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マリア 君たちが生まれた理由(わけ)のエンディング (1)


エピローグ
君とメリークリスマス



神田院長が逮捕され、全ては一見解決の方向へ向かっていた。

神田院長の机からは、彼の供述通り筒井弁護士の古い日記が発見された。
その日記から、11年前何者かが青沼佐知子氏のカルテを彼に送りつけていたことが分かった。
神田院長と僕の父は、そのカルテを盗みに筒井家に忍び入り、あの惨事へと発展したらしい。

残された疑問が二つある。

一つは、病院側が必死になって隠した青沼氏のカルテを、誰が何のために、わざわざ筒井弁護士に送りつけたのか……?

そして、もう一つは、なぜ僕の父が、院長とグルになって、筒井家にカルテを盗みに入らなければならなかったか……だ。

一つ目の疑問は、どうやら宙に浮いたままらしい。
どのみち、その犯人が分かったところで、それは刑事事件として扱うほどのことではないらしく警察も軽視している。

二つ目の僕の疑問は、二階堂刑事が知っているようだ。
今日彼に会い、全てのいきさつを聞くことになっている。
一体何が、父さんをあんな行動に走らせたのか? もうすぐ全てが分かる。


慈愛堂病院、医局。
電話が鳴る。

高野「もしもし、高野です」
本田「俺だ」
高野「あ、本田?」
本田「結論が出たぞ!」
高野「で、どうだった?」
本田「まりあちゃん、もう大丈夫さ」
高野「ホントか?」
本田「あぁ。多分、最後に病院の屋上から落下した時、おまえが見たっていう復讐を目的にした人格は統合されたみたいだな。言葉は悪いけど『毒をもって毒を制した』って感じだ」
高野「……」
本田「例の屋上の一件で、いろんな人格が一気に統合に向かってる。もちろん、まだまだ、様子を見る必要はあるけどね。これからは、記憶がぶつぶつとぎれることもなくなってくると思うぜ」
高野「いろいろ、ありがとう。ずい分借りができたな」
本田「そのうちまとめて返してもらうさ。じゃぁ」


まりあの解離した人格は、確実に統合に向かっていた。

いろいろあったが、事件が明るみに出て心配されたのが、まりあのその後だった。
こんなことにならなければ、どこかの施設で過ごすことになっていたまりあに、誰も何の注意も向けなかったのかもしれない。
結局、今までのように、神父さんに保護者代理になってもらうことで、施設行きも保留になった。

あとは、僕の疑問点の答えを知る二階堂刑事を待つばかりだった。


ドアをノックする音。

高野「はーい、どうぞ」

二階堂刑事が現れる。

二階堂「すいません、ちょっと早かったですか?」
高野「いえいえ、お待ちしていました。すいません、本当は僕の方から、刑事さんを訪ねるべきなのに」
二階堂「いえいえ、とんでもない。私も先生に謝らなければいけないことがありますから」
高野「あやまる? 何のことですか?」
二階堂「いや、実は母のことなんです。神経痛なんて言っちゃって」
高野「じゃ、あの話は……」
二階堂「とにかく情報がほしかったもんでつい……因果な商売なもんで、お許し下さい」
高野「分かってましたよ」
二階堂「そうですか……バレてましたか」
高野「えぇ、最初は信じてたんですが、どうも変だなと思って」
二階堂「高野先生、人がよさそうだから、つい」
高野「いいんですよ」
二階堂「お父さまのことは、何ていったらいいのか……」
高野「いいえ。いろいろご迷惑おかけしました」
二階堂「ところで、神田が全て、自供しましたよ」
高野「結局、何だったんですか?! 父が筒井家に盗みに入らなければならなかった理由は?」
二階堂「高野先生、ちょっと散歩でもしながら話しませんか?」
高野「えぇ、構いませんが……」
二階堂「こうやって先生とお話をするのも、きっと今日が最後だ。ゆっくり病院を散歩してみたくて」
高野「分かりました、裏庭のベンチなんてどうですか?」
二階堂「いいですね。行ってみましょう」


裏庭。

二階堂「ぽかぽか暖かいですね、ここは」
高野「えぇ、患者さんがここで本を読んでるのが医局からよく見えます」
二階堂「そうですかぁ」

高野「刑事さん、言いづらいのはよく分かりますが、そろそろ教えて頂けませんか?」
二階堂「高野先生、この病院、ずい分有名ですよね」
高野「そうですね。その分野も有名な先生がたくさんいますから」
二階堂「確か、臓器移植を始めて成功させたのもこの病院ですよね」
高野「よくご存知ですね」
二階堂「もう、お加減はよろしいのですか?」
高野「何だ、そんなことまでバレてしまってるんですね」
二階堂「すいません、込み入ったことを聞いて」
高野「いえ、あの奇跡的な移植手術以来、僕は生まれ変わったんです。神田は僕の命の恩人なんですよ」
二階堂「もちろん、彼は医者としては優秀な方だったようです。でも、大事な人を忘れちゃいませんか、高野先生。あなたの命を救った人として……」
高野「えっ?」
二階堂「長い間闘病生活を支えて下さったのは、あなたのご両親だ」
高野「えぇ、もちろん、それを忘れた日は一日もありません。でも、二人とも今は亡き人たちですから」
二階堂「お父さんは命をはって、あなたの移植を成功させたんだ」
高野「どういうことですか?」
二階堂「あなたのお父さんは、神田からあなたの移植手術の優先を約束されたんですよ。筒井家にカルテを盗みに入ることを条件にね」
高野「そんなバカな……!!!」
二階堂「神田は、医療関係者と無関係なところから、協力者を捜したそうですよ。まさか、あなたのお父さんと神田が関係しているとは、誰も思わない。神田はそれを読んでいたんだ」
高野「父さん……」
二階堂「吉田さんはね、最後までふるえが止まらなかったそうだ」

高野「でも、だからといって人を殺したんじゃ……」
二階堂「いえ、それも、ちょっと違いますね」
高野「ちがう……?」
二階堂「あなたのお父さんは、筒井弁護士とカルテの取り合いになった。そこへ、マリア像が落ちてきたそうですよ。救急車を呼んで筒井氏を助けようとしたのもあなたのお父さんだ」
高野「そんな……」
二階堂「自首すると神田に言ったあと、どうやら筒井家に行き例の事件に……」
高野「なぜ父は自首する前に、筒井家に行ったんでしょう?」
二階堂「さぁ、それだけは、あなたのお父さんでなければ分からないことだ。筒井雅子氏の告白文も見つかったことだし、これで、全ての謎が解けました」


屋上での事件のあと、僕はオルゴールの底で見つけたおばあさんからの手紙を、ついに二階堂刑事に渡した。

まりあのおばあさんを警察に売るようで、気が引けたが、床下の死体の一件がまりあの仕業でないことを証明するためには仕方がなかった。


高野「父と筒井雅子さんは罪になるんでしょうか?」
二階堂「罪もなにも、もう他人ですしね。たとえ生きておられても、おそらく情状酌量でしょう」
高野「そうですか……ところで、私の父の件をまりあは知っているんでしょうか」
二階堂「この話は私と高野先生の胸の中にしまっておきましょうや」
高野「ありがとうございます」
二階堂「ところで彼女、元気になりましたか?」
高野「えぇ、おかげさまで、施設行きも何とか保留になったし、病気の方も快方に向かってます」
二階堂「犯人が分かって、彼女にとっても一つの区切りになればいいんですが」
高野「えぇ、きっとそうなると思います」

二階堂「ところでこんな話をした方がいいのか、しない方がいいのか、正直私も迷ってるんですが……」
高野「何ですか? もう何を聞いても驚きませんよ」
二階堂「実は……」
高野「何ですか? 教えて下さい」
二階堂「亡くなられた筒井潤一郎さんなんですが、自宅でマリア像を頭上に受けた時はまだ息があったそうですよ。筒井氏はその後、脳死状態で慈愛堂病院に運ばれたそうです」
高野「そうだったんですか……」
二階堂「彼は生前、腎バンクに登録していたそうです」
高野「そうですか……腎臓移植で命拾いした僕にとっては、本当にありがたいシステム……えっ、まさか!」
二階堂「そうなんです……」
高野「そんなことって……」


そこへ、制服姿のまりあが駆けて来る。

まりあ「せんせーい!」
二階堂「おや、うわさをすれば何とかだ」
まりあ「先生、こんにちわ。あら、刑事さんも! 二人で日向ぼっこですか?」
高野「まぁ、そんなところだよ」
まりあ「刑事さん、いろいろお世話になりました」
二階堂「いやいや、私の方こそ、定年前にすっきりしたよ」
まりあ「実は……刑事さん?」
二階堂「どうしたの? 真剣な顔しちゃって?」

まりあが白バラの花を差し出す。

まりあ「これ。刑事さんの定年のお祝い!」
二階堂「白いバラかぁ。花をもらうなんて、それもこんなにきれいなお嬢さんから、何年ぶりだろう……」
高野「えっ、初めてじゃないんですか?」
二階堂「失礼な! 私だって花くらいもらったことありますよ。先生、やきもちですか?」
高野「や、やきもちなんて!」
まりあ「二人とも大人げなーい!」
二階堂「高野先生も花が欲しかったんですよね」
まりあ「先生のことも忘れてたわけじゃないんですよっ」
二階堂「ほーら、来た! よかったね、高野先生」
まりあ「実は今日希望の丘教会へ行くんですけど、先生もどうかなと思って」
高野「希望の丘教会か……神父さん元気かな?」
まりあ「えぇ、神父さんも先生に会いたがってました」
二階堂「あそこは、有名なデートコースですよね」
まりあ「いえ、そういう意味じゃなくて」
高野「神父さんにもご挨拶したいし、行こうかな?」
まりあ「神父さん、喜びますよ。きっと」

二階堂「さて、邪魔なようだから、じじいは退散しますか」
まりあ「刑事さん、本当にいろいろありがとうございました」
高野「また今度、ごゆっくり」
二階堂「まりあちゃんも先生もお元気で」
まりあ「はい」
高野「ありがとうございます」

二階堂が去る。

まりあ「ところで先生、今日、本当によかったんですか?」
高野「もちろん、神父さんには僕も近々会いに行こうと思ってたんだ。誘ってもらってよかったよ」
まりあ「先生、もう出れますか?」
高野「神父さん渡したいものがあるから取ってくるよ。それにこんな格好じゃ行けないだろ。まりあちゃんは、ここで待ってて」


僕は壊れたマリア像を手提げ袋に入れた。

わざわざ、神父さんがフランスから持ってきたものだ。壊れているからといって、僕にはどうしても捨てることはできない。

このマリア像の処分は神父さんにゆだねよう。


高野「ごめんごめん、お待たせ」
まりあ「じゃ、行きますか」
高野「まりあちゃんの制服姿って初めて見るよ」
まりあ「紫桐学院の制服って結構人気あるんですよ」
高野「ふーん」


希望の丘教会。

高野「希望の丘教会ってこんなにきれいな所だったんだ!」
まりあ「あれ、先生初めてじゃないですよね、ここ?」
高野「うん。でも、ここに来た時はいつも慌ててたから、景色を楽しむ余裕なんてなかったんだ」
まりあ「じゃ、今日はゆっくりご鑑賞下さい」

ニコライ・レヴィ神父が現れる。

まりあ「神父さーん、こんにちわー!」
神父「あぁ、よく来たね、まりあ。待ってたよ」
高野「ご無沙汰してます。お元気でしたか? 膝の調子はどうですか?」
神父「えぇ、最近はだいぶいいんですよ。こうして散歩もできるようになったし」
まりあ「よかった」
神父「いろいろ大変でしたね」
まりあ「神父さんには、保護者になって頂いたり、いろいろお世話かけました」
神父「そんなことは気にしなくていいんだよ」

まりあ「あっ、神父さん、あれ見て!」
神父「あれじゃ分からないよ。どうした?」
まりあ「鐘です。教会の上の!」
神父「あぁ、あれかい。今年新しくしたんだよ」
まりあ「素敵!」
神父「そうだまりあ、いいことに気づいたね」
まりあ「何ですか?」
神父「実はね。今年から、うちの教会で大晦日のカウントダウンをやることになったんだよ」
まりあ「カウントダウンですか? カッコいい!!」
神父「どうですか、先生も?」
高野「えっ? 僕も? いいんですか」
神父「もちろんですよ。どうですか? まりあと二人で」
高野「大晦日を教会のカウントダウンの鐘とともに向かえられるなんて」
神父「まりあを連れてきて頂けますか?」
高野「えぇ、まりあちゃんさえよければよろこんで」
神父「まりあはどうするんだい?」
まりあ「もちろん!」
神父「じゃぁ、決まりだ。98年はみんなで教会で向かえよう」
まりあ「うれしいな!!」
神父「また、そんなにはしゃいで、先生に迷惑がかからないようにね」
高野「楽しみですよ」

高野「ところで神父さん、これを持ってきたんですが……」
神父「あ、これは……」
高野「壊れてますが、確かに神父さんがフランスから持ってこられたマリア像の一つです。つなぎ合わせてみたんですが、どうしても肩から上の部分を見つけることができなくて……」
神父「まさかこのマリア像が凶器だったなんて……あまり考えたくないことですが……」
高野「この像、僕には処分することができなくて……」
神父「分かりました。このマリア像は、こちらで預からせて頂きます」
まりあ「肩から上はどこにいってしまったんでしょう?」
高野「いつか出てくるといいね」

神父「実は、今日お二人にお見せしたいものがあるんです」
まりあ「何ですかー?」
神父「さぁ、こちらへどうぞ」


二人が礼拝堂に通される。
大きなクリスマスツリーが飾られている。

まりあ「わぁ……きれい!」
高野「本当だ。クリスマスツリーなんて、もうそんな時期か……」
神父「今年はいい木が見つかりました。マリア像をここへ置きましょう」

神父が、壊れたマリア像をツリーのもとに置く。
そして、座席の一つを見つめる。

神父「まりあのお父さんとお母さんは、よくあそこへ座って、私の説教を聞いてくれました」
まりあ「ここに、父と……母が……父と母も、ここでお祈りしたのね」

まりあが、亡き両親が掛けていたという椅子に座り、目を閉じて祈りを捧げる。

神父「まりあは、今、何をお祈りしたの?」
まりあ「父と母には、『さようなら』って。あとは……」


まりあの脳裏に、次々と思い出が浮かぶ。
入院中、いつも自分の力になってくれた高野先生。
自分の命を救ってくれた高野先生……


まりあ「……秘密ですっ!」


大晦日の夜、希望の丘教会。

高野「そろそろだね、まりあちゃん。行くよ〜!」

雪の降りしきる中、高野とまりあが教会の鐘を見上げる。

2人「10……9……8……7……6……5……4……3……2……1!」


鐘の音が鳴り響く。


2人「ハッピー・ニュー・イヤ──!!」


(終)
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