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GUNSLINGER GIRL(ガンスリンガー・ガール)
第1話 天体観測

 イタリアの某国際病院の中。2人の男がベンチで話し合っている。
男「ジョゼ、このままイタリア中の国立病院を回るつもりか」
 ジョゼと呼ばれた男がタバコをふかしながら、
ジョゼ「ああ…いや」
男「俺はもう決めてきたぞ。家族に見捨てられた、CFS症候群の全身マヒ患者だ」
ジョゼ「兄さん…本当に子供じゃなきゃいけないのか?」
男「「公社」の技術者はそう言っている…体の改造も、薬による洗脳もなるべく若い方がいいらしい」

 治療室の中。ジョゼと彼の兄が医師に招かれる。
医師「…ええと、社会福祉公社さんでしたっけ?国も素晴らしい組織を作りましたね。身障者支援を積極的に打ち出すとは」
男「それでマージ先生、この病院に重症の少女がいると知ってやって来たのですが」
 マージと呼ばれた医師、
医師「ええ、まさしくあなたたちの助けを必要としています。ご存じですか?先週ローマであった、一家殺害事件の生き残りですよ。彼女は家族の死体の隣で一晩中暴行を受けていました。本人は、自殺を望んでいます」

 舞台は変わりどこかの一室。ライフルを油断無く構えた人影、そして頭を撃ち抜かれた男たち。ライフルを持っていたのは年端も行かない少女だった。
 そのパートナーらしい男が携帯電話を取り、連絡する。
男「ジャンさん、カラーブリアのヒルシャーです」
 ヒルシャーと名乗った男、
ヒルシャー「五共和国派のアジトを制圧しましたが、アルバニア人の姿はありません。おそらくすでにナポリまで移送されたのでしょう。…ええ、まだ息のある人間から何か聞いてみます…」

 一方、どこかのビルの屋上。ジャンと呼ばれた男はもう一人の少女と共に屋上の看板に身を隠し、機会を窺っていた。
ジャン「ジョゼ、奴らと接触する準備をしろ。トリエラ・ヒルシャー組から連絡があった。どうやらこっちが本命らしい」

 そして先ほどのジョゼと呼ばれた男が無線で、
ジョゼ「了解」

数年前 僕と兄のジャンが転職した組織は
名を公益法人社会福祉公社と呼ぶ

ジョゼ「行こう、ヘンリエッタ」
 ヘンリエッタと呼ばれた、ヴァイオリンケースを抱えた少女、
ヘンリエッタ「はいっ」
ジョゼ「アルバニア人を確保するまで動くなよ」

表向きは 首相府主催の身障者支援事業だが
その実体は 国中から集めた障害者に 試験的に機械の体を与え
「条件付け」と呼ばれる 洗脳を施すことで
政府の為の 汚れた仕事を請け負う 特殊な諜報機関だった

 ジャンとその傍らの少女も、油断無く、
ジャン「リコ、ブラインドの影に集中しろ」
 リコと呼ばれた少女はライフルのスコープから目を離さずに、
リコ「はい」

 ビルの一室。銃を持った男たちが話し込んでいる。
男A「カラーブリアが襲われたらしい」
男B「何ですって?」
男A「何者かが、アルバニア人を追ってきている」
男B「それじゃあ、ここにも…」
男A「やって来るかもな。カラーブリアに現れたのは子供連れの男らしいが…そういえばこんな噂を聞いたことがある。最近、子供の殺し屋を使う政府組織があると…」
 ジョゼとヘンリエッタがビルの中へと入る。

 そしてドアの一室。ドアのノックの音に緊張が走る。
男A「ルーイ、何か見えるか?」
 ルーイと呼ばれた見張りの男はドアの小窓から様子を窺う。
ルーイ「ええと…背広の男と女の子です」
男A「女の子…?」
 その予想し得ない組み合わせに面食らうも、銃を背後に隠し持ちながら、
男A「開けろ」
 ドアを開けるルーイ。
ジョゼ「こんにちは」
ルーイ「何の用だ」
ジョゼ「私は、リベロ=イターリア誌の記者をしている者です」
ルーイ「記者が何の用だ?」
ジョゼ「こちらにコステロ社の、スカロ氏がいらっしゃると聞いてぜひ取材を…」
 男はルーイに「追い返せ」と合図を送る。
ルーイ「そんな奴、ここにはいない。ちゃんと住所調べたのかよ」
ジョゼ「ええと、確かにこの建物だと聞いて…」
 どうやら住所を間違えたらしい、と勘違いして脱力し、椅子に座る男。
ルーイ「おい…知らないって言ってるだろうが…」
ジョゼ「しかし…」
ルーイ「いい加減にしねえと痛い目に…」
 ルーイがジョゼのネクタイを掴むのを見て、ヘンリエッタ、いきなり歩みだし、ルーイの顔を手にしていたヴァイオリンケースで殴る!
 そして素早く、組み立てられていたマシンガンをケースから取り出す。
男C「ルーイ!!……」
 異変に気付いた男たちの仲間が銃を携帯してドアの前に来るが、ヘンリエッタが手にしたマシンガンの銃弾の雨を喰らい倒れ伏す。
 あまりの事態に煙草を付ける暇もなかった男たちのボス。
 男たちの仲間は応戦しようとするが、ヘンリエッタの的確な攻撃の前に蜂の巣にされ絶命する。
 腕を弾丸が掠ったのか血を流しているが、それでも室内に踏み込み銃弾を浴びせるヘンリエッタ。
 男たちのボスはテーブルを盾に隠れる。
男A「ホッヘ!!手榴弾!!」
ホッヘ「……!!」
 ホッヘと呼ばれた男は手榴弾のピンを引き抜こうとしたが、
ジャン「今だ、撃て」
 先ほどビルの屋上から窺っていたジャンの指示に従い、リコは的確にホッヘの頭をライフルで撃ちぬく。
 倒れたホッヘに気を取られた男たちのボスは刹那の隙が出来たが、それを逃さずもう一発の弾丸が彼の頭を的確に撃ち抜く。
 男たちが全滅したのを確かめ、ジョゼは室内に入る。
ジョゼ「やってくれたな…」
ヘンリエッタ「あ…あの…」
 ジョゼは無線機を取り出す。
ジョゼ「フェッロ、失敗した。何人か連れて応援に来てくれ」
フェッロ「わかりました」
 仲間への連絡を済ませた後、
ジョゼ「ヘンリエッタ、どうして暴れた?」
ヘンリエッタ「あの…ジョゼさんに乱暴する人は許せなくて…」
 ヘンリエッタは年頃の少女らしく羞恥心ゆえに涙ぐむ。
 その姿は、先程まで部屋の大半の男たちを射殺した少女とは同じとは思えない…
ジョゼ「さっき言った事を忘れたのかい?」
ヘンリエッタ「いえ」
ジョゼ「腕を撃たれたな…大丈夫か?」
ヘンリエッタ「平気です」
 その時、ジョゼの仲間たちが駆けつけてきた。先ほど連絡を取っていたフェッロと呼ばれる女性が、
フェッロ「ジョゼさん」
ジョゼ「フェッロ、アルバニア人を探せ。彼らの反応からすると、この建物に隠しているだろう」
フェッロ「了解です」
 フェッロは早速部下達に指示を下す。
フェッロ「アルフォンソ、アマデオ、屋上から階下へ。ジョルジョ、建物の周囲を警戒しろ」
 アルバニア人が捕縛されるのは時間の問題だろう。

 トレーラーの中で、ヘンリエッタがジョゼに話しかける。
ヘンリエッタ「ジョゼさん…」
ジョゼ「ん?傷が痛みだしたか?」
ヘンリエッタ「私は…ジョゼさんのお役に立ちたかったんです…」
 その言葉に微妙な表情を浮かべ、沈黙するジョゼ。
 やがてトレーラーはどこかの立派な建物の中に入っていく。
 ここが件の「社会福祉公社」らしい。
ジョゼ「……帰ったらすぐに、先生に傷を診てもらいなさい」

 「公社」内の治療室。腕を負傷したヘンリエッタが治療を受けている。
ジョゼ「先生、ヘンリエッタの具合はどうですか?」
医師「ライフル弾が、皮膚と人工筋を削っただけだ。腕ごと交換する必要もないだろう。これなら彼女に使う「薬」も少量で済むぞ」
ジョゼ「それは助かります」
医師「勘違いするなよ?それでも治療のたびに「薬」が必要なのに変わりはない。ここの子供たちは、ただでさえ洗脳(条件付け)に大量の「薬」を使っている。加えて修理のたびに鎮静剤として使っていれば…いずれは依存症や記憶障害を起こすだろう」
ジョゼ「そうですか…」
医師「義体はいくらでも直せるが、その分脳や生身の部分への負担は大きいからな…それで、今日はいったいどうしたんだ?命令無視して暴れたっていうじゃないか」
ジョゼ「彼女は僕の為に、作った死体を数えています…」
医師「……救われない話だ。なあジョゼ…お前がこの子を可愛がるのはわかるが、もっと条件付けを徹底すべきなんじゃないか?殺しのための義体を、普通の女の子として扱っても不幸なだけだ」

 「公社」の一室。ジョゼがジャンに叱責されている。
ジャン「ジョゼ、ヘンリエッタに条件付けを徹底すべきだ。猟犬には首輪をつける必要がある」
ジョゼ「それには反対だ、兄さん。薬の多用は寿命を縮める」
ジャン「使えなくなったら新しい患者を用意すればいい。お前は道具に愛着を持ちすぎだ」
 2人の上司が話しかけてくる。
上司「まあ待てジャン、少々問題はあるがヘンリエッタは優秀だ。簡単に使いつぶすのも惜しい。とにかく今回は無事アルバニア人の身柄は押さえたのだ。今回の件は大目に見よう」
ジャン「はい」
 ジャン、部屋から退出していく。
上司「ジョゼ、個々の義体の扱いは担当官に一任している。ヘンリエッタが最低限の投薬で使えるというなら、試してみろ。ただし、大きなミスは許されない。今回のことはきつくしかっておくのだな」
ジョゼ「はい…」

 ジョゼの回想。
公社へ連れて来たばかりのヘンリエッタは 無口な子だった
元々 連続殺人事件の被害者だったのだから無理もない
一家六人が惨殺され 彼女一人が生き残った
 車椅子に乗るヘンリエッタの姿。右腕と左足を失い、全身に巻かれた包帯が痛々しい。
国立病院で会った彼女は 身も心もぼろぼろで
僕はこの子をパートナーに選んだ
善行を積みたかったのか 同情したのか
とにかく彼女を救いたかった
 ビルの屋上にて訓練をする二人。ヘンリエッタはライフルを携えている。
ジョゼ「いいかい?仕事をするにはたくさんの事を覚えなくてはいけない。良い仕事は全て単純な作業の積み重ねだ。メモを作るから、毎日勉強するように」
公社に連れて来られた子供は 体を改造されると同時に
“条件付け”をほどこされる
彼女にとって幸いだったのは
たいてい条件付けの結果 “以前”の記憶が消されることだ
ジョゼ「狙撃は600mまでなら頭、それ以上は体の中心線を狙う…」
 無反応なヘンリエッタ。
そして僕は 彼女と対話する努力を始めた
ジョゼ「上を見てごらん」
ヘンリエッタ「え?」
 ジョゼは空を指差す。
ジョゼ「あの雲の隣、ぼんやりと光る点が見えるかい?」
ヘンリエッタ「……何ですか?」
ジョゼ「空に光る物があるとすれば何だろう?ひょっとして妖精かもしれないな」
ヘンリエッタ「飛行機ですか?」
ジョゼ「いい答えだね。昔、戦争中に飛行機と見間違えてびっくりした人もいる。だがもし今が夜だとしたら、どう考えるだろう」
 そういってライフルからスコープを外し、望遠鏡のようにしてヘンリエッタに渡す。
ヘンリエッタ「……星…?」
ジョゼ「そう、地球の内側を回る金星なんだ。ああ、太陽は見ないように…」
 ジョゼはライフルを構え、
ジョゼ「さすがにこのライフルじゃ、金星人の頭を狙うのは無理だろうな」
ヘンリエッタ「ジョゼさんて…何でも知っているんですね…」

 ヘンリエッタは治療も終わり目覚める。目にはなぜか涙が浮かんでいた。
ヘンリエッタ「……」
医師「起きたかね?」
 慌てて飛び起きるヘンリエッタ。
医師「右腕の皮膚が定着するまで、入浴は控えるように」
ヘンリエッタ「……?」
 ヘンリエッタの涙は止まらない。
医師「どうした、怖い夢でも見たのか?」
ヘンリエッタ「ええと…良く分かりません、涙が勝手に…」

 義体棟と呼ばれる寮へ続く廊下を歩くヘンリエッタに、ツインテールの少女が話しかけてくる。
少女「ヘンリエッタ、リコから聞いたぞ。大暴れしたんだって?」
ヘンリエッタ「うー…うん。ちょっとかっとなっちゃって。トリエラ、どうしよう。ジョゼさんに嫌われちゃったら…」
 トリエラと呼ばれた少女、ヘンリエッタの肩を抱き、
トリエラ「そんな事ないって」
ヘンリエッタ「でも…」
トリエラ「よし、私とクラエスの部屋で一杯やろう!」
ヘンリエッタ「いっぱい?」
トリエラ「紅茶とケーキには、幸せの魔法がかかっているの」

 義体棟・トリエラとクラエスの部屋。
 眼鏡の少女が寝転がりながら本を読んでいる。彼女がクラエスらしい。
トリエラ「結局ヘンリエッタは手柄を立てたかったわけだ」
ヘンリエッタ「ええと…そうかも…」
トリエラ「そんなにまでしてあの人を喜ばせたいの?」
 寝転がってたクラエスが話しかけてくる。
クラエス「でもトリエラ、私たちにできることはそれくらいしかないんじゃない?とは言うものの…もし私なら、そんなに献身されてもうっとうしいだけだけれどね」
 ヘンリエッタが紅茶に砂糖を入れるのを見て、
トリエラ「あれ?ヘンリエッタってそんなに甘党だったっけ」
ヘンリエッタ「あ、うん…最近あまり甘く感じなくてね。それでついお砂糖を足しちゃうの」
トリエラ「よし、今日からヘンリエッタを砂糖女と呼ぶ」
ヘンリエッタ「うう」
クラエス「いいんじゃない?『若者よ、若いうちに楽しめ』よ」
トリエラ「なにそれ、『誰の言葉』?」
クラエス「『私の言葉』さ」

 義体棟・ヘンリエッタの部屋。
 右肩に血痕の残るシャツをみつめるヘンリエッタ。
ジョゼ「ヘンリエッタ、いるかい?」
ヘンリエッタ「はいっ」
 ヘンリエッタは素早くシャツを隠す。
ヘンリエッタ「ど、どうぞ」
 扉を開け、ジョゼが入ってくる。
ジョゼ「腕の調子はどうだ?」
ヘンリエッタ「はい…まだ少し重い気がしますけど」
ジョゼ「じゃあこれから本館の屋上に来てくれないか」
ヘンリエッタ「わかりました」
 ジョゼ、ヘンリェッタに紙袋を渡す。
ジョゼ「寒いからこれを着てくるといい」
ヘンリエッタ「これを…頂いてよろしいのですか?」
ジョゼ「上で待ってるよ」
 紙袋の中にはコートが入っていた。愛おしそうに抱き締めるヘンリエッタ。

 そして本館の屋上。いつの間にか夜になっていて、天体望遠鏡を設置したジョゼが待っていた。
ジョゼ「いらっしゃい」
 少し戸惑うヘンリエッタ。
ジョゼ「早くおいで」
 ジョゼの元に来るヘンリエッタ。
ヘンリエッタ「天体望遠鏡(テレスコーピオ)ですか…」
ジョゼ「すごいだろ。いつかライフルスコープなんかじゃなく、星を観せたかったんだ」
ヘンリエッタ「私、星を観るの初めてです。突然どうしちゃったんですか?」
ジョゼ「あ……」
 ジョゼはしばし沈黙するが、
ジョゼ「…ああ、うん、こんな夜空だ、星を観るのもいいだろう?今日の仕事のごほうびさ」
 予期せぬ言葉に戸惑うヘンリエッタ。
ヘンリエッタ「きょ…今日のこと…怒らないのですか?」
ジョゼ「怒ってほしいのかい?」
 そう言いながらもジョゼは優しく、
ジョゼ「おいで、オリオンがきれいだ」
 ヘンリエッタはおずおずと望遠鏡を覗き込む。
ジョゼ「両氏オリオン、恋人アルテミスに誤って射ころされてしまう。哀しみにくれた女神アルテミスは、自分が夜空を駆ける時、いつでも彼に会えるようにとオリオンを星座に加えてもらったんだ」
 ジョゼはしばし沈黙し、どこか自嘲気味につぶやく。
ジョゼ「哀しい話だ」
 二人の頭上に瞬く満天の星の下。
ヘンリエッタ「ジョゼさん…」
ジョゼ「ん?」
ヘンリエッタ「ジョゼさんて、何でも知っているんですね」
ジョゼ「そうとも」

GUNSLINGER GIRL 第1話・終わり

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