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かみちゃまかりん 第1話



夕日がきれいに輝く中、少女は大きな公園の一角、一本の木の下に立っていた。
(しーちゃん バイバイ …しーちゃん…)
少女は木の根元に何かの墓の様なものを作っていた。その墓には花が供えてあった。
(神さま……ヒドイ……)


「花鈴!! なんだいこの点は!
 本当にアンタはどうしてこうダメなんだろうね……!」
35点の理科のテストを見て、女性は花鈴を怒鳴りつけた。
「死んだ妹の娘だから苦労して育ててやってるのに……
 頭悪いわ手伝いは満足にできないわ…!」
「ご ごめんなさい……おばさん…」
花鈴はおばから解放され、部屋を出るとそのままドアにもたれかかった。
花鈴はふぅ、とため息をついた。
「ニャー」
「わっ!」
花鈴の腕に猫が飛び乗った。
「ニャー」
「しーちゃん……ありがとう」
しーちゃんと呼ばれたその猫は、花鈴を慰めに来たようだった。
花鈴はしーちゃんにほお擦りをして感謝した。
「お父さんお母さんいなくたって…しーちゃんがいるもんね!」
花鈴は明るく微笑んだ。
「私……一人じゃないよ!」


(一人になっちゃった……神さま…)
花鈴は、しーちゃんの墓を見つめたまま、悲しげな顔をした。
「何してんだ?」
突然後ろから声をかけられた。花鈴が振り向くと、そこには同い年くらいの少年が立っていた。
花鈴は目に涙を溜めたまま、少年を見つめた。
「……何泣いてんだ…おまえ」
(わわわわ! すごくカッコイイ子だな… こんな子このへんにいたっけ…!
 つ――かちょっと本で見た王子さま風味…?)
「……おいっ!!」
「…は…はいっ…!!」
花鈴が見とれていると、少年が痺れを切らしてもう一度たずねてきた。
「聞いてんだよ!何やってんだ!!こんなところで!!」
「あ…あのえっと…ペットのしーちゃんの……あの…お墓を……」

「ハァ? アホかおまえ」

「!!」
少年はとんでもないことを言ってのけた。
かりんは驚き怒って、右の拳を握り振り上げた。
その薬指には大きな宝石のようなものがついた指輪がはめられていた。
ガッ
ザサァ
少年は派手に吹っ飛んだ。
「アホってなんじゃソレ もっかいいってみろ−!!」
「……」
少年は地べたにしりもちをついたまま花鈴の方を見て、キョトンとしていた。
「あんたなんかにゃわかんないかもだけど…!しーちゃんはね……」
花鈴は手をギュッと握り、怒りでふるふると震えていたが、そのうちに大粒の涙を目に浮かべた。
「しーちゃんは……!しーちゃんはっ……!私のだいじなっ…だいじな……」
花鈴はこみ上げてくるものを堪えきれなくなり、言葉を続けることが出来なかった。
両手で目を押さえた。
少年はすっと立ち上がり服をはたくと、立ち去った。
「ああ悪かったよ 邪魔したな」
「なっ」
「ったくうっせー……泣くしわめくし 女ってのはマジうぜ――よな」
花鈴の怒りのボルテージが頂点に達した。
「この男尊女卑!!ちょっとまちなさいよ―― しーちゃんはねぇ… 私の…」
小さくなる少年の後姿を見つつ、花鈴は黙り込んだ。
「……」
(そりゃ泣くよ……だって……だって私は……)


「ペットが死んじゃったんだって?」
「うん…」
「元気出しなよー また新しいペット飼えばいいじゃん」
「今度は何にするの?」
「……」
学校で、クラスメートと話す花鈴は苦笑した。
「私は犬とかいいな――」
(私は…一人になっちゃったんだもん……)
廊下を歩いていく友人を見つめつつ、花鈴はそう思った。ぶんぶんと頭を振った。
「しーちゃんが神さまが天国で見ててくれるもん! 私もこれからがんばんなきゃ!」
(しーちゃんに私は一人でもだいじょうぶだよって…!)

「テスト返しまーす」
花鈴の手元に返ってきたのは20点の社会のテストだった。
(悪っ!!)
体育の時間、マラソンでダントツのビリを獲得し、また他の授業では忘れ物をし、罰としてトイレ掃除をさせられた。
いつも通りの花鈴だった。


帰り道。
街路樹の植えてある道を通り、道路に出るための階段を上りながら、花鈴は大きなため息をついた。
「ふ―――」
(最低…私……こんなテストだったらまたおばさんに怒られちゃうよ…)
花鈴は20点の社会のテストを見ながらそう思った。
ふっと、空を見上げた。
(そしてしーちゃんは…もう私をはげましてくれないんだ……)
そう思うと、花鈴の目に涙が浮かんできた。
(お父さん……お母さん……
 ―――しーちゃん…)

――ハァ? アホかおまえ

「ギャ――――思い出しちゃったあの男尊女卑男!!
 人の気も知らないでっ! こんど会ったらただじゃ」
「うわっ」
「ぎゃ…!」
花鈴は人にぶつかってしまった。
「あ…」
ぶつかったのは、可愛い女の子、花鈴と同い年くらいに見えた。
(うわ!こりゃまたキレイな子!!)
花鈴は地べたにへたり込んだその女の子に見とれていた。
「ごめんなさい………」
先に謝ったのはその女の子の方だった。
「あっ…!こっちこそごめんなさい だいじょうぶ!?」
「あ…ガバンがっ…」
「ごめん!私ひろうね!」
慌てて花鈴は落としたカバンの中身を拾い始めた。
(うわ―――っ…かわいい小物 お化粧品までー うわわー すごいなー)
「あなた……泣いてたの?」
「あ…えっと…ハ ハイ これ荷物!」
女の子の問いをはぐらかすように、花鈴はカバンを渡した。
「ありがとう」
女の子は満面の笑みで花鈴に感謝の言葉を送った。
(ドシ――!!やっぱりかわいいなあ――くそーちょっとうらやましいぞー)
「いろいろ持ってるんだねかわいい小物とかお化粧品とか…」
女の子の笑みにポッと顔を赤らめた花鈴は慌ててそう言った。
「学校にもこんなの持ってる子いないもん すごいね!どこで買ったの?」
花鈴が尋ねると女の子はクスリと笑った。
(わわわわわ変なこといっちゃった?いっちゃった?)
花鈴は恥ずかしさでカーっとなった。
「使ってみる?」
返ってきたのは予想外の言葉だった。
「えっ
 ヒィィィィィ ワタクシはそんなつもりではーもうしわけございませぬー」
かりんは慌てて後退した。
それを見た女の子は、またクスリと笑った。
「泣いたままじゃよくないよぉ すごくかわいいのに」
「え 私が そんなことないよ!!おだてても何もでませんて――――」
「だいじょうぶ!ぜったいかわいいんだから!」
「うわわわわわっ ヒ ヒィィィィィ…」
慌てる花鈴をよそに、女の子は花鈴のメイクアップを始めた。

「うわ――すごーーい」
キレイになった花鈴を見て、女の子は嬉しそうに笑った。
「うわわわー は 恥ずかしいい!」
「そんなことないよぉぉ… え―――っとぉ…」
恥ずかしがる花鈴を見て女の子は慌てた。
「私の名まえはね 九条姫香っていうの」
「私花鈴! よろしくねー」
花鈴の顔には笑顔が戻っていた。
「姫香ちゃんっていうんだぁ」
「えへへ よろしくね」
「うん」
二人はベンチに座った。花鈴は申し訳なさそうに姫香に礼を言った。
「私…こんなことしてもらったのはじめて……
 私…お父さんもお母さんもいないから……」
「えっ…そうなの」
「うん…きのうはペットのしーちゃんも死んじゃったんだ……」
花鈴はしょんぼりしてそう言った。
「これ…」
「わ キレイな指輪… なんの石?」
花鈴は指にはめている指輪を見せた。
「え――…じつはよくわかんないんだけど」
花鈴は悲しげな目で指輪を見ながら続けた。
「私…しーちゃんも死んじゃったし持ってる物といったら
このお母さんの形見の指輪 これだけなの……」
「……そうなんだ」
姫香は心配そうに花鈴の顔を覗き込む。
「…うん」
姫香も悲しげな顔をして言った。
「私も…お父さんとお母さんいないんだ」
「えっ!」
花鈴は驚いて姫香の方を見た。
「だからいとこの家で暮らしてるの おそろいだねー」
「……」
花鈴は何も言うことが出来なかった。
(…姫香ちゃん…私と同じ…
 なのに…こんなにかわいくて…やさしくて…)
花鈴はずーんと落ち込んでしまった。
(私ってば自分だけがかわいそうみたいに…)
「どうしたの?」
「う ううん べつに…」
「あっ 和音ちゃん」

「ん?」
姫香の見た先には和音と呼ばれた少年、昨日花鈴が殴った少年が立っていた。
ピ―――ン
花鈴の表情が張り詰めた。
「花鈴ちゃん この子がいっしょに暮らしてるいとこなの 九条和音ちゃんだよぉ」
姫香は和音の隣に立ち、花鈴に少年を紹介した。
「なんだ?」
和音は状況が飲み込めないらしいが、どうでもよさそうに答えた。
「和音ちゃん この子お友だちになった花鈴ちゃんー」
姫香は、今度は花鈴を和音に紹介した。
「和音さんとおっしゃるのですか」
花鈴はへこりへこりとしながら和音に近づいた。
ぼがぁっ!
また花鈴の右の拳が和音の頬にヒットした。
「ここで会ったが百年め!!うらみ晴らさでおくべきか!!」
ふっとんだ和音を指差して花鈴は叫んだ。
姫香はふっとんだ和音の側でどうしていいのかわからずわたわたしていた。
「きのうのヤツか なんだ」
和音は立ち上がりながらそう言った。
「女のくせに乱暴者かよ どーしよーもねーな こいつ」
花鈴は頭に血が上っているようだった。
「まだきのうのこと文句あるのかよ!!女はほんとうねちっけーな!」
「女…女って…しーちゃんのことあやまってよ!バカ!
 この男尊女卑男!! 私がこの拳で成敗して……」
「…ね…二人とも知り合いなの…?」
姫香がオロオロと割って入ってきた。
「ま…和音ちゃん…まさか…!!」
姫香ははっとして和音を見やった。
「こいつが? アホか? おまえ」
和音は呆れた顔で姫香を見た。
「でもぉ――強いしかわいいしー」
「マジでわかってねーなおまえ オレたちが探してんのは」

「神さまだぞ カ・ミ・サ・マ」

「なんの話してんの? 神さま? カミサマがなんだって?」
花鈴は何の話か、さっぱり理解できないようだった。
「神さまかあー…私もしーちゃんが死んじゃってなんだか神さまなんて…」
花鈴がしみじみと話していると、和音が怒鳴りつけた。
「うるせ――! おまえゃ関係ねーんだ!話に踏みこんでくんな! アホ!! マジ無神経な女だな!」
花鈴はついにキレた。
「悪かったよ…ごめん 立ち入りすぎちゃったね……」
花鈴は怒りでふるふると震えた。
「でも いいかたってモンがあるでしょ 男尊女卑男―――――!!」
「!」
殴りかかった花鈴の右手に光る指輪を見て、和音ははっとした。
和音は花鈴の右手をかわし、つかんだ。
「!」
「……?この指輪は…?」
「はなしてよ」
「あっ」
花鈴は和音の手を振りほどいた。
「これは…!これは母さんの大切な形見!! あんたなんかにさわらせないんだから!」
「ちょっとだけだ 頼む…!!」
「いやっ…! やめてよ!! いや―――!」

カッ

指輪が光った。
花鈴は驚いて指輪を取り返した。
「何したのよ バカァ!!」
花鈴は和音に自分のカバンを投げつけ、走り去った。
「……っ!」
「花鈴ちゃん」
「……」
「花鈴ちゃん!!」
「…やべ……」
和音はばつの悪そうな顔をして花鈴の後姿を見送った。
「……………オレ……悪ィことしちまった…」

たったったった………
花鈴は走ってた。
(あいつ…私の指輪に何したのよ!
 壊れちゃったりしたら ただじゃおかないんだから)
花鈴はふとあることに気付いた。
(あれ なんだろ 早くない?走るの それに)
花鈴の胸はドキドキと高鳴っていた。
(なんだか気持ちが高ぶるような…なんだか変な感じ…なんだろ)


おはよー おはよー
朝、学校では生徒達が元気に朝の挨拶を交わしていた。
「おはよう」
そんな中、花鈴も友人に挨拶した。
今日の花梨は雰囲気が違うようだった。友人たちは驚いた。
何か大人びた…なんとも形容しがたい雰囲気だった。
「ど どうしたの花鈴ちゃん…」
「なんかきょうはいつもと違う」
「髪型とかかわってかわいいんだけど」
「そうじゃなくてこう…」
「そう? べつに何もしてないんだけど…」
(なんだろう なんだろう)
花鈴はウキウキしていた。そんな姿を友人たちは変なものを見る目で見つめていた。
(この体からみちあふれる感覚!!)

「ヒッ…!ヒィィィィィ」
花鈴は算数100点のテストを見て驚いていた。
誰のものでもない、自分のテストだった。
(すごい…すごい…すべてがみなぎってくる
 しーちゃん 神さまは私を見すててなかったよ いや…違う…)
今日の花鈴は一味違った。普段ならヘマばかりする花鈴が、今日は全てを完璧にこなした。
(私の中に神さまがいる感じっていうか!!
 でもなんでこんなに調子がいいんだろ ちょっと変だよね)
花鈴は指輪を見た。
(もしかしてこの指輪が光ってから…? ちょっとこわいな……)

(えーっと つぎは体育か また体育マラソンかなぁー やだな――こんなに晴れて……)
花鈴は窓から空を見上げた。
(大嵐とかきて中止になんないかな―― な――んて
 いくらなんでもそりゃないね 着がえよー)
花鈴がその場を離れようとすると雲がムクムクと膨らんでいった。
「おい 見ろよ外…!!」
男子生徒が外を見て叫んだ。
「えっ…」

ピカッ ズガーン

雷が鳴った。
「うえっ!!」
花鈴は驚いて悲鳴をあげた。
「すげ――嵐だ…!!」
「さっきまで晴れてたのに……」
「どうしたんだろ だれかのしわざか?」
「バカ! 嵐呼ぶなんて神さまかよそいつ!!」
「みんな――先生が話してたけど雨で午後休校かもよ」
「え――っ マジラッキー」
「ほんとうに?」
花鈴は走り出した。

(ウソ…! ただのぐうぜんだよ…!!)
花鈴は雨の中、傘もささず走っていた。
(ウソ……! 私じゃないよ!
 いくら調子がよくたってそんなことあるわけない
 なのにどうしてこんなにどきどきするの? 私はどこにいくの…?)
花鈴は自分でも分からぬ間にしーちゃんの墓に向かって走っていたのだった。
(しーちゃん!! どうして… 心の中では違うと思ってるのに どうして…)
花鈴はしーちゃんの墓の前に立った。息が上がっている。
(きのうの”あれ”から……)
花鈴は指輪をはめている右手をぎゅっと握った。
「何してんだ?」
背後から声がした。
「!?」
(またあいつ…!?)
花鈴が振り返るとそこには男が立っていた。
男は和音ではない、花鈴の見知らぬ男だった。
背は高く、メガネをかけていた。
その男は薄笑いを浮かべ、花鈴にこうつぶやいた。

「探したよ カミサマ」



かみちゃまかりん 第1話 おわり

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