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今 日 か ら 王!


第1話 流されて異世界―


夏…
渋滞のタクシーの中、お腹に赤ちゃんのいる女は言った。
「あぁ…、もう、真夏に出産なんてするもんじゃないわね。
暑いし汗かくし…冷たいものは食べられないし、
メークも流れちゃって、あたしったらボロボロで不細工だし。」
すると、隣に乗っている男がこう言った。
「それは気づかなかったな…、ちゃんと美人のままですよ!
思わず車をとめちゃうくらい…」
そして、赤くなってうつむいた女の手をぎゅっと握り、
「夏を乗り切って強い子に育つから、7月生まれは祝福される…
オレの育った故郷では、『7月は有利(ユーリ)』と言うんです。」
と、微笑んだ。
男の胸に下がった青い石のペンダントが、キラリ☆
女は、うれしそうにお腹を撫でる。
(7月は…ユーリ……)


とある高校
放課後、自転車を止めて
野球部の練習を見ている渋谷 有利(しぶや ユーリ)。
けっこうイケてる…細身のかわいらしい少年だ。
「よー!渋谷!何してるんだ?」
友だちが声を掛けた。
「いや、何でも…」
「もしかして、野球部に入ろうとしてるのか?
やめとけよ!練習キツくて遊ぶ暇もないらしいぞ。
ようやく受験終わって高校生になったんだ。
もっと楽しい青春送ろうぜ!
…汗まみれでご苦労さんだよなぁ。」
「それでも、楽しかったよ……」
ポツリとつぶやくユーリ。
「あ?」
「い、いやあ、何でも…。ちょっと観てただけなんだ。」
ユーリは自転車をこぎ出した。
(ただ…観てただけ………)

(ダメだよな…未練タラタラで。
そうだよ、今まで出来なかった分も、パーッと遊んで…)
ユーリが、そんなことを考えながら帰り道を走っていると、
公園で…!
「俺たちとは、遊べねぇってか?」
「優等生君は、お勉強で忙しいって?
さーすが進学校に入学したヤツは違うねぇ。」
不良にからまれていたのは、ユーリの中学の同級生だった。
自転車を止めるユーリ。
(おいおい、あれは村田健じゃん…
ああ、アイツらも見覚えある)
「君たちとは、一緒に遊ぶほど親しくないだろう。
とにかく、僕はお金なんて持ってないんだって。」
数人の不良に囲まれてはいるが、結構毅然としている健。
ユーリはその様子を見ていたが…
(いいじゃん、サーっと通り過ぎれば、村田だってわかんないさ。
中2、中3と同じクラスでも、ほとんど口きいたことないし、
友だちってわけでも…)
その時、村田がユーリに気がついた。
目が合う2人。
次の瞬間、思わずユーリは大きな声でこう言っていた。
「オマエら、そこで何やってんの!」
「ああ?」
一斉にガラ悪く振り返る不良たち。
「もしかして、集団で違法行為とかはたらいてる?」
「渋谷…?」
意外そーな顔つきの村田。
「誰かと思えば、渋谷じゃねーか。」
「なんだ、オマエら友だちだったのか?」
「と、いうわけでも……」
成り行き上声を掛けたなんて…言えないし。
「ちょうどいいや、オマエもオレたちに寄付してくれよ。」
「…えっ?」
ユーリ、ギクッ!!
「村田もおとなしく…」
と、見る間に、村田は一目散に逃げてしまった!
(おいおい、そんなのありかよっ!!)
アッケに取られるユーリに、じりじり迫り来る不良たち。
「てめーのせいで、獲物が逃げ出したじゃねーか。」
「どーしてくれるんだ?」
「どーすんだよっ!!」
公園のトイレの壁に押し付けられるユーリ。
「え!何とか言えよ、渋谷ユーリ!」
「んじゃ、原宿は不利なのかよ…?」
不良のイケてないギャグじみた問い掛けに、ユーリはムスッ。
「ああ、そのセリフは、生まれてから推定5万回は聞いた。
文句は、名前つけたオフクロに言ってくれ。」


<・・・白いフリフリエプロン姿のユーリママ、ニッコリ登場・・・>

『だって〜、チョーかっこいいフェンシング選手が、
あまりにもさわやかにニコ〜ッと笑ってくれたから、
ママ、思わずつけちゃったのよ〜っ♪
だから、ゆーちゃんがいつもブツブツ言ってるみたいに、
パパが銀行やさんだから利子とか利息のことばっかり考えて
つけた名前…じゃないのよ!決して。
ねぇ、ゆーちゃん!7月生まれだからユーリ!
ほぉら!かわいいでしょ?♪
ママの愛を感じるでしょ?♪♪』


「おいっ、ちょっと待て!こっち『ご婦人用』ってマークついてたぞ!」
女性用トイレの個室に連れ込まれるユーリ。
「まっ、個室が多い方がいいじゃん。プライバシー重視でさ。」
そして、洋式便器の前で羽交い絞め!
「お、おい!まさかオマエら…!!」
「今後の参考のために教えといてやるけど…」
「俺たちの邪魔をすると、どういう目にあうか。」
不良は、ユーリの頭を便器の中へ…!!
「う、う、うわぁ〜!!やめろ〜っ!!!!!」

ジャ〜〜〜〜…!!

「うわーーーーーーーーっ!!」
なぜか激流の中を流されていくユーリ。
そ、そんなバカな…??
(う、うそだろ?何でトイレの中にブラックホール?
…それとも、最近のトイレって強力掃除機並みの吸い込み力がウリなのか?
もしかして…史上初?
オレって、史上初『水洗トイレに流されたオトコ』??)


気づくとユーリは、青空の下、大の字に寝そべっていた。
やわらかな風…、小鳥のさえずり…、高く青く澄んだ空に真っ白な雲…。
(…ええっと、オレ、どうしたんだっけ…??
あ、そうそう、水洗トイレに流されちゃったんだよ、ハッハッハ…って、
そんなわけないじゃん……、ここ…どこ??)
よく状況の把握できないユーリ…
上半身を起こして一言。
「アルプス?」
遠くにそびえる山々…、のどかな草原…
そんな言葉がユーリの口をついて出るのも納得できる景色だ。
…と、学ランの袖から水が滴っている。
「あ、気持ち悪い…。」
(やっぱりトイレに流されたのか?オレ…。
んで、下水道はアルプスにつながってるのか?
…そ、そんなわけは。)
その時、カゴを抱えた女の人がやってくるのが見えた。
飛び起きて駆け寄るユーリ。
「あ、すいませ〜ん!あのう、ここ、どこでしょう?」
女の人が、驚いて落としたカゴから、見たことがない果物らしきものが
道に散らばった。
「えっ?」
「…あ…あ……」
ユーリを見て、怯えだす女。
白い三角巾でブロンドの髪を覆い、
なるほど『アルプスの少女』みたいな真っ白なエプロンをしている。
ユーリは、場の空気を和まそうと…
「め、珍しい果物ですね?りんご…にしちゃあヘンな色だし…
もしかして輸入品?
それになんだか、その格好も変わってるし…」
「¢а※к$!!!」
女が、わけのわからない言葉を叫んだ。
「に、日本語通じない?えとっ…オレ、怪しい者じゃなくて…」
「£#Яーーーー!!」
何か叫びながら逃げてゆく女。
「あ!ちょっと待って!!あのう…!!」
そこへ駆けつけてきた5人の男たち。
みんな『中世の農民』的な格好で、でっかいフォークみたな…
草などを集めるとき使う道具を手に手に持っている。
そして、助けを求めるように駆け寄った女が興奮気味にする説明を聞いて、
その男たちの顔は、ユーリに対して友好的とはいえない顔つきになってゆく。
「ぜ、全員コスプレ??え、えとっ……あ、そうだ!
ここ、テーマパークでしょ?それでみなさんがエキストラ…そうでしょう?」
そう言ってにっこり笑ったユーリに、石を投げつける男たち。
「うわ〜、やめて!やめてっ!!もしかして、入園料払ってないから?
お、お金ないから後で…!
電話貸してくれたら、家族に連絡して今日中には必ずっ…!」
そこへ…
ヒヒヒヒィ〜ン!!
戦士風の男が、馬を飛ばして現れ、
例のわけのわからない言葉で男たちを制している様子で、
男たちは、すぐに石を投げるのをやめた。
そして、ゆっくりユーリに近づいてくるその男に、
ホッとしてニッコリ笑うユーリ。
「あ〜…助かった。責任者の方ですか?
みんなを止めてくれて、マジありがとうございました!」
「кб$£¢дЯа※ж」
男はそう(?)言って馬を降りると、ユーリの頭の耳の辺りを両手でガッと押さえ、
「い、いててっ、オレの頭はアメフトのボールじゃない…!!!」
と、言ってるそばから、頭の両側からものすごい圧力をかけ始めた。
「あ〜〜〜〜!!!!!!!」
しばらくして男が手を放すと、ユーリは崩れるように地面に座り込んでしまった。
「…い、いきなり何を………」
すると…?
「なんてことだ!こんなところに現れるなんて…」
「さあ、さっさと始末して…」
なぜか、先ほどまでとはちがって日本語が飛び交っているではないか。
「あれ?」
「どうだ?言葉がわかるようになったか?」
大きな戦士風のその男は、真上からユーリを見下ろした。
「ああ、やっぱり外国人の口から流暢な日本語が出てくると、
違和感あるなぁ…。
あはっ、言葉が通じるに越したことはないです。
それでですねぇ、オレは、知らない間にここに来てて…
ええっと…、スミマセ〜ン、ココ、ド〜コデ〜スカァ?」
へんてこな日本語で話し出すユーリ。
すると男は、鼻で笑ったようにこう言った。
「なんだ、せっかく見た目はいいと思ったのに、
今度の魔王は、ただのバカか。」
「バカっ?初対面の傷つきやすい少年に向かって、
バカとはなんだ!バカとはっ!!」
ユーリが思わず怒って立ち上がると、
石を投げた男たちが怯えだした。
「ま、魔族がまた立ち上がった!」
「子供を、家の中へ!」
「…もうダメだ、この村も焼かれちまうんだ。
20年前のケンテナウみたいに…」
「待ちなよ、だけど相手は丸腰だ。
しかも見てみな、髪も目も黒い、総黒だ!
総黒のモノを手に入れられれば、不老不死の力を得るって言うぜ。」
女も言った。
「聞いたことあるよ。それで西の皇国では莫大な懸賞金が懸かってるって。」
それを聞いた男たちは、殺気立ってでっかいフォークを構え始める。
…なんだか、さっぱりわけのわからないユーリ。
(何言ってるんだ?あの人たち…。
でも、これって…緊急事態…?そーとーヤバい??)
「まあ、落ち着けよ、おまえら。
コイツには、まだ何も飲み込めちゃいないんだ。
今のうちに説得すれば、もしかすると…」
戦士風の男がそこまで言ったその時!!!!!
数頭の馬の蹄の音と共に、
「ユーリ!ユーリ!!」
と、ユーリの名を呼ぶ声がっ!!
見ると、軍服のようなものを身にまとった男を乗せた3頭の馬が、
こちらにすごい勢いで近づいてくる。
真ん中の馬に乗った男の首からさがった青い石のペンダントが、
激しく揺れている…。
あれ?このペンダント、どこかで見たような…??
しかも、ちょ〜イイ男!!
(も、もしかして…白馬に乗った王子様が、オレを助けに?)
なんとなくボーっとそんなことを考えながら、
ふと、ユーリが空を見ると…!!
「ガ、ガッ、ガイコツ!?」
なんと、翼を持ったガイコツがちょうど馬の上辺りの空を飛んでいる!
(ガイコツって、羽つけると飛べるの?
ピアノ線は?上から吊ってるんじゃないの??)
「住民には剣を向けるな。彼らは兵士じゃない。」
と、真ん中を走る男。
「で、ですが閣下。」
「蹴散らせ!」
それを見た戦士風の男は
「へっ、もう来たか。」
と、馬にまたがると、
近づく3頭の馬に自分の馬の鼻先をむけ、剣を抜いた。
「ユーリから離れろ!アーダルベルト!!」
その戦士風の男の名はアーダルベルトというらしく、
双方、どうやら知らない間柄ではなさそうだ。
アーダルベルトは、剣を構え、3頭の馬に向かって馬を走らせた。
「うおりゃあああああ〜!!!」
「アーダルベルト!なんのつもりで国境に近づく?」
騎乗のまま剣を交える青いペンダントの男とアーダルベルト。
剣を合わせたまま、馬を止めてにらみ合う二人。
逃げ出す住民たち。
「ウェラー卿コンラート…、腰抜けどもの中の勇者さん。」
ちょっとバカにしたように笑うアーダルベルト。
青いペンダントの男は、ウェラー卿コンラートとい名らしい。
ユーリは、案外冷静にそれを見ていた。
だって…こんなの、現実であるはずがないからだ。
「わかった、アレだ。戦国時代の合戦みたいに、『やぁやぁ、我こそは…』って
名乗り上げてからじゃないと勝負できないんだな。
ホント、このアトラクション凝ってるな〜。」
と、すっかり見物人を決め込むユーリの肩を何かがつかんで、
そのまま空へ…!!
「えっ??ウ、ウソ〜〜〜っっ!!!!!」
さっきの『空飛ぶガイコツ』が、ユーリを空へと運んでゆく。
「うまく仕込んだもんだな、骨飛族に運ばせるとは。」
ユーリを見上げて、アーダルベルトがイヤミたっぷりに言った。
「彼らは、我々に忠実だ。地縁にとらわれて自分を見失うこともない。」
「へっ、言うな、そういうキサマはどうなんだ?ウェラー卿。
あんな連中のためにその腕を使うのは惜しいとは思わないか?」
「あいにくだったな、アーダルベルト。
オレはオマエほど、愛に一途じゃないんでね。」
ウェラー卿コンラートが、そう言って微笑んだ時、
「閣下ーーーーっ!」
もう2頭の馬がこちらに向かってやって来た。
アーダルベルトは、馬の手綱を握りなおすと、
「今日のところは引いてやる。」
そして、空に浮かんだユーリを見上げ、
「待ってな!少しの辛抱だ。オレがすぐに助けてやるからな!」
と、怒鳴ると、馬を飛ばして去っていった。
空にぶら下がったユーリは、ちょっとフクザツな表情…。
「助けて…って、オレは今、
善、悪、どっちの組織に連れ去られようとしてるわけ??」
見上げると、ガイコツがカクカクカク…っとアゴを鳴らした。


馬に乗せられ、集落に連れて来られたユーリを出迎えたのは、
輝く銀色の長い髪の…、まるで芸術品のように美しい男だった。
「あぁ…、陛下!」
「陛下??陛下って…オレ?」
ユーリの目の前の家の屋根に、羽のあるガイコツが舞い降りた。
「あ、もう1匹いる!もしかして、このテーマパークのマスコット?」
ユーリを馬に乗せてきたウェラー卿コンラートは言った。
「陛下、ゆっくり降りてください。」
「う、うん。…よっこらしょっと。」
うなずいて、馬からそおっと降りるユーリ。
すると、銀色の髪の男が、ユーリの前に膝まづいた。
「ああ、陛下、ご無事で何よりです。この、フォンクライスト…
お会いできるこの日を、どんなに待ち望んでいたことか…」
「あ、あっはは…あ痛ぇっ!」
おしりを押さえるユーリ。
「陛下!どこかにお怪我でも?」
フォンクライストと名乗った男が、心配そうにユーリに手を差し伸べると、
ウェラー卿コンラートが言った。
「おしりが痛いんですよね?陛下。
乗馬が初めてだったから。」
「乗馬が初めて?最近の初等教育は、乗馬の訓練もしないのですか?
どうして眞王(しんおう)は、そのような世界に陛下を…」
「それよりギュンター、フォングランツに先を越されかけた。」
「アーダルベルトに!!??陛下、何かされませんでしたか?」
「ああ…、石投げられて囲まれそうになったけど…」
おしりをさすりさすり、ユーリは答えた。
「なんということを………、
あ、陛下!!なぜこちらの言葉をお話されているのですか?」
「やだなぁ…、みなさんの日本語はとてもお上手ですよっ!お国は?」
ユーリが、笑いながらフォンクライスト卿ギュンターに尋ねると、
ギュンターは不思議そうな顔をした。
「お国は…ここですよ。」
「日本生まれ…?」
ウェラー卿コンラートは言った。
「陛下、ここは日本じゃないんだ。」
「ああ、ほ〜らね、やっぱり日本生まれじゃない…って、はい?
日本じゃない??じゃあ、何で日本語しゃべってるの?」
「しゃべってないよ。」
「え?」
「日本どころか、あなたの生まれ育った世界でもない。」
「…どういうこと??あ…コンラート?」
初めてウェラー卿コンラートの名前をぎこちなく呼んだユーリに、
ウェラー卿コンラートは、微笑んでこう言った。
「ああ、耳が英語に慣れているなら、コンラッドの方が発音しやすいでしょう。
知人の中には、そう呼ぶ人もいます。」
「オレ…あんたとどっかで会ってるかな…?」
ユーリは、コンラッドの顔や声に、
なぜか懐かしさを覚えたような気がしたのだが…。
「いや。」
コンラッドは、それを否定した。

家に入り、暖炉でユーリの服を乾かしながら話をしている
ユーリ、ギュンター、コンラッド。
「陛下!普段から黒を身につけていらっしゃるのですね、すばらしい!!
平素から黒をまとわれるのは、王か、ごくそれに近い生まれ方のみです。
その高貴なる黒髪と黒い瞳…、
確かに我々の陛下です!」
美しい容姿で力説するギュンター。
ユーリはちょっと引き気味…。
「…って言われても、学ラン…制服なんで。
それに日本じゃ、黒髪も黒い目も珍しくないし…。
ああ!わかった!!
そういう設定なんだ!?凝ったアトラクションだよね〜。」
「あ、いえ…」
困惑するギュンターに代わり、コンラッドがきっぱり言った。
「アトラクションじゃありません。」
「そんなこと言われたって、信じられるわけないじゃん!!
オレの中では、1!テーマパークのアトラクション!
2!テレビでよくあるサプライズ企画!
3!夢落ち!
の、どれかだもん!さあ!どれか選んで!希望は3番っ!!」
怒り出したユーリをたしなめるギュンター。
「お待ちください、陛下。順を追ってご説明いたしますから…」
「オッケーっ、聞きます、聞きますぅ。」
ブスッとして、どっかり座るユーリ…、
その目の前にひざまづき、ギュンターは静かに話し始めた。
「今から18年前、陛下の御霊は、この国にお生まれになるはずでした。」
「…ほ?」
「ところが、当時の戦乱のためか、お命を狙う気配があったのか、
眞王のご判断は、陛下の御霊を異世界に送るというものでした。
そこで、陛下の気高い御霊を、『地球』と呼ばれる世界へお連れしました。
陛下はそこで、現在のご両親の間でお身体を作られ、お育ちになったのです。
しかし…、あちらで安全にお過ごしいただくはずだった陛下を、
至急お呼びしなければならない事情が…」
「わかったよ…よくわかりました!
でもさ…あんたたちの捜し人って、本当にオレなの?
オレなんか…外見も頭も平均的だし、変わった形のアザもないし…」
するとギュンターが、身を乗り出してユーリにグッと迫り、
頬を紅潮させて言った。
「いいえ!一目お姿を拝見した時からわかりました。
気高い黒い髪…澄んで曇りのない闇の瞳…、
その上、漆黒のお召し物までまとわれている…!」
「ああ…ええっと……」
「それに、お言葉が堪能だったことで、一層はっきりといたしました。
アーダルベルトのしたことは、私としては口惜しくてなりませんが、
ヤツは、恐れ多くも陛下の御霊の溝から、
封印されていた蓄積言語を引き出したのです。」
「……とにかく、こういう設定の定番だとぉ、
何かを達成すれば帰れるはずなんだ…
やってやろーじゃん!!
お姫さまでも助けたいの?それとも…ドラゴンを倒す?」
「ううっ…ドラゴン?竜ですか?とんでもない…!
人間どもの乱獲で絶滅寸前の竜は、我々が手厚く保護しているところです。」
「あ、ドラゴン、保護動物なんだ…。
それじゃあオレは、何を倒せばいいわけ?」
「人間です。」
あっさり答えるギュンター。
「に、人間??どこの…だれ?」
「わが国に敵対する、全ての人間どもを滅ぼすのです。
そのために、あなた様の…魔王陛下のお力が必要なのです!」
「…ね、今、何て言った?に、人間を滅ぼす?
それで…オレが…なんだって??」
「あなたは、我ら魔族の希望の星となる、第27代魔王陛下です。
おめでとうございます!今日からあなたは…
魔王です!!」
「ま、魔王だって〜〜!!!!!」
毛布をまとったまま、後ろへひっくり返るユーリ。
「あ、陛下!陛下〜っ!!」

その夜。
すっかり乾いた学ランを着て、ユーリは外で星を眺めていた。
いったい、何がどうなっているのか…
なぜ、こんなことになってしまったのか…。
「陛下!」
「うわぁっ!!」
突然、後ろから声を掛けられて、ユーリはドキッ!。
そこにいたのは、コンラッドだった。
「やめてくれ、陛下なんて呼ばないでくれ。」
「さぁ、中へ入りましょう。
風邪でもひかせたら、またギュンターに説教されてしまう。」
「はぁ…、魔王かぁ、なんて罠にはまっちゃったんだろ、オレは。」
「だけど、ここがあなたの世界だ。
お帰りなさい、陛下…。」
ユーリが見上げた空は、そりゃ確かに澄んではいるけれど、
いつも見ていたのと差して変わらない星が、夜空一面に輝いていた。

次の朝。
馬で移動する魔族たち。
その中には、コンラッドの背中にピッタリくっついて、
一緒に馬にまたがるユーリの姿もある。
のどかな道を、ゆっくり進んでゆく一団。
「あんたたち、魔族なんだろ?
魔法とかでパッと移動できたりしないの?」
ユーリの素朴な質問に、隣の馬に乗るギュンターは答えた。
「魔法…?ああ、魔術のことですね?
残念ですが、魔術とは、そう万能なものではないのです。
魔術が役に立つのは、ほとんどが戦闘のときです。」
「え〜……?」
がっかり…を丸出しの声を上げたユーリに、コンラッドは言った。
「オレは、魔力のかけらも持ってないですしね。
おしりの痛みは、我慢していただくしかありません。」
「あ、そう…。あ!」
ユーリの上空に、羽のあるガイコツが飛んできたのに気づいたユーリ。
「やっほ〜!コッシー!昨日は運んでくれてありがとな!!
…あ、昨日のヤツと同じなのかどうか、ちょっと区別つかないけど。」
すると、ソイツは、カクカクカクカク…っとアゴを鳴らして見せた。
その時、ユーリの馬の横に、一人の女の子が走ってきた。
「陛下〜!!」
木の入れ物に水を入れて、ユーリに持ってきたようだ。
「ああ、水!助かったぁ!のど渇いてたんだ!」
「陛下!お待ちください!!」
うれしそうなユーリに、ギュンターはちょっと怒って言った。
「はいっ!」
と、女の子の差し出した器をコンラッドが受け取り、
それを一口…、そしてユーリに渡した。
「どうぞ、陛下。」
ユーリは、器の中でキラキラ輝く水を、おいしそうに一気に飲み干した。
女の子は、とても心配そうな顔でユーリをじっと見つめていたが、
「ありがとう、おいしかったよ!」
そう言ってユーリが器を返すと、安心したのか、
うれしそうに笑って走って行った。
「陛下、我々の持参したもの以外口にされないように。
どこに不逞の輩がいるかわかりません!」
ちょっと強い口調で注意するギュンター。
「え?せっかく持ってきてくれたのに。」
気にする様子もないユーリ。
「ヘンな味はしなかったし、大丈夫だよ。」
毒見をしたコンラッドも、そう付け加えたが…
「コンラート、あなたは民に肩入れしすぎです!」
ギュンターはコンラッドにもお小言。
「国民に肩入れしないで、誰に肩入れしろっていうんだい?
でも陛下には、肩なんて言わずに、手でも胸でも、
命でも差し上げますが…?」
そう言って、やさしい眼差しをユーリに向けるコンラッド。
ユーリはちょっと苦笑い。
「あは…っ、胸とか命はいらないよ。」


いよいよ魔族の国(?)が近づいてきた。
…と、なんとユーリが一人で馬に乗っている!!
「あのう…、ホントにオレ一人で乗ってくの?」
心配そうにギュンターに尋ねるユーリ。
「ええ!国民に、陛下の雄姿をしっかりとお見せください!」
「大丈夫、おとなしい馬ですから。」
ユーリの馬を両側から守るように進むギュンターとコンラッド。
堀にかかったつり橋を渡って進むと、
そこには、絵本…というかゲームに出てくるような、
そんな、レンガ造りの壮大な街が広がっていた。
青い空には白い鳥が飛び、
あちこちから湧き上がる大声援…、紙ふぶき!
まるで、ボスを倒して凱旋してきた勇者を歓迎している…
そんな、ゲームのエンディングのよう。

ギュンター 「お帰りなさい、陛下!あなたの、そして我々の国である、
偉大なる眞王とその民たる魔族に栄あれ
ああ世界の全ては我ら魔族から始まったのだということを忘れてはならない
創主たちをも打ち倒した力と叡智と勇気を持って
魔族の繁栄は、永遠なるものなり…

ユーリ 「もしかして…国歌?」
ギュンター 「
王国』王都に、ようこそ〜!」
ユーリ 「…国名だったのか……長いよ。」
コンラッド 「略して、『
眞魔国』といいます。

馬の上で、花束を受け取りながら進むユーリ。
「ありがとう…、どうも…。」
と、城へと続く道の入り口に、兵士を従えて立っている男がいる。
口ひげを蓄えた、いかにも偉そうな男だ。
「ん?あれ、だれ?」
「フォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェル。前の魔王の兄上で、
摂政として権力を欲しいままにしてきた男です。
前魔王が…彼女が辞意を表明して、かなり慌てていました。
今度は、新しい魔王に取り入るつもりですよ。」
コンラッドがそこまで言うと、ギュンターがこう付け足した。
「もうあの男の自由にはさせません。
こればかりは、グウェンダルもヴォルフラムも同じ気持ちでしょう。」
「そう願いたいものだね…」
そんな両脇の2人を交互に見て、ユーリは尋ねた。
「あのさ、何かあったの?」
と、その時!!
蜂が、馬の耳にっ!!!!!
ヒヒヒ〜ン!
馬は、前足を高く上げて嘶いたかと思うと、
「うぎゃ〜っ!!」
叫ぶユーリを乗せ、すごい勢いで走り出した!
「手綱を引いて!!陛下!陛下!!」
追いかけるギュンターとコンラッド。
「わああああああああ!!ギエーーーーーッ!!
止まれ〜えええええ!!」
街中に響き渡るユーリの叫び声。
「陛下ーっ!陛下ーっ!!」
馬は、ユーリを乗せたまま坂をどんどん登り、
ついに頂上にある城まで一気に駆け上がって急ブレーキ!
ヒヒヒヒ〜ン!
地面に落ちて、それでなくても痛いおしりをぶったユーリ。
「いてててて…」
すると、
「落ち着け…、もう大丈夫だ。」
その暴走してきた馬の鼻先を撫ぜる一人の男が。
「へ?だ、だれ?」
そこへ、ギュンターとコンラッドも到着。
「陛下!ご無事ですか?」
ユーリに駆け寄るギュンター。
「…陛下?これが?」
長い髪を後ろで一つに束ねたその男は、
意外そうにユーリを見下ろした。
ちょっと冷たそうだが、これがまたイイ男!
「これとはなんだっ!」
怒ってユーリは、その男を改めてじーっと見て
「確かにちょっと…いや、全体的に負けてるケド…。」
だんだん声の小さくなるユーリ…。
「陛下!お怪我は?」
コンラッドが、心配そうにユーリに声を掛けたその時、
「それが新しい魔王だというのか!」
城の中から、今度はブロンドの髪の美しい少年が出てきた。
魔族にこんな表現はどうかと思うが、
まるで、ギリシア神話から抜け出たような…そんな美しさ。
グリーンの瞳のその少年は、ちょっと挑戦的な顔つきでユーリをにらんだ。
あまりの美しさに、声を失うユーリ。
(うわぁ〜…美少年……!)


―第1話 おわり―


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