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るろうに剣心
― 明治剣客浪漫譚 ―

〜 第一幕 「剣心・緋村抜刀斎」 〜


今から約140年前
黒船来航から始まった「幕末」の動乱期 渦中であった京都に
「人斬り抜刀斎(ばっとうさい)」と呼ばれる志士が居た
修羅さながらに人を斬り その血刀を以って新時代「明治」を切り拓いたその男は
動乱の終結と共に 人々の前から姿を消し去り
時の流れと共に 「最強」という伝説と化していった

そして 浪漫譚の始まりは
明治十一年 東京下町から ――


夜、江戸の町…
「人斬り抜刀斎!!」
その声に振り向く、左頬に十字の傷を持つ、一人の剣士。
「とうとう見つけたわ。二ヶ月に及ぶ辻斬り凶行も、今夜でお終いよ、覚悟なさい!」
その剣士に向かって、木刀を構える袴姿の女。
「おろ?」
「とぼけるな!こんな夜中に廃刀令を無視して刀を持ち歩くなんて、他にない!!」
女は、いきなり剣士に駆け寄って木刀を振り下ろした。
「とっ!」 さっと飛びのいて身をかわす剣士。
女が、はっ!と、もう一度剣士を見ると、その男は、塀に頭をぶつけて目を回している。
「…あっけない…これがあの人斬り抜刀斎?」 女、目がテンになっている。
「流浪人(るろうに)。」 剣士は、頭をさすりながら言った。
「拙者は流浪人、あてのない旅の剣客でござるよ。今さっき、
この町に着いたばかりなのに辻斬りと言われても、何のことやらー」
「じゃ…じゃあ腰の刀はどう説明する気?剣客だからって帯刀は許されないわよ!」
女は、納得できないとばかりに、剣士の腰の刀を抜き取った。
「…何これ…逆刃刀…?」
(※逆刃刀(さかばとう)―― 峰と刃を通常とは逆にしてある刀)
「この刀で、すんなり人を斬れるでござるか。」
「…できないわね…第一、この逆刃、刃こぼれ一つどころか血の匂いも脂の曇りも全くない、
一度も使ってない新品同様だわ…あなた、本当にただの…」
「そ!流浪人。」
「でも、何でわざわざこんな使えない刀を…」
その時…ピィィィィィ…
「警察の呼笛!今度こそ…!!」
女は、逆刃刀を放り投げると、呼笛の音の方向に駆け出した。
「おろ…」 慌てて逆刃刀を受ける剣士。
「―…どうやら、拙者の知らない所で、事が生じてる様でござるな。」

「ぎゃああっ!」
飛び散る血しぶき…指や耳…!血まみれの警察官達。
前に立ちはだかる、覆面の大男。
「弱い!!弱い弱い弱い弱い!!うぬら、弱すぎるわぁ!!」
次々と警官に斬りかかる大男。
「つ…強すぎる、この強さはまさに…話に聞く、あの抜刀斎!!」
ひるむ警官…すると、その警官を飛び越えて、大男に向かっていく者がある。
「そこまでよ抜刀斎!!」 先ほどの、袴姿の女だった。
しかし、すれ違いざま、右の二の腕を斬られ傷を負ってしまう。
傷に気を取られ、あっという間に塀を背に追い詰められる女。「!!しまっ…」
大男は、覆面の隙間からニヤリと笑みを見せると、ドッ!と、刀を振り下ろした!
が、一瞬早く、女を抱いて刀をよける者…頬に十字の傷…あの、流浪人だ!
「流浪ー!」 「ったく、無茶する御仁でござる。」
そこまではカッコ良く決まったものの…ゴキン!足を開きすぎた模様で…
「お…股関節脱臼…」 ピクピクうずくまる流浪人…
「どーして、あなたはもうー!」 女、怒る。
「―― ふん。」 大男は、鼻であざけるように笑った。
しかし流浪人は、うずくまりながら、横目でしっかりその大男を見ていた…
「我は抜刀斎!”神谷活心流”緋村抜刀斎!!人呼んで『人斬り抜刀斎』!!!」
そう叫び、その大男は走り去っていった。
「待て!」 女は、後を追おうとしたが…
「待った。」 女の、束ねた後ろ髪をぐいっ!と引っ張る流浪人。
「手負いでの深追いは命取りでござるよ。相手は流儀を名乗っているのだから、
あせらずともー」    ゴチン!
流浪人は、木刀で脳天に一発食らったらしく、たんこぶ作って目を回している。
「神谷活心流はウチの流儀よ!奴は、ウチの名を騙って辻斬りを仕出かしているのよ!」
驚く、流浪人。
「ひっ捕らえてー」 女は、また走り出そうとするが…
「だから、深追いはダメだってば…」 流浪人が、再び、髪を引っ張って留める。
今度は、ちょっと強めに引かれたらしく、女、倒れる…
「どのみち今からでは追いつけないって。とにかく警察のやかましい詮議の前に、
ここは、うせるでござるよ。」
女を小脇に抱え、その場から退散する流浪人。

神谷活心流 剣術道場
「神谷活心流、師範代、神谷 薫、以上ーおろ?」
壁に掛けられた木札を見ている流浪人。
師範代以外に、師範と門下生のところには、名前の札は掛かっていない。
年老いた男に、傷の手当てを受けながら、その女…神谷薫が言った。
「そもそも小さな流儀なんだけどね、それでも私達門下十余人、
力を合わせて頑張っていたのよ。けれど二ヶ月程前、突如、奴の辻斬りが始まって、
今ではこの通り…一人また一人と「抜刀斎」の名を恐れて門下を去ってしまい、
町の人達は、道場に近づこうとすらしない…
人斬り抜刀斎は、明治になった今でも、人々に畏怖されているのよ。」
黙って、その話を聞いている流浪人…
薫は、続けた。
「何の理由で、神谷活心流を騙って陥れようとするのか、本当に抜刀斎かどうか、
皆目わからない…けど、一刻も早く奴の凶行を終わらせないことにはー」
「成程…」 流浪人は、薫にゆっくり近づいて言った。
「しかし、もう夜回りは止した方がいいでござるよ。」 「え?」
「あの男は、薫殿よりはるかに強い。」 「なっ!」 かっとする薫。
「自他の力量を素直に認めるのも、剣客の大事な資質、次に闘り合えばどうなるか位、
自ずとわかろう?流儀の威信なんて、命を懸けて守る程、重いものではござらんよ。」
「神谷活心流はー」 薫は、きゅっと唇をかみしめた。
「神谷活心流は、幕末の動乱を生きてきた私の父が、明治になって開いた流儀…
父は殺人剣をよしとせず『人を生かす剣』を志に、この十年一途に頑張ってきたわ。
でも、そんな父も警視庁抜刀隊の一員として、半年前の西南戦争にかりだされ、
自分の志と大きくかけ離れた所で、この世を去ってしまった…
奴は…『人斬り抜刀斎』を名乗るあの男は、その神谷活心流の名で、
既に10名を超える死傷者を出している。
父の残した流儀が、活人剣を理想とする神谷活心流が、殺人剣に汚されて!!
たかが流浪人風情に、この悔しさはわからないわよ。」
目に涙を浮かべ、薫は、キッ!と流浪人を見た。
しばし、互いの目を見る二人…
「ま…」 にこっとする流浪人。
「どの道、その腕じゃ夜回りは無理でござるな。」 出口に向かって歩き出す。
「今は、大事をとるに越した事はない。第一、活人剣を志す者が、自分の命すら
生かせんようじゃ、シャレにもならないでござる。それにー
亡き父上殿も、娘の命を代償にしてまで、流儀を守る事を
望んだりはしないでござろう。失敬。」
流浪人は、微笑んで、道場を出て行った。
「さ、済みましたよ。」
薫の腕の手当てをしていた、人のよさそうな老人が言った。
「あ、ありがとう喜兵衛。」
「薫さん、あんなのに気を許してはいけませんよ。流浪人なんて、所詮、人生の落伍者です。
薫さんは、どうも人が良過ぎますからねえ…」
「ん、わかってる ――わかっているわ…」

― 数日後 ―
薫が、袴ではなく着物を着て、喜兵衛と道を歩いてくると、
人だかりが出来ている。
その中から聞こえる 「こら、暴れるな!」 「神妙にせい!」 といった声。
「あら、捕り物かしら…」 薫がのぞいてみると…
警官に押さえつけられ、目を回しているのは、いつぞやの流浪人だった。
「流浪人!あなた、まだこの町にいたの?」 駆け寄る薫。
「おー薫殿でござったか、女性の格好なんで、一瞬わからなかった。」
「助けてやんない!」 「おろろ〜〜」
「ったくもう、何やらかしたんです、この人。」 警官に尋ねると…
「見ての通り廃刀令違反だ。ん?確かお前は、人斬り抜刀斎の道場のーー」
警官の言葉に、キレる薫… 「それは濡れ衣だと言ってるじゃないの!」
「な、何だ、その言い草は、貴様、官に盾つく気か!」
「官、官って、お上の威光を笠に着て威張ってるんじゃないわよ!」
「まあまあ、お待ちください。」 にっこり後ろから出てくる喜兵衛。
「なんだ貴様は!」
「そう怒らずに、ここは一つ穏便に…」 喜兵衛は、そっと札を警官に握らせる。
「ム…まあよい、じじいに免じて大目に見てやるが、次は承知せんぞ、
大人しくしてることだな、小娘。」 警官達は、ゾロゾロ引き上げていった。
その後ろ姿に 「やなこった!」 と、い〜だ!する薫。
「しかし、この町の警官は、心身ともに今イチ頼りないでござるな。」
「え?」 「いや、何でも。」
「それにしても、あなたまだこの町に滞在してたの、何か用事でもある訳?」
「いや…別に、そういう訳でもないけど…それより、例の辻斬りの一件、
その後、どうでござる?」 うまく話をすり返る流浪人。
「ええ、まあ…一応、犯人らしき人物は浮かんできたんだけど。」
薫が話すのを、黙って聞いている喜兵衛。
「隣町の外れに『喜兵館』っていう剣術道場があるんだけど、そ!まあ正しくは
元・道場で、今じゃ博徒や破落戸(ごろつき)の溜まり場なんだけど、
そこを二ヶ月程前、士族崩れの剣客が牛耳ったらしいのよ。
しかもその男、身の丈が六尺五寸もある大男だとか…」
(※六尺五寸――約195cm)
「ほほう…」
「ね、怪しいでしょ。辻斬りが始まったのも二ヶ月前からだし、奴も六尺五寸程の剣達者、
第一そんな大男、そうザラにはいないわよ。
確証がないから手出しは出来ないけど、近いうちに必ず…!」
薫は、握りこぶしに決意を込めた。
「薫さん、夕飯の仕度がありますので、私はこれでー」
喜兵衛が、薫に声をかけた。
「あ、うん、お願いね。」
「では、お先に失礼。」 目の奥に、何やらよどみを感じさせる笑みを浮かべ、喜兵衛は立ち去った。
流浪人だけは、それを読み取っているようだった。
「そういえば、あの御仁、確かこの間も居たかと…」
「ああ喜兵衛?まあ、住み込みの奉公人ってトコかな。父が亡くなってすぐだったかな、
道場の前で、行き倒れているのを介抱したのが縁でね。
女だてらに剣術やっている私を、以前から心配してくれて、剣術止めて道場売って、
静かに暮らそうって言ってくれるんだけどね…」
「素性は?」 「聞いてないから知らない。」
「呑気でござるな。」 流浪人、汗…
「あらそう?いいじゃない。誰にだって、語りたくない過去の一つや二つあって
おかしくないわ。あなただってそうでしょ?だから流浪人してるんじゃないの?」
…下を向く流浪人 「―― そうでござるな…」
「ねぇ流浪人、どうせ宿賃ないんでしょ、だったらウチへ来ない?」
「あ、いや…拙者、小用があるんで、また後日に。」
「え、さっきはー」 「ど忘れでござった、では!」
足早に立ち去ろうとする流浪人を、薫が慌てて止めた。
「あ、ちょっと!」 「まだ何か?」
「えっとね、その、この間は、その…」 赤くなってくちごもる薫。
「助けてくれたお礼も言わずに、流浪人風情なんて――
えっと、その、ごめん…」 下を向く薫。
流浪人は、そのおでこに手を当てて… 「熱でもあるのでござるか?」
それを聞いて、ボコボコ殴り出す薫。 「人がせっかく謝ってあげてるのに!!」
「おお、左様でござったか…何、流浪人は、小さなコトは気にせぬもの、
薫殿も、気にする事はないでござるよ、では。」 流浪人は、にっこり微笑んで去っていった。
(隣町の喜兵館道場か…道理で町中を探しても当たらなかったわけだ…)

夜、喜兵館
「たのもー、たのもー、たのもー、たのもー、たのもー」
門前にやってきた流浪人。
「たのもー、たのもー、たの…」
「あーうっせえ!何だ、てめえは!」 やっと戸が開いて、人相の悪い男が出てきた。
「ここの頭目ー」
「比留間先生は、今、留守だ、出直してきな!」
「ほほう、比留間という名でござるか。」
「…知らないで来たのか、てめェ。」
「いや、拙者はてっきり『辻斬り抜刀斎』という名かとーー」
男の顔が、一瞬引きつった。
「薫殿の読みは、当たりの様でござるな。」
「どうしたんスか、西脇サン。」 「誰っスか、そのチビ。」
ぞろぞろ出てきて、流浪人の周りを取り囲む浪人達。
「何、ただのネズミだ。始末しちまいな。」

一方、神谷道場…
薫が、書物を読んでいると…パキャッ!傍らに置いてあった湯呑みが、突然、欠ける。
「……やだ、湯呑みにひとりでにヒビが…」
「薫さん。」
後ろからいきなり声をかけられ、びくっとする薫。
いつのまにか、真後ろに立っていたのは、喜兵衛だった。
「驚いたあ、喜兵衛かあ、何、どうかしたの?」
「ええ、実は、土地屋敷の売買のことで。」
「?だから、道場たたむ気はないって以前からー」
「ええ、でも実は、この通り、書類はまとまっているんですよ。」
にっこりと、書類を見せる喜兵衛。
薫、アゼン… 「…喜兵衛?」
「あとは、お前の捺印一つ。それで、この土地屋敷は、儂等のものとなる!」
そこへいきなり、髭面の大きな男が入って来た。たくさんの手下を連れている。
大男は、にいっと笑った。 「よォ!」
その目は…あの夜、覆面の隙間からちらりと見た、あの大男の目だ!
「お前は!!」
「喜兵館頭目、比留間伍兵衛、儂の弟だ。」 冷たく微笑む喜兵衛。
薫は、そばにあった木刀をつかんだ。
「本当は、こういうのは好みじゃないんだ。やるなら合法的にーそれが儂の手段なんだが、
お前が弟の正体に勘付いてしまったからには、そうも言ってられん。
女一人の所に、好々爺を演じて潜り込み、信頼を得たまでは予定通りだったが、
お前は、お人好しのくせに、剣術には非常に頑固ときた。」
「喜兵衛…」 薫は、木刀を構える…じりじりとにじり寄ってくる喜兵衛達。
「そこで、剣達者の弟を使って、辻斬り騒動を起こして、流儀の名を墜しめた。
『人斬り抜刀斎』の雷名もよく効いてくれた。存在自体も怪しい伝説の人斬りだというのに、
無敵の強さは、今でも語り継がれている。
儂の計算だと、この辺の地価は、文明開化と欧化政策の余波で五・六倍にはなる…
剣術道場なんかには、勿体ない。」
「兄貴から聞いたぜ。」 ねうっと前に出る大男、伍兵衛。
「『人を活かす剣』てのがここの目標だとか…面白い。ここはひとつその
『人を活かす剣』ってヤツで、自分を救ってみたらどうだ。」
「…………」
「来ないなら、こっちからいくぜ?」
「くっ!」 薫は、ダッと前に出ると、大男の腹の辺りを目掛けて木刀を!!
しかし、大男の左手に簡単に止められてしまう。
「やはり、寝言をほざく小娘の剣は効かぬな。」
今度は、大男が、木刀を振り下す!
それを木刀で受けた薫だが…バギッ!大男の木刀は、薫の木刀をへし折り、
そのまま、薫の左肩へ入った! 「!!!」
グラッときた薫の襟をつかみ、高々と薫の体を持ち上げて大男は、
「目的は暴力!極意は殺生!それが、剣術の本質よ!!」
勝ち誇ったように、そう豪語した。
喜兵衛は、力なく下がった薫の腕を押さえ、その親指を刃物で傷つけると、
書類に、その指を押し付けて血判を押させた。
「これでよし、これでこの土地屋敷は儂等のもの、神谷活心流とやらは、お終いだ。」
喜兵衛が、不気味に微笑んだその時だった。
道場の入り口に、男が一人…それに気づいた大男、「西脇、どうした?」
その男は、喜兵館で流浪人を迎え出た西脇だった。
「つ……強え……」
西脇が、そうつぶやいて、倒れる…と!!
その後ろに立っていたのは、左頬に十字の傷…あの流浪人だ!
「流…流浪人…!」 はっとする薫。
「遅くなってすまない、話は全てこいつに聞いた。」
流浪人は、ゆっくりと道場の中へと歩を進める…
大男は、薫を片手にぶら下げたまま木刀を構えて言った。
「また貴様か、喜様も、この小娘同様『人を活かす剣』なんぞ、ほざくくちか。」
「…いや。」
!!流浪人の返事に、驚く薫。
流浪人は、続けた。
「剣は凶器、剣術は殺人術、どんな綺麗事やお題目を口にしても、それが真実…
薫殿の言っている事は、一度も己の手を汚したことがない者が言う…
甘っちょろい戯れ言でござるよ。」
ニッ!と笑う大男…  「流浪人…」と、悲しそうな目をする薫…
しかし、流浪人は、にっこりして、こう続けた。
「けれども、拙者はそんな真実よりも、薫殿の言う、甘っちょろい戯れ言の方が好きでござるよ。
願わくば、これからの世は、その戯れ言が真実になってもらいたいでござるな。」
「兄貴よォ、こいつはブッ殺してもかまわねェよな。」
大きな弟の問いに答える喜兵衛の顔からは、あの人の良さそうな笑顔は消えている。
「ああ、何かと目障りな奴だ。手下共に、なぶり殺させてしまえ。」
「おう、お前等!」 「へいッ!!」 一斉に身構える手下達。
「流浪人、逃げてェ!!!」 叫ぶ、薫。
しかし…流浪人は、腰の逆刃刀に手をかけた。
「むやみに怪我人を増やしたくはない、医者通いが嫌な奴は、早々と退くでござるよ。」
「怪我人なんざ出やしねェ!」 「出るのは死人、お前一人だ!!」
刀を抜いて構える手下達。 が!!!
あっという間に、走り寄る流浪人、逆刃刀を抜くが早いか走り抜けるのが早いか、
目にも止まらぬ速さで、ひとかたまりの手下達を倒してしまった。
「!?!?」 言葉も出ず、ただ立ち尽くす他の手下達だったが、
そうしていられたのも、ほんのつかの間だった。
流浪人は、次から次へと手下達を片付けていく…!
青くなる喜兵衛… 「馬鹿な、一人で四人五人をいっぺんに…よ…妖術か!?」
何の抵抗も出来ないまま、倒れていくだけの手下…
驚いているのは、薫も同じことだ。 「違う、妖術なんかじゃない…これは速さだわ!」
そして、大男も… (剣の速さ、体のこなしの速さ、そして相手の動きを読む速さ…
全ての速さを最大に活かして、最小の動きで複数の相手を同時に仕留めてやがる!!)
おびただしい数の手下達を片付けるのにも、さほど時間はかからなかった。
残るのは、喜兵衛と大男…
流浪人は、静かに言った。
「―― ひとつ言い忘れていた。
人斬り抜刀斎の振う剣は、『神谷活心流』ではなく、戦国時代に端を発す、
一対多数の斬り合いを得意とする古流剣術…流儀名『飛天御剣流(ひてんみつるぎりゅう)』
逆刃刀でない限り、確実に人を斬殺する、神速の殺人剣でござるよ。」
「!!!!!!」 驚く喜兵衛、そして薫…
「まさか…じゃあ、あなたが、人斬り抜刀…」 そう言いかけた薫を、床に投げ捨てる大男。
目を血走らせて、流浪人の前に立ちはだかる。
「面白い!いつぞやの晩は、小者と見て相手にせなんだが、これ程強いとは…
貴様、力を隠していたな!」
「お前と違って、暴れるのはさほど好きじゃないんだ。
けど今は、あの時叩いておくべきだったと思うよ、反省してる。」
「大した自信だ、だが、それは自惚れというもの。この世に抜刀斎は二人も要らん。
この俺様こそ、抜刀斎を名乗るのにふさわしい!!」
刀を抜いて、流浪人に斬りかかる大男。しかし…「!?」
目の前にいたはずの流浪人が、いない!!
「こっちだ。」 そう、大男の頭上から聞こえた時には、すでに遅かった。
真上から逆刃刀を食らった大男…道場の床に、頭を下にしてめり込んでいる。
「抜刀斎の名に、未練も愛着も無いが、それでも、お前の様な奴には譲れんよ。」
流浪人は、さっと向きを変え 「さて、残るは一人。」
逆刃刀を、真っ青になっている喜兵衛につき付けた。
壁を背に、座り込む喜兵衛…。
「黒幕のお前は、この程度では済ませられんな、この逆刃の斬れ味…」
逆刃刀を、チャキッと、持ちかえる流浪人。
「ひっ、ひっ…」 ガクガクガク…
「試してくれようか。」
「ひはぁ…」 ズル…泡を吹いて、気を失う喜兵衛。
流浪人は、喜兵衛の傍らに落ちていた書類を拾い、 「やれやれ…」
そして、それを切り刻む。
「策を弄する者ほど、性根は臆病なものでござるな。」
…黙って、ただ流浪人を見つめている薫。
「すまないでござる、薫殿、拙者、だます気も隠す気もなかった…
ただ、出来れば語りたくなかったでござるよ。」
そう言う流浪人の顔から、、先ほどまでの鋭さは、すっかり消えていた。
流浪人は、薫に背を向けると、「失敬、達者でー」 と、
逆刃刀をさやに収め、道場を出ていこうとした。
その後姿を、薫は、じーっと見つめている。
(お願い、行かないで…) そう言いたげな瞳…しかし、
「待…待………待ちなさいよ!!」
「おろ。」 驚く流浪人、思わずずっこける。
「私一人だけで、どうやって流儀を盛り立てろっていうのよ!!
少しぐらい力を貸してくれたって、いいじゃない!!」
ノビている大勢の喜兵衛の手下の真ん中で、
左肩を押さえながら、精一杯声に力を込める薫。
「私は、人の過去になんかこだわらないわよ!」
「喜兵衛みたいなのもいるし、これからは多少こだわった方がいいでござるよ。」
「…そうね、そーするわ…」 赤くなる薫。
「何にしろ、拙者は止した方がいい。せっかく流儀の汚名も晴らせるというのに、
本物の抜刀斎が居座っては、元も子もないでござる。」
出口に手をかけ、流浪人は、にっこり笑った。
「抜刀斎に居て欲しいって言ってるんじゃなくて、
私は、流浪人のあなたに居て欲!…しい…ハッ!」
慌てて、自分の口をふさぐ薫…ばつ悪そうに、後ろを向く。
「も…もう、いーわよ!行きたきゃ行きなさいよ!…でも、
行くなら、せめて名前ぐらいは教えてからにしてよ、抜刀斎って、昔の志士名でしょ。
それとも、あなたは本当の名前すら、語りたくないのー?」
うつむく薫の耳に、出口の戸の閉まる音が聞こえた。 ガラガラ…ピシャン―
そして…
「剣心。」 流浪人の、声。
振り向く薫!見ると、出口を閉じて、流浪人は、そこに立っていた。
「『緋村剣心』 それが拙者の、今の名前でござる。拙者も少し旅に疲れた…
流浪人ゆえ、また何時何処へ流れるかわからないが、それでよければー
しばらく、厄介になるでござるよ。」
やさしい目で、薫を見る流浪人…いや…剣心。
うれしそうに微笑む薫…輝く目を、涙でいっぱいにしながら…

― 浪漫譚の始まりは 明治十一年 東京下町        
           流浪人 緋村剣心の 来訪から ―

「(ピキ!) でもーちょっと待った…あなた、幕末の志士だったのなら、
一体全体、今、何歳なのーーー?」
「おろ?」
「『おろ』じゃない!まさか、その顔で三十歳超えてるワケーーー?」
「そーいえば、何歳でござったかな…ひい、ふう、みい…」
「自分の年齢ぐらい、ちゃんと数えとけーーー!!」


〜 第一幕 終 〜

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