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ゲ ゲ ゲ の 鬼 太 郎
<1968年 白黒 第一話>


おばけナイター




墓場…
乱雑に立てられた卒塔婆が倒れるほどの強い風が
吹き荒れる夜の墓場…
黒い雲から時折姿を見せる細い下弦の三日月が
ぼんやりと照らしているだけの墓場…。
そんな夜の墓場を、なぜか歩いている一人のメガネの少年が、
何かを踏んで、ひっくり返る。
「…バットだ。」
踏んでしまったのは、おかしな文字の書かれたバットだった。
周りをキョロキョロ見ながら、それを手に取る少年。
「ふふ、まだ使えそうだなあ…。
あれ?何か書いてあるぞ。
…ヘンな字!読めやしないや。
ちょうどいいや、俺、もらっちゃおっと!」
少年が、バットを一振りしてみると…
ひゅん〜〜〜…
不気味な音がする。
「ひゃあ、やな音だな、な、なんだろう??
よし、もういっぺん!」
ひゅん〜〜〜…
「ひゃあ!やっぱりこの音だ。
まるで、耳たぶを冷たーい手で引っ張られたみたいな音がする。」
今度は、小石を拾って打ってみた。
ひゅん〜パカーン〜…
「あれ?どこ飛んでっちゃったかな?
確かに当たったはずなんだけどなあ…」
ふと、前方に立っている木を見ると、
上の方に穴が開いている。
「あれは…、今の石が当たった跡かな?
まさか……、よし、もういっぺん!」
ひゅん〜パカーン〜…
「あっ!!」
さっきの穴の斜め下に、もう一つ穴が…!!!!!
「あ…、やっぱりそうだ!
…俺って、すごい力持ちなんだな。
この調子だと、明日の試合楽しみだぞ!ふふっ!」
ひゅん〜〜〜…
何度振っても、嫌な音はするものの、
少年は、そのバットにすっかり魅了されていた。
「ひぃ〜、それにしてもヤな音だねえ。
でもまあいいや!俺に自信をつけてくれたバットだ。
明日もこいつを使ってみようっと。」

次の日
ひゅん〜〜カキーン!
「うわあーー!!」
野球の試合で、思い切りバットを振った昨夜の少年の打球は、
見えなくなるほど遠くへ飛んでいく。
びっくりしてそれを見ているみんな。
「ホームランだ!」
何度打席に入っても、少年は毎回思い通りの結果を出した。
「こいつ、いつの間にこんなすごいバッターになったんだろう?」
友だちは、ただ驚くばかり。
ひゅん〜〜カキーン!
飛びすぎた打球が、うっそうとした森へ入ってしまった。
それは、たまたま昼寝の真っ最中だった鬼太郎の頭に!!
だが、鬼太郎の頭に当たる前に、
髪の毛が巻きついてキャッチ。
「ふわ〜〜ぁ…」
あくびをしながら鬼太郎が起き上がると、
野球のユニフォームを着た少年が、
キョロキョロしながらやってきた。
その目の前に、ニュッとボールを差し出す鬼太郎。
「わぁ!!」
少年は、びっくりしてひっくり返り、しばらくブルブル震えていたが、
「ありがとう…」
鬼太郎から、ボールをひったくるように取って走って行った。
にっこり笑ってそれを見送る鬼太郎の髪の中から、
もぞもぞっと目玉のオヤジが出てきた。
「ふんっ!近頃の子供は礼儀を知らん。
あんな球投げつけておいて、ごめんなさいも言わないよ。」
鬼太郎の頭の上であぐらをかくオヤジ。
「お父さん、あれ野球といってね、
近頃じゃ妖怪仲間でもブームなんだよ。」
その時…
ひゅん〜〜〜…
遠くから聞こえた、あのバットの音。
「おや?あの音は…?」

その試合は、あのバットを持った少年の活躍で、
少年のチームの圧勝だった。
「ドンペイよ、おまえいったいどうしたんだ?
ベイ・ブルースの魂でものり移ったんじゃないか?」
バットを担いだ少年・ドンペイの肩をたたくともだち。
「いやあ、実は昨日、このバットを墓場で拾ってからさ。」
「それがどうかしたのか?」
「うん!こいつを構えて『ホームランを打ちたいなー』って思うとホームランが、
『ゴロを打ちたいな』と思うとゴロが、
好きなように打てるんだよ!」
「へえ!そいつはすごい!!じゃあ、そのバットがある限り、
俺たち天下無敵だぜ!」
「そうだ、そのバットは、俺たちの宝物だ!
なあ、みんな!!」
「そうだ!そうだ!!」
ドンペイを真ん中に、すっかり盛り上がるチームメートたち。
「へへっ!俺、大変な物拾っちゃったなあ!!」
ドンペイがうれしそうにバットをさすったその時!
「あのう…」
その声にビクッとして、バットを背中に隠すドンペイ。
それは、鬼太郎だった。
「そのバット、拾ったのかい?」
汗びっしょりになって、後ずさりするドンペイに代わって、
キャプテンが、鬼太郎の前に進み出た。
「なんだ、おまえはっ!?」
「もしかしたらそのバット、墓場で拾ったんじゃない?」
「ち、ち、ち、違うっ!これは元から俺のバットさ…」
ドンペイは、慌ててウソをついた。
「そうともよ!10年も前からドンペイが持ってたんだぞ!」
バットを取り返されては大変と、友だちも加勢する。
「ふうん…、そんならいいんだけどさぁ。」
「はっ!いいに決まってらっ!」
それを聞いて、それ以上何も言わず、くるりと後ろを向く鬼太郎。
「やい!おまえ、見かけないヤツだけど、なんて名前だ?」
「僕の名は鬼太郎。」
「き、きたろう…??」
すると、鬼太郎の髪の中から目玉のオヤジが出てきて言った。
「さよう!正しくは『ゲゲゲの鬼太郎』と言うんじゃ。」
「うぁあ!!」
オヤジを見て、びっくりするみんな。
「な、な、なんだ?今の目玉はっ…」
「驚かなくてもいいよ!僕の父だよ。」
鬼太郎は、下駄を鳴らしながら帰って行った。
「…ふぅ、ヘンなヤツ。」
ホッとするみんな。
「あいつ、このバットの持ち主かなあ?」
不安そうなドンペイだったが、
「持ち主だろうが誰だろうが、絶対渡しちゃなんねーぞ!」
キャプテンの言葉に
「うんっ!!」
大きくうなずくのだった。

夜の墓場
「ないよ…、ないよ…、困ったなぁ…」
誰かが何かを探しているようだ。
そこへ、つるべ火(ヒトダマ)が声をかけた。
「まあ待ちな。もう一度よく探してみようよ。」
つるべ火の炎で少し明るくなった墓場。
そこへ鬼太郎がやってきた。
「おい!つるべ火!!」
慌てて墓石の後ろに隠れるつるべ火。
「逃げなくたっていいんだよ!鬼太郎だよ!」
つるべ火は、ホッとして姿を現した。
「おや、鬼太郎!珍しいな。」
「鬼太郎にーちゃん!!」
もう一人(?)出てきたのは、全身に目を持つ妖怪だった。
「やあ!百目坊やじゃないか!何探してんだよ?」
「実は、百目坊やがバットを失くしたもんで…」
「なに?バット!?あの、百発百中のかい?」
すると、目玉のオヤジが、髪から出てきて言った。
「ああ、それなら、昼間の子供たちが怪しいぞ。」
それを聞いた百目坊やの本当の目(?)がキランと輝いた。
「鬼太郎にーちゃん!バットのこと知ってるなら教えてよ!」
「あの乱暴モノのキバグルイが、雷みたいに怒るんだよ。」
「バット失くしたらひどい目にあわせてやるって…。
ねえ、教えてよ!!」
「うーん…、しかし子供たちは、あのバット拾って大喜びだから…」
「さよう、おいそれとは返しちゃくれまいなぁ。」
困った顔の鬼太郎とオヤジ。
「あーん、僕どうしよう…。手ぶらで帰ったらキバグルイが…。
えーん、えーん…」
百目坊やは、ボロボロと泣き出した。
「よしよし!わかった、わかったよ!!
さあ、僕が一緒に行ってあげるからね!
そして、みんなでさ、相談しような。」
鬼太郎とオヤジ、そして百目坊やとつるべ火は、
墓場を出て、森の奥の沼へ入っていった。
そして、沼の底を歩き…
反対側へ出る。
「ここだ。」
つるべ火の案内で進んでゆく鬼太郎たち。
しばらく行くと、ちょっとした広い場所があり、
鬼太郎がそこへあぐらをかいて座ると…
目の前に、たくさんの妖怪たちが姿を現した。
「鬼太郎、よく来たな。」
その中の一人(?)岩のかたまりのような妖怪が声をかけた。
「あ!チビさん、こんにちは!」
「あいさつは抜きだ。なあ鬼太郎。
事情はもう、妖怪テレビで観て知っておる。
おまえの考えを聞こう。」
「あのバットは、どんな球でも好きなように打てる、
子供たちは、苦労もせずに試合に勝てるんですよ。」
すると、雷のように怒っているという妖怪キバグルイが言った。
「あったりまえだ!それがどうした?」
「子供たちがあのバットを使ってると、そのうちとんでもないことになる。
ですから、僕に任せてください!
そのうちきっと、うまく取り返しますよ。」
「そうのうちだと!?いやあ、ダメだ!!
今すぐ取り返すんだ!腕ずくでな!俺が行くぜ!!」
グッと腕をまくり上げるキバグルイ。
鬼太郎は、慌てて立ち上がった。
「いや!待ってくれ、いいか、キバグルイ!!
君が行けば、きっと人間たちは大騒ぎする。
君は、人間たちに追い回される。
君だけじゃないぞ!みんながここにいられなくなるんだ。
それでもいいのか?君!!」
「うるせーーっ!!何が何でも、俺はやるぜーー!!
やい!鬼太郎!!そこどけ!!」
キバグルイの正面で、鬼太郎は両手を広げ、行く手を阻んだ。
「いや、どかない!!」
「なにをーーーー!!」
烈火のごとく怒り出したキバグルイは、
全身を、牙を剥いた大きな口に変え、鬼太郎に襲い掛かった。
鬼太郎は髪を伸ばし、その口に巻きつけ絞り上げるものの、
髪は、鋭い牙で噛み切られてしまった。
「はあーーーーーっ!!」
もう一度襲ってくるキバグルイ。
「鬼太郎!危ない!!」
目玉のオヤジが叫んだ。
鬼太郎は、今度は自分のちゃんちゃんこを脱ぎ、
「えーい!」
と、それをキバグルイに投げつけた。
ちゃんちゃんこはキバグルイを包み込み、
中で暴れるキバグルイを押さえつけ、そのまま地面に叩きつけた。
それを見たチビが言った。
「待て!勝負あった!鬼太郎、バットのことはおまえに任す。
一日も早く、取り返してくれ!」
「わかりました。」
鬼太郎が、キバグルイを包んだままのちゃんちゃんこに霊気を吹きかけると、
ちゃんちゃんこはするっとキバグルイを放し、鬼太郎の元に戻った。
「…しかたがないや。だが覚えてろよ!」
悔しそうに鬼太郎をにらみつけるキバグルイ。

ドンペイたちは、相変わらずあのバットで、
試合に勝ち続けていた。
そんなある日、ドンペイたちの前にやってきて、
札束を積む男がいた。
「うわぁ〜!」
驚くドンペイたち。
男は、手もみしながらニコニコ。
「えーいかがでしょう?このあたりでドンペイさんに、
ぜひ我がチームへ来て頂きたいのですが…。」
次の日も、別の男が札束をどーん!
「いやあ、すばらしい!!ドンペイ君には、ぜひうちのチームへ!」
その次の日には、また別の男が、かばんいっぱいの札束をどさっ!
「さあ、どうです?あなた方全員で、プロ野球にチームを作っていただこう。
これはその支度金です。」
ついに恐ろしくなって、ガタガタ震えだすドンペイたち。
「と、と、とにかく、2〜3日考えさせてくれませんか…?
な、な、なあ、ドンペイ?」
「そ、そ、それがいい……」
「では2日後に改めて。
それまでは、絶対にどのチームとも契約なさらんように!!いいですな!」
札束をかばんに詰め直し、
「そいじゃ。」
男は帰って行った。
「あれ?」
ドンペイが、足元に落ちていた1枚の一万円札を拾おうと手を伸ばすと、
「いやあ、失礼、失礼。」
「ありゃ…」
素早く戻ってきた男が、ニッコリ笑ってそれを拾って行った。
あっけに取られて、男を見送るドンペイたち…。
「おい、ドンペイ!すごかったな、あの札束!」
「信じられねーよ、家の父ちゃん、腰抜かすぞ!」
「俺んちのママ、喜ぶだろうな…。月賦できゅんきゅん言ってんだ。」
チームメイトは、すっかり興奮気味だ。
ドンペイも、
「俺、ばあちゃんによ、カラーテレビと新しい入れ歯買ってやろーっと!」
と、すっかり大金を手に入れたつもりになっている。
「へへっ!これというのも…」
「そうだ!あのバットのおかげだ!」
部屋の隅に、立てかけてあるあのバット…。
そのバットに向かい、
「整列っ!!礼!!」
並んで頭を下げるみんな。

その夜、深夜3時。
枕元にバットを立てかけ、眠っているドンペイのところへやってきた鬼太郎は、
バットをそっと取り、無意識にバットに触ろうとしたドンペイに言った。
「おい!ドンペイ君、起きろよ!」
「はっ!!…ど、ど、ど、泥棒!バ、バ、バット返せよ!」
ドンペイは、寝ぼけているらしく、バットを取り返そうとして、
机の角に頭をゴチン!
「あ、あいたた…。ひゃ、ひゃくとうばん!110番!」
「落ち着けよ!ドンペイ君!泥棒はおまえじゃないか!
拾ったのにウソついたりして!」
鬼太郎は、後ろからドンペイを押さえつけた。
「な、なにを?!」
「これを見な!」
バットに書かれたヘンな文字をドンペイに見せる鬼太郎。
「そんなもの、読めないよ!」
「これは妖怪チーム専用って書いてあるんだ。」
「…よ、ようかいチーム??」
「そうだ!これは人間の使うバットじゃないんだ。
返してもらいたい。」
「ま、ま、待ってくれよ!そのバットには、俺たちの運命がかかってるんだよ。
このバットは、俺たちのモンだよ。よこせ!!」
バットを、鬼太郎からひったくるドンペイ。
「ドンペイ…!返せよ!さもないと、大変なことになんだぞ!!」
「やだっ!!返すもんか!!」
「キバグルイって恐ろしい妖怪が、
そいつを取り返しにやってくるかもしれないんだぜ!!」
「妖怪??そんなバカな。死んでもこのバットは返さないぞ!」
しばしにらみ合う、鬼太郎とドンペイ。
少しして、鬼太郎はこんなことを言った。
「じゃあこうしよう!我々妖怪チームと君たちで試合をやようよ。」
「試合?」
「そう!君たちが勝てば、バットは君たちにあげよう。
ただし、もし負けたら…」
「負けたら、どうなるの?」
「バットと、それから、君たちの命をもらう!!」
「そ、そ、そ、そんなあ…」
ドンペイは一瞬泣きそうになったものの、
バットの威力を思い出し…
「いいとも!その挑戦、受けて立とう。」
と、にっこり!
だって、負けるはずがない!そう思ったからだ。
「じゃあオッケーだな?」
「オッケー!!時間は?」
「明日の夜中の3時。」
「場所は?」
「例の墓場。」
「よしっ!」
握手を交わす2人。


そして、次の日の3時。
コウモリの不気味な鳴き声の響く夜中の墓場に、
ドンペイたちがやってきた。
ドンペイは、もちろんあのバットを肩に担いで。
「だけどよ、ドンペイ…。負けたら命をもらうっての、気になるなぁ…。」
チームメートの中には、ちょっと腰の引け気味なヤツもいる。
「心配すんなって!この妖怪バットさえありゃあ、
どんなチームにだって、負けやしないんだから!」
「そうとも!それに、このチャンスを逃したら、
一生かかって働いたって、あんな金は稼げやしないんだぞ。」
「それになあ、自分のことを考えてみろよ。みんなぴーぴーしてんだぜ!
たまには親孝行したいだろ?」
「みんな男ならよ、どーんといっちょ冒険してみようよ!!なあ、おい?」
ドンペイとキャプテンに説得され、
みんなの目が輝き始めた。
「…そうだな、やってみよう!
どうせ試合は勝つに決まってんだもんな!」
「その調子!その調子!」
「さあ、行こうぜ!!」
墓場の奥の広場にドンペイたちが到着すると、
突き当たりの木の下につるべ火が現れ…
そのぼんやりとした光に照らされて、野球帽をかぶった鬼太郎が姿を現した。
「な、なんだおまえ…1人?」
「あとの8人はどうした?」
すると鬼太郎は、ドンペイたちの後ろを指差して答えた。
「君たちの後ろにいるよ。」
ドンペイたちは振り返り…、そして抱き合って震え上がった。
なぜならそこには、キバグルイはじめ、恐ろしい妖怪たちが、
野球帽をかぶって、いつのまにか勢ぞろいしていたからだ。
「うわぁ〜…」
思わず逃げ出そうとしたドンペイたちの前に、
でかい妖怪チビが立ちはだかった。
「私がこの試合の審判だ。さ、諸君、並びたまえ。」
逃げ場を失ったドンペイたち。
「気味悪いなあ…」
「どうする?ドンペイ…?」
さすがのキャプテンも、ちょっとビビり始めた様子だったが、
ドンペイだけは意気込んでいた。
「ど、どうするかって、今さら逃げられるかよ。
度胸決めて頑張ろう!
9回終われば、このバットは晴れて俺たちの物になるんだ!」
「そ、そりゃその通りだ…。
じゃ、じゃあ…張り切って…いき、ましょ…かぁ…?」
全然張り切ってない声で、みんなに気合を入れるキャプテン。
チビをはさんで向き合い整列する両チーム。
「じゃんけんポイ!」
キャプテン同士(妖怪チームは鬼太郎)のじゃんけんの結果、
じゃんけんに勝った人間チームが先攻を取った。
「先攻は人間チーム。はい、妖怪チームは守備について!」
審判のチビの言葉に、守備につく妖怪たち。
「ピッチャー、鬼太郎君。キャッチャー、キバグルイ君。
一塁はノワケバアサン、二塁はロクロベイ。
三塁はドザエモン。ショート、チョウコウゼツ。
レフト、ノタリボウ。センター、ムクジャラ。ライト、アカンベエ。
バッターラップ!」
ブルブル震えながら打席に入る人間チームのトップバッター。
「プレイボール!」
第一球を投じる鬼太郎。…空振り!
「おーい、当てていけよ!」
試合が始まって、だんだん人間チームにも活気が出てきた。
しかし…、キャッチャーキバグルイの出したサインにうなずき、
ズバッと投げ込む鬼太郎に、バッターは三振!
そしていよいよドンペイに打席が回ってきた。
妖怪バットを握り締め、打席に入るドンペイ。
「ドンペイ!思いっきり振れよ〜!」
みんなの声援を受け、ドンペイはバットを構えた。
第一球…、空振り!
「ええ…っ!!」
驚くみんな、そしてドンペイ。
「ようし、今度こそかっ飛ばしてやるぞ…」
第二球…、ボールがバットをよけるように大きく曲がって…再び空振り!
「な、なんだよ?このボールは!!??」
ドンペイのいちゃもんにも、キバグルイは
「いーっひっひっひ…」
と、笑っているだけ。
そして第三球…、ドンペイが思い切り振ったバットのすぐ手前、
ボールは、空中で止まったかと思うと、
何度もダイコン切り打法を試みるドンペイのバットをひょいひょい避け、
最後には、シリモチをついたドンペイの横を通り、
キバグルイのミットに収まった。
「ストライク!アウト!」
審判のコールに、
「へっへっへっへ…」
不気味に笑うキバグルイ。
すると、人間チームのキャプテンが叫んだ。
「タイム!!鬼太郎!あのボールは何だよ?」
鬼太郎は平然と答えた。
「妖怪ボールさ。絶対バットに当たらないように出来てるんだよ。」
「そんなのインチキだよーっ!!」
「そうだ!そうだ!!」
ドンペイの言葉に、みんなも一緒に猛抗議!
「よーし、じゃあ普通のボールを使おう。
ただし君たちも、普通のバットを使うんだ、いいな?」
「ええ…?」
人間チームのみんなの顔から血の気が引いた…。
「ねえ、どうしよう…?」
ドンペイも困ってキャプテンの方を見ると…
さすがはキャプテン。
慌てる様子もなく、腕組みをして冷静に答えた。
「どっちみち勝ち目は薄いぜ。」
「な、な、なんだって?もし負けたら…」
「どうせこうなりゃ、命がけでやるしかないんだよ。」
キャプテンはドンペイをたしなめ、そして鬼太郎に向かって言った。
「ようし、わかった。このバットは引っ込める!」
鬼太郎とキャプテンは、墓石の前にそのボールとバットを置いた。
「プレイボール!」
さあ、本当の真剣勝負が始まった。が、なにせ相手は妖怪だ。
その姿だけでも圧倒されている人間チーム…。
手も足も出ない。
「この分じゃ、人間チームに勝ち目はないぞ、鬼太郎。」
目玉のオヤジの言うとおりだった。
「こんなに弱いとは思わなかったな…」
鬼太郎も、ちょっと心配になってきた。
気がついてみれば、もう6回が終了。
墓石に腰掛けて観戦していた百目坊やは大はしゃぎ。
「わーい!42対0だ。やっとバット返してもらえるぞ!」
「だがかわいそうに、あの子たちは命までなくしてしまうんだよ。」
つるべ火は、気の毒そうに辺りを照らしている…。
7回表、人間チームの攻撃。
ピッチャー鬼太郎の投げた一塁へのけん制球が強すぎて、
ノワケバアサンのミットごと、遠くへ飛んでいってしまった。
「ちぇっ、鬼太郎のやつ、あんなキツいけん制するなんてどうかしてるぜ!」
キバグルイはブツブツ。
「妖怪チームはボールを捜してきなさい。それまでタイム!」
審判チビの言葉に、ふぅ…と大きなため息をつく鬼太郎の髪から、
目玉のオヤジが出てきて言った。
「鬼太郎、やったな?引き延ばし作戦。」
「こうでもしないと、子供たちはみんな死んでしまうからね。」
すると…
「おーい!ボールあったぞ!あった!」
あっという間に、アカンベエがボールを見つけてきてしまった。
「鬼太郎、あまり効き目がなかったなぁ。」
「父さん、頼みがあるんだけどさ…」
「なんだい?」
「実はね…コソコソコソコソ…」
なにやらオヤジに耳打ちする鬼太郎。
「プレイボール!」
試合再開を告げる審判チビ。
「じゃ父さん、頼んだよ!」
「よしよし。」
マウンドから走ってゆく目玉のオヤジ。
「やい!鬼太郎!!なにをぐずぐずしとる?
時間がないぞ!早くせんかい!!」
イライラしながら、キャッチャーのキバグルイが怒鳴った。
バッターボックスに立った人間チームのキャプテンは、
鬼太郎の投げた球を、思い切り跳ね返した!
しかし、センター、ムクジャラのファインプレーでキャッチされ、
おまけに飛び出していたランナーも戻れずダブルプレー…。
「ああ、もうダメだ…」
頭を抱えるドンペイ。
試合は8回裏、49対0…。
バッターボックスに入ろうとした鬼太郎に、
キバグルイが近づいて声をかけた。
「おい、鬼太郎!三振を頼むぜ!」
「三振??なぜだい?」
「だっておまえ、49対0じゃないか!もう点は要らねえ!
早く試合を終えて、バットと命をいただこうぜ!」
背中を押され、しぶしぶ打席に入る鬼太郎。
だが、鬼太郎は三振どころか、思いっきりバットを振ってホームラン!
ゆっくりとダイヤモンドを一周…と、
キバグルイがそんな鬼太郎の襟首をグイと締め上げた。
「やい鬼太郎!!おまえがなにを企んでるのか、
このキバグルイ様はな、先刻ご承知なんだぜ!やいっ!!」
鬼太郎を突き飛ばすキバグルイ。
それを見ていた人間チームのみんなはガタガタ震えだした。
「鬼太郎!なんとか言ったらどうなんだい?
おまえは、ボールを失くしてなんとか引き分け試合に持ち込むつもりらしいが、
そうはさせねーぞ!ここに別のボールを用意しておいた!
いくらでもあるんだぜ!もうじき決着をつけて、
人間どもからバットと、それから命を一緒にもらうのさ!
きっとな、ひっひっひっひ…」
もう、子供たちの震えは止まらない…。
ドンペイは、みんなに向かって言った。
「みんなよう、俺が悪かったんだよ…。
勘弁してくれよな…。」
するとキャプテンが言った。
「いいってことよ。俺もおまえも…それに、みんなも欲張りすぎたからな。」
「俺はやだ!死ぬのなんてヤダ〜っ!!」
…っと、こんなことを言ってるヤツも、中にはいる。
「何をつべこべ言ってやがんだい!さっさとやれ!」
キバグルイの言葉に、ドンペイは開き直った。
「ようし…こうなったらもうヤケクソだ!」
打席に入ったドンペイは、思い切りバットを振った!!
カキーーーーン!!
打球はぐんぐん伸びて草むらの方へ…!!
しかし、
「取ったよん!」
ボールは、レフトのノタリボウのグラブに…。
「ファインプレー!!でかしたぞ!!ノタリボウ!!」
キバグルイが喜んだその時だった。

『コケコッコーーッ!!』

一番鶏の鳴き声に、慌て始める妖怪たち。
「しまった…!朝だ〜〜っ!」
チビと百目坊やを残し、妖怪たちは急いで闇に隠れてしまった…。
「おーい!鬼太郎〜」
鶏に乗って帰ってきたのは、目玉のオヤジだ。
鬼太郎に頼まれて、ちょっと早めに一番鶏を起こしに行ったというわけだ。
「試合はドロンゲームだ。バットは妖怪に、命は君たちに…
この条件でどうかね?」
審判チビの言葉に、
「い、異議ありません…」
ドンペイは汗びっしょりで答えた。
うれしそうに妖怪バットを抱える百目坊や。
鬼太郎が言った。
「君たち、こんなバットなんか使わなくったってさ、
強いチームになってね!じゃ、さようなら。」
「…うん……、わぁ〜っ!!!!!」
あいさつもそこそこに、一目散に走り出す子供たち。
「はっはっはっは…」
それを笑って見送る鬼太郎とチビと百目坊や。


それからしばらくして…
ドンペイのチームは、少年野球の全国大会で優勝を勝ち取った。
優勝旗を手に、墓場へやってきたみんな。
「鬼太郎さん、今頃どうしてるかな?」
「あれから、俺たち本当に強くなったってこと、知らせてやりたいな。」
墓石の間を、行進するように歩いてゆくドンペイたちを、
鬼太郎は、墓石の陰からそっと見て…
そして、何も言わず去ってゆくのだった。


〜 終 〜

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