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街 〜運命の交差点〜 のエンディング (高峰厚士)


《病院のベッドの上で厚士が目覚める》

目が覚めた。
10時か……。

《脳裏に、息子・隆士の幼い頃の声が響く》

『おはよう、おとうちゃん!』

「……」

《再び、幼い日の隆士の声が響く》

『おとうちゃん、起きて! 今日は多摩川の花火大会だよ!』
『こらこら、隆クン、まだ早いよ。ハハハハ……』
『ハハハハ……』


あいつは、花火が好きだった。


「……」

《病室の電話で、どこかに電話をかける》

つながった。

「もしもし、佐久間君か。わたしだ」
「ハイ、佐久間葬儀店でございます」

聞きなれない声だった。

「誰だ。キミは?」
「あなたがおかけになtt佐久間葬儀店です。シャイロックの生肉、1ポンドでございますね?」

大真面目な声だが、かけまちがえたらしい。

「たった一滴の血も混じえずに」
「失礼。その肉は他へ届けてくれ」

世の中にはふざけた奴がいる。
人の間違い電話で遊んでいるらしい。

《電話を切り、再び電話をかけ直す》

「佐久間君か。わたしだ」
「あっ、常務。お風邪の方は大丈夫ですか」

まちがいない。
今度こそ佐久間君の声だ。

「心配ない。それより至急明日までに手配して欲しいことがある」
「はい、何でしょう」

電話の向こうで、メモを用意する気配があった。

「明日の夜、8時きっかりだ」
「はい」
「今からいうことを、しかるべき業者に必ず実行させてくれ。金はいくらかかってもかまわん」
「はい、どうぞ」
「いいか、佐久間君、わたしのいうことが、いくら奇異に聞こえても、理由は聞くな。質問もするな。黙って、確実に実行させてくれ」
「はい」
「明日の夜、8時きっかりだぞ」

その指示を伝えた。
佐久間君は、その内容のとっぴさにちょっととまどった様子だったが、すぐにはっきりとした声で答えた。

「承知しました、常務。必ず実行いたします」
「頼んだよ、佐久間君」

「……」

電話を切ると、看護婦を呼んだ。

「お呼びでしょうか?」
「ああ……家内は何かいっていたかね?」
「はい、まもなく、お見えになるそうでございますが」
「先生はなんておっしゃっている? わたしは、いつ退院できるのかね?」
「はい、明日のお昼には、と」
「明日の、昼?」
「はい。その前に、もちろんいろいろと検査はありますが」
「看護婦さん」
「はい」
「妻には、今日は来なくてもいいといってくれ」
「はい……あの」
「先生には、検査はもうしなくても、わたしは大丈夫だからと」
「あの……」
「わたしは、明日の夜8時まで、ここにいる。妻と娘には、そのころ迎えに来てくれと伝えて下さらんか。これは、少ないが」

看護婦の手に心づけを握らせる。

「いえ、あの、こういうことは……」
「明日の夜8時です。それまで眠りたい。申し訳ないが、昨日の薬を打っていただきたい」


医者は希望通りに、私に睡眠薬を打ってくれた。


目をあけると、8時少し前だった。
妻と娘が来ている。

「あなた……」
「ああ、うむ……時間通りだ」
「お父さん……大丈夫なの?」
「ああ……何が?」
「だって、なんだか、いわくありげで」

綾はどこか不安そうにいった。

「私とお母さん、揃って、8時に迎えに来てくれだなんて」
「ああ、そのことか」

ゆっくりと窓の外の闇を眺める。

「綾ったら、心配してるんですよ。なんだか、芝居がかっている。お父さん、もしかしたら、死ぬつもりじゃないか、なんて」
「はは……ばか」
「……でも」

妻も不安は隠せない。

「じゃあ、何なのですか、いったい」
「うむ……今にわかる」

時計は8時になろうとしている。

「何なの、8時って」

綾は怯えるようにいった。


《時計が8時を指す》
《厚士が窓の外の夜空を指差す》


「二人とも、見ろ」


《渋谷の夜空に花火が上がる》


「これ、お父さん、もしかしたら……」
「あなた……あなたなのね?」

「……」


「でも……なぜ?」

《驚く綾をよそに、妻の顔には笑みが浮かんでいる》

「10月15日、午後8時ちょうど……あの子の生まれた時間なのよ」
「!……じゃ……お父さんは、それを隆士に見せようとして」
「……」


「でも、あなた……」

妻がいった。

「あの子が、どうして渋谷にいるって……?」
「そうよ。もし、もう別の街へ行っちゃっていたとしたら……」


「見ているさ……いま、花火は日本中で上がっているんだ」


《札幌の時計台の夜空に花火が舞う》

《京都の金閣寺の夜空に花火が舞う》

《広島の原爆ドームの夜空に花火が舞う》

《長崎の平和記念像の夜空に花火が舞う》

《渋谷の夜空に花火が舞う》

《日本中の、ありとあらゆる街の夜空を埋め尽くさんばかりに、花火が舞う》


《満足気に花火を見つめる厚士の後姿に、いつしか、幼い隆士を肩車する姿が重なる──》


花火


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