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MINDマインド ASSASSINアサシンの第1話


Mindマインド Assassinアサシン

第二次世界大戦中 ナチスドイツの
科学力によって特殊な超能力を
持った暗殺者が創り出された

決して表舞台に出てくることはなく
その存在すら不明確であったが
暗い戦争の歴史の影には必ず
彼の姿があったという


彼の両耳に付けられたピアスは強力な
超能力を制御する為の物であったが

同時にMind Assassinのシンボルマーク
として恐れられた


そして彼の力は……

生き物の頭を外部から触れるだけで
その精神と記憶を
破壊することが出来る


やがて戦争が終わり
同時に彼は姿を消した
しかし Mind Assassinの力は
今も受け継がれている


現在日本……
彼の血を引いた日独クォーターの青年が
3代目Mind Assassin
である


#1 悲しみを継ぎし者


奥 森 医 院
診療科目
内科・小児科・放射線科
※精神 記憶に関する相談うけたまわります
診療時間
AM9:00〜12:00 PM3:00〜7:00
土曜・PM5:00迄
日曜・祭日・木曜午後休診


舞台は主人公、奥森かずいが1人で自宅に構える診療所、奥森医院。

かずい「はい じゃ袖まくって下さい 大丈夫 痛くないですよ あっ……ちょっと…… どこ行くんですかっ 田中くんっ 田中……」

注射を逃れて診察室を飛び出した患者の少年・田中正をかずいが追い、診察室のドアの上の梁に「ゴッ」と頭を派手にぶつける。

かずい「あぅ」
患者たち「……」「奥森先生?」

正とその友達の少年が、それを見て笑い合う。

正「わ──っ本当だっ 本当にぶつけた アハハハ」
友達「な──っ 本当だろ!? オレん時もやったんだぜ──っ ハハハハ」


診察後。
正の母親が、玄関でかずいに頭を下げる。

母親「もうしわけありませんでした ほら正っ あんたが謝るんでしょ!!

正の耳をひっぱる母親。

かずい「いえいえ ボクの不注意だったんです いつものことですけど……」
正「先生 またカゼひいたら来るね 今度はオレも友達連れて来るからさ」
かずい「え……」
正「みんな先生のこと見たいって言うんだぜ おもしれーから」
母親「何言ってるのっ ここは遊び場じゃないのよっ

やがて正たちが医院を去る。

正「先生 さよーならーっ」
かずい「はい さようなら 車に気を付けて帰るんですよ──」


かずいが振り向くと、ドアの隙間から1人の少年がじーっと覗いている。
同居人の少年、虎弥太である。

かずい「虎弥太っ 今のが午前中の最後の患者さんですよ」
虎弥太「かずい ごはんっ ごはん食べよ──っ 早く 死にそう」
かずい「何を言ってるんですか 毎日そういうから 10時のおやつのどら焼き 置いておいたでしょう? なぜ これを食べないんですか」
虎弥太「あのね…… かずいもね おなかすいてると思ってね 残しといてあげたの」
かずい「この子は……」

かずいがどら焼きを2つに割る。

かずい「そんなこと言って また大好物のアンコだけ食べましたね?」

脂汗を流し始めた虎弥太が逃げ出す。

かずい「虎弥太 待ちなさいっ どこへ…… うわっ」

例の如く、かずいがまたドアの梁に頭をぶつける。

虎弥太「大丈夫?」

そのとき、玄関のドアが開く。
現れたのはセーラー服姿の少女、山下夜志保やしほ
そして彼女を追い、背広姿の若い刑事が現れる。

刑事「このガキ!! さんざん手こずらせて しまいにゃ こんな所に逃げ込みやがって ほら こいっ」
夜志保「がたがたうるせぇよっ
かずい「え」
虎弥太「う……」
夜志保「あたし この病院に通院してるの 勝手に決めつけて追いかけてこないでよ 変態おやじ
刑事「この女 なめやがって……」

刑事が警察手帳を取り出し、かずいに示す。

刑事「あ……ここの先生でいらっしゃいますか 私はこういう者です ご迷惑かけてすみません」
かずい「はぁ……」
刑事「こいつはタチの悪いやつで いつもこういう所に逃げ込むんです すぐ補導しますから」
夜志保「病気で通院すっから学校休んでるだけだろ ふざけんな」
刑事「先生 こんな女 見たことありますか? 通院なんてしてませんよね」
かずい「あの…… たしかにこの方は通院してはいませんでした」
刑事「ほら見ろ さぁ こいっ」
夜志保「さわんな エロじじい」
かずい「だから 今日が初診ということになりますけど」
刑事「え……」


刑事が夜志保を残し、医院を去る。

かずいが虎弥太を奥へ招く。

かずい「それじゃ もうちょっと待ってて下さい 虎弥太」
虎弥太「ねぇ かずい やめた方がいいよ きっと殺されちゃうよ ぼく知ってんだ あのカバンの中ねヨーヨーとか入ってるんだよ」
夜志保「入ってねーよ」

虎弥太が去る。

夜志保「ねぇ…… なんで助けてくれたの?」
かずい「助けた……? ……じゃ 本当に病気じゃなかったんですか?」

一瞬ポカンとした夜志保が、腹を抱えて笑う。

夜志保「うそぉ〜っ ま あたしだって別に悪いことしてたわけじゃないから 逃げることなかったんだけど……」
かずい「お名前は?」
夜志保「ホントに何もしてないって それどころじゃなかったんだよ」
かずい「知ってますよ でも病気できたということなら診察券必要じゃないですか」

にっこりと笑顔を見せるかずい。

夜志保「夜志保…… 山下夜志保」


医院の外、刑事が煙草を踏み消す。

刑事「くそ……ここの医者さえジャマしなきゃ 今日中に片づいたのに 早くしないとあの女 何するかわからん とにかく急いでなんとなしなくては……」


医院内の診察室。夜志保が診察券を受け取る。

かずい「それじゃ 山下さん 今度必ず保険証持って来てください」
夜志保「奥森医院……奥森先生ってゆーんだ…… 変わってるね」
かずい「え? そんなにめずらしい名字じゃないと思いますけど」
夜志保「先生が

かずいがキョトンと見返す。

夜志保「背でかいしピアスしてるし医者に見えないし……人の言うこと すぐ信用するし……それでさ…… 変わってるついでに聞くけど……何この精神と記憶に関する相談って」
かずい「それは ボクが精神と記憶を壊せますということなんです」
夜志保「壊す?
かずい「人間というのは 一見強いようでも その精神はとても繊細なんです 一旦キズつくと 自分の力では立ち直れないこともあります キズついた記憶に縛られ 幸せになれないどころか 生きる力まで失ってしまった人達…… そういう記憶を壊すんです その人が生きてまた幸せを 見つけられるように……」
夜志保「先生 変わってるってより……
かずい「へ……」
夜志保「どこに そんなこと出来るやついるんだよ バカにしてんの? 大体 本当に出来るくらいなら……」

それきり、なぜか夜志保が黙り込む。

かずい「さっきの……ボクといた子 何歳いくつに見えましたか?」
夜志保「当てたら いくらくれる?」
かずい「やっぱりいいです…… 彼は幼い頃 心にひどくキズを負ってしまったんです だからそれまでの彼の精神と記憶を全て壊して ボクが引き取り 育てました 10歳で赤ん坊と同じになってしまったので 未だに子供のようなことをしていますけど…… あれで 一応18歳なんですよ」

沈黙。

かずい「全然 信じてませんね?」
夜志保「まぁね」

先ほどのおやつのどら焼きを、かずいが机の上の置く。

かずい「ここに二つのどら焼きがあります でもちょっと事情がありまして…… 両方ともアンコが入っていません」

かずいが両耳のピアスを外す。

夜志保「?」
かずい「どちらにもアンコが入っていないのは覚えていますね?」

かずいの右手が微かに光を放ち、夜志保の額に触れる。

かずい「さて 山下さん どっちがアンコの入っているどら焼きでしょう」

夜志保「こっち」
かずい「どうぞ確かめてみて下さい」

夜志保が二つのどら焼きを割る。

夜志保 (あっ そういえばアンコが入っていなかったことは 覚えていたはずなのに……)
かずい「少しだけ 記憶を消させてもらいました つらい記憶を忘れてしまうことは 現実から逃げることだという人もいますが…… そういう理論だけでは解決できない時だってあると思うんです」

外していたピアスを、かずいが再び耳に付ける。

かずい「どうでしょう 信じてもらえましたか?」
夜志保「そのピアスって 今みたいな変な力使う時 はずすの?」
かずい「え……まぁ 一種の制御装置みたいなものですね」
夜志保「だからださいんだ──っ そのピアス」
かずい「え?」

夜志保が長い髪をまくり、自分のピアスを見せる。

夜志保「あたしのピアスの方がかわいい これ あたしに似合うから一番気に入ってるの 要するに ださいかださくないかって 似合うか似合わないかってことよ あたしはあたしに似合ったものじゃなきゃいやなの しょうがなくて付けてるのは似合ってるのとは違うの」
かずい「そ……そうなんですか……でも…… (話しが……)」

夜志保「あいつは あたしに一番似合ってた」

しばしの沈黙の後、夜志保が新聞記事の切抜きをかずいに渡す。
記事の見出しには「少年刺殺される グループ同士の抗争」とあり、刺殺の被害者の名は「伊藤鉄也」。

かずい「これは……」
夜志保「それが あたしに一番似合ってたあいつだよ」

かずいの顔色が変わる。

夜志保「そこに ケンカで刺されたってなってるでしょ でも それウソ あたしだけは 本当のこと知ってるんだ あいつは殺された 本当に……あいつは殺されたんだよ あたしにばっか幸せになってほしいとか言っといてね」


彼が夜志保に公衆電話で電話をかけたときの回想──

(『夜志保── 夜志保 オレ おまえだけは幸せでいてほしいんだ』)


夜志保「あいつ やばい仕事してるって言ってた 殺されるかもしんないから オレと一緒に逃げないかって…… でも その時……ずっと連絡もしてこないで 何言ってんのって…… ロクに話聞かないで電話 切ったんだ あいつの死を知ったのは次の日の朝…… 新聞でその切り抜きの記事見て…… でも泣けなかった 悲しいってよりか くやしかったから あいつを信じなかった自分と…… あいつを刺したやつに対して……」

髪をかき上げる夜志保。

夜志保「それ以来ずっと いらいらして躍起になって 犯人を探しまわった でも結局 あのうるさい刑事に毎日追っかけられただけだったけど どうしてもあいつ殺したやつ見つけてブッ殺すんだ 後は あたしが幸せになる あいつの口ぐせだったから あたしに幸せでいてほしいって……」
かずい「それは どうでしょうか…… あなたのいう幸せと 彼の言っていた幸せとは 違うんじゃないですか?」
夜志保「な……なんだよ それ…… そんなの あたしの勝手だろっ あんたにとっても あいつにとっても幸せじゃなくったって あたしには幸せなんだよ それが」

かずいは無言のまま、夜志保を見つめる。

夜志保「そりゃ……あたしだって…… 忘れられれば楽だと 何度も思ったよ…… でも だめなんだよ あたしのせいなんだ…… あたしが あいつを信じなかったから……」

かずい「壊しますか 記憶……」

かずいがピアスを外す。

夜志保「先生…… もし先生の彼女があたしみたいな立場だったら どうする? 先生のこと忘れちゃっても 幸せになってほしいと思う?」
かずい「思いましたよ 昔ね……」

夜志保「そっか…… じゃ あいつもそう思ってくれるかな」

かずいの右手が光を放ち、夜志保の額に触れる……


やがて虎弥太の待つ食卓に、かずいが現れる。

かずい「虎弥太── すいません 遅くなりまして……」
虎弥太「お……」
かずい「おなかすいたでしょ〜っ すぐ ごはんに…… ん……」

かずいの皿の前に、虎弥太の遊び道具のロボットが置かれ、ロボットはフォークを手にしている。

かずい「これがボクの席に座ってるというのは 明らかにあてつけですね?」
虎弥太「……」


夜。

夜志保が友人の少女のスクーターの後ろに乗り、送ってもらっている。

少女「じゃ 何? 気がついたら知らない病院にいたっての?」
夜志保「うーん…… なんか はっきり覚えてないんだよなぁ──っ」
少女「あぶねーよ それって…… 薬かがされて 変なことされたんじゃねーの?」
夜志保「ばーか たとえ意識がなくたって そんなやつブッ殺すよ」
少女「久しぶりだなぁ そーゆー夜志保 ここんとこ ずっとゾンビみたいだったからね あの一件以来」
夜志保「なんかあったっけ?」
少女「ハハハハ いーのいーの なんでもない 忘れちまったことなんて気にすんなよ 今が楽しきゃいいんだ」

やがてスクーターが停まり、夜志保が降りる。

夜志保「う〜ん……」
少女「ここでいーの? 家まで行くよ」
夜志保「いーの いーの うちのババァがうるさいんだ その音聞くと」
少女「じゃ 明日迎えにくっからさ」
夜志保「サンキュ じゃねー」

夜志保の帰り道。あの刑事が待ち構えている。

刑事「50ccバイクにノーヘルで二人乗り…… 本来なら職務上 おまえらをとっつかまえてやるところだ」
夜志保「は? だれよ あんた 何わけの分かんないこと言ってんの」
刑事「伊藤鉄也…… というのだったら分かるだろ」
夜志保「知らねーよ」
刑事「あいつは一度補導された時 ある刑事と知り合った…… なんでもその刑事が 署に押収された麻薬を持ち出し…… それをあいつが売っていたらしいな でも一説じゃ その刑事が伊藤をおどしてたってゆーのもある もし麻薬を売らなきゃ…… おたくの彼女を事件に見せかけて暴行させてやるってね」

無言の夜志保を相手に、刑事は話し続ける。

刑事「彼はしばらく麻薬を売り歩いていたが そのうち その売り上げ金を持って逃げ出した 例の彼女と2人で逃げるつもりだったらしいが 直前に彼女にふられてしまったんだよ…… それで その夜…… 彼女だけでも守る決心をしたのか 伊藤はその刑事を呼び出し 殺そうとした だが 殺されたのは伊藤だった もちろんその刑事は やつの持ち金を取り返し その事件も仲間同士のケンカだったと報告したがね…… ただ一つ……その刑事が心配していたのは……伊藤の彼女が もしかしたら自分を知っているかもしれない……」
夜志保「なんで あたしにそんな話すんだ……!!
刑事「だから ずっと探してたんだろ? オレを……」

刑事の右手が夜志保の口を押さえる。

刑事「礼なんかいらないよ 今の話はほんの餞別がわりだからね あの世へ行く為の……」


帰宅途中の夜志保の友人の少女。

少女「あ 夜志保のカバン入れたコインロッカーの鍵 持ってきちゃった どーすっかな ま……いっか…… どーせ明日 学校いかねーし……」


一方、夜志保と刑事。

刑事の左手がナイフを手にする。

刑事「さて…… 伊藤は仲間同士のケンカということで死んでもらったが…… 君はどうするかな…… 通り魔による婦女暴行殺人なんてのはどうだ?」

夜志保の表情が消える。

刑事「なーに そういう風におとなしくしててくれりゃ すぐ……」

夜志保の頬に伸ばした刑事の右手に、夜志保が噛み付く。

刑事「!! こ…… この女……」
夜志保「てめーのせいで思い出したよ…… 何もかも…… 鉄也のことも…… どれだけ あたしがあんたを殺したかったか……ってことも

刑事の右手から滴る血、左手に握られたナイフ──


一方、奥森家。

かずいと虎弥太がビデオを見ている。
ビデオの中、殺し屋が女性にナイフを突き立て、女性が「キャァァアアア──ッ」と悲鳴を上げる。

虎弥太「キャ──ッ
かずい「うわ び……びっくりしたぁ なんて声出すんですか 虎弥太は」
虎弥太「止めて 怖い 怖い 怖い 怖い」
かずい「これ見たいと言ったのは 虎弥太じゃないですか こんなの ボクだって怖いですよ」
虎弥太「だって……勉強したかったんだもん」
かずい「な……何を勉強したかったんですか……」
虎弥太「いーのっ


どこかの公園の公衆電話ボックス。
夜志保が息を切らしつつ、診察券を片手に受話器をとる。

かずい「ハイ奥森です ……もしもし? ……もしもし? もしもし?」
夜志保「せんせ……」
かずい「ああ もしかして山下さんですか?」
夜志保「……見つけたんだ……あいつ 刺した男……」
かずい (記憶が……戻ってる……)
夜志保「今日 あたしのこと……追っかけてきた刑事いたでしょ……あいつだったんだ…… ブッ殺してやろーと思ったけどダメだった……」
かずい「どうしたんですか 山下さんっ 何が……」
夜志保「……でもね……犬みたいにかみついてやったよ……右手に……」

既に電話ボックスの床には血が溜まり、夜志保は血に染まった脇腹を片手で押さえている。

夜志保「死ねれば……幸せになれると思ってたけど…… 先生の言った通りだ…… 全然幸せじゃないね……」
かずい「山下さんっ 今どこにいるんですかっ 山下さんっ」
夜志保「公園…… うちの……近く 先生……助けて…… 死ぬの怖い……」
かずい「今行きます すぐ行きますから そこ動かないで…… いいですね?」
夜志保「先生……」
かずい「……はい?」
夜志保「あ…… ……ん……なんでもない…… 待ってる……」

電話が切れる。

夜志保「鉄也……」


一方、夜志保を追いかけていた友人の少女が、公園そばを通りかかる。

友人「おかしーな 家にも帰ってないってゆーし…… やっぱ明日にすりゃよかったかな…… ん!? 夜志保

やがて、救急車やパトカーが集まる。
集まってくる野次馬たちを、警官が制する。

警官たち「はい どいてー」

そこへ、かずいが駆けつける。

かずい「すいません 通して下さい」
警官たち「あっ…… ちょっと君……」

かずいが遺体を覆った布を剥がす。

警官たち「おいっ」「君……何を……!!」

それは紛れもなく、既に事切れた夜志保だった。

警官「ちょっと君 勝手なことしてもらっちゃ困るんだ ほら ここは立ち入り禁止だっ 出た出た」

一方ではテレビ局のレポーターが、通行人にインタビューしている。

レポーター「それでは 先ほど判明した電話ボックスの血文字については?」
通行人「そぉね…… 犯人とかの特徴ならともかく……」

かずいが、近くにいた中年女性に問う。

かずい「すいません 血文字って……」
女性「ん ああ……くだらないことよ 電話ボックスの下の方に何か書いた後 ゴシゴシこすって消してあったから 警察が調べたら“あいしてる”って書いてあったんですって まったく最近の子はドラマとか見すぎよね…… あ……どこ行くの!?」

かずいが電話ボックスのもとへ。
血文字の跡であろう、ガラスが鮮血に染まっている。

(夜志保『あいつは あたしに一番似合ってた』)

(鉄也『夜志保 オレ おまえだけは幸せでいてほしいんだ』)

(夜志保『どうしてもあいつ殺したやつ見つけてブッ殺すんだ 後はあたしが幸せになる あいつの口ぐせだったから あたしに幸せでいてほしいって……』)


かずいが帰宅する。

虎弥太「おかえり かずい どうだった? あの人に会えた?」

かずい「こんなつもりではありませんでした…… 彼女の気持ちを思えばこそ…… ボクは彼女の記憶を完全に消せなかったんです…… 今はつらい思い出しかなくても いつか強くなれた時に…… 自分には大切な人がいたんだと思えるはずだから……と……」

かずいがピアスを外し、黒い手袋を手にする。

かずい「しかし 私が壊した記憶はそう簡単に戻ることはない…… 彼女はつらいだけの記憶を無理矢理思い出させられたのです」


夜の路地裏を、あの刑事が歩いている。
夜志保が噛み付いた右手には、包帯が巻かれている。

刑事「さみー…… くそ……あの女のせいで遅くなっちまった 手はいてーし……ったくとんでもねー一日だった……」

行く先に、かずいが待ち構えている。

刑事「な……なんだ……おどかさないで下さいよ…… え……と……あ 昼間の時の……お医者さんでしたね こんな時間にこんな所でどうしたんです? だれかと待ち合わせですか?」
かずい「その……手 どうしました」
刑事「あ これですか? いやぁ 犬にかまれましてね手ね どうも犬とは相性がよくないんですよ それじゃ 私は急ぎますんで これで……」

かずい「その犬…… 山下夜志保という名じゃなかったですか」

立ち去ろうとした刑事の足が止まる。

かずい「私は待ち合わせなどではなく あなたを待っていたんです 彼女の記憶がもどってしまう程 残酷な殺し方をしたあなたをね」

去りかけた刑事が、逆にかずいに詰め寄る。

刑事「いくらほしいんだ? 口止め料がほしいんだろ? 私はこう見えても用心深くてね 出来るだけ穏便に片づけることにしてるんだ だからその為の出費や努力はおしまない こんな風に……」

刑事がポケットに入れようとした手を、かずいの右手が取り押さえる。
ナイフが床に転がる。
そして、かずいの左手が刑事の頭をつかむ。

かずい「おまえは いつか 法によって裁かれるだろう しかし そんなものでは彼女の悲しみや苦しみは癒やされない」
刑事「おいっ はなせ……何をするんだっ ま……待て 金ならやる いくらでも……

かずいの手が光を放つ──


かずい「もう この力で…… Mind Assassinとして……二度と殺しはしたくなかった」


かずいが去ってしばらく後、その刑事の元に同僚たちとおぼしき刑事たちが集まってくる。

「死んでいるのか?」
「いえ……心臓だけがかろうじて動いているという状態ですね」
「こいつは持病もないし 他殺じゃないのか?」
「他殺って…… 普通の人間がこんなこと出来るはずないじゃないですか」

その刑事は既に精神が完全に破壊され、廃人と化していた……


ある日。

かずいと虎弥太が町中を歩く。虎弥太の手には花束。


虎弥太「ねー かずい ぼく この前の映画 全部見たよ でも やっぱり勉強になんなかった ぼくも殺し屋を勉強すれば かずいと同じ気持ちになれるから かずいが寂しくないと思ったんだけどな」

キョトンと、かずいが虎弥太を見返す。

虎弥太「今度はお医者さんのにしとくね」

かずいが微笑む。
虎弥太が電柱のもとに花束を置く。既に、別の誰かが置いた花が瓶に生けられている。

虎弥太「ここでいい?」
かずい「そうですね」
虎弥太「あ こっちの人のお花 お水ないや 入れてきてあげよっと」

傍らでスクーターのエンジン音、ブレーキ音。
かずいが振り向くと、あの夜志保の友人の少女がスクーターに跨ったまま、かずいを見上げている。

少女「奥森センセでしょ 背やたらでかいって聞いてたから すぐわかった」
かずい「え……ど……どちら様で……」

しばし、少女がかずいを眺める。

少女「ふ──ん…… なるほどね…… 夜志保からの伝言……っても 死ぬ間際だったから遺言か……」

彼女がポケットに手を入れ、何かをかずいに手渡す。

少女「“先生なら似合うよ”って言って渡すようたのまれた」

掌の中に渡された物を見つめるかずい。

少女「あの子は最後まで素直じゃなかったけどね 要するにありがとってことだよ」


少女が去る。


虎弥太「ねー 何もらったの? 見せて」

夜志保からのプレゼントを、かずいが自分の両耳にあてがい、微笑んでみせる。それは花柄のピアス。

かずい「似合いますか?」

虎弥太「似合うーっ 全然 男に見えなかった」
かずい「……複雑ですね」



(続く)
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