戻る TOPへ

100億の男 

― index.1 オレの人生!! ―


あなたは今 幸せですか?
仕事は楽しいですか?
今の生活に満足していますか?
あなたにとって
「お金」って
何ですか?



1993年東京――
ほんの数年前までこの街は…
いや、日本中が未曾有の好景気に
うかれていた。
しかし
それはバブルと言われる幻影だったのだ。
いつしかその泡は露と消えた…
そしていろいろなツケが残った…


TOTO TRADING CO.LTD.ビル
「お先に失礼しますっ!!」
元気に挨拶する、富沢琢矢。
若さあふれる、爽やか社員。
「ちょっと、富沢君!」
「は?なんですか、課長!」
「世の中不況で、こうしてみんなも頑張っているんだ。
君も少しは協力して、みんなの仕事を手伝ったらどうかね。」
眼鏡の課長は、不満そうに文句を言った。
「僕の今日の仕事は終わってるはずですよ、課長!
それに、残業代はカットされちゃうんでしょう?
サービス残業なんかする必要ないですよ。
会社のために生きてるわけじゃないんですから!」
「いや、しかし君ね…」
「失礼します!」
課長の言葉など気にする様子もなく、琢矢はペコリと頭を下げると、
スタスタと職場を後にした。
「富沢君!!何が会社のために生きてるんじゃない…だ!!
んとに、近頃の若いモンは…!!」

街の中、デートの待ち合わせ場所へ急ぐ琢矢。
(さあて、今日のデート、何を食べに連れてくかな?)
ふと見た壁のポスターに、
『シ・ア・ワ・セ 二人占め―』の文字と
花婿と花嫁の写真…
その結婚式場のポスターに、自分と彼女の並んだ姿を
重ね合わせる琢矢… (ヘヘヘ…)
「目標額まで100万だ!来年には必ず何とかするぞ!!
…と、いけね、急がなきゃ!!
時間に遅れると和美の奴、すぐ怒…」
琢矢は腕時計に目をやって、先を急ごうとしたが…
琢矢の真正面に厳つい男達が立ちふさがり、そして、いきなり
バッキィ!!
と、思い切り琢矢の顔を殴った!
「なっ、何をすっ…る……」
気を失う琢矢。
男達は、ずるずると琢矢を引きずって車に押し込み、
その場を走り去った。

「遅いなァ、琢矢の奴……」
待ち合わせの店で、琢矢を待っている和美。

どのくらいの時間が経ったのだろうか?
琢矢は、がら〜んとしたアパートの部屋で目を覚ました。
「?あれ…なんだ?ここってオレのアパートじゃないか?
でも…なんで家具が一切ないんだ?」
「叩き売ったんだよ。」
突然背後から声が…
「何!?」
琢矢が振り向くと、そこには、古雑誌の山を椅子代わりに
スーツを着た老人が煙草をふかしながら座っていた。
「こら、じいさん、なんだてめえは!
勝手に人の家に入り込んで!」
その老人は表情一つ変えず、上着の内ポケットに手を入れ、
何枚かの札と硬貨を出し、畳に落とした。
「26万7308円。」
「は?」
「この部屋のガラクタ一切の値段だ。」
そう言って、煙を吐く老人。
「えーーーっ!!人の財産を勝手に処分するなんて、
それじゃ泥棒じゃないかーーーっ!!」
琢矢は思わず、その老人につかみ掛かろうとした!
が、先ほどの男達に頭を押さえつけられてしまった。
ダン! 「ふががっ!」
その琢矢の目の前に、今度は札束が落ちてきた。
「プラス200万。」
そう言って、預金通帳を見る老人。
「あっ!それはオレの預金通帳……
えっ、まさかオレがためた200万を……」
目を剥いて青くなる琢矢…
「残念だな富沢君。もう一銭もない。」
老人は、残高のない預金通帳を、琢矢に見せた。
「じょっ、冗談はやめろよ。
その金は結婚式のために必死でためた金なんだぞ!
オレの血と汗の結晶なんだ!」
男達に両腕を押さえ付けられながら、琢矢は必死に叫んだ。
しかし、老人は顔色一つ変えず、琢矢を見下ろした。
「ほぉ…この金は君の血と汗の結晶なのか。」
「頼む、返してくれ…!!」
老人は、おもむろに札束をながめ、
「金ってのは、人の血と汗を吸っていれば吸っているほど
すばらしいもんだ。大事に使わせてもらうよ。」
それを、上着の内ポケットへしまい込む。
「返せーーーーーっ!!ばかやろォ!
てめえーっ、ぶっ殺すぞ、このクソじじい!!」
そんな琢矢の罵倒など気にする様子もなく…
「そういえば、まだ金になるものが残っていたな。おい!」
老人は、黒服の男に目で合図をした。
「は!」
男達は、いきなり琢矢の服を脱がせ始め、
最後にはパンツまではぎ取り、琢矢を一糸まとわぬ姿にしてしまった!
「ひえっ!」 焦る琢矢。
「ふむ…まとめて千円というとこか。
パンツは燃やせば燃料になる。」
「なぜこんなことをするんだ!?オレが何をした!!」
「…借金のカタだ。」
「借金?オレはあんたに金を借りた覚えは…」
そう言いかけた琢矢の目の前に、書類を突きつける老人。

『 借 主   富沢由江
   保証人  富沢琢矢 』 
しっかり押印もしてある。

「お前、料亭をやっているお袋の保証人になってるだろう。」
「あ……そ、そういえば…
でも、これはちょっと名前貸してくれればいいって言うから…」
「100億だ。」

は?

ピンとこない表情の琢矢…
老人は、その書類の一行を指差した。

『金銭借用書
一金 壱百億円也』

「お前のお袋が借りた金は、100億なんだよ。」
「ひゃっ、100億!
そんな、ひゃくおくなんて…」
書類を手にがく然とする琢矢を尻目に、シガレットケースから
シケモクを取り出して口に咥える老人。
「…お袋が株をやっていたのを知っているか?」
「あ…財テクで何百万もうけた損したって…
本業そっちのけで、いつも株と金のことばかり言ってやがるから、
オレはいやになって家を出たんだ…
!!!
じゃあ…何百万どころではなくて、100億もの金を株に…?」
「そのとおり、そしてバブルがはじけて100億は泡と消えた。
おまけに、君のお袋もどこかへ消えたんだ。」
「えーっ、お袋が…」
「民法446条!保証人ハ 主タル債務者カ
基責務ヲ履行セタル場合ニ於テ
基履行ヲ為ス責ニ任ス!」
老人はさらっと、民法の一文を暗唱した。
「え、ミンポー?何?サイム?は?」
法律には全く無縁だった琢矢は、チンプンカンプン。
「つまり…借りた本人がいない時は、保証人が返すということだ。」
「オレに100億返せって言うのか?
そんな金、返せるわけないじゃないか!」
「返すんだよ。一生かけてな。」
それまで無表情だった老人の、顔に深く刻まれたしわに
クッと力がこもった。
その迫力に、ごくっ!とつばを飲む琢矢。
「ば…ばか言うな!いくらなんでもそんなムチャな話があるか!
警察に訴えてやる!」
琢矢がそう言うと、老人は指も焦がすほど短く吸い尽くした煙草を消し、
煙を吐きながら立ち上がり、
「行きたければ勝手に行け。しかし、相手をしてくれるかな。」
にやっと笑って、上着の襟を直した。
「ど…どういう意味だよ!」
そんな琢矢の問いなど無視、「おい。」と、黒服の男達に合図し、
さっさと部屋を出て行く。
「立て!」
男達は、琢矢の両腕を背中に回して押さえ、
裸のままおもてへ連れ出した。
「え!な、何すんだよ!」
そして車に乗せ…とある場所で車を止めると、
夜の街へと、琢矢を蹴り出した。
「わっ!オ、オレをこんなカッコでこんなとこに
放り出していくつもりなのかよ!」
歩道の隅にしゃがみ込む琢矢。
車の窓から老人は、琢矢に向かってこう言った。
「デートの約束をしてたんだろ?
送ってきてやったんだよ。」
そこは、琢矢の恋人・和美が、琢矢の来るのを待っている、
待ち合わせの店の前だったのだ。
「な…なぜそれを!?」
「いいか、これだけはよく覚えとけ。
どんなことをやっても、私から逃れることは出来んぞ。
一生かけて、金を返させてやるからな。」
ただ、ぼう然とする琢矢…
「楽しいデートを。」
そう言い残し、走り去る車。
「な…!ばっ、ばかやろう!は!?」
壁にあたろうとして、琢矢がふと見ると、
その壁に一枚のポスターが貼ってあるのに気付いた。

『なくそう暴力 平和な街
子供達に希望の明日を

財団法人 日本防犯連絡協議会』

ニッコリ笑う男の子と女の子、若いお姉さん、そして…
一際大きく載っているその顔は!!
「こっ、これは…!!
久我山 天善(くがやま てんぜん)!」
まさしく先ほどの、あの老人だった!
その表情は、まるで別人のようににこやかではあるが…
ヘナヘナ…力が抜け、ぺッタリと歩道に膝をつく琢矢。
「……なんてことだ…あのじじい、どこかで見たことがあると思ったんだ。
久我山天善って、新聞とかによく出てる、あの久我山天善か…
政界にも財界にも通じるっていう…そんな奴とお袋がなぜ…?
ほんとに警察なんか怖くもなんともないんだよ、あのじじいは。
えらいことになっちまった!
ほんとにオレ、死ぬまで金を返すことになりそうだぞ!!
働いて働いて、死ぬまで金を…冗談じゃない!!
そんな人生なんてありかよ!!」
琢矢は、今自分の置かれている立場などすっかり忘れ、
思わず大声を上げて、地面をダン!っとこぶしで叩いた。
「ぷー!」 「やだもォ。」 「変態じゃん〜!」 「ハハハ、変な奴。」
その声に振り向くと、琢矢の周りは、いつの間にか人でいっぱい!
「こらこら、君、何してんの。」
警官も二人やって来た。
「えっ?あいや、こ、これにはワケが…」
やっと我に返り、慌てて立ち上がる琢矢。
「いいからちょっと来なさい。」
苦笑いを浮かべながら警官は、
琢矢の腕をつかんで連れて行こうとした。
…と、琢矢の目に、ウィンドウ越しに和美の姿が飛び込んできた。
不安そうな顔で、じっと琢矢を待っている和美…
「和美!和美ーーーーーっ!!」
叫ぶ琢矢!
しかしその声は,、店内の和美には届くはずもない。
ファンファンファン…パトカーに乗せられ、連行される琢矢。
窓から見える行き交う人々…なぜか皆、とても幸せそうに見えた。
(オレにはもう、二度とあんな楽しそうな時間は…)
悲しそうにうつむく…しかし!
琢矢はすぐに、その顔を上げた。
(だったら、いっそ…!!)

久我山邸
庭の池のほとりで、鯉にえさをやる老人・久我山。
「会長、警察の人間が来ておるのですが。」
黒服の男が、久我山に声を掛けた。
「警察?なんの用だ。」
「それが、妙な男を連れてきたと…」
「何?」
部屋に入り、門の外を写したモニターを見る久我山。
「すっぱだかの男を保護したんですが、こいつがどうしても
先生のお宅でお世話になってる者だと言ってきかんのですよ。」
そう申し訳なさそうに話す警官の後ろで、
前を隠すわけでもなく、すっぱだかで仁王立ちし、
カメラを瞬き一つせず睨みつけている琢矢。
「心当たりはございますか?」
「知らんな。」
久我山は、あっさりと答えた。
「待ってくれ!ビジネスの話がしたいんだ!!」
琢矢は、カメラレンズの向こう側にいる久我山に向かって、
挑戦的に言い放った。
「…何が言いたい?」
インターホンを通して聞こえた久我山の声に、
(しめた!)と言わんばかりに、ニヤッとする琢矢。
「金を返すあてができたんだよ!」

久我山邸内 座敷
座椅子に座った久我山の正面に、裸で正座する琢矢。
久我山が、シガレットケースからシケモクを取り出しながら言った。
「今さらなんだと言うのだ。もうお前の人生は決まったんだぞ。」
すると琢矢は、久我山の顔をじっと見据えて、
静かに話し始めた。
「…たとえ身を粉にして働いたとしても、せいぜい2億か3億…
そのすべてをあんたに吸い取られ、借金を返すだけの日々…
ならばいっそ、オレの人生、丸ごとあんたに売ってしまおうかと!」
「なんだと…?」
一瞬、久我山の顔色が変わった。

「どうです?オレの人生…
100億で買ってください!」



― index.1 END ―

inserted by FC2 system