ちっちゃな雪使いシュガー 小説版
第一話 雪、降らず
7時29分。
私は目覚ましが鳴る1分前に目を覚ました。
そのまま、いつものようにベッドの中で指の運動をして(毎日これをするとピアノが上手になるんだって)、目覚ましが鳴るのを待つ。
7時30分。
ジリリリリリリ
鳴った。
私は毛布をはねのけるようにして起きて、机の上に飾ってあるお母さんの写真に「おはよう」と一言。
7時40分。
着替えを済ませて、歯磨きと洗顔。
7時50分。
学校に持ってく教科書やノートをチェック……なんだけど、今日は日曜日なのでナシ。
代わりに今日の買い物メモをチェックする。
7時55分。
キッチンで朝食の支度。おばあちゃんは、とっくに起きて新聞を読んでいる。
「おやまあ、殺人犯が逃走中だって。怖い世の中だねえ」
「ふ〜ん、気をつけないとね」
8時15分。
朝食。今日のメニューは胡麻パンとソーセージ、スクランブルエッグ、スープ。定番だけど、朝食にはコレくらいがちょうどいい。
8時45分。
「いってきます!」
私は、食後のコーヒーを楽しんでいるお婆ちゃんに、そう声を放って玄関を出た。
いつものように。
8時52分。
坂を上がったところ、楽器店(クレッシェンド)前の四つ辻に出た。
楽器店(クレッシェンド)のショウウィンドウからは、いつものように、あのピアノが見える。
「待っててね、あと3か月と7日」
私は心の中でそう呟いて、一番大事な計画を再確認する。
私――サガ・ベルイマン11歳は、計画好きな女の子って思われてる。
確かに、私はよく計画を立てるし、守る。
でも、計画好きってのとは、ちょっと違う。
私が計画を立てるのは、どうしても達成したい目標があるから。それを実現させるために、私は毎日しっかりモノやってるわけ。
その目標っていうのは……。
「お姉ちゃん”きらめき”知らない?」
不意に、後ろから女の子の声が聞こえて、私は振り返った。
けど、誰もいない。
確かに女の子の声が聞こえたはずなのに…………………………………………あ、いた。
私の視線のずっと下。
小さな女の子が、私を見上げていた。
「よかった、気づいてくれて」
女の子が”にぱっ”と笑った。
思わず、私もつりこまれるように”にぱっ”と笑ってしまった。
でも、誰だっけ?
年は、幼稚園の年長さんくらいかな? メイドさんみたいな服を着てる。
荷物は、肩から下げたかわいいポシェットが一つだけ。遠くから来たようには見えない。こんな小さな女の子がたった一人で?
だけど、問題はそこじゃない。
最大の問題は、そのコが小さい――いや、小さすぎるってこと。
身長は――10センチちょい、くらい。
いくら子供だからって、そんな人間がいるだろうか?
人形? でも、体を吊る糸は見えない。
私が小さくなった? わけでもない。
立体映像? なんて、21世紀始まったばかりの現代で、あるはずがない。
……どういうこと?
「はじめまして。私、妖精の国から来たシュガー。一人前の雪使いになるため、人間界に修行しに来たの」
と、女の子――シュガーが言った。
妖精の国? 雪使い???
なあんだ。
それを聞いて、私は、とーとつに分かってしまった。
疲れてるんだ。
私は。
なんてこと。まだ11歳なのに、幻覚が見えるほど疲れ果ててるなんて。
確かに、学校に、家事に、バイトに、ふつーの小学生よりハードな生活を送ってるとは思うけど……。
よし。今日の夕飯は、ちょっと贅沢しよう。おばあちゃんと二人暮しのせいか、あっさりめのものが多いから。
私は、今晩のメニューを頭の中で素早く修正すると、さっさと横断歩道を渡り始めた。
「あれ、どこ行くの? 人の話はちゃんと最後まで聞かないといけないんだよ」
また、幻聴が聞こえる。
無視、無視。
つまらない幻覚のおかげで、信号を一回渡りそこねちゃったんだから。
計画通りなら、9時11分の電車には乗れるはずだけど、これ以上グズグズしていると乗りそこねちゃう。
私は頭の中の計画表を「家→徒歩→駅」から「家→早足→駅」に変更した。
最初に立てた計画には固執しない。ようは目的を達成することが大事なのだから。
私は、臨機応変なのだ。
ふふん。
「お姉ちゃん。聞こえてるんでしょ。妖精が見えるなんて、大ラッキーなんだよ」
何がラッキーなもんか。妖精が見える人なんて、世間じゃ「不幸な人」って……あ、幻覚にツッコんじゃった。なにやってんだろ、私。
「妖精のお願い聞くと、いいことあるんだよ。出世したり、結婚できたり、髪の毛が生えてきたり」
オイオイ、私は中年サラリーマンかい。
「私ね、一人前の雪使いになるために、”きらめき”を探して……ねえ、ちゃんと聞いてよーっ」
イデデ。
幻覚が私の耳を引っ張った。
いや、これは幻覚だから痛いはずないんだけど……。
「止まってよ、止まってよ。妖精のお願い聞かないと、呪いがかかるよ!」
ぐ、ぐるじい……。
幻覚が首を絞めてる――気がする。
気のせいだ。気のせいだ。これは幻覚なんだから、気のせいに決まってる。
でも、本気で苦しい。
「呪うぞ。呪うぞ。呪い殺しちゃうぞ――っ」
さらに首が絞まった。
だああああああっ。
妖精じゃなくて、ホントは死神じゃないの、あんたっ!?