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マリア 君たちが生まれた理由(わけ)のエンディング (3)


エピローグ
君とメリークリスマス



神田院長が屋上から転落し、12年前の医療ミスに絡む関係者は結局全員死亡した。

その後の調査の結果、院長の机の引き出しからは、筒井純一郎の古い日記が発見された。
その日記の記録から、全ては院長選挙を目前に医療ミスを犯した神田医師が、その証拠をつかんだ筒井弁護士夫妻を殺害したのだろうということになった。

しかし、容疑者が死亡し、物証も乏しいこの事件は、どうやら本当に迷宮入りらしい。

二階堂刑事は、結局この事件を解決することが出来ずに、まもなく定年を迎えるという。

院長の後任は、桑原医長が引き継ぐことになり、慈愛堂病院は、いつもの平静を取り戻そうとしていた。

そういえば……
先日、神田元慈愛堂病院院長の精密検査の結果が出た。
細胞検査の結果は陰性で、胃角部に見えた陰はストレス性のポリープということだった。
彼の胃の中のストレスによる腫ようは、なんと十数ヶ所におよんでいたという。

神田利一という男は、結局誰にも弱さを見せることが出来ない、不幸で淋しい人だった。
あんなに立派に見えた院長が、実は誰よりもビクビクしながら毎日を過ごしていた。

二階堂刑事の目の前で神田院長を突き落としたマリアは、傷害致死罪で施設に送られ、そこで更正を目的に指導されることになった。

施設でのマリアは、以前にも増して人格交代が激しくなった。
統合されたはずの人格が、入れ代わり現れて彼女を悩ます……

「ここから出せよ!!」

「窮屈なところだ」

「たまんねーよ!」

「ひっひっひっ、復讐してやる」

「先生、ここから出して」

僕は、毎日考えていた。
神田院長、そして……僕の父さんが、11年前に壊した「人々の過去」をつぐなうすべを……


医局の高野を、太田看護婦が訪ねる。

太田「先生、失礼します。今日、桑原院長の就任パーティーがあるんですけど、先生、ご都合は?」
高野「申し訳ありません。今日は、どうしても行かなければ行けないところがあって出席できないんです」
太田「そうですか。お出かけですか、残念ですね」
高野「桑原院長にはよろしくお伝え下さい」
太田「はい、分かりました」


太田さんが去ったあと、僕は、数日前にマリアと二人でつなぎ合わせたマリア像を出していた。

マリアにとって、このマリア像は、両親のぬくもりであり、過去そのものだった。
そして……壊れたマリア像は、二度ともとの姿に戻ることはなかった。

僕は、マリアが屋上の床に落とした、小さなマリア像をつなぎ合わせた。
レヴィ神父がフランスから持ってきた大切なマリア像の一つだ。
これは施設にいるマリアに届けてやりたい。

そしてもう一つ。結局マリアの父親を死なせることになってしまったこの像は……

せめてこのマリア像は神父さんへ帰そう。
それが一番いい。


僕は支度をして、病院をあとにした。

僕は希望の丘教会への道を一歩一歩踏みしめながら歩いていた。
こんな気持ちでこの教会へ来るのは、考えてみれば初めてだった。


希望の丘教会。

高野がチャイムを鳴らすと、ニコライ・レヴィ神父が現れる。

神父「はい」
高野「こんにちは」
神父「おやおや、高野先生、どうしました。お久しぶりですね」
高野「はい」
神父「マリアの件では、本当にいろいろとお世話になりました」
高野「いえ、僕は何もできませんでした」
神父「マリアのことは、私が責任を持って引き取るつもりです。時間がかかりそうですが、彼女が本当の意味で立ち直ることができるまで……」

高野「実は神父さん、これ」
神父「これは……」
高野「マリアがここに戻ってくるまで、神父さんの方で預かっていただけませんか?」
神父「そうですか……」
高野「ぜひ、そうして下さい」
神父「分かりました。そうしましょう。おやおや、どうしました高野さん、元気を出して下さい。これからも外科医としてがんばって頂かないと」
高野「慈愛堂病院はやめるつもりです」
神父「えっ、どうしてまた?」


僕はこれまでのことを、洗いざらい全て神父さんに話した。
マリアの家の床下で僕が見つけた死体。それが僕の父親であることも。それを僕が隠したことも。
マリアの父親を殺したのが、父さんであることも。


神父「これまでさぞ、辛かったことでしょう」
高野「いえ、マリアの苦しみに比べれば……」
神父「病院をやめて、どうされます?」
高野「明日、警察へ行こうと思っています。全て話すつもりです」
神父「そうですか……」

高野「神父さん、僕は醜い心を仮面で隠してきました」
神父「人間は誰しも、いくつかの仮面をかぶって生きているものです。嘘もつけば過ちも犯す。でもあなたは、仮面の下の本当の顔を見失わなかった。いつかまた……ここに戻って来て下さい」

神父が右手を差し出す。

高野「はい……いつかきっと!」

高野が握手を交わそうと、右手を差し出す。
その手を、神父の両手が優しく包む。


神父「では、握手はそのときまで、とっておきましょう……」


(終)
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