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富江 アナザフェイスの第一話


とある早朝の住宅街──


まだ通勤・通学の人出もまばらな中、ホームレスとおぼしき1人の男が、ゴミ捨て場を物色している。
ゴミ袋の山が埋もれる中に、やけに大きなビニール袋の包み。
その破れ目から覗くのは、明らかに人の顔……


富 江

 アナザフェイス


ゴミ捨て場を物色していた男が、あの大きなビニール包みを見つける。
不審に思った男が、包みを開く。
中から覗く女の顔──死体!?


腰を抜かした男が、厄介事は御免とばかりに悲鳴を上げて逃げてゆく。


富 江  
第 一 話   


(登場人物の1人・美紀によるナレーション)

クラスメイトの富江が
死んでしまいました

それから1週間──
富江を殺した犯人は
まだ見つかっていません


朝。

高校への通学路である並木道を、多くの生徒たちが歩いてゆく。
その中に、とぼとぼと歩く眼鏡姿の青年、高志。

「おっ」「よっ」

友人たちが声をかけても、彼は無言のままである。


同じく登校中の女生徒・美紀、そして級友である2人の女生徒。

級友たち「今朝のニュースでやってたでしょ?」「見た見た! 昨日来てた奴でしょ?」「ゴミ捨て場に捨てられてたらしいよ」「マジでぇ? つぅか早く解決して欲しいよねぇ。キツ過ぎるよねぇ、こういうのって」「っていうかぁ、犯人ってどんな奴だろ?」「変質者か、通り魔でしょ?」「富江も運悪いよね」
美紀「富江、すごく可愛かったから……」
級友たち「オヤジはほっとかないでしょ」「アレはヤバいよね」

彼女らの前方をトボトボと歩く、高志の後姿。

級友たち「相変らず落ち込んでるね、高志君」「当ったり前じゃん、彼女が殺されちゃったんだもん」

級友が美紀の顔を覗き込む。

級友「声かけてあげれば?」
美紀「でも……」
級友「行きなよ」
美紀「でもそういうのって、富江がいなくなったのを喜んでるみたいで……」
級友たち「馬鹿ねぇ、誰もそんな風に思わないよ」「富江の他に高志君元気づけられるの、美紀しかいないでしょ!」

級友たちに無理やり背中を押され、美紀が高志の方へ。
高志が振り向き、美紀の姿に気づく。

高志「おはよ……」

しばし戸惑っていた美紀だが、高志の隣に並んで歩き始める。

美紀「……おはよう」

高志「久しぶりだよね、こうやって歩くの」
美紀「うん……」


私たちは2ヶ月前まで恋人同士でした

そこに富江が現れて
私から高志君を奪っていったのです


美紀「練習してる? スケボー」
高志「うん……かなり上手くなったよ。じってしてると、色々考えちゃうから。昨日も1日中やってた」
美紀「そ……」
高志「やり過ぎて、コケちゃってさぁ。ほら」

高志が袖をまくると、肘に擦り傷。美紀がクスリと笑う。

美紀「……ねぇ、また練習見に行ってもいい? 前みたいに」
高志「うん」
美紀「差し入れ持ってくし。私、高志君の力になりたいから」
高志「……ありがと」

落ち込んでいた高志の顔に、ようやく微笑みが浮かぶ。


そのとき──

通学路を歩いていた生徒たちが、一斉に足を止める。
彼らの視線が一点に集まっている。

「え……!」「まじで!?」

「富江じゃん!?」

美紀と高志が、生徒たちの視線の先を見る。

透き通るような美貌の少女。
左目の下のほくろ。

そこにいるのは──紛れもなく、死んだ筈の富江。
それも、まるで何事もなかったかのような、制服に身を包んだ登校姿である。

富江「おはよう。見つめ合ったりして、朝から何のお話?」
美紀「富江……!?」
高志「富江……」
富江「どうしたのぉ? 幽霊を見るみたいな顔して……」

甘ったるいその声は、まさに富江のそれであった──


放課後の教室に、美紀と今朝の級友2人。

級友たち「マジ幽霊かと思ったよね」「富江が入ってきた瞬間、教室中、超パニってなかった? 心臓止まるかと思ったよ」「こっちが幽霊になるところだよ」「そのままでも幽霊いけるじゃぁん」「うるさいな、お前も似たようなもんじゃん」


突然現れた富江は 幽霊なんかじゃなく
生身の 本物の富江でした

学校中が大騒ぎになって
保健の先生がちゃんと調べたので
間違いありません


級友たち「けど、っていうかさぁ……殺されたのって、誰だったわけ?」「たまたま富江に似てたぁ、身元不明のA子さんってことでしょ?」「ったく警察っていい加減すぎ〜」

美紀が窓から外を覗く。
富江と高志。富江がはしゃぎ、高志と腕を組んで下校してゆく。


街角。

富江「おなか空いちゃったね。入ろ」

高志の手を取ってファストフード店へ入ろうとする富江。
だが高志は立ち尽くしている。その顔に、富江との再会を喜ぶような笑顔はない。

富江「どうしたのぉ?」
高志「……俺、帰るよ」
富江「具合でも悪いの……?」
高志「……お前……本当に生きてんだよな?」
富江「何言ってるのぉ?」
高志「本当に……本物なんだよな?」

富江が自分の顔を、高志の胸に埋める。

富江「どう? 思い出した? 今までと同じ私でしょ?」

高志の顔を、富江が見上げる。

富江「好きよ……高志君。離さないで……」

再び富江が、顔を高志の胸に埋める。
やがて高志の腕が、富江を抱きしめる。

その2人の様子を、遠くから美紀が見ている……


歩道橋を歩く富江と高志。

高志「話があるんだ。1週間前……」
富江「待ってぇ」

富江が鞄の中から、紙包みを取り出す。

富江「きっと似合うと思ったから、さっき買っちゃった」
高志「俺に……?」
富江「……プレゼント」
高志「いいの?」

これまで困惑していた高志の顔に、微かに笑みが浮かぶ。

富江「そういう顔が見たかったの」
高志「ありがと」

富江が紙包みから腕時計を取り出し、高志の手をとり、はめようとする。
だが手がすべり……

高志「あ……!」

腕時計は歩道橋の下の車道へ落ちてしまう。

高志を見つめる富江。その顔から、先ほどまではしゃいでいた愛らしい笑顔が消える。

富江「拾ってきてくれないの? あんなプレゼントなんか、欲しくなかった?」

富江に見つめられ、夢中で高志が歩道橋の階段を駆け降りる。
車道を車が行き交う。
その間隙をぬい、高志が車道へ飛び出し、腕時計を拾い上げる。
高志が腕時計を高々と掲げ、それを見た富江がニコリと笑う。

クラクション。
高志の目前にトラックが迫る。
間一髪、トラックをよけて車道に転げる高志……。


公園のベンチに腰掛ける富江と高志。
改めて富江が、高志の腕に腕時計をはめる。

富江「話って何?」
高志「1週間前に俺に言ったこと……どうなったんだ?」
富江「私が高志君にぃ? 何か言ったかしら?」
高志「……別れたいって言ったじゃん。もっと好きな男ができたから……俺なんかと一緒にいられないって」
富江「なんでそんな出鱈目を言うの……? 高志君こそ、私を嫌いになったんじゃないの?」
高志「……」
富江「高志君だけなの……高志君に嫌われるくらいなら、死んだ方がマシだわ……」

富江が頭を高志の肩に預ける。

富江「好き……富江とずっと一緒にいて……」

富江が目を閉じ、唇を高志へ突き出す。

その2人の様子を、木陰から、左目に眼帯をした謎の男がカメラで狙っている……


数日後。

休日の街を、美紀と級友2人が行く。

級友たち「ね、可愛いでしょ? 新しい着メロ」「相変らずセンスないねぇ」「マジかよ? お前のよりはマシだよ」「そんなことより知ってる? 昨日のテレビで、みのもんたの後ろに幽霊が映ってたっていう噂〜」「マジ? 何チャン?」

落ち込み気味の美紀に、級友たちが声をかける。

級友「ねぇ、知ってた?」
美紀「……し、知らない。喉かわいちゃった。何か買ってくるね」
級友たち「私、お茶系の甘くない奴お願い」「私、天然水系の甘い奴ね」

美紀が立ち去る。

級友たち「美紀の気分もわかるけどさぁ……」「富江が生きてて残念だったね、とか言えないじゃんね」「ねぇ……」


とぼとぼと歩く美紀が、何かを見つける。

建物の影に身を潜め、何かを見張っている様子の青年。
サングラスをしているが、明らかに高志である。
そして高志の視線の先──

エスカレーターの上、富江と見知らぬ男性が、人目もはばからずに抱き合っている。


翌日。

美紀たちの学校、放課後の屋上に美紀が佇んでいる。
そこへ富江がやって来る。

富江「ごめんね、遅れちゃって。話ってなぁに?」
美紀「富江にお願いがあるの」
富江「私にぃ?」
美紀「簡単なことよ……高志君と別れて」
富江「何言ってるのぉ!? 意地悪なこと言わないで……」
美紀「見たのよ、昨日」
富江「……」
美紀「あんたがどっかの男とベタベタしてるところを……あの男だけじゃないんでしょ? 高志君が可哀想。彼、あんたがいなくなってた1週間、本当に辛そうだったんだよ! 高志君、あんたのことが本当に好きなんだよ! だからこれ以上、彼を苦しめないで……高志君と別れて」
富江「どうしてそんなひどいことを言うのぉ……」

富江がすすり泣き声をあげつつ、両目を手で覆う。

富江「うぅっ……」
美紀「ごまかさないでよ……」
富江「うぅっ……うっ、うっ、ふふ、ふふ、うふふふ……!」

富江の泣き声が次第に笑い声に変わる。
そして妖しげな笑みで、美紀を見上げる。

富江「美紀って本当に馬鹿で下らない女ね!」
美紀「富江……!?」

これまでの美少女ぶりとは一転、高飛車に変化した富江の態度に驚く美紀。

富江「高志君が可哀想!? ふざけないでよ、この偽善者女! 彼を私に取られたのが悔しいだけの癖に、私が羨ましいんでしょ?」
美紀「……!」
富江「美紀も私みたいに色んな男たちとベタベタしたいだけなんでしょ?」
美紀「……高志君とも、あの男たちとも別れないのね?」
富江「あ〜いつらが勝手に群がってくんだもん。仕方ないじゃん!」

美紀「……ね? わかったでしょ? これが富江っていう女の正体なのよ」

物陰から、高志が姿を現す。一部始終を聞いていたのだ。

富江「高志君!」

再び美少女口調に一転、富江が高志に駆け寄る。

富江「美紀の言うことを信じちゃ駄目、美紀は嘘つきなの」
高志「……何言ってんだよ……全部聞いてたんだよ」
富江「違うの! 高志君は騙されてるのよ。私には高志君しかいないの!」

富江が高志に抱きつく。

美紀「富江、やめて!」

高志が富江を振りほどこうとするが、富江は離れない。

富江「好きよ、高志君。離さないで……ずっと抱きしめていて。私は、高志君のものよ……」

高志の眼鏡を、富江が外す。
そして唇を、高志の顔へと近づけてゆく。

美紀「高志君、駄目ぇ!!」

富江の魅力に惑わされつつあった高志が、美紀の一喝で我に帰る。

高志「うわああぁぁ──っっ!!」

渾身の力で富江を突き飛ばす。
勢い余り、富江は屋上から落ちてゆく……


屋上から下を見下ろす美紀と高志。
富江は地面に転がり、動かなくなっている。

美紀「富江、死んじゃった……」
高志「……また同じだよ……また……と、富江を殺しちゃったよ……」
美紀「何言ってんの……? ねぇ、どういうこと?」


そして高志君は
堰を切ったように話し始めました

2週間前 つまり
富江が殺されたと大騒ぎになった日の前日
高志君はいきなり富江に
別れ話を持ちかけられたそうです



回想──


閑散とした放課後の運動場。1人でバスケの練習をしている高志のもとへ、富江が現れる。

高志「話って何だよ?」
富江「もう別れたいの」
高志「……何で急にそんなことを言うんだよ? 俺から離れないで……」

高志が富江を抱こうとする。

富江「触らないでよ! 気持ち悪いわねぇ……」
高志「頼むよ……やり直させてくれ……何で嫌いになったんだよ?」
富江「馬鹿じゃないの? 嫌いになったから嫌いなのよ」
高志「……別の男ができたんだろ?」
富江「アハハ! アハハ! そういう馬鹿なところが嫌いなのよ。別の男なら、あんたと付き合ってる最中もずっといたわ。フフフ……アハハ!」

富江が高志に背を向け、嘲笑い続ける。
高志がズボンのベルトを抜く。

高志「駄目だよ……富江は……」

富江の首に、高志のベルトが巻きつけられる。

高志「ずっと僕だけのものなんだ!」
富江「う……う……う?」
高志「絶対……誰にも渡さないよ」

やがて富江が倒れ、その体の動きが止まる……。



そして高志君は富江を殺し
死体をゴミ捨て場に隠した……
というのです


地上へ降りた美紀と高志が、富江の死体を見つめる。

美紀「何言ってるの? 高志君、ねぇ、しっかりして。富江はちゃんと生きてたじゃない」
高志「生き返ったんだよ! ……また戻って来たんだ」


私には高志君の話は信じられませんでした
たった今 富江を突き飛ばしてしまったショックで
わけがわからなくなっているんだ──
私はそう思いました

高志君が怯えている分 なぜか私は冷静でした
私が高志君を助けてあげなきゃ──
そう思いました


美紀「バチが当たったのよ……あんなひどい女……こうなるのが当然なのよ」
高志「……」
美紀「大丈夫よ、高志君。私がついてるわ……」

富江の手に握られている高志の眼鏡。
硬直した指を美紀が解きほぐし、眼鏡を高志の顔に戻す。

美紀「暗くなるまでここで待って、富江を運び出してどっかに隠しちゃお……大丈夫、きっと誰にもばれない……」
高志「ただ隠すだけじゃ駄目なんだよ! ただ隠すだけじゃ……」


深夜、林の中。

富江を包んだとおぼしき袋包みを、美紀と高志が引きずって運ぶ。
やがて、うっそうとした木々に囲まれた地面を、2人がシャベルで掘り始める。

美紀が汗を拭う。

美紀「はぁ、はぁ……これだけ掘ればもう十分でしょ……早く埋めちゃお」
高志「駄目だよ……もっと深くなきゃ心配だ」

一心不乱にシャベルを振るう高志。美紀も再び、土を掘り始める。


空が薄明るくなってきた頃。

ようやくできた大穴の中に、2人が富江の死体を包んだ袋包みを放り落とす。
高志が、富江からのプレゼントである腕時計を外し、それも穴の中へ放り込む。

高志「こんなもん……」

2人が手を取り合い、林を後にする。


やがて、2人が舗道へと辿り着く。

高志が息を切らしつつ、美紀に背を向けて歩き去ろうとする。

美紀「どこ行くの?」
高志「疲れたよ……うち帰りたいんだ」
美紀「学校は?」
高志「さぼるよ……どうでもいいよ、そんなの」
美紀「駄目よ! いずれ富江の死体が見つかったときに、疑われちゃうかもしれないでしょ?」
高志「……」
美紀「何にも知らない顔して、ちゃんと学校行かなきゃ……ね?」

美紀が高志の手を取り、学校への道を歩き始める。


こうして私たちは
2人だけの秘密を作りました

とても恐ろしい秘密なのに
なぜか私の心は満ち足りていました


手を取り合って歩く美紀と高志。
学校が近づいてくる。

美紀「こっから先は別々に行こ。一緒にいるところを見られたら、後で怪しまれちゃうかもしれないから」
高志「……わかった」
美紀「……」
高志「ありがと、美紀」
美紀「うぅん……今度差し入れ持って、スケボーの練習見に行くから!」

そこへ自転車に乗って、美紀の級友2人がやって来る。

級友「あ、おはよ」

一緒にいるところを見られた……という気まずさで目を伏せる美紀。

美紀「……おはよ」
級友「珍しいね。3人一緒」

美紀「……3人!?」

まさか……と思いつつ、美紀と高志が後ろを振り返る。

そこに立っているのは、紛れもなく──富江。
土の中から這い出してきたかのように、髪は乱れ、顔や服は土にまみれている。

美紀「富江……!?」

富江「どうしたのぉ……? 幽霊を見るみたいな顔して……」

呆然と富江を見つめる高志。

富江「高志君……忘れ物」

富江が腕時計を取り出し、高志の足元へ放り投げる。


言葉を失う2人を前に、富江が妖しく笑う──


富 江
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