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テニスの王子様

VOL.1 越前リョーマ

― Genius1 越前リョーマ ―


柿ノ木坂ジュニアテニストーナメント会場
「おい、聞いたかよ、16歳以下の部に12歳のガキが出場するって話。」
「うっそ―登録間違いかなんかじゃない?」 「いや…」 「まさかぁ」
「そんなバカな話、あるワケねぇだろ」
掲示板に貼られたトーナメント表
12歳以下の部ではなく、16歳以下の部のところに、『越前リョーマ〈フリー12歳〉』
と、書かれている。

電車の中、一人の少女が、ドキドキしながら、うつむきがちに座っている。
――竜崎桜乃(さくの)12歳、ただいまピンチです。次の駅で、降りられるかなぁ…
「あっはっはっは!!お前ら自分のグリップの握りも知らねぇのかよ。
トップスピンを打ちてーんなら、ウエスタングリップだろ!!」
長髪の男子高校生が、桜乃を囲むようにして座っている友人らしき高校生達に、
ラケットをブンブン振り回しながら、テニスについて語っている。
「こうやって、ラケット面を立てて、握手する感じで握んだよ。」
「おお―っ、さすが佐々部!!」 「バーカ、常識だろ!!」
佐々部と呼ばれている高校生の振り回すラケットが、時々桜乃に当たりそうになる。
その時―― 「ねえ、うるさいんだけど。」
見ると、ラケットバッグを横に置いて座っている、小学生の男の子だった。
「は?おっと…(ラケットを床に落とす)だっはっはっ!!まいったぜ、
ガキに注意されちゃっ…(ラケットを拾おうとする)」
「ピーンポーン…置いたラケットを、上から掴む様に持つのが、正しいウエスタングリップの握り方。
ちなみに、アンタの言う『握手する様に』は、イースタングリップだよ。」
小学生の指摘に、ドキッとする佐々部、笑う友人。
「よくいるんだよね、逆に覚えてる奴。」
電車が、青春台(せいはるだい)駅に着いた。
「佐々部、かっこわる―っ」 「う、うるせー着いたぞ!!」
電車を降りてゆく佐々部と、その友達。
桜乃もその駅で降り、改札口の所に立っていた。
「おばあちゃん、来てないなぁ、テニスの試合観に行くからって誘ってくれたのに、遅れちゃうよ。」
そこへ、さっきの男の子が歩いてきて、桜乃にたずねた。
「ねぇ…柿ノ木坂テニスガーデンってどっち?」
「あっ、はい、私もこれから観に行くんです。試合に出るんですか?私、テニスって初めてで…」
「……で、どっち?」
「あちゃーごめんなさい、私…。南口を出てまっすぐ行けば、すぐわかると思います。」
真っ赤になって、桜乃は答えた。
「南口ね…ありがと。」 ラケットバッグに『RYOMA.E』の文字―― (リョーマくんか…)
30分後――
「おーい、桜乃ちゃん、スマンスマン。」
やっと現れた桜乃のおばあちゃん、と言っても、長い髪をポニーテールにまとめ、
耳には大きなピアス、ジャージの上下…そんなイデタチだ。
実は、このおばあちゃん、青春学園中等部で、テニス部の顧問をしているのである。
「早く、アタシの車に乗りな!!」 「あれ…?南口じゃ…」
「何言ってんだい、桜乃ちゃんは方向オンチかい?柿ノ木坂テニスガーデンは、北口だよ!?」
「ええ――――っ!!?」

車で、会場に向かう2人。
「今日の大会は、どいつもこいつも小粒ばっかの試合だろーけどさ、
アタシの教え子の息子が、出場しててねー。」
「あ、あの、おばあちゃん…もしさ、試合に遅刻しちゃうと、どうなっちゃうの?」
「そりゃ、Defだね『失格』さ!」 「ええっ!?」
会場に到着すると、桜乃は、慌てて走り出した。
「あ、おばあちゃん、私、あっち見てくるね!!」
「おかしな子だね?気を付けるんだよ!さて…例の王子様は、どーなってんだろうねぇ…」

桜乃は、芝生に寝転んでいるさっきの男の子、リョーマを見つけた。
「あ!?あ、あの…試合…間に合いました?」
「5分遅刻…失格。」
「(ガ―ン!)ご、ごめんなさいっ、私のせいですか!?」
「当たり、他に誰がいる?」
真っ赤になってオロオロしている桜乃、ムスッとして芝生にあぐらをかくリョーマ。
「ノド、渇いた…」 「わ、私、買ってきますぅ!!」
――自販機の前、ジュースのボタンを押すリョーマ。
その後ろで、ますます赤くなっている桜乃。 「ごめんなさい、小銭なくて…おごってもらって…」
「あれれ?何かもう、負けて帰るみたいよん?」
その声に振り返ると、先ほどの佐々部とその友人達が、テニスウェアを着て立っている。
佐々部は、ニィと笑うと、リョーマに向かって、思い切りラケットを振り下ろした。
「あっ!!危ない!!」
リョーマの顔の前で、ピタッとラケットを止める佐々部。
「ガキが俺様にテニスを語るなんざ、10年早ぇ―んだよ!」
リョーマの帽子のつばに、ラケットをポンポンぶつける佐々部。
「うんちくだけじゃ、テニスは勝てないっつーワケだ!!覚えとけっ!!」
佐々部達は、笑いながら、桜乃の前を通り過ぎようとして、桜乃にぶつかった。
桜乃の持っていたジュースが、佐々部のウェアに…。
「わっ!!汚え、ジュースこぼしやがった!!」 桜乃を睨みつける佐々部。
「ベトベトじゃん、どーすんだよこのボケ!!俺はあのガキと違って、
決勝まで、試合残ってんだ!!」 「ご、ごめんなさ……」
プシュ!
リョーマが、ジュースの缶を開けて言った。
「ねぇ…ブリップは覚えたの?」
その落ち着き払った様子に、言葉を失くす佐々部達。
「(グビッと飲んで) なんなら…アンタに、テニスを教えてやるよ!!」

試合会場の近くにある練習用コート
―― とんでもないことになってしまいました ――
桜乃が、コート上のリョーマを心配そうに見ている。
「おいおい、マジで佐々部とやるつもりだよ!」
「いっちょ、もんでやれ〜!」 「ぶっ殺せ―!!」
はやし立てる佐々部の仲間達。
「おい小僧!痛い目みないとわかんねぇらしいな、後悔させてやるよ!!」
ネットをギシギシ揺らしながら、佐々部が言った。
「あっそ。」 そっけなくこたえるリョーマ。
「ザ・ベスト・オブ・1セットマッチ 佐々部サービスプレイ」
(ガキに俺のサーブが…) 「返せるかっつーの!!」
佐々部の打ったサーブが、リョーマの足元に決まった。
横目で、その球筋をチラッと見ただけのリョーマ、ピクリとも動かない。
(へっ、ビビったようだな) 「ゆっくり(セカンドサービスのこと)打ってやろーか!?」
「いーよ別に…」 平然と答えるリョーマ。
「あったりめーだろ、ガキだからって、容赦するかっつーの!!」
佐々部は、2本目のサーブを打った! すると――
「遅いよ!」 今度は、難なく打ち返したリョーマ、佐々部のコートにボールが落ちた。
「ええーっ、うそだろーっ!佐々部のファーストサーブ打ち返したよ!!」
騒ぐ仲間に、「バーカ、まぐれに決まっ…」 佐々部が、そこまで言った時、
「ねぇ…今のセカンドサーブ?」 と、リョーマが言った。
「…ち、つまんねぇギャグかましやがって…二度目は無ぇ!!!」
次のサーブも打ち返され、リョーマの返したボールに、やっと追いついた佐々部だったが、
あっという間にネットにつめていたリョーマに、スマッシュを決められてしまう。
…そして、佐々部は有利なはずのサービスゲームを落としてしまった。
「おいおい、どーなってんだ!?あの佐々部が、サービスゲーム落としたよ!!」
「ガキに華を持たせてんのが、わかんねぇのかよ!ガキのサーブなんてチョロイ、チョロ…」
「ふーん…」 相変わらずのリョーマ。 「嫌なガキだぜ…」
「ゲームカウント1−0 越前リード!」
リョーマが、右腕をしなやかに振り下ろし打ったサーブは、佐々部が一歩も動けないほどのスピードで、
佐々部のコートに突き刺さった!
「なっ?!」 驚きを隠せない佐々部に、リョーマが言った。
「決勝まで試合が残ってるんだろ?じゃあ、早めに終わらそーか…」
観ている桜乃はもちろん、佐々部の仲間達も、ただ驚くばかり…
「会場におらんと思ったら、こんな所にいた、困った王子様だ。」
桜乃のおばあちゃんだ。
「きれいなフォームだね。アイツの親父にそっくりだよ!」
「おばあちゃん!!」
「驚いたねぇ、リョーマと桜乃ちゃんが、一緒にいたとは。」
「も、もしかして、教え子の息子って、あの子なの!?」 「まあね。」
「えっ!?アメリカのJr.大会4年連続優勝の天才少年!?」
「何年かぶりに、家族と日本に戻ってきたから、こっちじゃまだ無名なんだけどネ。この大会に出場する前、
『お前は実力があるから、12歳以下じゃなく、14歳以下の部に挑戦してみれば』
と、言ってやったら、16歳以下の部に申し込んでおった。たいしたタマさ―」
横で聞いていた佐々部の仲間達が、青ざめている。
「じゃあ、アイツが噂の…越前リョーマか!!?」
その中の一人が、気を取り直して、佐々部に向かって怒鳴った。
「佐々部!!前に出ちまえよ!遠慮すんな!得意のネットプレー見せてやれ――!!
長身のアイツがネットに出りゃ、あのおチビちゃんには、実際打つとこねぇんだからなっ…」
(うるせえ!そんなことわかってんだ、くそ!ムカつく程深い球を打ちやがって!!)
コート上で、悪戦苦闘しながら、佐々部は心の中で叫んでいた。
(ライン際で足止めされちゃ、前〈ネット〉に出れねぇよ!!!)
「ねぇ…得意のネットプレーは、やらないの?」
佐々部の心を見透かしたように、リョーマはどんどんライン際に打ち返す。
このままではマズいと感じた佐々部の仲間が、突然立ち上がって言った。
「待てよ!今のアウトじゃねーの?」
それを聞いた佐々部、改めて球の落ちた場所を確認すると、明らかにコートの中に
球の跡が残っているが…
「ふっ、バーカ、誰が入ってるって言ったよ…当然アウトだっつーの!!」
足で、球の跡を消す佐々部。――リョーマは、黙っている。
次のプレー……「これもアウト!」
見かねた桜乃は、思わす叫んだ。「ズルーイ!今のも絶対入ってる…」
ギロッ!と睨む、佐々部の仲間達。
「この試合は、セルフジャッジで行われているから…奴のコートの審判権利は奴にある。」
おばあちゃんの言葉に、「そんなぁ…」と、下を向く桜乃。
(やはり浅くなりやがった!これであのガキは、もう深い打球は打てない!!)
佐々部は、それを良いことに、ついにネットにつめた!
(これで、このガキも終わりよっ!!)
すると―― 「えっ?!」
リョーマは、それを見越していたのか、ネットにつめた佐々部のはるか上を過ぎる
山なりの打球を打ち返した。そして、その球はラインぎりぎりにポトリと落ちた。
「ねぇ、今のは入ったの?」
あ然とする佐々部…そして、佐々部の仲間達。
「げぇ!ロブにスライス回転をかけ、ライン上で止めやがった!?」
「クックック、小僧めやりおる。」 笑うおばあちゃん。
何度ネットへつめても、同じことの繰り返し…とうとう、佐々部は、キレた!!
(くたばれ!!) ラケットを、わざとリョーマの顔面めがけて投げつけたのだ!!
ガツッ!!佐々部のラケットが、リョーマの額の辺りにヒット。
「ワリィワリィ、手が、すべっちまった!!」
リョーマは、目の上のキズから血をしたたらせながら立ち上がり、毅然としてこう言った。
「ふーん、グリップの握りが甘い…まだまだだね。」
(へっ、口の減らねぇガキだぜ!!)
「ゲームカウント 5−2 越前リード」
サーブを打とうとしているリョーマ、球をポーンポーンと地面についている。
(ビビってるくせに、フン、一丁前に…はよ、打てっつーの!)
リョーマは、右手をちょっとかえし気味に、サーブを打った。
「もらった――っ!!」
打ち返そうとした佐々部だったが…!!
簡単なサーブに思えたその球は、コートに一旦落ちた後、うなりを上げて佐々部の方へと
曲がって跳ね返ってきた! 「うっ!(――何だ、今のは!?)」
はっ!とするおばあちゃん…そして、佐々部の仲間達。
「おい…今のサーブ、逆に曲がんなかった?」 「まさか…」
「あれってもしかして…ツイストサーブってやつか!!?」
リョーマ「フィフティーン、ラブ(15−0)」 ポーンポーン…サーブ2本目…!
今度はバウンドして、佐々部の顔面に跳ね返った。しりもちをついた佐々部の鼻から血が…
リョーマ「サーティ、ラブ(30−0)」 ポーンポーン…サーブ3本目…!!
次は、とんでもない方向から、佐々部を追いかけるように、方向を変えて跳ねてきた。
「ぐはっ!!(あのガキ…俺を狙ってやがる…)」
ポーンポーンポーンポーン……
リョーマ「フォーティ、ラブ(40−0)」
ポーンポーンポーンポーン……
リョーマ「くたばれ」
「や、やめっ…!!」 佐々部は、とうとう、ラケットで顔をガードしてしゃがみこんでしまう。
リョーマの打った最後のサーブは、山なりの何でもないチャンスボールのような打球。
しかし、すっかりへたり込んでいる佐々部には、どうすることも出来なかった。
――ゲームセット
ただ、ボー然とする佐々部の仲間達。
「かっ…勝っちゃった…」 桜乃も、びっくりしている。
「待てよコノヤロウ!誰が1セットって言ったよ!!もう1セット勝負だ!マジでやってやる!!」
佐々部が、ワナワナ震える手でラケットを拾い、立ち上がって言った。
「あきらめの悪い男だねぇ…」
おばあちゃんの言葉にギクッとする佐々部。
「何度やっても、越前リョーマには勝てないよ!」
「何だと?クソババア!!」
「アタシの記憶だと、たしか…」
「いーよ、別に…」 そう言って、コートに戻って行くリョーマ。
「よっしゃ、もう一回サーブからやれや!!―――…あれ?」
佐々部に向かって、今度は左手にラケットを持って構えるリョーマ。
「あのボウズ…左ききじゃよ」
!!――おばあちゃんの言葉に、驚くみんな。
リョーマが左手で打ったサーブは、コートをえぐるようなスピードで、地面に突き刺さった。
「じゃあ今まで、利き腕と逆で、あれだけのプレーを――」
そこへ、「コラァ!そこで勝手に試合をやっちゃ、ダメじゃないか―っ!」
係員が、怒鳴りながらやってきた…

――数週間後、青春学園中等部 入学式
「桜乃ーっ!」 「あっ、朋ちゃん、おはよー」
「ねぇねぇ、この学校のテニス部に、なんかスゴイのが入ってくるんだって!きっとゴリラみたいな奴よ!!」
「ゴ、ゴリラ…怖〜い…」
「ところで、どういう風のふきまわし?桜乃が、テニスやりたいなんて…」
「うん!!」
満開の桜が、時折吹く心地よい風に、花びらを散らしている…
桜の木に寄りかかって眠っているリョーマ。


― Genius 1 終わり ―

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