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魔法少女まどか☆マギカの第1話



幕が開く。

少女「はぁ…はぁ…はぁ……」

1人の少女が、奇妙な空間の廊下を走っている。
そして、大きな部屋の中央で足を止めると、目の前の階段の上に非常口がある。

少女「…」

少女はゆっくり階段を上っていき、目の前の扉を開ける。すると…

少女「…!…!?」

異様な光景に驚く少女。目の前に広がる、廃墟と化した街。まるでこの世の終わりを思わせる。
空に浮かぶ、光の輪に包まれた巨大な怪物。その周りには、無数のビルの残骸や瓦礫が宙に浮いている。

少女「…!?」

不気味な赤い光を放つ街灯。その向こうのビルの上に、少女は人影を見る。
その人影…モノトーンの衣装を纏った黒いロングヘアの少女が空を飛び、怪物に向かっていく。
ビルの残骸が黒い髪の少女めがけて飛んできた。残骸が廃ビルにぶつかり、粉塵が巻き上がる。
しかし、彼女はそれをかわしていた。そして、すかさず怪物が放った光線の間をかいくぐり、自身の正面に飛んできた一撃を魔法の盾で防ぐ。

少女「…ひどい!!」

するとどこからともなく声が…

「仕方ないよ。彼女一人では荷が重すぎた。でも彼女も覚悟の上だ」

少女の隣に、赤く丸い瞳、猫の様な体つきに太く長い尻尾、耳から金の輪を飾ったもう1つの長い耳を垂らした白い獣がいる。

光線の衝撃で吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる黒い髪の少女。

黒い髪の少女「!!」
少女「そんな…あんまりだよ!! こんなのってないよ!!」

黒い髪の少女が、遠くに少女の姿を見つける。
一方、少女は、自分に気づいた黒い髪の少女が何かを叫んでいるのを見る。

白い獣「諦めたらそれまでだ」
少女「…」
白い獣「でも、君なら運命を変えられる…」
少女「…きゃあぁぁぁっ!!」

少女は突然、街灯がショートする音に驚き、耳を塞ぐ。

白い獣「避け様の無い滅びも、嘆きも、全て君が覆せばいい。その為の力が君には備わってるんだから」

少女はゆっくりと獣に近づき…

少女「……本当なの?」

黒い髪の少女が真っ逆さまに転落していく。

少女「…わたしなんかでも、本当に何か出来るの? こんな結末を変えられるの?!」
白い獣「勿論さ。だから僕と契約して…"魔法少女"になってよ!」

少女「……!」

少女は戸惑いを振り切って、決意の表情を見せる。





少女「…!?」

闇の中で振り返る少女。気がつくとぬいぐるみを抱いたままベッドの中にいる。それまでの出来事は夢だった様だ。
そして体を起こし…

少女「……はうぅ…夢オチ?」

少女の名は鹿目かなめまどか。
市立見滝原中学校2年生。何処にでもいる様な、ごく普通の女の子。
これは、そんな彼女の不思議な運命の物語である──。

魔法少女まどか☆マギカ
第1話 夢の中で会った、ような……

鹿目家、朝。
家庭菜園でプチトマトを摘んでいる父の知久ともひさに、起きたばかりのまどかが声をかける。

まどか「おはよう、パパ」
知久「おはよう、まどか」
まどか「ママは?」
知久「タツヤが行ってる。手伝ってやって」
まどか「はーい」

急いで母・詢子じゅんこを起こしに行ったまどかを笑顔で見送る知久。
一方、詢子の寝床では、まどかの弟・タツヤ(3歳)が布団の上に乗ってポカポカ叩きながら詢子を起こしている。

タツヤ「ママー、ママー、あさー、あーさー」

しかし、一向に起きる気配を見せない。

タツヤ「おきてー、ママー、ママー」

すると、猛烈な勢いでドアを開けてまどかが入って来る。そしてカーテンを開け、布団を掴んで…

まどか「起ーきろー!!」

布団をめくるまどか。

詢子「どぅわあぁぁぁぁ!!?」

驚き、のた打ち回る詢子。起き上がって我に返ると、目の前にまどかの姿が…

詢子「…あれ?」
タツヤ「ママおきたねー」

洗面所前、並んで歯を磨いているまどかと詢子。

詢子「最近どんなよ?」
まどか「仁美ちゃんにまたラブレターが届いたよ。今月になってもう2通目」
詢子「ふん、直にコクるだけの根性もねえ男はダメだ」

まどかと詢子は2人同時にうがいをし、歯ブラシを片付ける。

詢子「和子はどう?」
まどか「先生はまだ続いてるみたい。ホームルームでのろけまくりだよ。今週で3ヶ月目だから記録更新だよね」

詢子はドライヤーで髪をとかしながら…

詢子「さあどうだか? 今が危なっかしい頃合いだよ?」

顔を洗うまどか。

まどか「そうなの?」

手探りでタオルを取ろうとするまどか。それを彼女の方へとずらして取れるようにする詢子。
そして、まどかはすぐさまタオルを手に取り顔を拭く。

詢子「本物じゃなかったら大体この辺でボロが出るモンさ」

机に並んだ化粧品。

詢子「まあ、乗り切ったら1年は保つだろうけど」
まどか「ふーん」

口紅を引き、ファンデーションを塗り、化粧箱のふたを閉じ、鏡の前で決めポーズ。

詢子「…完成!」

まどかは右手に赤の、左手に黄色のリボンを持ち、どちらにしようか迷っている。

まどか「リボンどっちかなぁ?」

赤の方を指差す詢子。

まどか「えー? 派手過ぎない?」
詢子「それ位でいいのさ。女は外見でナメられたら終わりだよ?」

まどかはツインテールの根元に赤いリボンを結びつける。そして制服を着終え、詢子に見てもらっている。

詢子「…うん、いいじゃん。これならまどかの隠れファンもメロメロだ」
まどか「いないよそんなの」
詢子「いると思っておくんだよ。それが、美人のヒ・ケ・ツ」

鞄を手に取り、その場を去る詢子。

まどか「…えへっ」

鏡を見つめ、笑顔を作るまどか。

朝食の時間。オムレツのケチャップで口周りを汚したタツヤがプチトマトにフォークを刺そうとして…

タツヤ「ぁー、あーぅ」

フォークが刺さりきらず、反動でプチトマトが皿から転げ落ちる。

タツヤ「…」
詢子「ぅあぁぁぁっ!…とー!」

詢子は、すかさず落ちたプチトマトをトーストでキャッチする。そしてプチトマトを皿に戻しながら…

詢子「セーフ !はい、残さないで食べてねー」
タツヤ「あーい!」

まどかは、そんな光景を見ながら、ただ黙々と食事をしている。

知久「コーヒー、おかわりは?」

7時44分を指す壁の時計。詢子はそれを見て…

詢子「あー、いいや」

詢子は残りのコーヒーを飲み干し、タツヤにキスをする。

タツヤ「…えへ」

そして詢子は知久にもキスし、まどかにハイタッチすると…

詢子「…ぅおっし、じゃあ行ってくる!」
まどか&タツヤ&知久「いってらっしゃい!」

手を振りながら、3人同時に挨拶する。その後、ロールパンにかぶりつくタツヤ。

知久「さあ、まどかも急がないと」
まどか「え!? わ、うん…」

知久に急かされ、慌てて朝食を進めるまどか。

まどか「いってきまーす!」
知久「いってらっしゃーい!」
タツヤ「いってらっしゃーい!」

トーストを銜えながら玄関を出て、学校へと走るまどか。
それを口に押し込み、クスッと笑う。

彼女が走っている舗道の向こうに、ビル街が見える。
公園の木々。眩しい木漏れ日。
息せき切って走るまどかを道の先で待っている2人の女の子…まどかのクラスメイト、且つ親友の志筑仁美しづきひとみ美樹みきさやか。

まどか「おーはよー!」
仁美「おはようございます」
さやか「まどか遅ーい! お、可愛いリボン」
まどか「?…そうかな? 派手過ぎない?」
仁美「とても素敵ですわ」

3人ははしゃぎながら、川沿いの道を走る。
公園に響く鳥のさえずり。人工的ながら、まるで自然の中にあるような美しい風景。

まどか「でね、ラブレターでなく直に告白できる様でなきゃダメだって」
さやか「相変わらずまどかのママはかっこいいなー。美人だしバリキャリだし」

方向転換する仁美。

仁美「そんな風にきっぱり割り切れたらいいんだけど…はぁ」
さやか「羨ましい悩みだねぇ」
まどか「…いいなぁ。わたしも1通位貰ってみたいなぁ。ラブレター」
さやか「ほぉー。まどかも仁美みたいなモテモテな美少女に変身したいと。そこでまずはリボンからイメチェンですかな?」
まどか「!? え? 違うよ。これはママが…」
さやか「さては、ママからモテる秘訣を教わったな? けしからん! そんな破廉恥な子は…こうだぁー! あははっ!」

まどかに抱きつこうとするさやか。まどかも一度はすり抜けるものの、結局背後から組み付かれ…

まどか「いやっ…ちょっ…やめて! や…め…あはははっ…」

くすぐられてしまう。

さやか「可愛い奴め。でも男子にモテようなんて許さんぞー! まどかはあたしの嫁になるのだぁー! あははっ!」
まどか「いやぁー!…やー!」

はしゃぐ2人を見つめた後、軽く咳をする仁美。

さやか「…?」

3人の背後にそびえる見滝原中学校。
始業のチャイムが鳴り渡る。

ホームルームの時間。まどかのクラスの担任・早乙女和子さおとめかずこが軽い咳の後で一言。

和子「今日は皆さんに大事なお話があります。心して聞く様に」

一歩前に出て…

和子「目玉焼きとは、固焼きですか? それとも半熟ですか? はい中沢なかざわくん!」

生徒の一人・中沢に教鞭を向ける和子。

中沢「え!? えっと…ど、どっちでもいいんじゃないかと…」
和子「その通り! どっちでもよろしい! たかが卵の焼き加減なんかで、女の魅力が決まると思ったら大間違いです!!」

力説とともに教鞭をへし折り、さらに話を続ける。

和子「女子の皆さんは、くれぐれも『半熟じゃなきゃ食べられない』とかぬかす男とは交際しない様に!!」

さやか「ダメだったか…」
まどか「ダメだったんだね…」

どうやら和子は、目玉焼きの焼き加減のことで付き合っていた男性と別れてしまったらしい。

和子「そして、男子の皆さんは絶対に卵の焼き加減にケチをつける様な大人にならない事!!」

一呼吸置いて気分転換した後…

和子「はい。後それから、今日は皆さんに転校生を紹介します」
さやか「…そっちが後回しかよ」

まどか達の背後のガラス壁の向こうを、一人の少女が通っていく。そして教室に入ってくると同時に…

和子「じゃあ暁美あけみさん、いらっしゃい」

長い黒髪をなびかせながら歩く少女。

さやか「うわ、すげえ美人」

呆然とその少女を見つめているまどか。しかし…

まどか「……!?」

突然、まどかの脳裏に浮かぶ昨晩の夢の記憶。その中で見た少女の姿は、目の前の少女と瓜二つである。

まどか「…嘘…まさか…」
和子「はい! それじゃあ自己紹介いってみよう」
黒い髪の少女「暁美ほむらです。よろしくお願いします」

和子は電子黒板に名前を書くが、忘れたのか途中で止めてしまい…

和子「…」

ほむらはその続きを書いてあげる。そして生徒達の方を向き一礼。拍手を送る生徒達。
その直後、ほむらはまどかに視線を向ける。

まどか「…!?…」

ほむらと目が合ってしまい驚くまどか。すぐさま目線をそらし、うつむいてしまう。

和子「……えっと、暁美さん?」

休み時間。廊下も、ロビーも、多数の生徒達で賑わっている。
一方、まどかのクラスでは何人かの女生徒達がほむらの周りに集まり、次々に質問をしていく。

「暁美さんって前はどこの学校だったの?」
ほむら「東京のミッション系の学校よ」
「前は部活とかやってた? 運動系? 文化系?」
ほむら「やってなかったわ」
「すごい綺麗な髪だよね。シャンプーは何使ってるの?」

そんな光景を見ながら、さやかと仁美もまどかと一緒にほむらについて話をしている。

仁美「不思議な雰囲気の人ですよね、暁美さん」
さやか「ねえまどか、あの子知り合い? 何かさっき思いっきりガン飛ばされてなかった?」
まどか「いや…えっと…」

一方、ほむらは右手で頭を押さえ…

ほむら「ごめんなさい。何だか緊張しすぎたみたいで…ちょっと気分が…保健室に行かせて貰えるかしら」
「え…あ、じゃああたしが案内してあげる」
「あたしも行く行く!」
ほむら「いえ、お構いなく。係の人にお願いしますから」

ほむらは席を立ち、そのまままどか達の方へと歩いていく。

まどか「!?」
さやか「?」

ほむら「…鹿目まどかさん、あなたがこのクラスの保険係よね?」
まどか「…?…えっと…あの…」
ほむら「連れてって貰える?…保健室」

廊下を歩くほむらとまどか。生徒の一部がほむらを見て、その容姿に驚きの声を上げている。

「超可愛い…」

まどか「……あの…その…わたしが保険係ってどうして…」

ほむらの方を見るも、すぐうつむいてしまう。

ほむら「…早乙女先生から聞いたの」
まどか「あ、そうなんだ…えっとさ、保健室は…ぁ…」
ほむら「こっちよね?」
まどか「え?…うん。そうなんだけど…いや…だから、その…もしかして、場所知ってるのかなって」

ほむらは無表情のまま。

まどか「……あ…暁美さん?」

しかし、ほむらは何かを我慢するような表情を浮かべている…

ほむら「……ほむらでいいわ」
まどか「…ほむら…ちゃん…」
ほむら「何かしら」
まどか「…ぁ…えっと…その…変わった名前だよね?」

ほむらは黙ったまま。

まどか「い、いや…だからあのね、変な意味じゃなくてね…その…か、かっこいいな、なんて」

歯を食いしばって何かを堪えるほむら。そしてその場で立ち止まってまどかの方を向く。
そこは丁度、渡り廊下の中央だった。

ほむら「鹿目まどか、あなたは自分の人生が貴いと思う? 家族や友達を大切にしてる?」
まどか「…え…えっと…わ、わたしは…大切、だよ。家族も、友達のみんなも…大好きで、とっても大事な人達だよ」
ほむら「本当に?」
まどか「本当だよ。嘘なわけないよ」
ほむら「…そう。もしそれが本当なら、今とは違う自分になろうだなんて、絶対に思わない事ね。さもなければ、全てを失う事になる」
まどか「え?」
ほむら「あなたは、"鹿目まどか"のままでいればいい。今まで通り、これからも…」

ほむらはそう言うと、振り返って渡り廊下の向こうへと歩いていく。それをただ茫然と見送るまどか。

まどか「…」

数学の授業。ほむらは黙々と電子黒板に問題の答えを書いていく。すらすらと問題を解いていく姿に、生徒達も驚きの声を上げる。
そして体育の授業、走り高跳び。流麗なフォームでバーを越え、背中からマットに落ちるほむら。
黄色い悲鳴を上げる女子達を尻目に、体育教師も茫然としている。

体育教師「け…県内記録じゃないの? これ…」

女子達が一斉にほむらに駆け寄る。それを遠くから見ているまどか・さやか・仁美。
まどかはほむらと目が合い、さやかの背後に隠れる。

まどか「…!…」
さやか「…」

授業はさらに続く。次はマラソン。その様子を草陰から見ている、まどかの夢に現れた白い獣。

見滝原町にある巨大ショッピングモール。
まどか達は、学校帰りにその中にあるファーストフード店に寄っていた。

さやか「えー!? 何それ!」
まどか「訳分かんないよね…」
さやか「文武両道で才色兼備かと思いきや、実はサイコな電波さん! くぁー!! どこまでキャラ立てすりゃあ気が済むんだあの転校生は!? 萌えか? そこが萌えなのか?!」
仁美「まどかさん、本当に暁美さんとは初対面ですの?」
まどか「んー、常識的にはそうなんだけど…」
さやか「何それ。非常識なとこで心当たりがあると?」
まどか「あのね…ゆ、夕べあの子と夢の中で会った、ような…」

さやかと仁美は2人同時にジュースを飲み、その直後さやかは大笑いし、仁美も一緒に笑う。

さやか「あははははは…すげえ。まどかまでキャラが立ち始めたよ」
まどか「酷いよー! わたし真面目に悩んでるのに…」
さやか「あー、もう決まりだ。それ前世の因果だわ。あんた達、時空を超えて巡り会った運命の仲間なんだわ」
仁美「夢って、どんな夢でしたの?」
まどか「それが、何だかよく思い出せないんだけど…とにかく変な夢だったってだけで…」
仁美「もしかしたら、本当は暁美さんと会った事があるのかも知れませんわ」
まどか「え?」
仁美「まどかさん自身は覚えていないつもりでも、深層心理には彼女の印象が残っていて、それが夢に出てきたのかもしれません」
さやか「それ出来過ぎてない? どんな偶然よ」
仁美「そうね…」

仁美が携帯電話を見ていると…

仁美「あら、もうこんな時間。ごめんなさい、お先に失礼しますわ」

席を立つ仁美。

さやか「今日はピアノ? 日本舞踊?」
仁美「お茶のお稽古ですの。もうすぐ受験だって言うのに、いつまで続けさせられるのか…」
さやか「うわー、小市民に生まれてよかったわ」
まどか「わたし達も行こっか」
さやか「まどか、帰りにCD屋寄ってもいい?」
まどか「いいよ。また上条くんの?」(注1)
さやか「…えへへ、まあね」

エスカレーターを降り、帰っていく仁美。一緒に別れの挨拶をするまどかとさやか。

仁美「ではまた」
まどか「バイバイ」
さやか「じゃあね」

一方その頃…。
ショッピングモールの非常用通路の中、白い獣が何かから逃げる様に走っている。
獣が後ろを振り返ると、紫の光線が飛んで来る。
それを何度もかわし続けるが避けきれず、ジャンプした際に光線が当たり獣は吹き飛び、床に滑り込む。

白い獣「…!」

しかし、再び立ち上がって逃げ続ける。

赤いランプを背に、降り立つ人影。
冷たい表情。黒く長い髪。
人影は獣を追って、明かりの向こうへと走っていく。

まどかとさやかはCD屋にいた。
それぞれが離れたところで試聴用のヘッドホンをつけ、音楽を聴く。
まどかが笑顔で曲を楽しんでいると…

「助けて…!」
まどか「…?」

突然脳裏に響いた、誰かも分からない声に驚くまどか。ヘッドホンを外し、怪訝な表情を浮かべる。

まどか「…?」
「助けて…まどか…!」
まどか「?…!?…!?」

耳に手を当て、声を確かめる。

「僕を…助けて…!」
まどか「…」

まどかは声の主を探す為、CD屋を後にする。そんな彼女の行動を見て不思議に思ったさやかもヘッドホンを外す。

さやか「…?」

声を追い続けるまどか。

まどか「誰? 誰なの?」
「助けて…」
まどか「……!?」

目の前には、柵で仕切られた改装中の店舗。
扉を開けて中に入り、暗闇の中を慎重に進んでいく。

まどか「…何処にいるの? あなた、誰?」

奥の窓から射す光を頼りに、ゆっくり歩いていると…

「助けて…」

まどか「!」

天井から物音がする。驚き、後ずさるまどか。すると、天井の一部が外れて何かが落ちてくる。

まどか「…きゃぁっ!」

つまづいて尻餅をつくまどか。目の前に、傷だらけになって苦しそうに息をしている白い獣がいる。

まどか「…!?」

白い獣を抱きかかえるまどか。

まどか「…あなたなの?」
白い獣「…助けて…」

鎖がゆっくりと落ちてくる。

まどか「……わぁっ!?」

轟音と鎖の落下音に驚き目の前を見ると…夢と同じ姿をしたほむらがいる。

まどか「…ほむらちゃん…?」
ほむら「そいつから離れて」
まどか「だ…だって…この子怪我してる…」

白い獣はまだ苦しそうだ。

まどか「…だ…ダメだよ! 酷い事しないで!!」

ほむらはゆっくりまどかに近づき…

ほむら「…あなたには関係ない」
まどか「だってこの子、わたしを呼んでた!! 聞こえたんだもん、『助けて』って!!」
ほむら「…そう…」
まどか「…?」

見つめ合ったままの2人。

まどか「…」

その時…
ほむらの右側から煙が噴き出す。

ほむら「!」

さやかがほむらめがけて消火器を噴きつけている。

さやか「まどか、こっち!!」
まどか「さやかちゃん!」

急いでさやかの背後に回るまどか。

さやか「…!!」

さやかは薬剤の切れた消火器を前方に投げ捨て、まどかを連れてその場から逃げ出す。

ほむら「……!」

2人が逃げたことに気づき、ほむらは魔力で煙を吹き飛ばす。
その瞬間…

ほむら「…!?」

奇妙な空間が周囲に広がっていく。

ほむら「…こんな時に…!」

一方、逃げ続けるまどかとさやかは…

さやか「…何よあいつ! 今度はコスプレで通り魔かよ!?」

まどかに目を遣りつつ走るさやか。

さやか「つか何それ? ヌイグルミじゃないよね? 生き物?」

白い獣について聞く。

まどか「分かんない…分かんないけど…この子助けなきゃ!!」

しかし、逃げ続けるうちにまどか達の周囲が奇妙な空間に変わっていく。

さやか「…あ、あれ? 非常口は? 何処よここ!!」
まどか「変だよ、ここ…どんどん道が変わっていく!」
さやか「…あー、もう! どうなってんのさ!!」
まどか「…? …! いる! 何かいる!!」

奇怪な化物の群れに囲まれてしまった。さやかはまどかに寄り添い、まどかも怖さのあまり強く目を瞑っている。

さやか「冗談だよね!? あたし、悪い夢でも見てるんだよね!? ねえ、まどか!?」

暴れ回る化物。怯え惑う2人。

まどか「…!」

天井から鎖が落ちてくる。

まどか「…」

鎖は2人の周囲で円を描き、そこから光の柱が伸びる。

さやか「…あ、あれ!?」
まどか「…これは…?」
「危なかったわね。でももう大丈夫」

背後からの声に振り返る2人。
手に宝石のような物と鎖を持ち、同じ見滝原中の制服を着た女の子が2人の方へと近づいてくる。(注2)
彼女の名はともえマミ。見滝原中の3年生。

マミ「あら、"キュゥべえ"を助けてくれたのね。ありがとう。その子は私の大切な友達なの」

キュゥべえとは、その白い獣の愛称の様である。

まどか「わたし、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が…」

マミは眠っているキュゥべえを見て…

マミ「ふーん、なるほどね…その制服、あなた達も見滝原の生徒みたいね。2年生?」
さやか「あ、あなたは?」
マミ「そうそう、自己紹介しないとね…」

その瞬間、化物が再び動き出す。

マミ「…でも、その前に…!」

マミはその場で回りながら宝石を上に放り投げ、ステップを踏み、両手でキャッチした宝石を正面にかざす。

マミ「……ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら?」

宝石からいく筋もの光の帯が伸び、そして閃光が迸る。
マミの姿が制服から、徐々に中世ヨーロッパの砲撃手を思わせる優美な姿へと変わっていく。
彼女が変身を終えると同時に爆風が起こり、それに耐えるまどかとさやか。

まどか&さやか「…!?」

2人が目を開けると、マミがオブジェの上に立っている。
化物の群れが一斉に逃げ出す。
逃がさない、とばかりにマミは勢いよくジャンプし…

マミ「はッ!」

マミが手をかざすと、豪華な装飾が施された銀色に輝くマスケット銃が無数に現れる。
そこから一斉に放たれた光弾が化物の群れを襲い、大爆発する。
着地するマミ。その姿に、ただ見とれている2人。しかし、化物は仕留め損ねた様だ。

さやか「…」
まどか「…す、凄い…」

その時…

まどか&さやか「…!?」

空間が消滅し、元の場所に戻っていく。

まどか「…」
さやか「も…戻った…」

資材の上に誰かが降り立つ。ほむらである。

マミ「"魔女"は逃げたわ。仕留めたいならすぐに追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」(注3)
ほむら「私が用があるのは…」
マミ「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」

沈黙の後…

マミ「お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいと思わない?」

黙ったままのほむら。

まどか&さやか「…」

更に続く沈黙の後、背を向けるほむら。
まどかがそれを茫然と見ていると、ほむらはそのまま飛び去っていく。

まどか&さやか「…ふぅ」

安堵の溜め息を漏らし、笑顔でマミを見つめるまどかとさやか。

3人と1匹は床に敷かれたブルーシートの上にいる。マミはキュゥべえに魔力を送っている。
しばらくして、キュゥべえが気づくと…

キュゥべえ「…?」
まどか&さやか「…」
キュゥべえ「ありがとうマミ、助かったよ」
マミ「お礼はこの子達に。私は通りかかっただけだから」
キュゥべえ「どうもありがとう。僕の名前はキュゥべえ!」
まどか「あなたが、わたしを呼んだの?」
キュゥべえ「そうだよ、鹿目まどか。それと、美樹さやか」
さやか「…? 何で、あたし達の名前を?」
キュゥべえ「僕、君達にお願いがあって来たんだ」
まどか「お…お願い?」
キュゥべえ「僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ」

キュゥべえは、笑顔でそう言った。

まどかに突然訪れた、不思議な出会い。
彼女は、そしてこの世界はどうなっていくのだろうか?
それはまだ誰も知らない──。



-脚注-

(注1)上条くん…フルネームは上条恭介かみじょうきょうすけ。まどか達のクラスメイトで、さやかが思いを寄せる幼馴染。将来を嘱望されていた天才的少年バイオリニストだったが、事故で演奏が出来なくなる程の怪我を負い、入院している。

(注2)「宝石のような物」について…この回では明かされなかったが、正式名称はソウルジェム。キュゥべえとの契約により生み出される魔法少女の象徴、且つ魔力の源であり、変身及び魔女探索に使われる。細部の形状や色は所持者により異なる。
普段は卵型で、使用しない時は指輪型に、変身時は身体の一部(この回で変身したほむらの場合は左手の甲、マミは右側頭部の髪飾りの中央。その他は設定上ではまどか・杏子は胸元、さやかは臍)に付くアクセサリに変化する。

(注3)魔女…この世に災いをもたらす異形の存在で、魔法少女の敵。常に結界(まどか達が閉じ込められた奇妙な空間。ここで死んだ者は死体も残らない)の奥に潜み、普通の人間には視認出来ない。
標的にした人間の精神を操り、自殺に追い込んだり様々な犯罪を引き起こさせる。操られた者は首に"魔女のくちづけ"という刻印が浮かぶ。故に、原因不明な自殺や殺人は高確率で魔女の仕業とされている。
又、彼等には使い魔と呼ばれる手下がおり、多くは人を食い続ける事でその親玉格と同種の魔女に成長する。

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