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め ぞ ん 一 刻

TV 第1話
「お待たせしました!私が音無響子です!!」



冷たい雨のそぼ降る、時計坂という町に
オンボロアパート『一刻館(いっこくかん)』は、建っていた。

― ボクの名は 五代 裕作。
大事な模擬試験を目前に控え、
昨夜から徹夜を続けている大学浪人というわけで…
こんな静かな雨の夜は、それはそれは勉強がはかどる…
はずなのだが…
普通、誰に聞いても、本来、そのはずなのだが… ―

「わはははは…!!」
「ほらほら五代クン、おもしろうございますよ〜!」
一刻館の五号室、五代の部屋、
机に向かっている五代の後ろで、飲めや歌えの大騒ぎをしているのは、
サラリーマン風の男と、肉襦袢を着ているように太ったオバチャンと、
あぐらをかいた若いオネーチャンの3人。
「おいコラ浪人、あんたも入んなよ〜、ネったら、ネったら、ネェ〜」
オネーチャンに服を引っぱられ、五代はブチッ!
握っていた鉛筆を、指に挟んだまま…バキッ!!

時計坂の町は、いつもの朝を迎えていた。
ゴミバケツをあさる犬、新聞配達、朝の挨拶、始発電車…
しらじらと明け始めた空。
冷たく澄んだ空気が、町を包んでいる。

その頃、五代は、
机の上に、折れた鉛筆を山積みにして、
まだ続いている3人のドンチャン騒ぎにプルプル…
「いいかげんにしてくれ〜っ!!」
その大声に、近所の家の窓が、何事かといっせいに開いた。
それでも五代は、窓を開け放って怒鳴りまくる。
「も、もう朝じゃないか!こ、ここはボ、ボクの部屋で…
ボ、ボクは明日、大事な…大事な模擬試験なんだっ!」
必死に叫ぶ五代だったが、
「おやぁ?まだ起きてたんですか?」
ミミズみたいに畳を這ってきたサラリーマン風の男。
「あたしらに遠慮しないで、寝りゃあいいのに。」
一升瓶を抱えたオバチャン。
「こぉら浪人、ビールがないぞ!」
男の背中に座ってビール瓶を差し出すオネーチャン。
「でっ、出てってくれ〜〜っ!!!」
開けた窓を背に怒鳴った五代の後から、
なべ、釜、やかん、枕…がっ!
「静かにしろー!」
「何時だと思ってんのよ〜!」
「ガキがひきつけ起こしちまったろーが!」
「警察呼ぶわよっ!」
近所の皆さんの猛抗議に、五代は、「あ…」
「ほぅら、怒られた。」
「朝っぱらから大声出すからよ。」
「困ったもんだ…」
まったく他人事のような3人。
「さて、それじゃお開きにしようかね。」
立ち上がって部屋を出てゆくオバチャン。
相変わらず、這って出てゆく男。
最後にオネーチャンが、
大あくびをしながら出口で振り返り、一言。
「四谷さん、覗かないでよ。」
五代がひょっと横を見ると、隣の部屋との壁の穴から、
男が半身這い出して来て、
「五代クン、覗かないでくださいね。」
と言って、また引っ込んだ。
(サラリーマン風の男は、4号室に住む四谷さん。
オネーチャンは、6号室に住む六本木 朱美さん。
ついでにオバチャンは、1号室に住む一の瀬 花枝さん。
小学生の息子、賢太郎クンと一緒に住んでいる。)
嵐が過ぎ去ったような部屋の真ん中で
「なっ…なんなんだ…」
がっくりうなだれる五代。

通勤通学の時間になり、先ほどとはうって変わった顔を見せ始めた町。
車は大渋滞。
歩道橋を渡る幼稚園児たちが、立ち止まって下の車道を指差した。
「なんだ、あの犬?」
「だっせ〜!」
「不細工ぅ!」
「あははははは…!」
見ると、トラックの荷台の幌の上に、真っ白な大きな犬が乗っかってて
「わお〜ん…」
とか、のんきに言ってる…。

時計坂商店街に、その犬を乗せたトラックはやって来た。
「え?一刻館へ?あんたが行くの?」
道を尋ねられたある店の主人はびっくり!
「…はい。」
一刻館の場所を尋ねたのは、
引越しトラックの左端に乗った、一人の女だった。
「う〜ん…。お〜い、みつおちゃん!てるひこちゃん!たけしちゃん!
来てごらんよ!!」
呼んだのもいい歳をした店主だが、出てきたのもみんないい歳。
きっと幼い頃から店を継ぐことを義務付けられて育った仲間なのだろう。
「どうしたの?としぞうちゃん?」
「いやね、この人が一刻館に住むんだってさ!」
「え〜〜っ!!」
みつおちゃんはじめ、みんなびっくり!
しばらく間…、そして口をそろえて
『かわいそーに…』
「だろ?」
「やめた方がいいよ、あんなオンボロアパート。」
「まだ若いんだしさ。」
「なんなら、アタシが他のアパート世話してあげようか?」
口々に止めにかかるとしぞうちゃんたち。
しかしその女は、トラックの窓からちょっと困った顔を出して…
「あ、あのう…私、どうしても一刻館に行かなければならないんです。」
決意は固いようだった。
『かわいそーに…』
顔を見合わせてその女の行く末を心配するとしぞうちゃんたち。
トラックの幌の上では、さっきの犬が大あくび。

「まぁ、待ちたまえ!まぁ、まぁ!」
「離してくださいっ!!」
四谷とスポーツバッグを引っ張り合う五代。
「出て行く!!出て行くんだっ!!」
バッグをもぎ取って階段を降りようとした五代の足を、
四谷が両手でつかんだ。
「ぅわ〜〜〜ぁ!!」
階段を転げ落ちる五代と四谷。
それでも四谷は、五代の足を離さなかった…。
「離してくれ!こんな所にいたら、ボクの一生はめちゃくちゃだっ!」
「まぁまぁまぁまぁ…」
抱きついて離れない四谷。
その騒ぎを聞いて、1号室から出てきた一の瀬。
「うるさいわね、何騒いでんのよ…あぁ??」
頭をぼりぼり…。
「いやあ…五代クンが出て行くと言うので…」
「またぁ?今月これで3度目じゃない。どうせまた、
模擬試験を受ける自信がないとかなんとかゴネてんでしょ。」
一の瀬は、呆れた様子でタバコに火をつけた。
「環境が悪いんですよっ、徹底的に!」
「自分の頭が悪いのを、環境のせいにしている…」
冷ややかに五代を指差す四谷。
「頭は悪くないっ!運が悪いだけです!!」
一の瀬は、煙をふぅ〜…
「空しい会話だわ…」
そこへ…
「…るさいなあ〜、ったく眠れないじゃないの。」
階段を降りて来たのは、すけすけベビードール姿の朱美!
「うわぁ〜!!こ、こ、これで環境がいいって言えるんですかっ!
朱美さん!そんなカッコで恥ずかしくないんでかっ!!」
慌てふためく五代。
「んなの、いつものことじゃないのよ…」
冷静な、オバチャン一の瀬。
「そうよね〜、みんなでかまうからつけ上がんのよ、
相手にしてもらおうと思ってさ。ねぇ、五代クン?」
朱美の胸から視線をそらし、
「ちゃうわいっ!」
と、ふくれる五代。

一刻館の玄関に向かって歩いてくる人物が一人。

「止めないでくださいよ、ボクは出て行くんだから…
管理人さんに、そう言ってくるんだから!」
バッグを持って五代が玄関を出ようとした時、
外から一人の女が入ってきた。
さっきの、トラックに乗っていたあの女だ。
ピンク色のワンピースの似合う、
めっちゃカワイイ若い女だ!!♪
片足を上げたままカタまる五代…。
「あのう…(ニコッ!)こちら一刻館ですね?」
無言でそばへ寄ってくる一の瀬、四谷、朱美。
じぃ〜〜〜っ…
「あのう…こちら、一刻館では…」
ドサッ!自分の足の上に、バッグを落とす五代。
「一刻館だけど…」 と、朱美。
「何か?」 と、一の瀬。
するとその女は、フッと胸をなで下ろして言った。
「わたくし、今日からこのアパートの管理人になりました、
音無 響子と申します。」
「管理人??あんたが??」
驚いた様子の一の瀬。
「…はい。」
あまり目立たないが、後の方で足を押さえて
無言で痛がっている五代…。
「前の管理人のおじいさん、どうしたのよ?」
「それが…

〜 響子の回想 〜
雨の夜、音無家を訪れたおじいさん。
荷車に乗せられた荷物が雨に打たれている。
おじいさんは目深に帽子をかぶって、一言
『つかれた…』
そして、荷車を引いて去ってゆくおじいさん。

…と、たった一言残して、田舎へ帰られました。」
「五代クン…」 チラッと横目で五代を見る四谷。
「は?」
「君、管理人さんにお話があるんじゃなかったっけ…?」
「出て行くんなら、早めに断っといた方がいいよ。」
一の瀬も、なにげに付け加える。
「早めにね。」
すると五代は…
「誰が出て行くと言いました?」
「だって、今さっき…」
そう言いかけた朱美の前を通り、響子の正面に出る五代。
「あははは…、ここの人たちは、冗談が好きなんですよ。」
「伺ってます。」
「あはは…」
「それでは、これから管理人室へ
荷物を運び込ませていただきますので、どうぞ、よろしく…。」
五代たちに軽く会釈をして出て行く響子。
それを土下座して見送る五代と四谷。
「はっ、こちらこそ、どうぞよろしく。」
「何よ、土下座するこたぁないでしょ!
…あれ、アタシより若いんじゃない?」
腕組みして、ちょっと納得のいかない様子の朱美。
「務まんのかね、あの若さで…」
四谷も含め、とても怪訝そうな3人をよそに、
五代はずっと正座したまま。
「…音無響子さんか…いいなぁ…あれ。」
ぽや〜っと、響子の出て行ったあとの扉を見ている。

響子は、外へ出ると、大きくフウッと息を吐き、
空を眺めて伸びをひとつ。
「う〜〜〜ん!…よし、頑張ろうっ!」
小走りする響子のピンク色のワンピースのすそが、
軽やかにリズムを刻んで揺れた。


ワンピースからGパンに着替え、
ヒヨコのアップリケのついた黄色いエプロンをつけ、
忙しく荷物を運んでいる響子。
きらん!汗がまぶしいっ!!
その様子を、2階の窓から笑顔で見ている五代。
玄関の横には犬小屋が置かれ、そこには、
あのデカい白い犬がおとなしく座っている。
運送屋さんが、最後の荷物を運び込んだ時、
響子が五代に気がついた。
「…あら。」
「あ、ど、どうも…何かお手伝いしましょうか?」
「(ニコッ!)いいえ、それより、お勉強なさってください。」
「…は……」
五代、ちょっとショック。
「来年こそは合格するように、頑張ってくださいね!浪人さんっ!」
悪気はないのだろうが…五代は背を向けてちょっとイジイジ。
「はぁ〜…」
ため息をついて、自分の部屋に戻る五代。
中は、昨夜の酒盛りの残骸他、散らかり放題。
机の前に座り、五代は天井を仰いだ。
「『来年こそは、合格するように頑張ってくださいね、浪人さん』…」
さっきの響子のセリフを真似て、どっぷり落ち込む…。が、
「んなんことしてる場合じゃないっ!
明日は大事な模擬試験じゃないか!が、その前に…」
五代は、4号室との壁に開いている、大きな穴をにらんだ。
「この穴をふさがんことには落ち着かん。」

「たっだいま〜っ!!」
賢太郎(一の瀬の息子)が、走って学校から帰ってきた。
玄関に飛び込む手前、左側に犬小屋を発見!
急ブレーキをかけて、そっと中を覗き込むと…
「わぉん!」
デッかい白い犬が出てきて、賢太郎の顔をベロベロ…。
「なっ、何だよ、コイツ?」
「仲良くしてくださいね。」
その声に振り向く賢太郎、ニッコリ笑った響子を見てしばし無言…。
「かあちゃん、かあちゃん、かあちゃ〜ん!!」
「なんだよ、もう、うるさいね。」
アパートから、一の瀬が出て来た。
「かあちゃん、この人誰?」
「新しく来た管理人さんだよ。」
響子は、賢太郎の目線に合わせるようにちょっとかがんで言った。
「こんにちは!賢太郎くんね?音無響子です。よろしくね!(ニッコリ)」
「う、うん。」
「これ、あんたの犬?」
一の瀬の問いに、
「…惣一郎さんです。」
と、微笑んで答える響子。
「惣一郎さん??…犬だよ、これ!」
「(ニッコリ)はい!」
「ふうん…ヘンな名前だな、おまえ。」
じっとみつめる賢太郎のほっぺを、またぺろぺろ舐める惣一郎。
惣一郎…この名前には、実は深〜い事情があるのだった…。

ドン、ドン、ドン、ドン…
5号室から、カナヅチの音が…。
五代が、壁の穴に板を打ち付けている。
「…これでもう入って来れまい。」
額の汗を拭う五代。
しかし、4号室からヘンな音が聞こえる。
五代が耳を近づけてみると…
どぉぉぉぉん!
四谷が、スーツを着て丸太につかまって突っ込んできた!
壁はさっきの穴より大きく破壊された…。
「ご無沙汰…!」
「な、な、な、な…なんなんだ、この人はっ!!」
五代が、畳をドンドン叩いて嘆き悲しんで(?)いると、
6号室との間にある押し入れに潜り込んで、四谷が…
「やぁ〜、カノジョまだぐっすりと寝てますよ〜♪」
と、何やら嬉しそうな声。
「…あんたなぁ!」
「ほら、五代クン!おもしろうございますよ〜♪」
隣の部屋を覗いたまま、手招きする四谷。
「まともにドア開けて入れんのか!!」
と、ここまでは、誘いに乗らず毅然と抗議していた五代だったが…
「わぁ!見える!!全部見えますっ!!」
この四谷の言葉に態度は一変!
ピョコン!と跳ねて、
「えっ?ぜ、全部ですかぁ?」
と、押し入れの四谷の隣にもぐり込む五代。
押し入れの壁にも穴があって、6号室の朱美が寝ているのが見える。
「なんだ…今朝方、廊下で見たのと同じじゃないですか…」
「こういうのは、こっそり覗くから風情があるんですよ。」
「…つまらん。」
「しーーーっ!」
押し入れから出る五代。
「とにかく、出てってください!ボクは明日、模擬試験があるんです!」
五代は再び態度を硬化させたが、
「おおっ!」
四谷の声に、手のひらを返したように
「何です??何か特別なものが見えましたか??!!」
と、また押し入れに入ろうと…。すると、
「何を言っとるんです、キミは?用事を思い出したんです。
私は覗きをしに来たのではない。」
ハイハイポーズで、オデコをくっつける五代と四谷。

響子はその頃、部屋の掃除をしていた。

「管理人さんの歓迎会ですか?」
五代が勉強しながら、横でカップめんをすする四谷と話している。
「ええ、どうせ、ここの住人は暇人ばかりですからね。」
「暇なのは、あんただけですよ…。仕事何してるんですか?
…ホントに、仕事何やってるんですか??」
五代のツッコみに、四谷は慌ててカップめんをすすり、
「教えたげません!」
と、きっぱり!
「ふんっ!」
すると四谷は、手帳を取り出し、
「すぐひがむ五代クンは、不参加、と…」
と、メモ。
「誰が不参加ですかっ!」
「複雑な人ですね、キミは。」
「ただし、途中で抜けさせてもらいます。明日は模擬試験ですから。」

「ねえ、ちょっと…」
響子の部屋に、朱美がやって来た。
「はい、ええっと…あなたは…」
「6号室の朱美…」
なんともカッタルそうな朱美。
「…何か?」
「さっそくで悪いんだけどさぁ、前の管理人じゃ話にならなかったのよ。」
しばし、間…
「!!五代さんが覗きを!!??」
「毎日よ、毎日!たまんないわよ…」

5号室の前に立つ響子と朱美。
「こらぁ、開けろ、浪人っ!」
朱美がバンバンドアを叩いた。
「なんじゃぁ?!」
怒ってドアを開けた五代だったが、響子を見てぎくっ!
「…どうも。」
「あ、いえ、こちらこそどうも…」 頭をかく五代。
「のけのけ…」
五代を押しのけて、さっさと五代の部屋に入ってゆく朱美。
「な、なんだっ!」
「ちょっとお部屋を拝見…」
そう言って、中へ入ろうとした響子を五代は
「まっ、待ってください!待ってください!!」
と足止めし、慌てて部屋の片づけを始めた。
「浪人の分際で、何体裁作ってんのよ。」
朱美になんと言われようが、五代は、
「うるさいっ!」
と、あっちへどたばた、こっちへどたばた…。
最後の布団を押し入れにしまおうとして、
積んであった、いかがわしい雑誌の山がどさ〜っと崩れた。
カタマる五代…
そのスキに、
「管理人さん、ここよ!問題の覗き穴!!」
押し入れの中へ入って行く朱美、続いて響子。
「あ〜、入るなっ!バカっ!!」
五代、大慌て!!
「あー、これはっ!」
「わあ、やだっ!丸見えじゃない!!」
穴を覗いて驚く2人。
「違う!違うんだ!!」
「何が違うのよ?このヘンタイ浪人!!」
バコン!五代の頭を思いっきり叩く朱美。
「まぁ…」
響子はびっくり。
五代は、頭を押さえて4号室との壁を指差した。
「こっちの壁見てモノ言ってくださいよ!」
板のいっぱい打ち付けてある壁に近づく響子。
「まあ…お隣は確か、四谷さんでしたわね?」
「そうです…ひどいもんでしょう?」
「あのう…」
「はい?」
「あなた…、男も覗くんですか?」
五代、ショ〜ック!!

響子は、管理人として、さっそく壁の修理に取り掛かった。
押し入れにもぐって、釘をくわえてトントントン。
「何度も言いますけどね、ヌレギヌですよ、ヌレギヌ。」
そんな五代の言葉など聞こえていないように、
「すみません、ちょっと釘を…」
響子が、後ろに手を出した。
「はあ。」
釘を手のひらにのせてやる五代。
「私にお構いなく、お勉強なすってください。」
「しかしですね…」
そう言った時、五代はふと、目の前に響子のおしりがあることに気づいた。
おしりをじっとみつめる五代…顔がやらしい。
「明日、模擬試験があるのでしょ?」
と、尋ねてみたものの、
しばらく返事がないので、押し入れから出る響子。
「へぇっ?」 びっくりする五代。
「だから、モシ(模試)が…」
「コシ(腰)が、どうかしましたか??」
五代が、思わず響子の腰に手を伸ばしかけると、
響子はちょっと怒って言った。
「模擬試験があるんじゃないんですかっ?!」
その態度に、五代はまたびっくり!!
「キミぃ、管理人さんのおいどを見て、何を考え込んでいたんですか?」
いつの間にかそこにいたのは、四谷だった。
一升瓶を片手に、五代にのしかかる。
「だ〜っ、な、な、何言ってるんですか、あなたは!」
五代は後ずさり…。
「四谷さん、子供の前で、もうヘンな事言わないでよ!」
賢太郎を連れて、一の瀬もやって来た。
「穴ふさがった?」
一緒に来た朱美が、押し入れを覗き込む。
「どれどれ…、わぁ、ふさがったね!サンキュ〜!」
五代は、そんなことより、自分の部屋に酒やビールが、
次々運び込まれる事で、いや〜な予感がしていた…。
「ちょ、ちょっと…何するんです?これ…」
「ん??管理人さんの歓迎会ですよ。記憶力ないんですか?」
当たり前のように答える四谷。
あれよあれよという間に、ビールの栓が抜かれコップに注がれ…
気づいた時には、五代も輪の中に座っていた。
「何でこの部屋でやるんですか?!」
怒る五代。
「この部屋、一番荷物がないからねぇ。」
「他じゃ、入りきれないのよ。」
「し、しかし、ボクは明日…」
「模試でしょ?わかってるわよ。」
「途中で抜けてください、構いませんから。」
みんなの勝手な言葉に、五代はピクピク、ワナワナ…。
それに気づいた響子。
「あの、浪人さんにご迷惑では…」
すると、響子にビールを注ぎながら四谷が言った。
「構いません。結果は同じです。」
「だ〜!決め付けないでくれ〜っ!!」
怒鳴る五代は無視、四谷はコップを持って立ち上がった。
「コホン…、では、新しい管理人さんとの出会いを祝ってぇ…」
『カンパ〜イ!!』
響子はちょっとテレながら、
「どうも…」
と、ビールを一口。
鉢巻をして机に向かう五代は、
「ふんっ、勝手にせい!」
夕焼けを見ながら、半分ヤケになっている。


時計坂商店街も夕暮れに包まれ始め、
家路に向かう人や買い物客でにぎわっていた。
あの店主4人組にも、一日のうちで一番楽しみな時間が
やって来たようだ。
「うひゃ〜、終わった終わったぁ〜!」
「今日も一日、お疲れさん!と。」
「はしぞうちゃん、『茶々丸』でも行こうか?」
「ああ、いいねぇ。」
「でもさ、気になるなぁ、今朝方、一刻館に犬と一緒に越してきた…」
「ああ、あの美人の。」
4人は、しばし顔を見合わせ…
『心配だねえ…』
星の瞬き始めた空を見上げる4人。

その頃、一刻館、5号室では…
「わはははは…!!」
一の瀬が得意の扇の舞を披露していた。
(日の丸の扇子を両手に持ってただ踊るのみ)
「かあちゃん、恥ずかしいからやめてよ!」
賢太郎が必死に止めるも、全然やめる気配はない。
「では、私もひとつ…」
とっくりを口にくわえ、その上に2つとっくりを投げてのせ
バランスをとる四谷。
ふらふら歩いてきて、五代の机のノートの上を歩く…。
五代は、鉛筆をバキッ!!…しかし我慢。
響子のコップに酒を注ぐ朱美。
「さあ、飲んで飲んで、もっと飲んで!」
「あ、あのう、やっぱりご迷惑では…」
響子は、五代の様子を気にしていた。
「構わん、構わん!こうして騒いであげれば、
模試の成績が悪くても言い訳ができるでしょ?
な〜んでも、人のせいにして生きていけんのって幸せよね〜」
そう言って、チラッと五代を見る朱美。
五代は、ついにブチッ!!!!!
「ボク、もう寝る!」
押し入れに入ってゆく五代。
「あ、浪人さん!」
みんなが大笑いする中、一人五代を心配する響子。
「浪人さん!」
すると五代は、響子の方を向き直り
「浪人浪人、言わんでください…」
そして、押し入れに入り、ふすまをピシャ!と閉めた。
ぼう然とする響子…。
「出た〜、天の岩戸〜!!」
みんな、また大笑い。
「おお、ついに出ましたか?」
ゲラゲラゲラ…
「傷ついてます…完璧に傷ついてますよ、五代さん…」
みんなの顔を見る響子の目は真剣だ。
四谷は、響子の顔に自分の顔を近づけ
「では、傷ついた五代クンの心を慰めるべく…
歌を歌いましょ〜う!
♪落ちて行きましょ、奈落の底へ〜…♪」
立ち上がって歌を歌いだした。
その歌に合わせて踊る一の瀬。
「出てらっしゃい!おもしろいわよ〜!」
はやし立てる朱美。
賢太郎は、食べ通し。
誰も真剣に五代のことをかんがえている様子はない。
「みなさん、悪ふざけもほどほどに!!」
怒る響子。
「おや?今日はなかなかしぶといですな…」
「いつもなら、すぐ出て来んだけどね。」
「傷ついているんです!あれだけ言えば、誰だって傷つきます!
みなさん、言い過ぎですっ!!」
響子の言葉を、押し入れの中で枕を抱きしめて聞いている五代。
「か、管理人さん…うれしいっ!!」
思わず枕をギュッとし過ぎて、中身がボロボロ出てる。
押し入れの外には、ちょっと重たい空気が漂った。
きっと、みんな反省しているのだろう…
と、思いきや!
朱美が突然叫んだ!
「あっ!管理人さん、何するのぉ?」
「えっ?」
何もしていないから、驚く本人。
すると、四谷が続けた。
「は、はしたない!管理人さんが突然、服を脱ぎ始めた〜!」
「…へぇ?」
真っ赤になって、思わず服の上から胸を隠す響子。
「わははは…脱げ脱げ脱げ脱げ…!!」
「かあちゃん、恥ずかしいよ〜!」
ますます踊る一の瀬と、それを止める賢太郎。
「…あの、ちょっと。」
困惑する響子。
「おぉ!それも脱ぐんですか〜?」
「きゃ〜っ!管理人さんて身体キレイ!負けそう〜っ負けそうっ!」
そう言いながら、そ〜っと押し入れに近づく四谷と朱美。
響子は服を脱いでいるわけではないのに、
なんだか本当にはずかしそう…真っ赤っ赤!
「うお〜、最後の一枚まで!…いいのかな?」
「うわぁ、イヤだ〜っ!!」
と、その時、押し入れのふすまが…!
五代が、隙間からそっと顔をのぞかせたところを、
まんまと四谷と朱美に取り押さえられてしまった。
「こういう男なんです。」
「まともに同情したら、バカみるわよ。」
「っきしょう!だましたな…」
なんとも情けない格好の五代…。
響子は下を向いて、プルプル…
「タ、タフなんですね…」

一夜明けて…
玄関先の掃除をする響子。
ふと、ほうきの手を止めて、惣一郎の前にしゃがみ、
惣一郎を優しく撫ぜて、そして抱きしめる。
「惣一郎さん…昨夜は大変でした。私…なんだか、
ここの人たちと付き合う自信がなくなってきました…
惣一郎さん…」
その時、
「離せ〜!」
声の方を見ると、五代が2階の窓から身を乗り出し、
それを、朱美と四谷に押さえられているところだった。
「離せ、離せ〜!飛び降りて死んでやる〜!」
「落ち着きなさい、五代クン!」
「模擬試験に遅刻したくらいで、何よ!」
隣の窓で、オバチャン一の瀬は、五代の狂言と見切っているらしい。
「どうせ飛び降りるんなら、ビルの屋上から飛び降りんかぃ!
同情引こうと思って!」
「ちゃうわい!離せ〜っ!」
惣一郎の顔を見ながら、響子は、そのやりとりを黙って聞いている。
「死んでやる〜っ!」
窓から、ナナメ下の響子の方に半身飛び出す五代…。
ナナメ上の、五代の方を見上げる響子…。

― 冬の寒いある日
ボロアパートの一刻館に
美人の管理人さんがやってきた

響子さん…、ボクは… ―



第1話 おわり

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