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HEN 

CHAPTER・1 


「いくら?参考書。」
「う〜ん、3千円もあれば大丈夫、んじゃ、いってくるから!」
「はい、いってらっしゃい。」
母親から受け取った金をコートの内ポケットにしまい、
夜の街へ歩き出す青年。
「頭がちょっとふらつくなァ、ここんとこ寝不足ぎみだ…」
頭を抑える青年の横を、楽しそうに通り過ぎるカップル…
「な〜に、来年はオレも受験生から脱皮して、
大学で彼女つくってら…
あら…?
あだだだだ…目がおかしい。」
青年は、目を手で覆ってしゃがみ込んでしまった。
「う〜、ちきしょ〜なんだこりゃァ…」
青年の目に写る、道路一面の赤い細い線。
それは、複雑な模様を織りなし、道の隅から隅まで広がっている。
「なんか、赤い線が…」
青年は、目をこすり…歩き出す。

― 線じゃあない…糸が…
一人ずつ足からのびている…
ど〜にもオレにしか見えんらしいな ―

すれ違った、赤ちゃんを抱いた男の人の足と、隣を歩く女の人の足が…
短くて赤い糸でつながっているのがはっきりわかる。
青年は、自分の足からのびている赤い糸を、手ですくってみた。

― は〜ん、なんとなくわかってきた
幻覚なんかじゃない…
ちゃんとした質感もある
かなり古いんだけど…こりゃアレかな やっぱし
そ〜するってェと…この糸も…
どっかの女の子に
つづいてるってわけだ… ―

青年の家
リュックに荷物を詰め、出かけようとしている青年。
「頭やすめだよ…」
「ちょっと、あんたね。」
心配そうに母親が声を掛ける。
「大丈夫、帰ったらちゃんとやるから…」
「おとーさんが帰ってきてから、よく話し合って…」
止める母親の言葉も聞かず、
「いってきま〜す。」
青年は、家を出て行く。
自分の足からのびた赤い糸を手繰りながら…。
「へへへ…ど〜んなコかな〜」
青年は、まるで登山でもするような大きなリュックを背負い、
赤い糸だけを見つめながら、ひたすら歩いてゆく。

― わりと近い所に住んでる可能性は高いな
こんな装備持ってくるんじゃなかったかなァ
さっきからずっと 人の通る道にはりついてるな
べつに最短距離を結んでるわけじゃないのか…
たぐった糸が自然に消えていく
糸は伸び縮みするわけだ
こーゆーふうに… ―

わざと糸をたるませるように歩き、

― こう接触させると ―

糸の途中と途中をくっつけてみる青年。
糸は、スーッと縮んで、見る間にたるみがなくなった。

― たるみが消える…
うまく使えば 近道もできるかもしれないな
なるほど 男女間の距離が制限されないよう
うまくできてるのか… ―

夕陽を浴びながら、
川沿いの道を歩いていく青年。
正面から、2人の女子高生がやってきた。
向かって左側の子は、かなり可愛い子だ。

― やっぱり かわい〜娘につながってるといいな
わくわくするなぁ… ―

一方、右側の子は…ちょっとヤバい。

― そーじゃない場合もあるよな… ―

2人とすれ違い、青年はこぶしを握りしめた。

― いんや 美人と結婚するんだ!!
うん!!自分を信じよう 妥協しないと誓おう
そ〜すればこの糸の先には…
きっと美しい娘がいるに ちがいないさ ―

すっかり日も暮れ、神社の狛犬の横にテントを張る青年。
小さな明かりを点け、靴下を脱いでみると、
その赤い糸は、左足の親指の先からのびていた。
つんっと引っ張ってみる…
すると、親指の皮膚が内側からも引っ張られているような、
そんな感じがした。
「う〜ん、直接血管とつながってんのかなぁ。」
青年は、キャンプ用の小さなコンロに、缶詰をのせて温める。
そして、
「だれも出てこないな…」
周りの様子を確かめ、テントの外へ出る。
その神社は、かなり高台にあるらしく、
青年の眼下には、一面の夜景が広がっている。
ヒウウウウゥゥ…
「さみ〜な〜…」
まだ見ぬ、糸の先につながってる人に思いを馳せ、
冷たい風の吹く中、一人缶詰をほおばる青年。


青年は、ひたすらカーブの続く山の道路を歩いている。
赤い糸を手繰る手つきも、慣れたものだ。
「もう4日目だぞー、どこだ、ここは〜?
北海道まで行くんじゃねーだろな〜
そーだ、国際結婚だったらど〜すんだ。
アメリカ、アラスカ、アフリカ…とんでもねーぞ。」

― もー 帰ろーかな〜 ―

その時…
坂の上に人影が!!

― ん? ―

女だ…!
そして、彼女もまた、赤い糸を手繰りながら歩いてくる!
青年は、夢中で坂を駆け上がった。
「はっ、はぁ、はぁ…はあっ、あの娘は…!」
だんだんはっきり見え始める彼女の姿から視線をはずさず、
青年は、赤い糸を握りしめて走った。
やがて、彼女の手からなびく赤い糸までも、
くっきり見える距離に近づいた青年。
「はっ、あっ、こっこの糸…」
彼女は、青年の言葉に、一瞬驚いた様子を見せた。
「あれ?」
しかし…
青年の糸と彼女の糸は、つながっているどころか、
二本とも脇の山道に、平行にのびている…
「よ〜かぁったあ〜!!
びっくりしたぁ〜、ふ〜びっくりした…
よかったよかった。」
ホッと胸を撫で下ろし、露骨に喜びを表現するその子。
顔はとても可愛いのに…キツい性格。
「どーせオレは…」
青年は、つい10秒くらい前までのドキドキした気持ちから、
一挙に奈落の底に突き落とされたような感覚だった。
彼女の方を振り向きもせず、糸ののびた脇道を登ってゆく青年。
「ねー、糸見えるんでしょ?
ね、一緒に行こーよ。
ま、糸が別れちゃったらそれまでだけどさ。」
彼女もまた、自分の足からのびている糸を手繰りながら、
青年の後を追いかけた。
「よかったねー、オレみたいな不細工とつながってなくて。」
青年は、精一杯の皮肉を言った。
「あ、ハハハ…あれー、そーゆー意味…
…だな、やっぱりウソはつけないや。」

― ム ―

「じょーだん、じょーだん。」
彼女は笑って、青年の頭をポンッと軽くたたいた。
「んじゃ、どーゆー意味なんだよ。」
「うーーーーん。」
「今さらフォローできねーよ。」
「それよりさー、かっちいい人だといいなー。」

― なんだ、この女は…
好みなんだけど 顔は
ちょっとばかし惜しかったかな…
いや かなり… ―

「ね、今サルがいたよ!」
「サル?」
「ね、おなかすかなーい?」
青年は、いつの間にか…横を歩く彼女のペースに、
すっかり巻き込まれてしまっていた。

ドライブインから出てくる二人。
「あーあー、くったくったくった。」
満足そうな彼女。
「ほんとによく食う奴だな…」
二人は、また並んで山道を歩き始める。
「徹夜明けで、めまいがしたときから…」
「へえー、あたし朝起きたらもうなってた。」
糸の見え始めた経緯は、様々なようだ。
「名前、越智総一郎っていうんだ。」
青年は…総一郎は、自分から名乗った。
「出来すぎた名前ね。受験で落ちそう一郎なんてね。」
「ちぇ、めざとい奴だな…んで、きみは?」
そう聞かれて、彼女はちょっとムッとした顔をして答えた。
「山田よ。」
「ん?それで?」
「山田だってばっ!山田なの!!」
「せい…」
「生理じゃないってばさ!」
「いや、姓じゃなくって。」
なぜか、妙に怒る山田さん。

夜…
テントの中
寝袋に入って横たわる山田と、毛布をかぶってしゃがんでいる総一郎。
「…寒いでしょ、寝袋ありがとね…」
「別に…かまわないよ。」
総一郎の顔を、じっと見つめる山田。
「あたし、山田イネっていうの。ヨロシクね…」
山田イネは、そう言って総一郎に背を向けた。
…カタまる総一郎。

そして朝…
「お〜い朝だよ〜、イーネちゃん、あ〜さ!」
自分の背中の方で寝ている山田に声を掛ける総一郎。
しかし…さっぱり山田が起きる気配は感じられない。
「おい!イネ!!イネー!」
「背後霊〜〜!」
「うっわわ〜っ!!」
いきなり、総一郎の背中に抱きついてきた山田。
「あの世とこの世は地続きだ!!」
わけのわからない事を言って横から顔を出した山田…
頬が紅潮している。
「な、なんだ?」
「…死んだ…ガクッ!」
「え?」
「………………」
「…なんだそりゃ。」

ズズ…リュックを引きずりながら歩く総一郎。
なぜか?
総一郎の背中には、山田が背負われているからだ。
「まったく、逆だろーが…、こんな時かぜひきやがって…」
ズズズ…
「な〜んでオレが…ついてねーや…」
総一郎の横からのぞく山田の顔…
(ごめんね…)とでも言いたげだが…
「う〜〜〜〜〜〜〜〜…」
すぐに、総一郎の肩に、真っ赤な顔をうずめてしまった。
「具合悪いの?ちょっと待ってな、今病院着くから!」
慌てて走り出す総一郎。
「へへへ…」
背中で山田は、照れたように…力なく笑った。

本田旅館
「よかったな…薬飲んで3,4日寝てればなおるってさ。」
額をタオルで冷やしながら寝ている山田と、
その枕元に座っている総一郎。
「それじゃ、ど〜ぞごゆっくり。」
部屋を出てゆく仲居さん。
「あ、ど〜も。」
総一郎は、心配そうに山田の顔を覗き込む。

― はっ そ〜だ
この糸とこのコの糸を接触させれば…
これまで平行に進んできたんだ
先でつながっててもおかしくない ―

総一郎が、畳の上で、
自分の糸と山田の糸を、より合わせてみようとした時、
「こんな親切してくれてもね…
あたし、超面食いなんだからね…」
山田が、いつものように憎まれ口をきいた。
「フーッ…いいよ…そんな下心はないからさ…」
総一郎は…
ほんの少し笑った。

何日か後
まわりを田んぼに囲まれた、のどかな土の道を歩く総一郎と山田。
「由紀ちゃん。」
「え?」
「保険証見たんだ。なんでウソついたんだよ。」
「別に〜、なんとなくおもしろいかな〜って。」
「まったく、なんて奴。」
総一郎は、呆れた様にそう言うと、すたすたと先へ歩き出した。
由紀は、その後姿を、じっと見ている…
「ふふっ」
総一郎に借りたジャンパーの袖口に指まですっぽりとうずめ、
由紀は微笑むと、早足で総一郎を追いかけた。
「へへ………」
そして、総一郎の右腕に自分の腕を巻きつけ…
寄り添って歩く…。
ちょっと驚く総一郎。

住宅地の中にある階段
真っ直ぐに下へ降りるその階段の上で、立ち止まる二人。
二人の糸が、階段を降りたところから、
右と左に別れているのが見えた。
「あら…」
「離れてるね…」
「んじゃね、お互いいい人とつながってるといいね。」
由紀はアッサリそう言って、右手の手袋をはずし、
総一郎の方に差し出した。
「あ…あ、うん。」
総一郎は、少し戸惑いながらも、由紀の手を握る。
「ふっ、…じゃ。」
微笑を残し、一人、糸を手繰りながら階段を降りてゆく由紀。
階段の途中から、黙って見送る総一郎…

― オレに気があったわけじゃなかったのか
ま いっか
どーせ つながってなかったんだし
あ ジャンパー貸してたんだ… ―

総一郎は、夢中で由紀の後を追いかけた。

― ジャンパー忘れたって言えば…
もう一回会える

んで 会ってど〜すんだ ―

自分の中で、言い訳したり、質問したり…
それでも総一郎は、もう一度、もう一度…
由紀に会いたかった。

由紀は、ある高校の門の前に立っていた。
「それがさー」 「ばっか言ってんじゃ…」
女子生徒と話しながら出てきた、長身の男子生徒。
薄いカバンを肩に担ぎ、短く刈上げた髪のなかなかイイ男だ。
由紀の赤い糸の先は…
その高校生の足とつながっていた!
その高校生は、由紀と、そしてその後ろにいる総一郎の前を、
通り過ぎてゆく。
黙って後について歩く由紀…その後ろに総一郎。
やがてバス停に着くと、その高校生は列に並んでバスを待った。
その横顔を、じーっと見つめる由紀。
そのまた隣で、由紀を見ている総一郎。

― は…バカか オレは ―

総一郎は、ちょっと自分が情けなかった…

高校生は、ちょっと由紀に視線を送ったが、
その時、ちょうどバスがやってきて…
高校生達を乗せて行ってしまった。
バス停に残る由紀…そして総一郎。
「あんた、なんでここに…いんの?」

一緒に歩き出す二人。
「よかったね、二枚目で。」
「うん。」
「背も高くって。」
「うん。」
ニッコリ笑う由紀。
そして、総一郎に向かってこう言った。
「かわいーコと、つながってるといいね…」
「え?…あ、うん…」
その時…
「ありゃ?」
由紀が、おかしな声を上げた。
総一郎の足からのびた赤い糸が…!!
数メートル先で、プッツリ切れていたのだ。
「切れて…るぞ…?」
糸の先端をつまんで、ぼう然とする総一郎。
「ぷぷっ…は〜っはっはっは…
はー、おなかいたい…はっ、ごめ…
はっはっ…ひ〜っはっはっ、はは、ごめん…」
お腹を抱えて大笑いする由紀。

広い山の道路
並んで坂をくだってくる総一郎と由紀。
「ゲーンキ出しなよ。女だけが人生じゃないって。」
由紀の言葉に返事もせず、無言で歩き続ける総一郎…
すっかり落ち込んでしまっている。
由紀は、その場に立ち止まった。
「受験、がんばるんだよ〜」

― そんな気分じゃないや ―

総一郎は、振り返える気力もない。
ばいば〜い…ファイト〜〜!
だんだん小さくなる由紀の声…
ばいば〜〜〜い…
総一郎は、そこで初めて立ち止まり、由紀の方を振り返って言った。
「ばいば〜い。」
…小さく手を振って。

足元のアスファルトだけを見つめながら、坂を下って行く総一郎。
うぉ〜い…
…?かすかな声が…
うお〜い、うおお〜い…
まっちくり〜〜ってば。

総一郎が、その声に振り向くと!!
「うおお〜い!!待ってよってば!!」
由紀が、必死に坂を下ってくる!
!!!!
しかも自分の…由紀の赤い糸の先端をつまんでいる!?
「はあ…はあ…」
息をはずませ、総一郎の目の前に立つ由紀。
「え、なんで…」
「はぁっ…いっ、糸かして。」
そして由紀は、総一郎の糸の先端と自分の糸の先端を、
しっかりと結んだ!
「ね!」 「…ん?」
突然、赤い糸の結び目から、ガラスの破片のようなものが飛び散り始め、
それは、猛吹雪にも似た恐ろしい勢いで
あたりの景色を消してしまうほどだった。
「なんだ、なんだ!」
「手、はなさないでよ!!」
「ええ?」
「あ、結び目が…!!」
由紀の結んだ糸の結び目が、激しくスパークしたかと思うと…

ピキンッ!!!

結び目がはじけ、そこから飛んだキラキラ光る破片が、
総一郎と由紀の瞳に、突き刺さった!!
目を押さえて、倒れる二人…

…静かになった道路で、
目をこすり起き上がる総一郎と、
めくれ上がった服を直すことも出来ず、座り込む由紀。
「ない…糸が全部、見えなくなってる。」
「あたしもだ…」
「いったい、ど〜やって糸を切ったんだ?」
「歯で噛み切ったの。はさみじゃムリだったから…」
「そんな、むちゃくちゃして〜」
すると由紀は、まじめな顔になって、総一郎を見た。
「バチだってなんだってかまわないよ。
両思いだったら、糸なんて関係ないでしょ……ね!」
由紀の言葉に、真っ赤になる総一郎。
「う、ああ…ん?…はは。」
なんとも、しどろもどろな返事をするのが精一杯だった。
「んじゃね、ジャンパーありがとう。」
立ち上がって、さっさと歩き出す由紀。
「お、おい…。住所とか教えんでい〜のか?」
そう言いながら、なぜか総一郎も、
ムリに由紀を追いかけようとはしなかった…

― いーわけなかったのだった
しかし 偶然(マンガの都合)とはあるものだ…だ!!
んでもって3年後 ―

coffee ガラモン
女5人が、窓際の席に座っている。
「車よークルマ!」
「いんや、やっぱり車つきの男じゃないすか?」
お決まりの男談議に花をさかせる女達。
「ね〜山田は〜?」
「ん?」
そう言ったきり、何も言わず窓の外を眺めるその女…
それは、山田由紀だった。
「だ〜め、こいつ男ぎらい。」
「この中じゃ一番もてるのにねー」
その時、由紀の目がキラッと輝いた…
窓の向こう側を歩いている男を見て!
もちろん、それは…言わなくてもおわかりの…
越智総一郎。
ちょっと背中を丸めてあるく姿は、3年前と少しも変わっていない。
由紀はスタッ!と立ち上がり、外へと駆け出した。
そして、総一郎の後ろから、後頭部をたたく。
驚いて振り向く総一郎だったが、由紀は回りこんで…
誰もいないことを不思議がる総一郎の首に、
横から思い切り抱きついた!
「うわ!!」
驚く総一郎…そして、窓越しにその一部始終を見ていた女4人。
「あ!!」
総一郎は、由紀にやっと気がついた。
「へへへ…」
ちょっと人をバカにしたような…それでも憎めない笑い方は、
はやり、3年前とおんなじだった。

横断歩道を、腕を組んで歩いてゆく二人。
「ノンノの伝言板に、ずっと手紙出してたんだよ〜」
「そんなのオレ、目ぇ通してないって。」


果たして、この二人の赤い糸は…


CHAPTER・1 糸 END

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