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クレセントノイズ
第1翼 「心が奏でる音色」

 学校の裏山にて、主人公・羽崎拓が寝転んでいる。

白昼に浮かぶ月――優しさを湛えたほの白い光…
何の意味も見出せず…ただ流れていく毎日の時間
喜びや悲しみが混ざり合い…鈍い痛みが心に染みこんでいく高2の日々
確かなものは自分の無力さだけの17歳という瞬間
それでも――…月は地上にいるもの全てに、平等に光を与えてくれる

 学校から授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、それと共に拓も起きる。
拓「うーん…結局5時間目サボっちゃったか」
拓(何だか…いっぱい物を考えてしまった…)
拓「ま…いっか!!」
 拓、再び寝転がろうとするが、一人の人影が立ちふさがる。
??「ま…いっか!!じゃないでしょ!?」
 拓、突然誰かがきたことに大いに驚き、後ずさる。
拓「うわあっ!!」
??「―――何もそんなに驚かなくてもいいでしょ?」
拓「委員長!?」
 その人影の正体は、拓のクラスの委員長・五十嵐凛だった。
凛「やっぱり…ここにいたのね、羽崎くん!!」
拓「よく…僕のいる場所がわかったね?すごいや委員長…まるでエスパーみたいだ!!」
 凛、呑気に笑顔で答える拓にため息をつきながら、
凛「あのねぇ…この学校の裏庭の丘であなたを見つけたのは、今日で3回目よ?2年生になって1ヶ月も経ってないのに…今からサボリ癖をそんなにつけてどうするの?」
拓「…ごめんなさい」
 だけど言葉とは裏腹に笑顔で答えるのを見て、凛、「この子本当にわかってるのかしら?」といった表情を見せる。
凛「まあ…とにかく!羽崎くんが授業をサボって、先生に怒られるのはクラス委員の私なんですからね。その辺…気を使ってよね!!」
 さすがの拓もしゅんとした表情で、
拓「ごめんなさい…委員長」
 凛、どうやら何か引っかかるものがあったらしく、
凛「…羽崎くん!ひょっとして私の名前…まだ覚えてないでしょ?」
拓「え゛?―――…ほら!!まだ同じクラスになって1ヶ月しか経ってないし…」
 拓のそんな返答に凛もちょっと怒ったらしい。
凛「1ヶ月も…よ!!私の名前は凛!五十嵐凛よっ…ちゃんと覚えてよね!?」
 そんな2人のやりとりに、どこからか拍手が起こる。
??「いやあー…実に面白い!!」
 見るとベンチに座っていた男子生徒がこちらの方を向いている。
??「去年の埼京高男子人気投票で1位を取ったお前の名前を…まだ覚えてないクラスメートがいたとはな!?形無しだな…凛?」
凛「ふーんだ!それはお互い様でしょ。女子の人気投票で1位を取ったあなたの名前だって、きっとこの子は知らないわよ?」
 拓、凛とその知り合いらしい男子生徒とのやりとりに戸惑いつつも男子生徒に対し声をかける。
拓「あの…3年の高野響先輩ですよね?」
凛「な…ちょっと!!何で知ってるのよお!?」
拓「全国模試は常に上位でおまけにスポーツ万能!!この学校で一番の有名人…高野先輩を知らない人はいないと思うよ?」
 高野響と呼ばれた男子生徒、照れ笑いを浮かべる。しかし凛は完全にお冠になってしまう。
凛「もう…何よっ!信じられない!!」
 凛、むくれて去っていこうとする。
響「あーあ…凛を怒らせちゃったみたいだな。よし!オレがお仕置きしてやろう!!」
 そういうや否や、拓を自分の近くに引き寄せる。
拓「わっ」
響「凛が聞きたいのはそういうことじゃないのさ―――…」
拓「!!」
響「学年が違うオレを知っているのに…同じクラスの自分は名前すら覚えてもらっていないのかってコト!!」
拓「あ!!」
 凛、いまさら気付いた拓にむくれる。
響「ちょいとうかつだったかな…羽崎くん?女の子はまことに複雑なりき、ってね…!!」
拓「―――…」
響「何はともあれ…知ってもらっていて光栄だよ。初めまして…高野響だ」
 響、自分の手を差し出す。拓もその手を握り返し、
拓「2年5組の羽崎拓です――初めまして…高野先輩!!」
響「響でいいよ。オレも拓って呼ばせてもらう」
拓「ありがとうございます―――響…さん」

 そしてしばらくの後。拓たちは話し合っていた。
拓「へえ…お二人は幼なじみだったんですか?」
響「そっ!…まあ、お互いに兄妹みたいな感覚だね」
拓「へー、いいですね!とってもお似合いだなぁ…」
凛「あんた…そーいう恥ずかしいコトをよくしれっと言えるわね」
響「…時に拓くん!君は誰かに話しかけられる度に…あんな風にいちいち派手に驚くのかい?」
 拓、赤面するも、
拓「いっ、いえ…その!委員長と響先輩が現れる前に…二人の音が何も聴こえなかったから…つい取り乱しちゃって」
響「二人の…」
凛「音!?」
拓「あっ!!いえ…その、気配というか…」
 凛、拓ににじり寄る。
凛「音って…単純な足音とかじゃないわよね!?」
響「そういう話―――…興味あるなあ。よかったら詳しく話してくれないかい?」
 拓、自分の話に興味を持った2人に戸惑うも、やがて覚悟を決めて話し始める。
拓「実は僕…子供の頃から人と接する時に、その人の波動みたいな…微かな音が聴こえちゃうんです」
 凛と響、拓の話を真面目に聞いている。
拓「何ていうか―――…よく超能力話などで相手の感情や意識が、体の周りにまとったオーラで見えちゃうような…あれが僕の場合…音で聴こえちゃうんです。…音っていっても確かな言葉とかじゃなくて、かろうじてニュアンスが伝わる雑音みたいなものだけですけど…」
響「つまり拓くんは、普通聴こえるはずのない音…人間が一人一人持っている、性格や感情を示す特別な音が聴こえるって訳か!」
凛「へえ〜〜…すごいじゃない!!目で見てなくても、自分の背後にどんな人がいるのかが音でわかっちゃうんだ!?」
拓「ええ…まあ!ばかばかしいですよね?ごめんなさい…変な話しちゃって」
 響、にっこりと微笑む。
響「とんでもない!!なるほど…それで何故かオレ達二人からはその音が出てなくて、ふいを突かれた形になって驚いたって訳だ」
凛「いつもなら、自分に近づく人間は音でわかるから…事前に会う前の準備はできるものね?」
拓「…はい。でも―――…そういうのって相手に対して…ひどく失礼な事ですよね」
 ただ、沈黙のみが流れる。そして気付くと夕暮れが近づいていた。
校内放送「下校の時刻です。校内に残っている生徒はすみやかに下校してください」
響「拓くんは…そんな自分の能力(ちから)は嫌いかい?」
 拓、答えず立ち上がり、取り繕ったような笑顔を見せる。
拓「―――…僕、教室にカバンを取りに戻らなきゃ」
 拓、校舎の方に走り去りながら、
拓「今日は楽しかったです!こんな妄想じみた話を最後まで聞いてくれて…さようなら!!」
 拓が校舎の方へ走り去った後、凛と響。
凛「取り繕った笑顔…か、間違いなさそうね…どうするの響?」
響「とりあえず凛は拓くんに張り付いていてくれ…オレはちょっくらヤボ用に出かけてくるわ」
凛「ヤボ用?」
響「聴こえないか?微かだが…来訪を告げる奴等の音が強くなっている!!」

 所変わって校舎内。拓が階段を駆け上っていたところ、突然拓は立ち止まり、頭を抱えるようにうずくまる。
拓「く!!」

なっ…何だ!!この圧倒的な音は!?
喜びでも、怒りでも…悲しみでもない!?
今まで聴く事ができた音とはまったく異質の…恐ろしく強い振動音!!
僕の教室の方から…聴こえてくる!!

 拓、よろめきながらも教室に向かう。
??「お前の…望み―――…叶えて…やろう」
拓「!?」

な…んだ?望み…叶える!?
これは…声なのか!?

 拓、何とか教室に入るが、そこではクラスメートの杉崎瞳(以下、瞳とする)が窓枠の上に立っていた。
拓「危ないっ!!」

 その声が、瞳を現実に叩き戻す。
瞳「きゃあああ!!」
 拓の方に引き寄せられる瞳、受け止める拓。
瞳「羽…崎くん?」

振動音が…消えた!?

拓「大丈夫…杉崎さん?」
 瞳、拓と顔が接近していたことに気付き、慌てて後ずさる。
瞳「はっ、はい!!ご…ごめんなさい!!」
 拓、そうした感情に気付かないふりをして、
拓「窓の外にプリントか何か飛んじゃったの?気をつけないと…危ないよ?」
瞳「―――…私…教室に一人で残っていて…窓から夕焼けの空を見ていたんです。そうしたら…いつの間にか窓の外から、囁くように安らかな…とても不思議な……惹きつけられる旋律のような音が聴こえてきたんです。それで――意識が遠くなっていって…」
瞳「ごめんなさい!!記憶がぼんやりしちゃって…もう、あんな危ないことしないように気をつけます…」

安らかな…音?僕が感じた激しい振動音とは違う!?

拓「ねえ…杉崎さん」
瞳「はい?」
拓「その時…何か人の声のような言葉が聴こえなかった?」
 瞳、その言葉に驚くも、
瞳「……いいえ、何も聴こえませんでした」
拓「―――…そっか。さあ、帰ろ?」

杉崎さんから伝わる音が一瞬乱れた―――…やっぱり聴こえていたのか?

瞳「あの…羽崎くん。今日…5時間目いなかったですよね?体調が悪かったとか…大丈夫ですか?」
拓「いや…その!ははははは…」
拓(サボってたなんて言えないもんなぁ)
拓「杉崎さんこそ…どうして教室に一人で残っていたの?」
 瞳、拓のその言葉にしばし赤面する。
瞳「!!そっ、それはその…」
 しかしその時、再び拓の耳に激しい振動音が響く。

さっきの…振動音!?

 拓、不思議がっている瞳を見つつ、

杉崎さんには…聴こえていない!?

 拓、夕日の向こうに空に浮かぶ人影を目撃する。

あれは―――…ゆらめく…影?あの夕日の向こうから…響いてくる?
何が―――…見えるんだ!?

??「少女の願いを妨げるものよ…汝!!我が心の語りを…いかに聴く!?」
拓「うわっ!!」
 拓、我に帰る。瞳は不思議そうに拓を見つめ、
瞳「羽…崎くん?」
 拓、窓を見るがそこには人影など見えはしなかった。
瞳「…羽崎くん?」

今のは――一体…!?

 場所はさらに変わり、満月の下の大橋の上。白いコートを着た男が佇んでいる。
??「―――…やはり、俺の来訪に気付いていたか…―――…響!」
 反対側に響が対峙している。
響「まさか本当にお前が来ているとはな…―――蘭!!振るえる夜…振夜の来訪者よ!!」
 響の体から不可思議なオーラのようなものがあふれ出す。
響「また…罪のない人間の心の弱さにつけいって…生きる力を奪い去り…死に至らしめるつもりか?」
蘭「その代償と引き換えに我々…来訪者は、あまりにも脆弱な人間達が願う…分不相応な願いを叶えさせている。それでは…不服か?」
響「ずいぶんと独善的なご高説だよ…それは…!!」
 言うや否や、響は蘭と呼ばれし「振夜の来訪者」に対して飛び掛り、エネルギー弾をぶつける。
 橋の上でその力は爆発を起こし、響は高所からだというのに苦もなく着地する。
響「ちっ…」
響(外したかっ!?)
 そう考えた刹那、蘭が響の背後に立ち、衝撃波を放つ。
 衝撃波は橋を破壊するが、響はすんでの所でかわす。
響「…ぎりぎり、セ――フ!!まったく!相変わらず無茶する奴だな…蘭よ!!」
 響、蘭の方を振り向くが、蘭は不敵に笑う。
蘭「日を改めよう。どうやら…俺が願いを叶えるべき少女の傍には、興味深い傍観者もいることだしな」
 蘭、歩き去っていく。その目は彼方にいる拓を見ていた。
響「―――…貴様!!拓を巻き込むつもりか!?」

 そうして舞台は変わり校舎の教室。窓辺に立っている拓に、瞳が声をかける。
瞳「…羽崎くん!?」

あれは…響さんと―――…一体!?

(第1翼終わり)

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