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ラーゼフォンの第1話


西暦2015年。

夕陽に照らされた海原、何艘もの戦艦。
空母のカタパルトから戦闘機が次々に飛び立つ。

艦橋。司令官・功刀 仁がヘッドホンを耳に、目を閉じている。

誰かがヘッドホンを外し、壮言なクラシック音楽が漏れる。
戦場には不釣合いな少女。如月久遠。
ヘッドホンを自分の耳にあてがう。

久遠「(いくさ)の色……翼軋む始まりの音……」


第1楽章

首都侵攻

OVER LORD


朝。
東京の住宅街、とある家。表札には「神名麻弥 綾人」と書かれている。

一室で佇む高校生の少年、主人公・神名綾人。
目の前には綾人が描いた油絵。
丘の上に立つ少女の後姿。
黄色のワンピース。長い髪、スカーフ、スカートが風になびいている。

絵に魅入る綾人が、時計のアラームで我に帰る。
時計が8時を指している。

綾人「世は事もなし、か……」


無人のダイニング。
ラップのかかった料理の皿に、置手紙が添えられている。

今夜は仕事で遅くなります 模試がんばってね 母

綾人「今日『は』じゃなく、今日『も』だろ……?」


家を出る綾人。
その姿を、ひそかにレンズが捉えている。
向かいのマンションで、ビデオカメラを手に綾人を捉え続ける女性──紫東(しとう) 遥。


電車の中。
綾人の後ろに、遥が何食わぬ顔で乗り合わせている。
遥がひそかに、小さな装置を綾人の鞄に潜ませる。

池袋。

綾人がホームを歩く。遥が追う。
不意に綾人が気配を感じ、振り向く。
怪しい人影は何もない。

「そこの君!」

綾人が我に返ると、級友の朝比奈浩子がいる。

浩子「何をボーッと突っ立っているのかね〜?」
綾人「なんだ、朝比奈かよぉ」
浩子「なんだとは失礼ねぇ」
綾人「相方は?」
浩子「あっち」

改札の向こう、浩子の彼氏の鳥飼 守が手を振る。

鳥飼「ちーっす!」
綾人「ちーっす」

ふと、綾人が再び後ろを振り向く。

浩子「ん? どうしたの?」
綾人「いや……誰かに見られてる気がして」
浩子「お〜っ、ストーカーですかぁ〜! モテモテくんだねぇ〜!」
綾人「お前なぁ〜」
浩子「って言うかぁ、自意識過剰! キヒヒヒ!」

飛行機の轟音。綾人が空を見上げる。

浩子「あぁ! やだもう、遅刻しちゃうよぉ!」
鳥飼「おぉい! 急げよぉ!」
浩子「ほら神名くん、急ぐ急ぐ!」
綾人「あ、あぁ」
浩子「早く! あぁ、鳥飼くん待ってよぉ!」

綾人たちが走り去る。
停車中の電車内に身を潜めている遥。


綾人の家の前に、1台の車が停まっている。

「はい、こちらにはいらっしゃいません」

ダイニングに、2人のサングラスの男。
1人が携帯電話をかけている。

「最悪、接触した可能性も──はい──はい、わかりました。至急手配します──はい」

手をつけられていない料理皿。
置手紙がクシャクシャに丸められている。

男が携帯を切る。

「第1次防衛線を突破されたらしい」


電車の中、浩子が不安げに腕時計を見つめる。

浩子「間に合うかなぁ……」
綾人「なるようにしかならない」

鳥飼が参考書片手に、ブツブツ暗唱している。

浩子「……もうっ! 今更なんだからあきらめなさいよぉ」
鳥飼「最後まで努力はするもんだろぉ?」
綾人「やっぱ、努力は見るもんでしょ」
鳥飼「そーともゆうかぁ」
浩子「そんな神名綾人にも、努力するときはあるのでしたぁ〜」
綾人「……何だよ、それぇ」

電車がトンネルに入る。

浩子「お絵描きの練習〜」
綾人「……ま、朝比奈みたいな凡人に、理解しろって言う方が無理、か!」
浩子「何をよぉ」
鳥飼「浩子、そぉ綾人に突っかかるなよぉ」
浩子「もう! 男はすぐかばい合う〜」

急ブレーキ。

浩子「な、何!?」

大音響──


渋滞の道路。
綾人の家にいたサングラスの男たちが、車の中で携帯電話をかけている。

「はい、試験会場へは別の者をやりました──はい、わかりました──そのように動きます」

男が携帯を切る。

「どう動くんだ?」「軍のヘリでも調達するさ」

カーナビの画面。
「通常電話回線 全線不通」「携帯電話通話可能率 70%」「地下鉄第二丸の内線 全線不通」


綾人の乗っていた電車。
一体何事が起きたのか、大きく傾いた車両の中、乗客たちが倒れている。

綾人が起き上がる。
浩子と守は気絶している。

綾人「……おい、守、守! 朝比奈、朝比奈!」
浩子「あ……神名……くん」
綾人「良かった、無事か」
浩子「痛……」

浩子の肩が切れて血が流れているのに気づき、綾人がハンカチを巻く。
守が呻き声を上げる。

浩子「鳥飼! ちょっと鳥飼、大丈夫!? ねぇ、鳥飼!」

綾人が周囲の惨状を見回す。
満足に体が動く者は、他にいそうにない。

綾人「守を見ていてやってくれ!」
浩子「どこ行くの!?」

綾人がドアをこじ開ける。

綾人「大丈……夫……すぐ助けを、呼んでくるから!」
浩子「神名くん! 神名くん!」

綾人がトンネルの外に出る。
車体は無残に傾き、入口に土砂が積もっている。
外を見て愕然とする。
あちこちで建築物が崩れており、車も人影もない。
サイレンだけが空しく鳴り響いている。

綾人「何だよ、誰もいないのかよ!?」

空に爆音。
見上げると、飛行機が炎と煙を吹きつつ墜落してゆく。
戦闘機がそれを追う。

背後に轟音。

綾人「うわぁ!?」

すぐそばを、戦車がかすめて行く。

「そこの民間人! 邪魔だ、どけぇ!」

空中の戦闘機目掛け、戦車が銃砲を放つ。
戦闘機がそれをかわし、ミサイルを放つ。
戦車が爆発。爆風に吹き飛ばされた綾人が倒れる。
綾人が起き上がると、戦闘機は飛び去り、先ほどまで自分を怒鳴っていた戦車が残骸と化している。


一方、惨状の電車内に遥が現れ、周囲を見回す。
傷を負った守を浩子が椅子に座らせ、額の傷をハンカチで拭っている。

守「ひっ……!」
浩子「しっかりしろ、男でしょ! もう〜何よ、このくらいの傷で」

遥がサングラスに隠されたスイッチを入れる。
サングラスの視界に地図が映し出され、「MARK」の文字と共に一箇所が点滅する。

浩子「あ、あの」

遥、浩子の呼びかけを無視して駆け出す。

浩子「なぁにぃ、あれ……」


上空。

防衛軍の戦闘機群が、侵略者らしき赤い戦闘機に砲撃を加える。


街中を駆ける綾人。
とあるビルで座り込み、息を切らす。

綾人「何だよ……勘弁してくれよ……これじゃ、守たちの助けも呼べやしねぇ」

上空を戦闘機群が舞う、綾人の近くにも銃弾が見舞われる。
慌てて綾人が駆け出す。もうもうと砂埃が舞う。


変わり果てた街中、どこからともなく美しい歌声が響いている。

砂煙から身を起こした綾人が、歌声に導かれるように歩き出す。


積もり積もった瓦礫の上に、鳩の群れ。

鳩に囲まれるように、黄色のワンピースの少女が背を向けて立っている。
長い髪、スカーフ、スカートが風に揺れる。

綾人「ねー、君ーっ! そんなとこいちゃ危ないよーっ!」

少女が歌声が止め、ゆっくりと振り向く。

綾人「君は……美嶋……玲香……」

鳩の群れが一斉に舞う。


壊れた自販機から、綾人が缶ジュースを取り出す。
瓦礫の上に座っている玲香。

綾人「美嶋ぁ、オレンジでいいか!?」
玲香「うん」

戦火を逃れ、トンネルの中で2人がジュースを飲む。

綾人「ぷはぁ、生き返ったぁ!」
玲香「戦争なの……?」
綾人「あぁ……戦争だよ。でも驚いたよなぁ、こんなところで美嶋と会うなんて」
玲香「それは私も……だって神名くん、突然現れるんだもん」
綾人「ま、何にしても良かったよな。1人より2人!」
玲香「うん……本当良かったよ……」
綾人「にしてもさぁ、何であんなとこにいたんだよ。あ、もしかしてお前も……」

不意に玲香が立ち上がる。

綾人「美嶋……?」

何かに取り憑かれたかのように、玲香がトンネルの外を見つめている。

綾人「美嶋ぁ! まだ外に出ちゃ危ないよ……美嶋?」
玲香「歌……」
綾人「歌?」

どこからともなく、歌声がかすかに響いている。

玲香「ドーレム……」


緊急避難所。多くの怪我人が運び込まれ、防衛軍の兵士たちが護衛にあたっている。

「くそぉ、インベーダーめ!」

守、浩子の姿もある。

浩子「神名くん、大丈夫かなぁ」
守「あいつなら心配ない」
浩子「理由は?」
守「フィーリング……かな」
浩子「はぁ……聞いた私がバカでした」
守「シッ!」
浩子「?」

銃声が轟く中、微かに歌声が響き渡っている。


見たこともない巨大な飛行物体が上空を舞っている。
人間の女性を思わせる顔、左右には鳥のような翼を広げた飛行体。
光線を放ち、次々に敵側の戦闘機を撃ち落としてゆく。

綾人「敵をやっつけてる……てことは、防衛軍の秘密兵器かな?」
玲香「神名くん」
綾人「あ、あぁ、ここにいちゃ危ないな」


空を行くヘリコプター。中にはあのサングラスの男たちがいる。

「あれを出したのかよ」
「何なんです、あれは!?」
「首都防衛の要って奴さ」
「お、おい」

1人の男が双眼鏡で、地上の綾人の姿を捉える。

「ビンゴォ!」


どこかの広間。
指揮官らしき女性が椅子に座り、巨大スクリーンで空中戦の様子を見ている。
傍ら、軍仕官を思わせる服装の男性が付き添う。

その背後、まるで亡霊のように女性の姿が浮かび上がっている。
古代民族を思わせる服装、顔の上半分は仮面で覆われ、謎の兵器の動きに合わせて歌のように口を動かしている。

「よろしいのですか? アレグレットを出して」
「彼の方なら大丈夫。オリンなしでは目覚めない。目覚めても歌えないから」

通信音が響く。

「オリン、発見しました」


地下鉄の駅に綾人たちがやって来る。

綾人がホームへの階段を降りてゆく。
玲香、階段を降りずに立ち止まり、綾人を見つめる。

綾人「美嶋……?」

階段を降りきった綾人が後ろを振り向くが、そこに玲香の姿はない。

綾人「美嶋ぁ──っ!?」

「神名綾人くん?」

サングラスの男2人が現れる。

綾人「え? えぇ」
男「我々は政府の者です」
綾人「政府!?」
男「説明している暇はありません、我々とご同行願えますか」

もう1人の男が、電車がやって来たのに気づく。

男「おい、来たぞ」

綾人と話していた方の男が、強引に綾人の肘をつかむ。

男「さぁ!」
綾人「ちょ、ちょっと待ってよぉ! 説明ぐらいちゃんと……」

こめかみに銃口が突きつけられる。

綾人「……し……ろよ……」
男「駄々こねちゃぁ、ダメよぉ?」

そのとき。
階段を颯爽と、遥が駆け下りてくる。
見事な体の裁きで、遥が男たちに蹴りを見舞う。銃が床に転げる。
男の血が飛び散り、綾人の頬に付着する。
綾人が違和感を感じ、その血を拭う。

青い血。

電車が停まり、ドアが開く。
襲いかかるもう1人の男を、遥が殴り飛ばし、とどめに蹴りを見舞う。
気絶してエスカレーターに転がった男が、階上へと運ばれてゆく。

遥「さいなら〜」

綾人が男の銃を拾い上げ、警戒心から遥に向けている。

綾人「あんた……誰だよ」
遥「そうねぇ……正義の味方、ってとこかな?」
綾人「はぁ?」
遥「だって助けてあげたじゃな〜い。お礼くらい言って欲しいなぁ〜」

銃口に臆することなく遥が近づき、手を差し出す。
ムッとした表情で綾人が銃を手渡す。

遥「フフッ」
綾人「……じゃ、どうも危ないところを助けて頂き、ありがとうございましたぁ! じゃ、僕はこれで!」

わざとらしい仕草で綾人が深々と頭を下げ、背を向けて階段を昇り始める。

遥「なぁ〜んで血が青かったりしたのかなぁ〜……なぁんて思ったりしてる?」

綾人がギクリと足を止め、振り向く。
サングラスをはずし、真剣な表情になる遥。

遥「教えてあげる。私と来たら、青い血のこと……この世界のすべてを……!」
綾人「?……悪いけど、俺、年上に興味ないんだ」

遥がニッコリ笑い、綾人に銃を向ける。

綾人「!?」
遥「女に恥かかせちゃ、ダメよ」
綾人「何が正義の味方だよ……」
遥「いいのいいの。さ、行きましょ」

電車の中に玲香の姿。

男の1人が息を吹き返し、遥を羽交い絞めにする。
その隙に綾人は電車の中へ駆け込む。

遥「あぁっ、待って! 綾人くん!」

遥が男を倒し、電車に駆け寄る。
しかし、すんでのところでドアが閉じる。

遥「綾人ぉ! 行っちゃダメ!」

窓にシャッターが下り、視界が塞がれてしまう。
電車が動き出す。
為すすべもなく呆然と電車を見送る遥。


地下鉄の車内。シャッターで塞がれた窓を、綾人がドンドンと叩く。

綾人「何なんだよ、これ! くそっ! 何なんだよ……」
玲香「神名くん、私たち……どうなっちゃうの?」
綾人「大丈夫、僕が守るから。美嶋は、僕が必ず守るから」

車内放送『次はゼフォン神殿。終点、ゼフォン神殿でございます。どなた様もお忘れ物のないよう、お願いします』

電光表示板に「次は世音神殿 NEXT XEPHON SHINDEN」の文字が浮かぶ。


地下鉄が停まり、綾人たちが降りる。
赤い光に照らされた駅。

玲香「ここ……どこ?」
綾人「わからない……」

地下鉄がドアが閉まる。
駅からは、レンガ造りの古めかしい通路が延びている。

綾人「行くしかないか……」

薄暗い通路を進む2人。
やがて、広いスペースに出る。
そこにあったのは、見たこともない巨大な物体。
先ほど空中戦を繰り広げていた飛行体と同様、人間女性を思わせる顔がある。

綾人「防衛軍の……秘密兵器か!?」


先の空中戦を監視していた、どこかの一室。
軍仕官風の女性が、スクリーンに綾人の姿を捉える。
傍らには先ほどの軍仕官風の男性もいる。

「ラーの間に向かっています」

椅子に座っていた指揮官らしき女性が、指揮を下す。

「フォルテシモを出して」
「ですがそれでは……」
「出しなさい」
「……フォルテシモ、出します」


一方で綾人と玲香は、ようやく通路を抜ける。

上には雲の浮かんだ青空。
下には泉。周囲は古代の神殿を思わせる建造物で囲まれている。

綾人「空……? 空だって……? それじゃあ、ここは……」
玲香「神名くん」
綾人「ん? どうした?」
玲香「あれ」

玲香の視線の先。そこには噴水の上に、巨大な卵が浮かんでいる。

「……卵!?」


一方の東京上空。
フォルテシモと呼ばれた飛行体が宙を舞い、歌声を張り上げる。
その振動波で、建物のガラス窓、空中の戦闘機が次々に砕け散る。

1機の戦闘機の女性パイロットが苦渋を飲む。

「クッ……ドーレムめ!」

突如として空中に、巨大な城砦が姿を現す。


綾人「う!? うぅっ……!」

急に綾人が、体を押さえて苦しみ出す。
冷ややかにその様子を見下ろしていた玲香が、巨大な卵に視線を移す。
卵が光を放ち始める。

玲香が歌声を張り上げる。

玲香「ラ──……」

綾人の脳裏に、何者かの声が響く。

(目覚めて……綾人……! 目覚めなさい!)

苦痛の中、綾人がカッと目を見開く。

綾人「ラ……」

卵にヒビが入る。

綾人「……ゼ……フォン」

卵が割れ、割れ目から巨大な翼が伸びる。


東京。ビルの屋上で、空中の巨大な城砦を遥が睨みつける。


遥 (これが……MUムー……私たちの、敵!!)


(続く)
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