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街 〜運命の交差点〜 のエンディング (細井美子)


5日前に来た喫茶店に美子はいた。
飲みもしないジュースと水をテーブルに並べている。

「美子、待ったか」

洋一が現れた。

「見て……ようちゃん。わたし……やせたよ。やせたんだよ!」

洋一は美子を見た。

《別人のようにスマートになった美子の姿》

「……美子、お前」
「わたしがんばったよ。やせたんだよ」
「そんな……バカな」
「ようちゃん。こっち見てよ。やせたんだよ、わたし」
「……たしかに、やせてる」
「でしょ、でしょ。がんばったんだから」
「……」

洋一は黙り込んだ。

「どうしたの、ようちゃん。何かいったよ。もっとホメてよ。ようちゃんのためにやせたんだよ」
「……」
「ねえ」
「もう……イイよ」
「えっ?」
「もうそんなにまでしてもらわなくていいんだ」
「ま、まさか、カオルとつきあうツモリ?」

美子は悲しくなった。

「うん……わかった。別れましょ」

美子はヤケクソになった。

「お前、何いってるんだ?」
「カオルがいいんでしょ……」
「いいって、なにが……?」
「……昨日、カオルを抱いてたじゃない」
「抱いた……何のことだ?」
「とぼけないで。見てたのよ、わたし!」
「へっ」
「昨日、バイト先の近くで」
「ああ、あれか」

洋一は吹き出した。

「わ、笑いごとじゃないわよ」
「地震じゃないか、アレは」
「ジ……地震?」
「お前、まさか気づかなかったなんて……あの揺れでビクともしなかったのか!?」
「ま、待って」

美子は急いで、店の新聞を探した。

「……14日、午後3時ごろ銚子沖で地震が……各地の震度は……ホントだあ。わたし、カンちがいしてたの?」
「あいかわらずのバカだな」
「でも、じゃ、何でカオルと会ってたの?」
「オレ、怒られちまったよ」

洋一は急にバツの悪そうな顔をした。

「怒られた。カオルに?」
「5日で17キロやせろなんで、あなたは美子を殺す気ですか、って」
「まあ……」

美子の鼻の奥がツンとなった。

「いきなり呼び出されて、知らない女の子にセッキョーされるとは思わなかったよ」
「カオルが、そんなこと……」
「いい子だぞ、あの子」
「わたし、カオルに謝らなくちゃ」
「どうして」
「ひどいこと、いっぱいいっちゃった」
「バカ、早くあやまれよ」
「うん。そうする」
「……」

洋一はまた黙り込んだ。

「ようちゃん……」
「5日前、オレもひどいこと、いっぱいいっちゃったな」
「……ようちゃん、どうしたの?」
「5日で17キロなんて、かえって健康を壊すよな」
「いいよ。壊れてもいい。ようちゃんのためなら、病気になってもかまわない。だから……」
「ばか」
「だって……」
「美子、デブがイヤなら、とっくに別れてるよ」
「??????????」

美子の頭の中は疑問符だらけになった。

「じゃ……じゃあ、何であんなこといったの? 5日でやせなきゃ別れるとか、17キロやせなきゃ別れるとか」
「やせようとしないだろ。そうでもいわなきゃ」
「でも……でもでも、それじゃ、何でヤセなきゃイケないの」

「おふくろ、おれが小さいとき死んだって話したよな」
「え?……うん」
「やさしくて、働き者で、大食らいで、155センチ、70キロ。デブデブのおふくろだった」
「うん……」
「元気そうに見えた。突然入院した。糖尿病だった」
「え……」
「血糖値500……入院して、その日に死んだ。急性腎不全だった」

洋一はサラリとった。

「美子……おれ、お前に死んでもらいたくないんだよ」
「……」
「一言でいうと、おふくろは、太りすぎが死因だったって、そんときの医者がさ」
「……」

美子の目にみるみる湖のような涙が浮かんだ。

「よ……ようちゃん」
「ばか……泣くな。俺はお前が好きなんだ」
「うん」

美子は世界一の幸せ者になった。

「ようちゃん……わたし、ようちゃんにも謝らなきゃいけないことがあるの……」
「なんだ?」
「ほんとはわたし、やせてないの。この服の下に痩身用のキカイをつけてるの」

洋一は何も言わずにリボンのついた箱を差し出した。

「何?……これ」
「今日、俺たちの記念日だろ?」
「あ……」

そうだった。
すっかり、忘れてた……

「開けてみろよ」
「うん!」

美子は包みを開いた。
中身は、最近話題になっている痩身用のクリームだった。

「こ……これって?」
「きっとお前、とんでもない無理をしてここに来るんじゃないかって思ってさ」
「ようちゃん……」
「そんな体に悪いキカイなんか早く脱いでこいよ。それで少しずつでいいから、まともな方法でやせてくれ」

美子は声をつまらせながらいった。

「私、今日のことすっかり忘れてた。ようちゃん、やっぱりようちゃんは……」
「ヤセろよ、美子」
「うん」

熱いものがこみ上げてきた。

「ありがとう、ようちゃん、ようちゃ〜ん」

美子は無限の愛につつまれた。


……2時間後、すっかり元通りになった美子と洋一は腕を組んで歩いていた。

その時夜空に……。

「あ……」
「きれい……」

《渋谷の夜空に花火が上がる。そのひとつ、リング型の花火を見た美子は……》

「おいしそう……! ようちゃん……ドーナツ……」
「え」
「ドーナツとシュークリームといちごパイ……食べに行こッ」

「おい、待て……美子、オイ……このうらぎり者ぉぉぉ……!」

洋一のその叫び声は渋谷の街いっぱいに響いた。


やせるおもい


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