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の ソ ナ タ

〜 第1話 出会い 〜



ここは、韓国。
ソウルから、北東に約80キロほど離れた春川(チュンチョン)。
カバンを振り回すようにしながら必死に走るユジン。
高校2年生の女の子…。
黄色いダッフルコートの前をとめる時間もなく、
羽織っただけのコートのすそは、バタバタと
ユジンの走るリズムに合わせて揺れ動いた。
遅刻常習犯の彼女の朝は、いつもこんな感じだった。

そう…、その日の始まりも、
そんないつもと同じ冬の朝だった。


「サンヒョク〜!」
バス通りへ出ると、前を歩いていたのは同級生のサンヒョク。
ユジンとは幼なじみの、優等生の男子生徒だった。
「ちょっと〜!サンヒョク〜!!」
ユジンの声に、立ち止まって振り返るサンヒョク。
そして、振り向きざま飛びついてきたユジンを抱きとめる。
「はぁ…はぁ…、ねぇ、まだ来てないわよね?」
「まだだよ。」
荒く息づくユジンのコートのトッグル(ボタン)をとめてやりながら、
サンヒョクはやさしく微笑んだ。
「はあ、はあ、はあ…あ!!来たよっ!バス!」
バスの方へ向かって走り出す二人。
しかし、バスはすし詰め状態。
日本の通勤ラッシュ時の電車を思わせる混み方だ。
なんとかサンヒョクに押されてユジンは乗り込めたが、
「いやだ、まだ閉めないで!」
などというユジンの声が運転手に届くわけもなく、
ドアは、サンヒョクが乗る前に閉じてしまった。
窓に押し付けられ、つぶれたトマトみたいな顔になっているユジンに、
サンヒョクは、大声で言った。
「先に行ってて!寝ちゃダメだよ!」
ユジンを乗せ、おそらく定員オーバーで走って行くバスを見送るサンヒョク。


いくつかバス停を過ぎ、やっと座席が空いてきたので、
ユジンは、お気に入りの一番後ろの窓際の席へ腰掛けた。
その瞬間、眠気がユジンを襲う…。
しばらく走り、大きな川に架かる橋を渡るバス。
…やはり、ユジンは隣に座っている人の肩にもたれて眠ってしまった。
隣の人に、頭を反対側へ押されて目を覚ましたユジン。
寝ぼけ眼で隣の人を見ると…
ユジンと同じく高校生らしい彼もまた、ユジンをじっと見ていた。
ユジンと目が合い、パッと視線をそらす彼。
茶色いダッフルコートを着た、ユジンの見たことのない学生だった。
ユジンは、ちょっと怪訝そうに彼を見ていたが、
ふと、窓の外の景色を見てびっくり!そして叫んだ。
「止めて!!!!!」
湖の近くで急停車したバスから降りるユジン、そしてその男子学生。
ユジンは彼を見、そしてぐるっと周りを見回してみる。
大きな湖は美しい水を満々とたたえ、
湖面は、朝の光を反射してキラキラ輝いていた。
「ここは一体どこなのよ?」
学校へ行くはずが、今、目の前に広がっているのは見たことのない景色…
完全に寝過ごしてしまったらしい。
「何で起こさないのよ。」
男子学生にキレるユジン。
「・・・・・・・・・・」
「何年生?」
「2年生。」
彼が初めて口をきいた。
それを聞いてちょっと驚くユジン。
「ゴリラが怖くないわけ?2年生のくせに大胆ね。はぁ…」
あきれたようにため息をつくと、ユジンは歩き出した。
「タクシー、割り勘よ!」
しばらく動かなかったが、仕方なくユジンの後について歩き出す男子学生。


学校の近くに着くと、ユジンはタクシーを飛び降りて走り出した。
学校に続く坂道の途中で立ち止まり、振り向いて彼を見ると、
彼は、電信柱にもたれかかり、のんびり空を見上げている。
「ねえ!学校行かないの?」
すると彼は、胸ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
「あ…タバコ……」
ユジンは驚いて、先生が見ていたりしないかと周りをキョロキョロ。
しかし、彼は堂々と煙をゆっくり吐き出し、急ごうとする気配もない。
「もうっ…」
ユジンは、彼のことは放って、坂を一気に下っていった。
やっと校門に着いた!!その時だった。
「チョン・ユジン!!」
門の内側からにゅっ!と顔を出したのは…学校一怖いと評判の…
パク先生。そう、あだ名はゴリラ。
パク先生は怖い顔をして、人差し指でユジンを呼んだ。
がっくり頭を下げて、しぶしぶパク先生の方へ歩くユジン。
門の横では、すでに遅刻の罰を受けている男子たちが、
「遅刻はやめましょう。」
と、声をそろえながら腕立て伏せの真っ最中。
先生は言った。
「常連のチョン・ユジン、ごぶさただったのにねえ。
おまえも、手をあげてろ!!!」
怒鳴られて、ユジンが急いで女子たちがひざまづいて手をあげている横へ行くと、
(これが女子の遅刻の罰のようだ)
端にいたのは、同じクラスのユジンの友人ジンスクだった。
メガネをかけた、背の低い女の子だ。
「私、だった1分50秒遅れ。ひどいよ、ゴリラ。」
ジンスクは、小声でブツブツ。
「大目に見るわけないよ。」
そう言いながら、ユジンも隣へひざまづき手をあげる。
「サンヒョクは来てるけど。」
「大変だったのよ!」
ユジンが、たった今の惨劇(?)について語ろうとした時、
「お前!!」
ゴリラ…パク先生の怒鳴り声に、ユジンが校門の方を見ると…!!
「大遅刻だぞ!!」
なんと、ゆっくりゆっくり門に入ってきたのは、さっきの男子学生だった。
「!!!!!ねえ!!あの人よ!!!!!」
ジンスクの肩をボンボンたたくユジン。
先生に怒鳴りつけられても顔色一つ変えず、
慌てる様子もない彼を、ユジンは不思議そうに見ていた。


「自習を怠けたことを深く反省し、これからは―
これからは、何があっても…、な、ナマケマセン…」
ユジンのクラス。
パク先生が睨みをきかせている中、教壇に立って、
みんなの前で反省文を読まされているクラスメートの男子ヨングク。
「聞こえん。」
「何があっても怠けません!」
「何だって?」
すると、ヨングクは情けない顔をして先生に言った。
「先生…、魔が差しただけなんです。
先生にもご経験が…」
笑い出すみんな。
するとパク先生は、教壇へ行って、ヨングクの頭をペチン!
「私にはない。」
みんなはまた大笑い。
「反省していないようだな。」
先生が、ヨングクの耳を引っ張り、もう一度ゲンコツを振り上げた時、
教室のドアをノックする音が。
それに救われ、席へ戻るヨングク。
ドアを開け、教室を出る先生。
そこには、別の先生に連れられて、あの男子生徒が立っていた。
そう、今朝ユジンと湖まで行ってしまった、あの生徒だ。
「転校生です。」
紹介され、頭を下げる学生。
教室に戻ると、先生は言った。
「今日から転校生が入る。…どうぞ。」
入ってきたその生徒を見て、ユジンと隣の席のジンスクはびっくり!
「ねえ、あの人、今朝の…」
「ふぅ…」
ため息をつくユジン。
「ソウル―科学高校。」
「おお〜…」
彼の肩書きを読む先生…それを聞いて感嘆の声をあげるみんな。
「科学高から来た、名前が…」
「カン・ジュンサンです。」
自分で名乗るジュンサン。
「カン・ジュンサン?みんな、仲良くしてやるんだ。
全員で歓迎の拍手を。」
パチパチパチ…
みんなに頭を下げるジュンサン。
「席は、向こうの空いている所だ。委員長!」
「はい。」
このクラスの委員長、ユジンの幼なじみのサンヒョクが立ち上がった。
サンヒョクの顔を、なぜかじーっと見ているジュンサン。
「ロッカーを確認してやれ。学級日誌も書けよ。」
「はい。」
「ホームルーム終了。」
「気をつけ、礼。」
「ありがとうございました。」
頭を下げるみんな、そして、ジュンサン。


休み時間になり、みんなワイワイそれぞれ話をしている中、
黙って座ったままのジュンサンを、
ユジンは気になって、何度も何度も見ていた。
すると、後ろの席のチェリンが言った。
「かっこいいね。」
美人で自信家のチェリンは、ジンスクと同じようにユジンの親友だった。
「だれが?あの転校生?」
尋ねるジンスク。
チェリンは、じっとジュンサンを見つめている。
「かっこいいかなぁ…?」
確かにかっこいいが、ジンスクの好みではないらしい。
「かっこいいよ。他にいい男子いないでしょ?」
チェリンの言葉に、ちょっと不服そうなジンスク。
「いるでしょう!」
「だれよ?」
ジンスクの目線の先には、さっき情けない顔で反省文を読んでいたヨングクが。
「ヨングク??」
「変わった趣味!!」
笑い出す周りの女子たち。
「男らしいでしょ!」
むくれるジンスク。
すると、チェリンの隣の女子がこそこそ話し出した。
「ねぇ、先生たちが話してたけど、科学高でも成績1番だって。
『全国数学オリンピック』とか…」
「『オリンピアード』!」
訂正するチェリン。
「あ、それっ!1位取ったって!天才ってやつかもね。」
ユジンは、改めてジュンサンの方を見た。
すると、突然チェリンが机をバン!と叩き、
「彼は私がもらった!邪魔しないでよ。」
と、宣言!
そして、ジュンサンの席へ行き声をかけた。
腕組みし、自信たっぷりで…。
「よろしく、オ・チェリンよ。」
その声に、ほんの少し顔をあげたジュンサンだったが、
特別何の反応もなく、言葉を返すわけでもなく、
再び下を向いてしまった。
チェリンにとって、鼻をへし折られたような状態…。
見ていたジンスクが、プッと吹き出す。
次に、ジュンサンに声をかけたのは、
委員長のサンヒョクだった。
「よろしく、委員長のキム・サンヒョクだ。」
そう言って、右手を差し出したサンヒョクだったが、
ジュンサンがそれに応じようとしないと見ると、
そっとその手を引っ込めた。
その様子を、自分の席から見てるユジン。
「クラブだけど、どこがいい?」
「どこでも。」
それだけ言ってジュンサンは立ち上がり、教室を出て行った。
「カン・ジュンサン!」
呼び止めるサンヒョクの手から、クラブの名簿を取り、
「私が聞いてくる。」
と、後を追いかけて廊下に出るユジン。
「ねえ、ちょっと待ってジュンサン。
何ふてくされてるの、委員長が困るわ。」
ジュンサンは、黙ってユジンの顔を見ていた。
「クラブはどこに?」
すると、ジュンサンはフッと笑ってこう言った。
「まだ眠い?」
「え?」
ちょっとむくれるユジン、しかし、すぐに気を取り直し…
「科学高にいたんだし科学部は?」
「趣味まで科学か…」
「…そうね。じゃ、全クラブ名を言うわよ。
合唱部、ブラバン部…」
「あいつは何部?」
教室から出てきたサンヒョクの方を見て尋ねるジュンサン。
「彼?サンヒョク?」
「ああ。」
「放送部よ。」
「放送部か、じゃ、僕もそこにする。」
ジュンサンは、それだけ言って行ってしまった。
サンヒョクと顔を見合わせ、首をかしげるユジン。


放送室
棚のレコードを選んでいるユジンとサンヒョク。
その後ろで、ソファに座って腕組みをしているジュンサン。
ガラスの向こう側では、チェリンとジンスクとヨングクが、
放送の準備をしているのだが、なにやらアクシデントが発生したらしい。
ガラスをゴンゴンたたくヨングク。
マイクの音が出ない…、ジンスクはマイクをポンポン。
それに気づいたユジンとサンヒョク。
慌てて出てきて、ヨングクは言った。
「壊れたのかなぁ。」
「昨日は平気だったよ。」
と、サンヒョク。
「いやあ…、どこか触った?」
ヨングクが、チェリンに向かって尋ねると、
「ちょっと、私のせいにしないでよ。」
気の強いチェリンは、すごい剣幕で怒り出した。
「どこかの線が外れているんじゃ…?」
ジンスクが、機械の後ろを見ようとすると、
「どこかいじる前に、先生に連絡しよう。」
と、それをサンヒョクが止めた。
「それはダメ!ゴリラに知れたら大変!」
「またひどい目にあうぞ。」
断固反対するチェリンとヨングク。
「大丈夫、僕らが壊したんじゃない。」
「絶対ダメよ、なんとかなるわ。」
チェリンは、サンヒョクの止めるもの聞かず、
機械の裏側に入って線をいじり出す。
「やめろよ!」
放送室は大騒ぎになってしまった。
その時…
「失礼。」
そう言って動き出したジュンサン。
みんなの見つめる中、機械の後ろへ行き、なにやらごそごそ…。
「何してる?」
新参者に何がわかる?とでも言いたげに、サンヒョク。
「接続が違ってる。」
そう言ってジュンサンは、次々ジャックを抜いて差し替え始めた。
あっけにとられるみんな。
手伝いながら、トロ〜ンとした目でジュンサンを見ているチェリン。
そして、作業はほんの数分で完了。
「テストを。」
「は、はい!」
チェリンが早速、マイクに向かって
「あ、あ…、あ!!!
すごいすごい!直っちゃってるよ!」
驚いて顔を見合わせるヨングクとジンスク。
「ありがとう!尊敬しちゃった!」
メいっぱいの笑顔でジュンサンを絶賛したチェリンだったが、
ジュンサンはニコリともせず、無言で放送室を出て行った。
「ジュンサン!どこ行くの?」
またまた相手にされないチェリンだった。


ジュンサンは図書室に行き、歴代の卒業アルバムが並んでいる棚から
1966年のアルバムを取った。
1ページ、また1ページとアルバムをめくってゆく。
まず目を留めたのが『カン・ミヒ』という女子。
次に見たのは『キム・ジヌ』という男子。
ジュンサンは、ポケットから半分焼かれたような痕のある写真を取り出し、
その写真を『キム・ジヌ』という男子に近づける。
歳は違うが、そこに写っているのは同一人物のようだ。
その焦げた写真には、アルバムの何年か後の『キム・ジヌ』と思われる人物が、
美しい女性と一緒に写っていた。


大学の教室。
キム・ジヌ先生の数学の講義が行われている。
そこへやってきたジュンサン。
そっと教室に入り、端っこの席へ腰掛ける。
中年になってはいるが、先生は確かに写真の人物に違いなかった。
「わかりましたか?」
「はい!」
返事をする学生たち。
「他の問題は大丈夫ですか?それじゃあ、もう消しますよ。」
キム先生が、黒板を拭こうとすると、学生たちがぶーぶー言い出した。
それを無視して、さっと黒板を消してしまうキム先生。
「頭で理解すれば書くことはない。公式なら教科書に出てる。
数学で大事なのは、暗記ではなく公式を使う力だ。
『想像力と好奇心』…それで答えを導く。」
納得したようなしないような…学生たちはまだざわざわ。
「それじゃ、誰かに解いてもらおうか。」
学生たちは急に黙って、先生と目を合わせないように下をむき出した。
そんな中、じっと先生を凝視しているジュンサンに先生は目を留めた。
「それじゃ、君。」
みんなの注目を浴びるジュンサン。
「前で解いてくれ。」
ジュンサンは、ゆっくりと黒板のところへ降りていった。
「公式を理解していればすぐ解けるよ。」
ジュンサンは、さっと黒板の問題に目を通し、
そして、チョークを持ってスラスラと問題を解き始めた。
驚いてみてる学生たち…、そしてキム先生。
それが難しい問題だということももちろんあるのだが、
先生やみんなが驚く理由が他にもう一つあった。
それは…。
「…これは、初めて見る公式だな。誰が考えたのかな?」
問題を解き終えたジュンサンに、キム先生は尋ねた。
「重要なことで?」
「いや、そうではないが…」
「僕が考えました。」
先生はそれだけでも十分すぎるほど驚いたが、
ジュンサンの襟についていた校章を見て、さらに驚いたのだった。
「君…、高校生なのかい?」
それを聞いて、教室中がまたざわざわ。
「はっは…、いやあ、高校生だとは驚いたな。
でも、どうして高校生が私の講義に?」
「想像力と好奇心です。」
先生の目を見て、きっぱり答えるジュンサン。


講義が終わり、廊下を歩くジュンサンを呼び止めるキム先生。
「君、待ってくれ。」
足を止めるジュンサン。
「私に用があったのでは?飛び級入学が希望か?」
「いえ、違います。
想像力と好奇心で、人探しに来たんです。」
と、その時…!!
「父さん!!」
先生をそう呼んだのは、なんとサンヒョクではないか!
「おお、サンヒョク。」
「今日は自習がなかったから。」
「はっはっは、そうか。」
「一緒に帰ろう。」
ふと、先生が振り返ると、そこにもうジュンサンの姿はなかった。
「どうかした?」
「…いいや。」


ジュンサンが家に戻ると、
庭を掃いていた家の世話係のおじいさんが言った。
「奥様がお帰りです。」
ちょっとイヤそうな顔をして、家に入るジュンサン。
テーブルに座っている母。
とても美しく派手な印象の人だ。
それともう一つ、ジュンサンの持っているあの写真に写っている…
キム・ジヌと一緒に写っている女性…
それは、若かりし頃の彼女…つまりジュンサンのお母さんだった。
テーブルには、料理が並んでいる。
「日本じゃないの?」
「演奏会にはすぐ戻るけど、あなたのことが…」
飲み物をカップに注ぎながら母が言った。
「いつ戻るの?」
「心配しなくても、明日すぐ行くわよ。」
あきれたように母はそう言って、一箸料理を口にした。
「新しい学校は楽しい?」
「・・・・・・・」
「すぐアメリカよ。なのにわざわざチュンチョンの学校に…」
「母さんの母校だろう?父さんとの思い出の…」
「何のこと?」
「僕の父親はだれ?」
ハッとして、箸を止める母。
しばし無言のあと…
「父親はいない、死んだのよ…。
とにかくアメリカ行きの準備をしなさい。」
それだけ言って、テーブルを立つ母。
うなだれるジュンサン。


こちらは、サンヒョクの家。
食卓を囲み、サンヒョクと父と母が、楽しそうに食事をしている。
「はは…、それじゃ彼は天才?」
サンヒョクは、とても興味深そうに父の話を聞いていた。
「天才かはともかく―、こちらを緊張させる生徒に出会うことは幸せだ。
今日は、そう感じた。」
うんうん…と、うなずくサンヒョク。
「この子と同じ学校の子?」
「ああ。」
「そんな天才がいる?」
母が、サンヒョクに尋ねた。
まさかその天才が、ジュンサンだとは夢にも思っていないサンヒョクは、
「僕の知っている限りでは、数学ではユジンが1番だよ。」
と、答えた。
「あなたのユジンは、何でも1番ね。」
冷やかし気味に、サンヒョクを軽くヒジでつつく母。
ニッコリ微笑むサンヒョク。
「そういえば、もうすぐ命日だな。」
「ユジンのお父さん?」
「うん、一緒に行くか?」
「ああ。」
すると、母は怪訝そうに言った。
「あなた、もう何年も経つのよ。親戚でもないのに。」
「母さん。」
ちょっと怒ったような父。
そんな父と母を見たサンヒョクが、
おどけて手づかみでから揚げを口にほおばった。
「このから揚げうまい!腕をあげたね。」
「お行儀悪いわよ。」
「父さんも、ほら!」
父も笑いながら、から揚げを手でつまむ。
場の空気が、いっぺんに明るくなった。
…そんな楽しそうな光景を、
窓の外から見ているジュンサン。


次の朝も、いつも通りユジンは必死に走っている。
バス通りへ出ると、発車したバスの目の前に飛び出し両手を広げて
「お願い!止まってぇ!!!」
命がけでバスを止めようとしたユジン…そして、
急ブレーキをかけて止まったバスに、
「よっし!」
と、ガッツポーズ。
「どうも!」
笑顔でバスに乗り込むユジンに、
「危ないよ。」
と、運転手。
…運転手からの注意はそれだけだったが、
乗客の目は、かなり冷たい…。
ちょっと首をすくめて吊り革につかまり、ユジンがお気に入りの座席を見ると、
そこに座っていたのは、ジュンサンだった。
一瞬目が合ったけれど、すぐに視線をそらすユジン。
やがてバスは、学校の前に到着。
ジュンサンが、バスを降りようとドアに近づくと、
ドアのすぐ後ろの座席で、窓にもたれてユジンはまた眠っている。
チラッとユジンを見たものの、ジュンサンはそのままバスを降りた。
そして、外からユジンのもたれている窓をコンコン!
ユジンがびっくりして目を覚ますと、
バスはちょうど学校前を発車したところだった。
「降ろしてください!!」
乗るときも、そして降りるときも無理やりバスを止めるユジンだった…。
「ごめんなさい!」
叫んで走り出すユジン。
角を曲がって校門を見ると、パク先生が抜き打ち検査の真っ最中。
一人一人生徒を呼びとめ、校章がどうの、靴がどうのと怒鳴り散らしている。
ユジンは、慌てて今来た道を戻ると、
後ろからのんびり歩いてきたジュンサンの腕を引っ張った。
「しーっ!ゴリラ(がいる)!こっちこっち。」
ジュンサンは、そんなこと別にどうでもよかったのだが、
フッと笑ってユジンの後について行った。
ユジンはジュンサンを連れて、パク先生が他の生徒に注意しているその間に、
気づかれないようそーっと横を通って、学校の裏手に回った。
しかし、そこに裏門らしきものはなく、
ユジンの身長ほどの高さのコンクリートの塀が連なっているばかりだ。
塀の中を、背伸びしてのぞくユジン。
そして、誰も見ていないことを確かめると、ジュンサンにこう言った。
「私が上で引っ張るわ。背中貸して。
助け合いの精神よ。早く伏せて!ほら!!」
ジュンサンは、ちょっと苦笑い…、そして道に伏せて馬を作る。
ユジンは、手提げを置いて靴を脱ぎ、
ジュンサンの背中を踏み台にすると、
「のぞかないでよ。」
と言って、塀によじ登る。
「重くて動けないって。」
と、ジュンサン。
「よいしょっと!」
最後は、片足の裏をジュンサンに下から持ち上げてもらって、
なんとか塀の上に腰掛けたユジン。
「さあ、荷物を取って。」
ジュンサンが、手提げと靴を取ってユジンに渡すと、
「あなたの番よ。」
と、ユジンがピンクの手袋をした手をジュンサンに差し出した。
しかし、ジュンサンは微笑み、カバンをポーンと塀の中へ投げ、
塀の上に手を掛けると、びょん!と塀を乗り越えてしまった。
そして、驚いてキョトーン!としているユジンに向かって
(受け止めてやるから飛び降りろよ)
というように、両手を差し出した。
「助け合いだろ?」
しかしユジンは、プイっと顔をそむけ、
「大丈夫よ。」
と、一言。
「そうか。」
カバンを拾い、ジュンサンはさっさと歩き出した。
塀の上に残ったユジン…え?ホントに行っちゃうの??
そんな表情で、去ってゆくジュンサンを見ていたが、
どうしても怖くて飛び降りることができない。
「…ね、ねえ、ジュンサン!!」
ユジンは、行きかけたジュンサンを呼び止めると、恥ずかしそうに手招き。
ちょっと微笑んで、ユジンの元へ戻るジュンサン。
そして、まず靴を履かせてやり、先ほどのように両手を広げた。
今度は躊躇なく、ジュンサンの腕の中に飛び込むユジン。
ユジンは、ギュッと受け止めたジュンサンからパッと離れると、
恥ずかしいのをごまかすように、こんなことを言った。
「お昼休みの放送…、遅れないでよ。」
そしてお礼も言わず、髪を直しながらさっさと歩き出したユジン。
「おい、ユジン。」
ユジンが、足を止めてジュンサンの方を振り返ると、ジュンサンは一言。
「ジッパー。」
慌ててスカートのジッパーを確かめるユジン、しかし…
「カバンのだよ。」
そう付け加えられ、ユジンは怒ったり赤くなったり…。
「もう、最低!!」


昼休み
放送室で、腕組みをしているユジン。
腕時計に目をやる…時間だ。
「やっぱりね、来るわけないわ。
…見てなさい、ジュンサン。」
ユジンは、レコードを手にマイクの前に座り、放送を開始した。
「「みなさん、JBSのお昼の放送です。
今日は、責任感についてお話します。」」
校内に響き渡るユジンの声。
「「実は、一緒に放送するはずの人が現れませんでした。
お陰で私は今…お昼も食べずに放送しています。」」
この頃ジュンサンは、屋上で、椅子を集めてベッド代わりにし、
顔の上に開いた本を載せて昼寝の真っ最中。
「「あなたのちょっとしたわがままで…他人が迷惑しています。
今、聞いていたら、心に留めておいてね。
あら、私事になってしまいました。
それでは、最初の曲をお届けします。」」
本から出ていたジュンサンの口元が、ちょっと笑った…。


校舎とは別棟にある放送室へ向かうジュンサン。
ドアを開け中に入ろうとして立ち止まる。
放送室のガラスの向こうで、ユジンが曲に合わせて踊っていたからだ。
ドアの隙間から、そんなユジンを微笑んで見ているジュンサン。
ノリノリで踊るユジン…ターンするたび、サラサラの髪がなびく。
唇をとがらせて一緒に歌うようなしぐさ…
そのうち、マイクを引き抜いて熱唱ポーズ。
アイドルにでもなったような気分なのかもしれない。
そんなユジンは…なんだかとてもかわいかった。
しばらく踊った後、ドアのところにジュンサンが立っている事に気づいたユジンは、
ちょっと固まったあと、何事もなかったかのような顔をして、
マイクの前に座りなおした。
微笑んで放送室へ入るジュンサン。
そして、ガラスの向こうで
レコードのジャケットで顔を隠すようにしているユジンの正面に座り、
そこにあったユジンのスケッチブックを手に取った。
中を見るジュンサン。
それに気づいたユジン、ガラスの向こうで何かすごい勢いで怒っているが、
こちら側には何も聞こえない。
「人のスケッチブック、勝手に見ないでよ!」
と、おそらくそんなことを怒鳴っているのだろうが、
ジュンサンは、見るのをやめようとはしない。
そして、ちょっぴりいたずらっぽく笑ったかと思うと、
そっとマイクのスイッチをONに…。
「「こらっ!」」
ユジンの声が、校内中に響き渡る。
それは、教室でお弁当を食べていたサンヒョクの耳にも、もちろん。
「!!!ユジンだ!行こう!!」
ヨングクを連れて、放送室へ走るサンヒョク。
放送室のある建物に着くと、ちょうどユジンがスケッチブックを抱えて、
怒って出てきたところだった。
「ユジン!何かあったのか?」
「知らないっ!」
サンヒョクを押しのけるようにして、出てゆくユジン。
「何だ??」
サンヒョクとヨングクが、急いで放送室に入ってみると、
そこにいたジュンサンが、特に慌てる様子もなく、
(?何しに来たの?)
みたいな顔で二人を見るのだった。


音楽室
ピアノのテストを受けているユジンのクラス。
一人一人ピアノで課題曲を弾き、点数をもらうというわけだ。
課題曲は、シューマンのトロイメライ。
…これは、かなりハードなテストだと思われる。
「あなたは5点よ。」
音楽の女の先生は、ジンスクに冷たく言い放った。
「先生、もう一回だけ!」
拝むように頼むジンスク。
「だめ、来週またテスト。」
「そんな〜…」
「それじゃ次、カン・ジュンサン。」
しょんぼりとピアノを離れるジンスクと入れ替わり、
ピアノの前に座るジュンサン。
「左右の手を一緒にね。用意して、さん、はい!」
しかし、ジュンサンは何もせず黙って座ったままだ。
「練習した?カン・ジュンサン。」
…何も答えないジュンサン。
「カン・ジュンサン!!」
すると、見かねたユジンが言った。
「あの、先生!彼は転校生なんです!」
「そう…気づかなかったわ。
それじゃあ、来週までに練習してくること。
できなかったら0点よ。」
「はい。」
ジュンサンはボソッと返事をして、ユジンを見ながら席へ戻った。
慌ててジュンサンを見ていないふりをするユジン。


校庭、バレーボールコート
男子の試合が行われている。
コートサイドで声援を送るユジン他女子たち。
ジュンサンとサンヒョク、ヨングクは同じチームだ。
打っても拾っても大活躍のジュンサン。
女子たちの黄色い声がジュンサンに降り注ぐ。
…だがジュンサンは、明らかにサンヒョクに来たボールを、
サンヒョクを押してでも自分のボールにしてしまうのだ。
それがことごとく決まってしまうのだから、サンヒョクもおもしろくない。
またサンヒョクを押しのけて打ったジュンサンのスパイクが、
相手コートに突き刺さった。
チラッとサンヒョクを見るジュンサン。
何も言わないサンヒョク。
ユジンは、そんなジュンサンとサンヒョクに気づいていた。
「ジュンサン、すごい!!やっぱり男は力だよね!!」
ユジンの隣にいたジンスクは、夢中で拍手。
すると、その隣のチェリンが、いつも通り自信たっぷりの口調で言った。
「どうかな?男は三拍子そろってないと。」
「三拍子?」
「知性と野生でしょ。それに…きゃぁ!」
そこへ、ボールが飛んできた。
頭を隠してよけるチェリン。
しかし、それほど強くなかったので、ボールはジンスクが難なくキャッチ。
ボールを取りに来たのがジュンサンだとわかると、
チェリンは、ジンスクからボールをもぎ取って立ち上がった。
ジュンサンは、何も言わずにチェリンからボールを取ると、
さっさとコートに戻っていった。
その後姿をじっと見つめながら、チェリンは、
「感性。」
と、三拍子の最後の一つと、もう一言、
「モノにする!」
と、鋭く目を光らせてつぶやいた。
それを聞いたジンスクは、気分が悪くなったらしく、
「ごめん、トイレ行ってくる…。」
と、席を立ってしまった。
ユジンは、相変わらずサンヒョクを押しのけて活躍するジュンサンと、
何も言わないサンヒョクを、心配そうに見ていた。
その時、
「サンヒョク!」
ヨングクが名指しであげたトスに、
思い切りジャンプするサンヒョク。
が、すぐ横からジュンサンもジャンプ!
空中でジュンサンに体を押され、サンヒョクは転倒。
ジュンサンの打ったスパイクは、またも決まった。
「大丈夫か?」
心配そうに駆け寄るヨングク。
「ああ。」
「ほら、立てよ。ファイト!」
ヨングクに励まされて立ち上がったサンヒョク…だが、
とうとう堪忍袋の緒が切れたようだ。
「作戦タイム!」
そう言ってサンヒョクは、ジュンサンに近づいた。
「ジュンサン、ひどすぎるぞ。」
「…何が?」
「チームワークを考えてプレーしろよ。」
ちょっと声を荒げるサンヒョク。
「勝てばいいだろ?」
「結果より過程だよ。」
するとジュンサンはフッと笑ってこう言った。
「ホントに?…教科書に書いてあったのか?」
「・・・・・・・」
「フッ…さすが優等生。」
サンヒョクは、バカにしたように笑ったジュンサンの胸元をグイッとつかんだ。
「今何て言った?」
「殴ればいい。」
…しかし、何もしないサンヒョク。
「殴るなって教わったのか?」
ジュンサンは、サンヒョクの手を振り払うと、
「…くだらねえ。」
ボールを地面に叩きつけ、去って行った。
それを、じっと見てるユジン。


放課後、並んで歩くユジンとサンヒョク。
「結果が重要なのは当たり前だけど…
過程が大切だって言うサンヒョクも正しい。
どっちも正しいの。」
ユジンは、持っていたカバンをリズミカルに振りながら、
明るくサンヒョクにそう言った。
「ユジン…、いいや。」
何か言いかけてやめるサンヒョク。
「何よ?言ってごらん、何の話?」
「ユジン…、僕ってそんなに優等生みたいかな?」
サンヒョクは足を止め、真剣にユジンを見た。
だが、ユジンは大笑い。
「ハハハハ…!決まってるでしょ?ステキな優等生よ。」
「こっちは真剣なんだぞ。」
「あら、悩んでるの、優等生がぁ?」
ユジンは、手袋の手で、サンヒョクのほっぺたをツンツン!
「からかいやがって。」
笑ってユジンの背中を押すサンヒョク。
「優等生ったら、お堅いんだからっ!」
ふざけあいながら仲良く坂道を降りてゆく二人。
それを見ている、後ろからやって来たジュンサン。
フクザツな表情で、足取りも鈍くなる。
そして、そんなジュンサンの隣に来て声をかけたのは、チェリンだった。
真っ赤なダッフルコートは、情熱的な彼女にとてもよく似合っている。
「あの2人ってお似合いね。」
「・・・・・・・」
「絶対あやしいと思う。幼なじみだって言っても、言い訳になってない。」
「言い訳って?」
「決まってるでしょ?つきあってるのよ。あれで隠してるつもりよ。
…私たちは、はっきりと…ね。」
足を止め、ジュンサンを見つめるチェリン。
「…何が?」
怪訝そうな顔のジュンサン。
「私が好きなんでしょ?
あなたは自分から告白しない、でも…
私がいたから放送部に入った。」
「フッ…」
あきれたように鼻で笑うジュンサン。
「いいわ、つきあってあげる。」
「面白いな。」
「??」
「その想像力を、他のことに使えよ。」
またまた相手にされなかったチェリン…
悔しそうに、立ち去るジュンサンの背中をにらんでいた。


夜の商店街
「これで1万5000ウォン?」
「いい生地を使っているので。」
「これは普通でしょ?少しくらいまけなさいよ。」
「精いっぱいですよ。」
洋品店の店先で、客の相手をしているユジンの母。
母は、こうして必死に働いて、女手一つでユジンと妹のヒジンを育ててきた。
こんな風に、無理やり値切ろうとする客もいる…
並みの苦労ではなかったに違いない。
そこへやって来たユジン。
「いつも買ってるし、いいじゃない?」
「勘弁してください。1万5000ウォンいただかないと…」
「これでいいでしょ?はい!」
「でも…あ。」
「また来るわね。」
客は、いくらかの金を押し付け、
無理やりユジンの母からその服を奪い取るようにして行ってしまった。
「ちょ、ちょっと!」
しかし、客が止まるわけがない。
しかなくあきらめて母が振り向くと、そこにユジンが立っていた。
「あら、いたの?」
にっこり笑うユジン。
「売れてる?」
そして、頼まれていた荷物を母に渡した。
「持ってきてくれたのね。」
「ご飯は?」
「食べたわよ。」
微笑みながら、やさしくユジンのマフラーを直してやる母。
「またラーメンでしょ?」
ユジンは、忙しさのあまり、ラーメンばかり食べる母が気がかりだったのだ。
「人の心配より早く帰って。」
「わかった、ママ。でも寒いから上着を…」
「(ちょっと笑って)ヒジンが家に一人だから。」
「わかった、じゃあね!」
手を振り歩き出すユジン。
2〜3歩歩き、再び母の方を心配そうに振り返る。


同じ頃、ジュンサンは、その近くの食堂で夕ご飯を一人食べていた。
その店の前を通り過ぎるユジン。
だが、お互い気づかない。
ユジンが路地に入ると、酔っぱらった男が一人…。
ジュンサンが、食堂を出て路地の横を通り過ぎようとした時、
「ネエちゃん、飲もうよ。」
「いや!おじさん、離して!」
酔っぱらいに絡まれているらしい、聞き覚えのある女の子の声に、
路地の方を見るジュンサン。
「いいじゃないか、ネエちゃん、固いこと言うなよ。」
「いやだ!」
それがユジンだと気づいたジュンサンは、
急いでユジンの元へ走っていった。
「助けて!」
「ユジン!」
その声に驚くユジン。
「ジュンサン!!」
「知り合い?」
ジュンサンの問いに、首を横に振るユジン。
「彼女に何を?」
酔っぱらいに尋ねるジュンサン。
「ああ?何だって?ガキのくせに。大人に因縁つけるのは100年早いぞ。
子供はお家で静かに勉強でもしてろ!生意気な!」
サラリーマン風のその酔っぱらいは、
そう言いながらジュンサンのオデコを指で何度もつついた。
そして再び
「ネエちゃん。」
と、ユジンの肩に手を…。
「離してよ!」
ジュンサンは、ユジンの肩から酔っぱらいの手を払いのけると、
「行こう。」
と、ユジンを守るように肩に手を回し、歩き始めた。
「待て。」
追いかけてきた酔っぱらいは、
「このガキ!生意気な!!」
いきなりジュンサンの頬を張り倒してきた。
「きゃあっ!!何するんですか!」
止めるユジンの腕を
「来いよ、ネエちゃん!」
と、また引っ張ろうをする酔っぱらい。
そこでユジンは、酔っぱらいの腕に思い切り噛み付いた!
「痛ぇ!何するんだ!貴様、ふざけやがって!!」
カンカンになった酔っぱらいは、ユジンの首を絞めようと…!
そこで立ち上がったジュンサンは、酔っぱらいにパンチ!
取っ組み合うジュンサンと酔っぱらい。
「やめて!やめて!」
と、落ちていたホウキを拾って、酔っぱらいを叩くユジン。


交番
「あの子が誘ってきて…」
酔っぱらいの声が、聞こえる。
椅子に座って待たされているユジンとジュンサン。
ジュンサンは、あごにできた数箇所の傷の血をハンカチぬぐっているのだが、
鏡があるわけではないので、的を得ていない。
「そこじゃないわよ。貸して。」
ユジンは、ジュンサンからハンカチを取り、血を拭いてあげようとしたが、
ジュンサンが顔をそむけようとしたので、
「じっとしてて。」
と、一言。
しばらく血をぬぐってやり、ユジンは言った。
「もう…私なら大丈夫。逃げられたわよ。」
「・・・・・・・」
「そっちのアゴ。」
ハンカチをジュンサンに返し、ユジンは大きなため息をついた。
「はぁ…、でも、困ったな。ママには知られたくないし…。
私のママは絶対にダメ!あなたの親を呼んでね。」
「・・・・・・・」
「いい?」
その時、警察官が2人の前にやって来た。
姿勢を正す2人。
「おまわりさん、あのおじさんがいきなり絡んできて…」
話し出したユジンに向かって
「生意気な!」
と、ファイルを振りかざし、叩くそぶりを見せる警察官。
「お父さんは?」
「・・・・・・」
2人とも黙っている。
「どうした?」
声を荒げる警察官に、ユジンは言った。
「死にました。」
え?という表情で、ユジンを見るジュンサン。
ユジンは続けた。
「母は今、仕事が忙しいので…」
「まったく…。君は?連絡したのか?」
今度はジュンサンを見る警察官。
「・・・・・・・」
「今まで何をしてた?早く電話しなさい!早く!!」
「・・・・・・・」
「何で黙っているんだ?君、こんな遅くまで、親は心配してるぞ。
保護者だよ!お父さんを呼ぶんだ!」
ますます大きくなる警察官の声…
「父はいません。」
今度は、ユジンが、え?という顔でジュンサンを見るのだった。


町の中
美しいイルミネーションで飾り付けられた場所に座る2人。
ジュンサンのあごの傷を、ハンカチで押さえるユジン。
「痕が残らないかな?」
「別にいいよ。」
「あなたもお父さんがいなかったのね。
うちのパパは病気だったの。あなたのお父さんは?」
「・・・・・・・」
答えようとしないジュンサン…ユジンもそれ以上聞こうとはしなかった。
ちょっと黙った後、今度はジュンサンが尋ねた。
「あいつが好き?」
「??サンヒョク?…まさか!彼とは幼なじみで兄弟みたいなもんよ。
父親同士が友だちだったの。」
「あいつの父親と、君の父親?」
「そう、高校時代からの親友だって。2人とも、うちの高校の先輩よ。」
「…ああ、そうか。もう行こうか。」
立ち上がり歩き出すジュンサンとそれに続くユジン。
「ねえ、正直に答えて。」
ピンク色の手袋をはめながら、ユジンが尋ねた。
「ソウルで問題起こしたの?…それで転校して来たんじゃ…」
するとジュンサンは、ちょっとあきれたようにユジンを見た後、
「人捜しだよ。」
と、答えた。
「誰を?」
「…関係ないだろ。」
「それはそうだけどさ…。
ねえ、今日は本当に…」
そこまで言いかけたユジンの言葉を打ち消すように
「気にすんな、誰にでもああしてた。気をつけてな。」
と言って、ジュンサンは早足で歩き出した。
しばらくユジンは、その背中を見ていたが…
「ちょっと、ジュンサン!」
大声でジュンサンを呼び止め、塗り薬の入った袋を投げた。
「一日3回ちゃんと塗りなさいよ!忘れずに!!」
そして、そう怒鳴ると、プイっときびすを返し行ってしまった。
ちょっと微笑んで、ユジンを見ているジュンサン。


次の日、首を痛そうにしながら登校してくるユジン。
貼り薬が襟からのぞいている。
教室に入ると、サンヒョクが近づいてきた。
「ユジン、昨夜電話したけど、出かけてた?」
「あ、ああ…、ママのお使いに行ってた時じゃない?」
ちょっとごまかし気味に答えるユジン。
「その首、ケガしたの?見せて。」
ユジンの首の貼り薬に気づいたサンヒョクは、
心配そうにユジンの首に手を掛け、傷を見ようとしたが、
「何でもない、久々の運動で筋を違えたかも。」
と、ユジンはちょっと身をよじってそれをやんわり拒否。
「痛くないの?」
それでも、もう一度サンヒョクがユジンの首に手を伸ばした時、
「あら、ジュンサン。」
と、チェリンの声が。
そちらを見る2人。
教室に入ってきたジュンサンのあごには、絆創膏が貼られている。
「絆創膏が貼ってあるけど、ケガでもしたの?」
心配するチェリンだったが、何も答えず席につくジュンサン。
「どうしたの、教えてよ!!」
しかし、返事はない。
怒ってチェリンが、ふとユジンを見ると、
ユジンの首にも貼り薬が貼ってある…。
「ユジン、あなたもケガ…?」
サンヒョクの手を払いのけるようにして、そのケガを見ようとするチェリン。
ユジンも、何も言わない。
ユジンとジュンサンと…2人を交互に見て、チェリンはピン!ときた。
「あやしい…、ジュンサンと何かあった?」
「何もない。」
チェリンの腕を引っ張って席に座らせるユジンを、じっと見ていたサンヒョクは、
そっとジュンサンの方を振り返った。
目が合うジュンサンとサンヒョク。
サンヒョクは、(気になんかしていない…)とでも言うようにさっと目をそらす。
ジュンサンは、今度はその横のユジンに目をやった。
ちょうどその時、そーっと振り返りジュンサンを見たユジン。
ジュンサンが自分を見ていたのでちょっと驚いたが、
ジュンサンがやさしく微笑むのを見て、ユジンもニコッと微笑み返すのだった。
それは、ジュンサンがユジンに見せた、初めての心からの微笑みのような気がして、
ユジンはちょっとうれしかった。


教室で、紙の練習用の鍵盤で、ピアノの練習をしているジンスク。
「右手がこうなって…左手がこうなるんだから…
もうっ!何でできないのよ!」
いらだつジンスクの横で、笑って見ているユジン。
そこへ、ニコニコ笑いながらヨングクがやってきて、ジンスクの正面に腰掛けた。
「できない?」
「うん…。」
「点数は何点取れるかな?じゃあ、手を出して。」
「…手?」
不思議そうな顔をしながら、ジンスクが差し出した手を取って、
「よしよし。」
ヨングクは、手相を見るようにしながらジンスクの手を撫ぜ、
「さてさてさて、何点かな…」
と、じーっとジンスクの掌を見つめた。
「どう?わかる?」
ヨングクに気があるジンスクは、ちょっとうれしそう。
「まだだ………………見えた!!」
「まさか、5点……?」
「ご、5点?」
「うん…。」
「今度は手を開くぞ。パッ!!」
パッと手を開くジンスクとヨングク。
「そうだ!このとおりです。ピアノの点数は5点!」
クスクス笑うユジンと、泣き出すジンスク。
「本当?ほんと?…どうしよう。一生懸命練習したのに…」
軽い冗談のつもりだったのに、ヨングクは大慌て!
「な、なあ、ジンスク、両手両足合わせたら20点だ!!」
「…もういいよ。」
必死に慰めるヨングクを見ていて、
何かを思い出したように席を立つユジン。
向かった先は、ジュンサンの席。
「ジュンサン、一緒に来て。」
教室を出てゆくユジンと、それに続くジュンサン。


2人は、講堂にやって来た。
ユジンは、講堂の隅に置いてあるピアノの前に立ち、
「座って。」
と、ジュンサンをピアノの椅子に座らせ、自分もその右側に一緒に座った。
そして、ジュンサンの手を取って鍵盤の上に乗せ、
「手を乗せて、いい?卵を握るように丸くね。
手首を下げずに、こうよ。」
この前のピアノのテストで、何も出来なかったジュンサンに、
ピアノの手ほどきをしようということらしい。
「何してるの?」
「何って、ピアノを教えてるの。
…昨日、助けてもらったから。」
「だから?」
「借りを返すの。私ね、借りを作るの嫌いだから。」
フッと笑うジュンサン。
「先生も、努力したことがわかれば…0点にはしないわよ。いい?」
ユジンは、課題曲のトロイメライを弾き始めた。
窓から差し込むオレンジ色の日差しが、すぐそばにあるユジンの顔を照らし出す。
まっすぐに伸びた黒髪も、光に透けて金色に輝いた。
指先とユジンの横顔と…
じっと見つめてジュンサンは、しばらくピアノを聴いていたが、
「ふふっ、忘れちゃった。」
と、ユジンは、途中で指を止めて微笑んだ。
するとジュンサンは、ニコッと笑って鍵盤に手を乗せ直すと、
慣れた手つきで、スラスラと続きを弾き始めたではないか!
あっけに取られるユジン…。
「ピアノ弾けないって言ったじゃない?」
「言ってないよ。」
今度は別の曲を弾くジュンサン。
それは、ユジンが初めて耳にする…とても美しいメロディだった。
やわらかい日差しにふんわりと包まれ、
まるでスポットライトに中にいるような2人。
ゆるやかで…おだやかで…
時間が止まっているような錯覚さえしてしまうような…
ユジンにとって、味わったことのない感覚だった。
やがて、鍵盤を愛おしむように流れるジュンサンの指が、
一曲弾き終えて、そっと止まった。
「すごい…、こんなに上手だなんて。何ていう曲?」
「『初めて』。」
「…『初めて』……」
うなずきながら繰り返すユジン。
ジュンサンは立ち上がり、窓ぎわへ行って外を見ると、
校舎の角で出立ち話をしていたジンスクのところへ、
キョロキョロしながらサンヒョクがやってきて、二言三言言葉を交わした。
首をかしげたジンスクと、さらに周りを見回すサンヒョクを見て、
「ねえ、ユジン見なかった?」「うん、見てないよ」
「そうか、どこ行ったんだろう…」
おそらくそんなやり取りがあったのだろうということは、
ジュンサンにも安易に想像がついた。
ジュンサンは、ピアノの方を振り返りユジンにこう言った。
「なあ、ユジン、今から借りを返せよ。」


やはりユジンを捜していたいたサンヒョクは、
向こうからあるいてきたユジンを見つけ、笑って駆け寄ろうとしたが、
ジュンサンと一緒に歩いてきたと知って、思わずその場に止まった。
ユジンはそんなサンヒョクには気づかず、
逆に、サンヒョクをじっと意識的に見ながら通り過ぎるジュンサン。
ただ黙って見ていることしかできないサンヒョク…。


学校の前でバスに乗るジュンサン。
「どこへ行くの?」
しかし返事がない…仕方なく後についてバスに乗り込むユジン。
昼間のバスは、ほとんど貸しきり状態だった。
ユジンは、お気に入りの一番後ろの窓際の席に座り、
その左側にジュンサンが座る。
そう…、ちょうど2人が初めて出会ったあの朝のように…。
ユジンが窓を少し開けると、風になびいたユジンの髪が、
となりのジュンサンの頬を撫ぜた。
ジュンサンは、ユジンの髪を押さえることもせず、
自由に思い切りその髪を自分の顔で遊ばせる。
そして、ユジンの、風を感じているその表情に、
思わず引き込まれそうになるジュンサン。
ふと、風がジュンサンに迷惑かもしれないと思ったユジンが、
窓を閉めて正面を向いた。
すると、前の座席の背もたれカバーが、破けて垂れ下がっている。
ユジンは、自分の首に貼ってあった貼り薬をはがし、
テープ代わりに、切れたカバーに貼り付けて補修。
それを見たジュンサン、クスッと笑ってあごの絆創膏をはがし、
ユジンの貼り薬に並べて貼り付ける。
見つめ合って、笑う二人。


メタセコイアの並木道を、並んで歩くユジンとジュンサン。
「知ってるか。」
ジュンサンが、静かに話し始めた。
「影の国に行った男の話。」
「知らない。どんなの?」
「男が影の国に行った。
でもみんな影だ、だれも話しかけない。」
「それで?」
「それで、男は寂しかった。……おしまい。」
「アハハッ!」
「何?」
「なんか、おかしくて。」
「何で?」
「初めて会ったとき、変なヤツだなって…。
いつも独りぼっちで、文句ばっかりありそうで。」
それを聞いて、フッと笑うジュンサン。
ユジンは、かたわらに倒れていた木の上にぴょんと飛び乗り、
両手を広げてバランスをとりながら、その上を歩き出した。
「あなたにはね、友だちが必要なのよ。
作っといて損はないでしょ?」
「僕には必要ない。」
ポケットに手を突っ込んで歩きながら、ジュンサンはきっぱり言い放つ。
「友だちの作り方ってね、簡単よ。
お互いに一歩ずつ歩み寄るの。
一方通行じゃダメなの…、見てて!」
ユジンは、木の上を一歩ずつゆっくり歩きながら、
「右、左、右、左…お互いに近づくだけ。」
そう言ってニッコリ。
「右、左、右!!!」
ずるっと足が滑りそうになり、バランスを崩したユジンに、
ジュンサンが、さっと手を差し伸べた。
驚いて、その手をじっと見るユジン。
「歩み寄るんだろ?」
やさしい眼差しでユジンを見つめるジュンサン、
やがて、差し伸べた手の上に乗ってきたユジンの指を、
キュッと握りしめた。
それは、2人の心が歩み寄った瞬間でもあった。


「そうだ、捜してた人、見つかった?」
夕陽の沈みかけた河のほとりを歩きながら、ユジンが尋ねた。
「ああ。」
「だれなの?」
「…父親。」
「??亡くなったって…。」
「・・・・・・」
「会ってどうだった?」
「どうかな…。期待してたわけじゃない。
ただ、どんな人か…どこが似てるのか…
気になってただけ。」
「…それで?」
「会って…、僕を見ても無反応だった。
気づいてほしかった。」
ちょっと寂しそうにつぶやくジュンサン。
そして、大きなため息をつくと、
「憎んでるのかな。」
と、ポツリ。
「…たとえ憎くても、お父さんがいてうらやましい。
生きてるんだもん。」
そう言って、ほんの少し微笑むユジン。
それ以上何も言わないジュンサン。

薄暗くなった川沿いの道を、急いで走る二人。


ユジンが、ジュンサンに送ってもらいながら家に着くと、
家の入り口に、ユジンのカバンを持ってサンヒョクが立っていた。
「サンヒョク…」
「カバンを持ってきたよ。補習のプリントを中に入れといた。」
「そう、あのね…」
と、言いかけたユジンの言葉を遮るように
「よかったよ、何でもなくて。」
と、話し出すサンヒョク。
そして、おもむろにジュンサンの顔を見ると、
「一緒だとわかっていたら、君のも持ってきたのに。」
と、精いっぱいの皮肉を言った。
ユジンを連れて校門を出て行くところを見ていたサンヒョク、
そして、そんなサンヒョクのことを知っていてユジンを連れ出したジュンサン…。
だが、そんなとこはユジンの前で話すような2人ではない。
決してにらむわけではないが、
強い気持ちを込めた視線をぶつけ合う、ジュンサンとサンヒョク。
その時、
「サンヒョク。」
やってきたのは、サンヒョクの父、キム・ジヌだった。
さっと目を伏せるジュンサン。
「父さん。」
「先に来てたのか。やあ、ユジン。」
「こんばんは。」
頭を下げるユジン。
「法事の準備、大変だったろう。」
サンヒョクの父の言葉を聞いて、大事なことを思い出しユジンは大慌て。
「そうだ…命日だ!ママに叱られちゃう!
私、先に行きます!!」
ユジンは、サンヒョクの父にぺこりと頭を下げると、
「ジュンサン、またね。」
と、ジュンサンに言い残し、急いで家に入っていった。
ジュンサンは、サンヒョクの父に顔を見せないようにしながら、
何も言わずに、その場を立ち去った。
「何かあったのか?」
「いや。行こうか、父さん。」
サンヒョクの父は、ジュンサンの後姿を見ていたが、
それが先日、大学に来たあの学生だとは気づく由もなかった。


その夜、ユジンの父の命日の儀式が、
ユジンと、母と、まだ幼い妹のヒジン、
それに、サンヒョクとサンヒョクの父で行われた。


ジュンサンは一人、公園のベンチにいた。
ポケットから、あの写真を取り出すジュンサン。
街頭の灯りに、ぼんやりと浮かぶ若かりし頃のサンヒョクの父と、
そして、ジュンサンの母の顔。


ユジンの家
アルバムをめくるユジンの妹ヒジン。
今日はパパの命日…
きっとパパのことを思い出しているのだろう。
「ヒジン、何をしてるの?」
ユジンがやってきて、ヒジンのとなりに座った。
「ご飯だよ。」
「パパの写真を見てたの。」
ユジンも一緒に、そのアルバムをのぞきこむ。
すると、ヒジンが一枚の写真を指差して尋ねた。
「何でこの女の人、パパと腕を組んでるの?」
「恋人だからよ。」
「ホント?」
ユジンが笑ってうなずくと、ヒジンはむくれて下を向く。
ママとは違う女の人と、パパが恋人同士だったなんて…。
からかうのがかわいそうになって、ユジンはこう言った。
「ハハハ…、サンヒョクのお父さんと同じ高校の友だちだったの。」
それを聞いて、安心してニッコリ笑うヒジン。
「じゃ、ご飯食べよう。」
ヒジンを連れて部屋を出るユジン。
ヒジンが指差したその写真…
それは、ジュンサンが持っている、
あの右半分が焼けた写真と同じ写真だった。
若かりし頃のサンヒョクの父、その横にジュンサンの母…
そして…
ジュンサンの写真では焼けてしまってなくなっている部分に写っていたのは、
ジュンサンの母と腕を組んでいるユジンの父だった。


ジュンサンが公園で見ている写真…
ユジンの家にもある同じ写真…
この写真が、ユジンとジュンサンの運命に、
大きくかかわってくることを、
ユジンも、
ジュンサンも、

まだ知らない…


〜 冬のソナタ 第1話 終わり 〜


※ 韓国の言葉は、語頭にくる音は濁音にしないので、苗字と一緒に発音する時は「カン・ジュンサン」だが、
名前だけ発音する時は、本当は「チュンサン」となる。
しかし、ややこしいので、ここではあえて名前のみ発音する場合も「ジュンサン」と表記してある。

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