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sh15uya(シブヤフィフティーン)の第1話
「俺と一緒なら超えられる」
ここは シブヤであって渋谷ではない
バーチャルワールドに生きる15歳たち
sh15uya
シブヤフィフティーン
この痛みだけは……REAL
街の片隅のゴミ捨て場。カラスの鳴き声がけたたましく響く。
積み上げられたゴミ袋の山の中に、十代半ばの少年が倒れている。
「う……う……ん」
少年が目を覚まし、起き上がる。
傍らの歩道を行き来する雑踏。
「ここは……どこだ? 俺は……誰だ……?」
急に少年が喉を抑え、苦しそうに咳き込む。
「ゲヘッ! ゴホ、ゴホッ!」
咳と共に、喉の奥から何かを吐き出す。
唾液まみれの、丸められた紙。
その紙を広げる。血文字がしたためられている。
シブヤ
から
出ろ レヴ
「シブヤ……?」
周囲を見回す。
シブヤ駅、シブヤセンター街、シブヤ区……至るところの表示が「渋谷」ではなくカタカナの「シブヤ」である。
Face. 01
あてのないまま、雑踏の中を歩く少年。
シブヤのランドマークである109ビルの隣りに、現実には存在しないはずの「108」のビルがある。
ところ変わって。
歩道を必死に走る少女、アサギ。
彼女を自転車やスケボーで追う少年、通称DJと2人の仲間。
彼らから必死に逃げるアサギの前に、先回りしていたDJがバスケットボールを投げつける。
アサギがそれを受け止め、投げ返す。
仲間たちも追いついて来る。
「待てぇ!」
追いすがる自転車の少年を、アサギが突き飛ばす。
再びアサギが逃げ出すが、やがて行き止まりに追い詰められてしまう。
DJたちが襲い掛かる。
だがアサギは1対3、それも女対男のハンデをものともせず、たちまちDJたちを叩きのめす。
アサギ「何か……用か?」
DJ「アサギィ、『何か用か』はないんじゃない? ラブゲンのお前が、勝手に俺らの縄張りうろついてよぉ」
アサギ「へ〜、お前らみたいなヤワな連中に、縄張りなんかあったんだ?」
DJ「バックレんのもいい加減にして欲しいな。何嗅ぎ回ってたのさ?」
アサギ「お前らこそバックレんなよ。うちのメンバー、拉致ってんじゃないのか?」
DJ「はぁ?」
アサギ「チコだよ。ずっと連絡とれない」
DJ「そんなんは、知るわけないじゃん」
そこへ、冒頭で目覚めた少年が通りかかる。
DJの仲間が少年の前に立ちはだかる。
少年「……通してもらっていいかな?」
DJの仲間が、いきなり少年の服の袖をつかむ。
そこには「PALHANDS」とロゴの入ったバッジが。
少年「ちょ……!?」
仲間「DJ!」
DJ「よぉ、お前パルハンズなのか?」
アサギ「……?」
DJ「なめられたもんだなぁ。ラブゲンのアサギに、パルハンズのお兄ちゃんに、堂々と縄張りうろつかれるなんてよ……やっちまおうぜ!」
DJの仲間が少年に殴りかかる。
少年「何すんだよ!?」
少年は反射的にそれを受け止め、肘打ちで相手を打ちのめす。
ふと、予想外にケンカの強い自分に驚きの表情を見せる。
さらにもう1人のDJの仲間が襲いかかるが、アサギがパンチを叩き込み、さらに少年が蹴り飛ばす。
少年とアサギの目が合う。
DJ「チッ、ラブゲンとパルハンズはいつから組んだんだ?」
アサギ「あんな奴らと組むわけねぇだろ」
DJ「とぼけてくれちゃってさ」
アサギ「勝手に勘違いすんな」
DJ「犬猿の仲のラブゲンとパルハンズが組むなんてなぁ。サイッテーだよ」
DJたちが去っていく。
アサギ「おい! ホントにチコのこと知らないのかよ!?」
DJたちは答えないまま去っていく。
アサギ「……」
少年「なぁ、パルハンズって何なんだ?」
アサギ「……バカにしてんのか?」
少年「え?」
いきなりアサギが繰り出すパンチを、少年が受け止める。
少年「何すんだよ!?」
アサギ「男のくせにとぼけやがって」
少年の股間にアサギが蹴りを見舞う。
少年「わ!? ぐ……」
アサギ「パルハンズと馴れ合う気はないんだよ!」
少年「うぅ……何なんだよ……」
アサギが立ち去る。
空から奇妙な音楽が聞こえる。
少年が空を見上げ、ビルの階段を駆け上がる。
ビルの上から見た光景。
空に浮かぶ巨大な飛行船。その船体には眼球が描かれ、あたかも巨大な目玉が街全体を見渡しているようである。
少年「何だぁ……あれ?」
「ただいま!」
ふと見ると、片隅にホームレスらしき、レゲエスタイルのおっさんが毛布にうずくまっている。
おっさん「ただいま!」
少年「……?」
おっさん「ただいま! ただいま! ただいま!」
少年「……おかえり」
おっさん「あっはは! 懐かしい響きだなぁ」
そのままおっさんは、毛布をかぶってしまう。
少年「あ、ちょっとレゲエのおっさん、あの、ちょっと聞きたいことあんだけど」
おっさん「ただいまぁ、おかえり」
少年「おっさん!」
おっさん「ただいま、おかえり」
会話が通じることを諦め、少年が立ち去ろうとする。
おっさん「パルハンズは公園通りにおかえり」
少年「……!」
言われた通りに、公園通りをさまよう少年。
いきなり少年・ミキオが、少年を捕まえる。
「なぁんだ、てめぇかぁ。どこほっつき歩いてたんだ?」
そう言って迫って来たのは少年・リュウゴ。
彼の服の袖にも、少年と同じパルハンズのバッジがある。
少年「パルハンズって、もしかしてあんたらのことか!?」
ミキオ「お前、口の利き方気をつけろや!」
リュウゴ「面白ぇこと言うなぁ。それがどうかしたか?」
少年「俺が誰なのか知らないか?」
リュウゴ「あぁ? 教えてやれ」
ミキオ「シブヤ最大のギャンググループ・パルハンズの一番下っ端、パシリのショータだよ。おめぇは」
少年「ショータ……俺が……ショータ……?」
夕暮れ。とある街角。
1人の宣教師が看板を掲げ、演説を唱えている。
宣教師「貧しい人々は幸いであります。神の国はあなた方のもので、あなたがたは満たされております……」
その傍らの路地裏では、リュウゴたちパルハンズのメンバーが、1人の少女を取り囲んでいる。
縄で縛られ、口はガムテープで塞がれている。アサギの捜していたチコである。
リュウゴ「これからこいつ連れて、ラブゲンに挨拶しに行くんだ。おめぇも来いや」
ショータの頭を掴むリュウゴ。
ショータ「(ラブゲンて、さっきの……) この子はラブゲンか?」
一同が爆笑する。
リュウゴ「見りゃわかんだろぉ!? アッハハハ!」
ショータ「アサギって子が捜してたのは、この子だったのか……」
リュウゴ「てめぇ、アサギに会ったのか!?」
「リュウゴ!」
アサギが仲間の少女たちを連れて現れる。
リュウゴ「誰かと思ったら、ラブゲンの皆さんじゃないですかぁ〜」
アサギ「やっぱりお前らだったんだな」
リュウゴ「何のことかなぁ〜」
アサギ「とぼけんな! チコを返せ」
リュウゴ「こいつが俺らの縄張りぶらついてたんだぜ。しかも大きなナイフ、手にぶら下げてよぉ。この女、ちょっとおかしいぜ!」
アサギ「おかしいのはお前らだ! シブヤは誰のものでもない。どこを歩こうが自由なんだよ!」
リュウゴ「おいおい、ラブゲンのボスがそんなこと言っていいのぉ? だったら道玄坂よこせぇ!」
宣教師「汝の隣人を愛せと、神は……」「隣人を愛すること、それは……」
アサギ「やっと本音を吐いたな。結局はそれが目的なんだろ?」
リュウゴ「だりぃ──んだよ。つぶせぇ!!」
宣教師「御心は……」
傍らの路地裏から、激しい怒号が響き渡る。
驚いて路地裏を覗く宣教師。パルハンズとラブゲン、ギャンググループ同士の抗争が始まっている。
アサギが木刀を手に、パルハンズのメンバーを次々に叩きのめす。さらに木刀をリュウゴに向ける。
リュウゴ「光栄だねぇ。アサギちゃんとサシで勝負できるなんて」
アサギ「マジでウザイんだよ……!」
アサギとリュウゴの戦い。
ショータは事情もわからず、突っ立ったまま抗争の様子を傍観するばかり。
ショータ「お前ら……お前ら何なんだよぉ!?」
ラブゲンのメンバーがショータを殴り、殴り飛ばされたショータがリュウゴにぶつかる。
ショータを突き飛ばすリュウゴ。
リュウゴ「よそ見してんじぇねぇよ!」
そんな中、自力で起き上がろうとするチコを、ミキオが取り押さえようとする。
ミキオ「どこへ行くつもりだ!」
アサギ「チコ!? どけぇ!」
アサギがミキオを木刀で殴り飛ばし、チコの戒めを解く。
チコ「ありがと、アサギ」
リュウゴ「てめぇ!!」
アサギ「危ない!」
殴りかかってくるリュウゴを、咄嗟にアサギが食い止める。
チコは無我夢中で、近くにいたショータの背後に隠れる。
チコ「助けて!」
ミキオ「どけ、ショータ!」
ショータの胸倉を掴むミキオ。反射的にショータがミキオを殴り飛ばす。
アサギ「チコを頼む! チコを連れて逃げろ!」
なおも迫って来るパルハンズのメンバーを殴り飛ばし、ショータはチコの手を引いて走り去る。
既に夜。どこかの街角の小部屋。
チコ「ここまで来ればもう安心だよ。うちらのテリトリーにはパルハンズの連中も、そう易々とは入って来れないから」
チコが勧めたコップの水を、ショータが飲む。
ショータ「ここ、ラブゲンのアジトなのか?」
チコ「うぅん、私だけの部屋なの。だからラブゲンのみんなも知らない」
テーブルの上には数本のペットボトル。ショータがその1本を手にする。どれも赤い液体で満たされている。
ショータ「何これ?」
チコ「私の血」
ショータ「……!?」
驚いてペットボトルから手を離すショータ。
チコがコートの長袖をまくってみせる。
その手首には、いくつものリストカットの跡。
ショータが手にしていたコップを取り落とし、ふらつき始める。
チコ「フフフ……」
ショータ「何か……したのか……?」
路地裏では相変わらずラブゲンとパルハンズの抗争が続いている。
パルハンズの1人が宣教師の看板を奪い、ラブゲンのメンバーを叩きのめしている。
宣教師「あの、ちょっとすみません、この看板だけでも返して……」
一方のショータとチコ。
チコ「ごめんね。最近、自分のだけじゃ気が済まなくって……」
ショータ「……」
チコのナイフが一閃。
ショータ「ぐぅっ!」
手から血をしたらせつつ、自由の利かない体で必死に逃げようとするショータ。
チコ「アハハハハ……」
路地裏。
抗争に巻き込まれていた宣教師が突如、目の色が変わり、パルハンズのメンバーの1人の腕を捩じ上げる。
宣教師「犬モ歩ケバ……猫モ走ル」
宣教師に投げ飛ばされた少年が、壁に叩きつけられる。
その変貌に、呆然となる一同。
宣教師「朱ニ交ワレバ、シュラシュシュシュ……シュラシュシュシュ……シュラシュシュシュ……」
静まり返った一同を後に、宣教師が悠々と立ち去る。
一方でショータは、ふらつきながら必死に逃げ惑う。チコは笑顔を浮かべつつ、ナイフを手に追って来る。
チコ「綺麗だね……あなたの血」
再びチコのナイフが一閃。ショータがその場に倒れこむ。
チコ「自分以外の人は傷つけないようにって、ずっと我慢してたのに、でももう無理。あなたってゾクゾクするほど、素敵なんだもん……」
チコがショータの手をつかみ、流れ落ちる血を嘗める。
チコ「ちゃんと全部飲み干すからね。アハハ……」
ショータ「よせ……」
チコがナイフを振り上げ、ショータの首筋目掛けて振り下ろす。
が……寸前でナイフが止まる。
ショータ「……?」
恐る恐る、チコが自分の手を見やる。
その手の甲には、奇妙な紋章が浮かび上がっている。
あの宣教師が現れ、チコを指差している。
宣教師「天網恢恢──奇奇怪怪」
チコ「ピース……」
ショータ「え……ピース……?」
宣教師の姿が、長髪の怪人物・ピースへと変わる。
ピース「燕雀安ンゾ、組ンズ解レツ」
チコ「何で私が……?」
おずおずと後ずさりするチコ。
ピースがショータを投げ飛ばし、チコに迫る。
アサギやリュウゴたちも駆けつけて来る。
チコの目の前に迫るピース。
チコ「行って来ます……」
アサギ「……行ってらっしゃい」
リュウゴ「行ってらっしゃい」
一同「行ってらっしゃい」
チコが自分のナイフをピースに手渡す。
ピース「能アル鷹ハ爪ヲ切ル」
ピースのナイフがチコの胴を貫く。鮮血が飛び散る。
ショータ「あ!?」
チコが倒れる。
その場を後にしようとするアサギたち。
ショータ「ちょっと待てよ! 何だよ、あれ……? 本当に殺したのか?」
アサギ「見ればわかんだろ……」
リュウゴ「ショータ、てめぇさっきはよくも裏切ってくれたな」
ショータ「何言ってんだよ、今はそんなことより……」
アサギ「エマ……!」
リュウゴたちがアサギの視線の先を見る。
白いコートを纏った少女が、ゆっくりと現れる。
ショータ「エマ……?」
エマと呼ばれた少女が、コートを脱ぎ去り、天を仰ぐ。
空から3つの奇妙な物体が舞い降り、エマの体に装着され、強化スーツとしてエマの体を包み込む。
大きくジャンプしてピースの目前に躍り出るエマ。
ピース「馬ノ耳ニピアス」
エマに向かって突進するピース。
それより早く、エマの腕の装甲がソードと化してピースに炸裂する。
なおもエマに立ち向かうピース。エマとピースの戦いが始まる。
拳と拳、蹴りと蹴りが激しくぶつかり合う。
ピースが高所に飛び去れば、エマも大きく宙を舞ってそれを追う。
到底常人とは思えない2人の戦いぶりに、ショータは目を奪われる。
ピース「窮鼠、ネコに乞ウハ」
ピースが着ていたコートを脱ぎ、エマの顔に投げつける。
視界の塞がれたエマに、ピースの蹴りが炸裂。
さらに襲いかかろうとするピースを、エマのソードが切り裂く。
ピース「立ツ鳥、跡濁シマクリ……」
エマの体が大きく宙を舞い、振り下ろしたソードがピースを叩き切る。
がっくりと膝を突くピース。
ショータ「何なんだ、こいつ……?」
とどめに繰り出したエマの蹴りがソードと化し、ピースの体を貫く。
黒い体液を飛び散らせてピースが倒れ、もとの宣教師の姿に戻る。
やがて目を覚ました宣教師が、何事もなかったかのように立ち上がる。
宣教師「この終わりの時代に、神はこう語りました。あぁ君たち、神はすべての罪深き者を救うのです……あれ? 聖書? あ、聖書ない……」
宣教師が立ち去っていく。
エマの体から強化スーツが分離し、空へと飛び去る。
笑顔を浮かべつつ、エマがショータに近づいて来る。
エマ「戻って来てくれたんだね。信じてたよ。あなたならきっと戻って来てくれるって」
ショータ「戻る……?」
エマ「あなた……まさか……?」
アサギ「あいつ、エマと知り合いだったのか?」
リュウゴ「そんなはずはねぇ。あいつはただのパシリのショータだ」
エマ「ショータ……?」
ショータ「それが……俺の名前だ」
エマの顔から笑顔が消える。
ショータ「なぁ、『戻って来た』ってどういうことだ?」
エマ「ずっと待ってたのに……やっぱりこうなるんだね」
エマが背を向ける。
ショータ「俺のこと知ってるのか!?」
エマの前に立ち塞がるショータ。
ショータ「なぁ、あんた誰なんだよ? なんでそんなことができる?」
エマ「それ……同じ顔したあいつにも聞かれたな」
ショータ「同じ顔?」
エマ「結局、あなたも他のみんなと同じだったんだね。期待した私がバカだったみたい」
立ち去ってゆくエマ。
ショータ「待ってくれよ! あんた誰なんだ!? この世界は一体どうなってるんだよぉ!?」
エマが足を止め、振り返る。
エマ「一つだけ教えてあげるね。あなたの名前は……『ショータ』じゃない」
ショータ「え……じゃあ……俺は誰なんだ?」
エマ「それがわからないなら……それがわからないなら、この世界に疑問なんか、持たない方がいい」
エマが去って行く。
夜空には依然、地上を監視する如く、あの飛行船が舞っている……。
(続く)