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地獄少女の第1回




第1話|夕闇の彼方より


とあるCDショップ。

客たちの噂声が聞こえる。

「地獄通信て 知ってる?」
「……ああ それ 午前0時にだけアクセスできるサイトだろ?」
「憎い相手の名まえをかきこむと 地獄少女が 怨み晴らしてくれるってやつ」

下校途中の女子中学生・清水まりが、新曲情報の掲示板に目をとめている。

まり「あ── まだ でてないんだ── (また こんどこよっと……)」

玄関をまりが通った瞬間、玄関の盗難防止センサーから、ビービーとブザーが鳴り響く。
ブザー音に気付いた店員が近づいてくる。

まり「えっ…… (なんだろ……)」
店員「きみ カバンの中 見せてもらえる?」
まり「は!? ちょっとやめてくださ……」

店員が鞄をまさぐると、ポケットから、1枚のCDが出てくる。

店員「これ お金はらってないよね ちょっと事務所きてくれる?」
まり「(!?) わたし こんなの知りません!!」
店員「知らないじゃないだろ 万引きしたくせに!!」
まり「ほんとに知らないっ……」
客たち「万引き?」「やだ──」
まり (ちがう……万引きなんてやってないのに)

そこを通りかかったのは、まりの同級生・早瀬さつき。

さつき「あれ── 清水……まりさん?」
まり「(同じクラスの……) 早瀬さん……」
店員「友だち? この子がさ── 万引き認めなくて困ってんだけど」
まり「ちがっ…… (どうしたら信じてもらえるの!?)」

そのとき突然、さつきが必死の形相で頭を下げる。

さつき「ほんとうにすみません ゆるしてあげてください!!」
まり「(えっ) 早瀬さん……?」
さつき「わたしたち 来年受験ひかえてて……イライラして彼女も発作的にやってしまったと思うんです ふだん ほんとうにマジメな子だから── おねがいします……!!」


店員「友だちに めんじて今回は ゆるすけど つぎは警察よぶから」
まり「はい…… (結局 誤解とけなかったけど……)」

そんなまりにさつきが笑顔でポンと肩を叩く。

さつき「さ 帰ろっか! よかったね ゆるしてもらえて」
まり「うん ありがと…… (意外だったな ほとんど話したことがない早瀬さんがたすけてくれるなんて──)」


翌日、朝の教室にまりが登校してくる。

さつき「清水さん おはよっ」
まり「あ おはよう あの……きのうはほんとにありがとう」
さつき「……ああ いいよ そんなの気にしないで」
まり (ホッ)
さつき「あ ねえ おねがいがあるんだけど 国語のレポート見せてもらえない?」
まり「うん いいよ」

やがて、さつきの友人の涼子とリカが登校してくる

涼子たち「おはよ── さつき」「清水さんといっしょなんて めずらしーね」
さつき「うん レポートわすれちゃってさ 丸写しさせてもらおーと思ってー」
まり「えっ」
涼子たち「いーなーっ」「わたしらも見せて!!」
まり「(それは ちょっと……) あ…… あの…… 丸写しはまずくない?」
さつき「ぷっ だーいじょぶだって── バレないようにビミョーに かえるしさぁ」
涼子たち「ホントホント 頭カタいんだから」「てか マジメだよねー 清水さんてM高受けるんだっけ?」
さつき「あ そーなんだ きのうの バレたらヤバかったよね」

まりの心臓がドクン、と高鳴る。

涼子「きのうのって──?」
さつき「なんでもないよ ね♥ 清水さん」
まり「う…… うん…… (バラしたりしないよね……?)」
さつき「ねぇ きょう いっしょに帰ろーよ」
まり「え……?」
さつき「勉強ばっかしてないで たまには遊ばなきゃ!!」
涼子たち「そ──そ── ウチに直行なんてつまんないじゃん」「ね──っ」
まり (……困ったな…… もうすぐ模試なのに……)
さつき「それにさ── きのう 約束したじゃん 帰りになんかおごってくれるって♥」
涼子「きゃ── やった──!!」
リカ「どこいく?」
まり (え……? 何 それ……)

そんな様子を窓際の席で見つめる、長い黒髪の1人の女生徒──


放課後、喫茶店。

さつきたち「いただきま──す」

さつきたちとまりの囲むテーブルには、飲み物やケーキが並んでいる。

さつき「ねえ ねえ 清水さん あした サボるから ノートとっていてもらえないかな」
まり「えっ でも…… (そんなことまで……)」
さつき「ね おねがい 昨日のお礼だと思ってさ」

再び、まりの心臓の鼓動が高まる。

まり「わかっ…… た…… (ことわったら バラさられるかもしれない)」

食べ終わり、まりが自分の財布で全員分の会計を済ませる。

涼子たち「ごちそーさま──」
まり「ありがと まりチャン♥」


こうして、まりはさつきに頭の上がらない日々を送るようになる。


さつき「そうじ かわって」

まり (いうこと きかなきゃ……)

さつき「千円 かしてもらえる?」


そしてある日の放課後……

さつき「ま──りチャン 帰り なんか食べてこーよ」
まり「うん…… (ホントは はやく帰って勉強したいのに……)」

とあるケーキ店。涼子、リカも一緒だ。

一同「おいし──」「ここ ずっときたかったんだよね── でも 高くてなかなかね──」
さつき「ちょっと食べすぎちゃった お金足んないや」
涼子「わたしも──」
さつき「まりチャン たてかえてくんない?」

伝票を手にするまりが、予想外の金額に驚く。

まり「(わたしも こんなお金……) あの…… 家に とりに帰っていい?」


まりの自宅。
自室の引き出しを必死にまさぐる。

まり「どうしよう もう 貯金なくなっちゃった…… (こうなったらお母さんにかりるしか……)」

自宅の居間。

まり「お母さん いないの──?」

無人の居間。テーブルの上に母のバッグが置きっぱなしで、微かに財布がはみ出している。

まり (すこしなら バレないよね……?)


こうして、さつきに声をかけられるたび、母の財布から少しずつお金をくすねる日々が続いてゆく。

さつき「まりチャ──ン お昼 わすれたから なんか買ってきてよ」
まり「う…… うん……」

まり (すこしだけ)

さつき「本 買いたいんだけど 足んなくて」

まり (すこしだけ)

さつき「帰り おごって」

さつき「こんど でるCDがさ──」

まり (すこしだけだから)


「……まりちゃん……? なに やってんの?」

居間で母の財布を手にするまりを、母が見ていた──


帰宅した父が、まりに平手打ちを食らわせる。

父「おまえ…… 自分が なにやったかわかってるのか!! なにに使ったのかいってみろ!!」
まり (いえない)
父「まり!!」
まり「(あいつらのこといったら 万引きしたってバラすに決まってる) ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい……!!」


翌日の学校。
まりが密かに、アルバイト募集の広告を見ている。資格は「高校生以上」。まりは中学3年だ。

まり (もう 自分でかせぐしかないよね ……でも 年ごまかしてバイトしても 勉強する時間……なくなっちゃう だけど ほかに方法なんて……)

そこへ、まりと仲良しの級友が声をかける。

級友「まり だいじょうぶ?」
まり「え……」
級友「なんか さいきん早瀬にパシリになれてない?」
まり「そんなこと ないよ? (いえない 万引きうたがわれたことなんて……)」
級友「なら いいけど……早瀬 小学校でもイジメとかしてたんだよね わたしも物とられたことあってさ── あんなやつ 地獄少女につれてかれちゃえばいいのに」
まり「地獄少女って……『地獄通信』とかいうサイトの?」
級友「そう それ そこに憎い相手の名まえをかきこむと 地獄少女がきてくれるんだって……」


校庭の片隅。
まりが携帯を片手にアクセスを試みる。


サイトに
アクセス
できませんでした


まり「なんだ…… (こんなウワサ話 地獄なんてあるわけないじゃない)」


「地獄って あるのよ」

いつしか、あの黒髪の同級生が、まりの隣に佇んでいる。

まり「(え……? えっと…… たしか同じクラスの……) 閻魔あい……さん? びっくりしちゃった 地獄なんてゆーから……」

あいは妖しげな視線をまりへ送ると、いつしか姿を消してしまう。
まりの心には、あいの言葉が胸に焼きついていた。


“地獄って あるのよ”


まりが教室に戻る。

さつき「まりチャンてば どこいってたのよ ちょっと買い出しいってきて」
まり「あ…… あの…… ほんとうに もうお金ないの…… だから すこし待って……」
さつき「あっ そう」

そこへ教師が通りかかる。

さつき「あ 先生 お話ししたいことがあるんですけど──」
まり「や…… ちょっと…… 早瀬さん!!」
教師「?」
さつき「どーしたのぉ? 授業の質問しよーとしただけなのに」
まり (逆らったら バラす気だ……)

まりの耳に、さつきが囁く。

さつき「お金ないなら万引きすれば いいじゃん こんどはつかまんないようにさ」


下校際。
コンビニで、まりが商品棚の菓子に手を伸ばす。
顔一杯に冷や汗。心臓の鼓動が高まってゆく。

まり (だめ……!! だめだ こんなこと…… ……だけど──)

そこへ偶然、先の級友が通りかかる。

級友「あ まり いま帰り?」
まり (!!)

驚いた拍子に、まりの鞄が落ち、中から菓子袋がこぼれる。

級友「……え…… なにこれ…… あんた まさか……」


咄嗟に、まりは菓子を放り出して店を駆け出す。

まり (なにやってんの!? こんなことしたら受験だけじゃない お父さんも お母さんも 友だちも 大切なもの ぜんぶなくしちゃう!!)

(さつき『こんどは つかまんないようにさ』)

まり「ちがう 万引きなんてやってない……っ (でも きっとやってないっていっても だれも信じてくれない いうこときかないとバラされる だれか だれかたすけて!!)」


夜、まりの自室。
再び携帯で「地獄通信」へのアクセスを試みている。

まり「なんでつながんないの!? おねがい……っ」

いつかCDショップで聞いた噂話が頭を過ぎる。

(地獄通信て 知ってる?)
(ああ それ 午前0時にだけアクセスできるサイトだろ──)

午前0時──


ENTER


まり「つながった……!! (もう…… これしかない)」


早瀬さつきを 地獄に おとしてください


既に午前3時過ぎ。
まりの周辺には、何も起こらずに時間だけが流れてゆく。


“地獄ってあるのよ”

まり「うそつき」


まりが部屋を出る。

まり (地獄なんてない 地獄少女も こない たすけてくれる人なんていない)

瞳一杯に涙を浮かべ、まりが屋上へ。

まり (おどされて お金とられて 卒業しても きっと あいつに一生苦しめられる それなら一瞬で 楽になったほうが……)

屋上の柵を乗り越える。
まりが深夜の空へ、身を投げる──

その寸前、その手を誰かがつかむ。
振り向くと、まりを救ったのは、あの閻魔あい。
その身には、漆黒の地に花柄をあしらった着物を纏っている。


あい「わたしを よんだわね」


まり「(閻魔さん……!? まさか 閻魔さんが) 地獄少女……!? おねがい あいつを地獄におとして!!」
あい「──人を呪わば 穴二つ……」
まり「え……?」
あい「怨みを晴らすのなら あなた自身にも代償を払ってもらう あなたの魂は 死後 地獄におち 永遠に苦しみ さまようことになるわ」
まり (わたしも 地獄に……)

あい「それでも 怨みを晴らす?」


翌日、さつきたちが放課後にCDショップへ立ち寄る。

涼子たち「きょう 清水 休みだったね──」「ちょっとイジメすぎなんじゃない?」
さつき「なにいってんのよ いまさら! トイレいってくるっ」


女子トイレ。

さつき「きのうも買い出し すっぽかしやがって ホント使えないんだから あいつ……」


「早瀬さつきさん」

さつきがビクッとして振り向く。

さつき「……なによ あんた」

そこには、着物姿の閻魔あい。

あい「清水まりさんの怨みを晴らすため あなたを地獄に流します」
さつき「……はぁ? なんだよ 地獄って…… しかも なに? 怨みって 万引きバレたの たすけてあげたのよ? そのお礼してもらってるだけじゃん」
あい「たすけた……?」
さつき「……まぁ そうなるように しむけたんだけど こんなに うまくいくなんてね!!」

さつきがあのときのことを思い出す。
まりが万引きと疑われたあの日、まりが掲示板に目を奪われている隙に、棚からくすねたCDを彼女の鞄のポケットに入れる。
店員に万引き犯と疑われているまりの前に、偶然を装って自分が姿を現す──

さつき「優等生ヅラがムカつくから ちょっとからかうつもりだったのにさあ あいつ勉強できでも バカなんだもん! あははは はは いまごろ ホントに万引きバレて つかまってるかもね!! くくっ」

大笑いするさつきに、あいが冷ややかな視線を向ける。


あい「いっぺん……死んでみる?」


あいが右腕を翳す。右手首にかけた数珠がジャラッと鳴る。
着物の漆黒にあしらわれた花柄が、虚空に無数の花が咲き誇るが如く、さつきの視界一杯に広がる……。

さつき「な…… なに こ れ っ」


涼子「さつき?」

我に返るさつき。
そこはもとの女子トイレ。あいの姿はない。

涼子「だれかと話してたの?」
さつき「(なんだったの アレ…… 夢でも見たのかな……) う…… ううん……」


さつきが涼子たちと共に、CDコーナーに戻る。

涼子「さがしてたの あった──?」
さつき「あった あった でも きょうはいーや あした まりチャンに買ってもらうから♥」
涼子「さつきってば 悪人──」


「だから 地獄におちるのよ」


さつき「はぁ? なに いっ……」

店の玄関をさつきが出ようとしたとき、警報ブザーがビービーと響く。

さつき「え……? なに これ」

いつの間にか、涼子とリカがどこにもいない。

さつき「(いない……?) リカ 涼子──……」

さつきの鞄に、店員が手を伸ばす。

店員「ちょっと カバンの中 見せてもらうよ」
さつき「なっ…… ちょっとやめてよ」

鞄の中から何枚ものCDがこぼれ落ちる。

店員「やっぱり 万引きか」
さつき「(!?) 万引きなんてしてね──よ!!」
店員「待ちなさい コラ……!!」

店を駆け出すさつき。

さつき「くそっ なんでカバンに入ってんだよ…… (たしかに棚にもどしたのに……)」


とある宝石店の前を通りかかったとき、店の前の老店員が怒鳴りつける。

店員「おい!! おまえ!! ウチの商品 万引きしただろう!!」
さつき「はぁ!? 入ってもいないのに どーやって万引きすんのよ!?」

さつきの鞄が地面に落ち、中からいくつもの宝石やアクセサリーがあふれ出る。

店員「じゃあ なんでウチの値札がついてんだ!!」
さつき (なんなの!?)
店員「どろぼうだ あいつをつかまえろ!!」

わけがわからず、さつきが無我夢中で駆け出す。

さつき (なんなの これ!!)

「万引き犯」「つかまえろ」「あいつか」「どろぼうめ」

夢中で駆け出すさつきが、何かにぶつかる。
目の前には1人の婦警。隣には閻魔あいが寄り添っている。

婦警「あんたかい 万引き犯は ろうやに入れようかね」


結局、さつきは牢屋に入れられる──
冷ややかに彼女を見つめる婦警、あい。

さつき「やってないっていってんじゃん そいつにハメられたんだよ!! はやくだしてよ!!」
婦警「だして……だって?」

CDショップの店員、宝石店の店員が現れる。
片方は頭から巨大な目玉が飛び出し、片方は炎に包まれた車輪と化す。
婦警の顔はドロリと溶けて骸骨と化す。
閻魔あいの使い魔、一目連、輪入道、骨女だ。

一同「ここは 一生でられない地獄だよ」

さつき「ぎゃああああ」


テレビがニュースを流す。

「きのうから 都内の中学三年生 早瀬なつきさんが行方不明になっており 警察が捜索するとともに……」


さつきによる虐待がやみ、まりの顔にも笑顔が戻る。
学校で、級友と楽しげに談笑するまり。
ふと、あいの言葉が胸をよぎる。


(あい『あなたの魂は 死後 地獄におち 永遠に苦しみ さまようことになるわ』)


級友「まり どうしたの?」
まり「……ううん なんでもない」


閻魔あいが、古びた藁葺きの家へ帰宅する。
障子越しに、糸を紡ぐ祖母の影が見える。

祖母「おかえり あい…… ……人とは悲しい生き物じゃ……午前0時 きょうも また たくさんの怨みが届く……」

あい「……そうね おばあちゃん」


「『地獄通信』て 知ってる?」

「そこに憎い相手の名まえ かいて送信すると あの世からくるんだって」


「地獄少女が……」


     を 地獄に おとしてください


(続く)
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