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かみちゅ! 第1話「青春のいじわる」



「す…っ好きですっ!!」
夏、大きな雲の浮かぶ青い空の下、少女は顔を真っ赤にして言った。
少女から愛の告白を受けた書道少年は、机に向かい筆を持ったまま、少女をぼんやりと眺めていた。
「………」
返事が無い……。
少女がそっと目を開くと、
「!?」
少年は持っていた筆で少女の鼻の下に髭を描いた。
「え?えええ!?」
「神様にはヒゲが必要だろ?」
いやあああああああ……
少女は目の前がぐるぐると回っていくような感覚に襲われた。


「ああああ……」
寝ている少女の鼻の下を、猫の尻尾がくすぐる。
「くしゅん!」
少女はクシャミをすると、目を覚ました。
「………夢………」
少女の愛の告白劇は夢だったのだ。
「わ ヤバっ」
少女は時計を見ると、驚いて着替え始めた。
「ゆりちゃーん 学校遅れるわよー?」
「わ わかってる〜!」
スカートを履きつつ、ゆりちゃんと呼ばれた少女は返事をした。

「朝ごはんは?」
「いい! あ やっぱり牛乳だけ」
「ちゃんと一人で起きろよな」
「う〜…」
牛乳を飲んでいる少女のとなりで、すでに朝食を済ませた兄弟らしい少年が言う。
「いってきます!」
「あ! ゆりちゃん」
駆け出す少女を母親がとめた。
「お・ヒ・ゲ」
「えっ!?」
母親が自分の鼻の下を指差して言うと、少女は慌てて鼻の下に手をやった。
「牛乳の」
「〜〜〜」
鼻の下についていたのは、墨汁の髭ではなく、牛乳の髭だった。
少女は顔を赤らめ、ハンカチで口元を拭った。

「いってきまーす!」


第一話「青春のいじわる」


―――学校
「…光恵ちゃん あのね」
「んー?」
「昨日のことなんだけど…」
昼食の時間、二人の少女は向かい合い、弁当を食べながら会話をしていた。
「私 神様になっちゃった」
「………ふーん…」
光恵と呼ばれた少女は大して興味を示さなかった。
「じゃお供え パセリ」
「!? いらなーい」
「神様が好き嫌いしちゃダメでしょ?」
「…信じてないでしょ……」
「いや信じてるけど」
「……」
神様になった少女は、光恵にお供えされたパセリをフォークでさした。
「…とにかく自分がなんの神様か知っときたいんだけど…どうしたらいいかな?」
「とりあえず小テストの予習しとくとか」
「やっぱ信じてない…」
ガタガタガタ
「!?」
二人のクラスメイトの長い髪の女子生徒が、イスに座ったまま近づいてきた。
「今 神様の話をしてたわね?」
髪の長い少女は振り向きざまに神様になった少女の名前を呼んだ。
「一橋ゆりえさん!」
「……えーと三枝さん?」
「祀と呼んで! 今日から私達は心の友よ! よろしくね ゆりえ!」
祀は頬についていたご飯粒を指で取り、口に運んだ。
「は はあ…」
「私も気づいてたわ 今日のアナタはひと味違うって」
「わかったの?」
ゆりえは嬉しそうに祀を見た。
「ああ 三枝さんチ神社だしね」
祀を見て光恵が呟いた。
「宿題を忘れて立たされてた姿は昨日とは違う神々しさに満ちてたわ」
「神々しかった?私」
「堂々とはしてたけど」
「……」
ゆりえの問いかけに光恵はそっけなく応えた。
「…で三枝さん」
「祀と呼んで!」
「ま…祀…ちゃん 私なんの神様かわかる…?」
「わからないわ」
「!?」
祀はゆりえの手をとって詰め寄った。
「わからないから…調べましょ」
そんな二人の姿を、光恵は相変わらず無表情で見つめていた。


―――屋上
「たぁ〜〜…(棒読み)」
ゆりえはまるで戦隊モノのヒーローが変身するときのようなポーズをとっていた。
「…ねえ こんなことして本当にわかるの?」
「ゆりえがなんの神様か知る第一歩として まず実際に力を使ってみなきゃね」
「でもなんでポーズが要るの…?」
「力を使う時に決めポーズは必要でしょ?」
「そ…そうなの?」
「いいから続けるのよ ゆりえ!」
「うう…」
二人のやり取りを聞きつつ、光恵は柵の合間から下を見つめていた。
そこには仲むつまじそうな一組の男女のカップルの姿があった。
「たあ〜」
「考えるんじゃないの!感じるのよ!」
「とお〜」
「もっと激しく!」
「うりゃあ〜」
「そう!それでこそ心の友よ!」
「とええ〜」
光恵はため息をつき、言った。
「うるおい 欲しいなぁ…」

「疲れた…」
ゆりえはへたりこんでいた。
「うーん まだ照れが残ってるわね」
「…汗」
「ありがと…」
遠くの方を見つめながら言う祀を横目に、光恵は汗だくのゆりえにハンカチを渡した。
ヒラリ
そこに一枚の紙が舞ってきた。
…お前はもう死んでいる
書道用の半紙にはそう書かれていた。
「…!?」
「…なに?」
バササッ
屋上に上がるための階段の上からだった。
さらに半紙が舞っていた。
「……――!!」
ゆりえは半紙が舞ってきた場所に登った。
そこには書道部と書かれた板があり、一人の少年が筆で何かを書いているところだった。
(二宮君…やっぱり…)
ゆりえは梯子に乗ったまま、顔を少しだけ出し、少年を見ていた。
「ちがーう!」
突然少年が両手を上げ、半紙をばら撒いた。
そのうちの一枚がゆりえの視界を奪った。
「!? わっわわわ…!」
ぱしっ
梯子から落ちかけたゆりえの手を少年がつかんだ。
「!!」
「――悪い 俺夢中になると周りぜんぜん見えなくなるから」
(手…)
「あ ごめん 墨ついちゃったな 顔」
「!!」
少年がゆりえの顔についた墨を手でこすって落とすと、ゆりえは顔を真っ赤にした。
「だだ大丈夫です!」
「あ そう? えーと…一年生?」
「…二年です 同じクラスの…一橋…ゆりえです……」
「え そうだったの?」
ゆりえは少しショックだった様子だった。
「健ちゃーん なんで部室で書かないのー?」
祀が下方から呼びかけた。
(健ちゃん……?)
「部室取り上げられちゃった 書道部俺一人だし」
「あの…見てました?さっきの…」
「? 何を?」
「いえ…」
「あーハラへった」
「!!」
少年は、ゆりえが塞ぐ梯子を難なくゆりえを乗り越えて下りていった。
少年は教室へと戻っていった。
「やっぱ二宮君って変人」
「天才だってば!」
にやり
ゆりえと光恵の会話を聞き、祀はにやついた。
「…ラブね?」
ゆりえの顔がボッと真っ赤になった。
「中学入ってずっと…」
光恵がため息をつきながら言った。
「光恵ちゃん!」
「三枝さん二宮君と仲良いの?」
「時々書き物とか頼んでるの 健ちゃん字だけは上手いから」
「確かに字はね…」
(健ちゃん…)
ゆりえは祀をうらやましそうな顔で見た。
「ゆりえ!こんな話知ってる?」
祀はゆりえに詰め寄った。
「風雲来たりて想い吉となす 風の強い日屋上で告白すると恋は絶対実るってこの学校の伝説」
「!?」
「初耳…」
「ホント!?」
「がんばって奇跡の風を起こすのよ!ゆりえの力で!」
「うんっ」
(あんたチョロすぎ…)
乗り気な二人を離れた場所から見つつ、光恵はそう思った。
「さあ!想いを込めて呪文を唱えるのよ あの大空に向かって」
「…なんて言えばいいの?」
「神様で中学生…じゃ”かみちゅ”でいいんじゃない?」
「なんか変…」
「いいのよなんだって 大事なのは気持ちよ気持ち!」
(気持ち……)
「かぁ――」
ゆりえは目を瞑ると、祀に言われた通り呪文を唱え始めた。
「みぃ――」
そんなゆりえを、祀は期待したような顔で、光恵は相変わらずぽかんとした顔で見ていた。
「ちゅ――!!」
しーん
「…変化なし」
風は起こらなかった。
「…もう疲れたよう…」
「じゃあ続きは放課後ね」
「まだやるの?」
光恵が聞いた。
「ウチに行きましょ 道具もあるし」
キーンコーン
予鈴がなった、昼休みが終わる。
「五時間目始まるよ」
「…あ テストどうしよ…」


―――八島神社
「こここが祀ちゃんの家かぁ…」
「ここには住んでいないと思うけど…」
光恵が的確なツッコミを入れた。
「あ!」
ゆりえはおみくじを引いた。
「…小吉…”恋愛”嵐の予感…」
「神様なのに小吉…?」
「凶じゃない分いいじゃん…」
「お待たせ!」
巫女衣装を身にまとった祀が姿を現した。
「さあ始めよっか 心の友よ!」

―――ゆりえの家
「ただいま〜…」
「大丈夫?ゆりちゃん」
「う…ん 疲れたから晩ゴハンまで寝てる…」
「にゃ〜」
飼い猫のタマが寝転んだゆりえにじゃれついた。
「ごめんねタマ…今は寝かせて…」
そう言うと、ゆりえは眠り始めた。

ジリリリリリンジリリリリン
電話が鳴った。
「ゆりちゃん電話よ 光恵ちゃんから」
「…?」
ゆりえはふらふらしながら電話に出た。
「もしもし?」
『テレビ!』
ゆりえは光恵の指示通りテレビをつけた。

『徳之島沖で発生した超小型台風”ゆりえ”による影響で各地に強風波浪注意報がでており―――』

「あたしだ!」『あんただ!』
『ホントに神様になったんだ!』
「だからそう言ったじゃない!」
『じゃあの屋上の……』
「やっぱり私のせいだよね!?」
『…とにかく学校で会おう』
ゆりえは自転車で学校に向かった。
あたりはすっかり暗くなっていた。
ビュオッ
「わ!」
強風にあおられたゆりえは空に、奇妙なものを見つけた。
「!! 何…あれ!?」
「吹き飛ばされるぞ〜〜」
「台風が来るぞ〜〜」
「吹き飛ばされるぞ〜〜」
「吹き飛ばされるぞ〜〜」
「来るぞ〜〜」
形容しがたい、奇妙な生き物のようだった。
(これが…神様の力……!?)


―――学校
台風はゆりえの顔がつぶれた様な形をしていた。
(あんなのが来たら…)
「ここもひとたまりもないわね」
突然の声にゆりえは驚いて振り返った。
「…!」
祀が立っていた。
「どうしてここに…!?」
「心の友だから!」
祀は神妙そうな顔をしてゆりえを見た。
「…あなた台風を止める気ね?」
コクン
ゆりえはうなずいた。
「グッ――ド!八島神社は協力を惜しまないわ!」
「あ 光恵ちゃん!」
光恵がやって来た。

「台風の目的地はここよ!止められるのはあなたしかいないわ!」
三人は屋上に上ると、儀式を始めた。
(お願い台風さん…!消えて……!)
ゆりえはお払い串を握り、念じた。
「くっ…!」
風はますます強くなった。
風は儀式の道具一式を、吹き飛ばした。
ゆりえたちは、へたり込んでしまった。
「……絶対無理……」
「神様なのに…なんにもできないの…?」
ゆりえの目に涙が浮かんだ。
バサッ
ゆりえの手に、飛ばされた書道用半紙がぶつかった。
「!?」
「二宮君!?」
「部室がー!!」
「うそ……」
「まだいたの!?」
「二宮君…!」
「!!」
健児は飛ばされた。
「………!」
(…け……たい 二宮君…を)
「か――」
(助けたい……!!)
「み――」
ゆりえの髪が伸びていく……
「ちゅ――!!」
ゆりえは飛んできた精霊(?)に飛び乗った。
「! 二宮くん!」
健児は大きな渦の中心にいた。
「…!健児くん!!」
健児がふと目を開くと、そこには足まである髪をなびかせた少女が、自分に手を伸ばしている姿を見た。
健児は、その少女の方に手を伸ばした。
がしっ
手をつかんだ、その瞬間。
シュパッ
「ゆりえ台風が…消えていく……」
今までの強風が嘘のようにおさまった。
ゆりえと健児は、空を飛んでいた。
両手をつなぎ、地面と水平になって、ゆっくりと降下していた。
「俺……飛んでる…すげえよな…」
「う うん…」

 …風の強い日…
 …屋上で…
 …告白したら……

「好きです」
「え…?」
健児はぽかんとした。
二人は丁度、プールの上を降下している途中だった。
「おー無事だ」
屋上のフェンスごしに、祀と光恵がゆりえたちを見ていた。
ゆりえはその姿を見つけると、顔を真っ赤にした。
がくんっ
「「!」」
急に、二人の降下スピードが上がった。
「ひえぇ〜〜!?」
ドパ―――ン
「落ちた!」
「ゆりえ!」
「ぷはっ」
「ぷふぁっ」
プールに落ちたゆりえの髪は、元の長さに戻っていた。
「ゆりえ大丈夫ー?健ちゃんも――」
「冷て〜…ん?」
健児はいっしょにプールに落ちたゆりえに気が付いた。
「……???」
健児はあたりをキョロキョロと見回した。
先程の髪の長い少女が見当たらないのだ。
「あ あの…さっきの………」
「…あんた……誰?」
「え…!?」
(…神様のバカ……)


がばっ
ゆりえはふとんの中にいた。
「………………どこまで夢だろ…」
ゆりえは時計を見ると、すでに十時を二十分以上過ぎていた。
「うわっもう昼!?」

「…全部ホントだ…」
町は修復作業で大忙しな様子だった。
「ゆりえちゃん神様になったんだって?」
「え? ええっまあ…」
フェリー乗り場のおばさんだった。


―――学校
「爆睡して遅刻 神様になっても変わんないわね」
「う〜…」
「中身はいいの 肝心なのはイメージよ!」
掃除時間。
「史上初!現役女子中学生の神様!これはアタるわ!」
「アタる…?」
光恵は怪訝そうな顔をして祀を見た。
「ゴミ焼却炉に持ってくから」
健児の声が聞こえた。
ゆりえはビクリとした。
「あ……えーと いちはしさん…だっけ?」
「…ひとつばし……です」
「――ああ!」
健児はそれだけ言うと焼却炉に向かっていった。
「そんじゃ…」
「脈はあるのかな?」
光恵が言った。
「健ちゃんのニブさは尋常じゃないわよ」
ゆりえはポケットの中に入れていたハンカチを取り出し、汗を拭いた。
ふと見ると、ハンカチには昨日のおみくじが引っ付いていた。
「…いいよ とりあえず名前は覚えてくれたんだし」
「…いや覚えてなかったけど」
ゆりえはおみくじを木の枝に結びつけた。

(…ちょっとずつやっていこう)

「神様――倒れたネットなんとかできないー?」
女子生徒の声がした。
「気楽に頼るなー!神様だって大変なんだー!」
ゆりえは大げさに両腕を上げて言った。

(…それで もう一度………)



かみちゅ! 第1話 おわり

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