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ほっといてよ! ママ 〈1〉

― その1 愛は気合い!! ―


T・K・I 社員住宅

「おはよー あ・な・た (はーと)」
マニキュアの指が、結婚式の写真を入れたフォトスタンドの位置をちょっと直す。
子供部屋で、自分のベッドをきちーんと整えている男の子…
スーツに蝶ネクタイのいでたちで、なんともカシコそーな子だ。
― 僕のパパは今 海外企業研修 単身赴任でカイロにいます
僕は 尾崎 紫陽… ショウと読みます 6歳です
今日は 小学校の入学試験にいく日です そして ママは… ―
「ママー!!親子面接もあるんだから、用意できたー!?」
「ばっちりよー!!」
ギン!と、現れたのは、金髪にピアス、化粧かっちり、胸の開いた紫色のスーツ…の女。
― 俗に言う 『ヤンママ』です ―
ばっしゃぁぁんん!!
全身ずぶぬれで、椅子に座ってブツブツ言ってるママ。
「ブツブツ言わないのっ!」 半泣きで、周りを片付ける紫陽くん。
「だってー」 言い訳しようとするママの言葉をさえぎり、
「マニュアル読んだでしょ!!」 と、紫陽くんがにらむ。
「トータルイメージは、気品と格調!髪はストレートかまとめ髪!
化粧はおさえめのナチュラルメイクって!ね!
「だからー黒マスカラに気品のある紫のマスカラを先づけ、格調高いダークワインの口紅に、
紫のスーツ、トータルイメージは………
気合い!!」 ママ、思いっきりヤンキー座り!
「いーから、ゆー通りにして!!」

小等部 入学試験会場 父兄控え室

いわゆるマニュアル通りの格好のお母さん達が、たくさん集まっている。
その中に、45番の札を付けて、ブツブツ言いながら座っている紫陽ママ。
何でブツブツ言っているかというと…
真っ黒なストレートヘアのかつら、ナチュラルメイク、地味なスーツ…
などという、大きく自分のポリシーとは、かけ離れた格好をさせられているからだろう。
ガタタンン! その足元に、運悪く転んできた一人の男の子。
おまけに手を、紫陽ママのひざについてしまった。
「あらー、ダメよ、凌祐ちゃん。そのおばちゃんに怒られるわよぉー」
後ろから着いて来た女の先生の言葉が、追い討ちをかける…
「ちっ、じゃまだなぁー」 な、何てこと言うの?!命知らずの凌祐ちゃん!!
にぃぃこぉり♪笑った紫陽ママ…
「こんな所でー」 凌祐ちゃんの耳を、ぎゅっとつかんで…
「座ってちゃだめよ〜〜」 そのまんま、持ち上げ…
「ほかの方のー」 ぶうん!と反動をつけて…
「迷惑になるわっ!」 ボン!と、先生に放り投げる…その間、笑顔を絶やさず…
「んぎあああ〜っ!」 凌祐ちゃん、大泣き!
「フン!」 紫陽ママ、無視。
「何をするのっ、次は45番の方だと、呼びに来たのにっ!」 先生、怒る。
紫陽ママは、何事も無かったかのように、面接室のドアをノック…「失礼いたしますぅー」
中には、三人の面接の先生(男)と、椅子が2つ。
その1つには、すでに紫陽くんが座っている。
(ドアをしめて…お辞儀をして…) 心配そうにママを見ている紫陽くん。
「そちらへ、どうぞ。」 面接官が、椅子をすすめた。
(と、言われたら、左から座る…と) ここまでは、完璧!
「45番 尾崎紫陽くんと、お母さんの彩華さんですね。
紫陽くんとは、変わった字ですが、由来は…?」
面接官の質問に、紫陽ママは、こぶしを作って、すっくと立ち上がり…!
はい!!私が元いたレディース『美威愚怒(びいぐっど)』の
チームカラーが紫

紫陽くんが、慌ててママの手をつねって、椅子に座らせる。
怪訝そうな顔つきの面接官達… 「は?レディースっていうのは…」
「い、いえ、魔を退散させる色の高貴な紫と、太陽の陽から、
子供を魔から守り、明るい子に育つようにとつけました(スマイル!)」
なんとか、ごまかした紫陽ママ。
「ほほう…」 うまくごまかされた面接官。
「紫陽くんは、将来、どんな人になりたいかな?」
「はいっ、世界中の人に、日本をよく知ってもらいたいので、
いい外交官になりたいです!!」 お見事〜紫陽くん!!
「お母さんは、どうです?」
紫陽ママは、紫陽くんの頬をやさしくなぜながら、答えた。
「子供の意志を尊重します。親にできるのは、子供の後押しだけ…
だから、私が、この子のあげられるのは…」
お手本のような答えに、うなずく面接官達…ところが…
突然、ばっ!と立ちあがり、大また開いて(パンツ丸見え)ヤンキー座り!
おまけに、左の中指を立てて…
気合い!!の、精神だけです!」
真っ赤になって、鼻血…の面接官と、涙目の紫陽くん。

尾崎家
…あわれ、部屋に閉じこもり、泣きまくりの紫陽くん。
ドアの向こうから、必死に声をかける紫陽ママ…「紫陽くん、ごめん紫陽くん〜〜!」
「知らないよっ!!テスト頑張ったのに、落ちたらママのせいだ!!」

その頃、学校では…
「45番、テストは合格、…面接は?」
三人の面接官、紫陽ママのパンツを思い出し… 「
合格!

― その1 終わり ―


― その2 許されざる者 ―


合格通知
左の者は 入学試験に合格しましたので
ここに通知いたします
受験番号245 尾崎紫陽

「やったーーー♪」
合格通知を手に、喜ぶ紫陽くん…その横で、ぶるぶる震えているママ…
「ありがとママ!きっと、面接に協力してくれたおかげだよ!」
しかし、ママは、何も言わずに奥へ行ってしまう。
「マ…」 紫陽くん、不安…
何をしているかと思えば! サラシを巻き、日の丸の鉢巻を締め、特攻服に身を包み…
紫陽 合格 御目出当!!
と書かれたのぼりを持って、お決まりのヤンキー座り…の、ママ。
紫陽くん、ボー然 「ふつーの喜び方してよ…ママ…」

95年度 入学説明会 (紫陽くんが通う予定の学校)

手をつないでやってくる、紫陽くんとママ。
「ママ、今日は、先生達や、理事の人達との初顔合わせなんだから、
ちゃんと、お話聞いてきてね。」
「大丈夫だって!いざという時のために、VTRも、持ってるもん。
わかんないところあったら、録っときゃいいのよ。」
今回は、カラーリンスでちょっと髪の色をごまかしたママの手には、
ハンディービデオカメラが、しっかり握られている。
「うん…入学金も、すっごく高いらしいから…」 紫陽くんは、心配そうな顔。
「まかしとき!子供が、お金の心配すんじゃないの!!」

受け付け
「生徒さんはあちらへ、父兄の方はこちらへ…パンフです。」
受け付けに座っている理事長補佐…めがねにヒゲのやーらしそうなオヤジが、
紫陽ママを、やーらしい目で見ている。 「ほう…なかなか…」
一方、パンフを見て、びっくり!のママ。
入学金  1,460,000円
入学準備金 785,000円
月謝      96,000円
(うっぎゃあーーーっ、ほんっとに、たっけぇなーーっ
ここはイッパツ、昔のきねづかで、カツアゲでも…)
ぽん!ママの頭に浮かんだ、だんな様の太陽さんが、にっこりつぶやく…
『彩華、理由も無く他人のお金をとっちゃ、だめだよ…』
紫陽ママは、良からぬ考えを振り払い… 「バイトでもすっかー」
そんなママの後ろから、そっと肩をたたく人が…振り向くと、さっきの理事長補佐だ。
理事長補佐は、紫陽ママを、誰もいない教室へ連れて行った。
低いロッカーにバッグを置いて、その横に立つ紫陽ママ。
理事長補佐は、扉をピシャっと閉めると、ママの方へ歩み寄る。
「尾崎紫陽くんの、お母さんですか…?」
「あの…私、説明聞かないと困るんですけど…何ですか?」
「あんな説明会聞かなくても、パンフの通りですよ。あなたがお困りなのは…
その金額でしょう?私は、理事長の補佐…
私次第で、その金額も、一ケタ変わりますよ。」
やーらしく、紫陽ママの肩に手を掛ける理事長補佐。
「ヒトケタ!!?マジ!?」 思わず、そいつの背広の襟をつかむママ。
「おっと…ええ…あなたの心がけ次第でね。」
やーらしく、ママのお尻にタッチ!
「何を…!?」
「損な取引じゃないでしょ?私にサービスすれば、金の心配は、無くなる。」
今度は、胸にタッチ!
「ね?ふっふっふ…」 理事長補佐、これ以上無いくらいやーらしく笑う。
しかし、…ふっふっふっふっふっふっふ! 笑い返す、紫陽ママ!
そして、やーらしいそいつの腹に、ひじ鉄イッパツ!
「な…にを、するっ…!私に逆らう気か!息子の合格など、取り消すこともできるんだぞ!」
腹を押さえて脅す、理事長補佐。
ママは、ロッカーの上に置いておいたバッグの中から、ハンディービデオカメラを取り出し…
カチン!…録画停止ボタンを押す。
(カイロの太陽さん、これはカツアゲじゃないわ、ちゃんと理由があるもの。だから、許して!…)
「ま…まさか、そのビデオ…」 理事長補佐、真っ青…
「私を甘く見たのが、運のツキよ。」
ビデオを再生すると、今までの一部始終が、しっかり撮影されている。
「『あなたの心がけ次第』 ね。ふっふっふっふ…」 ママ、してやったり〜
理事長補佐の全身から、あぶら汗…。

校庭
「あ、いたいた、ママー」 元気に手を振る紫陽くん。
「ちゃんとお話、聞いてくれた?入学金とかも大丈夫かなー?」
ママは、ご機嫌!で、鼻歌まじりに、こう答えた。
「大丈夫!!ばっちり顔見せ、しといたからね。
入学金も、大割引きしてくれるってさー♪


― その2 終わり ―


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