癒してあげられる人間は二階堂だったのに、その彼はもういない。」
真里亜「あたしたち、何もできないのかな。」
比奈子「何か、できることないかな……。」


10ヵ月後


《さくらテレビ社会部》

比奈子「真里亜、早退の準備はいい?」
真里亜「オッケー! 今日は遅刻できないからね。」
比奈子「もちろん! 今日は彼女の14歳の誕生日と記念すべき合格祝いだから遅刻は禁物です!」
真里亜「あれ? 比奈子、メガネは?」
比奈子「今日はコンタクトにしてみた。」
真里亜「ふ〜ん、お目当ては景山純ってとこだ。」
比奈子「やだー! 真里亜ったら、からかわないでよ! (純が意識してるのは真里亜なんだよ……)」
真里亜「はいはい。しばらく、マリアちゃんには会えなくなるんだね。」
比奈子「そうだね。MITかー、すごいなー。」
真里亜「本当だよね。14歳にしてマサチューセッツ工科大学に特待生留学か……。」
比奈子「淋しくなるけど、彼女のためにはその方がいいのよね。」
真里亜「何でも、今度行くところでも、一番年下らしいよ。」
比奈子「そりゃ、いくら飛び級が認められてるアメリカだって、14歳で大学生は珍しいでしょうね。」
真里亜「どうする? MITでも飛び級しちゃったら?」
比奈子「ありえる!」
真里亜「将来はNASAで働きたいんだって、彼女。」
比奈子「楽しみだね。」
真里亜「うん! 彼女には世界に羽ばたいて欲しいな!」
比奈子「そうだね。」

真里亜「神父さんが協力してくれてよかった。」
比奈子「そうだね。教会でサプライズバースデー&送別会なんて、まさかマリアちゃんだって想像してないと思うよ。」
真里亜「あの丘なら景色もいいし、彼女の送別会をやるにはいいわね。」
比奈子「うん。でも神父さんってすごいよね。」
真里亜「そうだよね。マリアちゃんの写真を見せても、あたしたちに何も聞かないんだもの。」
比奈子「いや、内心は驚いたと思うよ。何年も前に亡くなった真子ちゃんとうりふたつなんだもの。」
真里亜「本当は知ってたりしてね。」
比奈子「まっさかー!」
真里亜「わかんないよー? 生前、教会のざんげ室で博士が真実を告白してたかもしれないじゃない?」
比奈子「どうだろねー。」
真里亜「とにかく、何も聞かずにこの計画に協力してくれた神父さんに感謝!」
比奈子「おっと、時間だよ! 行こう!」


《希望の丘教会》

真里亜「ふうー、いい気持ち!」
比奈子「この丘の風って最高!」
真里亜「純、もう来てるかな?」
比奈子「どうだろう。」

《真里亜が教会の扉を静かに開き、礼拝堂をそっと覗く》

真里亜「マリアちゃんが来てる。ほら。」
景山「よお! お二人さん!」
真里亜「来てたんだ!」
景山「今日、遅れたら2人に一生、恨まれそうだからね。」
真里亜「わかってるじゃん!」
景山「あれ、比奈ちゃん、メガネは?」
真里亜「よくぞ、気づいてくれました。感想、言ってあげてよ!」
景山「かわいいよ! 別人みたいだ。」
比奈子「もう、やだ! 二人とも! からかわないでよ!」
景山「からかっちゃいないさ、とっても素敵だよ。」
比奈子「早く準備しちゃおうよ!」
真里亜「そうだね。」
景山「マリアちゃん、教会の中でうとうとしてるから目がさめたら驚くね。」

神父「みなさん、揃いましたね。」
比奈子「あ、神父さん。こんにちは。」
神父「こんにちは。」
景山「じゃあ、打ち合わせ通りいきますか?」
真里亜「オッケー! まず、あたしたちがケーキを持って、マリアちゃんに近づく。」
比奈子「マリアちゃんがろうそくの火を吹き消したところで『マリアのテーマ』を神父さんが流す!」
景山「みんなで外に出ようと言ってマリアちゃんを誘い出す。」
神父「マリアちゃんが、教会のドアを開けたら、希望の鐘を鳴らして、彼女の新しい出発をお祝いする。」
真里亜「そうです! では、みなさん、本番いきまーす!」


《教会の中に入る一同》
《真里亜が運ぶバースデーケーキに、比奈子が蝋燭の火を灯す》

《礼拝堂の椅子に座るマリアに、一同がゆっくりと近づく》
《マリアは前の椅子の背もたれに手を乗せ、その上に顔を乗せて目を閉じている》

真里亜「ふふ……よく寝てるわね……」
比奈子「起こすの、可愛そうみたい。どんな夢見てるのかしら……」
景山「寝顔を見てると、14歳なんだけどな……」


《マリアの夢の中》
《鷲崎邸を出る二階堂を、マリアが見送っている》

マリア「じゃあ、二階堂のお兄さん、また会える?」

《二階堂がサングラスを外し、マリアを優しく見つめて肩を抱く》

二階堂「もちろんだよ。私はマリアちゃんのお友達だからね。」
マリア「……嬉しい!」

《手を取り合って歩き出す2人。いつしか、2人は雲の上を歩いている……》


《教会》

真里亜「せーの……」

一同「ハッピーバースデー!!」


《マリアの手が背もたれから滑り落ち、だらりとぶら下がる》

《薄暗い礼拝堂で、目を開けることのないマリアを、窓から差し込む光が照らしている──》


(終)
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