戻る TOPへ

ギャラリーフェイク
ART.1  贋作画廊(ギャラリーフェイク)
 
 ある家の中。一枚の絵を画商が鑑定している。
画商「モネの名画“つみわら”。サザビーズのオークションで、日本人が落札したという噂は聞いていましたが、こちらのご主人だったんですなァ。残念ですなぁ、相続税のため処分しなければならんとは――うちの画廊で引き取るとしたら、そう、13億まで出しましょう!」
 家の主である老婆は歯切れ悪そうに、
老婆「はあ、それがじつは…」
??「お待たせしました!!」
 この物語の主人公、藤田玲司(フジタ)の登場である。
画商「キ、キミは…?」
フジタ「落札価格は当時20億でしたね。」
 男たちがジュラルミンケースを机の上に置く。
フジタ「30億で買いましょう!これは手付けとして――――――」
 ジュラルミンケースの中には手付けというにはあまりに多額の札束が詰まっていた。
画商「こっ、こっ、この男に売るんですって!?本気ですかっ!?こいつは藤田といって、美術界ではハナつまみ者のインチキ画商ですよっ!!」
 フジタ、それを意にも介さず銜えていたタバコに火をつける。
画商「だ、だいたいなんだ、この名画を前にしてタバコとはっ……不見識きわまるっ!!煙で絵を汚してもいいのかね?」
 フジタ、そのタバコを画商の額に押し付ける。
画商「ぎゃ!!」
フジタ「贋物(フェイク)ですよ。」
 そして微笑むフジタ。
 
 ―TOKYO ウォーターフロント―
 倉庫街の中にある画廊、「GALLERYFAKE」に入る男とその秘書らしき男。
秘書「GALLERYFAKE―― そう、画廊とは銘打っていますが、展示品は全て贋作――つまりニセモノであります。若者雑誌に紹介されて、今やウォーターフロントのデート・スポットになっております。企画によってはレンブラントあり、ピカソあり、モディリアーニあり…………あるいは、北斎、写楽、棟方志功まで………」
男「いやはや、画廊というより、一大贋作博物館といった趣だな。」
秘書「オーナーの藤田は、かつてメトロポリタン美術館のキュレーター(学芸員)だったとも言われていまして……」
 秘書の説明もそこそこに、男の足は一枚の絵の前で止まる。
男「ほーほー、これが件のモネかね?形態といい、色彩の競演といい――やはり一流はちがう。“モネの目は唯の目だが、それは、なんと素晴しい目であることか”というセザンヌの言葉どおりよな。」
 そして男は名刺をフジタに渡す。
フジタ「衆議院議員、梶正一――はあはあ、先日、失言で大臣をお辞めになった……」
秘書「キ、キミっ!!」
フジタ「美術品のコレクターとしても有名ですな。日本の政治家の先生にしては、珍しく芸術に造詣が深いとのこと……」
梶「なかなかおもしろい男らしいな、キミは……」
 そして商談に入るフジタと梶。
梶「ここは表向き贋作の販売ということになっとるが、ウラでは……およそ、日本では手に入らん大家、巨匠の真作の取引をやっとるとか……ブラックマーケットを通じて、盗品や美術館の横流し品! あるいは遺跡の盗掘品をな――」
フジタ「ご想像はご自由ですがねえ。」
梶「あのモネ、真作だな?」
フジタ「うちの絵はすべて贋作ですよ。」
梶「情報は入っとる!キミは、つい先日、確かな筋からモネを買った!」
フジタ「あれをご所望でしたら、贋作としてお売りしますがね。」
梶「いくらだっ!?」
フジタ「5万!」
 その価格の提示に呆れる梶。
梶「ご、5万〜〜」
フジタ「ええ、5万円―― 展示中の絵のことでしょう?」
梶「す、すると…本当に…贋作……?」
 表情1つ変えずフジタ、
フジタ「はて、それともひょっとすると、50億の品をお望みで?」
梶「そ、それだっ!真作の“つみわら”!あるんだな、やはり?ど、どこだねっ?」
フジタ「まだ未整理なので倉庫に――一週間待っていただければ……」
梶「よし、予約した!誰にも売らんでくれっ!」
 ドアの隙間からその状況を見守る1人の若者の姿。
 
 梶の車が去って行くのと入れ違いに、1人の若者が画廊から出てきて、
若者「モネを梶正一に売るんですか?」
フジタ「キミは……?」
酒井「酒井と言います。昔、パーティーでお会いしたことがあります。S美術館の学芸員をしています。お願いです!!梶に売るのだけはよしてください!!」
フジタ「……どういうことだ?」
酒井「あの男は有名なコレクターかもしれませんが、芸術のなんたるかなんてわかっちゃいないんです!」
 フジタ、怪訝な表情を見せるも、
酒井「梶の所には、ほっといても、美術品が集まるような仕組みになってるんです。献金のかわりですよ。美術品の譲渡に届け出の義務はありませんからね。といっても、ヤクザか土建屋あがりのような議員のセンセイに芸術なんて似合わないが、文化人としても名の通った梶なら不自然じゃあない!そうして梶に渡った美術品は、一朝事あるごとに流出して、党や派閥の資金源となる!梶は、そのろ過器なんです!そんなやつの手にモネが渡ったら、闇から闇、一般人の目に触れない所へいってしまいます!」
フジタ「50億でどうかね?」
酒井「えっ!?」
フジタ「そこまで言うなら、キミの美術館で買いあげればいい。」
酒井「そ、それは……逆立ちしたって日本の美術館でそんな予算、出やしませんよ。」
フジタ「では口を出すな! これはわたしの商売だ!」
 フジタ、にべもなく言い放つ。
フジタ「それに何か誤解しているようだが、うちは贋作専門でね。」
酒井「…………しかし、芸術が………一握りの人間のものであっていいはずがないっ!芸術は大衆のものじゃないんですかっ!?藤田さんっ!!」
 酒井の言葉を無視して画廊に入るフジタ。老人が「つみわら」の絵を眺めてるのを横目に見るも、奥の部屋へと消えていく。
 
一週間後――
 梶の屋敷にて。
梶「おお、まさしく“つみわら”!!モネの真作だ!!恩に着るぞ!! これだけは出入りの画商に頼んでも手にはいらなくてな、はははは!!」
 屋敷に運び込まれる「つみわら」。
フジタ「よろしければ眼福に先生のコレクションを拝見させていただけますか?」
梶「かまわんよ、ついてきなさい。」
 ルノワールの絵を見て、
フジタ「ルノワールですね。」
梶「20年も昔だ、5億で買った!この堂々たる風格!この豊かで燃え立つような色彩はどうだ!?光をとらえるなめらかな肌は桃源へと、わしをいざない、」
フジタ「“におやかな果実をむさぼるように、筆の流れを目で追う”“柔らかな輪郭は、官能というより至福の線なのだ”某評論家の著作に、こんな一節がありましたね。わたしも読みましたよ。」
 他人の意見の盗用、ということを恥じたのか、顔を赤らめる梶。
梶「さ、さすがじゃ! よくわかったな!」
 フジタの目がレンブラントの絵に移り、
フジタ「ほう、これは――」
梶「ほほ、やはりこれに目がいったか……それはレンブラントの贋作よ。」
フジタ「………」
 フジタ、何かを思案した上で、
フジタ「うちで、引き取らせてもらえませんかねえ?もちろん梶先生のいい値で。」
 その時、玄関のほうから声がする。
門番「ダメだ、ダメだ!!先生は忙しいんだ、帰れっ、帰れっ!!」
梶「またか……わしほどのコレクションがあると、あちこちの美術館から貸し出しの申し込みがある。まあ、全て断わっとるがな。最近その中に特にしつこい男がおってな。」
門番「あ、待ていッ!!」
 強行突破して中に入ってくる足音。その足音の主は酒井であった。
 驚く梶の隙を突いてある一室へ入る酒井。
梶「あっ、そ、そこは……」
 酒井はナイフを飾られた「つみわら」に向けかざしていた。
フジタ「動くなッ、酒井ッ!!」
 フジタは銃を取り出す。梶は驚くも、
フジタ「この商売、けっこう危ない橋を渡ってきてますんで、大目に見てくださいよ、先生。」
酒井「こ、こんなやつの手に渡すくらいなら、いっそ葬ってしまった方がいいんだっ!!」
梶「ま、待てっ!!この屋敷で発砲されたら困る!」
フジタ「“芸術は大衆のものだ”と――キミは言ったな!?しかし、それはちがうぜ。芸術はその美を知り、かつ独占する能力を持った者のものさ!」
 フジタは銃口を酒井に突きつけ、引き金を引く!
 銃声に酒井も梶たちも驚くが、弾丸1つ発射されない。
 酒井が驚いて落としたナイフを蹴り飛ばし、銃の種明かしをするフジタ。
 なんとカセットテープが内蔵されていたのだ!
フジタ「贋作(フェイク)ですよ!」
 
 車に乗っているフジタと酒井。
酒井「ぼくを警察に突き出さないんですか?どっちにしろ、もう美術館には手が回ってる。あすにもクビだ、どうにでもしてくださいよ。」
フジタ「おまえさんに手伝ってもらいたいことがある!」
酒井「え!?」
 ギャラリーフェイクに戻ってきたフジタたち。
フジタ「そのレンブラントをこっちへ運んでくれ!」
酒井(この贋作も、売りに出すんじゃないのか!?)
 ギャラリーフェイク内の一室に運ぶよう指示される酒井。
酒井「!」
 その部屋はたくさんの画材が並ぶ、まるでアトリエのようなつくりであった。
酒井「工房(アトリエ)…!?」
フジタ「おまえさんも学芸員なら、修復技術について、当然かじってるだろう?」
酒井「え、ええ、一応……」
フジタ「何が出るかはお楽しみだぜ。」
酒井「これを洗うんですかっ?」
フジタ「ガーゼ取ってくれ!」
 酒井は棚を探すが、
フジタ「ちがう、三番目のタナ!」
 ふとアトリエの中を見回す酒井。
酒井(あれは……?麻布のキャンバス!今どき使わないぞ。18世紀の画家がよく使った揮発性精油…乾燥剤…日本画の岩絵の具まで…贋作…工房……?)
フジタ「このレンブラントが梶の所にあるのは前から知っていた。確かに画面を占める人物はほとんど贋作だ!しかし、背景は、」
 パレットナイフで油絵の具を削ぎ落とし、筆でその絵を「洗う」フジタ。
フジタ「まぎれもなく光の画家、レンブラントのタッチだ!見るがいい!」
酒井「あッ!?あああッ!!贋作の下から別の絵が…!?」
 なんと絵の下からもう1つの絵が浮かび上がってきた!!
酒井「やはりレンブラントだ、しかもレゾネ(作品目録)にも載っていない作品……」
酒井(そ、それに…しても…この男…どういう人間なんだ?まるで、彫刻を彫るように正確に――すごい勢いで、贋作部分を洗浄していく。下絵をまったく傷つけず――)
 フジタは全く手を休める様子がない。
酒井(たった五分で、もう1/3が下地を現わしてしまった。)
 ふと気づく酒井。
酒井「じゃ、じゃあ…藤田さんはこのレンブラントを手に入れるために、モネを梶に売り渡したってわけですか!?」
フジタ「くっくっく――おまえさんもバカ正直だね。レンブラントの真贋もわからない人間が、なぜモネの真作を持つ必要があるんだね?」
 フジタの笑みには何か含むものがあったようだ。
酒井「!!」
フジタ「しばらく替わってくれ。ちょっと店に出てくる。」
酒井「藤田さん!?」
 フジタはそういって画廊のほうへ戻る。
 画廊ではモネの「つみわら」を先週の老人がまた眺め続けていた。
フジタ「たいそうその絵がお気に入りのようですね。」
老人「あ、ああ、いや…」
 老人は照れくさそうだが、
老人「ほかのはわからんが、これはいい絵だねえ。わしゃあ好きだなあ、うん! この絵を見とると昔、百姓をやっとった頃を思い出すよ。」
フジタ「ほう。」
老人「一日の野良仕事が終わって、まわりを見回すとな……景色がこの絵のようにやさしくなる、声をかけてくれる、“ご苦労さん”と―――名前さえも知らんが、この絵描きさん――きっと百姓の気持ちがわかるんじゃのう――」
 その光景を見ていた酒井、
酒井(こ、こっちのモネ……まさか…?)
フジタ「いや、じつはこれ複製なんですが、どうです?よろしければお売りいたしますよ。」
老人「ほ?いくらかね?」
酒井(真作――!?)
フジタ「5万円!」
 そんな半端ない安さに酒井が驚いている、が、
老人「う〜〜ん〜〜」
 老人は「ケッコー高いのー!」とかつぶやきながら悩んでいた。
 
一年後――
 寿司屋でニュースが流れていた。
キャスター「昨年の自由党総裁選に関する不正融資疑惑で、抵当に取られたモネの名画“つみわら”は、一部から贋作ではないかと指摘されていまして……これを所持していたとされる梶議員は、まったくノーコメントを……」
 客たちがテレビ画面に出た「つみわら」を見て、
客A「これと同じ絵、うちのアパートの管理人のオヤジのところにあったぜ!5万円で買ったってよ。」
客B「ハハハ――そりゃ――正真正銘のニセモンだって!」
 フジタはその話を聞き流し、グラスを傾けている。
 
 そしてコタツに入った老人と、飾られた「つみわら」の絵。
 
(ギャラリーフェイク Art.1 Fin)
 
inserted by FC2 system